やはり俺の大学生活は間違っている。   作:おめがじょん

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没ネタのリブート版です。


番外編
番外編1:最終兵器看病彼女


 

 

 

 

「緊急事態よ」

 

 

 暑い夏の日だった。その日、雪ノ下雪乃は我が家に来るやいなやそう宣言した。お前は知事かよ。目の前には、雪ノ下が手土産として買ってきた中華やら寿司やら酒やらが並んでいる。絶対に何か裏がある、俺も隼人も義輝も疑いの目を向けていた。だがしかし、空腹だった俺達は疑いつつも既に雪ノ下の買ってきた食べ物を夢中で食べてしまっている。食欲の前ではありとあらゆる理性が否定されてしまう。勉強になった。何度も陽乃さんに食べ物でつられてしまってもこのザマである。妹にまで良いように使われてしまっては立つ瀬がないではないか。

 

「雪ノ下。俺達がそう簡単にお前の頼みを聞くと思うか?」

 

「なら、今すぐこれらは持って帰るわね。さようなら」

 

 義輝と隼人が物凄い勢いで睨んできた。お前たちにプライドとかはないの? 一生この姉妹の奴隷でいいのかと聞いてみたい。

 

「お願いを聞いてくれたら、福利厚生として今度私持ちでふぐでも食べに行こうと思っているのだけれど」

 

 よし、戦略的撤退。俺達は雪ノ下姉妹の永遠の奴隷です。OKとばかりに俺は雪ノ下が持ってきたハイボールの缶を開けて喉に流し込む。やはり、寿司のお供はハイボール。隼人達も話を聞く気になったようで俺と同じ動作をとった。雪ノ下もそれがわかったのか、うんと満足そうに頷く。

 

「頼み事は簡単よ……。明後日、姉さんと母さんと一緒に東京で買い物するのだけれど、貴方達も一緒に来てくれないかしら?」

 

「……っ」

 

「……鬼かっ」

 

「……辛いっ」

 

 雪ノ下家の女は兎に角怖い。特に三人揃った時のあの空気は忘れられない。この前、雪ノ下家にタイムカプセルを掘りにいった時、痛いほどそれを感じた。しかし、報酬はふぐである。食べた事がない。隼人は食べた事でもあるのか、懐かしそうな顔をしているのが少し気にくわない。でも、あの場には居たくないのも事実。お互い目を見合わせ損得勘定を始める。しかし、それを見逃す雪ノ下ではない。

 

「貴方達はサブプランよ。当日、シフトの調整ができれば、由比ヶ浜さんも来てくれるわ」

 

 由比ヶ浜が来る。その一言に大分救われたような気分になる。あの覇気使いとしか思えない女たちの間にほんわかした彼女が入ってくれればどれほど救われるだろう。そこまで言われてしまっては俺達も考えてしまう。別に、買い物に付き合うぐらい良いではないかと。そんな俺達の態度に、更に雪ノ下はにっこりと天使のような笑顔を作った。

 

「ああ、後これは友人としてのプレゼントよ。父が貰ったのだけれど飲みきれないみたいで。貴方達が飲んでくれれば父も喜ぶと思うの」

 

 雪ノ下が持ってきた大きな紙袋の中から料理に続き最後に出てきたのは一升瓶。しかも、俺達では買えないレベルの高い代物だった。完全に心が折れてしまった。

 

「悪かったな、雪ノ下。……お前が困ってるならしょうがないよな。隼人、義輝。手伝ってやろうぜ」

 

「そうだな。雪ノ下家には何時もお世話になってるから、こういう事は任せてくれ」

 

「うむ。義を見てせざるは勇無きなり、と偉い人も言っていたし受けるしかないな」

 

 ──わっはっはっ。と穏やかな空気が流れ、雪ノ下は満足そうに笑って仕事へと戻っていった。俺達がこの後何をしたかは賢い読者諸兄にはおわかりだろう。一升瓶に、食べきれないぐらいの料理があるのだ。飲むしかない。調子こいて隼人が戸部を呼んだのもいけなかった。この時彩加を呼んでいれば、静止する人間ができた筈だったのに──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三十八度か……」

 

 

 明後日、体温計の数字を何時もより数倍腐っているであろう目で眺めていた。

 昨日からすこぶる体調が悪い。しかも俺だけではない。義輝も隼人も同じように寝込んでいる。ちなみに、全員熱は三十七度以上だ。最初は二日酔いだと思った。何がいけなかったのだろう思い返すと、何もかもがいけなかったように思える。夏に飲めば暑くもなる。熱くなれば脱ぐしかない。全員上半身裸で一晩中騒ぎ散らかせばどうなるかわかるだろう。夏とはいえ、夜は冷えるのだ。子供でもわかるが大学生という生き物は酒を飲めば赤ちゃん並みに知性が低下するので仕方がない。

 

「八幡……生きているか?」

 

「生きてるぞ……。隼人は?」

 

「トイレ行くついでに雪ノ下殿に電話を入れてくると言っていた……」

 

「俺達、殺されるかもな……」

 

「うむ……」

 

 現在俺達はリビングのものを全てどけてそこに布団を三枚敷いて寝込んでいる。誰かが何かをしに動くときは用事を頼めるからだ。俺が目を覚まして体温を測ろうと思った時にはもう居なかったので、随分と長いトイレのようだ。隼人は腹を下し、義輝は頭痛、俺は高熱と症状が違う。どうして?そうこうしている内に隼人が戻ってきた。その顔には生気がない。しかしこんな状況であっても俺や義輝と違って華があるのが憎たらしい。

 

「おう、隼人。雪ノ下なんつってた……?」

 

「……それは大変ね。お大事に。私の事は気にしなくてもいいわ……だってさ」

 

「──マジギレだな」

 

「うむ。頭の中で我らの殺し方絶対に考えてる」

 

「俺も幼馴染として否定したいけど、雪乃ちゃんはそういうタイプじゃないもんな……。声が完全に冷え切っていたし」

 

「病人を罵倒しないだけ、成長したでござる」

 

「貴方達が病人? ああ、脳みその病気だったわね。馬鹿は死ななくては治らないと言うのだし、早く尊厳死が認められる社会が来るといいわね」

 

「熱あるのによく物真似できるな……」

 

「今ので全てを使い果たしたわ……」

 

 性も根も尽き果てるとはこの事だろうか。意識が朦朧としてきた。人生の最期にやった事が雪ノ下の物真似だと知人たちが知ったらどう思うだろうか。誰?ですよね。わかります。そのまま夢なのか現実なのかわからない混濁した意識の時間が続く。解熱剤を飲んだから効いてくれるのを待つしかない。そして、二時間ぐらいが経過しただろうか。汗が滝のように流れ肌寒くなってきた頃、ふと意識が覚醒した。濡れたシャツが気持ち悪い。着替えようと立とうとするがまだ体が重いし熱い。それでも、少しだけはマシになっただろうか。布団の上に大の字になって頭を押さえていると、玄関のチャイムが鳴った。そして、

 

「やっはろー! みんな生きてるー???」

 

 この声。この挨拶。──横目で隼人を見る。奴も気づいたようで更に顔色が悪くなっていた。俺と同じく頭の中に最悪のシナリオが浮かんだのだろう。義輝も似たような反応だった。古い家なのでどたどたと足音が近づいてくるのを感じる。足音が止まり、すぱぁーっんと障子が勢いよく開く。予想通り、マスクをして買い物袋を提げた由比ヶ浜結衣の登場だった。

 

「うわ。男臭いっ!」

 

 こちらは死にそうだが向こうはすこぶる元気らしい。声を聴いているだけで体力が根こそぎ持ってかれそうな感じがする。

 

「ゆ、結衣……。雪乃ちゃんの方は?」

 

「んー? ゆきのんにね。隼人君達が風邪ひいて大変みたいだから、こっちに行ってあげてって言われたの」

 

 隼人が早速探りを入れ、引きつった笑みを浮かべた。もう嫌な予感しかしない。そんな気も知らず、とても純粋で綺麗な笑みを由比ヶ浜は浮かべ、

 

「みんな体調悪そうだし、たまご酒と、とーがんのスープ作るから少し待ってて。材料も買ってきたから、キッチン借りるね」

 

 こちらの返事も聞かずふんふんと鼻歌を口ずさみながら買い物袋から材料を出していく。最悪の事態になった。雪ノ下の野郎、まさか刺客として由比ヶ浜を送り込むとは。由比ヶ浜が来てくれる部分については有難い。だが、料理を作るとなれば話が違う。学生時代の思い出が蘇る。数年会っていなかったが、隼人の反応を見る限り上達としたとは思い難い。そもそも、たまご酒と冬瓜のスープと言っていただろうか。おかしい。由比ヶ浜が机の上に置いたのはどうみても、冬瓜ではない。メロンだ。後、熱で幻覚を見ているのか、置かれた酒は日本酒じゃないっぽくて「spirytus」って単語が見えるんですけど。

 

「か、買い物は一人でしたのか……?」

 

「ううん。ゆきのんが一緒にしてくれたよ。レシピも書いてくれたから安心だよー」

 

 あの女。由比ヶ浜を利用して俺達を殺す算段らしい。なんて性格の捻くれた女だろうか。しかも当の本人、利用されている事に全く気付いていない。「ほらほら、病人は寝てて」と布団までかけ直してくれる始末である。天使か。天使なのか。本人はご機嫌な様子で、障子をしめるとキッチンへと向かった。

 

「どうする……? 流石に今回は死んでしまうかもしれん……」

 

「いや、まだ絶望するには早ぇ……。俺達だってあの頃とは違う……」

 

「……そうだな。たとえ、結衣の料理だって。カロリーがきちんとあるんだ。カロリーさえあれば、今の俺達なら食えるかもしれない……」

 

「水だけじゃ、人は生きていけないもんな……」

 

「うむ。水だけで四日過ごした時は頭おかしくなりそうであった……」

 

「お前、布団噛んでたもんな……」

 

「貴様らこそ、一人で延々食べ物の名前呟いていたり、雑草口に含んでおったろうに……」

 

 そうこう話している内にもガシャンだのバタンだの、ガンガンガンだの料理を作っているとは思えない音が聞こえてくる。何が起きているのだろうか。死刑執行を待ってるかのような気分だ。もはや抗う事を止め、ただただ待つ事を決めた。そして、待つ事一時間ぐらい経ったろうか。

 

「お待たせーっ!!!」

 

 元気よく由比ヶ浜が部屋に戻ってきた。お盆には、見た目は普通に見える冬瓜のスープと玉子酒が置いてあった。でも、何かたまご酒少し固形化してませんかね?俺達は息を呑み、由比ヶ浜の作ってくれた料理と対峙する。鼻が詰まっていて、味はきっとわからない。頭もくらくらする。あれ、これ勝ちじゃないですか? カロリーだけはとれるし最高じゃない。きっといけるだろう、まずはそう確信したような顔をした義輝がたまご酒をすすった。

 

「ン"ン"ッンン"ッッ!!!!」

 

 一瞬意識が飛んだようだった。それでも吐き出さなかったのは偉いと思う。目の焦点が合っていない。成程、味覚嗅覚が麻痺していてもこれか。雪ノ下の野郎……。本当に死んじゃうよこれ。

 

「おっ。中二良い飲みっぷりだね。隼人君も、とーがんのスープ美味しいってゆきのんが言ってたから食べてみてよ」

 

 葉山隼人はどこまでもかっこいい男だ。だから、吹き出せない、吐けない、何故ならそれは葉山隼人じゃないから。ここ最近随分と昔に比べればボロは出ているが、由比ヶ浜の前ではそれを貫くだろう。「ありがとう、結衣」なんて言葉を吐きつつも微かに箸が震えていた。冬瓜(メロン)を摘み、口に含む。そして──涙を零した。

 

「えっ……隼人君?」

 

「……ごめん。…………看病…………されるって…………嬉しく………て…………」

 

 絞り出すような声だった。本当に最後の最後まで隼人は葉山隼人である事を貫き通したようだった。涙流れるぐらい不味いのをどうにか精神を繋ぎとめてフォローしたらしい。ならば、俺がする事はなんだろうか。卑屈で最低な性格で常に負け続けてきた俺である。何をしたって誰も期待していない。だから失望もされない。……ただ、由比ヶ浜にはそれは通じない。通じさせたくない。料理が下手でも彼女の行動には悪意がない。裏で糸を引いているあの女が悪い。地獄に落ちればいい。

 

「んじゃ……いただきます」

 

 一口目の時点で地獄のような味だったが、それでも俺は食べ続けた。そう、俺は性格が悪いのだ。だから──絶対に雪ノ下に仕返しをするまでは死ねない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、まだ生きていたのね」

 

 数時間後。雪ノ下が現れるやいなや、冷たい目で俺達を見ながらそう言った。雪ノ下自身も相当消耗したらしい。何時もパリっとした雰囲気だが、今日はどこにでもいる普通の女の子のようだ。長い黒髪も汗と湿気で元気がないようにも見える。肩の鞄を支える力もないのか、襟が引っ張られている姿も珍しかった。あの母親と姉と出かけた後なのだ。当然といえば当然だろう。由比ヶ浜は疲れてしまったのか、ちゃぶ台にもたれかかってすやすやと寝息を立てている。男だけの家で本当に無防備なの勘弁してほしいが、寝かせてやりたいのも事実だ。

 

「お互い満身創痍みてぇだな……」

 

「そうね。貴方達が来ないお陰で私がどれ程めんどくさい目にあったか……!」

 

「俺達も危うく臨死体験したぜ。よくもあんなレシピ考えやがったな……!」

 

 議論は平行線。もはや戦うしかない。幸い、カロリーだけはとれたようで少しだけ元気だ。神様、俺に力を貸してくださいと祈りながら立ち上がり、雪ノ下と対峙する。

 

「その体で私に襲い掛かるつもりなのかしら?」

 

「合気道やってたお前に襲い掛かるつもりなんてねぇよ。由比ヶ浜も居るしな。だから──」

 

「ッゴッッッッッホッッッッ!!!!!!!!!!!!」

 

 咳をした。力の限り精一杯。目の前の悪魔までウイルスが飛散するように。雪ノ下も馬鹿ではない。すぐに身を翻し俺から逃げようとするが、

 

「ここから先は、一方通行だァっ!!! ンンッゴッッッッッホッッッッ!!!」

 

 大仰な台詞と共に、後ろをとっていた義輝が道を塞いだ。ここぞとばかりに雪ノ下目掛けて咳をぶちまける。

 

「ちょっ……! 汚っ……!」

 

 雪ノ下がさっと俺に近づき、世界がぐるんと回った。どうやら投げ飛ばされたらしい。視界がぼやけるが、さっきの地獄の晩餐に比べれば幾分マシだった。

 

「逃げたぞ隼人ぉ!」

 

 すかさず三番手の隼人が隠れていた障子をあけて飛び出した。隼人も相当ムカついたのか、問答無用で雪ノ下目掛けて咳をしまくっていた。

 

「貴方達、いい加減に……っ!」

 

 布団をめくりあげて雪ノ下が投げつけてきた。

 

「いい加減にするのは雪乃ちゃんの方だろう! どういう性格してんだよ!」

 

「貧乳!」

 

「パンさんの事めっちゃ早口で語ってそうっ!」

 

 俺達の言葉にかちんときたのか雪ノ下の目が据わった。枕をひっつかんでぶん投げてきた。こうなってしまってはもう収拾がつかない。雪ノ下も俺達もお互い酷い言葉を投げかけながら、騒音で起きた由比ヶ浜に怒られるまで、この不毛な戦いは続いた。

 

 

 

 

 


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