やはり俺の大学生活は間違っている。   作:おめがじょん

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お久しぶりです。

ついに無趣味人間になったのでしばらくオタクとして
2019年は創作活動を頑張ろうと思いました。
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第23話:それでも、比企谷八幡は──

 

 

 

 

 

 放課後にクラスで一悶着あったという事は少しだが知っていた。次の日の準備をしようと教室に戻った時の空気がおかしかったからだ。多分、井浦と坂見。誰も何も言わないが、皆の視線がそう告げている。教師として一応、「何かあったのか?」と聞くが大した事ではないとの返事があった。この時、気づいておくべきだったのかもしれない。いつもこうなる前にクラスの雰囲気を察して空気を変えていた子が居た事を。

 

「何かクラスで小競り合いがあったみたいですよ。多分、井浦と坂見。聞いてみたけど教えてもらえなかったです」

 

「そうか。わかった」

 

 平塚先生にそれだけ報告はしておいた。先生も頭の隅に置いといてくれたようで、その後何時ものようにバカ話をした覚えがない。そして、翌日。朝のHRが終わった時点で平塚先生が難しい顔をしながら俺に告げた。

 

「弓ヶ浜が欠席のようだ。学校に連絡は来ていないので、これから両親と彼女に連絡してみる。比企谷、君は授業の準備を頼む」

 

 この時点で昨日の事件、そして今までの事と何か関係があるなと嫌な予感がした。朝のHRの時もクラスの空気がおかしいのがわかった。留美の機嫌が悪い。山羽が明るく盛り上げようとしている。井浦グループ坂見グループは小声で色々話している。他の子達もグループでそれぞれ固まっていた。まるで、一人になる事を避けたいように。留美に視線を送るが、無視。唯一の情報源が断たれてしまった。っていうか、気軽にクラスで話せる子が留美だけってかなりダメな教師である。それと、弓ヶ浜も思えば随分と気楽に会話できる生徒だった。

 

「……どう、でした?」

 

 授業直前、何時もの喫煙室で準備をしていた際、平塚先生に聞いてみた。

 

「ご両親は学校に行ってると思っていたようだ。本人に連絡してみたら、体調悪くなったから途中で家に引き返したとメッセージが来たよ」

 

「そうですか」

 

「君から報告を受けた限りでは、あまり問題なさそうだとは思う。……だが、その表情を見る限りでは何かありそうだね」

 

「昨日から……いや、ほんの少し前から少しだけクラスの空気が変わっていたように思えます。だから、俺はなんていうか。……上手く言葉が出てこないです」

 

 平塚先生は俺の言葉を聞くと煙草を一本咥え、火をつけた。俺も吸いたい気分ではあるが、何となく今は煙すら喉を通らないだろうという自覚だけはある。先生は特に煙草を勧めてくる気配はない。ただ、じっと俺の顔を見ている。

 

「上手く言葉にできなくてもいい。感情のまま、言ってみなさい」

 

 とても優しい声だった。その声に背中を押されたのかはわからない。だが、堰を切ったかのように言葉が漏れ出していく。

 

「少しおかしいと思ったのは留美の事があったすぐ後です。いつもは嫌味なぐらい明るく挨拶してくるのにそれが日に日に陰っていきました。授業中も隙あらば寝る感じなのに、ずっと教科書を見ていたような気がします。集中しているんじゃなくて、何か一点を見つめ、考えている感じです……」

 

「君は相変わらずそういう所に敏感だな。よく生徒を見ている。……確かに弓ヶ浜には何かありそうだ。それで、君はどうしたい?」

 

「……俺が、ですか」

 

「そうだね。もう、ここまでくれば実習生では手に余るだろう。私の仕事だ。放課後、彼女に会いに行こうと思う。会ってくれるかどうかはわからんがね。それでも、やってみるさ……ただ、あまりにも君が動きたそうだからさ。つい、意地悪な聞き方をしてしまった」

 

 しばし、先生の言葉を頭の中で反芻する。俺が動きたがっている? ……ああ、そうかもしれない。今回の件の全ての発端は、あの日、俺が留美にした事から始まっている。留美は俺に言った、俺の教えたやり方をやっただけだと。俺も当時はあれでいいと思っていたが、結果がこのザマだ。過去は変えられない。俺の罪は消えない。……ああ、だからだ。もう一度自分で動かなくちゃなんて考えたではないか。

 

「手には余るかもしれません。これは、贖罪なのか。同情なのか。憐憫なのかもわかりません。……先生。それでも、今回の件は俺が動きたいです。力を貸してください」

 

 俺の言葉に先生はニヤっと笑った。獰猛で、かっこいい笑い方だ。先生にもリスクは有る筈なのにどうしてこんなにもかっこよく笑えるのだろうか。

 

「わかった。ケツは全部こっちで持つ。できる限り、力の限りあがいてみたまえ。──期待しているよ、比企谷先生」

 

 この言葉だけは裏切りたくない、心の底からそう思うスカっとした返事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後になり留美と話をした後、俺は学校の入り口へとやってきた。弓ヶ浜の家の住所は調べた。後は向かうだけだが、いかんせん自転車でもまあまあ遠い。平塚先生は会議なので車を出せない。キー貸そうかなんて言われたが、あんな車運転できない怖い。傷でもつけたらもう先生に土下座して求婚して許してもらうまである。それ以外に車と言えば、後は陽乃さんに土下座して……なんて考えてたけど本当に土下座しかできねぇんだな、俺。悲しくなってきた。しかし、それでも行くしかない。

 

「あら、今日は早いのね」

 

 振り向くと、後ろから声をかけてきたのは雪ノ下だった。ヘルメットを脇に律義に抱えてるあたりがとても彼女らしい。仕事はもう終わりなのか、心なしか機嫌がよさそうだ。

 

「これから生徒のとこに行くんだよ」

 

「生徒……? ああ、ごめんなさい。貴方、そういえば実習生だったものね」

 

 ねぇねぇ、この人いちいち俺に嫌味言わなきゃいけない性格なの? 小首を傾げるのが本当に可愛くて本当に今日もムカつく。

 

「お前こそ、仕事終わりなのか?」

 

「ええ、今日はやりきり仕舞いだから。これから、会社に戻って片付けした後、由比ヶ浜さんと食事に行くのよ。……その分だと、貴方は無理そうね」

 

「ああ、ちょっと学生時代のやり残しがある。んじゃ、俺行くわ」

 

 そう言って自転車に乗ろうとすると、

 

「待ちなさい。……まだ少し時間があるから、その……良かったら車に乗せてってあげてもいいのよ」

 

 気恥ずかしいのか雪ノ下の頬が少しだけ赤い。えっ、こいつ車の免許持ってるし乗ってるの? 仕事しているから当たり前といえば当たり前なのだがいまいち想像がつかない。しかし有難い申し出だった。「じゃあ、お願いします」といって雪ノ下の後に続く。流石に陽乃さんと違って高級車ではない。普通のライトバンだ。正直、似合っているかと聞かれれば似合っていない。まあ営業車だしね。雪ノ下もそれは自覚しているのか、そして俺を乗せるかどうか相当葛藤したのだろう。顔がまだ少し赤く、照れくささを隠すように目を細め、

 

「……何か?」

 

「いや、別に。ありがとうってだけだ」

 

「そう。これ、社用車なのよ。ね?」

 

 ね?と言われても何も答えようがない。弓ヶ浜の住所を伝えて雪ノ下にそのまま向かってもらう。しかしまあ、人生とはわからないものだ。まさか、雪ノ下の運転する車に乗る日が来ようとは。人生何があるかわからない。しかも、助手席ってのが本当に俺らしい。雪ノ下を助手席に乗せてる姿はもっと想像できなかったけど。

 

「学生時代のやり残しって、何?」

 

 しばらく運転をしているとやがて雪ノ下がぽつりと呟いた。あまり面白い話じゃないし、言いたくなかったがここで言わないのもあまりに不義理というもの。実際、雪ノ下にも迷惑をかけたのも事実だ。一つ一つゆっくりと話していく。昔、こんな事があったよなという事。留美と再会した時の事。俺のやり方を真似した事。その結果、一人の生徒が学校に来なくなった事。雪ノ下はまっすぐ前を見ながら頷く事なく聞いていた。

 

「話は以上だ。俺の行動が原因で、一人はどこかの誰かさんみたいに捻くれて、学校に来れなくなっちまった奴までいる。だから、ちゃんと正したい。こうなるなんて思わなかったなんて言い訳で終わらせたくない。俺が自分で選んでやった事だから。最後まできちんと向き合わないとならない」

 

「……貴方だけの問題じゃないわ。私も彼女も結局何もできなくて、全部貴方に押し付けたのよ。私は、鶴見さんのあの事件では、あの時の比企谷君にできる最善の事をしたと思っている。でも、それが原因でこうなってしまったのなら一緒に正しましょう。……このやり残しの解決を以って、奉仕部を卒業するの。私と、由比ヶ浜さんと、比企谷君で、一度全てを終わらせたいの……」

 

 奉仕部を卒業──という雪ノ下の単語が胸に刺さる。学校は卒業したが、俺達はいまだに後悔をしている。あんな終わり方であった事を。雪ノ下もずっと悔いていたのかもしれない。最後まで言わなかった事を。俺もそうだ。由比ヶ浜の気持ちに応えなかった。陽乃さんの問いに最後まで答えなかった。雪ノ下には最後まで本心を言わなかった。誰が悪いとかではない。皆傷つきたくなくて、信じられなくて言えなかっただけだ。だから、終わらせたい。全部。あの時言えなくて、動けなくて2人と1人になってしまった奉仕部で、最後のやり残しを終わらせる。色々な感情がせめぎあうが、言葉は簡単に出てきた。

 

「悪いな、最後まで迷惑をかけて」

 

「お互い様よ。私も、貴方や由比ヶ浜さんには多くの迷惑をかけたわ。多分、由比ヶ浜さんもきっと同じことを言うでしょうね」

 

 あんなにも言えなかった事が今では簡単に言える。成長したのか、時間の経過があったからなのか。それはわからない。それは雪ノ下も一緒だったようで、

 

「こんな風にあの時ちゃんと言えてたら、何か変わってたかしら?」

 

「さぁな……。それこそ今更だ。……でも、俺はこれで良かったと思う」

 

「つれない男ね。相変わらず」

 

「悪かったな。でも、お前だって似たようなもんだろ」

 

 俺の言葉に雪ノ下がフ、と笑った。俺もつられて笑ってしまう。そんな話をしているうちに、弓ヶ浜の家の近くまで来たようだ。後、五分もすればつくだろう。カーナビもそう告げている。

 

「ちなみに比企谷君。もし、弓ヶ浜さんが家に居なかった場合、次はどんな手を打つの?」

 

 ……雪ノ下の言葉に疑問が湧いた。言っている事の意味がわからない。

 

「いや、お前。学校休んだら普通、家に篭るに決まっているだろ? 他に何処に行くって言うんだよ? バカなの?」

 

 俺の言葉にイラっときたのか雪ノ下の目が細くなった。しかし段々と俺の言っている事の意味が理解できたのか……やがて哀れみのこもった目で俺の方を見た。どうして?

 

「バカは貴方よ。……貴方から聞いた限り、その弓ヶ浜さんはクラスのトップカーストに位置する子よね? ああ、わかりやすい例があったわ。その弓ヶ浜さんと由比ヶ浜さんを比べて見なさい。似たようなタイプだと思わない?」

 

「まぁ、そうだな。名前も似てりゃクラスでの立ち位置も似たようなもんだ。皆から一目置かれてて派手なグループに居て、クラスの雰囲気を上手く良くする奴だからな」

 

「じゃあ、それを頭に入れてよく考えて見なさい。由比ヶ浜さんが何か学校で嫌な事があってサボった時、家でずっと引きこもってると思う??」

 

 ……ヤバい。思わないどうしよう。絶対あいつ自分のお気に入りのスポットとかで無限に落ち込みそうじゃん。なんだったら雪ノ下の家の前で蹲っているまである。しまった。そこまで考えていなかった。最近の女子高生って本当に難しい。どうしよう。弓ヶ浜とどんな話をすればいいかまでは考えていたが、家に絶対居ると思ってた(確信)

 

「ち……ちなみに雪ノ下だったら何処へ行く?」

 

「その話、今は関係ないでしょう」

 

 あ、こいつも絶対家に篭るな。それだけはわかった。ヘッドホンつけて猫動画を朝から晩まで再生してそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オッス!オラ八幡。

 いや~!やっぱ弓ヶ浜の奴家に居なくて困っちまったんだ! 自転車あるかどうか調べてたら近所の人に危うく通報されそうになっちまってなぁ!そこで雪ノ下がとりなしてくれなかったらこの物語終わっちまうところだったぞ! 次回、ドラゴンボール「八幡、クビになる」絶対見てくれよなっ!

 

「いい加減、現実逃避から帰ってきなさい」

 

 雪ノ下の言葉でやっと俺も冷静になる事が出来た。先ほど語った通り、やはり弓ヶ浜は家にいないようだった。自転車も無いのでどこかに出かけたのだろう。何とか雪ノ下の話術のおかげで近所の方の信頼を得る事に成功し、弓ヶ浜が制服で朝家の前を何時ものように出て行ったという証言まで得る事ができた。というわけで捜索する範囲が広がった。これからどうしたものか。

 

「捜索範囲を絞っていくか、ここで待っているかの二択ね。流石に平日だし外泊まで親御さんが許すとは思えないわ」

 

「親御さんと本人は連絡取れてるみたいだけどな。平塚先生があまり心配してる様子じゃなかったって言ってたし。共働きのお宅みたいだからそこまでの余裕がねぇのかもな」

 

「彼女が好きな場所とかよく行く場所がわかればいいのだけれど……貴方にそれを期待するのは酷ね」

 

「ぐっ……。じゃあお前は何か良い考えがあるのかよ」

 

「こういう時は由比ヶ浜さんね。少し待ってて」

 

 変わったなぁ、なんて思う。昔のこいつはこんなにも素直にすぐ人を頼っただろうか。いそいそと携帯電話と取り出し由比ヶ浜にかけ始めた雪ノ下を見てそう思う。まずは由比ヶ浜に状況を説明しているらしい。まるで子供をあやす大人のような口調だ。所々で「比企谷君が貴女そっくりな女子高生に」とか「追い回す」とか不穏な単語が聞こえるんですけど。大体の状況説明が終わったのか、電話をハンズフリーモードにし始めた。

 

「あ、もしもしヒッキー? これで聞こえる?」

 

「聞こえてるわ、由比ヶ浜さん。それと、公共の場であまり大きな声出しちゃだめよ」

 

「うわ、ヒッキーの声真似懐かしい! ちょっとキモいけど!」

 

 調子に乗り過ぎた。目の前で般若のような顔の女が無言でこちらを見ている。さっきのささやかな仕返しなのに。

 

「生徒探してるんだけど、情報がないんだよね? あたしもよくわかんないけど、手掛かりになりそうなのって学校外だとSNSぐらいだよね。ヒッキーはその子のアカウントとか知らないの?」

 

 そもそもやってねぇよ、と思ったが存外悪くない。雪ノ下も何か思いついたようでにやりと口の端が上がった。怖いよ。 

 

「そうか。SNSか。確かにそれは考えもつかなかった」

 

「うん、まぁでも。大体皆鍵アカになってるだろうし。ちょっと難しいとは思うけどねー……」

 

「そうね。確かに彼には無理ね。……でも、そういう事が得意な人たちが居るから。やってみる価値はあると思うわ。ありがとう、由比ヶ浜さん」

 

「ん。こんなんでいいなら全然いいよー。あたし、少しでも役に立てた?」

 

「そうね。何時だって貴女は助けてくれてるわ」

 

「そうだな。ありがとな、由比ヶ浜」

 

 言葉はすんなりと出てきた。本当に何時だってそうだった。雪ノ下が正攻法で攻め、俺が裏でこそこそやって、俺と雪ノ下じゃ追いつかない部分を由比ヶ浜が助けてくれた。その事を忘れた俺達ではない。 由比ヶ浜が照れたように笑う声が聞こえる。いつもの「頑張ってね、ヒッキーゆきのん」という挨拶をすると電話を切った。

 

「方針は大体決まったわね。今度は、貴方のお仲間を頼るべきじゃないかしら?」

 

「……そうだな。あいつらの伝手使ってどうにか探してもらうか。俺は、この先のアウトレットまで行ってみる。一応、あいつの自転車の許可番号控えてきたし」

 

「そう。私はもうしばらくここに居て葉山君達に状況を説明しておくわ。また後で会いましょう」

 

「悪い。頼むわ、雪ノ下」

 

 そういうと踵を返して幕張方面へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 車では数分の距離だが、歩くとそれなりに時間はかかる。SNSは一種の賭けだ。俺も早々に見つかるとは思っていない。ならば、動くしかない。弓ヶ浜が制服で家を出た以上、午前中からそこらをうろついていたら間違いなく補導される。だとすれば人が多いとこに居そうなもんだが、そろそろ学校も終わって人が多く集う所には放課後の学生も多く来るだろう。俺があいつの立場だったら同級生に会いそうな場所は避ける。移動するならば今ぐらいの時間だろうか。弓ヶ浜がもし遠い千葉駅の方ではなく近いアウトレットやらイモンモールに居たとすれば、自転車で家に帰るには花見川を越えなければならない。あいつの家から一番近い橋を歩いているのだが、いまだに遠くに自転車の姿は見えない。千葉駅方向に行かれていたら完全に空振りだ。そんな事を考えながら歩いていると、着信。隼人からだった。

 

「やぁ、先生」

 

「よぉ、実家から米送るの止めてやってもいいんだぞ」

 

 隼人の声が止まった。何なの。俺がいない間にそこまで食糧難になってたの? 後ろから義輝と一色も居るのか「それはまずい」だの「せんぱいですか?」だの声が聞こえる。

 

「冗談だよ。……そっちも冗談だよな? まぁ、雪乃ちゃんから大体話は聞いたよ。今、義輝が片っ端からエゴサしまくってるよ。俺は主にピンスタの方で後輩たちに声をかけている」

 

「悪いな、助かる」

 

「気にするな。今、正直気分が少しだけいいから手伝ってやるよ」

 

「何だ。一色に野菜でも恵んで貰ったのか?」

 

「それもあるんだが……。お前、正攻法でやろうとすると本当に弱いなって。そう思ったら少しだけ笑えてきたんだ」

 

「はっ。昔からそうだろ。何時だって俺は綱渡りで……卑屈で陰湿なやり方しかできなかっただろ」

 

「それは俺にはできない方法だったからな。……だから……何とかしてやるよ。お前も卑屈に陰湿にでもいいから、最後まで貫けよ」

 

 何なの隼人の奴ってば。イケメン過ぎるだろなんて思ったのもつかの間「葉山先輩電話代わって下さい。野菜持って帰りますよ?」なんて声が聞こえた後、隼人の声が聞こえなくなった。完全にパワーバランスが逆転している。やはり食は偉大という事なのだろうか。

 

「先輩、お困りのようですね」

 

「そうだなぁ……」

 

「何だったら私も協力して差し上げてもいいんですよ」

 

「気持ちはありがたいけど、一色さ。お前も俺や義輝と一緒であんま友達居ないじゃん。無理しなくていいんだぞ」

 

 流石に一色まで巻き込むのは申し訳ないし、こういった事情に一色は強かったかというとそうでもない。どちらかというとこちら側の人間だったような気がする。しかし本人はそうは思っていなかったようで、

 

「な、何ですかその言い方!? むぅ! 私怒りましたからね! 絶対その子のアカウント見つけますから! 私が見つけたら先輩何でもお願い聞いてくれますよね!?」

 

「お、おう……」

 

 つい勢いで返事をしてしまった。ついでに「じゃ、そういう事で」なんてガチャ切りのおまけ付きで。一色を焚きつけてしまったのが少しだけ怖い。義輝と隼人には頑張ってほしい。それにしても、俺も雪ノ下も随分と簡単に人に頼るようになった。前に隼人と会話した事を思い出す。俺の世界には俺しかいない。俺が直面する出来事にはいつも俺しか居なかった。そんな事を言ったような気がする。確かにそうだった。俺もあいつもずっと独りで何とかやってきた。だが、それでも叶わぬ事があった。何時だって俺たちは敗者で、偶に勝ったりするぐらいなもんだったのだ。

 

「だったら、やり方を変えるしかねぇよな」

 

 誰に聞いてほしい言葉でもない。俺だけがわかってればいいし、あいつもわかっているのだろう。もう、子供のままじゃいられないのだ。そう思うと足が軽くなった。走らなければならない。進まなければならない。自意識の化け物も、理性の化け物も振り切って。もう──俺は教師の卵なのだ。その責務を全うしなければならない。走る速度がどんどん上がっていく。肉体労働ばかりしているからか、貧乏なので基本徒歩移動が多いからなのかまだ疲れていない。そして、ようやくアウトレットまでたどり着いた。当たり前だが、人が多い。尚且つ敷地も広い。まずは駐輪場から回るしかない。移動し、総武の校章シールが貼ってある自転車を探していく。まだ放課後が始まったばかりだからなのか、学生の自転車の数はそう多くない。しかし弓ヶ浜の登録番号は無い。自分でも見当違いなのかと不安になってきた。すると、スマホに通知があった。

 

「隼人か……」

 

 メッセージを見る限りまだ見つかってはないみたいだ。その代わりとしてグループに招待されていた。俺と雪ノ下と隼人のグループ。ふと笑ってしまう。こんな組み合わせ一生ないと思っていた。自分の今置かれている状況を投入し、再び違う駐輪場へ移動。やはりというか、対象の自転車はない。総武の校章シールが貼ってある自転車すら珍しくなってきたぐらいだ。仕方がないので、今度はモール内を探す事にしたが、やはりというか平日でも人が多い。しかし、やるしかない。高校生が行きそうな店を中心に眺めていくも姿はない。時間だけが無為に過ぎていく。そして、一時間が経った頃だろうか今度は一色が電話をかけてきた。

 

「あ、先輩ですか。ふふん、ついに見つけましたよ。依頼されてた子のアカウント」

 

「嘘だろ……」

 

「生徒会の後輩の後輩の友達まで当たってようやく。やっぱ鍵アカだったんですけど、今日のツイートだけならって事でスクショ送ってもらいました。1時間前にスナバの写真上げてますね」

 

「今俺が居る辺りだと2つあったよな。店の特定まではできそうか?」

 

「中二先輩と葉山先輩が今調べてます。葉山先輩は記憶で、中二先輩は店舗名でエゴサしまくってこの子の上げた写真との類似点探してます。ぶっちゃけちょっと怖いです。……あっ今、何か言ってます。えっと、概ね幕張のイモンの方じゃないかですって」

 

「勘は当たったみたいだな。……わかった。とりあえずそっちの方が今近いし向かってみる。助かったわ」

 

「……先輩、約束忘れてませんよね?」

 

「わかってるよ。何がいい? あんまり高いもんは金ねぇし買ってやれねぇからな」

 

「いえ、物は要りません。……私のお願いは一つです。これで、全部終わったら一つ区切りをつけてください。……先輩がどんな答えを出すのか、それを私は見届けたいです」

 

「……わかったよ。善処はする」

 

「それが聞けて満足です。先輩、頑張ってくださいね」

 

 一色との通話を切る。……また考えなければいけない事が出来た。確かにずっと逃げ続け曖昧にし。はぐらかし続けていた事がもう一つだけある。隼人、義輝、彩加もそれを気にして、心配してくれている事も知っている。一色も頑張ってくれたみたいだし、そろそろ俺も観念してもいい頃合いなのだろうか。それはまだわからない。いろはすってば攻めがキツいよなんて思うけど、向こうからしたらいい加減にしろって事なのかもしれない。考えてるといい加減煮詰まってきたのでまた走り出す。イモンなら近いし大した距離ではないがいかんせん疲れてきたのも事実。脳も体もどっちもキツいよなんて考えていると、

 

 

「あ……」

 

 

「あ……」

 

 

 交差点の向かい側から声が聞こえた。見ると屋外テーブル席から制服姿の女の子が俺の方を見ている。向こうも咄嗟に驚いて声を出してしまったのだろう。顔が驚きに溢れている。そこには弓ヶ浜が立っていた。どうやら店を出る所だったらしい。色々言いたいことはあるが、まずは安堵した。──無事で良かったと。

 

「弓ヶ浜、ちょっと話そう。今、そっち行くから」

 

 なるべく優しい声で言ったつもりだが、弓ヶ浜の顔はくしゃりと歪んだ。俺の人生何時もこうである。予想通り、俺に背を向けると走り出した。こっちはもう体力結構使ってるのに。仕方なしに追いかけるが、弓ヶ浜さん足早すぎ。流石はトップカーストに連なる者。授業中寝てばっかりなのに勉強もそこそこだし、それなりに運動もできるらしい。しかもこのクソ忙しいというのにまた電話がかかってきた。……うげぇ、陽乃さんだ。狙ったように大ピンチのタイミングでかけてくるのが本当に怖い。前方の弓ヶ浜は既に自分の自転車に乗ろうとしている。流石に自転車には追い付けないが、後が怖いので電話に出た。

 

「だ……すいません陽乃さん。今忙しいです!」

 

「ひゃっはろー八幡。知ってるよー。雪乃ちゃんから大体の話は聞いているし」

 

 なら何でかけてくるんですか。俺のピンチを楽しんでるんですか。……うわぁ、めっちゃ納得してしまった。

 

「何よ、勝利の女神に対してあんまりな態度じゃない。今、忙しいって事は探してる女の子見つけたって事でいいよね?」

 

「そうですけど、向こう自転車に乗り出しててこのままじゃ追いつけなく……っ!」

 

「成程。今、スナバの前あたりにいるって事でいいかな?」

 

「そうです!」

 

「じゃ、感謝しなさい。きっともう到着すると思うから。お礼は今度会った時でいいよ」

 

 それだけ言うと陽乃さんは電話を一方的に切ってしまった。何なのあの大魔王。身勝手が過ぎるでしょ。弓ヶ浜も自転車乗って走りだして不味いってのに。

 

「──ま───ん」

 

 ──遠くから声が聞こえた。この声。よく聞いた声。そして今、一番聞きたい声だった。疲れた体に活力が戻るような少し高い声がとても心地いい。振り返るとそこには本物の勝利の女神(戸塚彩加)が自転車に乗ってこちらへと走って来るのが見えた。本当に、最低最高な大魔王である。オーマハルノって今後は呼んでもいいぐらいだ。

 

「八幡! 良かった会えた!」

 

「彩加! 陽乃さんに頼まれたのか!?」

 

「うん。八幡がピンチだろうから自転車で行ってあげてって。だから、使って! 僕は自力で帰れるからさ」

 

 本当にどこまで読んでるのだ、あの大魔王は。未来が見えてるとかし思えない。しかし、これなら追いつける筈だ。相手はママチャリ。こちらはクロスバイクだ。少しだけ利がある。

 

「彩加。ありがとうな。──行ってくるわ」

 

「うん! 頑張ってね八幡!」

 

 そんな素敵な笑顔で言われたらやるしかない。俺の全力を出してしまう日がついに来てしまったようだ。危うく一色に言われた答えまで出しちゃうまであった。くだらない事を考えている自分を一笑し、ペダルを漕ぐ。弓ヶ浜の背中はかなり遠い。ここからは自分一人で何とかするしかない。だが、一人ではここまで来れなかった。そう考えると、ペダルを漕ぐ足が速くなっていく。尻を挙げ、前傾に。これが俺のラストスプリントだ。同じ千葉だし小野田君に力を貸してくれってねだったっていい。

 

「弓ヶ浜っ──!」

 

 加速し小さな背中が段々と近づいてきた。そして、ふと自嘲気味に笑う。何で俺走ってるんだ──と。まるでテレビの中に出てくる熱血教師だ。こんなのガラじゃない。俺じゃない。そう、俺の中で何かが叫んでいた。理性の化け物か。はたまた自意識の化け物か。それとも──何なのかわからないうるせぇ。だが、今はそんな事はどうでもよいのだ。まずは、あいつと話がしたい。それだけだ。そして──

 

「待ってくれよ。とりあえず話をしよう」

 

 弓ヶ浜を追い抜き、進路をゆっくりと塞ぐ。幸いにも弓ヶ浜も観念したのかゆっくとスピードを落とし、止まってくれた。ここからが正念場だ。今までのやり方だけじゃない新しいやり方で生徒と向き合わねばならない。俺にできるのか?と心の中がざわつく。そんな資格はないくせに、とも。それでもやるしかない。これが、俺にできる奉仕部での最後の仕事だからと決意を込め、俺は弓ヶ浜と対峙した。

 

 

 
















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