やはり俺の大学生活は間違っている。   作:おめがじょん

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春闘間近のおかげで残業が少ない! 後この話長い!!!!


第17話:比企谷八幡は気づかない。

 因果応報という事場がある。

今日び中学生でも知っている四字熟語だ。だが、その意味を知っていたとしても、まさかそれが実際に自分の身に降りかかってくるなんて普通は思わない。俺もその一人だ。自分が、どうしようもない人間だとはわかっていた。沢山の人を傷つけた。だが、心の奥底では少し安心していた──自分は、真の悪党ではないと。人を殺したわけでもない。追い込んだわけでもない。だから、実際に自分がやってきた事は大した悪ではなく、その罪と向き合う事は現実では起き得ないと──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 平塚先生から、奉仕部の臨時顧問に任命された。

 正直に言わせて貰えば、そこから先はあまりの事に呆然としてしまい、まるで教育実習に身が入らなかった。今日が初日で本当に良かったと思う。このままではいけない、一度トイレで気合を入れなおしてLHRに向かう。流石にぼっちだっただけあって、こういう追い詰められた時の、自分の回復力には驚く。後に引けない。何も頼れない。自分ひとりで何とかするしかない。──久しく、忘れていた感覚だった。

 

「義輝、隼人……」

 

 三人で共同生活していた頃がふと懐かしくなる。俺は、こんなにも弱い人間だったのかとも自嘲する。あの共同生活は、本当に俺を大きく変えてしまったのだという実感が強くなった。ラインのグループなんぞを眺めだした弱い自分を押し殺し、教室に入って一番後ろに立つ。ここが教室の状況を一番良く見渡せる。

 

俺と、生徒達。歳は大して変わらない。自分が居た頃とも余り変化もない。騒がしいグループ。大人しいグループ。取り巻き。陰キャ。──そして、ぼっち。どのクラスにも一人は居るんだなと自嘲気味に笑う。俺はこの30人程度の人間達が全て仲良くするなんて事は不可能だと知っている。ただ、上手くやる事は出来るとも知っていた。それは、誰もそうだろう。

 

お互い、自分の立場や関係を崩さずに上手くやる。あの頃唾を吐き捨てていた上っ面や、嘘も今こうした立場にいると、よく出来ているなと感心する程だ。この状況で、俺はどんな教師になればいいのか。どう指導していけばいいのかを考えてみるも、全く浮かばない。

 

(唯一浮かぶのは、上手くやる事……)

 

 俺がかつて嫌ったなぁなぁの関係。それが最適解──というよりは、合理的だ。そこに本物もなく、偽者も無い。一人一人が得たものが全て。クラスという輪から外れただけで、これほどまで視えるものが違ってしまっていた。 

 

 俺なんかより、隼人の方がずっと教師に向いていると思った。あの頃から、あいつは今の俺と同じような視点に立ち、ある程度が平等なクラスの雰囲気作りをしていた。そこで自分達がトップに君臨する事までも含めて誰が責められようか。だが、それだけじゃ救えないものも数多くあった。あいつも多くを間違えたし、俺も多くを間違えた。正しさなんかない、結果が全てだ。少なくとも、今は当時と同じような方針で行くしかない。掬えなかったものを救う。あまりしっくりとこないが、今言葉にできる精一杯だ。

 

「先生、少しいいですか?」

 

 そんな事を考えていると、生徒に話しかけられた。まだ名前は覚えきれていない。先生、名簿何時くれるんですかね。だが、印象に残っている子だった。俺から見たクラスのトップは多分彼だろう。高校生ながら、俺よりも既に高い身長に、部活でもやってるのかしっかりとした体。単なるスポーツ馬鹿でもない、爽やかな物腰。こいつはモテる。俺よりもずっと。そんなイメージを持った子だった。確か名前は──

 

「おお、悪いまだ緊張しててな。えっと──」

 

「クラス委員の山羽っていいます。短い期間ですが、よろしくお願いします」

 

「ああ、山羽君ね。葉山とかじゃなくて」

 

 ホントどうなってんのこのクラス。俺が夢の中に居て、擬似教育実習をやっているのではないかなんて妄想まで出てきた。

 

「……? ああ、そうだ。平塚先生がこられないみたいなんで、僕が司会でLHR始めちゃっていいですかね? まだ決まっていない代表委員があるんですよ」

 

「おー……そうか。まぁ、俺は後ろで見てるから進めてくれ」

 

「わかりました」

 

 それだけ言うと、山羽は大きな声でLHRはじめるぞーと声をかけると、黒板の前に立った。何この統率力。これがリア充の力、ザ・ZONEか。久しぶりに見た。隼人より凄いんじゃない?騒がしかったクラスの連中が揃いも揃って席につき、山羽の話を聞いている。どうやら、選挙管理委員がまだ決まっていないらしい。ははぁん、これ一番面倒くさい奴だわ。案の定、クラス中に不協和音が響き渡る。お前やれよ、だの、誰々がいいんじゃない、だの。この辺やっぱり変わらないよね。トップカーストの連中は、部活あるしムリ。中堅所もそれに続く感じを出している。そうすれば、カースト下位の連中が目をつけられる。弄りから入って、話題を大きくし、クラスの空気を押し付けていくパターンだなこれ。そのまま放っておいたら、平塚先生に怒られそうなので、そろそろ口出すかな──なんて考えていた矢先、

 

「鶴見さんとか、いいんじゃない?」

 

 女子の一人がふとそう呟いた。トップカーストの一人だろうか。中々に声も大きい。そして、一方の鶴見さんは──というと、このクラスで唯一のぼっちで、雪ノ下っぽいあの子だった。さっきの驚いた表情は何処へいったのか、気だるげな目をして、さして興味もなさそうに前だけを見ている。そして、ぽつりと一言。

 

「理由を教えてくれる?」

 

 その言葉に言った側は作り笑顔と作り笑いを浮かべながら、あれやこれやと持論を並べ立て始めた。真面目そうだから任せられるとか、いつも冷静そうだからと凄まじく曖昧で適当な言葉だった。鶴見はしばらくどうでも良さそうに聞いていたが、段々と面倒くさくなってきたようで、やがてとても良い笑顔を浮かべると、

 

「あーそうね……。貴女が、どれだけ私にこの仕事を押し付けたいかが、とても良く伝わってきたからもう喋らなくていいよ」

 

 そう言いのけた。一瞬、空気が凍りつく。少しだけ面白いと感じたのが、この発言に対し、クラスが真っ二つに一瞬割れた事だ。一つは、鶴見への拒絶。そしてもう一つは、鶴見への応援だ。表面上山羽が上手くやっているが、このクラスはトップカーストと反トップカーストの二つの力が拮抗している。そして、反体勢側は、鶴見を自分側に引き入れたいのではないかと予想できる。現に、何人かの女子が酷くない?だの何だのと騒ぎ始めた。その後も、鶴見は自分の態度を省みるわけでもなく、

 

「もう、面倒くさいから山羽君が決めていいよ。私か、井浦さんのどっちかでいいでしょ。どうせ、みんなやりたくないだろうしね」

 

 鶴見の提案に山羽は困ったような顔を浮かべたが、まだ余裕は消えていない。すげぇなこいつ。俺だったらもう気絶している。先ほど発言した女の子は井浦さんと言うらしい。自分で言ってて寒い。井浦は、不満そうな顔を最初はしていたが、山羽が見ているとわかったら態度がコロっと変わった。本当に女って怖い。

 

「そうだなぁ……。じゃあ、悪いけど井浦さんやってくれないかな。鶴見さんは部活もあるし、井浦さん確か帰宅部だったよね? 席近いから相談しやすいし、俺もサポートするからやってくれないかな?」

 

 そういうと少し笑いながら山羽君は両手を合わせた。流石はリア充。空気の読み方のレベルが違う。井浦も、そこまでされちゃあ仕方ないとばかりに、選挙管理委員となることを快諾した。これでハッピーエンドだ。表向きは、井浦の押し付けも、鶴見の返しもなかった事になり、選挙管理委員も決まって万々歳。

 

すっげぇ、欺瞞と妥協に満ちた決定だが、結果が全てと言うのならば丸く収まった。ほっと一息ついていると、視界の隅で白衣が手招きしている。あの人、本当にLHRすっぽかして何やってんの? 教育実習初日から結構ピンチなんだけど。渋々とだが、廊下に出る。

 

「ついてきたまえ。歩きながら話そう」

 

 そのまま、先生についていく。心なしか、先生は楽しそうだ。こっちはようやく一息つけたんですけど。この人が何時か英霊になった時は、きっとクラスはバーサーカーだろうな。

 

「どうだね、あのクラスは?」

 

「悪くないんじゃないですかね。対立する時もあるでしょうが、それ以外は大して上もなく下もなくって感じで。あのクラスにいても多分俺は馴染めなかったでしょうけど」

 

「そら、学生時代の君に馴染めるクラスなんかないと思うよ。ただ、立場が変わってくると見えるものも変わって来るだろう」

 

「そうですね……。俺が今まで見下してたモノが、システムとしては悪くないのではないか、と思っています」

 

「そうか……。比企谷、君は教師が3年間の間に生徒に送る事が出来る、最大限の贈り物はなんだと思う?」

 

「俺は……。そうですね。結果じゃないですか。進学先か。就職先か。はたまた、この学校で得たモノとかもあります。交友関係やら、知識やら何やらひっくるめてのもんですけど……」

 

「私は、笑ってここを卒業できる事だと思っている。……ちなみに、これは私の持論だから正しいわけでもない。ただ、私は全員を笑って卒業させてあげる事を目標に、この仕事しているんだ。……君にはそれを与えれなかったけどね」

 

「すいませんね。そんなに卒業式笑ってませんでしたか?」

 

「君の妹と一色が大泣きしてたのを困った顔してみていたのが印象的だな。……まぁ、由比ヶ浜と雪ノ下の事もあったとは思うが」

 

 何も言えない。ただ、申し訳ないと感じている。あれは全て俺の所為であって、この人に落ち度は何一つない。

 

「私には落ち度はなかった、等とは言うなよ。でも、君にはここを笑って出て行って欲しかった。君だけじゃない、他の生徒にも同様にそれは思っている」

 

 悲しそうに平塚先生は笑った。そして、手に持っていた冊子を俺に渡すと一度伸びをして、職員室の方へと足を向けた。

 

「これは、クラス名簿だ。目を通しておきたまえ。──後、これから喫煙室で私と君と打ち合わせをした後、放課後の職員会議に出席。それが終わり次第、奉仕部の部室へ行ってくれ。場所は変わってないから安心したまえ」

 

「……先生はこないんですか?」

 

「仕事が山積みでね……。もう若手じゃないんだと痛感させられるよ。やってもやっても、次から次へと舞い込んで来るんだ……。いっその事、仕事と結婚できればいいのになぁ……」

 

 

 ついに、人間と結婚したいから概念と結婚出来たらなんて妄想まで呟くようになった。……まだ、大丈夫だろう。最後の最後まで出来なかったなら、もはやその時は覚悟を決めるしかない。その頃ともなれば先生も、専業主夫を許してくれるのでは? ないか。ふわふわとした先生の後に続くようにして、俺はその背中を悲しく見つめることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議も終わり、先生に「行って来い」と背中を思い切り殴られた。叩かれたのではなく、殴られた。その反動もあってか、スムーズにかつて奉仕部だったあの教室の前に俺は立っていた。楽しかった思い出もある。辛かった思いでもある。向かいの窓ガラスを見る。そこには不景気な面構えのおおよそ教育者らしくない風体の男がそこに立っていた。──意を決して、ドアを開ける。懐かしい教室の匂い。そして、紅茶の匂い。教室には相変わらず机が置かれており、そこには女子生徒が一人窓の外の景色を見ながら立っている。

 

「……おす」

 

「……どうも」

 

 流石に相手も呆気に取られたようだ。まさか、教育実習生が来るとは思うまい。それは、こちらも一緒。まさか担当のクラスだとは思わない。今日、話題の中心に居た生徒、鶴見だ。呆気にとられたのは一瞬。向こうはすぐに口を閉じ、警戒しているのか一歩下がった。久しぶりだ、この拒絶の感覚。女子に嫌われまくった俺でなければここで挫折していただろう。鋭い眼光に、長い黒い髪はかつての部長を彷彿とさせる。……よくよく見てみると、雪ノ下と違って背は低めで表情にはまだ可愛げがある。プチ雪ノ下というよりは──プチのんと言ったところか。そう思ったが、出るとこは出てるので、プチは本家の方でした。

 

「先生、視線がキモい」

 

「あー……すまんな。生まれつきでな。もうみねぇよ。ええと、うちのクラスの鶴見だよな。平塚先生に言われて、臨時顧問をやる事になったんだ。部員はお前だけか?」

 

「……そうですけど。他に何かないの?」

 

 鶴見の警戒が一層上がったのを感じる。他に何を言えばいいんだろうか。謝罪が足りないのだろうか。だとしたら、土下座? だって仕方ないじゃん。そこが本家と最大の違いだし。だがまぁ、見ていたのは事実なので仕方が無い。このままセクハラなんて騒がれてはやはり俺の教育実習は間違っていた、完である。仕方が無い、とばかりに俺はゆっくりと膝をつくが、鶴見は更に怪訝そうな声を上げた。

 

「……何してんの?」

 

「いや、だから土下座を……」

 

 はぁ、と盛大にため息をつくと鶴見はそっぽを向いて椅子に座った。これだから、年頃の女子は難しい。小町のチョロさを見習って欲しいものだ。もう、全人類小町でいいよ。そのまま沈黙が流れる。鶴見さん、完全にシカトモードに入っております。何か打開策は無いのだろうか。持っているのは、クラス名簿のみだ。──あっ、もしかしたら平塚先生が気を利かして生徒の好きなものとか書いてくれてるかもしれない。最後の希望にすがるように、名簿を開いてみたが名前が羅列してあるだけであった。唯一、あるとすればふりがなが振ってあるぐらいだろうか。最近読み方難しい名前多いもんね。比企谷とか、八幡とか。俺ぐらいになると日比谷君とか書かれたりするんだぜ。鶴見の名簿の所にはやはりというか、ふりがなしかない。つるみるみ。冗談みたいな名前だな。………………あれ? どっかで聞いたことない? この名前。

 

「なぁ…………もしかして、ルミルミ?」

 

「その呼び方、キモい」

 

 このやり取りで完全に思い出した。鶴見──いや、留美はようやくわかったかと言わんばかりにため息をもう一度盛大についた。

 

 

 

 

 


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