やはり俺の大学生活は間違っている。   作:おめがじょん

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教育実習編スタートです。
短編書いてたら多分一生終わらない気がしてきた……。


第16話:平塚静は大いに嗤う。

 場違いなのではないか、今朝からそう思うこと32回。教育実習はよく、学生時代が楽しかった人間や、人に何かを教える喜びを知っている人間が行く場だとネットにはよく書いてあるし、俺もそうだと思う。そこに俺のような暗黒の学生時代を送り、尚且つ人に何かを教えたことなんて、妹か一色にしかない俺がいるのはどうかと思う。実際、同じ実習生の奴らは目がキラキラしているし、これから行われる教育実習というものに胸を高鳴らせている感じが強い。

 

 そこに、俺のような目の死んだ覇気のない生き物が混じっている。隼人が作ってくれた「猿でもできるコミュニケーション方法」を参考とし、先生達にもそつのない挨拶をこなし、同じ実習生に何か話しかけられてもテンプレ通りの回答をする事で今の所浮いてはいなさそうだ。流石は敵を作らない人間が作ったメモなだけあって中々に効果が高い。学生との接し方編も作って貰ったので今後も使用していきたい。唯一不満があるとすれば、隼人が考えて作った渾身のそつのない敵を作らない俺の自己紹介を、視界の隅の方で行き遅れの女教師が笑いを堪えているところだが、これは黙殺する事にした。

 

「それでは指導教員の先生の指示に従って行動をしてください」

 

 教頭先生のありがたいお言葉と共に解散となった。俺の指導教員は誰なのかな、なんて思っていると静さん──もとい、平塚先生がにやにやしながらやってきた。予想をしてなかったといえば嘘にはなるが、やりやすいし、やり辛くもある。変な事しでかしたら、すぐにぶん殴られそうだし。

 

「今日からよろしく頼むぞ、比企谷君」

 

「はい。よろしくお願いします。平塚先生」

 

 俺の反応が面白かったのか、ふ、と笑うと平塚先生は「ついてきたまえ」といい廊下の方に向かっていく。相変わらずのスーツに白衣姿が決まっている。どうして結婚できないのだろう。廊下に出ると、何故か先生は教室とは別の方向に歩き出した。この先、何かあったっけ?と疑問がわく。しかし、卒業以来一度もこの学校に来る事なんてなかったが、意外と何も変わっていない。唯一変わったとすれば、

 

「校舎の工事してるんですか?」

 

「ああ、少し改装工事をな。どこかが見た事のある会社の名前だろう?」

 

 よくよく見てみると、そこら中に雪ノ下建設と書いてある。姉が関わっているのか、妹が関わっているのか、はたまた関係ないのか知らないが流石は地元でも有名な企業である。陽乃さんは先日会った時には何も言っていなかったから関係ないだろうが、流石に教育実習の現場で会いたくはない相手だ。無関係な事を神に祈るのみ。

 

「しかしまぁ、面白かったぞ君の挨拶。葉山の真似をする比企谷みたいな感じで、飲み会とかでやったらウケるんじゃないか?」

 

「やはりそう見えます? まぁ、それは先生が俺という人間を知っているからそう思うんでしょうけど」

 

「厚木先生なんかは感心してたがね。立派になったなぁ、みたいな感じで……。正直、私も君の格好を見て少しばかり驚いている」

 

 あの人俺の事覚えてたんだ。すげぇ。でも、そんなに変わった風には見えない。強いて言うのなら、伊達眼鏡をかけたぐらいではあるが。

 

「眼鏡の事ですか? これなら、一色から貰ったんですよ。これで少しは目がまともに見えるって」

 

「その髪型も彼女の指示か? きちんとセットしているじゃないか」

 

「これは沙希から整髪料貰ったんですよ。身だしなみぐらい整えていきなさいって。カーチャン化が最近凄いんです」

 

 「リア充め」と忌々しそうに先生は呟くと指導室と札の出ている部屋に入っていった。この人、少し勘違いしているけど、教育実習始まる少し前に我が家で行われた比企谷八幡をつるし上げる会本当に酷かったからね。隼人や義輝はまだいいものの、一色や沙希、しまいには酔っ払った大魔王まで参戦してきて、俺の格好や人間性への駄目出しが行われた。あいつらも俺が今のままでは、教育実習が上手くいかないと思ったからゆえの行動だったのだろう。そう信じたい。否、そうでなくてはやってられない。最後のほうなんかあいつら酒盛り始めながら、俺に無茶振りしかしてこなかったからな。何が悲しくて笑顔の練習なんかしなくてはならないのだろうか。

 

「リア充なんかじゃないっす」

 

 そう言いながら部屋に入ると、むわっとした空気が流れた。臭い……というよりは、何時もの匂いだ。煙草の香りがする。何なのここ? 平塚先生は既にもう煙草を口に咥えており、火をつけて吸い込むと何とも気持ち良さそうに煙を吐き出した。

 

「ここを、私と君の拠点にする。毎朝授業前に必ずここでミーティングだ」

 

「ここ、喫煙室ですか? 昔は職員室でも平気で吸ってませんでしたっけ?」

 

 俺の言葉に、平塚先生は忌々しそうにまた口を歪めた。どうでもいいが、この人不満多すぎなのではないでしょうか。いい加減、誰か貰ってあげて。そろそろ冗談でも言いづらいよ。

 

「学校教育の場でも受動喫煙防止のための対策が近年迫ってきてだな。ここも、ついに利用するのが私だけになってしまった。このままでは、来年辺り完全に禁止になってしまうだろう」

 

「はぁ」

 

「だからこそ──君と私でこの嫌煙ブームに立ち向かうんだ。いいか、絶対に実習終わったら採用試験受かるんだぞ? 絶対にだ。このままでは、私一人で教頭と戦うハメに……」

 

 いつの間にか恐ろしい計画の頭数に組み込まれていた。別に煙草は明日から禁煙しろって言われても頑張れば何とかなるレベルだし。俺のじとっとした視線を感じたのか、慌てて取り繕った笑いを浮かべながら消臭グッズを紹介し始めた。好きに使っていいらしい。消臭剤からうがい薬まで数が多い。微かに残った女性らしさの最後のあがきといったところか。そして、平塚先生はニヤっと笑うと、

 

「さぁ、それでは楽しい教育実習の始まりだ。3週間みっちり鍛え上げてやるから、きちんと最後まで文句を言わずについてくるように」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 平塚先生から細かい今後の予定等を聞いた後、俺が担当するクラスに連れて行かれることなった。いや、マジで帰りたくなってきた。これから地獄の自己紹介だ。只でさえ、ぼっちで碌な学生生活をしてきていない俺に果たして、まともな自己紹介等できるのだろうか。否、出来るわけが無い。だったら──もう手は一つしかない。隼人が作ってくれたメモの自己紹介編を確認するそこには──「どうせぼっちなのだから、開き直れ」と書いてあった。……何これ? 簡潔すぎない? もうちょっとこう、なんというか。気の利いた自己紹介文とかさ。高校生にウケるトーク集とかそんなん期待してたんだけど、役に立たなさ過ぎでしょこれ。教員への挨拶編はきちんと書いてあったのに。

 

「どうした? 随分と緊張しているようだね」

 

「そりゃ、緊張しますよ……」

 

「君の場合は、下手な手を打っても碌な結果にはならんからな。兎に角、噛まずに相手を見てきちんと喋れ。上辺だけ取り繕ったって、生徒だってすぐに見抜くぞ。そういうのは、君の得意分野だったと思うんだがね」

 

 ぐうの音も出ない正論だった。俺は俺であって、俺でしかない。この卑屈な根性は今更変えられないし、人の言動を裏を考える癖も未だに抜けていない。なんて可愛くない人間なのだろう。こんな生徒絶対に受け持ちたくない。だが、もうここまで来てしまった。後にも引けない。ならば──やるしかないのだ。就職活動も大分出遅れてしまっている。何とか教員にならないと、このままではフリーターだ。折角、勉強して良い大学に入ったのに全部台無しになってしまう。下手すれば来年からは大魔王の小間使いだ。あの大魔王の無茶振りに加え、雪ノ下母とこれ以上顔を合わせる機会が増えるなんて冗談じゃない。──死にたくない。やるしかない。

 

「おっ。腹が決まったか? 随分と目が据わったな」

 

「ええ、まだ流石に死にたくないので……」

 

 大げさ過ぎる……と呆れながら先生は教室へ入っていく。2年F組。懐かしすぎる。J組とかじゃなくて本当に良かった。あのクラスの連中は兎に角とっつきにくい。ゆっくりと先生に続いて教室へ入る。何処か懐かしい匂いを感じた。数年前、俺はこの場所に居た。──特に、2年生だった頃は、色々なことがあった。先生に作文を酷評され、雪ノ下と出会って。この教室では由比ヶ浜と喋るようになった。その次は、彩加、隼人、沙希。本当に色々なことがあったのだ。

 

「ほれ、それじゃあ諸君。予告しておいた通り、本日から教育実習生が来ている。それじゃあ、自己紹介をお願いするよ──比企谷先生」

 

 平塚先生の言葉で我に帰る。ああ、そうか。俺はもう比企谷先生なのか。──教壇に立ち、教室全体を見渡す。当たり前だが、全員見た事の無い顔だ。由比ヶ浜みたいにアホ面している女子。戸部みたいに調子の良さそうな男子。一目でわかる、こいつがこのクラスのトップだというオーラを出した隼人みたいな男子。流石に彩加は……居ないか。残念だけど、どこかほっとしている。クビになるだろうから。そして、雪ノ下みたいなナリだが、思い切り目を見開いて唖然としている女子。色々な奴が居た。俺は、この子達の先生となるのだ。腹にズシンと重いものがくる感触。それを吐き出すように俺は息を吐き、

 

「えー……皆さんはじめまして。大芸大学から来ました、ひきぎゃや──」

 

 ──思いっきり、噛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無理ぃぃぃっっつ!!! もうっ! 無理っ! 無理っ!!!!!!!!!」

 

 三時間後、俺と平塚先生の本拠地である喫煙室で俺は悲鳴のような声を上げた。こんなにでかい声を出したのは久しぶりだ。しかし、叫ばずには居られなかった。

 

「まぁ……初日ならあんなもんだろ。噛み谷先生」

 

「そのあだ名酷くないですか? 生徒達も、俺のこと噛んだ人とか、残念な先生とか好き放題言ってましたよね!? あの戸部みたいな奴なんか、死ぬほど笑ってましたしね!」

 

「彼は戸部じゃない。戸田という。きちんと生徒の顔と名前は一致させるように。君なら間違えられる辛さはわかるだろ? ヒキタニ君」

 

「入学してからずっと間違えられてたんで、2年の時にはもうそんな感情無かったですよ……」

 

 何にせよ。とりあえず最悪な事態には陥っていない。少し笑いものにされてる程度だ。これも、平塚先生が俺のことを上手く弄ってくれたからに違いない。そう信じたい。そうじゃなきゃやってられない。とりあえずあの戸部──じゃなかった。戸田って奴には注意しておこう。すぐに騒ぐようなタイプだ。きちんと理解しておかないと、今週は授業の見学だからいいが、自分が授業しているときに騒がれたらたまったものではない。

 

「ほれほれ、とりあえず一服して落ち着け。煙草はいいぞぉ。嫌な事は全部煙と一緒に吐き出せるからなぁ」

 

 先生から煙草を貰って煙を吐く。……確かに、美味く感じる。心が落ち着き、嫌な事がストンと抜けていったような感覚がある。いかん、このままでは目の前に居るニコチン中毒者と同じになってしまう。何とか他のストレス解消方法を考えないと、来年ここの教師になったとして、この人の手下として扱われるだろう。初年度から流石に教頭先生は敵に回したくない。

 

「……そっすね。でもまぁ、想定してたよりは全然マシですよ。先生が上手くフォローしてくれたお陰です。ありがとうございました」

 

「ふふん。もっと褒めるといい。……まぁ、しかし容姿が多少優れてる男子はいいもんだね。早速、クラスの女子を手玉にとってたじゃないか」

 

「あのコミュ力お化けの由比ヶ浜みたいな子ですか? 凄い近くによって来て戸惑うんですけど」

 

「その辺も上手くやり過ごすのも教師としての大事な能力だよ。教師と生徒は同じ人間でも学内では立場が違う。近すぎても駄目、遠すぎても駄目、私だって未だにわからない時がある」

 

「そうですね……。まぁ、何とかします」

 

「ちなみに彼女の名前は、弓ヶ浜だ。覚えておくといい」

 

「…………流石に嘘ですよね?」

 

「私も受け持った時に驚いたが、全部本当だ」

 

 戸部みたいな奴が、戸田で。由比ヶ浜みたいな奴が、弓ヶ浜。ちょっと上手く出来すぎでしょ。まぁ、覚えやすいからいいけど。──そういえば一つ気になった事もある。

 

「マジですか……。まさかと思いますけど、あの雪ノ下みたいな子居るじゃないですか? あの子は何て言うんです? まさか滝の下とかいいませんよね?」

 

 俺の言葉に、平塚先生は面食らったような顔をした後、豪快に笑い始めた。これ、俺以外の男の前でやってないよね? あまりにも男っぽくて普通の男なら引くんじゃないかな。腹を抱えてひとしきり笑った後、平塚先生はとても邪悪な笑みを浮かべて言った。

 

「気になるなら、自分で調べてみなさい。それと、君に幾つか課題を与えよう」

 

「はぁ、先生になっても宿題があるんですね」

 

「最高に楽しい事に、教師は毎日宿題がある。──ま、それはおいおい教えてくとして。二日やろう。それまでに、F組の生徒全員の顔と名前を一致させなさい。ちなみにこれは非常に大事な課題だからな?」

 

「うす。わかりました」

 

 苦手だがやるしかない。3週間だからといって、手を抜くのは楽だがこの人は絶対にそれを認めないだろう。俺だって、先生に失望されるような事はなるべく避けたい。先生は更に片目だけ目を瞑り、悪戯っぽく笑った。

 

「後もう一つ、君には私が担当している部活の臨時顧問も勤めて貰う」

 

「……女子格闘技部でも作ったんですか?」

 

「まさか。……君にとっては、最高に懐かしい部活だよ。まぁ、最後は最悪な終わり方を迎えたかもしれないけどね」

 

 とても、嫌な予感がした。心臓の音が大きくなり、鼓動が早くなったように感じる。そんな俺を、先生はとても楽しそうな顔で見ている。嫌だ。あの名前は言わないでほしい。俺達が卒業した後のあの部活には、結局新入部員は小町しか残らなかった筈だ。そんな小町も、その内一色に引っ張られて生徒会に所属し、あの部活は完全に無くなったと聞いている。そして先生は、一度咳払いをすると俺に最悪な宣言を叩き付けた。

 

 

 

「──それじゃあ、比企谷先生。今日から実習期間の間、放課後は奉仕部の臨時顧問もよろしくお願いするよ。OBとして、是非奉仕部の後輩に指導をしてあげて欲しい」

 

 

 

 

 


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