やはり俺が護廷十三隊隊士なのは間違っている。   作:デーブ

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第四話  比企谷八幡が指揮を執るのは間違っている。

森の中。

俺達席官に与えられた虚討伐任務は、乱戦模様を描いていた。

こちらのメンツは俺・八番隊第八席比企谷八幡に、六番隊第五席雪ノ下雪乃、そしてその部下の六番隊第九席と、同隊第十七席に十九席。計五名である。

対して、虚の数は無数。

幾ら俺達が全員席官クラスの精鋭と言っても、流石にこの数相手では苦戦を強いられていた。まあ、雪ノ下とかは結構余裕そうだけどな。

俺達は各々斬魄刀を解放しながら虚と交戦している。故に個人の力が虚に劣る事はあり得ないが、奴等は数にモノを言わせて向かってくる。なので捌ききれず、横を通られてしまう事態がちらほらと発生していた。

そういうのは遠距離攻撃が出来る俺と雪ノ下の斬魄刀で対処しているのだが・・・・。

「こいつら・・・! なんでここまで必要に前に行こうとしてるんだ・・・?」

下位席官二人のミスにより此方に押し寄せて来る虚共を、どうにか俺達中位以上の席官三人で押し返している。だがしかし、一向に波が途絶えない。

つい、舌打ち混じりにそう唸ると、雪ノ下も苛立った様に声を出す。

「もしかしたら、虚の狙いはこの先の村にあるのかも知れないわね・・・」

「なに?・・・・って、おっと!」

くそ、聞き返そうとしたトコで攻撃してくんじゃねえよ。ああ、しかも、俺が苦手な皮膚堅い奴じゃねえか!

流石に、この状況で雪ノ下にバトンタッチは出来ないので、自力で倒さなければならない。

俺は、影で堅い虚を攻撃しながら、雪ノ下の言葉を咀嚼した。

コイツ等の狙いは村にあるのかも知れない。と、そう雪ノ下は言った。

確かに、虚共の進行方向には小さな村がある。俺達がいなければ、虚共は大群で村に押し寄せる事になってしまうだろう。

では、虚共の進行方向に村があるのは偶然か? 虚とは獣の様なモノだ。そして虚は魂を喰らう。であるならば、村人を喰らう為に尸魂界に出現した可能性もあるが、同時に、ただ単に進行方向に村があっただけという可能性もあるのだ。

もはや、その辺は俺等には判断がつかないが・・・・。

しかし、確かにここまで必死になって前に進もうとしている所を見ると、雪ノ下の言う様に、村に行くことが目的なのかもしれない。

だが、そうするとこんな大所帯での大移動をする意味が分からない。この先にある村は本当に小さいのだ。大量の虚全体の腹を膨らませる程の村人はいない。

もしかしたら、あの村には虚の欲求を満たす何かがあるのかも知れないな。いや、知らないけど・・・。

「だらぁ!」

どうにか四苦八苦しながら虚の堅い装甲を貫く。

が、未だに虚の数は減らない。うへぇ・・・・。それに、いい加減日も落ちてきている。木々の覆われ、薄暗い森の中も、もはや薄暗いでは片付けられないぐらい暗い。それ程までに戦闘が長引いていると言う事だ。流石に皆、疲労の色が見える。

只の虚狩りとは言え、これ以上長引くとマズイ。幾ら席官達と言っても後れを取る可能性が出て来る。

俺は、自分から見て右方向で戦っている雪ノ下の元へ、少し強引に駆け寄った。

このままじゃ押し切られる。雪ノ下に退避命令を出して貰おうと、そう思ったのだ。

「雪ノ下五席」

しかし―――

「・・・ひき・・がや君」

「―――!?」

俺の声を呼ぶ彼女の声は息が絶え絶えでとても辛そうだった。俯いた顔が此方に向くと、かなり汗を掻いているのが分かる。

驚いていると、自虐的に笑い、息を整えこう言った。

「私、五席としてずば抜けた能力を持っているのだけれど、体力だけは自信がないの・・・」

その告白に、さーっと血の気が引いて行くのが分かった。

マジか!? 雪ノ下もうスタミナ切れなの!? 俺達一番の戦力であるコイツが? 嘘だろオイ!?

その事実は絶望でしか無かった。そうだろう。誰しも戦場で、自分より頼れる存在がいなくなったら絶望する。

にしてもちょっとバテるの早すぎませんか雪ノ下さんよぉ!

なんて事を考えていた頭を直ぐに切り替える。愚痴を言っても雪ノ下の体力が回復するわけでは無いのだ。それに彼女が最も敵を屠ってくれていた事もまた事実。その事実を度外視にして、彼女を責める事などできはしない。

今度は俺が彼女の代わりになってこの状況を切り抜けなくては・・・。一応この中じゃ雪ノ下の次に偉いからな、俺は。

その為にはまず状況を確認する必要がある。

虚の数はさっき言った通り無数。まあ、最初の地獄絵図に比べりゃ随分マシだが。

恐らく取りこぼしもいない。少なくとも俺達と言う壁を突破した個体はいない筈だ。

次に味方の状況だが、雪ノ下は体力切れ。だが流石に鬼道で援護は出来るだろう。

俺と九席はまだ戦える。疲れちゃいるがな。

下位席官の二人は正直どうだろうか。そりゃあ、雪ノ下ほど息は上がってないが、その代わり中々負傷してしまっている。まだ決定打は貰っていない様だが、この分だと時間の問題だろう。とにかく、あの二人はここから逃がした方が良さそうである。それに、俺達が突破される事を考えて、村人に避難するよう伝えて貰った方が良いだろう。

俺と九席が主に虚の相手をし、雪ノ下には遠くから鬼道で援護して貰う形が現状ベストか。

そう考えをまとめた俺が雪ノ下に伝えるべく口を開いたその時だった。

不意に軽い衝撃と、鼻孔を突く良い香りが俺を襲う。

フッと力なく、彼女の華奢な身体が寄り掛かって来たのだ。死覇装越しに柔らかい肌が当たって、一瞬羞恥心でギョッとした俺だったが、苦しそうな彼女の顔を見て我に返った。

名前を呼ぼうとしたところで、恐らく俺が出そうとしたモノより随分大きな声が、彼女を呼んだ。

「雪ノ下五席!!」

悲鳴ともとれる絶叫が森に轟き渡る。見ると、眉を垂らした九席が此方に掛けて来る所だった。

「雪ノ下五席! 雪ノ下五席!!」

俺に垂れかかる雪ノ下の肩を、彼は名前を呼びながら必要に揺らす。その度に、彼女の顔色が悪くなっている様だった。

「おい、あんま揺らすな」

「・・・・ッ!!」

だから、俺の九席に対するそんな制止のは正しい判断だった筈だ。なのに、もの凄い形相で睨まれる。俺ちょっと不憫過ぎねぇ?

が、そんなんでビビってはいられない。人に睨まれるなんて慣れっこだ。大体、コイツの睨みより、雪ノ下の睨みの方がずっと怖い。

「五席はもう戦えない。俺とお前で虚くい止めるぞ」

低い声で真面目に言うと、流石のコイツもちゃんと返して来た。

「しかし、それでは雪ノ下五席を放置する事になりますが・・・。誰か腕の立つ者が警護をすべきでは・・・」

周りの虚群を一瞥しながら九席が言う。

まあ、確かにこんな状態だ。動けない彼女を誰かが見張っていた方が良いと言うコイツの言い分も分かる。俺だって何も、戦闘中雪ノ下を野晒しにしようとは考えていない。

「あの二人をつける。つーか、もう村も結構近いだろ。話し付けて休ませて貰おう」

あの二人と言うのは勿論、虚の群れを後ろから追撃している下位席官二人だ。さっきからちらほらと姿見えるようになったし、全力で声張り上げれば指示も通るだろう。

我ながら結構それっぽい作戦を立てられたと思ったのだが、この九席はあまり良い反応をしない。

「釘峯と、呂久ですか・・・」

「不満か?」

「奴等の所為で戦場が混戦し、雪ノ下五席が倒れたのですよ。それなのに・・・・」

九席は忌々し気にそう言う。

なるほど、コイツは雪ノ下の倒れる原因を作ったあの二人が許せないらしい。どんだけ雪ノ下の事好きなんだよ。まあ、アイツの容姿ならこういう奴いても不思議じゃないけどね。

だが、それは違うだろう。確かにあの二人はバカな事をした。それは事実だ。低脳と言うほかない。しかし、それを隊に引き込んだ以上は、彼等の能力をきちんと把握し、指示を出しておかなければならないのだ。雪ノ下はそれを怠った。

まあ、時間もなかったし、勿論下位席官共の方が悪いのは変わらないのだが、十三隊隊士的に見れば、雪ノ下の体力切れは自業自得。少なくとも、戦場で揉めてよい事では無い。

「部下の行き過ぎを予見できなかった雪ノ下五席の監督責任だ」

そう言った瞬間、九席は目を見開き、食って掛かろうとする。俺はソレを間髪入れず制した。

「それに、お前がここを離れたら、それこそ五分と持たねぇぞ。俺とあの二人だけじゃあな。それとも五席を背負ったまま、お前はこの軍勢と戦えるのか?」

俺の問いに、九席は口を閉じる。当然だ。八席の俺でもこの数相手じゃ分が悪い。九席では尚の事。

九席は言葉を窮したままま何も言わない。それは肯定を示している訳ではなさそうだが、そんなものは関係なかった。

俺は、大声を上げ、虚共と戦っている二人に呼びかけた。ああ、喉痛い。

戦っていた虚を放棄し、二人は直ぐに俺達の前に現れる。

彼等の開口一番はこうだった。

「う、うわああ! 雪ノ下五席!」「どうしたのですか!? 五席殿!!」

自分たちの行動が遠因になっているとも知らず、能天気に悲痛の声を上げる二人に、九席が苛立ったような雰囲気を纏う。それを手で制して、俺は指示を出した。

「バテてるだけだから心配すんな。それより、五席連れてこの先の村に離脱しろ。そんで休ませて貰え。殿は俺達が務める」

「「は、はい!」」

幸いな事に二人からは特に文句は出ず、また、雪ノ下を連れて行くと言う大役を承ったからか返事にも気合が入っていた。はぁ、せいぜい早く行ってくれ。九席が絡んで来る前にな。

ダッダっと走り去っていく足音を背中で聞きながら俺は正面の虚群に向き直った。

『オオオオオオオオオオ!!』と、タイミング良く虚の声が響く。

さーって、これからが大勝負だ。

「ある程度数減らしたら、強引にでも結界張って離脱する。無理はするなよ」

俺は破道と縛道で言うと縛道の方が得意だ。逃げるのに便利だしね。流石にこの数を閉じ込められる程デカくて強い結界は張れないが、もう少し数減らせればその限りでもない。いったん足止めして雪ノ下の体力が戻ったところで一蹴するとしよう。

なんて部下の身を気遣った良心的なアイディアを出したのに、九席は無言で虚たちの元へ駆けて行ってしまった・・・・。

べ、別に良いし! 無視されるのは俺の百八の特技の一つだし!

 

最早空は夕暮れとは言えず、黒い天蓋が森の上に出現していた。

現在俺達が取っている陣形はこうである。九席が前に出てガンガン虚に攻撃し、俺は後方から援護+殺しそびれの始末。

べ、別にビビって後方支援してるわけじゃないんだからね! アイツが突っ込んで行っちゃったから仕方なく何だからね!

実際、村への道中には、雪ノ下と下位の二人がいるので多少の取りこぼしは問題無いが、それでも出来るだけ後ろを通らせない様に立ちふさがるのは当然だろう。あそこは実質雪ノ下と、それを背負っているもう一人は戦力にならない。あまり大量に虚を通してしまう訳にはいかない。

それに、最早これは殲滅戦ではない。

数が二人に減った時点で敵の数を減らす事にのみ着眼点を置いている。先行する奴とサポートする奴、その二つに分かれて問題あるまい。

まあ、なんか九席はその事ちゃんと分かってんのかってぐらい先行してしまっているが。

そんな九席に、異変が起こった。

大振りの斬魄刀がブオンと空気を裂き、虚の仮面に吸い込まれている時だった。突如として九席が斬撃を中断して膝を付いたのである。

「・・・!?」

膝を付いた死神を見下ろし、腹に闇夜でも輝く玉を埋め込んだ虚がヒヒっと笑い声を漏らした。そして、土色の大きな掌を天に掲げ、振り下ろす。

ビュンッ! 九席目掛けて、巨大な平手が差し迫った。

敵の前で膝を付いているのだから当然の事態だが、九席は動かない。

「何を・・・してんだッ!」

俺は舌打ちしながら九席目掛けて影を幾重にも伸ばした。夜目が効かないモノなら存在自体視認できない程の漆黒の影が何本も、ぐんぐんと二人に接近する。ガンッ! という鈍い振動が腕に伝わり、俺は影が虚の拳を阻んだ事を知った。

「くっ・・・・」

だが・・・、重い。このまま受け止め続けるのはキツイ・・・・!

一瞬でそう判断し、九席に呼びかける。

「オイ! 早くそこをどけ!」

しかし、九席の反応は鈍かった。未だに続く俺の影と虚の掌の唾競り合い。俺が不利なのは火を見るより明らかだろう。なのに九席のこの鈍重な動き・・・・コイツ、自殺願望でもあるのか?

なんて思っていると、俺の脳裏に先程の雪ノ下の姿がフラッシュバックした。

―――まさか・・・。

嫌な予感がする。俺は影が破られない様気合を入れながら、瞬歩で九席の元に駆け寄る。そして、彼の顔を見て確信した。嫌な予感が的中した事を。

九席は汗ばみ、肩で呼吸をしている。

つまり、先程の雪ノ下と同じ状況だ。まあ、膝を付いているだけなため、彼女より大分マシではあるが。

しかし、それでも雪ノ下に続けて九席もだと? 幾ら何でも中位以上の席官が二人そろって体力切れ起こすとかあり得ねぇだろ!? 虚か? 虚の仕業なのか?

そう思っているとタイミング良く虚が口を開いた。俺の影を押し破らんとせめぎ合いを続けているあの虚だ。

『チッ! 折角あの女みたく体力すっからかんにしてやろうと思ったのによ。良いとこで邪魔しやがって!』

どうやら、マジで虚の仕業らしい。俺は情報を聞き出す為会話に乗る。

「二人の体力切れはお前の所為かよ・・・」

『は! その通りだ! 見えるか? 俺のこの胸の玉がお前等の体力を奪うんだ!!』

そう高らかに言い放つ虚の胸には確かにキラリと黄色に光る玉が埋め込まれていた。暗闇でも良く映える綺麗なモノだ。

なるほどつまり、あの玉で敵を弱らせ捕食する。それがあの虚のスタイルなのだろう。虚は魂を食ったぶんだけ強くなる。この腕力は捕食を続けて来た結果という訳だ。

という事は・・・・。

「まじいな・・・」

そう口にして、俺は心なしか身体から力が抜けて行くのを感じた。膝が小刻みに震え始め、舌打ち混じりで玉虚から距離を取る。九席を抱えて跳んだ為、着地と同時に膝を付いた。そんな事、万全の状態ならばあり得ない。やはり俺も体力を吸われていた様だ。

これは非常にマズイ状況だ。奴の体力吸引がどの程度の距離の相手にも通じるかは分からない以上、遠距離から叩くよりも一度この場を離脱するべきだろう。

虚の数も、とりあえず見渡す限りはギリ結界張れる程度には減少している。

俺は玉虚に影で苦し紛れの攻撃を加えた後、すぐさま鬼道を発動させた。

「破道の三十二『黄火閃』!!」

まばゆい閃光が爆ぜ、虚共が呻く。

その隙に俺は巨大な結界で虚共を閉じ込めた。目が効く様になり、辺りを見渡せばもうそこは結界の中だ。

無事、虚共に結界を張れた事を確認し、首を回す。

「よし、今の内に撤退するぞ」

「虚を前に背を向けるのですか!?」

まるで、信じられないモノでも見る様な目で九席が言って来た。職業意識の高いその意見が俺に眩暈を起こさせる。

信じられないのはお前だ。そんな疲れ切った身体で何が出来る?

「戦略的撤退だ。真正面からぶつかるだけが戦いじゃねぇんだよ」

戦闘に於いて、よく正々堂々とか口にする奴がいるがそいつは間違いだ。卑怯でも陰湿でも、敵を倒せるならそれで良いに決まっている。『後ろから斬るな』なんてバカな矜持を押し付けて勝率を下げる必要がどこにある? 不意打ちでさっさと敵を減らして、味方の負担を減らした方が良いに決まってる。

正々堂々の意味を履き違えるなよ。

「しかし、死神として・・・!」

「プライドが許さないか? だったら気にすんな。ここに俺等の撤退を知る奴はいねえ。他言しなけりゃバレる事はねえよ」

「そういう問題ではありません!」

どういう問題なんだよそれじゃあ・・・。

良いじゃねえか、黙っとけばバレないんだからそれで。問題は問題にしなければ問題にならないって名言を知らないのか? つまり、失態も表に出さなきゃ失態にならないんだよ。

証明終了。フ、また論破してしまった。

まあ冗談はさて置き、別にこの撤退は敗走という訳では無い。本当に単なる、体制を立て直すための一時撤退に過ぎないのだ。雪ノ下たちと合流し、体力を回復させ一気に迎え撃つための戦略的撤退。

大体、ある程度虚の数を減らしてこの行動に移る事は先んじて伝えていた筈だろう。なのに苦言を呈すと言う事は・・・、俺の作戦に納得していなかったって事ですねハイ。

「はぁ・・・・」

俺は、溜息を一つ吐いて無理矢理九席の肩を背負う。

「な、なにを!?」

「いや、今、お前自力じゃ亀みたいなもんだろ。こうしねえといつまで経っても村に着かねえんだよ」

「だから、私は逃げるつもりなど・・・!」

「アホか、どう見ても二人で倒しきれる数じゃねぇだろ」

「だったら、貴方だけ逃げればいい! 私は残って虚を殲滅する!」

なんでそうなる? 二人で無理なら一人じゃもっと無理に決まってんじゃん。

え、なに? 邪魔だった? 俺お邪魔虫だった? 大技とか使えなかった?

それならそうと言ってくれれば即行引き下がったのに・・・。ほんと、出しゃばってちゃってゴメンなさいね。

まあ、どう見てもお前そんな余裕ある感じじゃ無かったけど。

ボッチは人間観察に優れているのだ。コイツは結構熱心な雪ノ下信者。自分より位的に雪ノ下に近い俺の事を快くは思っていないだろう。だから行動の端端に、俺に対する反抗的な態度をとり、雪ノ下の体力を奪ったあの虚の討伐を逸っている。

実に利己的で身勝手な考えだ。上の立場の者も愁いを全く考えていない、組織人としてはあるまじき行動原理。しかも、それなりの地位にいるコイツがだ。そんなんでは、敬愛する雪ノ下にもその内愛想を尽かされてしまうだろう。

ま、どうせそれ言ったら逆上するから言わないけど。俺は代わりに業務的な言葉を口にした。

「上官命令だ。ここは俺に従え」

「ちょ、おいっ!」

有無を言わさず、俺は足腰に力を込め撤退を始める。放せと暴れ回る九席だが、上手い事消耗しているおかげで強制連行は容易かった。虚グッチョブ。

九席が暴れるのを背中で感じながら、俺は暗くなった森を駆け抜ける。

 

困るんだよ。

俺の指揮の下に死なれちゃ。

俺に部下の死を背負う覚悟なんて高尚なモンはない。他隊の隊員なら尚更だ。

俺の指揮で部下が死ぬ。俺の判断で隊列が崩れる。そして、部下を死なせてしまった自責の念と、他者から向けられる非難の目。それらに苛まれ懊悩する。

そんなのは真っ平御免だ。

だから俺は死なせない。誰一人、死なせない。

 

チラッと一見職業意識の高い死神を一瞥し、俺は心の中で吐き捨てた。

 


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