目が腐ったボーダー隊員 ー改稿版ー   作:職業病

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どうにか書き上げました。





82話 彼もまた、世話を焼きがちな人間である。

「ただいま!」

 

扉が開いて勢いよく小町が入ってくる。

 

「おう、おかえり。寒かったろ」

「もーほんと寒かった!早くごはん!」

「へいへい、もうできるから手ェ洗って着替えてこい」

「はーい」

 

リビングから小町が出ていき、鍋に火をかける。

試験そのものは夕方に終わっていたが、友人達と寄り道して帰ると連絡があったから少々遅い時間にはなった。本来なら良くないんだろうけど試験が終わったその日くらいは多少ハメを外してもいいだろう。それにおかげで余裕を持って準備ができた。

 

「お腹すいた!」

 

着替えてきた小町がそう言ってキッチンに入ってくる。

 

「コップと箸並べておいてくれ。あと鍋敷きも」

「お!今日はすき焼き⁈」

「正解。いっぱい食え」

「食べるー!」

 

うきうきと準備する小町を尻目に火を止める。

鍋掴みで鍋を運び、鍋敷きの上に置く。

 

「おおー!いいねいいねー!」

「三上に会ってな。色々とアドバイスもらった結果こうなった」

「あ、三上さんに会ったんだ。元気だった?」

「ああ」

「よかった。とりあえず食べよ!」

「そうだな」

『いただきます』

 

 

 

ーーー

 

 

 

「ほい」

「ありがと」

 

食後、皿洗いを済ませてほうじ茶を淹れて小町に渡す。

昼間なら緑茶かコーヒーだが、夜にカフェインを摂るのは睡眠の質を下げるから良くない。

 

「美味しかったよ。ありがとう、お兄ちゃん」

「それは良かった」

 

お気に召したようで良かった。

あまりこういう豪勢な食事は出さないのだが、こういう時くらいはいいだろう。

 

「試験はどうだった?」

「わかんない!」

「おいおい…」

 

手応えがどうかとかくらいあるでしょ?わかんないで締めないでよ、お兄ちゃん悲しくなっちゃうよ。

 

「いやもっとなんかあるでしょ?こう、数学はできたとか」

「うーん、全体的に思ったよりできたよ?手が止まる問題もあったけど、ちゃんと勉強したことが出てきたから」

「ならそう言えや…」

「そうなんだけど、できたと思ってもできなかったってことあるじゃん?だからあんまりできたかできなかったかは言わないようにしてる。そうじゃなかったとき、つらいから」

「………」

 

なるほど。気持ちはわかる。現に俺もそうだった。

コミュ力とか、そこら辺はあんまり似てないけどやはり兄妹なのかそういうところはどことなく俺と小町は似ている節がある。

 

「なんにしても、頑張ったんだな」

「うん」

「ならいい」

 

小町の頭を撫でてお茶をすする。

 

とりあえずひと段落だ。受かってるかわからないから結果発表までは勉強がいるが、それでも私立の方は受かってるしだいぶ肩の荷が降りたのではないだろうか。

 

あ、そういえば。

 

「小町」

「ん、なにこれ」

「チョコ。色んな人がくれた」

「おおー!ありがとう!こんなにお兄ちゃんにチョコくれる人が増えて小町は嬉しいよ」

「やかましい」

 

なんで親の気分になってんだ。

 

「で?」

「ん?」

「答えは出たの?」

「………」

 

さすが我が妹。俺が一番気にしてるとこを突いてくる。

 

「その様子だと、もうちょっとかな?」

「ほっとけ」

「ほっとくよー。でも気になるじゃん?」

「………」

「気長に待つよ。小町も『みんな』も」

 

俺はその言葉に言い返すことができない。

今ならなんとなく思う。今まで俺は知らない感情を感じ取ることが極度に苦手だったのではないだろうかと。所詮俺もまだ17歳の若造。故にまだ知らない感情があってもおかしくは無い。その感情を理解することが俺は苦手なのだろう。それが自分のならともかく他人のものとなると余計にわからない。人の気持ちなんて気にしてる余裕もなかったし、あったとしても俺はきっと考えすぎてしまう。そして結局理解できなくなる。

 

我ながら面倒な性格だが、こればかりはしょうがない。

筋を通すためにも、俺はちゃんと考えなきゃならない。

 

そんなことを考えながら俺は加古さんのくれたチョコを口に放り込む。

 

「…甘い」

 

なんとなくその甘さの中にほのかな苦味があるように思えた。

 

 

 

 

 

 

翌日

 

昼休みにベストプレイスで飯を食っていると、電話がかかってきた。

スマホの画面を見ると、そこには意外な名前。

 

「……迅さん?」

 

なんだろう。普段俺に電話なんぞほとんどかけてこないのに。なんなら俺に電話かけてくるの小町と材木座くらいだが。

 

「もしもし?」

『おっ、比企谷〜。今大丈夫?』

「はぁ。大丈夫ですけど」

『お、そうか。じゃあぱっぱと済ませよう』

「なんすか」

『今度さ、メガネくんのチームと戦ってみてくれない?』

 

は?三雲のチームと?なんで?

 

「なんでですか?」

 

この人のことだ。どうせなにかしらの考えがあってこその行動なのだろうが、B級のランク戦の結果がどうであれ俺には正直預かり知らぬことだ。この前三雲にちょっと指南したりしたが、あの程度であいつらがB級上位に勝てるようになるとは思えない。

多分迅さんはそれをわかってて、その上であいつらにとってプラスになることが俺のチームとの対戦ということになったのだろう。

そこまではわかるが……。

 

『いやあ、昨日お前の指南のおかげで結構メガネくんやる気出しててさ。自分の技術を上げることと相手のことを調べる以外にも色んな策を考えるようになってきたんだよ。元から頭使うのは得意みたいだけどそれが結構いい方向に進んでてさ』

「後輩自慢は他所でやってくれません?」

『あー悪い悪い。お前のおかげでいい成長したからつい、な』

「結局なんでなんすか?」

『いやぁ、お前のとこの新しいメンバーの鈴谷。あいつとタッグ組んだばっかでチームで戦ったことってないだろうと思ってさ。お互い新生チームだからここいらで戦ってみたら互いにいい刺激になるんじゃないかなって思ったわけよ』

 

迅さんの言う通り、俺と鈴谷さんはまだチームで戦ったことはない。何度か手合わせはしたが、味方として戦ったことは一度も無いのだ。

そもそもうちのチームが基本対人型ネイバー用の部隊みたいなノリだ。防衛任務に出ることはあってもランク戦に出場する機会など無いのだから当たり前といえば当たり前だが。だからチームとして戦う時にどう動くのがやりやすいかを知っておく必要がある。

 

「正気ですか」

『もちろん。大真面目さ』

 

だがだからといって三雲達を相手にする理由にはならない。

そもそも実力が違いすぎる。空閑は多分まともにやり合えば負けることもあるだろう。だがそれもあくまで一対一でやった時の話だ。チームでやるなら空閑一人くらい倒すことはできる。成功率についてはちゃんと作戦立てればかなり高いだろう。

三雲は正直無視してもいい。あいつ一人なら残念ながらまだ驚異にはなり得ない。寄られても離れられても殺し方はいくらでもある。

あとは雨取だが、人が撃てない以上できることは限られる。前回の試合を流し見た感じ、大砲で足場や障害物を崩す妨害がいいとこだ。人が撃てるなら正直どんな形でも驚異だが、それが確立できてないうちはうざいだけで驚異にはならない。

 

簡単な話、乱戦でも無い限りあまり試合になるとは思えないのだ。

 

「断る理由はありませんけど、受ける理由もないです」

『じゃあ受けてくれるか?』

「別に俺はいいですけど、鈴谷さんがどう言うかはわかりませんよ」

『ジューゾーには後で連絡しておくよ』

 

あれ?迅さんって鈴谷さんの知り合いだったの?めっちゃフレンドリーに名前呼ぶじゃん。

 

「はぁ、じゃあ好きにしてください」

『OK。日程は後でいいか』

「はい」

『ありがとうな』

「……一応言っておきますけど、普通にやったら大した試合にはなりませんよ」

『わかってるよ。ちゃんとハンデもつけてもらうから』

「はぁ」

 

ハンデ付けてまでやる意味あるの?やる事はいいんだけどどうしてもやる意味について疑問に思ってしまう。

 

「日程決まったら連絡ください。それじゃ」

『おう、ありがとうなー』

 

そう言って電話を切った。

やれやれ。どんな目に合うのやら。

 

「八幡ー!」

 

残った飯をかきこんで一息ついていると、テニスコートから戸塚が走ってきた。やだかわいい。男心がくすぐられちゃう!

 

「おう、昼練習か」

「うん。今日はもう終わりだけどね」

「そうか、お疲れ」

「ありがとう。そういえばさっき電話してたけど、どうしたの?」

「ん、ああ。ちょいと頼み事されてな」

「へえ!八幡のことだし、受けてあげたんじゃないの?」

 

なぜわかった。

いや、そうか…これは俺と戸塚の仲がより親密になり、戸塚が俺のことを理解してくれているというアピールイベントだな⁈違うか?違うな。

 

「特段断る理由も無かったしな。前に結構世話になった人の頼み事だからそれで恩を返せればなとも思ってる」

「八幡らしいね」

「そうか?」

「うん、すごく優しいもん」

 

やめて。戸塚にそんなこと言われたら俺好きになっちゃうから!

そして告白して振られるとこまでがワンセット。いや振られるのかよ。

 

「僕も力になれることがあるなら遠慮なく言ってね!前みたいに」

「ああ、前のマラソン大会な。あれはちょっと助かったわ。今度礼するわ」

「いいよ。僕は前に八幡に助けてもらったんだし、これでおあいこ!」

 

あれはあくまで部活としてだったんだがな……今回はどちらかといえば俺個人の頼みだったし。だが多分戸塚はそう言っても聞かないだろうな。

 

「んー、じゃあ今度お菓子でも買ってくるから」

「ええ〜いいのに。でもありがとう。じゃあさ、そのお菓子一緒に食べよ?」

「ん"ん"!」

 

上目遣いに言う戸塚に思わず変な声が出る。

なんて男心を掴んでくる言葉なんだ。思わず変な声出ちゃったよ。

 

「ど、どうしたの?」

「なんでもない、なんでもないぞ」

「???」

「そろそろ昼休みも終わりだな。戻ろうぜ」

「あ、うん!ちょっと待ってて!」

 

テニスコートの方に荷物を取りに行く戸塚の背を眺めながら俺は立ち上がって大きく伸びをした。

 

「どうなることやら」

 

あくびをしながら呟いた言葉は誰にも聞かれることなく消えた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

同時刻

玉狛支部

 

「よし」

 

電話を切った迅は上機嫌そうにスマホを眺める。

その様子を部屋に入ってきた遊真が不思議そうに見つめた。

 

「あれ、ジンさんどうしたの?」

「ん?なにが?」

「なんか機嫌良さそうだったから」

「ああー、実は比企谷のとこと模擬戦やることになってさ」

「え?ジンさんが?」

「いやいや、遊真達が」

「初めて聞いたけど」

「初めて言ったからな」

 

驚きながらも遊真は強い人と手合わせできることにわくわくしている様子が隠せていない。そんな遊真の様子を見ながら笑いながら迅は続ける。

 

「前にさ、メガネくんが射手としての戦い方を色んな人から教わりに行ってただろ?例えば嵐山からは弾の当て方、出水からはその実践って感じで」

「そうだね」

「そんで比企谷にはチームとしての射手で点を取る方法を教わりに行ってたきてたんだ。個人の技術はともかくチームとしての動きはみんなで合わせないと上達しないだろ?だからチーム組み直したばっかの比企谷に頼んだんだよ。メガネくんのチームと模擬戦してみないかって」

「……へぇ、楽しそうだね」

「ま、そのままぶつかったらさすがにまだ勝てないから多少ハンデは付けるけどね」

「いいよ。ヒキガヤ先輩とはまた戦ってみたかったんだ。でもそれジンさんの考え?」

 

迅は頼めば力になってくれるが、基本的にランク戦に関しては自分から関与しに行くことはしない。彼自身やるべきことが多くあるが故なのだろうが、後輩思いの迅ならば恐らくどんなに忙しくても彼らのためになることはやる。だがそれをしないということは、迅が手出ししないことで遊真達の成長が見込めるということだろう。

それなのに今回は自分から動いた。それには何か意味があることなのだと遊真は考えた。

 

「いや、チームでの練習をしたいって考えたのはメガネくんだよ。比企谷に頼んだのは、おれの考えだけどね」

「そうなんだ」

「元々はどこかのチームと一度練習試合をしたいって言ってたんだけど、メガネくんはメガネくんでやる事多いからさ。それに練習試合するってことは自分達の手札を晒す行為にもなりかねないからあんまりやりたがるとこ無いんだよ。でもおれが似たような希望がある人に心当たりがあるからアポだけ取っておこうか?って聞いたら頼んできたのさ。最初は自分でやるって言ってたけど、俺がアポした方が成功率高いって言ったら折れてくれたよ」

 

実際、今現在の修のコネクションを使えばチームで練習試合をしてくれるとこはいくつかあるだろう。それを理解しているから修は最初迅からの申し出を断った。

だが迅の言葉に意味があると考え、最終的には折れることにした。

 

「遊真にもいい刺激になると思うよ。今の比企谷のチームメイトは、琲世と違って遊真と同じようなスタイルだからね」

「スコーピオン使い?」

「ああ。遊真の方がまだちょっと強いかな?でもチーム戦だからね。簡単にはいかないだろうよ」

「楽しみ。似たスタイルの人と戦えるのはきっと役立つから」

「そうだな。でもそいつだけじゃなくて、遊真は比企谷の戦い方を学ぶのもいいかもしれない」

「え、なんで?ヒキガヤ先輩って射手でしょ?」

「……遊真はさ、比企谷の強さってなんだと思う?」

 

そう問われて遊真は黒トリガーを使って比企谷と戦った時のことを思い返す。

 

「ぱっと思いつくのは、高い機動力から繰り出される縦横無尽なバイパー、高いトリオンによる高威力のアステロイド、動きにあえて隙を作り勝ち筋に乗らせようとする思考能力、攻撃手に近寄られても距離を取ることができる体術、罠を使いそして罠があると相手に意識を割かせたところで倒す多彩さ。うーん、こんな感じ?」

「さすが、よく見てるな。確かにそれらはあいつの強みだ。でも俺が言いたいのはそこじゃない」

「どういうこと?」

「あいつの強みは、優しいとこだ」

「……?」

「順を追って説明するよ。あいつはさ、自分じゃ否定するだろうけど仲良くなった人には結構お人好しなことする奴なんだ。他の人が優しく無いとかじゃなくて、あいつは根っからのお人好しってだけ。ちょっと捻くれてるけど」

「それが、なに?」

「簡単に言えばあいつは人がされたら嬉しいことがなんとなくわかるんだ」

 

サイドエフェクトの恩恵もあるだろうけど、と迅は付け加える。

 

「相手がされたら嬉しいことがなんとなくわかる、つまりこれは逆に言うと『相手がされたら嫌なこともわかる』ってこと」

「あっ」

 

されて嫌なことがわかる。つまりこれは対戦相手にとって特効性のある戦いができるということだ。

 

「遊真も向こうの世界で色々見てきただろ?だからよくわかると思うんだけど、強さって一つじゃないんだ。ボーダーにも色んな形で強くなった人がいる。強さってすごく多彩なんだ」

「うん、わかる。みんな色々やってできることを増やして強くなるからね」

「そう。強いって自由なんだ。比企谷を見るとそれがよくわかると思う。あいつさ、A級になるまでずっと射手一本でやってきたんだけど、その道中で色んなこと身につけてきたんだ」

 

例えば体術。ボーダーで体術を学ぶ者はあまりいない。武器を使って戦うことが前提条件として存在するからだ。近接戦闘を行う攻撃手ですら体術を学んだ者は少ない。

そんな中、比企谷は敢えて体術を学んだ。攻撃手に近寄られても距離を取ることができるようにするためだ。だがそうするなら普通の射手はスコーピオンや弧月のような攻撃手のトリガーをセットしてオールラウンダーのような動きをできるようにする。

比企谷がそれをしなかった理由として、ブレード系のトリガーの扱いが苦手だったからだ。どうしてもうまくいかず、結果ブレード系のトリガーを持たない方がいいという結論に至った。

 

しかし攻撃手の対処法が無かった彼は体術を学ぶことでそれを解決した。敵のブレードをいなし、捌き、そして受け流すための体捌きを覚えることで攻撃手相手にも距離を詰められても問題なくした。

加えて短剣を持つようになったことでより磨きがかかり、隙があればカウンターでダメージを与えることができるくらい腕前があがった。

 

「そういう意味では遊真も学ぶところあると思うぞ」

「うん、きっとあるだろうね」

「みんないい刺激になるよ。あ、でもさっきも言ったけどそのままやったら確実に負けるからさ、二人のこと調べておきな」

「ヒキガヤ先輩はわかるけど、もう一人の名前がわからない。もうサッサンじゃないんでしょ?」

「おっと、そうだったな。もう一人の名前は鈴谷什造。紛う事なき天才だよ」

「……へえ、楽しみ」

 

笑う遊真を見て満足した迅は立ち上がり、そして修が情報収集をしている部屋に向かっていった。

 

この練習試合が確実に彼らの躍進に繋がると確信しているからだ。

 

(あとは、『あいつ』か)

 

修の元へ足を向けながら迅は今現在玉狛支部に囚われ(?)ている一人の青年の顔を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後

 

部室に行く前に自販機でマッカンを買って行くと、由比ヶ浜にLINEで言っておき、自販機へと向かう。

小銭を入れてボタンを押す。落ちてきた缶を拾い上げて部室に向かおうとすると、背後から足音が聞こえてきた。

 

「やあ」

「……ああ」

 

声をかけてきたのは葉山だった。

 

「色々大変だったみたいだな」

 

色々……受験やらボーダー関連のことか。言うほど大変ではなかったのだけど。むしろ大変なの俺じゃないから。

 

「どうだろうな。大変なのは俺じゃねぇ。当の本人だろ」

「それはそうだけど、それを支える人だって何かしらやるものだからさ」

「…まぁ」

「受験お疲れ様って、妹さんに伝えておいてくれるか?」

「嫌だよ」

 

なんでわざわざお前からの言葉を伝えにゃならんのだ。小町とそこまで関わりがあるわけでもあるまい。

 

「はは…手厳しいな」

「…葉山」

「ん?」

「この前の大規模侵攻の時、助かった」

 

あの場で俺があそこにいる人間を動かすことは、多分できなかった。できたとしてもあんなにスムーズにはやれなかったと断言できる。

そしてそれが結果的に助けになった。俺としても、そしてあの場にいた人達としてと。

 

「ああ、あれか。気にしなくていい。俺ができるのはあれくらいだから」

「それでもだ。お前が動いてくれたから俺は変な心配せずに戦えた」

「まさか君からお礼を言われるとはな」

「ほっとけ。こういうのはちゃんと言葉にしなきゃいけないことなんだよ」

 

好きでない奴でも、礼節を欠いてはいけない。相手が余程礼節を無視したことをしない限り俺はそうしている。人として大事なことだ。

 

「いいよ。それに言ったろ?君に負けたくないんだよ」

「そんなライバル意識は他のやつに回せ。俺に向けるだけ無駄だ。スペックではお前の方が上なんだから」

「仮にそうでもさ」

 

よくわからん拘りがあるようだ。人のことは言えないのだろうが、まぁそんなもんだろう。

 

「そーかよ」

「…なぁ、雪ノ下さんは、大丈夫か?」

 

なぜ、と思ったがすぐに雪ノ下の前の話を思い出した。

昨日の夜、姉の陽乃さんと話したらしい。なんのことかは聞いてないがあいつの家に関係することだとか。

 

「ああ、多分な」

 

会ってないから断言はできないが、由比ヶ浜の話を聞く感じ大丈夫そうだとか。

 

「そうか、ならいいんだ。ありがとう」

 

安心したように葉山は笑うと飲み物を持って帰っていった。

 

「………」

 

本当に大丈夫かどうかは俺も会わないとわからない。

部室へ行くとしよう。

 

 

ーーー

 

 

「先輩遅ーい!」

「………なんでいんの?」

 

部室に行くと、一色がいた。

いやこの下り何回やんの?いい加減飽きたでしょみんな。みんなって誰だ。

 

しかもなんかノートパソコンとかちっこいプロジェクターとかセッティングされてるし。嫌な予感しかしないんだけど?

 

「ふふーん、とりあえずこれを見てもらってもいいですかね」

「いやだ」

「なんで即答するんですかー!」

「いやだって絶対面倒じゃん。絶対手伝わせる気しかないじゃん」

「当たり前じゃないですか〜」

「当たり前なんだ」

「当たり前なのね」

 

ほら、雪ノ下と由比ヶ浜もなんか呆れた口調じゃん。うちは別に生徒会の下請け組織じゃないんですよ。わかってるお嬢さん。あれ、本当に下請け組織じゃないよね。大丈夫だよね。

 

「あ、じゃあスクリーン張りますね」

「で、結局何しに来たの君」

「だから〜これ見てくれればいいんですよ」

 

あざとくウィンクする一色に心底腐った目を向ける。

 

 

これは逃げられん気しかしない。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

「わー!面白かった!」

 

わざわざご大層なスクリーンで見させられたのは、なんかの映画だかドラマの一部のシーンを切り抜いたものだった。

そこに映されていたのは、なんかドレスアップした男女が踊ってるような感じのやつだった。

 

「…で、この映画がなに?」

「映画じゃなくてドラマですよー」

「そんなんどっちでもええわ」

 

問題はそこじゃないだろ。なぜこれを俺らに見せた。

 

「これは資料ですよ」

「なんの」

「卒業生に向けたちょっとしたサプライズです!」

「OK、それ以上言わなくていい。寧ろ言うな、頼む」

「これをやろうと思うんです!」

 

ああ、言ってたしまった…。

え、なに?今の壮大なやつやろうとしてるの?生徒だけで?無理でしょ。

 

「なんで?」

「決まってるじゃないですか。私が卒業する時のことを考えてくださいよー」

「お前が卒業する時なんぞ知るか」

「この私が卒業する時に今までと同じただの謝恩会なんて地味じゃないですかー。私、そんなの嫌なんで」

「はぁ…」

「なるほど、それでプロムなのね」

 

中々に派手で豪勢だからちゃんとしたものができればすごいだろう。だがそれには遥かに多くの障害があるはずだ。

 

「で、なんでプロムなの?」

「なぜなら、私がプロムクィーンになるからです!」

 

あ、はい。そうかい。

 

「うちの代なら、プロムキングは確実に葉山だな」

「でしょうね」

「そうですね。それで葉山先輩をプロムキングにすることで、その翌年に私がプロムクィーンになる!完璧な流れです!」

「どの辺が完璧なのか全くわからん。で?それを俺らにも手伝えと」

「はい」

 

ええ…これまた一色の独断じゃないだろうな。

 

「綾辻とかはなんて言ったんだ」

「綾辻先輩は『不可能ではないしできたら凄いと思う。まずは案だけでも作ってみたら』って」

 

綾辻さん…止めてよ。

 

「なるほど……で、お前。本気でプロムやるの?」

「はい」

「詳細を知らないから予想でしかないけどさ、さっきの映像見た感じかなり豪勢だった。あそこまでの規模にはしないにしても相当の金と人手がいるぞ。それをまだ原案すらできてない状況で手伝えって…ちょっとしんどいぞ」

「大丈夫ですってー。そこまで大きいものにはしませんし」

「いやな、俺ら来年受験生なのよ?わかってる?」

「わかってますってー。それにどーせ浪人するんですから来年受験生とかそこまで関係ないじゃないですかー」

「お前今すっごく失礼なこと言ってんぞ。わかってる?」

 

こいつはうちの家庭事情知らないから大目に見てやるけど、そうじゃ無かったとしても受験ガチ勢にそんな事言ったら殺されるぞ。

 

「というか今からとか普通に無理だろ」

「え…無理、なんですか?」

 

そんな捨てられた子犬みたいな目をしても無駄だぞ。無理なもんは無理なりに頑張ってどうにかしようとしてあげようと奔走したけど結局無理になるだけだから。いや頑張っちゃうのかよ。

 

「そうね、現実的なことを言うと無理ね。少なくともこの規模のものは」

「それはわかります。だから、こんなに大きなものじゃなくていいんです」

 

ほう、こいつのことだし同程度のものをやろうとか言い出すと思ったんだけど。

 

「今年は、お試しってこともあります。だから規模はそんなに大きくするつもりはないです」

「そうね…なら規模次第では不可能ではないわね」

「はい。それに、今年お試しでやっていけば来年以降はもっと大きな規模にできるじゃないですかー。私が卒業する再来年にはかなり大きなものをやってくれればいいんですよ」

 

清々しいくらい自分のことしか考えてない。

 

「一色さん」

「はい?」

「貴女が今年プロムをやることに拘るのは何故?」

「何故って…」

「仮に今年やらなくても、来年入念に準備したものをやる方が確実よ。貴女は根回しのためと言っていたけれど、貴女が卒業する時にプロムができるのならプロムクィーンになるのは確実に貴女よ。わざわざ今年スケジュールに余裕がないこの状況でやるのは何故?」

 

ご尤もだ。雪ノ下の言う通り、わざわざ時間のない中でやろうとするのには意味があるはずだ。実際プロムが行われたらクィーンには一色がなるだろう。根回しの必要なんかない。ほぼほぼ決定事項だ。

そしてそれを一色がわかってないはずがない。

 

「そうですね、雪ノ下先輩の言う通り根回しなんてしなくても私がプロムクィーンになるのは多分変わりません。でも、今やるべきだと思うんです。例え失敗するとしても、無理だったとしても、私は今やるべきだと、そう思ったんです。今ならまだ、間に合うかもしれないから」

「そう、ならやりましょう」

「え?」

「貴女がそこまでの覚悟を持ってきたのなら、私はやろうと思うわ」

「ゆきのん」

「ええ、わかってる。これは私だけの意思。だから二人にも聞きたいの。このプロムをやるかやらないか」

 

真っ直ぐに俺と由比ヶ浜を見ながら雪ノ下は言う。

 

正直、やるにしても規模次第としか言えない。三年生の卒業まで思いの外時間が無いし、人手も金も足りない。予算は学校から許可が降りない限り0に等しいから足りない以前かもしれんが。

だがここまでの覚悟を持って来た一色の思いを無碍にするのも寝覚めが悪い。

 

「反対はしねえよ。でもお前もわかってると思うが、時間と人手が足りん。前のクリスマス以上に厳しい条件なのはわかってるだろ」

「はい、それでもです」

「……意思は硬そうだな。わかったよ。だが俺はボーダーの方もある。手伝え無い時もあるから、それくらいは許してくれ」

「二人がやるんでしょ?ならあたしとやる!どれくらい力になれるかはちょっとわからないけど…」

「いえ、皆さんのおかげで生徒会はすごく助かってます。今回もよろしくお願いしますね!」

 

で、結局やることになるのよねこれ。

 

一色が私欲のみではなく、ちゃんと考えて、覚悟を決めた上でやるって言いに来たんだ。先輩として、手伝えることは手伝ってやるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、ヒッキーまた明日ねー!」

「また」

「ん、またな」

 

詳しい事は明日ということで一色はあの後すぐに帰っていった。

そしてその後に特別依頼が来るとかそういうのもなく、俺らも下校時間になったため解散した。

 

雪ノ下と由比ヶ浜は二人で駅に向かっていき、俺は駐輪場に足を向けた。

ポケットから鍵を取り出したところで、駐輪場に人影を見つける。その人影は見知った人だった。

 

「お疲れ様」

「どうした、珍しいな綾辻」

 

そこにいたのは綾辻だった。

 

「ううん。そんな特別な用事があるわけでもないんだ。ただ、一緒に帰りたくて」

「…そうか。じゃあ帰ろう。寒い」

「うん」

 

 

 

ーーー

 

 

 

「そういえば、怪我はもう大丈夫?」

「ああ、医者から完治って言われた」

 

自転車を押しながら綾辻と並んで歩く。

 

「じゃあそろそろランク戦にも復帰するの?」

「んー、チームではしない。ソロは復帰するけど」

「そっか。チームは完全に別枠になったんだもんね」

「半分流れでだけどな」

 

チーム解散の1番の理由はやはり佐々木さんの離脱だろう。左腕を喪失するほどの怪我だ。復帰できるとしてもそれはいつになるかわからない。だから離脱することは仕方ないだろうし、それを止める気も無い。俺も逆の立場ならそうするからだ。

残された俺と横山は結局またチームを組み、そして鈴谷さんがそこに加わった。一応名目上は有馬さんの部下ということになるが、あの人が表で戦うのは余程大きな戦いの時だけだ。現場の指揮を誰が取るかはまだいまいち決まってないが、鈴谷さんはなんとなくやりたくなさそうだったから俺になるのかな。

 

「新しく入った人ってどんな人なの?」

「なんか佐々木さんの前からの付き合いがある人だってさ。ボーダーに入ったのは一年半くらい前だけど、諸事情でランク戦してなかったとか。知ってる?」

「鈴谷さん……ランク戦をしてない……あ、そういえばそんな人いたかも」

 

上層部との関わりも多い嵐山隊だし、なにか知っててもおかしくは無いか。

 

「なにがあったんだ?本人の許可なく聞くのもあれだけど…」

 

同期と色々あったとか言ってたような気もするが、実際のとこどうなのだろう。今の感じだとあまり衝突とかしそうなイメージは無い。

 

「んー、確かあらぬ噂を流されて、それでその噂が本当のことをベースにされたものだったから最初の調査ではその人が処分されたの。だけどその後色々と粗が見つかって、噂を流した張本人が最後は処分されたみたいな感じだったかな」

 

人のやっかみか。どこにでもそういうのはいる。

俺の場合、実体験もあるし。

 

「確かその被害者が鈴谷って名前だったと思う。割と前のことだし、私自身が関わったことじゃない。だからちょっと記憶が曖昧だけど」

「そうか。ありがとうな」

「たまたま覚えてただけだよ。それに私個人は鈴谷さんについてなにも知らないし」

 

実際、鈴谷さんは有馬さんや佐々木さんの他にはほとんど知り合いはいないらしい。またトラブルが起きることを危惧してたのかもしれない。

 

「夏希は退院してたけど、佐々木さんはどう?」

「一応今週末退院らしい。ボーダーの開発部と病院行ったり来たりしなきゃならんらしいが」

「そっか、大変だね」

「大学の試験もあるみたいだし、しばらくあの人は忙しいかもな」

 

そこから暫し沈黙が流れる。

 

「一色、プロムやるんだと」

 

それを破ったのは俺だった。

 

「うん。不可能じゃないと思う。色々と処理しなきゃいけないことはあるけど、それでもできるよ」

 

綾辻もそれに答える。

 

「不可能じゃない、か。便利な言葉だ」

「やるの、反対?」

「いや、反対ではない。ただ、俺がどこまで力になれるかわからない」

 

小町の受験はひと段落着いたとはいえ、入学に必要な書類や連帯保証人の親戚への連絡とか色々やることはある。

それに、遠征のことも考えなきゃならない。返事は試験が始まるくらいでもいいらしいが、あまり待たせるのも好きでは無い。さっさと答えを出しておきたい。

 

「小町のことも、俺のことも……やることが多い上に色々と考えることが多くてな」

「遠征のこと?」

「それも、かな」

 

本当に色々だから色々としか言えない。

 

「そっか」

「ああ」

「頑張って」

「…ありがとう」

 

そこまで言ったところで分かれ道に差し掛かる。

今日は本部に行く予定だからここまでだろう。

 

「俺、この後防衛任務で本部行くんだ。綾辻は?」

「今日は帰るよ。それじゃあここまでだね」

「ん。またな」

「無理しないでね。治りたてなんだし」

「わかってるよ。じゃあな」

 

それだけ言って綾辻に背を向ける。

吐き出した息が白く染まり、空に消える。

 

ポケットからイヤホンを取り出し、佐々木さんに勧められて聞き始めたグループの音楽を流す。

 

 

付けたイヤホンから聞こえる音楽が、やたら大きく聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ、渡せなかったな」

 

歩いて行く比企谷の背中を見ながら、綾辻は一人そう呟く。

 

彼女が持つカバンからは、綺麗に包装されたチョコレートが微かに覗いていた。

 

 

 




バレンタインネタ、もうちょっと続くんじゃよ……すまぬ。


ヒロイン多いから全員綺麗に絡めさせるの難しい……。

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