目が腐ったボーダー隊員 ー改稿版ー   作:職業病

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いつも誤字報告、感想をくれる皆様ありがとうございます。

よいお年を。


81話 彼は少しずつ、前に進む。

「加古さん?」

 

声をかけられて振り返ると、そこにはいつも通りの優雅な笑みを浮かべた加古さんがいた。

なんだろう。なにか用事あったかな。今俺はA級だけど完全に別枠だし、そもそもなったばかりだから仕事被ったりはしないはずだが。

 

「今、大丈夫?」

「今、すか」

 

正直、大丈夫とは言いがたい。今は三雲に試合の動画を見せている。そんなすぐに見終わるものじゃないだろうが、その場で解説してやれることもあるだろうし、あまり待たせたくはない。

 

「少しだけなら」

「あら、ならあまり引き止めるのも悪いわね」

 

さすが加古さん、話が早い。

 

「はいこれ」

 

そう言って渡されたのは、紙袋。小さめだが、なんかオシャレな感じの袋だ。え、なにこれ。

 

「これは?」

「今日はバレンタインでしょう?チョコレートよ」

 

そうか、今日はバレンタインか。三雲の話で頭いっぱいになってたわ。毎年くれるから今年もくれたのだろう。

 

「ああどうも」

 

紙袋を受け取ろうとした瞬間、差し出した手を掴まれ距離を縮められる。

 

「⁈」

「比企谷くん」

 

加古さんの顔が目の前にある。男としては悔しいが、加古さんは俺よりも若干身長が高い。故に目線がほんの少しだけ見下ろされるような形になってしまう。いやそれ以前に近いんですけど。なんかいい匂いするし。やめて!意識しちゃうでしょ!それにあと少しで俺の胸板に柔らかいなにかが触れちゃうから!

 

「今日、どこかで時間取れる?」

「今日、でしゅか?とりあえず離れてください」

「あら、ごめんね。貴方の反応が可愛いくて」

 

満面の笑みを浮かべて加古さんは一歩下がる。なんなんだよ…めっちゃいい匂いしたやん…心臓に悪い。

しかし、今日か。

 

「今日は、ちょっと厳しいです」

「あら」

「今日は小町の受験当日なんです。だから、試験が終わる時には家にいたい。それで小町を労ってやりたいんです。俺の時はそうしてくれたから」

 

俺が大変な時に小町は全力でサポートしてくれた。だから俺は、それ以上のことをしてやりたい。俺にとって最後の家族である小町のために兄としてできることはそれくらいだ。

 

「そうだったのね。じゃあ今日は小町ちゃんをちゃんと労ってあげてね」

「はい」

「でもそれならどうして本部に?」

「ちょっと頼まれごとをされまして」

 

別に隠すことでもないのだろうけど、あまり言いふらすことでもないし詳細は言わなくてもいいだろう。

 

「あら、相変わらずお人好しなのね。佐々木くんみたい」

「あの人ほどじゃないっすよ」

「いいえ、貴方も充分よ」

 

ええ…そんなお人好しなことしてたの俺。不本意なんだが。

 

「そんなところも素敵だけどね」

「………」

「お世辞じゃないわよ?」

「っ……どうも」

 

…ストレートな褒め言葉はいつまで経っても慣れない。

多分、加古さんはわかっててやってるんだろうけど。

 

「じゃあ、また今度ね」

「はい……え、なにが?」

「え?」

「え?」

「また今度デートしましょ、って話よ」

 

聞いてないよ?そんな話全く出てこなかったよね?

 

「空いてる日、教えてくれると嬉しいわ」

 

あ、これ逃げられんやつだ。

俺は加古さんの目を見てそう直感し、スマホのスケジュール帳を呼び出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んーさすがに特別枠のA級になっただけあるわね。今期はA級ランク戦無いからこちらは余裕あるけど、あの子が余裕無さそうだわ」

 

比企谷と別れたあと、廊下を歩きながら電話をしていた。どうやらグループ通話のようで、複数人と話しているのがわかる。

 

『枠としては玉狛(うち)と似た感じになってるなら、仕方ないかもしれませんね』

『そうね、また比企谷くんとチームランク戦で当たりたかったな。風間さんもやる気出してたし』

『まー比企谷くんなら頼めば引き受けてくれそーだよねー。太刀川さんも喜んでやりそうだし』

『太刀川さんが良くても比企谷先輩は嫌がりそうですけどね、それ』

『なににしても、比企谷くんは暫く忙しいんですね。今期のランク戦見てて欲しかったけど、仕方ないね』

『仮に八幡くんの時間を取るにしても手短に済ませた方が良さそうですね』

「そうね、あの子にとって不利益になることは避けなきゃね。女性以前に人として大事なことだわ」

『各々、プレゼントするにしても手短に、ってことで』

「私はもう渡したけどね。とはいっても、こればかりは運が良かったんでしょうけど」

『私たちもすぐに渡しますよ。ちゃんと手短に済ませますけど』

「ええ、じゃあこれからも頑張りましょ」

 

それだけ言って加古は電話を切った。

 

 

 

これがなんの会話だったのか、知る人は本人達のみである。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

「あ、比企谷先輩」

「どうだ」

 

作戦室に戻ると、三雲はまだ動画を見てた。

メモ帳に色々書いてるとこを見ると、多分色々考えてたのだろう。

 

「色々書いてんな」

「はい。一緒にその時の他の人の配置とかも比べて見てます」

「ま、大事だわな」

 

その時どう動くかは相手の配置次第で変わる。敵は目の前にいる敵だけではない。明らかに漁夫の利を狙ってる奴がいそうな配置の場合はさっさと退くに限る。

 

「質問があるんですけど…」

「ん?」

「この場面で、比企谷先輩はどうして下がったんですか?周りに敵はいなかったし、佐々木さんも近くにいたからわざわざ下がる理由は無さそうに思えるんですけど…」

 

渡されたタブレットの画面を見ると、それは俺がB級時代の試合だった。その場面は俺と風間さんがタイマン張っているとこで、レーダーの情報を見た限り他の部隊のメンバーも遠い。佐々木さんは比較的近いからわざわざ下がらずこのまま風間さんを倒しても良さそうな場面だ。

 

「ああ、これか」

「他の場面はなんとなくわかったんですけど、ここはどうしてもわからなくて…」

「簡単な話、漁夫られる可能性が高かったからだな」

「え、でも…」

「そうだな、確かに他の部隊の動きを見る限りすぐに敵が来る可能性は低いだろうよ。だがここで下手に留まってたたら多分俺は死んでた。

まずはこのマップの高低差を見てみろ。狙撃手が俺の北西にいた場合、俺と風間さんは格好の的だ」

「でも、いない可能性だって」

「『いるかもしれない』と『多分いない』では警戒レベルがかなり異なる。仮に『いるかもしれない』前提で動けばこの北西の地点から狙撃されてもギリギリ避けられる可能性があがる。だが『多分いない』と思っていたら反応が遅れて狙撃から逃れられても風間さんに殺されてるだろうよ」

「なるほど…」

「思い通りになるのは自分だけだ。予想通り動かないのは敵も味方も同じ。予想通りにならなくとも、想定外になる可能性を少しでも潰すために敵と味方の位置をこまめに確認すんだ」

「それでもやっぱり想定外のことは起きるんですよね」

「ああ。むしろその方が多い。だからアドリブでうまくできるようになる必要があるが、こればかりは経験と運が絡む」

 

ここら辺のチームとしての戦い方は大体二宮さんや東さんに教わった。チームで戦うにおいて、最も罪の重い行為はなにか?

 

それは無策に突っ込み、そして倒れること。

 

人数が減ればそれだけ火力も落ちる。簡単な話、絡め手をやるにしても正面からやり合うでもできる選択肢が少なくなる。どうしてもやむを得ない状況というのは存在するが、なにも考えずに戦った挙句落ちるのは戦犯にも等しい。

 

だから俺はまず『不意打ちされない』状況に身を置くことを第一に考えている。それがうちのチームを一番活かすのに良いやり方だったからだ。

無論これが一番良いやり方だとは言わない。強力なエースに好きなようにやらせ、それをサポートするのもいいだろう。やり方はチームによって様々だ。

 

「まずはお前らのチームに合ったやり方を見つけな。空閑の負担を軽くするために、お前が今できることはなんだ。それを考えろ」

 

射手としての経験が足りないのは三雲も承知の上だろう。だからこそ自身で点を取るというやり方を選んで、ここに来た。

 

「はい!」

 

いい返事だが、俺の真意は伝わらなかったようだ。

 

 

俺が言いたいのはな、三雲。今のお前じゃどう足掻いても点は取れないということだ。

 

 

こいつは頭がいい。だから正直やろうと思えば点は取れるだろう。だがそれは今三雲が思い描いているやり方ではない。

空閑の負担を減らすために三雲が強くなる。この考えはいい。しかし人間何事も経験がいる。残念ながら今の三雲ではB級中位以上相手にはできない。付け焼き刃でどうこうできるほどB級の連中は弱く無い。

 

「ま、聞きたいことがあれば聞いてくれ。答えるよ」

「ありがとうございます」

 

その後しばらくチーム戦の講義っぽいものが続いた。

 

 

……ぶっちゃけ、三雲が強くなるより、空閑をうまく使える布陣でも考えたほうが早いんじゃないかと思ったが、結局言わなかったのは秘密。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

昼過ぎになると三雲は帰っていった。また世話になるかもと言われたしそのうちまた指導する日が来るのだろう。

 

「…今は昼休みくらいか」

 

科目の順番は忘れたが、まぁそろそろ昼休みに入る頃だろう。大丈夫だとは思うが、それでもやはり心配なものは心配だ。

 

「…落ち着かん」

 

小町の方が絶対不安なはずなのに兄貴の俺がこんなんでいいのだろうか。いや、家族の心配をするのは当たり前のことだ。

 

なにかしてないと落ち着かないためコーヒーでも淹れようかと考え、立ち上がる。豆を挽き始めたところで、ノックが聞こえた。

 

「どーぞ」

「よっす」

「珍しいな、小南」

 

そこにいたのは小南だった。小南が本部にいること自体はそこまで珍しくはないが、作戦室まで訪ねてくるのは珍しい。

 

「どうした、なんかあったか」

「いや、修がお世話になったみたいだからそのお礼」

 

そう言って小南は紙袋を渡してきた。

 

「三雲本人からももらったから気にせんでも」

「それは理由の一つよ。ほら、今日…」

「ああ、バレンタイン」

「そうよ。小町ちゃんの分もね」

「ま、そういうことなら断る理由は無いわな。ありがたくもらうよ」

「そうしなさい。あと……後で感想も、良ければ聞かせてよね」

「なんなら今からコーヒーでも飲もうかと思ってたとこなんだが、どうだ」

 

それを聴くと小南はパッと表情を明るくした。

 

「も、もらう!」

 

コロコロと表情変わるな。

 

「ん。佐々木さんほどうまくないが、そこは許せ」

「いいわよ、そんなの気にしなくて」

 

なんだかんだ気遣いのできるやつだ。

 

 

ーーー

 

 

コーヒーを淹れて客用のマグカップに注ぎ、小南に渡す。

 

「ミルクと砂糖は好きに入れろ」

「ありがとう」

 

一口飲む。

…うん、悪くない。

そこで先程もらった紙袋から包装された生チョコを取り出す。

 

「じゃ、いただくわ」

「…味わって食べなさい」

 

口に放り込む。チョコの甘さの中に僅かな苦味。カカオ由来の苦味だろう。思ったよりもちゃんと美味い。

 

「ど、どう?」

「美味い、本当に」

「良かった…」

 

なーんか今日は妙にしおらしいな。うるさいよりはいいけど。

 

「コーヒーにも合う。あんがとさん」

「…いいのよ。小町ちゃんの為でもあるんだし」

「そっか、サンキュ」

「小町ちゃん、大丈夫そう?」

「多分な。朝見送る時は大丈夫そうだった」

「じゃあ大丈夫ね」

「ああ、きっと」

 

にしし、と笑う小南の言葉にはどことなく説得力があった。一人だと落ち着かなかったから、正直来てくれてありがたい。

 

「そうだ、修どうだった?」

「どうってのは?」

「修行よ。どう思った?」

 

どう思ったかを素直に伝えていいものか。小南は基本後輩思いだから素直に伝えたらちょっと怒りそう。

 

「……うーん」

「いいわよ、思ったことそのままいってくれて」

 

なんとなく察したのか、小南はそう譲歩してきた。多分、小南は俺が言いたいこと大体わかってたのだろう。

 

「…正直、迷走してるな。A級昇格のために最速で行きたい気持ちが強すぎるが故かね……個人の技術を磨くなんて当たり前だが、速度を重視するなら三雲が目を向けるべきはそこじゃないと思った」

「……ま、そうなるわよね。多分とりまるも同じこと思ってるんじゃない?」

「かもな。まー焦るのは仕方ないかもしれんがな。三雲はトリオン弱いし、戦闘技術も稚拙だ。だからチームの役に立ちたくてこういう判断したんだろうけど、そこじゃない」

 

雨取も三雲同様戦闘経験は少ないが、あのアホみたいなトリオンがあればやりようはいくらでもある。空閑はトリオンもそこそこあるのに加えてレベルは既にA級。この二人と比べてスペックが劣ってしまう三雲が焦るのは仕方ない。

 

「実戦で戦えるようになるのは慣れだ。その慣れる速度は人によってまちまちだが、三雲は結構訓練積まないときついタイプだろう。だからこそ、俺は三雲には『頭』を使ってやるべきだと思う」

「至極真っ当ね。本当に見る目あるわよね比企谷って」

「俺は俺なりに失敗と挫折を重ねてんだよ。多少見る目もつく」

「そうね〜、比企谷と初めて戦った時は今でも思い出せるわ」

「やめろ、それ最初俺がボコられたやつだろ」

 

小南と初めて戦った時、俺は小南に瞬殺された。

当時A級に上がったばかりの時で、正直軽く天狗になってた時期だ。前半はボコられた。だが後半は認識を改めて本気でやりにいき、どうにかイーブンまでは持ち直し、次第に勝率は上がっていき、今では勝ち越しの戦績だ。まー勝ち越しているとはいえ、そんな差は無いんだけど。

 

「で、それは修に伝えたの?」

「そこまでしてやる義理は無い。俺が世話になったのは三雲じゃなくて空閑だ。それに一から十まで教えてやることがあいつの為になるとも限らん」

「教えてあげてもいいじゃん……って言いたいとこだけど、これをあたしが言うのは違うわね。それに言ってることは真っ当だからなにも言えないわ」

「面倒だったってのもあるけど」

「なんでよ⁈」

 

いや、そこまでしてやる義理はないって言ったじゃん。面倒なんだよ。

 

「本当に……なーんであたしはこんなやつ…」

「こんな奴が何だって?」

「な、なんでもないわよ!」

 

若干頬を赤らめるな。ツンデレかお前。

残ってるコーヒーを飲み干すと、小南は立ち上がった。

 

「コーヒーありがとう。美味しかったわ」

「ん。チョコサンキューな。美味かったぞ」

「……いいのよ、これでもちゃんとあんたの為に作ったんだから」

「どーも」

 

義理チョコだろうけど、俺と小町の為に作ってくれたというのは素直に嬉しい。

 

「あんたは多分、何にも気がついてないんだろうけど!」

「うおっ、なに?」

 

いきなり叫ぶなよ、びっくりするじゃん。

気づく、とは?なにに気づいてないん?主語が抜けてますよお姉さん。

 

「いつか!あんたにも理解させるから!」

「……」

「またね!」

 

そう言って小南は帰っていった。

 

「……なんの話だ」

 

残された俺は一人でそう呟いた。

いや、この言葉はそろそろ苦しいか。

 

小町や佐々木さん、横山が向き合え、といった言葉は恐らく俺自身だけじゃない。他者からの感情も含まれている。

 

つまり『自分とも、そして他者からの感情とも向き合え』ということだ。

 

少しずつわかってきたのだ。ここ数ヶ月ずっと考えてたから。

俺は自分の感情を表に出すことが苦手らしい。無意識に出ることはあるが、それがどんなものかわからないことがある。多分、佐々木さんみたいにずっと自分以外の誰かのために動いてきたから自分のことに鈍感になってしまった。

そのこと自体は後悔はない。それ自体は俺が選んだことだから。だが自分のことはもう少し考えなきゃならない。答えがちゃんと出るまで。

 

だが他者の行動は色々と比較して選択肢を潰していくことはできる。尤も、人の感情は難しいからあくまで予想でしかないが、それでも本心には近づけるだろう。

 

『多分、本当の意味で人を好きになったことが無いんだろうな。君も、俺も』

 

葉山がいつの日か言った言葉を思い出した。

少なくともその時はそうだった。そういう感情を抱いたことはあったが、あれは勘違いの自意識が暴走したものだ。あの時は踏みとどまったが、それは結局俺に『人を好きになる』という感情を抱くことにトラウマを植え付けた。

 

「………」

 

気がつかなかった。ウソでは無い。

その感情に蓋をしたのだ。深層心理に沈んで燻ったままの感情なんぞに鈍感な俺は気づかない。それ以外に必死でそんなこと気にしてる余裕もなかった。生きるのに精一杯だったんだ。

 

ああ、なんて青臭い自己肯定なんだろうか。

 

正直半信半疑どころか疑い100%に近いレベルだ。そういう感情を向ける対象に自分が来るなんて思いもしなかったから。また勘違いの可能性の方がぶっちゃけ大きいと思ってるまである。そもそもそういう感情がどういうものなのかすらよくわかってない。知識として知っているに過ぎない。そんなもの信じることはできない。

 

「……ダメだこりゃ」

 

結局俺はこういうこと考えるのにとことん向いてないのだろう。

向いてないことを一人で悩むのは多分悪手だ。

 

 

人を頼る。

 

 

この三年で俺が覚えた最強の手段を使うとしよう。

 

 

 

 

「…結局、この人頼りかよ俺は」

 

病室の扉を前にしながら呟く俺。いやほんとにバリエーションねーな。いやでもこういうこと相談できる人がたくさんいる人の方が少ないか。え、そうだよね?俺が変とかじゃないよね?

 

扉をノックする。

 

『どうぞ』

 

中から声が聞こえてきたので、扉を開く。

 

「あ、比企谷くん。いらっしゃい」

「ども」

 

結局、佐々木さんに頼る俺。

普段は連絡してから行くが、今回はアポ無しで来た。

 

「珍しいね、連絡無しで来るなんて」

「そんな長居もしませんから」

「そっか、今日は確か受験だったね」

「左腕、どうですか」

 

俺がそう聞くと佐々木さんは左腕を持ち上げた。

少々メカメカしい左腕が握る開くを繰り返す。

 

「だいぶいいよ。試作品だけど扱いは結構慣れたかな」

「どんな感じなんすか?」

「んー、自分の腕を動かしてる気はあんましないかな。なんか、こう…トリオン体の操作にちょっと似てるかも?」

 

なるほどわからん。

 

「とりあえず傷もほとんど完治したし、あとはリハビリだけだから来週には退院できそう」

「あ、そうなんすね。おめでとうございます」

「ありがと。それで?どうしたの?」

「……あーっと」

 

 

 

ーーー

 

 

 

「あー、漸くわかってきたんだ」

「漸くってなんすか」

「君は鈍感だからね」

 

コロコロと笑う佐々木さんをジト目で見る。そんな俺の視線をものともせず佐々木さんはなおも続ける。

 

「まー、君は優しいからね」

「どういう話になれば鈍感から優しいに飛ぶんすか」

「君はさ、周囲にいてくれる人に傷ついて欲しくないんだろうね」

「それは…」

 

みんなそんなもんだろう。程度に差はあるだろうが、大体みんなそう思うはずだ。

 

「だからはっきりした答えを出すことができない。切り捨てる覚悟がないから」

「……」

「わかるよ、僕もだから」

 

へらりと笑う佐々木さんの顔はどこか自虐的だった。

 

「でもね、選ばないっていうのは僕は一番の悪手だと思ってる。選択肢全てを台無しにするのと同じだからね」

 

ああ、これ佐々木さんの言葉だったか。

 

「ちゃんと選べるようにします」

「よろしい」

 

佐々木さんはにへらと笑った。

 

 

 

その後しばらく佐々木さんと雑談して病院を後にした。

 

 

 

 

 

 

病院の帰り、スーパーに寄った。

今日はちょっといい晩飯を作ってやるつもりだった。なにかいいものはないかと物色している最中だ。

 

「ほう、今日は肉も魚もいいな…」

 

天ぷらでも作るか?いやワンパターンかな?でも俺そんな凝った料理できんしな…。

 

「比企谷くん?」

 

声をかけられ顔を上げると、三上がいた。今日は一人らしい。

 

「おう」

「どうしたの、なにか悩んでたみたいだけど」

「今日の晩飯どうしようかと。小町の受験日だからさ、ちょっといいやつ作ってやりたくて」

「そっか。じゃあもう少し見て回ったら?私も一緒に考えるよ」

「助かる」

 

三上のように家事に長けた人に意見を貰えるのはありがたい。

 

「んー、せっかく今特売でいい牛肉があるし、牛肉の料理とかいいかもね」

「…なるほど」

「定番はすき焼きかな。簡単にできて美味しい」

 

ふむ、すき焼きか。しかし特売とはいえ、あまり量買えないしな…。やはり魚もなにかしら買っておこうか。

 

「あ、この肉ブロック使ってローストビーフ作るのもありかも」

「ローストビーフなんか作ったことないぞ俺」

「結構簡単よ?ネットとかでレシピも載ってるし」

「なるほどな」

 

さすがGoogle先生。

 

「あとは…サラダも欲しいよね。スモークサーモン使ってカルパッチョ作るとか」

「アリだな」

「あとはどんなのが欲しい?」

「そうだな、煮物とかも欲しいかな。寒い時期には美味いんだ」

「煮物!いいね。煮物なら……里芋とか、あと大根もいいかも」

「里芋、めっちゃ美味いやつ」

「だよね!」

 

その後、三上と共に色々スーパーを巡り、晩飯のメニューを決定することができた。

 

「悪いな、助かったよ」

「いいよいいよ。小町ちゃんのためだもんね。兄妹のためになにかしたい気持ちはよくわかるの」

 

そう言って三上は笑う。さすがお姉ちゃん、強い。

 

会計を済ませて共にスーパーを出る。日は落ち始めていて、気温も下がってきた。

 

「うー、まだまだ寒いね」

「二月なんてこんなもんだろう」

「だね。ここ海も近いから風が冷たい」

「風邪引くなよ」

「大丈夫、防寒対策はバッチリだから」

 

ほんとにしっかり者だ。同じ第一子だというのに、三上には敵わん。

だが兄としての自覚なら負けてないぞ!小町につく悪い虫は徹底的に排除してやる!

 

そんなアホみたいなことを考えながら歩いていると、三上がカバンから袋を取り出した。

 

「はいこれ」

「これ…」

「今日はバレンタインでしょ?本部で会えるかなーって思ってたけど会えなかったから、丁度会えてよかった」

 

渡された袋を素直に受け取る。どんな感情が込められているにしても、その感情を無碍にしていい理由は無い。

 

「サンキュ」

「うん、ちゃんと『届けた』よ」

「!」

 

タイムリーすぎません?なんで佐々木さんに相談した直後にこんな展開になるのかね。

 

「…お、おう」

「きっと比企谷くんはまだ気づかないんだろうけどね」

「……」

「いつか、きっとね!」

 

三上の言葉に俺は言葉を返せない。

まだ俺は答えが無い。だからなにをするにしても、まだ答えのない俺にはなにも言えない。

 

「またね!」

「あ、ああ」

 

歩いて行く三上の後ろ姿をぼんやりと眺める。

 

 

 

答えが出るのは、もう少し先の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




勢いで書いたおまけ。
時系列としては多分現在大規模侵攻前。矛盾点があってもそもそも本編じゃないから問題ないと思ってるクソ作者。
完全に思いつきなので見なくてもなんら問題無し。






「ねー、本当にこっちなん?」
「いや、ナビだとこっちだって…」

今現在、真昼間なのに真っ暗な路地裏の道が目の前に広がっていた。
傍らには雪ノ下と由比ヶ浜、そしてなぜか空閑。
なぜこんな謎メンバーでこんな路地裏を目の前にしているのかというと、単純に出会ったからだ。

俺は新しく開店したラーメン屋が結構美味いという評判を聞いて是非食べてみたいと思い、向かっていたところだった。
そこに向かう途中、買い物に来てた雪ノ下と由比ヶ浜に出会った。二人とも昼飯がまだだということで共に向かってたとろこで、なぜか空閑に出会った。

「あ、ひきがや先輩」
「おう、空閑か」
「なにしてんだ」
「散歩」
「ほーん」
「ヒッキーこの子誰?」
「ボーダーの後輩」
「へー!あたし、由比ヶ浜結衣!」
「ひきがや先輩のお知り合いですか。よろしくおねがいしますゆい先輩」
「こっちはゆきのん!」
「由比ヶ浜さん、人を紹介する時にあだ名を使うのはやめましょう?」
「ゆきのん先輩、よろしくおねがいします」
「…私は、雪ノ下雪乃。二人の同級生よ」
「おれは空閑遊真です」
「よろしくね!」
「それでみんなは何してるの?」
「飯行くとこ」
「あ、遊真くんも来る?」
「いいの?」
「二人が良ければ、だけど」
「俺はいいぞ」
「私も構わないわ」
「じゃ、ご一緒します」





そんなこんなでここまできたが……なーんかこの路地裏嫌な予感しかしないんだよなぁ。

「昼間なのにこんな暗いことある?」

目の前は本当に真っ暗で、路地を抜けた先の光以外ほとんどなにも見えない。

『このまま直進です』
「でもやっぱりナビではこの先を示してるわね」
「そー、なんだが…」

Google先生はこういう裏道だけど最短ルートを通らせたがる傾向あるからな……。しかしなーんか嫌な予感するんだよな。

「…ま、大した距離無いし」

このままここでうだうだしてるのもアレだし、と目の前の路地裏に向けて足を踏み出そうとした。

そこで手を掴まれる。
振り返ると、空閑が俺の手を掴んでいた。

「ひきがや先輩、おれ、あのお店で売ってるやつに興味あるんだけど」

空閑が指を差した方向を見ると、大判焼きを売ってる店があった。
空閑はネイバーだ。今まで大判焼きなんて見たことなかったのだろう。だから気になったのかもしれない。

「あれは、大判焼きね」
「おおばんやき?」
「ええ。生地の中に餡子やクリームが入ってるお菓子よ」
「おお、ゆきのん先輩は物知りですな。おいしいの?」
「美味しいよ!食べてみたい?」
「食べてみたいですな」

これからラーメン食いに行くんだし、今大判焼きは悪手だろう。買うなら、帰りの方がいい。デザートとして食えばいいだろうよ。

「じゃ、帰りに食うか」
「先にご飯だもんね」
「デザートにすればいいわね」
「でも気になるからちょっと見てみたいかな、どんなのなのかだけでも。買うのは帰りだし、いいでしょ?ひきがや先輩」
「そんなに気になるのか。いいぞ、行くか」
「ありがと、ひきがや先輩」

一番気になるはずの空閑よりも先に由比ヶ浜がそちらに向かう。それを見て俺と雪ノ下は大判焼きの出店に向けて足を進めた。





「………」

遊真は先程の路地裏に目を向ける。

「…惜しかったね。おれがいなかったら、あんたの目的は達成できてたよ」

先に広がる闇に向けて遊真は呟くが、返事は無い。

「空閑ー、どうした」

比企谷の声が聞こえ、視線を戻す。

「なんでもない」

遊真が比企谷の下に駆け出した。そんな遊真を比企谷は不思議そうに見ていたが、特に何も言うことはなかった。

そしてその路地裏に広がる『闇』は人知れず静かに、解けるように消えた。




「ちぇ、やってくれましたねぇ。余計なマネしてくれちゃってあの白髪チビ」


泣きぼくろを持つ黒コートの男はそう呟き、忌々しそうに白髪の少年の後ろ姿を見ると、足元で蠢く闇を回収した。


男は人知れず雑踏に紛れていった。






全員出せなかったし時間なくてこんな展開になってしまい申し訳ないです。ワンチャン書き直す可能性大です。すみません。

次回もよろしくです。

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