目が腐ったボーダー隊員 ー改稿版ー   作:職業病

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鬼滅の刃の書いてますがこちらも変わらず更新します。というかこっちが本命。
あまりにもダラダラ長く続けるのもあれなので、今回で大規模侵攻編の本編は終了です。次回から大規模侵攻編のエピローグとして記者会見等の話になります。また今回流血表現あります。苦手な方はご注意下さい。




72話です。


72話 『孤独』を恐れた少年と、『雨』に打たれる青年。

人と違う。

 

それだけで人は人を貶し、孤立させ、心無い言葉を浴びせられる。そういう生き物だ。人でなくてもそうなのだから、感情と知性のある人間なんて余計酷いのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は生まれた時から人と違った。

 

瞳の色、髪の色。どちらも父譲りの色であり、日本人の遺伝子では珍しいを通り越して異質な色だったからだ。

白髪に銀灰色の瞳。特別障害になるようなものではないが、通常と異なるものである僕の容姿はすぐにいじめの対象となった。

 

昔の父さんのように、やり返せるだけの強靭なメンタルと頭脳があれば別だったのだろうけど、僕にはどちらもなかった。裏で一人で泣くことしかできなかった。

学校が嫌いだった。いじめてくる子達が嫌いだった。見て見ぬ振りするクラスメイトが嫌いだった。助けてくれない先生が嫌いだった。

それでも僕は声を出すことはできなくて、うずくまることしかできなかった。父さんと母さんには言わなかった。言ったら、すごく心配してくれるだろうけど、二人とも忙しいから邪魔をしたくなかった。

 

そんな僕にも、ある時友達ができた。

 

クラス替えで同じクラスになった子だった。その子は僕とは違って元気で、クラスでも人気者だった。

その子はある時僕に話しかけてきた。

 

「なぁなぁ、その髪と目ってさ、生まれつきなの?」

 

最初はああ、またかって思った。みんな最初はそうやって好奇な目で見てきて、最後はそれを貶すネタとして使うから。

でもその子は違った。

 

「すっげー!めっちゃかっこいいな!」

 

その時の僕はぽかんとしていたと思う。だって、今までみんな気持ち悪いって言ってきた。だから今回もって思ってた。でも違った。

 

それ以来、僕はその子とよく遊ぶようになり、友達も増えていった。僕のことをいじめる子は結局どこにでもいたけど、その子がいてくれたから僕は大丈夫だった。

 

その子……永近英良は僕を救ってくれた。

 

本人にはその自覚はないと思う。でも僕は救われた。

 

ヒデがいてくれたから、今の僕がある。ヒデがあの時僕を救ってくれたから、他にも大切な人が増えたんだ。

 

 

だから僕は、その大切な人を守るために。

 

 

やれることは全部やる。そう決めたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昔から自分が変だということに自覚があった。

 

自分にとって都合の悪いことは大体わかった。なぜかはわからない。第六感、といえばそれで終わりなのだが、それだけで説明していいのかは些か疑問だった。

 

そしてそんな俺に自意識が芽生え始める。いわゆる中二病というものになり始めてしまった。周囲と違うということに謎のステータスを感じるようになってしまったのだ。思い出したくもない黒歴史である。

 

そしてそれが俺を孤立させた。

 

たちの悪いことに俺の直感はよく当たってしまう。それが余計に気味悪がられていたのもあるだろう。

 

 

両親を亡くし、さらに俺は居場所が無くなった。

 

だがそんな俺に声をかけ、居場所をくれた人達がいた。

 

そんな人達、俺は守りたかった。

 

 

 

また独りになるのが怖かったから。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

俺の目論見は、結果として成功した。

 

俺のオーバー・アステロイドによってあのサメは完全に消滅した。そしてやはりというべきか、あれだけ高性能の能力をぽんぽん出せるほどの余裕は今のあいつには無いということもわかった。

これで非常に厄介だったサメを消滅させることには成功した。ぶっちゃけもうお役御免でいいと思う。というかベイルアウトしたら結局お役御免になる。ベイルアウトしたら俺の死の未来も消えるだろう。

 

 

……そう思っていた時期が僕にもありました。

 

 

「なんで!ベイルアウトできてねーんだよ!」

 

思わず叫んだ。

なぜか俺はまだ戦場のど真ん中にいた。横にいた空閑もなんでまだいるの?みたいな顔してる。いや俺が聞きたいんだけど。

 

オーバー・ガイストは正常に起動して、アナウンスでベイルアウトまでのカウントダウンもされていた。でもいざ終わってみたらベイルアウトしていない。なんでだよ。

簡単な話、本体がその場に残されていた。

 

「おいおい、マジかよ……」

 

サメを消せたのはいいが、本体がこの場に残るとか本気で死にかねない。

 

「どーなってんだ」

 

真戸さんの話ではベイルアウト用のトリオンまで使うようなことはないって言っていたし、空閑との訓練で一度試しにベイルアウトしてみたらできた。だから真戸さんのせいでないことはわかる。

そうなると……

 

「あのジャミングか…?」

 

あのベイルアウト不可にさせたジャミングを長時間受け続けたからか?それならありえる。ならば米屋はどうなんだって思うけど、俺はベイルアウトどころか通信もできないようなジャミングを受けた。そのせいでベイルアウトにどこか不具合が起きたのではないだろうか。そう考えたら合点がいく。あの……旧多といったか?あいつのせいだと考えたらとりあえずは辻褄が合う。

 

これ以上思考するのはやめよう。原因は今考えても正解はわからない。今は、自身の安全の確保と現状の打破に思考を使わなければ。

だがなにができる。生身の俺なんてちょっと動ける程度の高校生だ。この場では、少なくとも戦闘ではクソの役にも立ちはしない。

 

「……なら!」

 

俺は本部に向かって走り出した。逃げる、のもあるが三雲のフォローに向かうためだ。単純な足なら俺の方が早いし、コンマ数秒程度なら時間を稼げるだろう。少なくとも今俺と三雲に向かってきてるわくわく動物野郎のトリガーは生身には効果がない。ワープ女相手取るよりもマシだろう。

そのワープ女は多分トリオン切れになっている。あれだけぽんぽんワープ使えばトリオンももうないだろうし俺と三輪の与えた傷でさらにトリオンを漏出させた。だが仲間回収用のトリオンくらいはあるはずだから油断はできない。

 

レプリカの案は俺も聞いている。正直不本意だが、代案が出せない以上俺は口をつぐんでレプリカの案が通るように動く。それしかできないのだから。

 

背後から音がする。多分、空閑がわくわく動物野郎を抑えてくれているのだろう。だが今の空閑でどれだけあいつを抑えられるかはわからない。空閑のトリガーはかなり使い勝手がいいが、レプリカの補助がない今、その汎用性はかなり落ちている。少なくとも多重印や複合印は前のようには使えないだろう。故にトリオンには無類の強さを発揮するあのわくわく動物野郎のトリガー相手では長くは持たない。だからといって生身の俺がどこまでできるかなんてたかが知れてる。

 

「ヒキガヤ先輩!」

 

空閑の声と同時に嫌な予感がしたため咄嗟に横に飛ぶ。すると先程まで俺がいた場所には釘っぽいなにかがあった。

 

「ワープ女の攻撃か」

 

空閑のおかげで負傷せずに済んだが、今のはなかなか危なかった。咄嗟に反応できたからよかったが、あれ受けてたらその瞬間俺は役立たずになっていた。いや今もそんな役に立てないけど。

だがこれであいつのトリオンはもうほとんどない。これでワープ女の攻撃も打ち止めだろう。

 

そう思った瞬間嫌な予感が足に走る。

 

「っ!」

 

後ろに飛んだ瞬間、そこには再び釘っぽいものが突き刺さった。

 

嘘だろ、まだ攻撃できるのか。そんなにトリオンあんのかよふざけんな。と思いながらワープ女の方を見ると、よくわからない小さなタンクのようなものを腕につけていた。それを見て俺は気づいてしまった。

 

「あんの泣きぼくろ野郎!」

 

あれは恐らく後からトリオンを補給する装置だ。あれを使うことで少量であろうがトリオンを補給することができるのだろう。でなければあれだけトリオン削ったのに攻撃できるわけがない。

 

「さっさと、やられろ!」

「っ!」

 

釘っぽいなにかが俺を突き刺さそうとしてくるが、直感で回避する。だがそれも今のままでは長くはもたない。というか今にもやられそう。

そこで泣きぼくろ野郎の旧多(自称)の言葉を思い出した。

…俺のサイドエフェクトは『都合の悪いことを感じ取る』のが得意だったな。なら、この状況でなにが俺にとって都合が悪い?

 

多分、漠然としたものでいい。『それ』を定めるだけで、サイドエフェクトの精度が上がる。

 

俺にとって都合の悪いもの……それはワープ女の行動そのものだ。

そう思考した瞬間、頭がクリアになったような気がする。

 

「……!」

 

わかる。ワープ女がどこを攻撃してこようとしているかがはっきりとわかる。カゲさんの感情受信体質もこんな感じなのだろうか。いやあの人の場合もっとはっきり感じられそうだな。俺のはぼんやりしてるし。いやはっきりって言った後にぼんやりって矛盾してるな。でも他にどう言えばいいかわからん。

 

「っと」

「こいつ!」

 

右足、左腕、左の脇腹、両目。

奴がどこを攻撃してこようとしているのかわかる。今はトリオン体ほどの身体能力はないから分かり次第すぐに回避しなければ間に合わないが、なんとか回避できている。それも時間の問題だが。

 

「くっ……」

「はっ、はっ、はぁ!」

 

もう息が切れてきた。日頃鍛錬していてもいざ戦場に出ると体力は一瞬でなくなるな。鍛錬してなかったら多分もう死んでるけど。

 

『ミラ、奴に構うな。早急に運び手の方を仕留めろ。殺しても構わん』

『っ……はい!』

 

嫌な感覚が『俺に』刺さらなくなった。……こいつ、標的を俺から三雲に変えたな⁈何の罪もない脆弱な中学生を狙うだなんて!……いやふざけてる場合じゃねぇなこれ。

 

「三雲!」

 

振り返り三雲を見ると、三雲はワープ女が開いている遠征艇への空間まであと五歩程度の距離まで来ていた。

 

だがワープ女は既に空間を開こうとしている。

 

ここから三雲の場所まで数十メートル。

 

 

間に合わない。

 

 

そう考えた瞬間、ポケットに入っていたボーダーのスマホを手に取り、三雲に向かって投げつけた。

スマホは真っ直ぐ三雲に飛んでいき、左肩あたりに当たった。急な衝撃に身体が一瞬硬直した三雲はそのまま躓いてしまい倒れ込む。その瞬間、ワープ女の釘っぽいなにかが三雲の左足に突き刺さった。

 

「がっ!」

 

左足に突き刺さった釘っぽいなにかの他にも釘っぽいなにかは展開されており、三雲があのまま走っていたら三雲は致命傷を負っていただろう。だが倒れた衝撃で三雲はレプリカを落としてしまった。これではレプリカの策が遂行できない。

 

それがわかったと同時に俺は走った。ワープ女からの妨害を受けながらもそれを確実に回避し、三雲へと向かっていく。

 

あと数メートル、といったところで後ろから音がする。

 

「ヒキガヤ先輩!」

 

空閑が声を上げる。多分、わくわく動物野郎に突破されたのだろう。だがこの距離ならギリギリ間に合う。振り返らず走った。

後ろから足音が聞こえる。

 

怖い、怖い、怖い。

 

トリオン体の身体能力なら生身の人間を殺すなんて一捻りだ。ちょっと首あたりに強く力を込めるだけで死ぬ。それでも今動けるのは俺だけだ。俺がやらねばならない。

 

『ヒキ、ガヤ』

 

倒れている三雲の少し先にいるレプリカを拾う。空閑に内心で謝りながらも拾ったレプリカを

 

「おらぁ!」

 

敵の遠征艇に向かって投げ飛ばした。

レプリカがコードみたいなのを操作板に突き刺した瞬間、凄まじい衝撃が俺を襲った。

 

 

 

 

 

 

「ごほっ」

 

壁に叩きつけられた衝撃で肺の空気が押し出される。だがその衝撃に呻いている余裕はない。顔面目掛けて飛んできた赫子をしゃがんで回避する。

そのしゃがんだ体勢から膝をバネに旧多に向かっていく。その際に迫る赫子を弧月で切り裂きながら。

全方向から襲い掛かってくる赫子を旋空を交えて行った回転により全て切り裂き、体勢を立て直した瞬間上段斬りを旧多に向けて肉薄する。それを旧多は手にした刀で受けると琲世の弧月を受け流しながら琲世に向けて刀を振り抜く。琲世は斬撃を上体を横に倒すことで回避する。

すぐに体勢を直すことが不可能だと瞬時に悟った琲世は腕から赫子を展開して旧多のトリオン体を抉ろうとするが、予測していた旧多は

 

「ふぅん」

 

その攻撃を致命傷を避けながらも受けた。脇腹あたりが少し抉れ、トリオンが漏れ出すが傷口が蠢きながら塞がっていく。

そしてそのまま琲世を貫こうとするが、それは琲世の赫子によって阻止された。

 

「っぶな」

「こいつぅ、こいつこいつぅ」

 

琲世は突き出された刀を硬質化させた赫子で受け止める。

 

「ほんっとに上達早いなぁ。嫌になる」

「ぐっ……」

「でも、まだしんどいでしょ?トリオン体の操作とはまるでわけが違いますからねぇ」

 

ギリギリと音を立てながら旧多の刀が琲世の赫子と競り合う。

甲高い金属音と共に距離を取り、瓦礫の山の影に転がり込む。

 

『……このままじゃ、トリオンと時間を削られてジリ貧だ。ブースターを使いすぎてるせいでトリオンの回復が追いつかなくなってきた』

『……ユーマの方もどうやら危険のようだ』

『…………』

『ヒキガヤも、そこにいる』

『……向こうの状況は?』

『ヒキガヤのトリオン体が解除されている。ベイルアウトに不具合が生じたのだろう。ユーマがキューブ化能力のネイバーを抑えているが、時間の問題だ』

 

琲世は表情を変えない。ただ淡々と旧多の様子を警戒しながら見ているだけ。

 

『旧多が、僕を殺してから比企谷くんのとこにいく確率は?』

『恐らく時間的な問題からそれはできない。だが、あの赤黒い装甲のラービットに苦戦している状態のカザマ達の所へは間違いなく行くだろう』

『……この状況で旧多を風間さんのとこに行かせるわけには行かないか』

『今ユーマとオサムとヒキガヤの行なっている策がうまく行けば時間切れを狙う手もある』

『……こういう時、うまくいかない前提で動いてしまうんだよね、僕』

『最悪の場合を想定するのは当然の行為だろう』

『レプリカ、一つ聞いていい?』

『構わない』

『遠征艇って、一人乗りのやつもあるよね』

『存在は確認している』

『なら、先行して潜入している旧多は一人乗りの遠征艇を使ってきたってことになるよね』

『……!』

『空閑くん達の策がうまくいっても旧多がそこで撤退するという確証にはならないと思うんだ』

『盲点だった』

 

実際、琲世の予想は当たっていた。

旧多は一人乗りの遠征艇で玄界まで来ており、ハイレイン達が撤退しても旧多は自力で帰れるため空閑達の策がうまくいっても撤退はしない。

 

『……となると、ここで確実に旧多を倒す必要があるね』

『そうなるが、実際どう倒す』

『仕方ないよ。ここまできたらもうなにがなんでもやる。迅くんには、少し悪いけどね。レプリカ、一つ頼みがある』

 

ーーー

 

『できる?』

 

琲世の策を聞き、そう尋ねてくる琲世にレプリカは押し黙った。

実際琲世の頼みは実行できる。だが、その策はあまりにも危険で自らを顧みないものであったためレプリカは答えを躊躇った。

 

『……琲世の頼みを、実行することはできる』

『よかった。じゃあ』

『しかしその策は琲世があまりにも危険だ。承認したくないというのが私の本音である』

『心配してくれてるんだろうけど、僕には他にあいつを確実に殺す方法が思いつかない。正直この策でも五分五分くらいかもしれない。でも僕の策を否定するなら、レプリカが代案を出すしかないよ』

『…………』

『ごめん、嫌な頼み事だとは思ってる。でも他にないんだ。僕の純粋な実力じゃ旧多は倒せない。一対一の状況じゃ、これくらいしか僕には思いつかないんだ』

 

そういって琲世は困ったように笑った。

 

『…………ハイセ』

『ん?』

『君のことを信じる』

『……ありがと、ごめん』

 

その言葉を発すると、レプリカは口からコードを出した。

 

 

ーーー

 

 

「おっ」

 

瓦礫の山の陰から出てきた琲世を見て声を上げる。

 

「まさか待っててくれるとは思いませんでした」

「いやぁ、貴方が今からどんな悪あがきを見せてくれるのか楽しみでしててぇ。それに、僕自身も必要な時間だったので」

「必要?」

「ええ」

 

旧多のトリオン体から軋むような音がする。ばきばきと音を立てながら赫子が旧多のトリオン体を包んでいき、鎧のような形になった。

 

「まだたりない」

 

「こちらに来た隊長達を殺し、アフトクラトルからの干渉を完全に断ち切り、裏をかいて奴ら(・・)を殺す。それが完遂して漸く僕は戻る(・・)ことができるんだ」

「…戻る?」

 

言動の真意がわからない言葉がいくつか存在したため琲世は聞き返すが反応はない。それどころか言動はヒートアップしていく。

 

「こちらの世界の人が思いの外対応力に優れていて感服しましたよ。緊急脱出のトリガーさえ封じれば戦力は半減すると思ったのになぁ!逞しくて嫌になりますよ!」

「……なぜベイルアウトを封じた」

「決まってますよ!こちらの世界はやたらに安全に煩い!特に子供の安全については過剰な程だ!なのに闘っているのは子供やせいぜい成人したての若輩者ばかり!……まぁ僕も若輩者ですが。そんな環境で生きてきた人たちがいきなり死ぬ可能性を提示されたら普通は戦えなくなると思うじゃないですか!」

(……おかしい、いくら旧多が先行してこちらに来たといってもこちらの世界のことについたて知りすぎている(・・・・・・・)。本人は一月って言ってたけど、一月でここまでこちらの世界事情を知ることなんてできるのか?)

「なのになのになのに!一端に抵抗してくれちゃって!死ぬのが怖くないの⁈馬鹿なの⁈死ぬの⁈ああ腹が立つ!大人しく虐殺されてれば無駄に苦しむこともなかったのに!行儀良く死ぬこともできないんですか⁈全く思い通りにいかないことがこんなに腹が立つなんて思いもしませんでしたよ!」

 

琲世の冷静な思考に対して旧多の言動はさらにヒートアップしていく。もしかしたらあの鎧みたいなやつには思考になんらかの影響を与えるのかもしれないと琲世は考えた。

 

「特にあの死んだ目をしたヒキガヤさんと、貴方ですよ佐々木さん!本当に人の邪魔をするのが好きなんですね!人でなしですか⁈」

「それは貴方にだけは言われたくない」

「ご尤もですねぇ!僕ほどの人でなしもそういないでしょうねぇ!人でなしだからこそ、僕と彼は同じもの(・・・・)を持ってたのかもしれませんねぇ!でもまだだ。まだ足りない!」

 

 

「僕にぃ……全部寄越せ!!!」

 

 

そう叫んで旧多は琲世に飛びかかった。鎧の腕の部分を巨大に変形させ琲世に殴りかかる。

凄まじい轟音と共に琲世の弧月と旧多の腕がぶつかる。

 

「がっ」

 

あまりの衝撃に弧月を持つ手が震える。うまくいなしたつもりだったが完全にいなしきれておらず、衝撃が琲世のトリオン体を走った。

 

「ほぅら!」

 

衝撃から立ち直らないうちに次の一撃が繰り出される。かわせないと判断した琲世はシールドを展開しながら防御の姿勢をとった。

 

しかしシールドは一瞬で砕け散り、琲世の弧月は衝撃に耐えきれず折られた。

 

「なっ」

 

弧月は攻撃力と耐久性がバランス良くできているブレード故に折れることはそうない。レイガストのシールドモードと比べたら当然耐久性は落ちるが、それでも琲世のトリオンなら耐久性は相当なものだろう。なのに酷使していたとはいえ、シールドで衝撃を少し殺した状態で弧月を簡単に折るなど並外れた攻撃力だ。

 

『普通折る?攻撃力上がりすぎでしょ』

『全身にあの鎧を纏ったことにより攻撃力が凄まじく上がっているようだ。赫子がメインになっている以上あまり硬度はないようだが、身体能力、攻撃の選択肢の増加と厄介なことこの上ないな。ここでトリオンを使い切ってもいいと思えるほどの使い方だ』

『……でもここで潰しておかないと。奴の行動から考えて次の一手を撃つ可能性は大いにある。引き合いに出して申し訳ないけど、比企谷くんみたいに性格悪い人ってどんな時でも二つ三つは予備の策を立てておくからね』

『……やるのか』

『うん』

 

弧月を再形成させながら琲世は覚悟を固めた。

 

三歩ほど下がると、弧月を納め、姿勢を低くする。

 

「お?」

 

ブースターを起動し、トリオン体の身体能力を高める。特に足と右腕にトリオンを集中させ、深く息を吐く。

 

「なーにしようってんだよ!」

 

巨大な赫子を展開し、琲世を押しつぶそうとしてくる。

それを回避するために下がる。それを追ってさらに赫子は琲世を追う。下がり続けていると背中に衝撃。琲世と風間達を分断した赫子の壁が琲世の背中に当たった衝撃だった。

 

「もう下がれませんよぉ!」

 

好奇とばかりに赫子は琲世に襲いかかる。

 

だが

 

「旋空」

 

琲世の弧月がその赫子を切り上げるようにして切り裂く。

 

「ありがとう生駒くん、君の教えてくれた居合がここで役立ちそうだ」

 

そう言いながら一度抜いた弧月を再び納め、足に込めた力を一気に爆発させるように解放し、凄まじい速度で旧多に距離を詰めていく。

 

「速っ!でも、ちょっと真っ直ぐすぎませんかぁ?」

 

そう言いながら旧多は無数の赫子を多方向から展開し、琲世に攻撃を仕掛ける。

 

「旋空、三連」

 

速度を落とすことなく少し距離のある場所から旋空の伸びたリーチを活かして致命傷となり得る赫子のみを斬り裂く。

それを予想していた旧多はさらに巨大な赫子を琲世にむけて一直線に向ける。先ほど弧月をへし折ったものと同等程度の威力があるのがわかるが、それを最小限の進路変更によって回避し、突き進む。

 

だが回避した赫子から新たに赫子が生えてきて琲世の脇腹を左足をえぐる。

 

それでも琲世は止まらない。

 

迫り来る無数の赫子を連続して旋空を放つことにより全て斬り裂き、旧多との距離を詰めていく。だが詰めれば詰めるほど攻撃は苛烈になり旋空で迎撃しきれなくなってくるのがわかる。琲世のトリオン体も再生できるが、それでも再生速度は旧多と比べるべくもない。徐々に再生が間に合わなくなっていく。

 

「ほらほらどうしたんですかぁ⁈」

「っ」

「シメぇ!」

 

ほぼ全方向から放たれた赫子が琲世を襲い砂塵が舞う。

 

 

だがそれを琲世は障害となり得るもののみを斬り裂いて旧多と約3メートル程度のとこまできた。

 

 

しかしそれをみて旧多は嗤った。

 

「じゃあねぇ」

 

それに気づいたときにはもう遅かった。下から生えてきた巨大な赫子は琲世のトリオン供給器官どころか胴体を貫き、上半身と下半身を完全に泣き別れさせた。トリオン供給器官を完全に破壊されてしまっては琲世のトリオン体であっても再生は不可能。そのまま琲世のトリオン体は爆散した。

 

「いっちょ上がりぃ」 

 

上機嫌にそう呟いた旧多の顔は次の瞬間驚愕に歪むことになる。

 

トリオン体が爆散したことにより立ち込めた煙の中から生身の琲世が旧多に向かって走ってきたからだ。

 

だがトリオンでなければトリオン体は破壊できない。つまり生身の琲世では旧多を倒すことはできない。それを旧多も理解している。だから旧多の表情は驚愕から愉悦へとすぐに切り替わった。

 

「自殺願望ですかぁ?なら遠慮なく殺してあげますよ!」

 

そう言って琲世に向かって巨大な赫子を真っ直ぐ放つ。先ほどと比べたら速度よりも完全に威力重視に切り替わっているため速度は速くない。そのため先程までのトリオン体の琲世ならばギリギリ無傷で回避できただろう。

だが琲世は今は生身。身体能力も低く反応できても回避しきれない。それを琲世も理解している。

 

 

だからこそ左腕を犠牲にしてその一撃をどうにかやり過ごした。

 

犠牲にした左腕が宙を舞う。

 

 

その琲世の行動によって旧多が琲世を間合いから排除する術はなくなった。だが同時に疑問ができる。

トリオン体でなければトリガーの武器は使えない。そしてトリガーでなければトリオン体は破壊できないのにどうやって自分を倒すのだろうか、と。左腕を犠牲にしてまで突貫してきたのだ。なにか必ず策があるはずだが、それがわからない。わからなければ対処できない。

 

スローモーションに見える世界の中で旧多が見たものは残った右腕に収まるスコーピオンだった。

 

なぜ、どうして、という疑問に答えるものはいない。もう防げない。

 

 

 

そう思った瞬間、琲世は居合切りを放つ要領で旧多のトリオン体の右脇腹から左肩にかけてトリオン供給器官と共に斬り裂いた。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

「……今の、どーやったんです?」

 

トリオン体を解除され、生身に戻った旧多は背後に倒れ、肘から先がなくなった左腕から血を流し続ける琲世に問うた。

 

「トリオン体が解除された時点であの軽量ブレードは使えなくなったはずだ。なのになぜあのブレードだけ残っていた」

 

倒れていた琲世は力を振り絞りなんとか起き上がり、旧多を見る。その顔からは血の気が引いており、倒れた拍子にできた擦り傷がいくつもできていて、さらには泥だらけな酷い有様だったが、銀灰色の瞳は死んでいなかった。

 

「…僕のトリガーの、スコーピオンの所有権を……一時的にレプリカに委託した」

「レプリカ……あの豆粒か」

「あの突撃が、始まる前に……レプリカに託しておいて…僕のトリオン体が解除された後にすぐに展開するように頼んだんだ」

 

旧多はそこで合点がいく。

琲世は、スコーピオンをレプリカに臨時接続することによりトリオン体が解除された後でも無理矢理使えるようにしたのだ。本来、持ち主のトリオン体が解除されれば持ち主の武器も消失する。だが臨時接続すれば一時的に所有権が変わっているため臨時接続した方が接続を解除しない限り消えることはない。それを利用してスコーピオンを生身の状態で使えるようにしたのだ。

 

「……なかなかこすいこと考えますねぇ」

「貴方は、強い。僕は正攻法じゃ、勝てない。だから……多少犠牲を払わないと倒せないと思ったんだ……」

「わざわざそこまでする必要ありますか?死ぬ危険性を負ってまで僕を倒したかったんですか?死んだらそれまでなのに」

「…………貴方を野放しにしていたら、きっと、僕の大事な人達が危険な目に遭う。だから、ここで倒したかった」

「その予想は正解ですよ。僕はここで貴方を殺した後、市街地に仕掛けたものを起動する予定でしたからね。それは隊長達の方にも仕掛けていましたが、僕がトリオンを供給して初めて起動できるものでしたから、もう使えない」

「…………」

「まったく……やってくれましたねぇ。あーあ、ここまでか。僕モデルのラービットももうやられそうだし、大人しく撤退しますかぁ」

 

そういうと旧多はポケットから端末のようなものを取り出し、それを操作する。すると旧多の目の前に空間が開いた。

琲世は軋む身体をどうにか引きずって塀にもたれかかると服を破って口を器用に使いなくなった左腕を縛りつけ、止血を施す。縛った布はすぐに赤く染まり止血の意味を成しているのかは些か疑問だった。

 

「やってくれましたねぇ本当」

「………………」

「あ、もしかして死にそうですか?じゃあそんな貴方に一つ質問です」

 

先程までの激昂していたような態度から一転、旧多は鎧を纏う前の飄々とした態度に戻っていた。

 

「ねえ佐々木さん、全部無駄に思ったりしませんか?」

 

「"いつか"全部無駄になる」

 

「僕は小さい頃からこう考えていました」

 

「生きていることも死んでいくこともつくることも消費することも」

 

「価値も意味もない全てくだらないものだと」

 

「どうせいつか全部なくなる」

 

「遊ぶだけ遊んだら時間が来て閉じられる玩具箱のようだ」

 

「……こんなとこで死ぬあなたも不憫ですね。そう思いませんか?」

 

 

そう問うてくる旧多は、どこか悲しそうだった。

薄れゆく意識の中で、琲世はその問いに答えた。

 

 

「……初めてネイバーが侵攻してきた日、たくさんのものを失いました」

 

「守る力を手に入れても、上手く成し遂げられずに失うこともありました」

 

「でも新しい居場所ができた。たくさんの仲間も」

 

「たくさん間違えて、たくさん傷つけた」

 

「そんな日々だった」

 

「でも、僕は無駄だったなんて思えない」

 

「たとえ、"いつか"無駄になるとしても」

 

「僕は、僕のやりたいことを……やり遂げるために、足掻き続けます」

 

「さっきみたいに」

 

 

その答えに、旧多は嗤った。

 

 

「……足掻く前に死にますよそれ」

 

はぁ、とため息をついて目の前に広がる空間に入ろうと旧多は足を進める。そして最後に思い出したように普通の笑顔を向けて琲世に言った。

 

「ねぇ佐々木さん、僕が名乗った『旧多二福』って名前、適当に作った偽名じゃなくて本名なんですよ?」

「……え?」

「意味はわからなくていいです。最後に聞いてもいいですか?」

 

 

「ねぇ佐々木さん」

 

 

 

「普通に生きたかった、なんて言ったら、嗤いますよねぇ」

 

 

 

「………………」

「……もう聴こえてないか」

 

そう呟いて旧多は目の前に開く空間に入った。旧多が入った瞬間、その空間は閉じて何事もなかったかのようにあたりは静かになった。聞こえるのは浅い自分の呼吸の音だけ。止血を施したお陰で左腕から出る血の量は減ったが、出血は止まらず小さな血溜まりができていた。

 

遠くからわずかに声が聞こえるが、それが誰の声かは琲世には分からなかった。

 

 

 

所々抉れたコンクリートの塀に背中を預けた状態で琲世は動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

火花が散る。

 

対峙する白髪の男の身体には無数の傷がついており、トリオンが漏れ出している。いくら凄まじい使い手であろうと、トリガーの性能が違いすぎる故に差が徐々に出てきた。このまま戦い続ければ確実に倒すことはできるだろうが、時間がそれを許さないだろう。

 

間も無くこの戦争は終わる。

 

長年培った直感がそう告げている。通信から向こうも大詰めであることがわかる。そう残された時間はないだろう。

 

「いやはや、できることなら貴方とは最後まで戦い、剣のみで決着をつけたかった」

 

それはヴィザにとって心の底から言える言葉だった。

 

ヴィザはアフトクラトルにおいて国宝を扱えるほどの実力を持った剣士だ。故に、アフトクラトルにはヴィザと同等に剣を競える人間は、いない。

普段の生活に不満があるわけではない。だが若き日に感じていた切磋琢磨し、日に日に成長していくような感覚はもうない。年齢を考えれば当たり前ではあるが、ヴィザとしては実力の拮抗した相手と純粋に剣のみで競い合うあの独特なヒリヒリした時間をもう一度味わいたいと心のどこかで思っていた。

 

剣を極めることを目標とし、そしてそれを達成することはできた。

だがかわりに剣の道はそこで終わってしまった。その事実に寂しさを感じずにはいられなかった。

 

アフトクラトルは近隣のネイバーフッドの中でも最大の国である。故にアフトクラトル以外の近隣国でヴィザを超えるほどの剣士がいるはずもなかった。

トリガーでの戦いならばヴィザと戦える人間は多くはないにしても存在はする。だが剣のみとなると、ヴィザと戦える人間はほぼいないに等しかった。

 

今回の遠征でも剣のみで戦える人間はいない。そう期待しないで遠征に赴いた。

 

しかしいざ来てみるとどうだろう。トリガーでの戦いで性能が大きく劣るノーマルトリガーでありながら身こなしと剣技でヴィザに拮抗するだけでなくすんでのところでやられかけるほどヴィザを追い詰めた。

 

 

ああ、私が求めていたものはこれだ。

 

 

そう思えるほどヴィザにとって男……有馬貴将との戦いは充実したものだった。ヴィザ本人にとって剣は極地に至ったとおごる気はない。しかしかなり極めたものであると考えていたが、ヴィザとは別の形で極めたものと平和な玄界で出会うことは予想外であり、そして内心で歓喜した。

 

「素晴らしい剣技です。これほどの剣士はネイバーフッド全体を探してもそういないでしょう」

「…………」

「……ふむ、最後まで喋ってはもらえませんでしたな。しかし私としては若い身でありながらここまで剣技を極めた貴方に尊敬と称賛を送りたい」

「……恐縮だ」

「!…………ふふ、私の名はヴィザと申します。できることなら、貴方のお名前をお伺いしたい」

「……有馬だ。有馬貴将」

「アリマさん、ですね。その名、しかと記憶致しました」

「…………」

「このまま戦っていたら、残念ながら決着は付きそうにありません。しかし向こうの戦いが終われば我々の戦いも自動的に終結してしまう。これほどの戦いが決着をつけないで終わらせるのは、私としては不本意だ」

「……同感だ」

「そこで私からの提案なのですが、次の一合、それで決着をつけるのはどうでしょう。散々撃ち合ったためお互いある程度手の内は割れています。次の一合で我々の持ち得る全てを出し切るというのはどうでしょう」

「…………」

「……貴方からしたら略奪者である私の提案を受けるのは、癪ですかな?」

「……戦場に事の善悪などない。ただ、目の前の敵を屠る。それだけだ」

「……愚問でしたかな。私もまだ未熟なようだ。では……」

 

そういうとヴィザは仕込み杖を構える。それだけで周囲の空気が何倍にも重くなったかのような錯覚を与えた。

対して貴将はまるで凪のように静かなる闘志を宿らせ、敵であるヴィザを見据える。

 

「参る」

 

ヴィザの言葉と共に二人の姿が消える。

 

レイガストと星の杖がぶつかり火花が散る。そして常人では視認できないほどの速度で剣劇が繰り広げられる。

 

あまりの速さに周囲の瓦礫がまるで風化していくかのように砂塵と化していく。

一呼吸の間に五回撃ち合い、その撃ち合いの合間にも無数のフェイント。

 

見るではなく、もはや感じるレベルでの撃ち合いだった。

 

その剣劇は、撃ち合いをしているヴィザや貴将には無限に続くと思えるほど凝縮された時間に感じられた。

 

全てのものがスローモーションに見え、自らの動きも遅く見えるほど時間が凝縮されている。

 

(これほど、とは)

 

なにもかもが遅い。だがそれは本人が見えているだけであり、実際の時間はほんの数秒である。

 

だがこれほど濃密な時間は、長くは続かない。トリオン体といえど、限界は来る。

 

互いに徐々にその時間が元に戻ってきて、互いの刃が互いを斬り裂く。

 

 

限界

 

 

それを感じた瞬間、次の一撃に全てを込めることを互いに決意した。

 

「おおお!」

 

年甲斐にもなく雄叫びをあげながらヴィザの全力の一閃が貴将のトリオン体に迫る。

 

「っ!」

 

貴将も重いレイガストを捨て、スコーピオンにより最速の一撃を放つ。

 

 

 

そしてヴィザのブレードが貴将のトリオン体の胴体を完全に斬り裂き、貴将の一撃はヴィザに最速の袈裟斬りを喰らわせた。

 

 

ーーー

 

 

「……引き分け、といったところでしょうか」

 

貴将はベイルアウトし、残されたヴィザは一人呟いた。

結果として、貴将の一撃はヴィザのトリオン体を破壊するには至らなかった。袈裟斬りは確かに当たったが、ヴィザのトリオン体の硬いマントがヴィザに致命傷を与えることを防いだ。

だがヴィザは貴将の一撃によってトリオン体から多量のトリオンを漏出しており、これまでの長時間に及ぶ戦闘でかなりトリオンを消費していたため間も無くトリオン体も破壊されるだろう。既に傷口からひび割れができている。

 

貴将とヴィザの勝敗を分けたのは、やはり経験だろう。貴将はヴィザにも匹敵し得るほどの実力と才能を持っているが、ヴィザほどの経験は積んでいない。加えて貴将は普段は事務仕事が本職であるためヴィザのように日頃から鍛錬しているわけではない(なのにまともに張り合える時点でおかしいのだが)。故に、極限集中状態の持続時間がヴィザの方がわずかに貴将を上回った。その差が勝敗を分けた。

 

「……まったく、これだから戦いはやめられない」

 

そんなことはヴィザは知るよしもないが、それでもヴィザの心は晴れやかだった。

そしてそう言いながらヴィザのトリオン体は破壊された。

 

 

 

 

「がっ、は……」

 

衝撃により吹き飛んで壁に叩きつけられ、肺の空気が押し出される。わくわく動物野郎に蹴られて吹っ飛んだのだろう。めっちゃ痛いが、あいつが武術系のトリガー使いでなくてよかった。多分武術系なら俺は致命傷だった。

 

そしてレプリカの策はうまくいったようで、敵の遠征艇を強制発進させるコマンドを実行できたようだ。

 

「ミラ」

「……帰還の命令が実行されています。発信まで、あと30」

「……30か。時間が足りないな」

「なにを?金の雛鳥なら……」

「そいつが抱えているのはただのトリオンキューブ、つまりは替え玉だ。でなければあの男が運び手から真っ先に回収して保護しようとしていただろう」

 

そう言って俺の方を見る。いやこっちみんな。お前のせいで今アバラが痛いんだから。これ折れたか?息吸うのいてぇんだが。

 

「……確かに」

「帰還の命令が実行されている以上、帰還せざるを得ないな。キャンセルもできんだろう」

「……はい」

「だろうな。仕方ない、撤退だ」

「はっ。ヴィザ翁とニムラを回収します。……ヒュースは、いかがなさいますか」

「金の雛鳥が回収できなかった以上仕方ない。ヒュースは置いていく。だが」

 

そう言ってわくわく動物野郎は俺を見た。え?なに?帰る前に俺のこと殺しとこうってことですかヤダー。

フォローできそうな位置にいるのは空閑だけだが、空閑は左足が完全にゲル化しており動けそうにない。

 

「こいつは使える」

 

……ああ、こいつは俺を拉致する気なんだ。俺のトリオンは自分でいうのはあれだが、こちらの世界ではかなりでかい。向こうではどうかは知らんが少なくとも利用価値くらいはあるのだろう。雨取と比べたらゴミカスだろうが、C級捕まえていような連中だ。俺は拉致する価値があるのだろう。

 

「……しかし、この男の反骨精神はかなりのものです」

「屈服させればいい。本国に帰ればそれくらい造作もない」

 

やだ、完全に俺拉致監禁コースだわ。俺はどこぞの暗殺一家と違って拷問の訓練なんか受けてねーぞ。正直心が折れない自信はない。今までは大切な人が近くにいたからやってこれたんだ。そうでなきゃ既に心なんて折れてる。

 

なんとかして逃げたいが、全身が軋んでまともに動けない。呼吸するたびに胸が痛む。

 

「……やっべ」

「一緒に来てもらおうか」

「やめとけやめとけ。下手に連れていったら自爆してでもお前らの遠征艇ぶっ潰すから。なんなら皮肉のおまけ付きだぞ」

 

自分で言っててなに言ってるのかわかんなくなってきた。

 

「安心しろ。お前程度抑えるのに手間など必要ない」

「…………だよなぁ」

 

これは本格的に詰んだか。

 

迫る手に諦めて目を閉じると、気配を感じる。

気配がする方を見ると、左足が完全にゲル化している空閑が無理矢理立ち上がった。

 

「『弾』印、二重!」

 

強化版グラスホッパーみたいなやつで無理矢理動かないトリオン体を動かして俺に向かって飛んでくる。

 

「そんな身体の一撃を受けるとでも思っているのか?」

 

わくわく動物野郎は空閑に鋭い視線を向けながらそう言う。

実際そうなのだろう。空閑のトリオン体はもう満身創痍でトリオンもほぼ残っていないだろう。そんな状態で突貫したところでどうなるかは空閑じゃなくてもわかる。不意打ちならワンチャンあったかもしれんが、残念ながらこいつはばっちり気付いている。空閑を対処するなんて造作もないだろう。

 

だが俺には予感があった。俺にしては珍しく、嫌な予感ではない予感。

 

空閑があと数メートルというところでわくわく動物野郎は大型のサカナを展開。恐らく今の空閑では一発あのサカナを食らえばキューブになるだろう。それがわかってこいつはサカナを大型にしたのだ。

サカナが空閑に向かって放たれる。

 

だがそのサカナは空閑に当たる直前に別方向から放たれた弾丸によって消える。

 

「なに⁈」

 

上からの射撃……つまり上にいた狙撃手組が新型を片付けて援護射撃をしてくれたということだろう。

だがサカナはまだ多量にいる。もうトリオンがないのか、展開されている数は先程までと比べたらかなり少ないがそれでも空閑をどうこうするには十分な量だろう。

 

あと、3メートル程のところまで空閑は来た。今の空閑のトリガーの処理能力だともう鎖などで進路の変更などはできない。援護射撃ではサカナを除去しきれない。

 

万策尽きたか。

 

わくわく動物野郎はそう思ったのだろう。少しだけほくそ笑んだ。

 

 

 

だがその表情は地面を伝ってきた高速の斬撃によって崩された。

 

 

 

「なっ!」

 

地面から生えてきた高速の斬撃はわくわく動物野郎の腕、足、胴体を斬り裂いた。

 

「斬撃⁈どこから…」

 

驚愕の声をあげるが、その先の言葉が続くことはなかった。

斬撃を受けたことにより元々残り少なかったトリオンがさらに消費され、サカナを維持することすらできなくなったのだろう。サカナは消えていき、かわりに目の前まで空閑が迫ってきていた。

 

「『強』印」

 

その言葉と共に放たれた一撃はわくわく動物野郎の頭を確実に消しとばし、トリオン体を破壊した。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「くっ……」

 

トリオン体が破壊され、本体がその場に残されているわくわく動物野郎……いやもう動物出さないか。

瓦礫に背中を預けたままの俺を守るようにして空閑は着地する。いや、着地というか半分転がってきたような感じだけど。

残った本体の側にワープ女が来たのが見える。痛みで視界がぼやけてきやがった。くそ、絶対骨折してんなこれ。

 

「隊長!」

「…やられたな」

「……時間がありません。ヴィザ翁とニムラの回収は済みました。撤退しましょう」

「…ああ」

 

そういうと奴は開かれた空間に足を踏み入れた。

 

最後に転がっている半分になったレプリカが弱々しいが、たしかにこう言っているのが聞こえた。

 

『お別れだ。ユーマ、ヒキガヤ、さらばだ』

 

それだけ言って空間は閉じた。そしてその空間は上空に雷のような姿で登っていった。

 

 

そして周囲は先程とは打って変わり静かになった。

 

 

空閑の側に浮いていた豆粒レプリカは浮力を失い、地面に落ちていく。それを空閑はなんとか手で受け止めた。

 

終わった。

 

そう思った途端、肋骨が激痛を訴え始めた。気が抜けて痛みを和らげていたアドレナリンの分泌が止まったのだろう。

 

それと同時に水滴が顔に落ちてきた。痛みを堪え、換装を解いた空閑の肩を借りながら立ち上がると雨が降り始めた。その雨は激しさを増し、すぐに周囲に水溜りをつくりはじめた。

顔に伝う雨の感触が生きていることを実感させ、酷く安堵した。

 

空閑が倒れている三雲に肩を貸している。三雲は足をやられているが、命に別状はなさそうだ。

さらに雨取の友人と思われる訓練生と近くにいたであろう出水が向こうから走ってくるのが見える。訓練生が抱えているキューブは恐らく雨取だろう。

 

「…………」

 

これで終わった。終わったのに、気分は晴れない。俺は生きている。

 

なのに。なのに……。

 

 

 

「佐々木さん、横山……」

 

 

 

ああ、やっとわかった。あの時感じた懐かしい感じのする恐怖。

 

俺は、また独りになるのが怖かったんだ。

 

 

 

 

 

 

雨は降り続ける。

 

少年は空を見上げ、青年は雨に打たれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

比企谷八幡

肋骨:骨折

全身に軽度の打撲多数

 

死の未来:完全消滅

 

 

佐々木琲世

左腕:損失

左足:裂傷多数

出血多量

重体

 

死の未来:継続

 

 




今回一万七千文字近いです。長くて申し訳ありません。

あと二話ほどで大規模侵攻編も終了。次回から大規模侵攻編エピローグです。

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