……言い訳ですね!
感想の返信ができておりませんが、きちんと全てよんでおります。とても励みになります。感想を書いてくださる方々、本当にありがとうございます。
今回、トリオン兵に関する自己解釈があります。ご注意ください。
71話です。
「お前は使えるな」
意識が戻って最初に言われた言葉はそんな言葉だった。
周囲には見覚えのない機械や知らない人間が無数に存在した。そのうちのほとんどの人間が頭に角をつけていた。
少なくとも自分の知る人種に角を生やしている人種はいない。
つまり彼等は完全に自分の知らない人種だということだ。
「…………」
身体は拘束されているから動かせない。外傷らしい外傷も多分ないだろう。
「本気ですか?確かにトリオン能力は高いようですが、それだけです。トリガーホーンを装備した兵士と比べたらトリオンは劣ります」
黒い角を持つ女性がそう声を上げる。
「確かにトリオン能力だけ見ればな。だが最近開発されたテクノロジーを利用すればそれは底上げできるだろう」
「それは……そうですが……」
「それに恐らくこいつはサイドエフェクトを持っている。それもとびきり貴重なタイプのな」
「そうなのですか?」
「ああ。先ほど技術班の解析によってそれがわかった。少なくとも俺はこいつの持つサイドエフェクトは見たことがない。使い方次第では恐ろしい程の効果を発揮するだろう」
そう言ってその男はこちらに近づいてきた。
「少年、君は極めて希少な能力を持っている。これを腐らせたり他に渡すのは惜しい。だから選べ」
「…………」
「我々の仲間となるか、ここで死ぬか」
「……」
「ほう、動じないか」
「ええ。捕まった時点で死を覚悟してましたから」
「そうか。ならばどうする?ここで死ぬか?」
「いやぁ、ここで死ぬのはちょっと嫌ですね」
「ならば我々に忠誠を誓うのだな」
「ええ。生きれるのならば喜んで誓いますよ。死ね以外ならばなんでもしましょう」
そう答えると男は満足そうに顔を歪めた。そして近くにいた部下になにか言うと、拘束が解けた。
「少年、名前は?」
「……◼︎◼︎◼︎◼︎」
「そうか、◼︎◼︎◼︎か。これからよろしくな」
そういうと男は少年に背を向けた。
近くの部下らしき男になにか耳打ちすると部下らしき男は頷いて画面の操作に移った。
そしてそのまま部屋を出て行く男の背中を少年は感情の籠らない目で見ていた。
そして誰にも気づかれないように口元を歪めた。
「……なにもかも、
その言葉に気づく者はいない。
***
腰から短剣を引き抜き近くの家の屋根の上に投げつける。そこへ瞬間移動するとすかさずメテオラをばらまく。爆煙によって視界が塞がれ瓦礫が敵を襲う。
(また離脱か?いや、来る!)
三輪の放った黒い弾丸がサメを透過し敵のマントに突き刺さる。
「くっ」
動きは止まらないまでも遅くはなる。その隙に一気に近づいて懐に入り込み三輪と同時に敵に斬り込む。
俺は胴体に、三輪は肩あたりに斬撃を当てた。
『回復させる隙を与えるな。やつは回復しながらでもこちらに攻撃できるが、それでも回復している間は攻撃が甘くなる。その余裕を与えなければ……』
『回復はできないな』
『……お前には言うまでもないか』
『随分信頼されたものだ』
『お前にチームランク戦で負けないようにお前らのことは調べ上げたからな』
『光栄だな』
そう内部通信でやりとりしながらもバイパーでできるだけサメを避けながら攻撃する。だがやはり全てを当てることは出来ずサメに吸収されるのもそこそこある。
『俺は下手に弾撃たねー方がいいか』
『そうだな、お前のバイパーがそのままやつの回復に使われている可能性は大いにある』
『だな。vigilとテレポート、斬撃にトリオン回す方が良さそうだ。場合によっては撃つけど』
『……見せてもらうぞ、お前のやり方を』
『嫌がらせとサポートはそこそこ自信ある。好きに動け。要望があれば言ってくれ』
『ならば俺の視界に極力入るな』
『おい』
『俺はお前のやり方は知らん。戦い方は知っててもサポートの方は知らん。だからお前はお前で好きにやれ。どうせうまいことどうにかするのだろう?』
……なんだよ、思った以上に信頼されてんな。
『……そうかい。ならそうさせてもらうよ』
そう言ってvigilを使って姿を消すとたまたま見つけたあるものを回収、そして腕と足にぐるぐる巻きつける。
vigilを解除すると敵の前に飛び出して、突っ込む。サメの方は三輪にヘイトが向いていたから俺の邪魔をすることはなかった。
「ふん!」
敵が大量の魚を差し向けてくる。普通なら分割シールドとかで防ぐのが定石だが、俺はそれを手で打ち払った。
「なに⁈」
普通なら打ち払った手はゲルみたいになって使用できなくなるが、俺の手はなにもなかったように普通に動かせる。動揺したところで短剣を引き抜き左腕に深い傷をつけ、さらに顔面を蹴り飛ばす。
(……そうか、あの巻きつけた布か)
俺はたまたま見つけたボロ切れを腕と足に巻きつけていた。巻きつけたこのボロ切れはトリオンではない。だから奴のトリガーの効果は受け付けない。それを巻きつけておけば、奴のトリガーによって直接触れても効果がないのだ。
正直布程度なら貫通してくる可能性も考えたが、俺のサイドエフェクトは反応しなかった。だから多分大丈夫だろうと考えて攻撃に移した。半分賭けだったが、どうやら賭けに勝ったらしい。
だがこれのせいでvigilが使えなくなるのは少し痛い。それにこれはいわゆる初見殺しだ。布を巻きつけたとこ以外なら普通に攻撃は通る。次からはある程度対策してくるだろう。まぁ思いつき程度の策で左腕一本使えなくしたのなら充分だろう。
『…………』
『え?なに?』
『……いや、なんでもない』
なんか三輪がじっとこっち見てたから反応したら、なんとも素っ気ない返事が返ってきた。なんなの?
(……やはり、末恐ろしいな。俺ならば布を巻きつけてアレを防ぐ術など思いつかない)
そんな密かな三輪の関心なんぞ露知らず、俺は走り回りながら石つぶてをぶつけていく。倒せはしないが、十分嫌な攻撃だろう。
「くっ」
そんな俺を捉えるために魚を放ってくるが、ボーダー1走れる部隊であるうちの機動力を舐めてもらっては困る。グラスホッパーがあればもっと翻弄できただろうが、捉えられることはないだけ良いだろう。
そしてその隙に三輪が弧月で敵の肩を貫く。その瞬間に速度重視の嫌がらせバイパーを放ち敵のトリオン体をさらに削る。
「ちっ」
サメが三輪に襲いかかるが、短剣を投げつけ三輪の目の前に瞬間移動してその勢いのまま三輪にぶつかる。三輪と俺は揉みくちゃになりながら転がっていったが、サメの攻撃は空を切るだけで終わった。
「もう少しマシなやり方はなかったのか!」
「思いついたらやってるわ!」
軽い口喧嘩になりながらも敵から視線は切らない。いつどんな攻撃が飛んでくるかわかったものではないからだ。
『……ミラ』
『はい』
『こちらに加勢に来れるか?こいつらの相手は正直無駄に時間とトリオンを削るだけで倒すに至れない』
『了解しました。こちらはニムラベースのラービットに任せます』
『頼む。そちらはどうだ?』
『こちらは最も厄介だったトロポイのトリオン兵を処理しました』
***
「レプリカ!」
修と遊真の間に浮かんでいたレプリカが空間から現れた斬撃によって真っ二つにされた。
その斬られた片方を修は抱える。その瞬間黒い鞭のようなものが修に迫る。
「『盾』印」
その鞭は修の前に立ち塞がった遊真のシールドによって防がれた。赤黒い装甲を持つラービットの攻撃だった。
(まずい……空閑だけじゃ人型と新型二体の相手は仕切れない。あの戦闘力相手じゃ……ぼくは、足手まといになるだけだ。どうすれば……どうすれば……)
レプリカをやられたことによる動揺が修の思考能力を奪っていく。空閑の黒トリガーは汎用性が非常に高く、あらゆる場面で強みを発揮できるが、その反面印を使うのに手間と処理の時間がかかる。普段はそれをレプリカが大幅に短縮させていたが、レプリカがやられた以上、自分で処理をする必要がでてくる。印単体ならともかく複合印や多重印は今までのようには使えなくなる。文字通り戦力は半減したに等しい。
「オサム」
「っ……空閑……」
「レプリカを連れて本部に走れ」
「でも!それじゃあ空閑が!」
「正直レプリカがやられた以上、オサムを守りながらおれと一緒に本部に向かうのはちょっと無理だ。でも足止め程度ならどうにかなる。だから走れ」
「っ……」
わかっている。自分がここで留まっていてもなにもできないことを。でも左腕を失いなおかつレプリカも失った空閑がここに留まったらどうなるかも、修は理解している。いくら空閑が黒トリガー使いで手練れであったとしても、この二体のラービットは今までのラービットと比べてどこか
そんなこと全部わかっているが、それでも修は友人を殿にする覚悟ができなかった。
「ぼくは……」
雨取を救うには、空閑を見捨てなければならない。空閑を見捨てなければ、雨取も、それこそ修本人もやられかねない。
わかっていても、その選択をできるような人間はそういない。ましてや修のように成人すらしていないような少年にはまだ酷な判断だった。
「オサム!」
ラービットが動き出し、空閑の焦るような声を聞いても、まだ踏ん切りがつかない自らの意思を修は呪った。
だが
「アステロイド」
「アステロイド!」
それを遮るように高火力の弾丸が雨のように降り注いだ。
「なっ!」
修はその勢いに踏ん張れず尻餅をつく。
そして何事かと目を凝らすとそこには二人の黒い服装に身を包んだ男性がいた。
「いやーなんとか間に合いましたね」
「ああ」
「あいつらうまくやってくれるといいんですけどねぇ」
「なんだかんだ言いながら仕事はするだろう」
「そっすね。よぉメガネ、無事か?」
そう言って振り返るのは先ほど助けられたA級一位部隊の出水だった。そしてその傍らに立つスーツの男は見覚えがない。だが、見た目と雰囲気から出水と同等かそれ以上の実力があることがわかる。
「あんた達は……」
「よぉ白チビ。ここはオレらに任せな。お前はメガネについててやれ」
「え、あ……」
「……ありがと、イズミ先輩。あと、そっちのスーツの人も」
「……二宮だ。こうする方が奴らの好きにさせないことができると考えただけだ。早くいけ」
「あ、ありがとうございます!」
「ありがとう、ニノミヤさん」
そういうと二人は本部に向かって走っていった。
「さて、二宮さん。こいつどう考えても今までの新型と違いますよね」
「そうだろうな。まぁ、なににしても殺せば同じだ」
「……二宮さんって、割と脳筋なとこありますよね」
「何か言ったか?」
「いーえなにも」
ヘラヘラと笑うと出水はキューブを出現させた。
「殺せなくとも足止めくらいはさせるぞ」
「はい!」
その言葉と同時に二人のアステロイドが赤黒い装甲のラービットへと向かっていった。
*
「おっと」
迫る赫子をグラスホッパーで回避しながら旋空で攻撃する。その斬撃は硬質化させた赫子によって防がれる。しかしその隙に両サイドから現れた風間と歌川の斬撃がニムラのトリオン体を切り裂く。それによってできた傷は赫子によってすぐに修復される。
「ちゃんと当てれば傷はつくな。当たり前といえば当たり前だが」
「さっき液体のやつがいましたからね。こいつのトリオン体が通常のものでないと考えるのは自然じゃないですか」
「でもすぐに治っちまうな。佐々木の再生よりも早いじゃねぇか」
「さすがに頭か心臓潰せば倒せるでしょ」
「その原則潰せるほどチートな黒トリガーはねぇよな」
「頭が無難ですかね」
「そうだな、心臓なら完全に潰さないと再生される危険性もあるからな」
そう話し合う風間達を見向きもせずニムラは先ほどつけられた傷の場所を眺める。
そして歪んだ笑みを琲世達に向けた。
「……まさかもうここまで慣れるとはねぇ。本当にすごいですね、貴方達は」
「…………」
「あーあ、できれば使いたくはなかったなぁ。
「なに?」
するとニムラの足元から黒い沼のようなものが溢れ出てきた。そしてその中から赤黒い装甲を持つラービットが現れた。
「キューブ化の能力無くしてその分高性能のAI積みましたんで、今までのラービットと同じと思わない方がいいですよ」
その言葉と同時にラービットのうち一体は背中から突起を突き出してそこから電撃を放ってきた。
「マジかよ⁈」
「さがって!」
琲世は全員の前に出ると腰あたりから赫子を展開して盾のように広げて電撃を防いだ。
だがその直後背後から轟音が響き、琲世が振り返るとそこには赤黒い壁があった。
「なっ……」
「分断成功ですねぇ。さぁ佐々木さん、遊びましょう」
ニムラのその言葉と同時にラービット二体は壁を飛び越していった。
「貴方を確実に殺すためにもこの状況をつくりました。感謝してくださいねぇ」
「……やられたね」
ニムラは『確実に琲世だけは殺す』と宣言していた。そしてニムラなりに考えた結果、琲世を殺すのに一番いいのは自分との一対一だったのだろう。だからこそこの状況を作り出したのだ。
「…………」
弧月を持つ手がわずかに震えているのがわかる。足にも力が入りづらい。呼吸が浅くなっていく。
(……武者震い……じゃあないな、これは)
それは、恐怖。久しく感じていなかった大きく、強い感情が自らの内側で膨れ上がっていくのがわかる。
「さぁ、佐々木さん」
もっと
黒い凶刃が琲世に迫った。
***
「…………」
……嫌な感じだ。なにが、かはわからんが、どーも嫌な感じが取れない。戦況は悪くない。俺と三輪……いや三輪か。三輪の戦い方がこの敵にはよく刺さる。だから二人でもうまく戦えてる。
だが……なんだこの感じ。
うまく立ち回れているというのに、『時間とトリオンを無駄に使わされている』感覚がある。
敵のトリオンと時間を削っているのはこちらだ。そのはず……なのだが。
『三輪』
『なんだ』
『すぐにでもこいつを殺すぞ』
『……理由は』
『……その、直感だ』
『…………なるほど、これはイラッとくるな』
『なんでだ』
『理由もわからずやれと言われてお前はなにも思わないのか』
『…………』
……言いたいことはわかるが、他に言いようがない。どういうことが正解なのだろうか。
『だが、ネイバーなら殺すことに理由はいらない。時間稼ぎではなく全力で殺しに行けばいいんだな』
『まぁ、そうなる』
『……比企谷、お前残りのトリオンはどれくらいだ』
『……四割弱だな』
『俺は五割強だ。敵のサメの対処法は掴んだ。あとは……』
『ワープ、だな』
『ああ。烏丸のおかげでやり口はわかった。それにおける対処法もな。だが……』
『ワープの奴そのものの攻撃がどれほどの速さなのかが未知数だな』
『未知数のものを無駄に気にしても意味がない。さっさとやるぞ』
『はいよ』
そういうと三輪は走り出した。三輪に向かってサメが襲いかかってくるが、布を巻きつけた左腕の裏拳でサメを殴りつけて進路を逸らす。あのサメは一見破壊力もあるように見えるが、同じトリガーである以上、ほかの魚同様直接的な破壊力はない。故に僅かな力でも影響を与えることができるのだ。
(これは使えるな。比企谷の策だというのが気にくわないが)
敵に三輪が近づいていくと魚が展開される。三輪の身ごなしならそれらは全部回避できるだろうが……
「少しでもやりやすく、な」
バイパーのフルアタックで魚を潰す。あの魚は全て複雑な動きができる。恐らくだが、あれはリモートだ。だから複雑な動きができるが複雑すぎる動きはできない。できない、というよりやれないだろう。一つ一つの魚の動きに気を配るなんて面倒なことを戦闘中にしてる余裕は普通はないのだから。それは俺のバイパーにも当てはまることだが、俺はサイドエフェクトの恩恵でそこまで意識していない。
「面倒な……!」
「逃すか」
三輪の今の顔見たらどっち悪者なのかわからんな。
『……ミラ、まだか』
『たった今、目標が到達しました』
『よし。すぐにそちらへ向かうぞ』
『はい』
「考え事してる場合か?」
意識が少し逸れたのを感じ取った俺はテレポーターで近づき脇腹に斬撃を加える。
「……お前は、本当に面倒だな」
「お褒めにあずかり光栄だね」
イラつく敵を煽りながら三輪と共に敵に向かっていくと、視界の隅に三雲と空閑が見えた。見たところ、ワープ女と戦っているようだ。
……こいつら、まさか。
『ミラ、どうだ』
『マーカーは外されましたが、動きは捕捉しています。始末したトロポイの自律トリオン兵はほぼ戦力にならないでしょう。黒トリガー使いの動きは私が止めます』
『わかった。敵のラービットはこちらで始末する。敵が動いたら捉えろ。そろそろ上のラービットもやられる頃だ。時間はかけられん』
『了解しました』
「暇そうだな」
その言葉と同時に魚使いの敵に思いっきり蹴りを食らわせる。肉弾戦はそこまで有効ではないが、それでも下手にトリオンを使うよりもいいだろう。最終手段のためにもトリオンはできるだけ残しておきたい。ここで煽るような言葉を言ったが、確実に余裕がないのはこちらだ。
こいつらは、三雲……というか三雲が抱える雨取を狙うためにわざわざワープ女とこいつが挟み込めるような位置に誘導していたのだ。
「今だ、オサム!」
「っ!」
空閑はそのことに気づいたのか、三雲に行くように促し、その言葉と同時に三雲は本部に向かって走り出した。
その三雲に向かって鳥が放たれるが、それを黒い新型が庇う。普通にスルーしてたけど、あれ味方なの?あ、でも肩に玉狛マークついてるからあの炊飯器の能力かなんかだろうな。黒い新型は三雲を庇った際に目をやられて完全に沈黙した。
「捕まえろ」
「はい」
ワープ女が釘っぽいなにかを三雲に突き刺し、三雲の動きを封じる。そこに向かって鳥が無慈悲に放たれる。
「……トリガー、解除!」
すると三雲はトリオン体の換装を解除した。
「マジか」
それに俺は少し感心した。あの鳥……というか黒トリガーはトリオンにしか効果がない。あの選択はあの状況では最善と言えるだろう。しかし戦場で生身に戻るのはなかなか勇気が必要だ。よくできたもんだと思う。
「チッ……ミラ、奴を……」
生身の三雲に攻撃を加えようとしてるのだろう。だがそうはさせない。
「余所見してる余裕があんのか?」
「お前らの相手は、俺だ!」
三輪と同時にネイバー二人に迫る。クロスを組めるように90度くらいの角度をつけてアステロイドの発射準備をする。
「煩いぞ!」
その瞬間、三輪の背後に空間が開く。比較的距離が近かった三輪を先に処理しにかかったのだろうが……
「そりゃ悪手だろ、間抜け」
「かかったなバカが!」
その手は俺たち二人共烏丸から聞いている。常に背後にもトリオン感知をさせておいたから、その不意打ちにも対応できる。
俺の方には空間は開いていない。だからそのままアステロイドを放つ。
「アステロイド」
「バイパー」
三輪のバイパーはいくつか魚に吸われたが、それでも空間を通じて確実にネイバーの身体を貫いた。それによって動揺した瞬間、俺のアステロイドの集中砲火が襲いかかる。
「ぐっ!」
「トドメだ」
「隊長!」
三輪がトドメを刺そうとしたところで、三輪の姿が消えた。
「ワープか」
「あとはお前だけだ」
そういってサメを俺に向かって差し向けてくる。
「やっべ!」
今の俺にあのサメをどうにかする手段はない。
咄嗟に短剣を投げて瞬間移動したが、これは悪手だったとすぐに気がついた。
サメが俺を追って三雲と空閑に迫ってきたのだ。敵からしたら狙いがまとまってくれてやりやすくなっただろう。
まずい、これはやっちまった。守らなきゃいけない奴のとこにヘイト向けさせてしまった。こういう時俺のサイドエフェクトは反応してくれない。
「ひ、比企谷先輩⁈」
「わり、咄嗟で方向とか気にしてられんかった」
「あのサメ、こっちに来るな」
「すまん、完全にこっちのミスだわ。だから、俺がどうにかする」
「どうするの?」
「空閑、お前の力を貸してくれ」
***
数日前
ボーダー本部真戸研究室
「これが君の新トリガーだ」
そう言って渡されたトリガーは、普段のトリガーよりも白いトリガーホルダーになっていたが他には特に変わったところはない。
「トリガーセットは君の望みの通りにしておいたぞ」
「ありがとうございます」
「なかなか難しい注文だったが、私としては楽しんで作れたからいい。正規のトリガーではないためランク戦では使えないがな」
「玉狛と似たような感じっすね」
「ハイセはもう新トリガーの試運転を始めている。君も早々に取り掛かるといいだろう」
「うす」
佐々木さんのトリガーはそんな苦労しなかったらしい。そもそも佐々木さんの方が早く新トリガーの注文を出していたから当たり前と言えば当たり前だが。
「じゃあこれで」
「こらこら待ちたまえ」
「え?」
言われた通り試運転をしに行こうと部屋を出ようとしたら止められた。あれ?なんかした?もしかして報酬でも要求されるの?
「そのトリガー、君の希望の通りの新トリガーがセットしてあるし、トリガーの説明も先ほどした通りだ。だが一つ、君の望みとは全く関係ない機能がついている」
「は?」
え?なに?変身機能でもついてるの?
「簡単な話、そのトリガーは自爆攻撃ができる」
「…………ん?自爆?」
「うむ、自爆だ」
なんで、自爆?
「まぁ自爆といっても、本当にトリオン体が爆発するわけではない。そのトリガーは残存するトリオンを全て使った攻撃ができる」
「……?」
「簡単に言うと、『残っているトリオンを全て使って、フルアタックすることができる』ということだ」
「……ああ、なるほど」
確かにそれは自爆だわ。
「だがこれはこれで制約があってな。まず、トリオンの残量が二割以上半分未満であること。そして、これを使用した後、強制的にベイルアウトしてしまうことだ」
「…………ベイルアウトしてしまうんすか」
「ああ。加えて発射まで少し時間がかかる」
「ええ……」
発射にスキが大きいとかそれだけ聞いたらゴミカストリガーじゃねぇか。発射するタメをしている時にやられるビジョンしか見えない。
「言いたいことはわかる。発射にスキがあるのなら、そのスキにやられたら終わりだと。だが、カバーしてくれる仲間が近くにいれば極めて強力な最終手段となる。仲間を活かすのに使える手段、または敵を道連れにする手段が一つ増えたと考えればいい」
「…………」
「どれほどの威力なのかは私もまだ見ていない。だからここで試してみてくれ」
「いいですけど、普通にトリガーの試運転もしたいので相手が欲しいです。真戸さんが相手してくれるんすか?」
「いや、私ではない。それではデータが取れないだろう。だがそういうと思って相手を連れてきたぞ。そろそろ来るだろう」
そう言い終わるとほぼ同時に、研究室の扉が開いた。振り返ると、そこには白髪のチビが立っていた。
「…………お前は」
「どうもヒキガヤ先輩」
「彼に相手をしてもらう。彼自身の修行にもなるしな」
まぁ、確かにこいつはまだボーダーのトリガーに触れて日が浅い。そういう意味でもいい相手になるだろう。
だけど、なんだろう。すごく、すっごく嫌な予感がする。そしてこういう時の直感は大体当たる。
「ただし、彼が使うのは黒トリガーだ」
「は?」
「君は新トリガー、そして彼は黒トリガーを使ってここで戦う。いいだろう?これから来る敵は非常に強大だ。より強い相手と戦った方がいい訓練になる」
理屈はわかるけど、それ俺がボコられるやつなんですけど。さすがに黒トリガー相手に余裕で勝てるとは思わない。ギリギリで勝てるかも怪しいというか普通に負けるビジョンしか見えない。
「よろしく、ヒキガヤ先輩」
「さぁ、存分に戦ってくれ」
俺は頬が引き攣るのを感じた。
***
「……ああ、あれね。でもいいの?あれ、一回きりだし今は印をそんな重ねがけできないよ」
「雨取を渡すわけにはいかねーんだろ?俺は他に思いつかん。それとも他に案があるのか?」
「……わかったよ」
そういうとまだ距離のあるサメに空閑は目を向けた。
「三雲、あのサメは俺らが止めるから全力で本部に走れ」
「チカを頼むぞ、オサム」
「はい!」
そういうと三雲は走り始めた。生身だから大した速度ではないが。
「……使いたくなかったなぁこれ。気分的にしんどいんだよ」
「でもやらなきゃなんでしょ?」
「そーだな。トリオン体なら2分もかからず本部につくけど、今の三雲は生身だし。あのサメがいつまでもストーキングしてきたら、多分逃げきれんし」
「ヒキガヤ先輩って、なんだかんだお人好しだよね」
「…………うるせぇ。奴らの思い通りにしたくねぇだけだ。始めるぞ」
「うん」
「……オーバー・ガイスト、起動」
『オーバー・ガイスト起動。伝達系より残り全トリオンを供給。起動トリガーの選択』
「アステロイド」
『トリガー選択を確認。トリオン供給を開始』
その言葉と同時に俺の右手にキューブが出現する。普段のキューブも十分でかいが、それを遥かに上回るでかさのキューブが出現する。
「空閑」
「うん。強印、三重」
キューブにさらなるトリオンが付加される。空閑と戦いながら休憩中に色々実験をした結果、この自爆にも空閑の強化トリガーを付加されることがわかった。レプリカがいたらもっと重ねがけできたのかもしれんが、仕方ない。
「これであのサメ消せるの?」
「さぁな。でもまぁ、動きを止めるくらいはできんだろ」
「…………」
「なにもしないよりはマシだ」
三輪と共にあのサメを相手にしていてわかったのは、あのサメは与えられたトリオンを使って動いている。いやまぁ当たり前のことなんだけど、あのサメに与えられたトリオンを全て使い切るとあのサメは消える。そしてサメに打った弾丸は全てあいつの燃料として使われているだろう。
だがこう考えた。トリオンを過剰に供給したらどうなるだろう。昔真戸さんの研究室で見たことがあるのだが、トリオン兵にトリオンを過剰に供給すると、トリオン兵は自壊する。
『トリオン兵にとってトリオンは基本燃料だが、何事においても過ぎたるは及ばざるがごとしだ。無さすぎは当然ダメになるが、あり過ぎてもダメになるのだ。これはなににおいても例外はない。人でも栄養過多になると体調を崩すしな』
真戸さんはそう言っていたし、俺もその通りだと思う。だから俺はこの自爆であのサメをトリオン過剰供給で潰してやろうという魂胆だ。
だがこの作戦はかなり賭け要素が強い。まず、俺のトリオンで過剰供給にまで追い込めるかどうかだ。黒トリガーのスペックだからこの程度では追い込めないかもしれない。仮に追い込めたとしてもあのサメが割と連続して出せるものだったらほぼ意味ない。
普段の俺ならこんな賭け要素が強い作戦なんてやらない。でも、そうも言ってられない。
ここでこいつらを見捨てるという手もあった。死の未来が見えている以上誰も俺を責めたりはしないだろう。心のどこかで思うかもしれないが、三雲や空閑はそう思ったりはしないだろうし、思ったとしても口に出したりもしないだろう。直感だが。
それでも、横山がいったようにここで逃げたら多分俺は後悔する。それで三雲が重症を負ったり雨取がさらわれたりしたら尚更だ。自責の念に潰されることもあり得る。だからここで俺は命を張る。
目を前に向けると、もうサメはかなり近くまで迫ってきていた。少し考え過ぎたか。
『供給完了。トリオン体自壊まで、10秒』
「……んじゃ、あと頼むわ。空閑」
「うん」
空閑が三雲の元に向かうのを見届けると、目の前に迫るサメに向かってキューブを分割して放った。
「オーバー・アステロイド」
俺の手から放たれた巨大なキューブの群れが弾丸となってサメに襲いかかり、まばゆい光を放った。
新トリガー
オーバー・ガイスト
簡単な話、一瞬のハイパーガイスト。烏丸の使うガイストよりも強力な攻撃を放てるが、本当に一回しか使えない。ほぼ自爆。残りのトリオンを全て消費して攻撃する。その攻撃が終わり次第トリオン体は自壊してベイルアウトする。その一回きりの攻撃なら多分千佳のアイビスと同等以上の威力が出る。でも使い勝手は最悪。
トリオン過剰供給について
何事においても過剰だとどこかに不具合が生じるため、トリオン兵にトリオンを過剰に供給したら自壊するのではないかと作者が考えたためできた設定。異論は認める。
三輪が風刃ですぐに攻撃してこない理由
月見さんに正確な情報を送ってもらうのに時間がかかっているから。本作では三輪にレプリカはついていない。代わりに琲世についている。
大規模侵攻編はエピローグ含めてあと3、4話で終わります。今年の間に終わらせたい(願望)
気分転換にロード・エルメロイ二世の事件簿の2次創作でも書こうと思っています。