目が腐ったボーダー隊員 ー改稿版ー   作:職業病

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弟が彼女に振られて弟ではなく作者が泣きました。そして弟に引かれました。そんな年末。


63話です。


63話 予感された運命が、『彼女』の前に突き付けられる。

「ケッ、こんなもんかよ」

 

片目を黒く染めたおかっぱの男、エネドラは一人そう呟く。

エネドラの周囲の建物はズタズタに壊されており、その標的となった存在は既にいない。エネドラが瞬殺してしまったからだ。

 

「ここがMUTEの効果範囲内なら残った奴をいたぶって遊べたのによぉ。クソニムラが、先行したんだから仕事しやがれ」

 

そう呟いてから、効果範囲を広げることができなかったのは隊長のハイレインが資材をケチったからだというニムラの言葉を思い出し、改めてハイレインが根暗であることを確認する。

 

「しっかし、さっきの猿共、歯ごたえがないにも程があるぜ。ヴィザは『玄界(ミデン)』の進歩も目覚ましいだのなんだの言ってたが所詮猿は猿だな。変に期待した俺がバカだったぜ」

 

エネドラが出現した位置にいた部隊は間宮隊。B級下位の部隊であり、黒トリガーの相手をできるほどの実力がないのは自明である。

 

「あーあ、つまんねぇな。殺し方もなんかスッキリしねぇし。やっぱあのやり方はまともに戦える奴にだけやった方がいいかもなぁ。あんな猿にはもったいねぇし、なによりオレがつまんねぇ」

 

エネドラは手近にあった瓦礫の山に腰を下ろし、遠方にそびえ立つ巨大な建物に目を向けた。

 

「………巣の中にはもうちょいまともに戦える奴がいるんだろうな」

 

ま、所詮猿は猿だろうがな、と呟くとエネドラはその体を液体にし、どこかに消えていった。

 

 

新型を片付け、琲世は木崎や烏丸の援護に戻った。

ゲートから現れた二人の人型に琲世は目を向ける。

一人は見るからに若く、琲世と同じかそれより下の年齢だろう。

もう一人は初老の男でツノもついていないが、明らかにこの男の方が強いのがわかった。纏っている空気が違うのだ。

 

「敵はどんな感じ?」

「どういう原理で動いているかはわからんが、弾を反射する。見た感じだが撃って壊せる感じじゃない。もう一人のは未知数だ」

「接近戦ならいいの?」

「そう思わせる手かもしれん。いずれにせよC級を逃すまでの時間がいる。修をC級のフォローにいかせているがあいつだけでは心許ない。佐々木、C級と修のフォローを任せるぞ」

「そうですね、桐絵ちゃんの一発に繋げる連携なら即興でできるものじゃないでしょうから。わかりました、ここは任せます」

「頼む」

 

そういうと琲世は警戒を続けながらC級の元へ下がった。

 

「…………」

「うまくやりましたね、レイジさん」

「……だといいがな」

「この場で佐々木さんを退かせる手としては最善だと思いますよ」

「……まだわからん。退かせればいいという問題でもないからな」

「戦闘から遠ざけられればとりあえずいいんじゃないすか?」

「……どうだろうな」

 

そう言いながら木崎は機関銃を構えた。

 

 

「…………」

 

C級のフォローに回った琲世は若干の苛立ちに駆られていた。

その主な理由としてC級の撤退が遅いからだ。狙われているとわかっている状況なのにもかかわらず玉狛の戦いを見ながら撤退しているため足が遅い。正直速度は歩きレベルだ。

敵が背後にいる以上、完全に背を向けて逃げるのは良くないが、だからといって観戦に気をとられるのは如何なものか。フォローする身にもなってほしいという思いにより苛立ちが募っていた。このままいくと闇佐々木が出現しかねない。

 

先ほど、木崎が若いネイバーに一撃を加えた。倒すには至らなかったが、敵のトリガーが磁力を使ったトリガーであることがわかっただけ儲けものだろう。

だが一撃加えたことにより相手の警戒度が上がり、こちらの撤退が厳しくなる可能性もある。というかほぼそうなると見ていい。

だからこそ琲世としては早急に撤退してほしかったのだ。

 

そこで遠目だがネイバーが黒いカケラを組み合わせて銃のようなものを形成しているのが見える。

 

(照準はレイジさん達じゃなくて僕らか……)

 

そう考えた琲世は弧月を抜く。

そして予想通り木崎達の横を抜けて磁力の弾丸は千佳に向けて放たれた。

 

「え?」

 

当然、千佳は避けるなんてことはできない。修も予想していなかったのかほぼ棒立ちだ。

 

だがその磁力をまとった高速の弾丸が千佳に当たることはなかった。千佳に着弾する直前、琲世が弧月で叩き落としたのだ。

 

「チッ……」

「ほう……あれを叩き落とすとはなかなか良い腕ですな」

 

琲世が磁力の弾丸を叩き落としたのを見て若いネイバーは舌打ちをし、初老のネイバーは感嘆の声を上げる。

 

「思ったより速いけど、威力はないな。仕組みはレールガン的な感じかな?」

 

それに対して琲世は冷静に分析を続けていた。このように常に戦場で冷静なのは師匠である風間譲りだろうか。

一方、近くの修は琲世と真逆で動揺していた。口には出さないが、雰囲気から動揺しているのがありありとわかった。

 

「落ち着きなよ」

「さ、佐々木さん……でも、ベイルアウトが封じられたんですよ⁈」

「だから?」

「え?」

「ベイルアウトが封じられたからといって逃げるわけにはいかない。できる選択肢が減ったのは確かだけど、より慎重にいけばいい。それだけだよ」

「……でも」

「気持ちはわかるけどそれ以上気負うだけ無駄だよ。不安があるのはいい。でも、過剰な不安は思考と体を鈍らせる。守れるものも守れなくなるよ。わかってても簡単にできるものじゃないかもしれないけどね」

「…はい」

 

そう言いながら修は遠くの先輩達に目を向けた。

 

だがその瞬間、琲世は修をC級達の方に突き飛ばした。

 

「え?」

 

修はわけも分からず突き飛ばされたため、そのまま尻餅をつくことになったが、すぐにその理由を知った。

 

遠方から来たのかわからないが、目の前に巨大な瓦礫の塊が飛んできたのだ。トリオン体であるため、潰されても死にはしないがこの瓦礫を取り除くにはトリオン体の身体能力があってもだいぶかかるだろう。

 

「うわぁ!」

「っと」

 

修は琲世のおかげで瓦礫に飲まれることはなく、琲世もギリギリではあったが無事に回避できた。

だがその瓦礫の山は木崎達と琲世を分断する結果になった。

 

「分断されたか」

 

これでは木崎達はフォローに来ることはできないが、逆にネイバーもこちらを捉えることができない。この状況はむしろ好都合だ。こうしてる間にさっさと撤退してしまえばそれでいいのだから。

 

「今のうちに撤退すれば……」

「そうだね。僕もそうするのがいいと思う」

「じゃあ……」

「でも、そう簡単にはいかないみたいだ」

「え?」

 

修の疑問に答えることなく琲世は弧月を構えた。

すると瓦礫の山から黒いドロドロした『なにか』が現れた。そのドロドロはやがて1つにまとまり、なにかに形を変え始めた。

 

「な、なんだあれ……」

「……わからない。夏希ちゃん、『アレ』はなに?」

『……トリオンの反応があるからトリガーのなにかなんだろうけど、全くわからない。普通に考えて敵のトリガーだと思うけど……』

「……未知数のものが多過ぎるね。うまいこと分断してくれたって思ったけど、完全に僕らは後手に回ってる」

『そうね。万年人手不足のエンジニアが死ぬ気で解析とかしてくれてるけど、間に合うかどうか。それにまずはベイルアウトの方どうにかしなきゃだし』

「…とりあえず戦うしかないよね」

『……そうね。C級が後ろにいる以上やるしかないわ』

「了解、なにかわかったら教えて」

『オッケー。死なないでね』

 

それだけ言うと通信を切った。

会話の最中もドロドロは形を変えていき、気づけば人型に近いものになっていた。だが人型というだけで大きさは2メートルを優に超えるしなおかつ筋骨隆々な体格だ。

 

「な、なんだあれ」

「三雲くん、君はC級についていって」

「佐々木さんアレと一人で戦う気ですか!?」

「さっきも言ったよね。君のレベルじゃ足手まといだ。いない方がいい」

「っ!」

「今はベイルアウトもできない。だから必然的に共闘するとなると僕が君のフォローもしなきゃならない。でも正直そんな余裕もないんだ。C級だけで行動させるわけにもいかない。だから、C級を頼んだよ」

「……はい」

 

若干不満がありそうだが、それは黙殺する。琲世の言い分は間違っていないし、ここでC級を単独で動かすわけにもいかない。本部の連絡通路に入るためには正隊員のトリガーが必要だ。C級のみで仮に連絡通路まで逃げられたとしてもそこから先に進めなくなるのだ。

 

『…………』

 

敵は身体の形成が済んだのか、動く様子はない。目らしきものがわからないため、こちらを見ているのか、それとも背後のC級達を見ているのかは定かではないが、こちらの方向を見ながら動こうとしない。

 

(このまま睨み合ったまま動かないでいてくれると嬉しいんだけどな)

 

そう思いつつもそうならないことを自覚しながら警戒をさらに上げ、唐突な攻撃にも対応できるようにした。

 

敵は動き出したと思ったら腕を刃のように変形させて身を屈める。こちらに突進してくる、そう考えた琲世を責められる者はいないだろう。

 

(来る)

 

そう思った瞬間、地面から鋭利なブレードが現れ琲世を串刺しにしようとした。

 

「っ!!!」

 

ここで終わってしまっていてもおかしくない。そう思えるほど鋭く、速い攻撃だった。相当な腕を持つ者でもこれを避けられるのはサイドエフェクトの恩恵を持つ影浦や菊地原、またボーダーでもトップの腕を持つ者だけだろう。

琲世が避けられた理由として、体術の師である父親、有馬貴将の、どんな状況でも常に半歩引けるようにするという教えのおかげである。一歩引くよりも半歩引く方が素早くできる。そのため無理に一歩引こうとし、失敗してダメージを受けるよりも、僅かなダメージを受けてでも確実に即死を避ける方が大事であるからだと琲世は父に教わった。ダメージは確かに受けた。しかし即死は避けられたため成果としては充分だろう。

 

「性格悪いな、アレ」

 

敵からしたら傷を負わせトリオンを削れたのに加え、右腕の伝達系に傷を負わせられたのだ。不意打ちの成果としては『本来なら』十分だ。

 

しかし、その成果は無為になった。

 

負わせたはずの傷が、再生しているのだ。トリオン体は一定時間経つと傷は塞がる。しかし塞がるだけで治るわけではないため跡は残る。さらに一度切られたり傷つけられたりした伝達系は修復されず動きは悪くなる。先ほどの琲世は右腕に深く傷を負ったため右腕はもう再起不能となっていたはずだ。

しかし、琲世のトリオン体は完全になかったようになっている。そう、再生しているのだ。傷はなかったことになり、右腕は普通に動いている。本来ならあり得ないことだ。

 

「……まさか、ここで僕のサイドエフェクトが役立つとは思わなかったな。戦闘では全く使えないって思ってたけど、やり方次第では役立つんだな」

 

琲世は一人皮肉げに嗤った。

 

琲世のサイドエフェクトは『トリオン高速回復体質』。

一言で言えばトリオンの回復が異常に速い。トリオンを限界まで使ってベイルアウトしたとしても、1時間もせず全回復するのだ。尤も、トリオン体になっている間はトリオンは回復しないし、いくらトリオンの回復が速いからといってトリオン体の再形成には時間がかかる。そのため戦闘中も戦闘後も全くもって利用価値のないサイドエフェクトだった。

使えそうな場面といえば、遠征で遠征艇がトリオン切れになった場合だろう。遠征艇は乗組員からトリオンを吸い上げ動く仕組みのため、その場面くらいしか挙げることはできない。トリオンの回復が早ければ吸い上げられた側から回復していくため、琲世からは半永久的にトリオンを吸い上げられる。尤も、琲世のみのトリオンで動くほど遠征艇の消費トリオンは少なくないのだが。そもそも、琲世は遠征に興味があまりない。

だがこの琲世のトリオン体はトリオンが回復できる。そのため相当なハイペースでトリオンを使わない限りトリオン切れになることはない。再生に使うトリオンは大きいが、それも琲世の体質で十分カバーできる。代償として、生身よりはマシだが身体能力が低く、普通のトリオン体よりも強度がないため、威力の弱い攻撃でもトリオン体にダメージが入る。なんなら車に轢かれたくらいでトリオン体にダメージが入る。再生とトリオン回復の恩恵に対してあまりにも大きい制約であるため、作った暁本人ですら『使う奴は相当偏屈で使い勝手は最悪』と言わしめるほどである。

 

「アキラさんには頭が下がるなぁ」

 

開発室の副室長は有能すぎるが、この借りは大きいため今後の自分を心配しつつ、琲世は敵に向かっていった。

 

***

 

「出水、どうだ?」

 

飛び回る赤鬼もどきを遠くから眺めながら出水に作業の進捗状況を確認する。

 

『できたぜ。ったく、必要なこととはいえ、なんかやること陰湿だよなぁ』

「確実に倒せてトリオンの消費も少ない。願ったりかなったりだろ?」

『オレはそこそこトリオン消費してんだよ、お前と違ってな!』

「vigilって意外とトリオン食うんだからな?」

『カメレオンの亜種だろ?多少消費しても不思議じゃねーよ』

「はいはい、終わったらラーメン奢ってやるから」

『お⁈マジか!』

「だからしっかり頼むぜ」

『約束だかんな!忘れんなよ!』

 

そう言って出水は通信を切った。

未だに飛び回る赤鬼もどきを睨みながらレーダーで仲間の配置を確認する。俺と出水がうまく誘導できれば確実に殺せる。先ほどの撃ち合いである程度誘導は可能であることはわかっているため、あとは俺がうまくvigilを使ってやれればより確実になる。

 

「……それまで俺が生きてたら、な」

 

未だにまとわりつく嫌な感じに顔を歪めながら俺はvigilで姿を消した。

 

ーーー

 

「ぬぅ!」

 

狙撃の弾が顔を掠めて通り過ぎる。

さらに追撃と言わんばかりに無数の弾が自らをめがけて、さらにはうまいこと逃げ道を塞ぎながら飛んでくる。

 

(射撃の精度が上がってきている。飛んでくる方向はそれぞれ違い、精度や威力も違うが、確実に急所を狙ってくる弾がある。恐らく、あの白い火兵。雷の羽の飛行能力なら避けることも可能だが、それもどこまで続くか。手数が多いゆえにいつかはジリ貧になる。ならばどうにかして手数を減らすしかあるまい)

 

ランバネインはそう考え、飛んでくる弾丸の方向に高威力の弾丸を連続して放つ。

 

(飛びながらでは狙いが定まらんが、周囲の建物の瓦礫でこちらを視界から外すことはできる。手数が減った隙に浮いた兵を刈り取る!)

 

そう考えたランバネインは速度をさらに上げ、敵に弾丸の雨を降らせるのだった。

 

ーーー

 

「……悪くないな」

「なにが?」

「状況」

 

米屋の問いに素っ気なく返す。

あの赤鬼もどきはこちらの手数の多さと狙撃の精度の高さにイラつきと焦りを感じ始めている。ザキさんや来馬さんに頼んで狙って射撃を行ってもらい実験したところ、敵の回避のクセも知ることができた。

 

「米屋、所定の場所についてくれ」

「お?となるとついに?」

「ああ、あいつ倒すぞ。誘導は俺たちがやる。あとは伝えた通りに頼む」

「任せとけ!行くぞ緑川!」

『よねやん先輩張り切ってるねー』

 

そう言って二人は初手の場所に向かっていった。

 

「……さて、と」

 

俺は赤鬼を見据え、腰から短剣を引き抜く。

 

「……よし」

 

そしてその場からvigilを使って姿を消した。

 

ーーー

 

「バイパー」

「ハウンド!」

 

出水や他のみんなと連携しながら弾を放ち攻撃を加える。誘導ポイントは既に伝えてあるため射撃の細かい指揮は東さんに頼んだ。残念ながら俺はまだ全体に細かな指揮をするほどの指揮能力はない。作戦を考えることはできるが、それをうまく全体に伝えられなければ意味がない。普段は佐々木さんしか指揮したり頼んだりすることがないためそういう能力は俺にはまだないのだ。

だが敵がどういう攻撃をしてくるかは直感でわかる。こいつはバカみたいな高威力の射撃だ。下手に攻撃を受けたら一撃で落ちる。しかも今はベイルアウトができない。そのため攻撃の前兆などは俺が言うようにしている。

 

『荒船、狙撃いくぞ』

『はい!』

「タイミングズラしての攻撃、さっき俺がやられたんで警戒してください。荒船さんの回避方法だと直撃しかねません」

『ハリウッドダイブやめろってのか?』

「やってもいいですけどタイミングズラして攻撃されると後続の攻撃を完全に回避できないでしょう」

『ちっ、認めんのは癪だがその通りだな!クソ生意気な後輩だぜ!』

「どう言えと」

 

東さんと荒船さんの狙撃がほぼ同時に放たれる。東さんのよりあえてワンテンポ遅らせて放った荒船さんの狙撃は敵の飛行能力を発する羽の部分に当たった。

 

『やっとまともに合ったな!』

『荒船、警戒!』

『わかってますっ!うお!やっぱ遅れて撃ってきやがった』

 

やっぱ俺のサイドエフェクトすげーわ。データがあるとより精度が上がる。

 

「敵の飛行能力を崩した。再構築にどれくらいかかるかわからないが少しの間機動力ガタ落ちだ。でもあの高威力砲は健在だから警戒は怠らないように」

『お前は?』

「敵の飛行能力の再構築にかかる時間を測る」

『了解っと』

 

片翼が取れると飛べないのか、敵は不時着しながら弾を放ってくる。片方だけで飛ぶなんぞさすがに無理があるようだ。観察を続けながら飛行機能の再構成までの時間を計測した。

 

「……20秒ってとこか」

 

飛行機能は約20秒で再構成された。

 

「20秒もあれば十分だな。出水、米屋、緑川、頼むぞ」

『おうよ』

『任せとけって』

『はいはーい』

「じゃあ、ほかの皆さんは指定のポイントまで誘導お願いします」

『了解』

 

そこで通信を切り俺はvigilで姿を消してポイントまで移動を開始した。

 

ーーー

 

「……完全に後手に回ってしまったな」

 

飛び回りながらもそうランバネインは呟いた。

正直、当初では自分を襲ってきた敵は全滅させていてもおかしくない時間だと思っていた。いくら腕が良かろうとトリガーの性能は段違いである以上、後手に回ることなどあまり想定にはいれていなかったのだ。

だが現実はどうか。最初の数人を飛ばした後、誰も落とすことはできていない。ニムラのデバイスであるMUTEの範囲内であるため、敵は緊急脱出ができないから動きが鈍ると考えていたが、そんなこと御構い無しで攻撃を仕掛けてくるではないか。特攻を仕掛けるようなことはしないが、確実に詰めてきている。

敵は火兵が多いためこちらの攻撃にも対応しやすい。いくら雷の羽の弾の威力が高いとはいえ、弾速は通常のトリガーの弾とあまり変わらない。飛びながらであるため、狙いは定まらないし、更には距離が必然的に開くため対応がしやすい。

数の優位を活かした戦いにも手馴れている。うまく気を散らすために多方向から常に攻撃が飛んでくる。

 

(加えてあの消える火兵がいる)

 

白い消えるトリガーを使う火兵がいるため下手に浮いた兵を取りにいくこともできない。思わぬところで反撃を喰らうことを考えるとこれは最終手段だろう。

 

「……業腹だが、一度射線を完全に切って仕切り直すほかあるまいか」

 

そうランバネインは考え、低空飛行に切り替え、付近の建物を使って射線を完全に切った。

敵の位置もレーダーでしか把握できなくなったが、敵もこちらの位置をレーダーで大まかにしかわからない。これで一度仕切り直しとなった。

 

そう、思っていた。

 

思ってしまった(・・・・)

 

「おら!食らえ!」

「なに⁈」

 

交差点に差し掛かった瞬間、外套のようなものを纏ったオレンジ色の隊服を着た男の攻撃がランバネインを襲った。瞬時にシールドで防ぎ、そのまま直進することで射線を切ったが、動揺を隠すことはできなかった。

 

(なぜここに火兵がいる⁈そしてなぜここに来ることがわかっていた⁈レーダーで大まかな位置はわかっていたにしてもまるであの場に来るのがわかっていたかのような攻撃だったぞ⁈)

 

動揺を隠しきれず内心に焦りが生まれ始め、思考が停止し始めた。

 

 

「出水」

「ああ」

 

 

そして大き目のアパートの前にランバネインが差し掛かった瞬時にそのアパートが大爆発を起こした。

 

「なに⁈」

 

大量の爆煙と砂埃、瓦礫が周囲を覆う。

その爆煙の中から多数の弾丸が全方位からランバネインを襲った。いくつかは瓦礫に吸われたが、ランバネインのもとにいくつかは確実に届いた。

 

「ぐっ!」

 

爆煙から逃れるためにランバネインは上昇した。下に留まっていては爆煙により視界が確保できない。

 

「荒船さん、東さん」

「いい的だぜ」

「全くだな」

 

飛び上がった瞬間、2つの狙撃がランバネインの()を襲った。

 

「なんだと⁈」

 

飛行能力を一時的に封じられたランバネインは重力に従い自由落下を始めた。

そしてそれを刈り取らんとばかりに、背後から白い服の男が現れ、ランバネインの首に短剣を突き刺そうとした。

 

しかし、男の短剣がランバネインの首を刈り取ることはなかった。

 

寸前のところでシールドに防がれたのだ。ボーダーのシールドならばシールドを貫通して刈り取ることもできただろうが、ランバネインのトリガーは強化トリガー。ボーダーのものとは性能が段違いだ。

 

「惜しかったな、消える火兵よ。近くにいることはわかっていたぞ」

 

比企谷のトリガー、vigilは近くにいると視界に映る白いノイズが強くなる性質を持つ。ランバネインはその性質に気づいていたため、比企谷が近くにいて、そして飛行機能が失われた瞬間にトドメを刺しに来ると予想していたのだ。

 

「非常に良い戦いだったぞ」

 

そう言ってランバネインは攻撃の反動で動くことができない比企谷に銃口を向けた。

消える火兵さえいなければ無駄な気を張る必要はない。こいつさえ倒せばそれで終わり。ランバネインはそう考えた。

 

だがそれを見透かすかのように男、比企谷は嗤った。

 

「あめーよ」

 

その言葉と同時にランバネインは上空に気配を感じた。槍を持った白兵だ。

 

(だがこの距離なら目の前の消える火兵を倒し、そのままあの白兵を吹き飛ばすこともできる)

 

敵の獲物が槍である以上、射程の距離のアドバンテージがあるランバネインは圧倒的に有利であり、この選択は敵にとって自殺以外の何者でもない。

内心でほくそ笑んだランバネインだが、同時に違和感を覚えた。これほどうまく誘導し、追撃を重ねることができる敵がこのような初歩的なミスをするのか、と。ここまで追い詰めたのならあとはトドメだけだと油断した。そう考えての行動と言えばそれで終わりだが、これほど頭の切れる指揮官がいたにもかかわらずこのような射程によるミスなどするのだろうか。

 

そしてその予感は的中した。

 

ランバネインの身体が、急に上へと飛ばされたのだ。

 

「っ⁈」

 

体勢を崩しながら飛ばされたため、うまく身体をコントロールできない。そして飛ばされた方向には

 

「いらっしゃいませぇ!」

 

槍の白兵がいる。

 

槍は的確にランバネインのトリオン供給器官を貫通、破壊した。完全に懐に入られたため、道連れにすることもできない。

トリオン体にヒビが入っていく感覚を感じながらランバネインは視線を下に向けると、そこには最初の奇襲で若い白兵が使っていたジャンプ台トリガーが見えた。

 

(……あれを使ったのか)

 

そして更に下では着地をしくじり、潰れたカエルのような体勢でもなお、こちらを嘲笑するような表情の消える火兵の姿があった。

 

「……見事」

 

その言葉と同時にランバネインのトリオン体は破壊された。

 

ーーー

 

「ふー……」

 

無事に倒せたようだ。

 

俺がやったことは単純だ。相手の処理能力を超えるまで奇襲を連続してやっただけだ。

まず通常の射撃で誘導、出水に予めメテオラを仕掛けさせておき、タイミングよく爆破、さらに置き弾ハウンドを同時に放つ。瓦礫から逃れるために飛んだとこを東さんと荒船さんの同時狙撃で羽を壊す。機動力がなくなったとこで俺が後ろから現れ殺しにかかる。これで狩れれば良かったが、相手のシールドの強さと実力的に防がれる可能性があったため、上から米屋が追撃を仕掛ける。それにも対応される可能性があったし、飛行機能の再構成の時間がほぼ0だったらこの策は使えないし、そもそも射程で負けてる。旋空を使っても向こうの方がトリガーの性能として勝ってるのだ。これでもやれないだろうと俺は考えた。

そこでもう一工夫加えた。

緑川にグラスホッパーを使ってもらい、敵を飛ばして米屋に近づけたのだ。グラスホッパーは出したら誰でも踏み付けて使うことができる。味方はもちろん、敵でも使えるのだ。そして物を飛ばすのにも使える。だから俺は米屋が飛び出た瞬間、近くでハイドしていた緑川に敵のマントの内側にグラスホッパーを出現させ、上に飛ばしたのだ。普通に目の前に出しても飛行機能がやられてる敵は対応できないだろうが、空中で弾撃って避けたりとかされることも考えた。だから敵の確実に視界に入らないマントの内側に出してもらったのだ。

わけもわからずいきなり上に飛ばされれば誰でも思考は固まる。それが一番警戒しているであろう俺がやったことでもなければ、尚更だろう。

 

「いや見事。まさかこの俺が数人足らずしか仕留められんとは」

「こっちはチームなんでな。さすがに勝てなきゃまずいだろ。わりーな、サシでやれなくて」

 

そんな律儀に答えんでもいいだろうに。そもそもこいつも一人で来てるわけないのだし。

 

「……謝る必要はない。これは戦争なのだからな」

 

その瞬間、空間に釘っぽいなにかが現れ俺と米屋を突き刺しにかかる。

 

「おっと」

 

だがこの程度避けられないような俺たちではない。戦争である以上、カバーがきて然るべきだ。

 

「なんだこの釘っぽいやつ」

「さあ」

 

その瞬間、敵の赤鬼もどきの後ろの空間が開いた。

そこにいたのは黒いツノをつけた女のネイバーだった。

 

「退却よ、ランバネイン。あなたの役目はここまでだわ」

「はっはっは!不意打ちも通じんのではこちらの完敗だな!いや楽しかったぞ玄界の戦士達よ。縁があればまた戦おうぞ」

「やなこった。二度とくんな」

 

いや本当マジで来て欲しくない。こちらからしたらいい迷惑だ。

 

「ふっ、そうも言ってられまい。特にお主はな」

 

そう言って赤鬼もどきは俺に視線を向ける。

 

「…………」

「俺の敗北によりお主への警戒度は格段に上がった。元より(・・・)警戒はしていたが……」

「ランバネイン」

「……うむ。ではさらばだ玄界の戦士達よ。健闘を祈る」

 

そう言って赤鬼もどきとワープ女(仮称)は消えていった。

 

「追撃しなくて良かったの?」

「構わん。相手が引くならそれでいい」

「無駄な深追いは命取りになる。わかってるな比企谷」

「……どーも」

「しかし助かった。俺たちだけでは手が足りなかったから援護に来てくれて良かった」

「こちらとしても放置できるものではないですから。ほっといて玉狛の方に行くことも考えられたんで」

 

今玉狛の方には佐々木さんがついている。下手に放置して戦力を増やさせて死の未来を近づけるようなことはしたくない。

 

「ありがとうな四人とも。今度、なんか飯奢ってやる」

『ほほう?じゃあ焼肉で』

「ああ、いいぞ。比企谷もいいか?」

「……え?ああ、はい」

「……じゃあ俺は別のとこ行く。気をつけてな」

「ありがとうございました」

 

そうして東さんは去っていった。

考え事をしていたら東さんへの対応が一瞬遅れた。鋭い東さんのことだ。なにを考えていたかはわかってるかもしれない。

 

あの赤鬼もどきの最期の言葉が頭から離れないのだ。

 

元より(・・・)警戒はしていたが……』

 

元より警戒していた。つまりここに来る前から俺のことを知っていたということだ。

俺はここ最近防衛任務に出ていない。時々あった緊急事態での出動もそんな警戒されるほどなにかしたわけではない。あれだけ見て警戒するやつはいないだろう。

ではいつ、どこで、なぜ俺が警戒対象になったのだろうか。

考えたところでどうすることもできないが、頭から離れていかない。ああ、これはダメだ。思考が停止する。

 

「……クソが」

 

イラつきとともに僅かに溢れた毒は誰に向けてのものか。

 

 

その毒を聞く者もいない。

 

ーーー

 

「珍しいわね、ランバネイン?」

「なにがだ?」

「貴方が敵にわざわざ警告してあげるなんて」

「そうか?」

「そうよ」

「…………」

 

ランバネインはミラの言葉に答えなかった。

だが、思い返してみるとミラの言葉は間違ってはいない。ランバネインは本来、豪快な性格であるが任務の成功を第一として行動している。その方法は自分に合った大雑把で豪快な方法ではあるが、それが自分に適しているとわかっている故の行動である。

だが時にはその方法では成功しないこともランバネインは自覚している。必要に駆られれば罠を張る、誘き寄せる、不意打ちをするなども辞さない。まずは成功させる。それに重きを置いている。

その信念に対して先ほどの言葉は場合によっては任務を遂行するのに妨げになりかねない。そういう意味でミラはランバネインにそう言ったのだろう。

 

「……なに、気まぐれに過ぎん。それにあの手のタイプは頭が良い故に考えすぎる傾向にある。意味深な言葉を言った方が思考の何割かは削ることができよう。それに、奴がこの戦いの後で生きている保証などどこにもあるまい。ニムラに『危険』と言われて生き延びた者はほぼおらんだろう。ニムラのサイドエフェクトから考えて、兄者は奴を排除しにかかるだろうからな」

「…………まぁ、いいでしょう。そういうことにしておいてあげる」

 

その言葉にランバネインは肩を竦める。さすがにハイレインの右腕として活動してきただけあり、ミラは鋭い。ランバネインのこともよくわかっている。

ランバネインはこちらの作戦もハイレインの思惑もニムラの性格も能力も知っている。故に惜しいと思った。

 

『思ってしまった』のだ。

 

好戦的な性格故、負けた相手に再戦して勝ちたいという感情が強い。特に射撃戦で負けるとその性格に火がつく。それが加速すると自分以外の誰かに倒されたくないという感情が出てきてしまうのだ。

 

(あの白い火兵、動きは洗練されていたが、撃ち合ってよくわかった。あれはまだ発展途上だ。鍛錬次第ではさらに伸びる。加えてこちらのトリガー技術を使えばさらに磨かれるだろう。できれば兄者が手駒に加えてくれると嬉しいが、そう簡単にはいかぬだろうな。もしかしたらもう会うこともできないかも知れぬが、今度は完全に成長した奴と、サシで撃ち合ってみたいものだ。

……フッ、まさかこの俺が玄界で『ライバル』と認める者ができるとはな。奴の将来が楽しみだ。生きていれば、であるがな)

 

そう考え、ランバネインは好戦的な笑みを浮かべた。

 

 

そんなランバネインを横目に、ミラは小さくため息をつき、ハイレインの元へ向かった。

 

***

 

ボーダー本部

通信室

 

たくさんの人の忙しない声が飛び交う中で、一人の少女がキーボードを叩いていた。

 

「……さすがにオペレートとハッキングの同時進行はちょっときついな」

 

少女の名前は横山夏希。現在は零番隊のオペレーターとして比企谷と琲世のサポートをしている。

現在彼女は二人のサポートと敵の解析、さらには比企谷が見つけた黒い玉のカメラの回線のハッキングを同時に進行させている。すぐに状況が変わる戦場ではオペレートには常に気を配らねばならないし、今回は自分を含めた比企谷隊全員に死の未来が予言されている。もし自分のオペレートミスで二人が死んでしまったら、という考えから彼女はオペレートにいつも以上に気を張っていた。

そのためハッキングがあまり進んでいない。デバイスで敵の回路の解析はほとんど終わったが、それをこちらの画面に映すために色々やらねばならず、それがあまり進んでいないのだ。ボーダー本部始まって以来のオペレーターの鬼才とまで言われた彼女でも、これだけの並列処理を行うことは難しい。

加えて今は自分も死ぬかもしれないと言われている。しかも本部で、ということは今こうしている時も死の未来は近づいているかもしれないのだ。

 

オペレートとハッキングに四苦八苦していると、通信室に唐突にサイレンが鳴った。それを聞いた瞬間、彼女は来たかと思った。

 

通信室にある通気口からドロドロしたスライムのような液体が出てきたのだ。

 

「なにあれ!」

 

そしてそのスライムは気づけば人型になっていた。

 

人型ネイバーであるとわかるのに時間はいらなかった。

 

「おーおー、うようよいるじゃねぇか。能無しのネズミ共が」

 

人型ネイバーは黒いツノをつけたおかっぱ頭で片目が黒く染まっていた。先ほど間宮隊を一瞬で全滅させた黒トリガーの特徴と一致しているため、同一人物だろう。

 

「あー」

 

夏希は分厚いタブレットのようなデバイスを手に取り、冷や汗を流しながら呟いた。

 

 

「こういうことね。恨むわ迅さん」

 

 

夏希は片手にデバイス、もう片手に小さい筒のようなものを構えた。

 

彼女の前に、運命()が立ちはだかった。

 

 




トリオン体:モデルGhoul(グール)
分類:トリオン体
効果:一言で言えばトリオンを回復でき、なおかつ傷口を塞ぐ程度なら再生も可能なトリオン体。その代わり身体能力は通常のトリオン体よりも低く、生身よりはマシ程度の身体能力。本来、トリオン体に換装している間はトリオンは回復しないが、Ghoulトリオン体はトリオンを回復できる。だがその回復速度は生身の状態でのトリオンの回復速度と等しいため、通常のトリガー使いが使用しても恩恵はほぼ無いに等しい。琲世のトリオン高速回復体質のサイドエフェクトがあって漸く真価を発揮する。加えてコストが異常に高いため、修クラスのトリオンであってもトリオン体が再構築されるのに5日はかかる。使い勝手は全トリガーの中でも最低ランクだと開発者の真戸は述べている。発想は遊真の再生するトリオン体から。ただし、遊真のトリオン体の方が質としては上。
使用者:佐々木琲世

八幡トリガーセット(零番隊仕様故、改造タイプ)
・メイン
バイパー
アステロイド
シールド
グラスホッパー
Vigil

・サブ
バイパー
メテオラ
シールド
弧月(改)
テレポーター(改)

琲世
・メイン
弧月(改)
旋空
シールド
????
スコーピオン(改)

・サブ
スコーピオン(改)
テレポーター(改)
シールド
????
バッグワーム

よいお年を。

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