小さい頃から未来が見えていた。
なぜ見えるのかは分からなかったが、これが自分にしか見えないと気付いてからはできるだけ表に出さずに生きてきた。
だが未来が見えるという能力に小さい頃は感動し、特に何も思わずその能力を使い続けた。なにより、人の悪い未来を回避できた時は嬉しかった。
しかし、ずっとそうではなかった。
悪い未来が見えてもそれを回避できない時もあった。回避しようとしてさらに悪い未来を呼び寄せたこともあった。
そういう『過去』を積み重ねて、彼は『現在』に至る。
歳を重ねるごとに、『過去』は増え続けた。
そして歳を重ね、大事な人が増えていくほどに、彼の見たい『未来』は遠のいて見えにくくなっていった。
しかし、『未来』が見えるのは彼だけ。
その『未来』を活かすも殺すも彼次第。
それを理解しているからこそ、彼は問いかける。
『さあ、どうする?』
その問いかけは、『
***
回収班に黒い玉を任せて再びC級の元へ走る。
レーダーに映るノイズみたいなのは消える様子はない。ということは先程の玉はこのノイズとは恐らく関係していないのだろう。嫌な予感がするためどうにかこのノイズの原因を取り去りたいとこだが、そもそもなにが原因かわからんからどうしよもない。
「ノイズ、消えねーな」
「なにが原因なんだろ。全員一緒になるってことはトリガーの不調ではないよね」
「普通に考えたら敵のジャミングとかだよな」
「でもよ、レーダーにノイズ入れるだけのジャミングになんの意味があるんだ?」
「だよなぁ」
「てことはさ、このノイズが後々なんかしでかすってことだよね?」
「まあそれが妥当だが、原因が分からなきゃどうしよもない。とりあえず開発室に任せるしかない」
このノイズ、ずっといるけど別に広がったり視界を遮ったりはしない。ただただレーダーのあたりで燻るようにいるだけだ。
だがこの僅かなノイズが俺の不安をより大きくしているのが自覚できるほどわかった。
***
「っと」
目の前から出てくるブレードを間一髪で躱す。その際僅かに白髪が散るのが見えた。
そして背後から再び大砲が放たれる。
ラービットは先程とは違い受けずにかわした。どうやら最低限の学習能力はあるらしい。トリガー使いを捕えるために作られたとはよく言ったものである。
「いや逃げてよ……」
琲世からすればこちらの気苦労も知らないで、と言いたいが残念ながらいう余裕はない。
裏拳のように振るわれた豪腕を弧月で受け流しその勢いでブレードを振り下ろす。掠りもしなかったが、距離を取らせることには成功した。
だがその隙に横から一体がすり抜け、千佳の元へと向かった。家に当たることを懸念しているのか、千佳は大砲を打とうとしない。
「クソ……」
フォローに向かおうとスコーピオンを出すが、その瞬間、千佳の目の前に大きな影が現れた。
そして千佳を捉えようとした腕を筋骨隆々な腕で受け止めた。
玉狛第一の木崎レイジだった。
「木崎さん!」
「すまない佐々木、遅くなった」
そういうとレイジはレイガストを握った腕でラービットを殴りあげ、さらには吹き飛ばした。
そして吹き飛ばされたラービットは琲世が抑えてたラービットと激突し、揉みくちゃになったと思ったら上から現れた小南が双月で滅多斬りにし、さらにはメテオラで爆撃した。
「うわ、さすがだな」
「れ、レイジさん!小南先輩!」
「修、遊真はどうしたの?」
「く、空閑は……」
そう言おうとした瞬間、背後の土煙の中からビームが放たれた。
「エスクード」
だがそのビームは琲世達に当たることはなく床から現れたバリケードによって防がれた。
「烏丸先輩!」
「遅くなった」
淡々と言いながらも烏丸は敵から目を離さない。外殻にヒビは入っているが、それは表面的なものであり、装甲の強度は依然として高いままだ。
「なに、まだ生きてるのこいつ」
「気をつけてください!捕まるとキューブにされます!C級が何人か既にやられました!」
「わかっている。正隊員も一人やられている。今本部のエンジニアが解析を進めている。幸いというか厄介というか、正しい解き方をしないと傷1つつかない代物らしい」
「手加減しなくてもいいってことね」
「C級は俺たちが助ける。お前はC級のフォローだ。佐々木さん、手伝ってもらえますか?」
「いいけど、油断しない。多分、そろそろ出てくるから」
「出てくる?」
「人型」
ーーー
同時刻
『ニムラ、突入する。デバイスの起動と同時にゲートを開かせろ』
「はぁーい」
そういうと黒髪の青年、ニムラは手元にあるリモコンのスイッチを押した。
それと同時にいくつかの地域でゲートを開くのが確認された。
「さぁて、
そう呟きながらニムラは一人で歪んだ笑みを浮かべた。
ーーー
ゲートから現れたのは、角をつけた若いネイバーと、初老で角はないが明らかに強者の雰囲気を纏ったネイバーだった。
『もはや疑う余地はない。敵はアフトクラトルだ』
「みたいだね。さて……」
そういうと琲世はトリガーを解除し、もう1つのトリガーを取り出した。
「それ、0隊のですか?」
「うん。人型が出たからね。こっちの使用許可が出た」
そう言ってトリガーを起動すると、普段の隊服と真逆の白いフードつきのコートを纏ったトリオン体になった。
「それが、佐々木さんの……」
「うん」
「大丈夫?新しいトリガーで慣れてないなんてことありませんよね?」
「大丈夫、しっかり『修行』してきたから」
「そうか。なら佐々木、小南。一分で新型を片付けろ。手負いでもあれが絡むと面倒だ」
「佐々木さんと二人ででしょ?30秒もあれば十分よ」
「そうだね、20秒でも大丈夫かも」
「じゃあ」
「行こうか」
そう言って琲世と小南は新型に向かって走り出した。
ーーー
走り出した瞬間、小南は僅かな違和感に駆られた。
自分と同時に走り出した琲世がなぜか自分の後ろにいる。全てのチームの中で最も走れるチームである比企谷隊の片割れである彼は少なくとも走ることにおいては小南よりは上だ。だというのに琲世は自分より後ろにいる。琲世のことだ、小南を盾にしようなんてことは微塵も考えないだろう。だというのに後ろにいる。このことに違和感を覚えた。
だがその違和感よりも敵を眼前にした小南は勝手に身体が動いていた。一撃で仕留めるために双月をコネクターにつなげ斧の形にし、新型の豪腕を潜り抜け胴体を真っ二つにした。火力重視である小南のトリガーだからこそできた芸当だろう。
そして新型を真っ二つにしながらも小南はしっかりと見ていた。
琲世の左腕に異形の赤い爪のようなものが現れるとそれが高速で伸び、新型の目を貫いたのを。
そして直後に琲世のトリオン体がわずかに発光した。その光はトリオンによるものだと理解するのには時間はいらなかった。そして先ほどまでの走る速度が嘘のように高い身体能力を発揮し、その勢いで弧月を抜いた琲世は新型の目を切り裂き、新型を眼前に沈黙させた。
そして琲世のトリオン体の左目は白目は黒く、そして瞳は真紅に染まっていた。
本当に20秒足らずで新型二体を葬った。
このようにできたのは、敵が一体であり、それのみを倒すことに集中できたからだろう。先ほどまではC級(及び修)のフォローも必要だったためできなかったのだ。
「よし、終わり」
「C級のキューブ回収しました」
「ありがとう」
「さっきのあの爪、なんですか?」
「スコーピオン」
「へ?」
「だから、スコーピオン。ちょっと改造してあるけどね」
どう見てもスコーピオンには見えなかった。そもそも色が違いすぎる。本来白に近い色のスコーピオンがあんな毒々しい赫色になるなど小南は知らない。一体なにをすればあんな色になるのだろうか。そして琲世のトリオン体も左目が変色していた。あれも琲世専用トリガーの結果なのだろうか。
「戻ろう。援護に向かわなきゃ」
「……はい」
なんとなく不安を抱えつつも小南は琲世の言葉に従った。
***
遠くで3つほど光が登っていくのが見える。どうやら出てきた人型にやられたらしい。え、なに?こんな秒で三人も吹っ飛ばしたの?怖すぎるんですけど?これがなに?あの炊飯器(仮)が言ってたツノ付きネイバーの強化トリガーなの?ヤダー。
「もう三人もやられたぞ」
「これ、だいぶやばいね」
あーあ、使いたくなかったけど仕方ないか。使うしかない、というか命令だし使わざるを得ない。
そう考え、俺はトリガーを解除し、別のトリガーを起動した。今までの隊服と違い白がコンセプトの隊服だ。ジャケットは白いトレンチコートに似たやつ。黒のカーゴパンツ、ハイネックインナー、黒ブーツといった出で立ちだ。佐々木さんも同様の隊服を着ている。
「お、これが新トリガーか」
「どんなトリガーつけてんの?」
「いや敵に集中してくれない?」
距離的にまだ射程圏内に入ってないから攻撃できないが、向こうの射程圏内に入っている可能性は大いにある。強化トリガーというくらいだ。狙撃手並みの射程を持っていてもおかしくはない。
そう考えた瞬間、2つさらに光が登っていった。
「……嫌な予感ほどよく当たるなおい」
「荒船隊の二人がやられたらしい」
「荒船さんは?」
「ハリウッドダイブで逃げたとか」
「モンハンかよ」
狙撃手二人がやられたとなると、向こうは超高威力の弾丸を銃手並みの
「横山、近くに荒船さん以外の隊員は?」
『東さんがいる。通信繋げるね』
「頼む」
『……オッケー、話せるよ』
「東さん、比企谷です。状況を教えてもらえますか」
『比企谷か!ここで援軍はありがたい。相手は人型でツノ付きのネイバーだ。ツノの色から黒トリガーではないことがわかるが、俺たちの使うトリガーの性能とは段違いだ。正面から撃ち合えばまず勝てない』
「現在地は?」
『今は旧市立三門大学の開けた場所にいる。恐らく誘っているのだろう。先ほど狙撃手が釣り戦法を使ったが、ダメだった。やつは大雑把に見えて全く油断していない。精神的な余裕を残した状況で闘いに臨んでいるため隙がない。イーグレットでも防ぐシールドを持っているからブレードでも防がれる可能性は大いにある』
「なるほど……」
少なくともサシでやるのは避けたい相手だな。いかにお互いノーマルトリガーとはいえ、向こうは半分チート使ってるようなものだ。加えて黒トリガーなんぞチートどころの話ではなくなる。訴訟も辞さないレベルだ。
「比企谷?顔色悪くなってきてんぞ?」
「……ああ」
それに、なぜかずっと纏わり付いてる嫌な予感がここに来てさらに強くなってきてる。東さんがやりあってたやつが問題なのか、それとも……。
「……ノイズ、強くなってね?」
「え?ああ……言われてみりゃ」
「……なんだろう、嫌な感じ」
「これ、やばい気がする」
「え?」
「直感だけど、これ、やばい気がするんだ」
もう開発室に報告はしてあるが、その後の報告はない。もし通信を阻害するタイプのやつならまだいいが、これはそんな生易しいものではない。そう俺の本能が訴えかける。
そしてその予感は的中する。
「あれ、ノイズまた強くなった……ってか、え?なにこれ」
トリオン体の視界には戦闘に支障をきたさないレベルで様々な情報が映されている。メイン、サブのトリガーセット、残りトリオン、レーダー等々。そしてそれは自分の意思である程度カスタマイズできる。
だがどの隊員も一貫して同じ設定にしているものがある。
それは常に視界に
こうしておくことにより、いつでも音声や意思操作でベイルアウトが可能になる。これはランク戦でも防衛任務でも防衛戦でも皆同じだ。ベイルアウトだけなら視界の隅っこにちょっと出しておくだけでいいのだから。
そして今、俺たちの視界には戦闘に支障をきたすレベルではないがノイズが走っている。今俺たちに起こったことはその影響といって間違いだろう。
視界に表示された
俺たちボーダーがたった四年でここまで力をつけられたのは、戦って負けても生きていられるからだろう。そしてそれはベイルアウトによって成り立ってきた。ベイルアウトは本部の外でトリガーを使えないC級以外の全ての隊員に装備されている。いわば絶対的な生命線だ。これがあるからこそ、若い学生である俺たちは戦場に行けるし、親もそれを許可する。もしベイルアウトがなければ、ボーダーはまだこれほどまで大きくはならなかっただろう。
だが逆に、これは大きな弱点ともなり得るのだ。
「
これでボーダーにとって絶望的とも言える状況になった。
「さぁ、MUTEを受けた玄界のみなさんの反応はどうかなぁ?」
ニムラは歪んだ笑みを浮かべながら戦場を見下ろした。
*
「おいおい、マジかよ」
「べ、ベイルアウトが封じられた?」
「そう考えるのが妥当だろう」
ベイルアウトのコマンドが完全にノイズに飲み込まれている。ほかのレーダーとかはノイズが走る程度だが、ベイルアウトのとこだけ完全にノイズに飲み込まれている。ベイルアウトのとこだけだ。
「……横山」
『うん、こっちでも検出したよ。どうも本部から南の全域はベイルアウトできないみたい。ジャミングみたいな電波が飛んでるの』
「ベイルアウトできるようにするにはどうすればいい」
『……一番いいのはジャミングしてる元を叩くこと。でもそれがどんなやつから出てるのかわからないから現段階では現実的じゃない。北部にいる隊員はとくにそういうことはなってないみたいだから、ジャミング区域から出れば多分ベイルアウトできるようになると思う』
「……そうも言ってらんないんだよな、これ」
『開発室が解析に出てるけど、キューブの解析と並行してやるから完全に人手不足。解析が終わるのは、ちょっと時間かかる。でもハッチが取ってきた黒い玉の解析は終わったみたい』
「あれ、なんだったんだ?」
『監視カメラ。どんなとこにもつけられて、それでいて全方位に視点を動かすことができるなかなかの優れものよ。これと同じ反応が警戒区域の至る所で検出されてるわ』
「こっちの行動はある程度筒抜けってことか」
『そうね。でも、ここであたしのデバイスが役立つんよ』
「へぇ」
『ハッキングして、そのカメラ全部乗っ取る』
「……はい?」
ハッカーなの?ハッカーなのうちのオペレーターは。
『カメラは恐らく全部同じ回路で映像を飛ばしてる。だから一個でも見つけて回路を解析してしまえば、完全に乗っ取ることができる』
「そんなこと、できんのか?」
『うん。向こうの世界はトリオンの文明は栄えてるけど、こっちみたいに電子文明は栄えてない。電子機器の文明としてはこちらがはるかに優っている。この監視カメラは電子機器と似たような構造なの。エネルギーがトリオンってだけね。こんなセキュリティガバガバの回路なんてすぐに乗っ取れるわよ』
やだ、うちのオペレーターハッカーとしての才能あったの?たしかにパソコンとかの扱い得意だったけど、ここまでできるって知らなかったんですけど。
『でもトリオンの回路だから、ちょっと時間いるけどね』
「十分だ」
『ま、この話はいいとして……とりあえずハッチはノイズの原因も少し探ってみてくれる?開発室も解析してるけど、人手不足が祟って取り返しつかないことになるかもしれないから』
「わかった」
『国近先輩が出水や米屋、緑川に東さんの戦闘データやその周辺のマップのデータもらってるからあたしも同じの送っておく。ツノ付き人型をどうするかはみんなで決めて。できることならあたしもサポートしてくから』
「はいよ。サンキュ」
『……死なないでね』
「そっちも」
先ほどと同じやり取りをして通信を切る。
「ベイルアウトできないとなると、下手に攻め込みづらくなるな」
「本体が本部に行かずにその場に残ることになるもんね」
「だからといって撤退できるような状況でもねぇよな」
「…………」
人命最優先ならば、ここは引くべきなのだろうが、ここでやつを見逃せば事態が悪化するのは自明の理。なら危険承知でやつをここで叩くしかない。
「どーする?比企谷」
「どうするっても、ここでどうにかするしかねーだろ?」
「だな」
「幸い通信は阻害されてない。柿崎隊も近くにいるみたいだから、連携してやろう。ただし、やられないことを最優先な。特に米屋、緑川」
「はぁ?」
「なんでさ」
「東さん、比企谷です。あの人型やるんで協力お願いします」
『ああ、わかった。ただ、お前らもわかっていると思うが今はベイルアウトが封じられている。落ちないことを最優先に考えろよ』
「はい、わかってます」
『撃ち合うなら足を止めるなよ。火力勝負ならまず勝てない』
『比企谷、荒船だ。敵はイーグレット止めるレベルのシールド持ってるからブレードでも防がれかねん。単発で崩すのは多分厳しい』
「了解です、荒船さん」
「んー敵が弾タイプなら近づかないとジリ貧だよね」
「数の優位を活かそう。動き回って裏どりできるやつがしていく。構えとしては持久戦。トリオンの消費は最小限に。でもケチって落ちたりしないように、だな」
「建物って壊していいの?」
「結局向こうがぶっ壊す。関係ねーよ」
「そっか」
「出水がとりあえず一発ぶっ放す。あとは臨機応変に」
「結局そうなるか。最初裏どりは誰がいく?」
「俺がいく」
「お、比企谷か」
なんなら俺以上の適任はいないまである。
「新トリガー使うわ」
ーーー
「
出水が放ったトマホークが敵に向かって行くと同時に新トリガーを起動。制限時間があるため早急に動く必要がある。
出水のトマホークが敵付近に着弾し、爆発する。それに合わせ緑川がグラスホッパーを起動させながら敵を撹乱、間髪いれず米屋が槍で裏どりをする。
「幻踊弧月」
幻踊により変形するブレードが敵のシールドを避けて首を狙う。
(攻めると見せかけて、こちらの反撃に即座に対応できる距離を保っている。つまり、これも陽動!)
後ろから緑川が奇襲しようとしたところで敵は背後に向かって射撃をする。
「うひゃあ」
「さすがに二度目は通じないか」
「甘いぞ!
その言葉に米屋は口元を歪める。だがそれは、嘲笑にも似た歪みだった。
「と、思うじゃん?」
その言葉と同時にトリガーを解除した俺は腰から短剣の弧月を引き抜き敵の足を切り落とす。
「なに⁈」
斬られたと同時に敵の超射撃が来るが、弧月を別の場所に投げつけ瞬間移動する。
「……なかなかやるな」
「お褒めにあずかり光栄だね」
『おい比企谷!なんで首じゃねーんだよ!』
『いや無理だろ。さすがにある程度余裕残してる時に首は取れん』
『とりあえず手傷は負わせた。それでいいじゃん』
手傷を負った敵はこちらを見て余裕の表情を一変させ、鋭い顔つきになった。
(今のはなんだ。あの白い服の男、急に現れたぞ。先ほどの剣を投げたとこに瞬間移動できるトリガーか?いや、ならばマーカーとなる剣が投げつけられてくるはず。それを見逃す俺ではない。ならば透明化か?それならば合点はいくが、それならばなぜレーダーに映らなかった。透明化とレーダーステルスが同時に行えるトリガー……我々のトリガーホーンの技術を使えばできるかもしれんが、それを通常のノーマルトリガーで実現できるのか?いや、恐らく実現するためにいくつかの制約があるだろう。だがその制約がなんなのかわからなければ対応しづらい)
「……これは、なかなか骨が折れそうだ」
敵はそういうと羽のようなものを形成して飛び上がった。
*
「………」
足を落とした後、敵は飛び上がり飛行しながら銃撃を続けている。俺は新トリガーを使い離脱した後、少し離れたとこから奴を見ている。
飛び上がり、適当に飛び回りながら銃撃しているとこをみると、恐らく分断が目的なのだろう。単体なら問題なく倒せる。そう考えている証拠だと考えていい。ナメてるが、警戒は怠っていない。だがさっき足を落としたから警戒レベルは最初よりもだいぶ高い。射撃の精度は上がってきているが、その分余裕はあまりない。隙をつくりはじめるのは時間の問題だろう。
「緑川、そっち行ったぞ」
『はーい』
緑川の身のこなしならばあの超射撃にも対応できるだろう。あいつの反応速度はどこぞのキリトくん並みだ。いや、キリトくん生で見たことないけど。そもそもあれアニメの中のキャラでしたわ。
敵もレーダー持ってるだろうからこちらのいる場所は(荒船さん以外)ある程度把握しているはず。だが俺といういつ、どこで出てくるかわからない奴がいるとそちらにも気を割かなければならない。やりづらいことこの上ないだろうな。特に常に姿を晒している奴からすれば。しかも先ほど足一本持っていかれている。飛行能力があるから効果は薄いだろうが、それでもトリオンは削れるし、飛行中のバランスも悪くなるだろう。効果はあるはずだ。いやあるよね?大丈夫だよね?
「そろそろこっち来るな…」
柿崎隊や出水、東さん、荒船さんの射撃が敵の進行方向に確実に弾を飛ばしていく。それにより進路を変えてこちらの方に飛んでくるのが見える。このままだとエンカウントするため、完全な死角から俺は攻撃しよう。
「『
新トリガー、vigilを起動し、姿を消しレーダーからも消える。30秒という僅かな時間だが完全に姿を消せるトリガー、これが俺の新トリガー『Vigil』だ。どこから現れるかも予想することができないため相手の気を散らし、無駄に神経を使わせることができるトリガーだ。地味?だからなんだ。敵を殺すためならどんな手段でも使う。
卑怯に、卑屈に、最低に。
敵を殺すのにわざわざ正面からやり合う必要はない。
戦いは華やかで、英雄的である必要はない。
侵略してきたのはお前らだ。悪いのは全部お前らだ。
どんなに卑怯でも、負ければ終わりだ。
死んだ方が負け。それだけだ。
vigilの時間切れと共にバイパーで敵を刈り取りにかかる。だがさすがにこちらに送り込まれるだけあるエリートは違う。体勢を崩しながらも完璧にこちらの攻撃を避け、反撃までしてきた。
「ぬぅ!」
反撃をテレポーターで回避すると同時にvigilを起動。再び敵の視界から完全に消える。
(実に面倒だ。あの消える火兵の存在のせいでこちらが思うように動けん。どこからともなく現れては非常に良い射撃をし、そして反撃すると瞬間移動と透明化によって離脱する神出鬼没な戦闘。奴さえいなければもう一人くらいは既に落とせていただろうに。どうやらブラックアイの方にも映らないから本当にどこから現れるかが見当もつかない。仲間と連携して生まれた隙に確実に攻撃を入れてくる。これほど厄介な敵に遭遇したのは初めてだ。だがあの透明化トリガー、どうやら使用中はこちらの視界に白いノイズが入るらしい。定期的に視界に白いノイズが入るのは奴のトリガーの影響だろう。最長で約30秒。時間は長くないが、この状況で最も厄介なのは奴のトリガーだといっても過言ではない。なるほど、ニムラの言葉は間違ってなかったようだな。
だが奴だけでなく他の仲間もなかなかイラつく攻撃をしてくる。いい指揮官がいるのだろう。射撃戦故に白兵はあまり攻撃してこないが、時折視界の隅に現れては離脱を繰り返しこちらの意識を散らしてくる。この状況ではさすがに分が悪い。相手単体なら問題なく倒せるわけではないが、集団相手よりもいくらかは楽だろう。ならば浮いた兵から狩っていくしかあるまい)
透明化を施している間は恐らく攻撃できない。ならば透明化してる間は攻撃が来ないとわかる。ならばその隙に一人ずつ落としていけばいいのだ。透明化トリガーを使う火兵だけならば大きな脅威ではないのだから。そうランバネインは考え、飛行しながら敵を撹乱しにかかった。
「……そろそろか」
「ん?」
「いや、あいつが俺にイラついて浮いた兵から狩っていこうとしようと考えるのはそろそろかねって」
「へぇ?その根拠は?」
「勘」
「ですよねぇ」
俺の隣の出水は「またか」みたいな表情をしながらそうつぶやく。いや、だって根拠なんかねーよ。相手の思考読むなんて無理だろ。カゲさんでもできねーよ。
「あいつは俺を一番警戒してる。そして、攻撃手への警戒が一番薄い」
「お前を警戒すんのはわかるけど、なんで攻撃手が出てくるんだ?」
「簡単だ。攻撃手は距離を詰めなきゃ攻撃できん。それほど近くに寄られる前に刈り取ることがあのトリガーにはできる。シールド重ね張りしたら多分攻撃手でも攻撃できるけど、もしかしたらロックマンのチャージショットみたいな一発がでかい攻撃もあるかもしれんからこれはちょっとリスキーだな」
あの火力でチャージショットはちょっとシャレにならん。フルガード重ね張りしても破られかねない。まだチャージショットあるって確定してないけど。
それに、本当の意味で一番警戒してない相手は攻撃手じゃない。
「で、どーすんだ?」
「今から指示出す。東さん達にも協力してもらってな。お前も働けよ出水」
「……へぇ。んじゃ、お手並み拝見といこうかねぇ」
「どっちのだ?」
「どっちも」
出水のその言葉と同時に俺は通信を開き、腰の短剣を抜いた。
***
「…………」
警戒区域内で空閑、嵐山隊と合流し、トリオン兵を排除しながら修達との合流を目指している迅の顔が少し険しくなる。
「ジンさん?」
「迅、どうした?」
その迅の変化に気づいた二人はそう声をかける。未来視のサイドエフェクトを持つ迅の言葉は特に戦場では非常に重要なものとなることがわかっているからこその行動だろう。
「……いや、こちらとしても色々と策を巡らせて、敵の戦力を確実に削っているのに……
「鮮明になってる……?」
「ああ」
「ヒキガヤ先輩達の最悪の未来……?」
「遊真には言ってなかったな。最悪の未来では、あいつら全員死ぬ」
「……!」
「それに、遊真も他人事にはできない。その最悪の未来では、メガネくんが再起不能の重傷を負う可能性だってあるんだ」
「オサムが……?」
「やっぱり、報告にあったこのノイズによるベイルアウト不可が……?」
「ああ、多分な。でも、多分それだけじゃない」
「え?」
「琲世と比企谷の性格を考えたら当たり前な行動なんだろうけど……」
「あいつら、今自分が死ぬ未来に近づけるような行動をしてる。敵よりも、多分そっちが問題だ」
「な、なんでそんなことを⁈」
「あいつらは多分無自覚だ。そして、その行動を仲間が一緒にいながら誰も制止しないってことは、その戦場においてその行動が間違っていないってことなんだと思う」
間違った行動をしていないにもかかわらず、死に向かう運命を近づけている。
ならばどうすれば回避できるのだろう。
『さあ、どうする?』
自身の声であるのに、まるで嘲るようにその声は聞こえた。
零番隊トリガー
Vigil(ヴィジル)
分類:隠密トリガー
効果:一定時間レーダーから完全に消え、姿も消せる。レーダーステルスのみ、または透明化のみも可能。レーダーステルスのみは時間無制限だが、透明化は最大で30秒までしか透明化ができず、一度使うと使用時間に応じたクールタイムが課せられる。vigil使用者が vigil使用者のことを捉えている敵のレーダーおよび視界に入るとレーダー、視界に共にノイズが入るため、レーダー感知範囲内、または視界の届く範囲に使用者がいることがバレる。だがどこにいるかはわからないため意識を散らすこともできる。vigil使用中は他のトリガーは使えない。ぶっちゃけ姿を隠すよりも嫌がらせ要素が強いトリガー。名前の由来は常に戦場で気を張り続けていることから皮肉も含めて真戸暁が『不寝番』から名付けた。
使用者:比企谷八幡