そしてとうとうワールドトリガー復活。嬉しいです。非常に。
61話です。
「嫌な空だ」
白髪の青年が一人、そう呟く。
空には分厚く黒い雲がかかり、今にも雨が降り出しそうだ。先程までの晴天がまるで嘘のようである。
先程本部が爆撃されていたが、通信内容からして大丈夫なのだろう。見たところ、本部の外壁にも問題はなさそうだと青年は判断した。
足元に転がる無数のトリオン兵の残骸を足場にしながら青年は一人空を見上げる。
『佐々木、君のいる場所から南の方向で警戒区域の防衛ラインが突破され、市街地にトリオン兵が押し寄せている。その区域は避難が比較的スムーズに進んでいるため合同部隊の到着が遅くなると予想される。現在、玉狛第一を向かわせているがもう少し時間がかかる。至急、避難誘導をしているC級のフォローに向かってくれ。ただし、無茶はするな。新型が相手になったらC級を逃し、君は落ちないことを優先してくれ。無理に倒す必要はない』
「了解」
本部からの指令を受け、その方角を向く。
先程チームメイトの夏希から連絡があった。やはり彼女も死の予言を受けているだけあり声はどこか固い印象があった。
最近会ってない隊長である彼も、きっとそうなのだろう。誰しも琲世のように受け入れて、悟ることはできないのだ。
「……行こうか」
そう呟いた青年、佐々木琲世の目は酷く冷たかった。
*
「『避難が少ない地区から優先して救援に向かう』⁈つまり俺たち後回しってことじゃねぇか!」
「働き者が損をする……狂ってる……狂ってるぜ」
路地にいる帽子を被った少年とそばかすの少年がそう本部の判断に苦言を言っていた。本部の判断が納得いかないようだ。
だが前髪を揃えた少年はそれに対して不敵な笑みを浮かべていた。
「『英雄には試練を』、か。おれは逆にワクワクしてきたぜ。ネイバーが来るっていうなら、この戦争でおれの名をボーダーに刻む」
「リーダー……!」
「で、でもよ……捕獲用だけじゃなくて戦闘用や正隊員でもやばいような新型もいるって話だぜ?」
「その時は、戦略的撤退をする。軽々に命をかけるのは三流。大局を見て冷静に対処するのが一流だ」
「! さすがだぜリーダー!」
「ついていくぜ!」
そう少年達が歓声を上げてるのとほぼ同時に離れた場所から振動が伝わってくる。
「さーて、早速やつらが来たみたいだぜ?」
「肩慣らし程度にはなるかもな」
「大局をクレバーに見ていこうぜ。それがおれたちの役目なんだからよ」
少年達がそう言いながら路地から出てくると、遠くに捕獲用トリオン兵が見える。訓練で何度も倒した相手であるし、3人のフォーメーションもできている。負ける要素がない。
そう考え、各々が武器を構える。トリオン兵の出現により民間人や他のC級は狼狽えているが、彼らだけは冷静だった。
「酉の陣!」
「
3人の同時攻撃により捕獲用トリオン兵は弱点を穿たれ、沈黙した。
「やれやれ、C級は戦闘禁止とか言ってる場合じゃないぜ!」
と、自信たっぷりに言い放った直後、倒したトリオン兵の口から見たことのない形の新しいトリオン兵が現れた。
「え?」
「なにあれ」
「……あれは強いな」
二人が呆けてる横でリーダーと呼ばれた少年は一人笑みを浮かべながら冷や汗を流した。
「いつかボーダーに名を刻むおれだが、今のおれではあれには勝てないな」
「そ、そんなに?」
「ああ。だが今のおれ達には責務がある。後ろの市民や他のC級を逃さなければならない。わかるか」
「わかるぜ。強者たる者の責務ってやつだな」
「その通りだ。だから、攻撃を受けないことを最重視してやるぞ」
「了解だリーダー!」
「いくぞ!」
そう言った瞬間、トリオン兵の目からビームが放たれ、市街地の一部を更地にした。
それを見た瞬間彼らは悟った。
無理だ。
「リーダー……」
「ああ、今のおれ達では無理だ。だから!戦略的撤退!」
「おお!」
そう言って少年達は市民や他のC級とともに撤退を始めた。
だがそれをトリオン兵がただ見ているだけなはずがない。トリガー使いを捕らえるためにC級に迫る。
そしてもともと1番近くにいたリーダーの少年に狙いを定めて高速で接近した。
その速度はトリオン体の身体能力を持ってしても振り切れないほどの速度だった。
「リーダー!」
「うおお!」
すぐに追いつかれてしまい、腕を掴まれ、リーダーは床に叩きつけられた。
「リーダー!」
「行け!おれに構うな!行けぇ!」
そう叫び、こちらに駆けよろうとする少年達を巻き添えにしないようにしたが、少年達はすぐにでもトリオン兵を引かせようと武器を構えている。
その少年達の方をトリオン兵は向き、再びあの高威力のビームのチャージに入った。この距離であの速度なら少年達は避けきることはできない。
それが少年達にもわかったのか、まずいという表情をして距離を取ろうとするが時すでに遅し。
無慈悲に放たれたビームはまっすぐ少年達に向かって飛んでいった。それを見ながら少年達はトリオン体が破壊されることを悟った。トリオン体が破壊されれば身体能力は通常の生身に戻る。生身は少しのことで怪我をしてしまい、戦場ならば最悪死ぬこともある。
だが迫るビームを目の当たりにしながら二人は確かに声を聞いた。
「伏せて」
理解するよりも先に体が動いていた。
そして二人が伏せた直後、後ろから飛んできたブレードが少年達の頭上を横切った。そしてそのブレードの場所に光の粒子と共に一人の青年が姿を現した。
青年は迫るビームの場所に的確に集中シールドを張ると同時に腰のブレードを抜き、集中シールドを貫通してきたビームにブレードで切りかかった。
シールドにより威力を殺されていたビームはブレードの斬撃により完全に防がれた。その結果、ビームと触れた場所のブレードは溶けてもはやブレードとしては使えない代物になってしまったが。
「集中シールドで威力殺しても耐久性の高い弧月を溶かすか。随分高威力だ」
ブレードを再構築させながら青年は一人呟いた。
青年は、黒い隊服を身に纏い、白髪を靡かせながらトリオン兵を見据える。
「あ、あんたは……」
少年の一人がそう言うと、青年は振り返らず答えた。
「A級部隊、比企谷隊所属佐々木琲世。救援に来たよ」
ーーー
間に合った、と言っていいかは些か疑問ではあるが、とりあえず死人や怪我人が出る前に到着できたのは喜ばしいことだろう。
「え、A級……」
「す、すげぇ」
たった今守った二人は琲世の実力に呆けて動こうとしない。琲世としてはさっさと市民や他のC級と共に避難してほしかったのだが。
「ぼんやりしてないで早く避難を」
琲世は敵から目を離さずそう二人に言った。
「いや!リーダーが捕まってるんだ!おれはリーダーの無事が見届けるまで行かない!」
「おれもだ!」
だが二人は琲世の意に反して避難しようとしない。
(面倒だな……)
正直二人がいてもいいことはない。なんなら守るべき存在が増えることによりそちらにも気を割かねばならなくなり、琲世の負担が増える。
有り体に言えば邪魔なのだ。
だがこの二人、ひいては捕まっている少年もこの状況に酔っているのだろう。
相変わらず動こうとしない二人に琲世は普段からは考えられないほど冷たい声で言った。
「ハッキリ言おう。邪魔だ」
「な!」
「君たちはC級だ。本来なら戦闘禁止だが、そこはいい。でもあれは君たちの実力の遥か上だ。一緒に戦っても僕は君たちのフォローにまで気を割かなければならない。むしろいる方が迷惑だ」
包み隠さず琲世の意見をハッキリと、そしてできるだけ冷たい声でそう伝えた。
その言葉に二人はわずかに怯えたが、それでも迷っているのか動こうとしない。
そんな二人を見て琲世は目線だけを二人に向けてトドメの一言を言い放った。
「二人とも、避難するんだ」
「……でも、リーダーが」
「じゃあこう言おう。上官命令だ」
「っ!」
その言葉を聞くと二人ともとうとう折れて市民の方に向かっていった。
それを見届けて琲世は少し息をつく。これで新型トリオン兵に集中できるからだ。
新型トリオン兵は琲世に対して大きな警戒を抱いているのか、少年の腕を掴んだままこちらを睨むようにして動こうとしない。少年はどうにか抜け出そうともがいているがあの剛腕から抜け出すことはできない。
ほんの数秒、睨み合っていたが、この距離ならすぐに攻撃はこないと判断したトリオン兵は少年をキューブにすべく胸部装甲を開き、触手を出そうとした。
その瞬間、琲世は動いた。
左手に出現させたスコーピオンを投げつけ、捕縛を阻害しにかかる。投げつけられたスコーピオンはトリオン兵の腕によって弾かれたが、弾かれた瞬間にそこへ瞬間移動した。
瞬間移動した直後、再びスコーピオンを投げつける。トリオン兵はブレードを弾いた直後だったためスコーピオンを再び弾くことはできなかったが、そもそもブレードはトリオン兵のすぐ目の前の地面に突き刺さりトリオン兵に当たることはなかった。
だが突き刺さったスコーピオンのもとに再び琲世は瞬間移動し、弧月を引き抜き凄まじい速度の居合斬りを切り上げで放った。トリオン兵は身の危険を感じたのか少年の腕を掴んだまま後ろに飛んで下がった。
だがトリオン兵の腕には少年の『腕のみ』があった。先程の居合斬りで掴まれていた少年の腕を切り裂いて救出していたのだ。
「た、助かった」
「無事?」
「あ、ああ」
「じゃあ避難」
「……ああ」
仮にも年上で立場的にも上でしかも初対面の人間である琲世に対して完全にタメ口なのはこの際どうでもいい事実だろう。自信過剰な人はこういうものだと琲世は自己完結し、特に口を出すこともしなかった。
視線のみを避難する人々に向けると、先程よりは随分遠くなったが、それでもこちらの戦闘を見ようとする野次馬思考も残っているのか、C級隊員はまだ視認できるほどの距離にいた。できることならさっさと逃げて欲しいのだが、この距離であれば即死することは無いだろうと判断し、琲世は特に何も言わなかった。
そもそも琲世は避難するように言ったのに聞かなかった彼らが悪い。ここから先は自己責任だと判断し、琲世はトリオン兵に向き直る。
と、その瞬間に背後で着地の音がした。
「三雲くん?」
「え、あ!佐々木さん!」
「なんで君がここに?」
「あ、ぼ、ぼくはチームメイトの救援に」
そう言われて遠くのC級の隊員達に目を向けると、以前玉狛支部で会った雨取千佳の姿がみえた。
「ああ、なるほど」
「さ、佐々木さんはなんで」
「近くにいてね。救援を要請されたんだ」
「そうでしたか……。あれは、新型ですよね」
「うん」
その時、背後からモールモッドが現れ、市民やC級の方へ向かおうと進撃を始めた。
「モールモッド!こんな時に!」
「……悪いけど僕は新型で手一杯だ。だからモールモッドの方は任せるよ」
「し、新型と一人で戦うんですか⁈」
「二人でも変わらないよ。寧ろ君のレベルじゃまだまだ足手まといだ」
「でも!」
その言葉と同時に新型が高速で突進してくる。
その速度は凄まじい運動エネルギーを帯びており、腕の装甲の硬さから絶大な威力があるのがわかった。
修ならば悪ければ直撃、良くてもレイガストで直撃を避けるのが関の山だろう。
だが琲世は弧月を引き抜きその巨体をブレードのみで受け切った。
ガキン!と音がし、琲世の身体がわずかに押されるが、後ろの三雲を守るように立ち塞がりその巨体を押し留めた。
「す、すごい……」
「感心してる暇が、あるなら…早く、モールモッドを、倒してくれないかなぁ!」
「っ!」
「以前とは、違うってことを、見せてよね」
「は、はい!」
三雲がモールモッドに向かうのを見届けると同時に琲世は渾身の力でトリオン兵を押し戻した。
「ふー……。太刀川さんみたいには多分いかないけど、僕は僕なりにやれることをやろう」
琲世は弧月を構え直すとそう呟くのだった。
*
「はああ!」
修がモールモッドをレイガストで両断した。
過去、一人で実践した際にはなにもすることができず一瞬で倒されてしまい、挙句に空閑に助けられた。
だが空閑や師匠の烏丸、それに元を辿れば琲世にも戦いを教えてもらって少しずつでも強くなっていることを実感できた。
「ぼくも、やればできるんだ!」
その手応えを確かに感じ、嬉しくなるのと同時に琲世のことを思い出す。
「そうだ、佐々木さんの援護に…!」
いくら琲世でもあの新型が相手ではなにをしてくるかわからない。A級の琲世といえども足元をすくわれるかもしれないと考え、足早に琲世の元に修は戻ったが、そこで見たものは修が想像していたものとは全く違うものだった。
そこにいたのは無傷の琲世と、薄いところの装甲が剥がされ無残な姿になっている新型だった。
「ふぅ、やっぱ強いなこれ」
「佐々木、さん」
「あ、三雲くん。無事だったみたいだね」
「ええ、まぁ……それで、新型は」
「見ての通りさ」
「ど、どうやって」
「装甲は厚いけど、薄いとこからバラしていけばそんなに難しいことじゃないよ」
さも当然かのように言っているが、修にそんな技量はない。そのため呆然と無残な姿になった新型を眺めていた。
『実際に見るのは初めてだが、ユーマが負けるだけのことはある技量のようだな』
突如、聞いたことのない声が聞こえ、琲世は驚愕の表情をする。知らない声がいきなり聞こえてくれば当然の反応ではあるが。
そして修のポケットから現れたのは小さな黒い豆粒のようなものであった。
「えっと?」
『申し遅れた。私はレプリカ。ユーマのお目付役だ』
「見たところ、トリオン兵かな?」
『私はユーマの父、ユーゴによって作られた多目的型トリオン兵だ』
「それで?わざわざ僕に話しかけてきたってことはなにか用があるんでしょ?」
『話が早くて助かる。まずその新型トリオン兵について。このトリオン兵は数年前、アフトクラトルで研究開発されていたトリガー使いを捕縛するためのトリオン兵、ラービットだ』
「トリガー使いの捕縛、ね。ならこれだけの性能があるのも納得だ」
『単体での性能もさることながら、それぞれ特徴が違うのも先の戦闘でわかっている。それぞれの色によって戦闘手段が変わるようだ』
「性能が異なる型もいるってことだね」
『その通り。色が異なる個体に遭遇したらまず性能を見るのがいいだろう』
「ありがとう。で?まだあるんでしょ?」
『これは私ではなく、ジンからの用事なのだ』
「迅くんから?」
『その通り。ジンからハイセに私の分身を持たせるように頼まれたのだ』
「……つまり、これからはレプリカが僕の補佐についてくれるってこと?」
『ああ。詳しくは聞いてないが、そう頼まれた』
「助かるよ。今は少しでも情報が欲しい」
『役に立てるように善処するとしよう』
そう言ってチビレプリカは琲世の隊服のポケットに収まった。
だがその瞬間、琲世は嫌な予感がした。(レプリカが原因ではない)
無論、彼に隊長である比企谷のような超直感はない。先程の情報を聞いてなにかが繋がったのだがなにが繋がったのかがまだわかっていない状態なのだ。そのため琲世は先程の情報を整理しようと思考の海に落ちた。
(……トリガー使い捕縛用新型トリオン兵、ラービット。それにこの前の爆撃型トリオン兵……ゲートを開けるトリオン兵……市街地への攻撃……本部への爆撃……C級隊員……C級隊員?)
思考がまとまり、琲世はバッと近くにいた修とそのチームメイトである千佳、そしてもう一人千佳の友人らしき人に視線を向ける。
「まさか……」
「さ、佐々木さん?」
「ど、どしたんすか?」
「え?え?」
まるで状況を理解できていない3人からバラされているラービットに視線を向ける。するとそこにはゲートを開くタイプのトリオン兵、ラッドがラービットの死体から這い出してくるのが見える。
「まずい!」
琲世が弧月を抜くが時すでに遅し。
ゲートが3つ開きそこからラービットが三体現れた。
「新型が三体⁈」
「ずっる!いくらなんでも出てきすぎでしょ!」
「三雲くん、早くC級隊員を連れて逃げるんだ」
「え?」
「こいつらの狙いはC級隊員だ!」
その言葉と同時に琲世は三人を後ろに突き飛ばし、自らもスコーピオンを背後に投げつけその場から退避する。
すると地面から無数の刃が現れ先程まで琲世がいた場所をズタズタにした。その攻撃は出てきたラービットのうちの一体で、腕が黒いタイプの攻撃だった。
「た、助かったぁ!」
「まだ助かってないよ。早く逃げて」
「う、うっす!」
C級隊員達は慌てて逃げ出すが、速度的にラービットの方が速い。三雲は言っては悪いが、まだラービットを相手にする実力はない。つまりC級を逃すには琲世が一人で3匹のラービットを相手にしなければならないのだ。
「……きっついな」
黒い腕のラービットが地面から再びブレードを発生させる。
琲世はギリギリでそれを回避し、突っ込んできたビームを出すタイプを止めるために弧月でその巨体を押しとどめた。
「ぐ、う」
体勢が不十分だったため、先程よりも押しとどめるのが厳しい。どれだけ保つかはわからない。加えてもう一匹いるのだが、少しでも力を抜くと突破されるのがわかる。受け流すことも後ろのC級のことを考えるとできない。
つまり、横から来たラービットに対処することができないのだ。
横から来た白い装甲のラービットの拳をモロに受け、琲世は吹き飛ばされる。
「がっ!」
「佐々木さん!」
修が琲世に気を取られた瞬間、ビームを出すタイプのラービットが修も吹き飛ばした。
「メガネ先輩!」
「修くん!」
「ぼくに構うな!逃げろ!」
「A級がやられた⁈」
「やばい!」
「うわあぁぁぁあ!」
琲世が吹き飛ばされたことによりC級は半分パニックになっていた。A級でも敵わないのだ。C級である彼らに勝ち目などあるはずがない。
「マジでやばいよこれ!チカ子、逃げよ!」
夏目はそう千佳に言い走り出すが、当の千佳本人は全く動けないでいた。
「う、あ……はぁ…はぁ」
「なにやってる千佳!早く行け!」
千佳は修の言葉にも全く反応を示さない。顔は恐怖に歪み、手を握りしめて震えているのが見える。
どうやら恐怖とトラウマから完全にフリーズしてしまっているようだ。
琲世は内心舌打ちしたい気持ちでスコーピオンを投げる。間に合うかはわからないがこうするしか彼にはない。
瞬間移動した直後、琲世が見たのは千佳の友人が捕まったところだった。
(反撃したのか!)
これになお琲世は顔を顰める。下手に対抗したせいで余計に犠牲が増える可能性もあるからだ。
一人でも多く逃げて欲しかったが、言っても仕方ないことであるため、ラービットに旋空を食らわせ注意を捕まった夏目から琲世に移し、再びスコーピオンを投げつけ千佳の側に瞬間移動した。
そして千佳の隊服の襟を掴んで後ろに放り投げた。
「え…?」
「早く逃げて」
「……で、でも」
「……君はいずれ戦闘員になるんでしょ?でもね、こんなとこでパニックになる人は戦闘員にはなれないし、戦闘員に向いてないと思うし状況が状況だから今の君は邪魔でしかない」
「っ!」
「だから早く逃げて」
そう言って琲世は弧月を構え直す。相変わらずラービットは三体いるし、夏目は捕まったまま。形成は悪いままだ。
どうするか考えていた瞬間
「私も…」
後ろの千佳から声が発せられた。
「私も、自分の力で戦えるようになりたいんです」
「だから」
「逃げません!」
琲世は知る由もないが、この言葉はかつてチームを組むときに修や遊真、そして先輩の玉狛第一のメンバーにいった言葉だ。
そしてその言葉は先程までパニックに陥っていた人とは思えないほど決意に満ちた声だった。
「私の友達は、私が助ける!」
なにかまずい気がして咄嗟に横に回避行動を琲世はとった。
そして千佳の持つアイビスが凄まじい光を放ち、夏目を捕らえていたラービットの左半身を吹き飛ばした。ブレードでもほとんど傷がつかない腕も簡単に貫通した。
「ええ…」
「……はぁ」
吹き飛ばされかけた琲世はもちろんのこと、アイビスを撃った千佳本人も呆然としていた。
「こらチカ子!あたしまで吹っ飛ばす気か!」
「ご、ごめん」
「…………」
琲世も吹っ飛ばされかけたのだが、言っても千佳をいじめるだけになるから琲世はなにも言わなかった。
左半身が吹き飛ばされたが、かろうじて生きていたラービットにトドメを刺しつつ、琲世は思考する。
(それにしても、すごいトリオンだ。聞いてはいたけどこれほどとは思わなかった。これなら狙われても仕方ないかもね。多分今の光景を見た敵さんが彼女のことを躍起になって捕らえに来るだろうけど)
「本部、こちら佐々木琲世。現在、複数の新型と交戦中。一体は排除しましたが、残り二体は健在です。敵の狙いはベイルアウトを持たないC級隊員であると推測されます。自分の他にB級隊員である三雲隊員が援護に来てますが、現状の戦力ではC級隊員を守りながら後退することは困難であると推測されます。そのため追加の戦力、または零番隊のトリガーの使用許可を要請します」
『敵の狙いがC級隊員…?了解した。現在そちらに玉狛第一が救援に向かっている。あと数十秒で到着するためなんとか持ちこたえてくれ』
「心強い援軍ですね。了解です」
『だが』
「はい?」
『もし人型の存在を確認した場合、その瞬間から零番隊としての活動を許可する』
「……それは城戸司令からの通達ですか?」
『その通りだ』
「……了解です」
そう言って琲世は通信を切った。
「零番隊…って、なんですか?」
背後の修からそう疑問が投げかけられた。当然、一介のB級隊員でしかない修が零番隊について知るはずがない。
「……裏の戦力って感じかな。本当にボーダーがまずい時にしか出てこない部隊さ」
「さ、佐々木さんもその部隊に?」
「訳ありでね」
「訳あり?」
「これ以上教える気はないよ。目の前の敵に集中」
「……はい」
普段とは違いすぎる琲世の雰囲気に押されたのか、修はそれ以上口を開こうとはしなかった。
琲世自身、だいぶ冷たい反応であると自覚はしているが彼自身修を気遣うだけの余裕がないため申し訳なく思いつつも反応を改めようとはしなかった。
「三雲くんは下がってC級を守ってあげて。僕は時間を稼ぐ」
「で、でも……」
「僕一人でラービット二体は倒せなくもないけど多大なトリオンと時間を使う。だからとりあえず時間を稼ぐ。大丈夫、もうすぐ近くまで玉狛第一が来てくれてるからね」
「烏丸先輩達が!?」
「うん。彼らの到着まで時間を稼ぐからC級の保護お願いね」
「はい!」
そう言って修はレイガストを構えながらC級の元まで下がる。
そして琲世はラービットに向かって駆け出した。
***
「ん?」
出水達と合流し、襲われてるC級のフォローに向かおうと走っている途中、唐突に視界の隅に黒い球体を見つけた。
「なんだあれ」
思わず気になって立ち止まる。普段なら気にすることはないのかもしれないが、今はどうしても気になってしまった。
「んお?どうしたよ比企谷」
俺が立ち止まったことに気づいた出水が近寄って声をかけてくる。米屋や緑川も同じように近づいてきた。
「いやさ、あれなに?」
「は?」
そう言って出水達も謎の黒い球体に視線を向ける。
「あ、なんかある」
「なにあれ」
「黒い玉?」
「採点でも始まるのか?」
「あれはもっとでかいだろ」
宇宙人攻めてくんのかよ。いや実際宇宙人的なやつに攻め込まれてるけどさこれ。ガンツじゃねーんだから。
「とりあえず取ってみたら?」
「罠だったらどーすんだよ」
「ベイルアウトすりゃいいだろ」
「気楽か」
俺らA級よ?主戦力よ?簡単に落ちるとかいっちゃいけません。
そんなやりとりをしてるうちに緑川がさっさと取ってきてしまった。こら、気軽に道に落ちてるものを拾っちゃいけませんってお兄さん教えたよね?いや教えた記憶ねーな。
「なにこれ」
「黒い玉、だな」
「でもこれトリオン反応するよ?」
「マジかよ。じゃあこれ敵のつけたやつじゃね?」
「触って取っても無害ってことはカメラとかなのかもな」
「え?敵の?」
「少なくともボーダーのじゃないだろ。みたことないし」
「まぁ、な」
「比企谷はどうするのがいいと思う?」
多分だが、敵の監視カメラ的なやつだろう。普通ならここで壊すのがいいんだろうけど、どうも壊さない方がいい気がしてならない。
「……本部の回収班を呼ぼう。これ回収して解析に回そう」
「マジ?壊さないで?」
「ああ。解析して使える技術があれば今後に活かせる。それに、横山が徹夜で作ったデバイスがもしかしたら役立つかもしれん」
「え?あいつなんか作ったの?」
「詳しくは俺も知らねーけどな」
「ほーん」
「というかさ」
「ん?どうした緑川」
「なんかレーダー調子悪くない?」
「あ、たしかに」
「ちょっと変だな。ちょいちょいノイズみたいなのが入る」
「この玉のせいかな?」
「なんとも言えんな。とりあえず回収班呼ぼうぜ」
本部に通信を開いて回収班を要請する。
黒い玉やレーダーのノイズなど意味がわからないことが多くて不安要素が多いが、得体の知れないものに下手に手を出すわけにもいかない。ついでにレーダーのノイズについても軽く本部には報告しておいた。
俺はこの時思いもしなかった。
この2つの選択が俺たちの、そしてボーダーの運命を大きく変化させることを。
琲世の冷たい一面。