目が腐ったボーダー隊員 ー改稿版ー   作:職業病

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遅くなって申し訳ありません。
遅くなった理由として、作者の体は生来あまり強くはない体であり、そのくせ最近無理を重ねた結果身体を盛大に壊したことが原因です。結果として家族、友人、そして読者の皆様にも迷惑をかけることとなってしまいました。執筆は遅いですが執筆そのものを無理をしているわけではないため今後も続けていきますが、もう少し身体を大切にすることを今回学びました。こんなポンコツ作者ですが今後もよろしくお願いします。

今回ちょっと端折った部分がありますがご了承ください。

そして新章突入。大規模侵攻までもう少し。


56話です。


7章 文理選択編
56話 未来とは、知ってもいいことばかりとは限らない。


「寒……」

「ねー」

 

吹き抜ける風の冷たさに身を震わせ、マフラーに顔を埋める。

 

年末、しかも大晦日になぜ小町と2人で夜中に歩いているかというと、これから佐々木さんの家で年越しそば、そして明日には御節を食べることになっているからだ。

ボーダーに入隊し、佐々木さんとチームを組んでからは毎年このようにお呼ばれの形で佐々木さんの家にお邪魔している。佐々木さんは父親の有馬さんと暮らしているのだが、その父親があまりというかほとんど家に帰ってこれない。そのため年末年始も1人でいることが多いのだとか。

 

「帰ってはこれなくても、ちゃんと電話はしてきてくれるから寂しくはなかったよ」

 

そんな風に言って笑ってはいたが、やはり人といた方が楽しいらしく両親がおらず特に縛りのない俺たちはそんな佐々木さんの家で毎年厄介になっているのだ。

 

尤も、今年は有馬さんはいるらしいが。

 

「佐々木さんのお父さん今年はいるんだってねー。お兄ちゃん会ったことある?」

「二回くらい会ったな」

「どんな人?」

「無口で、ちょっと天然」

 

そして人外らしい。

 

「ほぇ〜佐々木さんとは真逆なんね〜」

「ちょっと天然なとこは似てるかもな」

「え、佐々木さん天然なん?」

「時々な」

 

そんな会話をしていたら佐々木ハウスに到着。インターホンを鳴らすとすぐに佐々木さんが出てきた。

 

「や、2人とも。こんばんは」

「ども」

「こんばんは〜」

「さ、早く入って。寒かったでしょ?」

「ほんと恐ろしく寒かったっすよ」

 

中に入ると暖かい空気に安堵の息をもらした。

そして有馬さんはリビングのソファーでタブレットをいじっていた。

 

「あ、有馬さん」

「比企谷か。久しぶりだな。で、そちらが…」

「妹の小町です〜。兄がお世話になってまーす」

「琲世の父親の有馬貴将だ。こちらも琲世が比企谷の世話になってるみたいだ。これからもよろしく」

「こちらこそよろしくお願いしますー!」

 

さすが小町、コミュ力高い。俺は初対面の時軽くビビってたのに。

そんな2人はすでに雑談に花を咲かせ始めていたため、俺は佐々木さんの方に向かいなにか手伝おうかと台所に入った。

 

「あれ?父さんと話さなくていいの?」

「今は小町が話してますよ。なんか手伝いますよ」

「そう?ありがとう。じゃあ蕎麦茹でてもらっていい?そこにあるから」

「了解っすよ」

 

早速蕎麦を茹でるために鍋に水を入れて温め始めた。お湯が沸くまで少しあるため、その間に器やらザルやらを用意しておく。

佐々木さんはというとエビ天を作る準備をしていた。エビの殻を剥いて背ワタを取り、卵と衣をつけているようだ。

鼻歌を歌いながら上機嫌に調理を進める佐々木さんの髪は普段の黒髪とは違い白髪だった。

 

「……休みのときは染めてないんすね」

「ん?」

「髪」

「ああ、これね」

 

そう言いながら佐々木さんは少しクセのある白髪を少し摘んだ。

 

「そうだね、今日は父さんと君たち以外に会う予定はなかったから」

「普段は黒ですからね」

「うん。僕は基本気にしないんだけど、意外と他の人が気にするんだよねこれが。ボーダーでも大学でも僕が本来白髪なのを知ってる人はあまりいないよ」

 

俺たちと小町は言わずもがな、知ってるのはあとは仲のいい迅さん、嵐山さん、カゲさん、あと師匠の風間さんくらいかな?

 

「まぁ、普通染めたのかって思いますよね」

「地毛なんだよね〜これが」

「有馬さんも?」

「うん、原因はわからないけどね。なんかメラニンがどうとか聞いたけど、もしかしたらトリオンが関係してるかもーとも聞いたなぁ」

 

トリオンが関係して髪が白くなることなんてあるのか?まぁ確かに佐々木さんはちょっと特殊な体質ではあるが……。

 

「まぁ普段困ることはなにもないし、いいんじゃないかな。なんでも」

「就活とか困りそうですけど?」

「あー……それ言われるとなぁ。まぁいざとなったらボーダーに就職するよ。父さんの部下にしてもらおうかな」

 

高校では実感ないが、大学入るとやはり就職を意識するようになるのだろう。

 

「教官の方が向いてるんじゃないすか?」

「かもね」

 

そうつぶやきながら佐々木さんはエビを油に入れ揚げ始めた。

それを横目に俺は俺で蕎麦を茹で始めるのだった。

 

 

年越しそばも食べ終わりあとは年越しを待つのみとなった。

 

小町は紅白を佐々木さんと見ながら談笑している。佐々木親子どちらともフレンドリーに接することができるのはさすがである。佐々木さんはともかく、有馬さんが。

かくいう俺は1人でいつも泊まる客室の窓から空を眺めていた。

窓は開いているため吐く息が白く染まる。市街地であるため光が多く、見える星は多くない。

 

「比企谷」

 

呼ばれて振り返ると、有馬さんがいた。

 

「有馬さん」

「1人でたそがれているが、どうした」

「……いや、もう三年経つんだなって」

 

俺がボーダーに入ってもう三年。

そして両親を亡くしてから、もう四年。

 

「早いなって、思ったんすよ」

「……そうか」

「気づいたらまた受験だし、なんか近いうちにまた大規模な侵攻があるらしいし。来年は大変そうですね」

「…そうかもな」

 

有馬さんも奥さんを、そして佐々木さんにとっての母親を亡くして四年経つ。

受験のこともこれまで以上に意識しなければならないと思うと気が重くなる。しかも迅さんの話によると大規模な侵攻が近くあるらしい。

 

「有馬さんは今年どうでした?」

「……そうだな、去年とあまり変わらなかったな。出張ばかりだったから」

「それもそうっすね」

 

いつも通りと言うべきか、素っ気ない答えが返って来る。悪気もなにもなくて素の有馬さんがこれだから仕方ない。

 

「比企谷」

 

次の話題をどうするかぼんやり考えていると、有馬さんが声を上げる。珍しいと思いつつ目を向ける。

 

「なんすか」

「これはもう少ししたら本部長から言われるだろうが、いい機会だし今のうちに言っておく」

「?」

 

なんだろうか。本部長から言われるとなるとオフィシャルなことだ。全く予想がつかない。

 

 

 

「零隊に、A級0位部隊に来ないか」

 

 

 

 

 

 

翌朝

 

無事に何事もなく皆んなで年を越し、佐々木さんお手製のおせちを食べた。なんか知らんけど有馬さんと佐々木さんはお年玉くれた。いや、佐々木さんはおかしいだろ。マジでおかんかあんたは。

 

そしてその後は有馬さんと佐々木さんは母親の実家、つまり婿入り先の家に挨拶に行くらしい。奥さんが亡くなったとはいえ、婿入りしているのだから挨拶にいかねばならないらしい。

大変だなと思いつつ、俺たちは俺たちで予定があるためさっさと退散した。そしてその予定とは……

 

「あ!ヒッキー!小町ちゃん!こっちー!」

 

奉仕部のメンバーと小町で初詣に行くことだ。

 

「あけおめー!」

「あけましておめでとう」

「あけましておめでとうございますー!新年そうそうお二人に会えて小町感激です!」

「ん、おめでとさん。わり、待たせたか」

「いいえ、集合時間の10分前だから問題ないわ」

 

10分前で既にスタンバッてるお前ら意識高い系かよ。

 

「ゆきのんすごいんだよ!30分前にはもうここで待ってたの!」

「その口ぶりだとお前も30分前にはいたってことになるのか」

「え、えへへ」

 

なにお前ら、この寒空の下わざわざそんなことするとかドMなの?

 

「まぁいいや、行こうぜ」

「そうね」

「うん!」

 

 

神社はやはりごった返していた。

 

「はー、やっぱ混んでんなー」

「初詣だもんねー」

「……人酔いしそうだわ」

 

しそうじゃなくてするっていう確定事項だろうが。

俺としてもこの人混みに入るのは嫌なのだがいつまでもここで立ち止まっているわけにもいかない。さっといってさっと帰ってこよう。

 

「さっさとお参りして帰ろうぜ」

「帰ることを最優先にするのやめてお兄ちゃん」

 

そんなツッコミが飛んで来るが、華麗にスルー。

……そういえば。

 

「小町」

「ん?なに?」

「あー……」

 

…………。

 

「いや、お守りとか買ってくか?」

「買う!学業成就のやつ!」

 

小町に『俺らではなく友達と来なくて良かったのか?』と聞こうとしたが、受験が近くなりみんなピリピリしてるこの時期に友達を誘うっていうのに抵抗があったのだろう。それを聞くと多分小町がそれを思い出しテンションが下がるだろうことを予期した俺はそれを突っ込まなかった。

 

その後、お参りを済ませお守りを買い、みんなでおみくじを引いた。

 

由比ヶ浜は大吉、雪ノ下と小町は吉、俺は末吉だった。

……微妙すぎてリアクションに困った。そしてなぜか雪ノ下は由比ヶ浜が大吉を引いたことに闘争心を燃え上がらせようとしていた。いや、負けもクソもないだろそれ。

おみくじを括り付け終わると、雪ノ下が野良猫と戯れてるのが見えた。どうもかなりご執心のようでこちらには目もくれない。

やれやれと思っていたら由比ヶ浜が近づいて来た。

 

「ヒッキー」

「ん」

「ゆきのんさ、誕生日一月三日じゃん?明日誕プレ買いに行かない?」

 

そういえば、そうだったなと思いつつ雪ノ下に目を向ける。未だに猫と戯れてる雪ノ下は普段の凛とした雰囲気はなく年相応の少女だった。

 

「…ああ、いいぞ」

「ほんと⁈ありがと。詳しくはまた連絡するね」

「りょーかい。でも夜は防衛任務だからそれまでには終わらせたい」

「そーなん?年始から大変だね」

「まぁ、年始だろうがなんだろうがネイバー(あちらさん)からしたら知ったこっちゃねぇしな」

「あ、そうだ。小町ちゃんは?」

「あー小町は試験近いんで明日は塾の自習室で勉強する予定だったんですよ」

「そっか、もうすぐだもんね。応援してるよ!」

「ありがとうございます!小町の分は兄にでも頼んでおきますよ」

「ま、そういうことだ」

「そっか。それじゃそろそろゆきのんのとこ行こ」

 

そう言って由比ヶ浜は小町を引き連れ雪ノ下の元に走っていった。それを後ろから眺めながら俺ものんびり後を追った。

 

 

 

ザワ

 

 

 

不意に殺気めいたものを感じ咄嗟に振り返るが、そこには人混みしかなかった。

 

「………」

 

殺気めいた気配はもう感じられない。気のせいだったのだろうか。

近くある大規模侵攻のこともあって少し過敏になっているのかもしれない。

 

「ヒッキー!どーしたのー?」

 

由比ヶ浜に呼ばれたので足早にその場を去り、小町達の元へ向かう。

 

 

 

その際人混みの中から1人の人間がこちらを見ていたことに彼が気づくことはなかった。

そしてその人物は比企谷が去るのを見届けると溶けるようにしてその場から姿を消した。

 

 

翌日

 

由比ヶ浜と千葉駅で集合した後、千葉駅周辺や最近オープンした駅ナカで色々まわり雪ノ下の誕プレを買った。

雪ノ下は猫のミトンを、そして俺は直感でブルーライトカットのメガネを買った。色は雪ノ下のイメージに合うような水色。今回は俺の直感が仕事をしてくれてすぐに決まった。

 

その後どこかで休憩してから帰ろうということで駅ナカのカフェに入った。そこで適当に注文をして、席に着くとなんだか嫌な予感がした。

この感覚を、俺は知っている。

そう思って視線を上げると、そこには姉ノ下がいた。いやなんでいんだよ。

 

「あれぇ、比企谷くん?」

「………」

「あれ、陽乃さん。あと隼人くんも!」

「……やぁ」

 

なぜか葉山もいる。こちらを見ると軽く手を上げてくる。その際良さげな時計が光るのが見えた。

 

「なんでいんだよ」

「親が挨拶回りで、それが終わるのを待ってるのさ」

「ほーん」

 

名家の付き合いってやつか。

 

「でもラッキーだなぁ。今日昨日はずーっとつまんなかったから比企谷くんに会えて」

「…………」

「うーわ、そのなんの感情も篭ってない目すっご」

 

いやどうしろと。あんたに感情でも一部を見せるのは悪手だって知ってんだよ。

 

「でー2人はなにしてたの?」

「あ、ゆきのんの誕プレ買いに……」

「あーそっか、明日だもんね雪乃ちゃんの誕生日。私もなにかしてあげようかな〜」

 

あんたがなんかやっても余計仲が拗れるだけだろうに。

 

「で、なに買ってあげたの〜?」

「あ、あたしはこれを」

「おお〜雪乃ちゃん好きそう!」

 

そんな女子トークが始まってるがスルーして俺はコーヒーを飲んでいた。知らぬ間に由比ヶ浜の隣には姉ノ下が移動しておりそこで女子トークに花を咲かせている。

 

「君はなにか買ったのかい?」

 

そんな俺に葉山は話を振る。

 

「まぁ、適当にな」

「そうか」

 

それで話は終わる。我ながら素っ気ない対応だが、別に葉山と話したいわけではないからいい。向こうもそうだろう。

 

「あ、そーだ」

 

この言葉を発した時の姉ノ下はロクなことをしない。そう知っている俺は嫌な予感をよく感じ取った。

 

「雪乃ちゃん呼ぼっかな〜」

 

ほらやっぱり。

 

「陽乃さん、それはどうかと…」

「えーいいじゃない。どーせ雪乃ちゃん今日は暇してるだろうし、比企谷くんとガハマちゃんがいるって知れば絶対くるよ」

「………」

 

葉山の助け船は一瞬で塵になった。

 

「相変わらず悪趣味だ」

「だ・れ・が★悪趣味なのかなぁ?比企谷くん」

「あんただあんた」

 

言う必要もねぇだろ。

そんな俺の思考は知るかと言わんばかりに雪ノ下に電話をかける姉ノ下。

 

「あ、雪乃ちゃん?」

『なんの用かしら姉さん』

「今出てこれる〜?」

『なぜ……』

「今ね、比企谷くんといるんだ〜」

『え?』

「はい」

 

そう言ってスマホを渡された。いや、はいじゃねぇよ。どうしろってんだ。

いやこれ出るしかないか…。

 

「よう」

『なんであなたがいるのかしら?』

「好き好んで一緒にいるわけじゃねーよ。できることなら関わりたくなかったわ」

「ほんっと比企谷くん私には容赦ないよねー」

「なんなら由比ヶ浜もいるけどな」

『なぜ由比ヶ浜さんと?』

「少しな。まぁ、その理由はすぐにわかるさ」

 

なんせお前の誕プレのためだからな。

 

『……理由がなにかは気になるけれど今はいいわね。あなたがすぐにわかるって言うのだし』

「まぁここに来るかどうかは好きにしろ、と言いたいとこだがどーせ悪趣味なお前の姉貴だ。来させられるんだろうよ」

『…認めるのは癪だけどその通りね。姉さんに代わってちょうだい』

 

そう言われたため画面をおしぼりで拭いて姉ノ下にスマホを返す。

 

「比企谷くんは本当に私には容赦ないね」

「容赦してほしいんですか?」

「さぁね〜。じゃ、雪乃ちゃん。来てね。お母さんもうそろそろくると思うし」

『………わかったわ』

 

それで電話は切れた。

ここから雪ノ下の家は遠くない。うまく電車があれば15分くらいで着けるだろう。

 

「じゃー次は琲世くん呼ぶねー」

 

佐々木さんまで呼ぶ気なのか。

と意気揚々と電話をかけたがいくらかけても繋がらない。恐らく佐々木さんは今スマホ機内モードだろう。なにせ祖父の家にいるらしいからな。

 

「ちぇーつまんなーい。比企谷くん面白い話してー」

「由比ヶ浜、冬休みの課題って数学以外にあったっけ?」

「ヒッキーガン無視とかすごいね」

 

下手にこの人と話したらなにしでかすかわからん。極力話さないが吉だ。

 

その後もちょこちょこ面倒そうな話が飛んできたらガン無視キメて雪ノ下の到着を待った。

 

ーーー

 

思いの外雪ノ下は早く到着した。

 

「おーい雪乃ちゃん、こっちー」

「姉さん、何の用かしら」

「えーいいじゃない。ちょうどお母さんもいるんだし」

 

その言葉と同時に雪ノ下の雰囲気がわずかに変化した。普通なら気づかないような微弱なものであったが、それなり以上に雪ノ下との関わりが深いこの場の全員が恐らくそれを感じ取った。特に姉は。

 

「それに貴方達まで…」

「あ、あはは…」

「2人で出かけていたの?」

「ああ。まぁ理由はすぐにわかる」

 

買い終わってるんだし、多分この場で渡すことになるだろうからな。そう思い由比ヶ浜に視線を向ける。

するとすぐに気づいた由比ヶ浜は買った誕プレを俺のごと雪ノ下に渡した。

 

「はいゆきのん!1日早いけど、誕生日おめでとー!」

 

渡された雪ノ下は一瞬目を丸くしたが、すぐに穏やかな笑みになった。

 

「なるほど、これを買うために出かけてたのね。ありがとう、由比ヶ浜さん。比企谷くんも」

「うん!」

「ん」

 

もらった誕プレを嬉しそうに眺める雪ノ下。

そこで雪ノ下とよく似た声がかけられた。

 

「雪乃」

 

そちらを向くと、雪ノ下と姉ノ下とよく似た顔があった。というか、雪ノ下の母親だった。

 

「か、母さん……」

「あえてよかったわ。お正月なのに帰ってこないのだもの。お待たせ陽乃、隼人くんも。それで、こちらは?」

「あ、お母さん。こちら比企谷くんとガハマちゃん。雪乃ちゃんのお友達」

 

なんという雑な紹介。

 

「あらそうなの」

「……ども」

「こ、こんにちは」

 

……読めない。なにを考えてるのか全く悟らせない立ち振る舞いと目だ。

 

「雪乃の母親です。いつも雪乃がお世話になっています」

「い、いえ!こちらこそゆきのんにはいつもお世話になってまして…」

「ふふ、そう。これからも雪乃と仲良くしてあげてね」

「は、はい!」

「貴方も、ね」

「……ええ」

 

さすがあの姉の母親ってとこか。どこまでも読めない。

 

「この後、みんなで食事なのだけれど、よければ2人もどうかしら」

 

これは遠回しに『帰れ』って言ってるな。さすがにそんなとこに邪魔するほど無神経じゃない。ましてやそんな名家の付き合いであろう場所に一般市民である俺や由比ヶ浜がいるなんてことあってみろ。雪ノ下の立場が無くなる。

 

「いえ、家族のお付き合いにお邪魔するわけにもいかないので」

「そう、なら仕方ないわね」

 

帰らせたいのだし、引き止めるようなことは一切してこない。まぁ、当然かな。

雪ノ下が少し縋るように見てくるがこれに関しては俺らはどうすることもできない。

 

「行くか」

「う、うん。またねゆきのん」

「由比ヶ浜さん…」

「また学校で会えるよ」

「……ええ、そうね。また」

「うん、また。隼人くんも」

「ああ」

 

そう言って俺らはその場を後にした。

 

最後まで雪ノ下の視線を背中に感じながら。

 

 

学校が始まるとすぐに文理選択の希望用紙が配られた。二年生ももうすぐ終わる。そうなると大学受験をより意識した三年生になるのだ。

大学受験において文理選択は重要だ。とはいっても大体どいつもこいつも自分の得意科目に合わせて選ぶ。時々苦手科目の方の学部に行きたいとか言う奴もいるが、それはかなり希少だろう。どちらも同じくらいの成績のやつが一番文理選択で苦労する。結局将来なにになりたいかで決めるのだが。

俺は言うまでもなく文系。数学できないし。コースとしては国立文系だ。5教科7科目はなかなか負担が大きいが、それでもやるしかない。

大体文理選択では理系が不人気だ。理由は知らないが、恐らくなにも考えてない奴らはとりあえず文系といった形になるし、なにより理系はキツイ。二次試験で数学IIIをやらなければならなくなるし、理科科目の専門分野はウエイトが重い。それが嫌で文系を選ぶやつも少なからずいるだろう。

 

そんなわけで今クラスの話題は文理選択どっちにしたかで持ちきりだ。かく言う葉山グループもその話題をしているのが聞こえる。

 

「みんなはどっち系よ」

「あたしとヒナは文系。で、優実子は考え中」

「俺らも文系だぜ」

「べー。オレも文系にすっかなー」

「隼人は?」

「一応決めてるけど、もう少し考えてみるよ」

「隼人くんさ、どっちがいいと思う?」

「それぞれ特徴があるからな。その解説くらいならできるぞ」

「じゃなくてー、隼人くんはどっちにするかってことよ」

「自分のことなんだから、ちゃんと自分で考えるべきだ」

 

さすが葉山。よくわかってらっしゃる。

将来自分がどうしたいか、どんなことをしたいか。それによって文理選択を決めるのが普通だ。

とは言っても高校生の段階でなにがしたいかなんてわかるものではない。かく言う俺もなにがしたいか決まってるわけではない。だからこそ見聞を広め、情報を集め、それでどうするか決めるのだ。

 

「オレらと一緒に文系にしよーぜぇ?」

「そーそー。理系なんて全く遊べないできついって聞くぜ。そんなことするより、文系で遊んだ方がいいって」

 

今の言葉全理系大学生を敵に回したぞ。そういう考えの奴が文系にいると文系全体が頭悪そうに思われるからやめてくんない?まぁ戸部に理系とか全く似合わなそうだけど。

 

「べー…どーすっかなぁ」

 

そういえばすっごくどーでもいいけど戸部って成績いいのかな。いい感じは全くしないけど。

 

「あ、そういえばさ、隼人くん雪ノ下さんと付き合ってるってマジ?」

 

空気が凍った。

え?そうなの?というかそんなこと三浦がいる前で言っていいの?

 

「はぁぁぁぁ⁈」

 

ほら。

 

「誰がそんな無責任なこと言ったんだ?」

 

普段温厚な葉山にしては凄まじい殺気を発する。表情も険しい。相当怒ってるな。

 

「い、いや……年始に一緒にいるのを見た人がいたみたいで、それで噂に……」

「なんだ、そんなことか。違うよ。家同士で交流があるから、それで会っただけさ」

 

あの時か。しかし噂広まるの早すぎじゃね?葉山と雪ノ下だからか?

 

「…………」

 

なんだかこの件、意外と面倒を呼びそうな予感がした。

 

 

「ヒッキー」

 

帰りのHRが終わり1人部室に向かっていると後ろから由比ヶ浜に声をかけられる。

 

「部室でしょ?一緒にいこ」

「おう」

 

わずかな沈黙から由比ヶ浜が口を開く。

 

「ゆきのんと隼人くんの件、さ。ヒッキー知ってた?」

「いや、あそこで初めて聞いた」

 

ぼっちだから噂にも疎いんだよ。

 

「まさかこんなに広まるなんてね……」

「そうだな」

 

確かに今まで雪ノ下や葉山についてはそういう噂は聞いたことなかった。俺が噂に疎いってのもあるかもしれないが、それ以上に彼女らの生活態度がそういう噂を避けるようにしてきたのだろう。

 

「この話、ゆきのんは…」

「知っててもおかしくないが、まぁどちらにしても雪ノ下の前ではしないほうがいい」

「なんで?」

「多分この手の話あいつ嫌いだろ?自分のことは特に。下手に出してみろ。絶対零度の笑顔食らうぞ」

「た、確かに…」

 

考えただけで恐ろしい。いくら二宮さんで耐性がついてるとはいえ好き好んでそんな絶対零度の視線食らうような性癖はもっていない。というか俺の周り視線で人殺せる人多くね?二宮さん、雪ノ下、佐々木さん、風間さん、三輪。横山?あいつは物理的にやる方だ。

 

そんな人外が多い俺の周囲に恐怖を感じながら部室の扉を開いた。

 

 

「ゆきのん誕生日おめでとう!」

「おめでとさん」

「あ、ありがとう」

 

部室に着くと由比ヶ浜はすぐに雪ノ下の誕生日ケーキを取り出しお祝いとなった。確か由比ヶ浜の時は雪ノ下の手作りケーキがあったし、そのお返しというのも含まれてるのだろう。とはいっても由比ヶ浜の料理は壊滅的であるため買ったやつではあるが。そんなこんなで奉仕部で雪ノ下の誕生日のお祝いをしている。

 

なぜかいる一色も交えて。

 

「雪ノ下先輩おめでとうございますー!あ、ちなみに私は…」

「…おい今日特売日じゃねぇか。7時までにスーパー行けるか?」

「依頼が来なければいけるのではないかしら」

「マジか。よし、今日は依頼くんな」

「ヒッキー奉仕部としてあるまじき発言してるよ」

「聴いてますか⁈」

「ん?聞いてない」

「酷いです!」

「それ以前になんでいんだよ」

「まあまあそれは気にしなくていいですから」

 

おかしいな、この前綾辻との蟠りみたいなのは解消したはずなのになんでこいついるの?原因綾辻じゃないってこと?

 

「今日はちょっとお願いがあって来たんですよー」

「雪ノ下、帰っていいか?」

「ダメよ」

「世界は無慈悲だ」

「ちょっと先輩、依頼いってもいいですか?」

 

なんで依頼する側がこんな偉そうなんだよ。

 

「わーったよ、で?今度はなに」

「あ、その前に確認したいことが」

「?」

「雪ノ下先輩って葉山先輩と付き合ってるんですか?」

 

なぜこいつは今一番踏んじゃいけない地雷を踏み抜くんだ!

 

「はい?」

「ひぃ!」

 

雪ノ下 は 絶対零度 の 微笑み を くりだした!

いちげきひっさつ!

一色 は 戦意 を 喪失した!

 

「一色さん」

「は、はい!」

「そんなことあるわけないでしょう?」

「で、ですよねー!」

「ほらゆきのん、この前出かけた時あるじゃん?それ見た人がいて誤解してるみたいなの」

「なるほど、下衆の勘繰りというやつね」

「まぁほら!人の噂も四十九日って言うじゃん!」

「七十五日な」

 

それ、死ぬ方な。

 

「だといいんですけどー」

「ん?」

「葉山先輩って今まで不思議とこういう噂なかったんですよー。みんなの葉山隼人っていうか」

 

それはあいつがそう望まれて、そしてそれを望まれた通りにやってきたからだろう。そのためにその手の噂が出ないように細心の注意を払ってきたから噂が立たなかったのだ。

 

「それでですね、噂が出てから葉山先輩にちょっかいかける人が増えてるんですよー」

「ちょっかい?」

「まぁぶっちゃけ告るとか?告るまでいかなくても確認とか」

 

確認?

 

「それでアピールになるの?」

「んっんん」

 

なぜ咳払い。そしてなぜ俺を潤んだ瞳で見つめる。

 

「先輩」

 

あ、これやばいやつや。グッと来ちゃう可能性を秘めてるやつや。

 

「待て、実践しなくていい。リアクションが怠い」

「酷いです!」

「まぁとにかく確認の仕方次第でアピールになるって話だろ?」

「そう!そういうことです!」

 

はーやれやれ。つまり、葉山がちょっかいかけられるのをどうにかしろって言いたいのね?

いや無理だろ。葉山になんかしようとする人にいちいち注意勧告でもすんのか。葉山がどうなろうと知ったこっちゃない俺らが。しかも完全に一色のためにしかならない。やってられるか。

そんな思いが雪ノ下にもあったのかため息を吐くと傍の部に支給されたノートパソコンを開きメガネをかけた。あ、俺があげたブルーライトカットのやつだ。

 

「あ!ゆきのんやっぱそれ似合う!」

「そ、そう?」

 

少し恥ずかしそうにしながらそう答えると、俺にわずかに視線を向けてくる。感想を言え、と。

 

「おう、いいと思うぞ」

「ヒッキーもっとないの?」

「下手に言い過ぎると選んだ自分への自画自賛になりそうだからな」

「妙なとこだけ真面目なのね」

 

ほっとけ。

 

「んなことより、メールきてねーのか」

「え?あ、来てる」

 

差出人 YUMIKO

 

うーん、こういうやつって本名じゃない方がいいんだよなぁ。今のご時世どこから情報が漏れるかわかったもんじゃないし。

さて、内容は……

 

『みんな文理選択ってどうやって選んでんの?』

 

文理選択か。確かに三浦は考え中とか言ってたが、あの時の葉山への文理選択を聞いた態度的に知りたいのはみんながどう選んでるかではなくて……

そこまで考えたところで扉がノックされる。気配は、あまり馴染みのないものだが、知らないわけではない気配。つまり

 

「今いい?」

 

メールの差出人三浦ということになる。

 

「…じゃあ私はこれで。依頼、よろしくお願いしますねー」

 

そう言って一色はそそくさと出ていった。おい、受けるとは一言も言ってねーぞ。

そして当の三浦は雪ノ下の目の前に座ると雪ノ下にガン飛ばしてた。

 

「……あんた、隼人となんかあんの」

「なにもないわよ。昔からの知り合いというだけ」

「ほんとに?」

「私が嘘をつくメリットがある?昔から、そういうの迷惑だったわ」

「はぁ?なにその言い方、マジムカつくんですけど。あーしあんたのそういうとこほんと嫌」

「優美子!その話ならもうしたでしょ!出かけて、その時本当にたまたま会って、それだけだって」

「………それだけなら、隼人そんなに気にしない。別に今じゃなくてもなんかあんじゃないの?昔に、とか……」

 

雪ノ下はそれを聞くと腕を組み、ため息をついた。

 

「昔のことをすべて語って、貴女は、周りはそれを信じる?結局、意味のないことなのよ」

 

凛とした佇まいで氷のような視線が三浦を貫く。その視線に一瞬三浦はたじろいたが、すぐにキッと睨みつけた。

そして次の行動を予測するのは俺にとっては造作もない。

 

「あんたのそういうとこ、本当!」

 

三浦は予測通り勢いよく立ち上がり、そして胸ぐらを掴もうと言わんばかりに手を出そうとした。

 

「三浦」

 

そんな三浦に対して俺は軽く殺気を込めて名前を呼んだ。大した殺気ではないが、日常的に殺気に慣れてない一般人が急に殺気にあてられれば身体は固まる。

 

「それ以上感情的になるならこちらは一切お前の話を聞かない。すぐにでもお引き取り願うことになるが、落ち着く気はあるか?」

 

まるで恐ろしいものをみたようなリアクションをしながら三浦は俺を見る。そして由比ヶ浜に促されて椅子に腰を下ろした。

 

「雪ノ下も落ち着け」

「……私は落ち着いているわ。こういうのは、慣れてるの。私は近しい人たちが理解してくれればそれでいいわ」

「………そんなの当たり前だし」

 

先ほどとは打って変わって、弱々しく、そして嗚咽がわずかに混ざっている。

 

「だからなんじゃん。その近しい人っていうのになりたい。だから知りたいんじゃん」

 

…なるほど。

 

「お前が知りたいのは、昔なにがあったかじゃないんだな」

「あーしは!………もうちょっと一緒だったらいいかなって思っただけで…その、みんなで……最近、隼人距離あるし、こんなの変って自分でもわかってる。でも…」

「変じゃない、変じゃないよ。一緒にいたいって気持ち、すごく当たり前のことだもん」

 

それを聞いて三浦はブレザーの袖で目元を拭った。

三浦は、葉山の進路、ひいてはその先に続く葉山の在り方を知りたいのだろう。きっと、今のままではいられないことをわかって、それでもなお隣に居続けることを望むのだ。

 

「でもな三浦、葉山が教えないってことは知られたくないってことかもしれんぞ。嫌がられる覚悟はあるのか」

「ちょ、ヒッキー」

「比企谷くん…」

 

ここはオブラートに包んでもなにもない。三浦の意思をきつい言葉でも確認しておくべきだ。

 

「それでも知りたいのか?」

「知りたい。それしか、ないのなら」

 

……なるほど、こりゃ硬いな。

 

「……わかった。やるだけやる。でも保証はできん。それでもいいか」

「……ん」

 

目元をこすったせいでメイクが剥がれ、目の周りが黒くなる三浦を見て、少しだけ気が重くなるのを感じた。

 

 

サッカー部が練習するのを遠目に見つめる。冷たい風が吹いたが思考にだいぶ意識を使っているためか、あまり気にならない。

 

「はい」

 

そんな俺に缶が差し出される。暖かいマッカンだった。

そしてそれを差し出すのは猫のミトンをつけた雪ノ下。傍らには由比ヶ浜の姿も。

 

「サンキュ」

「ごめんなさいね、貴方1人に任せてしまって……」

「いい。この状況で下手にお前を接触させるよりはまだいいだろ」

 

噂が立ってる雪ノ下と葉山を会話させるのは得策とは言えない。加えて今回の依頼は文理選択がどちらなのかを聞くこと。前にその会話に入っていた由比ヶ浜が再び葉山に聞くのは違和感がある。ぶっちゃけ俺が聞いても違和感があるのだが、三浦が依頼したことを知られる可能性は由比ヶ浜よりは低いとなり俺がその役目を買うことになった。

 

「1人で大丈夫だ。結果は連絡するからもう帰ってていいぞ。1人の方が聞きやすいしな」

「……そう。じゃあ悪いけど任せるわ」

「ごめんねヒッキー、頑張ってね」

「おう」

 

2人はそう行って帰って行った。

2人が帰るのを確認すると黒いスマホを取り出す。そこにはメッセージが一件表示されていた。

 

『横山夏希 本部に夜9時に来れるなら来てくれる?今後のことで話があるの』

 

その『今後』がなにを示すのかはもう知ってる。有馬さんが全部ではないが話してくれたし、迅さんから直接聞いた。

 

「ああ、きついな」

 

葉山の文理選択よりもはるかに大事なことがあるってのに、俺はなにやってんだか。佐々木さんのことお人好しだのなんだの言ってるが自分も随分なお人好しだと思いつつ、マッカンを煽るのだった。

 

ーーー

 

日が完全に沈む直前にサッカー部の練習は終わった。

片付けが終わると、葉山は1人の女子生徒に声をかけられ、そしてあまり人気のない駐輪場の方へ足を運んでいった。

それを確認すると俺は気配を完全に消してその後をつけた。ストーカーみたいで嫌だが、誰も気づいてないからオールオーケー。異論は認めない。いや、ストーカーだなこれ。

 

校舎の陰で様子を伺うと、女子生徒は葉山になにかを伝えているようだ。会話は聞こえないが、まぁ察しはつくだろう。

そして女子生徒がなにかを伝え終わると、葉山は少しだけ俯き、そして女子生徒はそれを聞くと俯きながら去っていった。

女子生徒が完全に去ったのを確認すると俺は葉山に近づく。

 

「……ああ、君か。今の見てたのか?」

「見たくて見たわけじゃねーよ。自転車ここなのに帰ろうとしたら、そこに出くわしちまっただけだ。好きでみたわけじゃないしなにいってたかは全くわからん」

「…そうかい」

「……そういやお前、文理選択どっちにしたんだ?」

 

完璧な嘘だし、我ながら下手くそな話題転換だと思うが、もう帰りたかったから仕方ない。

 

「俺の進路?なんでそんなことを?誰かに頼まれたのか?」

「この微妙な空気を変えようとした俺への気遣いは皆無かお前。参考程度に聞くのもダメなのかよ。間違っちゃいねぇけどな」

 

この状況でそんなことを聞くのは誰かに頼まれた以外ないから素直に白状する。誰からとは絶対に言わないが。

 

「……じゃあ、俺からも頼まれてくれないか?そういう煩わしいの、やめてくれないか?」

 

雰囲気が一気に変わったが、この程度は予想通りだ。なにも言わずにただ葉山の目を見る。

 

「……って、相反する依頼をされたらどうするんだ?」

「部長次第だな」

「……そうか。それと、さっきの質問、答えは想像に任せるよ」

 

それだけ言うと葉山は去っていった。

 

「本当に不憫なやつだな、お前」

 

夜の闇に包まれる学校で俺の言葉を聞く者はいない。

 

 

葉山の件の後、家には帰らずそのまま本部に向かった。小町は今日も塾が閉まるまで勉強だ。多少遅くなっても問題ない。

作戦室の扉を開くと、横山がいた。

 

「おう」

「や、ハッチ」

 

普段と雰囲気が違う。いくら横山とて、あんな事(・・・・)言われて平常でいられるほど強くはないのだろう。横山も、まだ俺と同じ子供で、しかも女子だ。仕方ない事だろう。

 

「ねーハッチ」

「ん?」

「ちょっと付き合ってよ」

「……ああ、なるほど」

 

こんな時だ。付き合ってやろう。俺も腕を上げたことだしそれを見せるいい機会だろう。

 

ーーー

 

トレーニングルーム

 

俺はいつも通りのトレーニングウェアバージョンのトリオン体。

いつもと違うのは横山のトリオン体だ。オペレーターも一応トリガーを与えられているためトリオン体になることはできる。とはいっても武器はないため、攻撃はできないが。横山は今、トレーニングウェアバージョンのトリオン体になっている。横山のウェアは黒のハイネックの長袖インナーの上に白の半袖シャツ、そして黒のロングタイツに白のショートパンツという格好だ。最初はもっとぴったりしたタイプのウェアだったのだが、目のやり場に困るから無理やり変えさせた。

ちなみに足は裸足。裸足が一番動きやすいとかなんとか。

 

「ルールはどうする?」

「いつも通りの10本じゃね?」

「そーね。とはいっても最近ハッチとはやってなかったから、どうなってるか楽しみね」

「やれやれ……」

 

適当に互いにアップを済ませると

 

「んじゃ」

「いくぞ」

 

同時に拳を突き出した。

拳が互いにぶつかると、すかさず顔面に向けて足が繰り出される。それを左手で流すとぶつけた拳をずらして横山の顔面に向けて放つ。それを最小限の動きで躱されと凄まじい速度で掌底が放たれる。ギリギリ躱したが、ほぼ同タイミングで放たれた足払いは躱しきれず転ばされる。そこを蹴り上げようとしてくるが床を押して間一髪躱す。

体勢を立て直すとすかさずトリオン体の能力をフルに活用した飛び蹴りが飛んでくる。それをガードし、足を掴むがもう片方の足が顔面にモロに入る。生身なら目が潰れてた。だが蹴られながらも掴んだ足は離さずそのまま床に横山を叩きつける。本来なら叩きつけられるだろうが横山はあろうことか空中で身体を捻り体と床の間に腕を入れガードした。そして掴んでる俺の手を蹴りで外し腕だけで身体を持ち上げ体勢を立て直した。

立て直してすぐはスキができるため打ち込もうとするが、体勢を低くして俺の攻撃をかわした横山はその勢いで顔面に蹴りを入れてきた。カウンターが速すぎたためかわせずモロに喰らい俺は地面に倒れた。

 

「まず一本」

「バケモンが…」

 

本当にこいつオペレーターかよ。

 

「まだまだ」

「いいね!」

 

負けじと向かっていくが、結局勝ち越すことはできず8-2で惨敗したのだった。

 

 

「あー、たのしかった!」

「お前これ生身なら全治何ヶ月とかだぞ」

「トリオン体じゃなきゃあんな動きできないからいいの」

 

楽しげに伸びをする横山に恨み言を言うが、ボロクソに負けてるからかそんな恨み言もあまり出てこない。

というかマジでこいつオペレーターかよ。改めて思うけどバケモンだな。

 

「なんでお前が戦闘員じゃないのかねぇ」

「トリオンないからでしょー。やりたくてもできないの」

 

体術だとトリオン体相手には効果が薄い。そのため戦闘員で体術をやってるのはうちのメンバーくらいだ。そもそもこいつのトリオンでは戦闘では役に立たないだろう。

 

「スッキリしたか?」

「うん、ありがと。最近煮詰まってたから」

「そりゃ、な」

 

と、そこで佐々木さんが入ってくる。佐々木さんも少しだけ雰囲気が違う。

 

「遅れてごめんね」

「いーの。ハッチで憂さ晴らししたから」

「おいこら」

 

そんな軽口を叩いているが俺たちが数日前言われたことを考えたら空元気もいいところなのかもしれない。

 

数日前、俺たちは玉狛に出向いて空閑達に会った。その時に迅さんと会い、こう言われた。

 

 

『言うか言わないかですごく悩んだが、言った方がその未来を回避できそうだから言わせてもらう』

 

 

『お前達全員、このままだと死ぬ』

 

 

 




さーて、病みあがり一発目から超展開でしたがガイルイベントの方と大規模侵攻の時期にあまり差がないことに気づいたためこうしないと色々と作者が考えてる展開にできないのでこんな超展開になってしまいました。すいません。
この迅さんの言葉と有馬さんの言葉に関連があるのかはみなさんのご想像にお任せします。
また、次回はガイルサイドのキャラとワールドトリガーサイドのキャラの絡みも考えてます。楽しみにしていただけたら幸いです。

そして書いてて思ったけど、横山さん半端ねぇ。

次回もよろしくです。

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