今回の話の都合上、少しだけワートリの時間軸を弄ってます。とはいっても時間が明記されてないとこだから気にならない方もいるかもしれませんが、予め断っておきます。
では51話です。
「っあぁ……」
荷物を部屋に放り投げ、居間のソファーに沈み込む。
報告書を全て片付け、帰宅すると既に10時を回っていた。小町には一報してあるから問題ないが、試験が近づいてきたこの時期にあまり勉強以外のことで苦労や心配をかけたくないのだが仕方ない。というか本当に俺休暇中なの?仕事休めてないよ?
「およ、お帰りお兄ちゃん」
「おう、ただいま」
小町が居間に入って来る。どうやら風呂に入っていたらしい。
湯冷め対策に風呂上がりなのにかなり着込んでいる。賢明な判断だ。まぁ日頃から俺が言ってるからなんだけど。
「悪りーな、今日メシ作ってやれなくて」
「いいよいいよ。またボーダーの仕事でしょ?聞いた話だと第一中も昼間になんかあったらしいし、緊急のことなら仕方ないよ」
「まぁ、緊急だったのは事実だな」
「そんなお兄ちゃんのために、小町はご飯もお風呂も用意してあるんだよ!あ!今の小町的にポイント高い!」
「最後のなけりゃ八幡的に超ポイント高かったんだがなぁ」
そんなことをボヤきつつ、俺は久々に小町が作った夕飯を食べたのだった。
その後米屋から聞いた話によると、明日から三輪隊は三雲を監視することになったらしい。全員で常に見張るのではなく、極秘任務として交代で見張るのだとか。まぁ防衛任務じゃねーし全員でおおっぴらに動くこともできねーしな。というか極秘任務扱いなのに俺に教えんな。
*
翌日
防衛任務は相変わらずないため学校は最後までいた。
さらに今日はなんかの理由でコミュニティセンターが使えないため、会議もない。一色達と全員で話しておきたかったが、それはまた後日ということになってしまった。今後のスケジュールを考えるとギリギリだが、学校が半ドンの日とかもあるからそういうのも考慮すればどうにかはなりそうだ。玉縄がまたみんなで頑張っていこうスタイルを貫かなければ。いや貫くか。どうへし折るかが問題だな。
と、そこでスマホが振動する。呼び出しではなく報告関連のメールだった。
『本日、イレギュラーゲートの原因たる小型トリオン兵の一斉駆除を行なうため、正隊員及び訓練生は指定の時間に集合せよ。
16時00 本部メインゲート前
なお、以下の部隊及び指定の時間帯に防衛任務中の部隊は例外として参加を免除する。
A級1位太刀川隊
A級2位冬島隊
A級3位風間隊
A級 比企谷隊
以上』
よかったーこれで俺らも呼び出されてたらマジで直訴しにいくレベルだったわー。ちゃんと休暇は休暇としての概念を保っていたようだ。形式だけ?そ、そんなことないし?いやそんなことしかないわなこれ。
上位三部隊は現在遠征に行っているため不参加となっている。一応遠征は極秘事項なので参加免除という形にして適当にぼやかしてるのだろうとか思ったりした。
さて、この大規模掃討が行われることよりも俺にはこの後重要なことがある。
クリスマスイベントの予算の上乗せのお願いだ。とは言っても俺らは基本的に後ろで見てるだけで一色が大体やるようなスタイルにさせるつもりだ。最初一色はブースカ言ってたが今後のためだと雪ノ下と由比ヶ浜が説得したら割と簡単に折れた。一色も自分でもなんとなくわかってはいたのかもしれない。今のままではいけないと。
別に派閥ができたりして対立しているわけではないのだ。お互い歩み寄りが足りない。ただそれだけ。軽く背中を押せばあいつらはどうにかなるはずだ。
そんなことを考えつつ駆け寄って来た由比ヶ浜と共に教室を出るのだった。
とは言っても、結果はなんとなく目に見えてるのだがな。
*
「平塚先生」
「んぉ?」
雪ノ下と一色と合流した後、職員室に向かい平塚先生の元を訪れた。そしたら平塚先生はカツ丼を食っていた。この人、なぜかは知らないがカツ丼の食い方がやたら男らしい。こういうとこが結婚できない理由なのかもしれない。
「どうした?」
口の中のものを飲み込みまだ半分くらい残っている丼を机に置いて口元をナプキンで拭いた後、平塚先生は俺たちに向き直った。ふむ、こういうとこは好感持たれそうなのにな。
「え、えーっと…」
しかし肝心の一色がなぜかここにきてしどろもどろになり、助けを請うように俺たちの方を見た。いや、手助けしないって言ったよね?
「必要なことだけ伝えればいいのよ」
「やることはわかってるから、こう、さっと伝えちゃいな!」
雪ノ下と由比ヶ浜からの優しい言葉に感化されたのか、一色はその後すぐに用件を伝えた。
簡単に言えば予算の催促だ。このままの案でやるとは到底思えないが、やる内容を削るにしても今の予算では相当な量の内容を削るハメになる。加えて予算ギリギリまで向こうは既にジャズバンドの依頼を出してしまっている。だがそれだけではイベントとして酷すぎるため予算の上乗せの相談に来たのだ。カンパとか絶対嫌だし。
「なるほどな」
「このままだと、向こうが発注したジャズバンドだけになってしまうので、それで……」
「予算の上乗せの相談に来た、というわけか」
ふむ、とほんの一瞬平塚先生は考え込むと机の引き出しから紙切れを4枚取り出した。
「ほれ」
「は?」
「これをやる。これでクリスマスがどんなものか学んで来たまえ」
その紙切れの正体はディスティニーランドのチケットだった。いやなんでだよ。
「なんで4枚も持ってるんすか?」
「……この前友人の結婚式の二次会のビンゴで当たったんだ。1人で二回行けるね!って二回も言われた」
「………………………」
それを言った人は多分相当なドSだ。的確に気にしている傷口を広げて塩を塗り込むどころか塩酸ぶち込む勢いだわ。
「まぁ、私も暇ではないのでね。これでも社会人だ、クリスマスとはいえ年末だ。色々と忙しいのだよ」
……クリぼっちを気にしないようにするために仕事入れただけじゃね?と思ったが口には出さない。殴られるビジョンが見えるからね。
「比企谷?なにか今失礼なこと考えなかったか?」
「気のせいです」
なーんでみんなわかるの?みんなエスパーなの?それともそんなにわかりやすいの?
「とにかく、これをやる。君たちも色々忙しかったろうし、この前の市街地爆撃で精神的にも疲れているだろう。我々には被害がなく特に気にしてないのかもしれないが、そういう事が近くであったということだけで何かしら精神的に来るものがあるだろう。慰労も含めて、これで羽を伸ばして来たまえ」
前から思ってたけど、この人時々理不尽なのとすぐ手が出ることを除けば大体いい人だよな。現国も教えるの上手い方だし、先生としては結構いい先生なんじゃね?いや前者二つの時点でどうなのって思うけどそれはまぁ、ね?
「わー!ありがとうございます!」
一色はそのチケットに喜んでいたが、俺はどうも乗り気になれなかった。別にディスティニーランドが嫌いなわけではない。ただ、クリスマスの時期となると、年始並みに混むイメージしかない。そのため基本的に人混み嫌いの俺としては行く気が起きないのだ。
「なんでこんなクソ混んでる時期に……」
「えーいいじゃんクリスマスディスティニー!」
そんなの息抜きが息抜きじゃなくなるだろうが。なにが悲しくて海風やばい+クソ寒い時期のダブルパンチに加えてステータスで存在するクソ人混みにつっこまにゃならんのじゃ。いくなら入試で休みになる時とかだろ普通。
「行くにしても一枚無駄になるわよ。私年間パスポート持ってるし」
「ガチ勢かよ」
年間パスポート持ってるとか年間何回行くんだよユキペディアさんよ。あ、そういやこいつパンさん好きだったな、あの目つきの悪い生き物。
「じゃー行くってことでいいですか?」
「誰も行くとは言ってねぇ…」
「でも多数決だと行くですよ?」
「私も行くとは言ってないわ」
「信じてたぞ雪ノ下」
「こんなことで信じられても……」
いや、お前は俺と同じ人混み嫌いの人種だと思っていた。なんでかって?いやなんとなくわかるでしょ?ほら…ねぇ?
「あたし、ゆきのんと一緒にパンさんのバンブーファイト乗りたい!」
「…………………仕方ないわね」
雪ノ下、陥落。いや落ちるの早すぎじゃね?百合なの?ガチ百合なの?
「と、言うわけで行くってことでいいですね?」
「………もう好きにしろ」
「じゃあ好きにします!ちょっと呼びたい人もいるので」
「は?」
嫌な予感しかしねぇ。
「あ、先輩達も誰か呼びたかったりします?」
「いや、あたしは別に」
「私もね」
「先輩は?」
「お前、葉山一派呼ぶ気だろ」
「あ、わかります?」
「ったりめーだ。となると俺の居場所というか居心地めっちゃ悪いじゃねぇか」
「貴方はいつもどこでと居心地悪そうじゃない」
「少なくとも学校の、特にクラスのこと突っ込まれると反論できねぇな」
なんならボーダーの会議室とか居心地悪いどころか入りたくないまである。あそこに呼び出されてロクな思い出がない。鳩原さんの一件だったり、今回のアレだったり。
「なら俺も1人呼んでもいいか?一色は知らないだろうが、雪ノ下と由比ヶ浜は知ってるだろうし」
「ちなみに誰?」
「いや、まぁそいつの予定が確約できたら言うわ。ダメだったら誰も呼ばん」
「だそうよ」
「まぁいいんじゃないですか?(どうでも)」
こいつ絶対どうでもいいとか思ってんな。いや、俺も戸部のことはどうでもいいって思ってるし平気か。
「ヒッキー」
「ん?」
「あたし達も知ってるってことは、よねやんとか?」
「いや、どーせなら学校同じ奴がいいかなって」
「?」
一色と米屋ならまぁ確かに割とすぐに仲良くなるだろうし、米屋なら葉山達とも面識がある。だが戸部というクソ騒がしい奴がいる以上、できるだけ静かな奴が側にいて欲しい。加えて1人だけ第一高校ってのもなんとなく気まずさや話についていけないこともあるだろう。だから米屋は違う。
本来なら綾辻を呼ぶのだが、あいつはしばらくボーダーの方で忙しくなるはずだ。確か今週も学校以外はずっとボーダーだと聞いた。
「……もしかして、奈良坂くんかしら?」
「正解」
「誰ですかその奈良坂って」
「俺のダチ」
「いやそういうのいいですから」
「はっ倒すぞお前」
「押し倒す⁈確かに私強気でグイグイくる男性も好みではありますが先輩には似合いませんごめんなさい」
「はいはい」
「ぶー、リアクション薄〜い」
どうしろってんだ。過剰にリアクションしてもマジでキモいだけだろうに。
「で、いつ行くんだよ」
「明日か明後日じゃないですか?休日ですし」
「余計混んでるやん……」
まぁ、アフター6で学校後に行くってのもあれだけどさ……。
やべぇ、さらに行く気失せるわ。
その後予定を決め、俺は奈良坂に連絡を取るのだった。
*
当日
舞浜駅
「…………………」
俺は、絶句していた。
理由は単純だ。メンバーがおかしい。
雪ノ下、由比ヶ浜、一色←わかる
葉山←一色が呼んだ。わかる
戸部、三浦、海老名さん←なんでだ
奈良坂←俺が呼んだ。わかる
那須←いやなんでだよ
とりあえず奈良坂に集合をかける。
「おい奈良坂、なんで那須がいんだよ」
「このことを玲に話したら行くつって聞かなかったんだよ」
「いやあいつ身体大丈夫なのかよ」
「医師に許可は取ってるらしい。その許可証明書まで取ってきてるんだ。大丈夫なんだろう」
いや、そこまでして行きたかったの?そこまですることなの?
そんな思いを抱えつつ、那須を見る。
「いいでしょ?」
「いや、まぁ許可があんならいいけど、そこまですることなのか?」
「うん、することだよ」
……わからん、全くわからん。ここまでする訳が。ぶっちゃけ地元民の俺らは行こうと思えばディスティニーくらいいつでもいける。那須は体調のこともあるのかもだが、それでも関西の方に住んでる人よりははるかにマシだろう。
「まぁ玲もそう言ってる。今来てる一色って子以外は俺たちも面識があるから問題ないだろう」
「……もう好きにしてくれ。
という訳だ、一色。こいつは奈良坂、ボーダーの同僚だ。んでこっちはその従兄弟、那須。こっちもボーダーの同僚で俺の弟子でもある」
「奈良坂透だ、よろしく頼む」
「那須玲です。さっき言われたように、比企谷くんの弟子でもあるの」
「あ、これはご丁寧にどうも。一色いろはです!現在総武高校の生徒会長をやってまーす!」
……まぁ、見た感じ険悪な雰囲気にはなってないしいいか。2人とも下手に波風立てようとするタイプじゃねーし。
「久しぶりー玲ちゃん!透くんも!」
「久しぶり、由比ヶ浜さん。夏以来ね」
「もうそんな経つかー!透くんは学校同じだから時々廊下とかで会うけど玲ちゃんは学校違うから会えないんだよねー」
さすが由比ヶ浜のコミュ力と言うべきか、久しぶりに会った那須にもガンガン話しかけにいく。そして那須自身もコミュ力が低い訳ではない。由比ヶ浜経由で一色とも話しているようだし、特に問題は無さげだ。
「……まぁ、邪険になるよりはマシか」
「まぁ、玲が邪険にすることなんてそうないとは思うけどな。お前も玲の師匠だったんだし、そのくらいわかるだろう」
「そりゃあ、な」
落ち着いた雰囲気と同じで物腰柔らかい態度で俺の教えを忠実に受けて来た。かれこれもう二年近くの付き合いになるのか。
「じゃあ、みんな集まったことだし行こうか」
葉山の言葉に反対する人間はいなかった。
*
『おおー』
入ると一同は感嘆の声を上げた。
ディスティニーランドはすでにクリスマス仕様になっており、入るとすぐに巨大なツリーがあった。さらに装飾も華やかなもので、このような光景は初めてではないにしろ、それなりに感動するものがある。
「写真、写真撮ろ!」
そういって由比ヶ浜をはじめとする女子連中(葉山も)はスマホで写真を撮り始めた。どうせこの後インスタにでも投稿するのだろうなとか思いつつぼんやり眺めていると、写真を一緒に撮っていた那須がこちらによってきて、俺と奈良坂の手を取った。
「お、おい」
「せっかくなんだし、2人も撮ろう?」
「……まぁ、いいけどさ」
「ふふ、由比ヶ浜さん、撮ってもらっていい?」
「うん!」
そう言って由比ヶ浜に那須はスマホを渡した。
那須を真ん中に俺と奈良坂が挟む形になった。由比ヶ浜の撮るよーという声を聞きつつ、那須の楽しそうな横顔をほんの一瞬だけ盗みみた後、カメラにぎこちないながらも笑みを向けるのだった。
ーーー
撮影会の後にまず向かったのはス◯マンだ。
「……ここ、クリスマス要素がないから取材にはならないと思うのだけれど」
「ご尤もだが、俺らは取材なのに対して葉山達は完全に遊びにきただけだからな」
ぶっちゃけ奴らにとっちゃ俺らの取材なんぞ知るかと思っているだろう。まぁ取材のためだけにここ来るってのもアレだし、別にいいとは思うのだが、真面目大王雪ノ下からしたら疑問に思ってしまうところなのだろう。
「……そういや、那須はこういうの大丈夫なのか?」
「うーん、あんまり良くないかな…?でもみんなに気を使わせるのも嫌だし、大丈夫よ」
ああ、そうだ。こいつはこういう奴だったな。
「いや無理はいかん。それでお前の体調が今後よくなくなることも考慮したら、ここは乗るべきではないだろうよ」
「……やっぱり、そうかな」
「そうだ」
「透くんもそう思う?」
「ああ」
「……わかった」
「今はちょっと外れ辛いとこにいるからもう少ししたら訳を話して列を抜けるといい。比企谷と」
え、俺も?
「お前、みんなが出てくるまで玲を1人で待たせておくつもりか?」
「いやそうは言ってねぇけど、お前でもよくない?」
「嫌なのか?」
「いや、全然嫌じゃねぇけど…」
「じゃあ一緒にいてやれ」
「………」
実際断る理由も特にないしいいんだけどさ。
「じゃあそういうわけだ。抜けられるとこまで行ったら俺と抜けて外で待ってるってことでいいか?」
「うん。ありがとうね」
「構わん」
少し困ったように笑う那須に俺は軽く肩を竦めてそう言った。このアトラクションに絶対乗りたいとかそういうわけではないし、特に謝られる理由もない。これで下手に那須の体調が悪くなるようなことがある方がよっぽど申し訳なくなる。
その時、わずかに那須と奈良坂が謎のアイコンタクトをしていたが、なんなのかはわからなかった。
ーーー
少し列が進み、誰が誰と乗るかという話になっていた。
と、そこで出てくるのが誰が葉山の隣に乗るかだ。三浦と一色は共に葉山に想いを寄せている。ここは互いに譲れないのか、葉山を挟んで火花を散らせている。
だが残されているメンバーを見ると、それはそれでなかなかに気まずい。由比ヶ浜は雪ノ下と乗るからいいし、奈良坂は誰でも対応できるからいい。俺と那須はもう少しで抜ける。だがそうなると残っているのか戸部と海老名さんなのだ。
あの修学旅行以来、特に進展はないらしく未だに友人の関係である2人は互いが互いに向ける感情がどんなものか理解している。理解しているからこそ気まずいのだ。下手に気を使う必要が出てきたしまい、そこでテンパってなにをしでかすかわからない。主に戸部が。
そして戸部はアホなりにそれを理解している。そのため戸部が取った行動は
「隼人くーん!一緒に乗るべ!」
葉山と乗ることだった。
なんのことはない。ただ戸部がアホなだけだ。
「戸部ぇ、あんたさぁ…」
「戸部先輩、邪魔ですよ★」
まぁそんなことすれば葉山ファンの2人から殺意を向けられるのは当然である。そんなファンの殺気にあたふたする戸部を眺めていると、隣に海老名さんがいた。
「戸部っち、大変そうだねぇ」
「はっ、まるで他人事だな。そんな風に思うなら助けてやれよ」
「ぐふふ……ここはヒキタニくんが助けてあげてトベハチってのはどうよ⁈」
「勘弁してくれ…」
「あら残念」
かけらも残念そうではない声でそう返してきたその顔は、あの時の俺にお願いをした時と同じ顔をしていた。あの無機質で、なにも感じられないカタチだけの笑顔だ。
「……あの時、さ」
「あ?」
「ごめん」
「…………」
今更謝られてもな。
「…手間と面倒はかかったが、こちらに被害は出てない。だから謝る必要もねぇよ」
せいぜいいらん苦労をかけされられた程度だ。その程度で恨みを募らせるほど器は小さくない。小物であることは認めるけど。
「……そっか」
「それに、あの時は他に思いつかなかったんだろ?俺という
俺も必要に駆られれば同じことをしないとは言えない。あくまで最終手段として、だが。あの状況で俺を頼りにする時点で海老名さんはもう他にどうしよもなかったのだろう。頼りの葉山がダメだったのだ。そうなっても不思議ではない。巻き込まれた側からしたらたまったもんではないが、もう終わったことだし。
「横山とはどうだ、その後」
「もう大丈夫よ。あの子、基本引き摺らない性格だってことはヒキタニくんも知ってるでしょ?」
「ああ」
「次の日から普通に話しかけてきたよ、何事も無かったように」
「あいつらしいわ」
男勝りのさっぱりした性格だ。さっぱりしすぎて逆に戸惑うこともあるが、なんだかんだあいつも海老名さんのこと大事な友人だと思っているらしい。
「その後、どうだ」
「……うん、お陰様で」
「………」
少なくとも、カタチだけはどうにか保てているらしい。内面がどうかはわからないが、それでも彼らの望んだようなカタチには保てている。
それも、いつか壊れるのかと思うと今こうして彼らがワイワイしてる光景はどうも見ていていい感情は出てこなかった。
俺自身が直接関係ないからこそわかるものなのか、それとも当事者でもわかるものなのかは、わからなかった。わからないがゲシュタルト崩壊しそうなくらい連呼されている理由もわからなかった。
ーーー
「じゃ、俺らはここで一旦抜けるわ」
「ああ、待ってもらって悪いな。本当ならみんなが乗れるやつにしたかったんだが…」
「まぁここまで並んで今更全員で抜けるってのも、な」
不満が出てきてもおかしくはない。主に三浦あたりから。
「じゃあ比企谷、玲を頼むぞ」
「はいよ。また後でな」
それだけ言うと俺と那須は列を抜けた。
外に出ると、極寒の海風が吹き付け、思わずマフラーに顔を埋める。
待ってるっつっても、外は寒いし、ずっと突っ立ってるわけにもいかない。どこか適当に室内に入って待つのがいいだろう。まだ開園してそんなに時間経ってないし、情弱な那須もいる。まだ人がほぼいない近くのカフェらしきとこで待つとしよう。
「外は寒いから中で待ってようぜ」
「うん、そうだね」
那須の了承も得たことだし、さっさと入ってしまおう。
ーーー
やはり開園して時間が経ってないだけあり、客は俺らの他に1組しかなかった。
俺はコーヒー、那須は紅茶を注文し、席について飲む。うむ、寒かっただけあり暖かさが五臓六腑に染み渡る。しかしこういうとこの飲み物も食べ物も無駄に値段張るよな。こんな少なくていうほど美味くないコーヒーが400円ってなんだよ。お財布には夢もへったくれもねぇな。
「ごめんね、私のために」
「気にすんな。それで後日体調崩されるとこっちの罪悪感が半端なくなるからいいんだよ」
弟子の体調にも気を配らない師匠とか頼りない通り越してバカである。
「そっか」
「最近、チームはどーだ?」
「悪くないわ。安定して10位くらいにはいられるようになったし」
「ほぉ」
最近ランク戦のランキング見てないから那須がそんなとこで安定していられることに少し驚いた。
「つまり、中の上くらいにはなったってことか」
「うん。でも、一度上位組とやったんだけど、そこでは歯が立たなかったなぁ。すぐに落とされちゃった」
「割と上位と中位では実力差あるしな。その間にいるのって多分今じゃ香取隊くらいだろうし」
「そうね、今は香取と同じか少し下くらいの実力かなぁ、うちは」
「ま、その順位ならそうだろうよ」
俺は嫌味に聞こえるかもしれないが、あまりB級の期間が長くなかった。下位は一試合で終わってそれ以来落ちてないし、中位もあんま試合してない。さすがに上位では多少試合したが、それでも他と比べたら少ないだろう。ぶっちゃけC級の期間の方が長かったまである。
それに当時と今では戦力やトリガーの多様性も違う。今の状況で当時の俺がB級に入ったら、恐らく上位止まりだったであろう。
「まぁ、その調子でいけば上位にもそのうち入れるんじゃねぇか?」
「そうね」
「お前らは連携も結構しっかりしてきてんだ。あとは…」
「個々の実力、ね。わかってるよ」
「そうか」
「そのためにも、これからも指導よろしくね?比企谷くん」
「俺が教えられることもうあんま残ってないんだがなぁ……」
ぶっちゃけもう射手として教えられることは粗方教えたはずだ。あとは機動方面の指導となるが、これは人によってだいぶ差がある。俺と那須の機動力は割と似たタイプではあるが、まるっきり同じではない。那須はグラスホッパー使わないのに対して俺は使いまくる。那須は障害物を盾にするのに対して、俺は直感頼りでかわして攻撃するようなことも多い。教えることは教えたんだし、あとは個人で実践を積んで試行錯誤してく段階にもう那須は達し始めていると思うのだが……。
「まぁ、やれることがあるなら協力は惜しまん。今休暇中だし」
全く休めてないけど。むしろ厄介ごとに巻き込まれてるけど。
「ふふ、それでいいよ」
「そーかよ。そういや熊谷と日浦の方はどーなんだ?」
「くまちゃんも茜ちゃんも強くなってきてるよ。くまちゃんはしょっちゅう佐々木さんに相手してもらってるみたいだし、茜ちゃんも透くんに色々教わってるみたい」
「ああ、熊谷が佐々木さんとしょっちゅう相手してるのは知ってる」
なにしろ時々うちの作戦室のトレーニングルームでやってるからな。熊谷武器持ちなのに対して佐々木さん素手で相手してるとかあの人もなかなかぶっ飛んでるわ。
「佐々木さんって教える時どうなの?やっぱり優しいの?」
「いや?教える時はそんな優しくねぇよ」
普通に『全然ダメ』とか言うし。
「へぇ、意外」
「教える立場である以上、ある程度厳しくなるのは仕方ないだろうよ。それに佐々木さん意外と熱が入りやすいし」
「本当に意外だわ」
まぁ優しく教えるのも悪くはないのだろうが、多少の厳しさも必要だとか考えてるんだろうな。
「比企谷くんは優しく教えてくれたのにね」
「いや……まぁ……多少はダメ出しとかしたと思うんだが…」
「比企谷くん本人はわからないかもだけど、教わった私からすれば優しかったと思えるものだったよ」
激甘にしたつもりはないが、そこまで優しくしてた気もしないんだよな。なにしろ最初は俺那須の師匠なんぞやる気なかったし。あの場に二宮さんいなかったら確実にやってないし。
まぁ、もし優しく思われてたのならあれだろうな。二宮さんの修行があまりにも厳しかったからかな。弟子に同じ思いをさせないようにした俺の計らいかな?……我ながらよく耐えきったな。
「まぁ、バイパーの指導なんて俺以外にできるとは思わんしな。自惚れかもしれんが」
「指導だけなら出水くんでもできるかもしれないけど、出水くん感覚派だし教えるのに苦労しそうだね」
実際あいつは感覚派で合成弾も『なんかやったらできた』とかほざきやがる。合成弾を早く合成する方法を聞いても『え〜?やってりゃできるようになんだろ』とか言われて殺意が湧いた。実際実戦で使ってたら早くなってきたが、それでも出水には及ばない。
「そういえば最近、忙しそうだけど、どうしたの?」
あーやっぱ知ってるか。まぁそりゃそうだよな。
「まぁ、ちょいとな。機密事項だから教えることはできんが」
「そっか…」
ネイバーが絡んでるとはさすがに言えん。上からも口止めされてるし。
「………ただ」
「ただ?」
「近いうちになんかある。そんな気がする」
「…また勘?」
「まぁ、な」
「よく当たるもんね」
「嫌な方は特にな」
もう少しいい方向の予感も察知してほしいもんだ。
そう思いつつ、砂糖とミルクをしこたまぶち込んだマッカンもどきの無駄に高いコーヒーを啜った。
首筋に残るチリチリとした不吉な予感をかき消すように。