UA30万突破しました。ありがとうございます。
とうとう30話ですね。
30話 彼は、嫌っている面倒事にやたら縁がある。
夏休み最終日。
時刻は夕方。夕日がもうそろそろ沈むかなぐらいの時刻だ。
俺は防衛任務を終え、本部の屋上でぼんやりマッカンを飲んでいた。新学期、面倒くさいなーとかそんなことを思いながら。
「よ、比企谷じゃん。なにしてんのこんなとこで」
「ども迅さん。いや、ただたそがれてただけです」
「そうか」
そうして2人でぼんやり夕日を眺める。と、そこで迅さんは持ってたバッグをあさる。またぼんち揚か?
「アイス食うか?」
ぼんち揚じゃない、だと?というかバックにそれ入れてたの?あ、すぐそこの売店で買ったやつか。
「ぼんち揚じゃないんすね」
「ぼんち揚もあるぞ」
あるのかよ。
「じゃあ、いただきます」
「ほいよ」
受け取ったのは水色のアイス。一口かじるとソーダっぽい味が口に広がる。
「どうだった?夏休み」
「………まぁよかったんじゃないすか?誕生日も祝ってもらったし。それなりに楽しかったですよ。防衛任務ばっかでしたけどね」
「随分頻繁に入れてたよな」
「おかげで大分稼げましたよ」
いやほんと、かなり稼げた。これで当分は楽が出来そうだ。あ、佐々木さんからもらった問題集そろそろ終わらせねーと。
「で、迅さんはなにしに来たんすか?まさか俺と夕日見るためにここに来たとか言いませんよね?」
「相変わらず鋭いなー…」
「俺になんか予言ですか?」
「予言……まぁ間違ってはいないけど……。新学期、どっかでお前の周囲の誰かと、お前の間に亀裂が入る」
え、マジ?
「……それは、誰ですか?」
「悪い、わからん。そもそも本当に亀裂が入るかも定かではない」
「随分曖昧な言い方ですね……」
「それが全然はっきり見えなくてさー」
「なら不確定な未来ってことでしょ?わざわざ俺に伝える必要なくないっすか?」
「あるからわざわざ言いに来たんだよ。言うか言わないかでこの先が大きく変わるっぽいから。その人とまた仲直りできるかどうかがな」
………いやな予言だ。でもまぁ、伝えに来たからそうした方がいいってことなんだろうな。
さて、俺との間に亀裂が入るのは誰なんだろうか。
………なんだかとても面倒な予感しかしなかった。
*
学校
いつも通り変わらない風景。周囲のやつらは友人たちと夏の思い出話に花を咲かせたりしている。
俺は学校にはあまり友達がいないからそんなことしない。
そして階段を登っていったところで、この夏休みにあったあのキャンプ以来感じなかった気配を感じる。
「あら、久しぶりね」
やはりな、雪ノ下。
「よ、ご無沙汰」
階段を登り雪ノ下と並ぶ。
「姉さんに会ったのね」
「おお、たまたまな」
「…………そう」
「………」
「……そ、それで」
「『あの一件』のことか?」
「っ!」
やっぱ気にしてたのかよ。というか、気にしてて俺にあそこまで暴言吐けるのか。逆に尊敬すんな。
「……その」
「言いたくなかったんだろ?人間誰しも言いたくないことの1つや2つあんだろ。言わなかったことも別に気にしてない」
「………」
「あの車を運転してたのがお前なら文句の1つも言ってやりたかったんだが、どーせお前乗ってただけだろ?それに治療費まで払ってもらった手前、文句なんて言えねーよ」
「…………」
…なんか言えよ。せっかく頑張ってフォローしてやってんだから。
「そういう問題では、ないのよ……」
「あ?」
それだけ言うと雪ノ下は足早に去って行った。
………あのフォロー、もしかして逆効果だった?早速迅さんの予言通りかよ。
*
それからしばらくの間、奉仕部の部室の雰囲気はお世辞にもいいとは言えないものだった。
由比ヶ浜はいつも通りにしてるつもりなのだろうが、俺と雪ノ下の間にある何かを察して肩身狭い思いをしているようだ。俺は元々あまり喋らず勉強しているのだが、どうも居心地悪い。どーしたものか。
そして季節は秋になろうとしている頃、学生生活における目玉イベントが始まろうとしている。
それは文化祭だ。
正直、クラスでぼっちの俺にはほとんど関係ないものだ。ぶっちゃけ俺はいてもいなくても変わらないし、俺としてはいない方がいい。だから文化祭の準備期間はできるだけ防衛任務を入れよう。
と、そんなことを思っているうちに今日の防衛任務の時間が近くなってきた。そろそろいかねば。
席を立ち、鞄を持ち扉へと向かい、外に出ると戸塚に遭遇した。
「あれ、八幡どこいくの?次の授業はじまるよ」
マイエンジェル戸塚、マジかわいい。
「ああ、そうなんだがこれから防衛任務でな」
「そうなんだ!でも文化祭の役員決めはどうするの?」
あ、次役員決めなんだ。
「あーまぁ、余ったとこに適当に入れといてくれ」
「うん、わかった。八幡防衛任務頑張ってね!」
癒されるわー超癒されるわー。戸塚かわいい戸塚かわいい戸塚かわいいとつかわいい。混ざっちまったぜ。だが戸塚はかわいい。
異論は認めない。
*
「なん、だと……?」
翌日、学校に来てみるとなんということでしょう。実行委員のところに「比企谷八幡」と書かれているではありませんか。
「平塚先生、どういうことですか?」
「……すまない比企谷、できることなら私も君を実行委員にはしたくなかった。君の家庭の事情を考えると実行委員までやらせるのはあまりにも酷だ。だから私もいろいろ手を出して君が実行委員になるのを防ごうとしたのだが……」
そもそもなぜ俺が実行委員の候補として上がった。戸塚には確かに余ったとこに適当に入れといてと言ったけど!戸塚の方を見ると凄く申し訳なさそうに手を合わせてきた。なーむー。
「戸塚が君から適当に入れといてくれと言われたと言った瞬間に君が実行委員のところに入れられてしまった。私もまさかここまで生徒たちが自主性がなく、他人を思いやる能力がないとは思わなかった。君がボーダーであることを告げても誰も代わりになろうとする者はいなかったよ……」
マジかよ……こいつら俺のことどうでもいい存在として扱いすぎだろ。まぁ俺もそうだからいいんだけどさ。でもさ、俺ボーダーだよ?防衛任務あるんだよ?そんな俺に任せんなよ。どーせお前らヒマなんだろ?やれよ。
本当もう勘弁してくれよ………。
*
結局、その日の放課後にもう1人の実行委員を決めるために全員残らされた。誰も立候補しなかったが、なんやかんやで相模とかいうあの夏祭りで見た嫌な感じのやつになった。ちなみに相模は葉山に言いくるめられた感じでなった。俺の代わりになってくれるやつは当然の如くいなかった。
そしてその翌日の放課後。実行委員の顔合わせとして実行委員は会議室に呼ばれた。バックれてやりたいとこだが、ここでバックレると後処理が面倒だと俺のサイドエフェクトが言っている。
会議室に到着すると、既にそこそこの人数が集まっていた。
そしてそこにいる人間の存在に目を疑った。
「よ、横山?」
「……おーハッチー。……ハッチ⁈」
お互い二度見。なんでいんだよ。
「なんでいんだよ」
「それはこっちのセリフよ。なんでハッチがいんのよ」
「俺は………なんか実行委員決める時に防衛任務でいなかったら知らぬ間になってた」
「……奇遇ね、あたしも」
お前もか。なんてことだ。みんなボーダー隊員に対する配慮がなってねーぞ。
「となると……」
「当分この時間帯に防衛任務入れるのは無理ね。サッサンにもいっとかないと」
デスヨネー
ーーー
そのまま横山と世の中への呪いの言葉を吐き続けていると、実行委員が大分集まってきた。
その中には見知った顔も。
「おー比企谷じゃん。あと夏希ちゃんも」
「犬飼先輩」
「どもー」
「まさか比企谷と夏希ちゃんが実行委員やってるとはなー。すっげー意外だわ」
「そりゃそうでしょ。俺らだって好きでやってるわけじゃないんすから」
「あーそーなんだ。そりゃ大変だな。お、歌川もいるじゃん」
「あっ、どうも犬飼先輩、比企谷先輩、横山先輩」
「よーっす遼くん」
「みなさんも実行委員ですか」
「まーな。不本意ながら」
「不本意って……」
「防衛任務行ってたら勝手に決められたんよ」
「あーそれはお疲れ様です……」
やだ、自分で言ったのに悲しくなってきた。
「おっとそろそろ始まるみたいだね。じゃ、またね」
「うす」
犬飼先輩は同級生の元へと向かっていった。歌川も一言俺らに声をかけて戻っていった。
「あーあ、なんでこんな男が半数占めるとこに……」
「それいったらクラスはどうなんだよ」
「うち、特進クラスだから若干男少ないの」
ほーそうなのか。知らなかった。
「そういや、綾辻は生徒会だしムリだとして、宇佐美は代わってくんなかったのか?」
「栞はクラスの出し物のプロデューサーみたいな感じだったからムリなの」
なるほど、そりゃ代わってもらえねーわ。
そして全員集まったであろう実行委員を再び見回すと、なんと雪ノ下がいた。あいつ、マジか。ぼっちなのに実行委員やんのか。
と、そこで1人の女子生徒が立ち上がる。
「生徒会長の城廻めぐりです。実行委員のみんな、よろしくね。じゃあ早速実行委員長の選出をしたいと思います。誰か立候補いませんかー?」
ほう、あの人が生徒会長か。つまり綾辻の上司……じゃないか。
で、その生徒会長が実行委員長の立候補を募ったが、誰も手を上げない。まぁ予想通りだな、うん。こんなとこに自分の意思で来るやつはそんなにいないだろう。それなのに加えて実行委員長とかやってられない。どうせなら部活とかクラスで活躍したいってのがこいつらの本音だろう。え?俺?俺は帰りたいってのが一番だ。
「なんじゃお前ら、覇気が足らん覇気が。文化祭はお前らのイベントなんだぞ、もっとやる気だせ」
こいつらのイベントだからこそだろう。面倒なことは他人にやらせて自分はやりたいことだけやる。そう思うのは当然だ。
「あれ、もしかして雪ノ下さん?」
あ、雪ノ下が生徒会長に見つかった。
「あ、はい…」
「そうなんだ。じゃあはるさんの妹さんってことだね。はるさんが実行委員長やったときの文化祭すごく盛り上がったんだー。それで、よかったら……」
「……実行委員として善処します」
「……そっか」
あからさまにしゅんとする生徒会長。感情表現が豊かだな。
と、そこですごく、ものすごく控えめに手が上がる。
「えーっと、誰もやらないなら、うちが……」
「え!本当⁈お名前は?」
「あ、2年F組の相模南です…。こういうの、前からちょっと興味あったし………それに、この文化祭を通してうちも成長というか、スキルアップできたらなって」
学校の先生が喜びそうな耳触りのいい言葉が並んでるな。それが本心ならば素晴らしいのだがな。
そう、本心ならばな。
「なーんかやな予感するんだけどハッチ」
「奇遇だな横山、俺もだ」
「あたしにも超直感のサイドエフェクトが⁈」
「おめーのトリオン量でそれはない」
「デスヨネー」
「誰でも思うだろ、そんくらい」
いや本当、ロクなことが起きない気しかしない。
*
その後、役職を決めることになり相模が司会進行をやろうとしたが、まぁ初めてのことなので当然うまくいかない。そしてそれをめぐり先輩が独身のよくわからないノリで捌いていき、どうにか役職が決定した。
俺と横山はやる気皆無なので積極性の墓場みたいな記録雑務になった。ちなみに雪ノ下も記録雑務。
歌川は広報宣伝、犬飼先輩は有志統制だ。
「じゃ、じゃあ今日はここまでで……」
「お疲れ様でしたー!」
最後まで相模は自信なさ気にしていた。
「今日は防衛任務なくてよかったー。明日からのシフト調整しとかなきゃね」
「そーだな」
「シフト調整くらいならサッサンにやってもらおっか」
「わかった。頼んどく」
「んじゃ、あたし帰るねー」
「早いな、なんかあんのか?」
「今日はおバカな弟の誕生日なの。だからシフト外したってのもあるんだ」
「そうか、じゃあ行ってこい」
「うん、じゃね」
そうして横山は帰っていった。
家族、か。小町の誕生日、日浦とか呼んでなんかやるかな。
「よっす比企谷、なーにぼんやりしてんだ」
「あ、犬飼先輩。いや、この先面倒そうだなーって」
「比企谷は記録雑務だっけか?当日まであんま仕事ないからいいじゃん」
「そもそも実行委員になること自体が不本意だったんで」
「まーそうだよな。ま、どうにかなるさ」
「はぁ……」
「そんな深刻そうにため息吐くなよ」
「あの実行委員長でなければまだよかったんすけどね」
「え、まぁ確かに手際はよくなかったけどそんなにダメ?」
「ロクなことが起きない気しかしません」
「あー……」
そもそも実行委員になったのも相模が好き(多分)な葉山に言いくるめられてなったような形だ。しかもこいつ初めは由比ヶ浜を実行委員にさせようとしていた。多分、あの夏祭りで俺と由比ヶ浜が付き合ってるとか思ったのだろう。相手が葉山とかならともかく俺だ。ネタにして蹴落そうとか自分が成り上がろうとか思ったんだろうな。
「んじゃ、俺はそろそろ帰るねー。荒船待たせてるし」
「そすか、お疲れした」
「おーお疲れー」
犬飼先輩も帰ったし、俺も帰るか。
「八幡くん」
「ん、綾辻」
綾辻に声をかけられる。そういや生徒会枠で綾辻も実行委員に参加してるんだったな。
「よ、お疲れ」
「うん、お疲れ様。八幡くん実行委員なんだね」
「不本意ながらな……」
「え、不本意って」
「実は実行委員決める時に防衛任務でいなかったんだ。それで戸塚に『なんでもいい』ってつたえといたらこんなことに……」
「あー……夏希と同じ目にあっちゃったか」
やれやれ、面倒なことになったよ本当に。
「じゃ、帰ろっか」
「おう」
*
「ねぇ、八幡くん」
「ん?」
「………実行委員長、どう思った?」
おっとこれは今日のあの人についてですね。できることなら毒吐きまくってやりたいとこだが、ここはぐっとガマンだ。
「……いい印象は、なかった」
「……そっか」
「んで、あの実行委員長がどうした?」
「ううん、なんでもないの。………ただ、嫌な予感がしたから」
奇遇だな。まさに俺も同じことを思っていた。
あの実行委員長、絶対ロクな仕事しない。下手したら他人に全部仕事丸投げするまである。
「………まぁ、初めてやったことだろうし手際が悪いのはしかたねーと思うけどな」
別にあの実行委員長をフォローしたわけではない。ただ、今後に対して気が重そうな綾辻を少しでも元気付けようとしただけだ。
「そうだね」
どうやらあまり効果なかったっぽい。やれやれ……。
そのあとはお互い他愛ない雑談をしながら歩いて行った。
*
文化祭が近くなり、文化祭準備による残留が解禁されるようになると放課後になろうとも各クラスから賑やかな声が聞こえてくる。それはうちの2Fも例外ではない。出し物がミュージカル、星の王子様(?)に決まった。決まったのはいい。問題は内容だ。
監督 海老名姫菜
演出 海老名姫菜
脚本 海老名姫菜
制作進行 由比ヶ浜結衣
広報宣伝 三浦優実子
今回のミュージカルの星の王子様は女性は出ない。だからこういうとこに女性陣が入るのは当たり前っちゃ当たり前。だが、問題なのは監督とか内容に関わる内容の責任者が全て海老名さんになっていることだ。腐る予感しかしねぇ。
で、そこまでは来るとどうなるか。
決まっている。出演者が決まらない。あの企画書を読んでやりたがるやつなんかいるはずがない。
「仕方ない」
海老名さんはスクッと立ち上がるとチョークを手に黒板に勝手に役者を書き込んでいく。脇役である薔薇や王様、自惚れ屋の下に権力乱用で名前を書き込んでいく。そんなことになればどうなるか。各所から「いやだぁ!」「地理学者だけはやめてくれぇ!」「俺のマッターホルンが!」等々の断末魔が聞こえる。まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だ。そしてなぜだろう。すごく嫌な予感がする。
そしてメインキャラの王子様。
王子様 葉山隼人
女子達は色めき立っているが、当の本人は心なしか顔が青い。
ぼく 比企谷
………………うん、俺のサイドエフェクトすげぇわ。
「いや無理だって」
無理だ。絶対無理。それこそ「無理無理無理無理無理無理無理無理」とかジョジョネタぶち込むくらい無理だ。あれ?ジョジョのやつって無駄だっけ無理だっけ?あ、無駄だわ。
「え⁈で、でも葉山×ヒキタニは薄い本ならマストバイだよ!というかマストゲイだよ⁈」
なに言ってんのこいつ。
「やさぐれた感じの宇宙飛行士のぼくを王子様の純粋無垢な温かい言葉で巧みに攻める!それがこの作品の魅力じゃない!」
そんな腐った臭いしかしない作品じゃねぇよ。フランス人怒るぞ。
「いや、文実あるし」
「そうだな、実行委員もあると稽古の時間とかあまり取れないだろうし現実的じゃないな。だから一度全体的に見直すべきじゃないかな?……王子様役とか」
貴様、それが目的か。
「そっか………ならば!」
意気消沈したと思ったら急に復活してキャスティングを変更する海老名さん。
王子様 戸塚
ぼく 葉山
「……俺は結局出なきゃいけないんだな」
「お、そのやさぐれ感。いいね〜」
なにがいいのか俺にはわからん。
だが王子様役に戸塚はいいキャスティングだ。原作の王子様のイメージにも近いだろう。当の本人はキョトンとしてるけど。かわいい。
「これ、僕でいいの?」
「いいと思うぞ」
「そっか……わからないこと多いから一度調べないと」
とりあえず、あの企画書は見ないことを勧める。いや本当マジで。
「調べるんなら原作読んでみたらどうだ?読むなら貸すぜ」
「本当?ありがとう八幡!」
花が咲くような笑顔をする戸塚。趣味が読書であることに心底感謝した瞬間だった。
「戸塚〜……」
「あ、呼ばれてる。行かなきゃ。またね八幡」
「おお」
心なしか葉山の目が死んでいるように思えた。
さて、委員会開始まで少し時間がある。部室に行くか。
「あ、ヒッキー部室行く?」
「ああ」
「じゃあ一緒にいこ」
「わかった」
*
教室を出て廊下に出ると他のクラスからも賑やかな声が聞こえてくる。どっかからギュインギュイン音も聞こえる。多分有志のバンドだろうな。
だがその喧騒も新館、本館までだ。特別棟に伸びる廊下あたりは静けさを保っていた。日陰のせいか、ここだけ少し寒く感じる。
部室に到着し、扉を開くと案の定雪ノ下がいた。
「やっはろー」
由比ヶ浜の謎の挨拶に雪ノ下はゆっくり顔を上げる。
「こんにちは」
「うす」
いつもの席につく。
「お前がまさか文実とはな」
「え、そうなの?」
「え、ええ」
「へー」
意外そうな由比ヶ浜の声が部室に響く。
「で、俺も知っての通り文実だ」
「………そうなの?」
「おいコラ。同じ記録雑務だろうが。まぁそういうことだから当分部室には来れん」
「え、そうなの?文実って部室にも来れないほど忙しいの?」
「文実だけならともかく、俺はボーダーの方もあんだよ」
「あ、そっか」
さすがにこれ全部やるのはムリだ。そもそも文実は強制だ。本来ならこんなことになってなかったのに。
「ちょうどよかったわ。私もそのことについて話そうと思っていたの。文化祭でみんな忙しくなると思うからしばらく部活は休みにしようと思うの」
「……そっか、そうだね。その方がいいね」
そもそも俺は部員じゃないんだけどな。まぁでもここはいい勉強スペースだから来てる。
「んじゃ、今日はここまでだな」
「だね。ヒッキーも時間空いてる時はクラスの方手伝ってよ」
「おことわる」
「なんでだし!」
いやなんで俺がボーダーで忙しいことを知りながら実行委員を代わろうとしなかったやつらの手伝いなんぞせにゃならんのだ。
ギャーギャー騒ぐ由比ヶ浜を適当にあしらいながら鞄を持って立ち上がる。わぁ、超行きたくない。
………なんか気配が近づいてくる。すっげー嫌な予感。
「失礼しまーす」
やはり貴様か、ポンコツ委員長。(あとなんかモブがいるけどそんなもんしらん)
「あ、雪ノ下さんと結衣ちゃんじゃん」
よし、俺はスルーされた。だからとっととこの場から消えたい。面倒事の予感しかしない。
「さがみん、どしたの?」
「へー奉仕部って雪ノ下さん達の部活なんだ」
由比ヶ浜の質問に答えろよ。
「何かご用かしら?」
おお、絶対零度の声音だ。相模ビビってるし。え?俺?ビビると思う?二宮さんの方が怖いから。
「あ、え、えっとねちょっと相談があってね。うち、実行委員長やることになったんだけど、こう自信がないっていうか……。だから、助けて欲しいんだ」
相模がこんな奉仕部とかいう地味の極みの部活知ってるはずがない。十中八九平塚先生が言ったんだろうな。
ぶっちゃけ気持ちはわかる。誰でも初めてのことは自信がない。だから誰かに助けてもらいたい。俺だって初めから一部隊の隊長はってたわけではない。いろんな人にそそのかされ、助けられて今の俺になっている。
だが、相模が言ってることは『調子乗ってやったはいいけど自信ないから手伝って☆』といったとこだ。
そんな人間助ける価値はあるのだろうか。というか助けるべき人間に含まれているのだろうか。俺は否だと思う。
「……自身の成長というあなたの掲げた目標とはかけ離れてると思うけど?」
「そうだけどぉ、やっぱ迷惑かけるのが一番まずいじゃん?失敗したくないし。それに誰かと一緒にやることも成長の1つの形だと思うんだよね。それにーうちもクラスの一員だからクラスの方もちゃんと協力したいんだよねー」
ハッ、と相模に聞こえないくらい小さく失笑した。
誰かと一緒にやるのも成長の1つの形?なにを言ってるんだこいつは。確かに誰かとやるのも大切だ。1人でできないことも他の人の力を借りればできる。それを成長と言うことに異論はない。だがお前の場合は調子乗ってやったことの尻拭いをしてくれということだ。全く持ってバカらしい。
さて、ここまではいい。しかし、問題はこの先だ。
雪ノ下がこの依頼(笑)を受けるかどうか。
今までの雪ノ下なら絶対受けないだろう。奉仕部は何でも屋ではないのだから。だが今の雪ノ下はあの一件を引きずり正常ではない。嫌な予感がするから多分……
「要約すると、あなたの補佐をすればいいわけね?」
「うん、そうそう」
「そう……なら構わないわ。わたし自身実行委員なのだし」
やっぱそうか。由比ヶ浜は驚いた顔をしてるけど。
「ほんと⁈やったー!じゃ、よろしくー」
このまま帰したら面倒な事になる。俺のサイドエフェクトがそう言っている。せめて少しは釘刺しとかねーと。
「相模」
「あ?なに?」
今こいつ「あ?」って言ったぞ。やべーやつかよ。
「雪ノ下はあくまで補佐だと言ったな。ならばお前もちゃんと仕事をするんだよな?」
「あんたなに言ってんの?当たり前じゃん」
「そうか、安心した」
「もういい?じゃーよろしくねー」
それだけ言うと相模は帰って行った。調子いいやつだな。関わりたくない。
「……部活、休みにするんじゃなかったの?」
由比ヶ浜にしては冷たい声だ。雪ノ下もそのことに気づいたのか、ぴくっと肩を震わせた。
「……私個人でやることだからあなたたちが気にすることではないわ」
「でも、いつもなら」
「いつも通りよ。……別に変わらないわ」
これは重症だな。
「……みんなでやった方が」
「結構よ。文化祭実行委員なら多少勝手はわかっているから私1人でやった方が効率がいいわ」
「………そうかもしれないけど、それっておかしいと思う。ごめん、あたし教室戻る」
それだけ言うと由比ヶ浜は部室を出る。
さて、このままここにいても俺は気まずいだけだ。俺も由比ヶ浜に続いて部室を出た。
雪ノ下の顔は、見えなかった。
*
「なんかもう!なんかもう!」
なーにやってんのかねこいつは。そんなに相模のこと嫌いなの?さがみんとかいう変なあだ名つけてた割には嫌いなの?
「どーしたんだよ」
「わかんない!」
わかんないのかよ。だめじゃん。
「なんかさ……いつものゆきのんっぽくないっていうか……いつもとなんか違うじゃん」
「そうだな」
「ヒッキーもちょっと変だよ」
「いつもだろ」
「そうだけどそうじゃなくて!」
そうなのかよ。肯定されちゃったよ。
「やっぱり、あのことが……」
「まぁそうだろうな」
「ヒッキー、もしかしてゆきのんにそのことでなんか言ったの?」
なぜ俺が悪者みたいな言い方をする。
「言ったっちゃ言った」
「なんて?」
だからなんで悪者みたいな言い方をする。
「あの一件はもう終わったことだ。俺は気にしてない。だからお前も気にすんなって」
「そっか……でも、ゆきのんはなにかしら思ってるよね。でなきゃさがみんの依頼受けたりしないだろうし」
だろうな。
「それにゆきのんがさがみんの依頼受けちゃうのも、なんかやだな。仲良くしようとするのも、いい感じしないし……」
そこで言葉を切ると、納得したように顔を上げる。
「あたし、思ってる以上にゆきのんのこと好きなのかも……」
「……………」
こいつ、まさかガチ百合なのか……?
「い、いや!変な意味じゃなくて!」
よかったーこれでガチ百合なら俺二度とあの部室行かなくなってた。勉強してる横で百合百合されたらたまったもんじゃない。
「約束!ゆきのんが困ってたら助けること!」
近い。近いよ。もう少し離れろ。だがその表情は真剣そのものだ。こいつはこいつなりに雪ノ下のことを心配してるのだろう。
つっても
「おことわる」
俺は別に心配してない。
「なんでだし!」
「なんで冷静な判断もできずに勝手に暴走したやつを助けなくちゃいけねーんだ?」
それに今の雪ノ下は俺が助けようとしても絶対拒否する。そもそも今のあいつを助ける気ないけど。別に俺あいつのこと好きじゃないけど、今までのあいつならまだ助ける気にはなった。だが今のあいつは助ける気に微塵もならない。そんな気乗りしないことしたくない。そもそも悪いの雪ノ下だし。
「でも!今のゆきのん絶対危ないよ!」
「だろうな」
「なら!」
「自分が危ないことを自覚してないようなやつは救いようがない」
勉強でもどこがわからないのかがわからないやつはどうしよもないのと同じだ。自身が危険なのを自覚してないやつは、どうしようもない。
「でも……ゆきのんこのままじゃ……」
んーさすがに面倒になってきたな……。
「わーったよやりゃいいんだろ」
「本当⁈」
これ以上拒否してもこいつはずっと食いさがる。ならとりあえず口だけの約束でもしとかないと引き下がらないだろう。これ以上は時間の無駄だ。
「こちらからも多少はアプローチしてみるが、期待はするな。ぶっちゃけ効果はないと思った方がいいからな」
「わかった!じゃあよろしくね!」
それだけ言うと由比ヶ浜はクラスの方へ走っていった。
「現金なやつ」
やれやれ、俺面倒事に巻き込まれすぎだろ。勘弁してくれよな。
今回はかなり長かったかもです。
でもここまでがキリがよかったので……。
ではではまた次回。