連れて行かれた先は、最初の戦闘訓練で使ったトレーニングルームだった。客席みたいなとこの中段くらいのとこで二宮さんは腰掛ける。
「座れ」
「え、あっと……」
「座れ。聞こえなかったか」
「あ、はい」
二宮さんから放たれる圧の強さに負けて大人しく座る。いやこの人の隣ってなかなか怖いよ。胃に穴が空くわ。
「まず確認だが、お前のポジションは射手でいいんだな?」
「え?」
「お前が今使っているスタイルは射手という。それくらいは知っているだろう?」
「まぁ、はい」
俺と同じ弾トリガーを使っている奴の中でも銃のトリガーを使っている奴と俺と同じキューブを使っている奴の二種類がいた。銃を使っているやつを銃手、キューブを使っているやつを射手というらしい。
「よし。じゃあ銃手と射手の違いはわかるか?」
「えーっと……銃手は、ただ弾を撃つだけだけど、射手は発射前に威力とか射程をある程度いじれる……って感じですかね?」
「間違ってはいない。概ねそれで合っている。だが、上を目指すならその違いをちゃんと知っておく必要がある。わかるか?」
「はい」
「よし。まず銃手だ。銃手はお前の言う通り威力や弾速、射程を発射前にいじることはできない。だがその分攻撃前の手間が無い。お前が言ったようにただ撃つだけでいいからな。それに射手と比べて銃手は射程距離のボーナスがついている。簡単な話、銃手は射手よりも射程が長い」
これだけ聞くと銃手の方が有利な気がする。手間がなくて射程が長いならそれ普通にいいように思えるのだが。
「一方射手だが、射手は弾の威力、弾速、射程を細かくいじることができる。細かく割ってばら撒くのもいい。一個丸ごとぶっ放すのも良いだろう。だがさっきも言ったようにその分射手は発射に手間がかかる。それ故に銃手ほど連射ができない。それに射程も短いし、命中精度もやや粗い。確実に当てるにはある程度のセンスがいるだろう」
センス……センスねぇ。俺入隊からなにも意識せず使ってきたのだが、これ俺センスあるってことでいいのか?
「そこに関してはお前は問題ないだろう。正隊員相手にもあれだけできるなら、センスや頭については及第点はある」
……褒められるのなんて随分久しぶりだからちょっとむず痒いな。しかも行為ではなく才能について褒められるなんて初めてだ。変な感じだな。
「ここまでで質問はあるか?」
「……あー、じゃあいいすか?」
「なんだ?」
「ここまで聞くと銃手の方が圧倒的に有利に思えるんすよ。連射できて射程もあるってことは単純に撃ち合ったら射手は確実に負けるじゃないすか。銃手と戦う時、射手はどうすればいいんすか?」
「……良いところに目をつけた。今お前は訓練生だからメイントリガーのみしか使えないが、正隊員になればシールドのトリガーが入れられる。シールドを装備して正面から撃ち合えば、確実に銃手の方が有利だ。同程度のトリオンならば削り合いになればまず射手は勝てん。トリオン量が圧倒的ならば話は別だがな」
射程距離と連射速度に差があるなら仕方ないだろう。射手は同時に多数の弾を出せるが、銃手はそれを上回る速度で弾を発射している。当たり前といえば、当たり前か。
そこで二宮さんは持っていたかばんからタブレットを取り出した。
「そこでお前の質問だ。『どうやって正面から銃手に勝つのか』。これは弾丸発射前のコントロールが関係している」
「発射前の、コントロール?」
「お前も無意識にやっているだろう。射手は弾丸発射前に弾をある程度浮かせたり散らせたりできる」
そう言って二宮さんは先ほどやっていた俺の個人ランク戦のログを見せてきた。実際そこには発射前に弾を浮かせたりしている俺が映し出されていた。
「これをうまく利用することで多角的に避けにくい攻撃をすることができる。他にも色々小技はあるが……そこは正隊員になってからで良いだろう。今は基礎的な動きを叩き込むことに集中しろ」
「はい」
「以上が大雑把ではあるが銃手と射手の違いだ。これらを踏まえてお前は自分のスタイルを変えようと思うことはあるか?」
今俺は訓練生だ。まだなにも染まっていない状態。だからもし自分に少しでも合っていないという思いがあるのなら今ここで変えろということなのだろう。
「……射手のままでいきます」
だが俺の答えは決まっていた。
「ほう。なぜだ?」
「……まだ入隊してから少ししか経ってなくて他のトリガー使ってないからなんとも言えない部分もあるんですけど、俺このバイパーってトリガー使いやすいんですよ。こう……なんかしっくりくるんで。最初は直感で選んだんですけど、やっぱ合うと思うんです」
「そうか。まぁ、別のトリガーに変えたければいつでも変えられる。心変わりしたら変えるくらいで良いだろう」
「はい」
「さて、この際だ。別のポジションについても話しておこう。まず、攻撃手についてだが……」
その後、二宮さんによるポジション解説が1時間ほど行われたのだった。
*
「他に質問は?」
「多分、大丈夫です」
割と一気にやったから細かいとこまで覚えてるかはわからないが、大まかには覚えられただろう。
「じゃあ今からテストするぞ。訓練室に入れ」
……ん?テストはわかるけどそれでなんで訓練室?
「いいから入れ」
入った。
圧に負けた。ただそれだけ。
「今から俺が言う質問に答えろ。間違えたり答えがすぐ出てこなかったらその度に頭を吹っ飛ばす」
な ん で だ
「質問には5秒以内に答えろ。それと質問しながらも射撃はする。避けながら答えろ。いいな」
「ちょ、え?」
「質問時の射撃は精度を粗くしてやる。さすがにいきなり本気の射撃を避けられるわけないだろうからな」
「いや、ちょ」
「行くぞ。『射撃トリガーの強みは?』」
そう言いながら二宮さんはアステロイドを放ってくる。確かに精度は粗いが、それでも遮蔽物のない訓練室では避けるのはなかなか難しい。
「どわ!」
「5秒経過。遅い」
「ぶっ!」
二宮さんのアステロイドが俺の頭を吹っ飛ばす。訓練室ゆえにすぐトリオン体は修復されるが、頭が吹っ飛ぶ感覚はいい気分はしない。というか割としんどい。これずっと続くって考えたら……やばいな。
「答えは?」
「『距離の離れた敵に攻撃できる事』と『火力を集中させやすい事』です……」
「そうだ。次だ。『銃手トリガーの強みは?』」
「っ!『撃つ手間がない事』と『射程距離ボーナスがある事』ですっ!」
答えながら回避するが、回避しきれず腕が飛ばされる。
「よし。次だ」
その後、二宮さんが放つアステロイドを回避、または直撃しながらもどうにか質問に答えていく。
「狙撃手トリガーで一番弾速が速いトリガーは?」
「えーっと……ら、ライ」
「遅い」
「ごっ!」
「攻撃手と比べて銃手や射手が点を取りにくいのはなぜだ?」
「射撃トリガーの威力が単純に低いがっ!」
「気を抜くな。雑に撃ってはいるがお前に向けて撃っているんだ」
「射手が銃手とサシでやり合う時に意識することは?」
「多角的な攻撃を仕掛けたり、うまく遮蔽物を使うこと」
「よし」
「次だ」
「正解。次」
「違う。もう一度」
「よそ見をするな、死ね」
こんなことが約二時間ほど続いた。
もうやめて!俺のライフはとっくにゼロよ!
ーーー
「最後だ。攻撃手のトリガーで最も軽量なのはなんだ」
「す、シュコーピオン!」
「噛むな」
「ぼっ!」
「まぁ、わかってはいるようだな。とりあえず今日教えたことは頭に入っただろう。今日はここまでだ」
「は、はい……」
死ぬかと思った。というか俺何回死んだんだ。
「明日もう一度同じことをする。今日以上の正答率ならば明日から射手としての動きを叩き込んでやる。いいな」
「……うす」
「よし。ならば今日は終わりだ。後は好きにしろ」
そう言って二宮さんはスタイリッシュに帰っていった。
「……根気がいるって、こういうことかよ」
スパルタはスパルタだけど俺が想像してたスパルタとなんか違う。ほんと今日何回死んだんだ俺は……。
疲れ切っていた俺は家に帰ると小町と共に飯を食べて風呂に入ると、普段ならもう少し起きているのだが起きていることができなくて泥のように眠った。
*
翌日
「よし、昨日教えたことは頭に入っているようだな」
二宮さんからの射撃付き知識テストを無事(5回死んだが)終えて死にそうになっている俺の姿がボーダー本部にはあった。
「う、うす……」
「その知識を今度は実践していく。狙撃手の対応はここではさすがにできんが攻撃手相手ならギリギリできるだろう。攻撃手は基本射程がない。弧月は瞬間的にオプションを使えば多少距離のある敵にも攻撃できるが基本近距離でなければ攻撃できん。だがその分攻撃力が高いのが売りだ。射程にトリオンを使わない分、威力にトリオンを使えるからな」
ここまでは教わった。とりあえず知識としては頭に入っている。
「実際に見てみるのが早いだろう」
そう言って二宮さんはホログラムのような操作盤を操作し、俺の前にシールドを作り出した。そして二宮さんの手には弧月が出現した。
そしてその弧月でシールドごと俺を斬り裂いた。
「え」
「このようにブレードならシールドを割と簡単に破壊することができる。射撃トリガーだとこうはいかない。薄く広げたシールドならともかく、普通サイズのシールド相手ではよほどトリオン能力の差がない限り何発かは当てなければ割れることはない」
なんか普通に講義続けてるけどそこで俺のこと斬る意味あった?なんでわざわざ俺のことぶった切ったの?
「俺は攻撃手ではない。だからトリガーの特性を教えることしかできん。お前が射手としてどのトリガーを使うにしても、まず相手によってどう動くかを知れ」
「う、うす」
「今見せたように攻撃手のトリガーならシールドは大体簡単に破られる。全く保たないわけではないが、わずかな時間しかシールドとしての役割は果たせん。じゃあ攻撃手相手にお前のような射手はまずどうする?」
攻撃手は攻撃力がある分、射程がない。俺自身が攻撃手ならば距離を詰めてもいいだろうが、俺は射手だ。近接トリガーに対抗できる近接攻撃手段は無い。ならば…
「距離を、取ること」
「これくらいは馬鹿でもわかるか。そうだ、攻撃手は距離が開けば攻撃手段はない。だからこそできるだけ距離を取って戦う。だが当然敵もそんなことは理解している。手練れの攻撃手はシールドと身ごなしで上手いこと距離を詰めてくる。そうさせないためにも自分の動きが重要になる」
そう言って二宮さんは俺にタブレットを渡してくる。そこには射手と攻撃手の戦闘ログが映されていた。
「さっきも言ったが、俺は攻撃手ではない。だから攻撃手としての動きはできん。だからまずは映像を見て知れ。昨日も似たようなことをしたが、今回はより深く動きについて追求する。いいな」
「は、はい」
「それと訓練生の間は狙撃手相手に戦闘を行う機会がない。だから実践するのは正隊員になってからだが、狙撃手がいる場合のこともついでにやっていく。じゃあまずはその映像を再生しろ」
そう言われて俺はタブレットの画面に表示されている再生ボタンを押した。
そしてそれから約3時間、二宮さんによる映像解説が行われた。時折俺が説明したり、二宮さんから問題が投げかけられてきたりした。そして間違えるたびに頭が吹っ飛ばされた。
今思えば完全にパワハラ(物理)だと思うが、それは最後まで口にすることはなかった。それよりも早く強くなることしか俺の頭にはなかったからだ。
*
比企谷にポジションごとの対応を教え、比企谷が帰宅した後、二宮は一人でラウンジにいた。
「…………」
ソファーにゆったりと座りながらタブレットを眺め、ジンジャエールを流し込む。炭酸の刺激と生姜の風味が喉を通り抜けていく。
そんな完全リラックスモードの二宮に一人の男が近づいてきた。
「二宮さん」
「……佐々木か」
二宮が振り返ると、そこには比企谷に二宮を紹介した青年、佐々木琲世がいた。
「お疲れ様です。どうですか?比企谷くんは」
柔和な表情をしながら琲世は二宮の隣に座る。
そんな琲世に視線のみを向けながら二宮は話し始める。
「さすが今期一番早い記録を持つやつなだけはある。射手としてのセンスは申し分ないな」
「あ、やっぱりそうですか」
「ああ。頭も悪くない、いやむしろ自分で考えられる分頭はいい方に分類されるだろうな。まだ荒削りだが、本能的にやるべきことを理解している分教えたことをほぼ一度で吸収していくから楽でいい」
「随分高評価じゃないですか」
「事実だからな。そこを変に捻じ曲げて評価を下げるほど俺は狭量ではない」
「もう少し辛辣なこと言われると思ってたので、少し意外でした」
そう言って琲世は立ち上がり、近くにあった自販機で缶コーヒーを買い、再び二宮の隣に座る。
プルタブを開け、コーヒーを一口飲むとさらに話を聞く。
「でも、まだあるんでしょう?」
「察しがいいな。あいつは『個人としての戦い方』については恐ろしく物覚えがいい。まぁ、覚えているだけで実践で身体に覚えさせるのはどんな天才でも一回ではできんだろうし、何度か実践経験を積ませる必要はあるだろうがな」
「『個人としての戦い方』は、ですか」
「ああ。あいつはどうも『チームとしての戦い方』についてはあまり耳に入っていない。聞いてないわけでも理解していないわけでもないのだろうが……どこか『チーム』というものに対して懐疑的なところがあるようだ」
「たった2日の数時間足らずでよくそこまでわかりますね」
「近くで教えているからこそだ。それについてはお前も理解しているのだろう?佐々木」
その言葉に琲世は肯定も否定もしなかったが、ただ曖昧に笑うだけだった。
「そもそも僕に『1人で戦い抜くための強さが欲しい』って言ってきたので、やっぱりそうなるかって感じはしますね」
「……『1人で戦い抜くための強さ』か」
「黒トリガーならともかく、ノーマルトリガーで一人で戦い抜くのはしんどいと思いますけどね」
「できないわけではない。だが、数に勝る力はないからな。トリオン兵がいい例だ」
「どんなに腕がある人でも圧倒的な物量には敵いませんからね」
「……そうだろうな」
「比企谷くんの話が聞けて良かったです。じゃあ僕そろそろいきますね」
缶コーヒーを飲み干すと琲世は立ち上がりラウンジの外に向かって歩き出した。
「待て佐々木」
しかしその背中を二宮は呼び止める。
「なんですか?」
「1つ聞く。お前が
琲世は二宮から向けられたまっすぐな視線を正面から受け止める。真摯な姿勢には真摯な姿勢で応えるべきだと琲世は考え、二宮に向き直った。
「そんな大した理由は無いです。ただ、彼は僕に少し似てるんです。昔の、ボーダーに来たばかりの頃の僕に」
「…………お前が昔、どんな奴だったかは知っている。今もそれほど変わったようには見えんがな」
「はは……そうかもしれませんね。僕は結局僕だから。でも、だからこそ……かつて同じことを考えていた僕と同じようなことに、比企谷くんにはなって欲しくないんです。まぁ、僕のエゴに近いですね」
「……わかっているか?お前のその懸念は、見方によっては同情だ。そして同情は人によっては侮蔑にも映る。あいつがどういうタイプかは知らんが、それをお前は理解しているのか?」
「はい」
「……そうか、ならいい。お前なりに考えがあるのだろう。信じて託された以上、やることはやる。途中で投げ出すような奴でなければだがな」
「あのやり方だと投げ出す人の方が多いと思いますけどね」
「もともとやる気はなかった。やってやってるだけマシだと思え。むしろ投げ出してくれた方が俺としては楽になるのだがな」
「辛辣だなぁ」
「話を戻すが、お前が比企谷に拘る理由はそれだけか?」
「いいえ。彼の戦い方に僕は興味があるんです。あの難しいバイパーをいとも簡単に操る彼とゆくゆくはチームを組みたいなって考えてます」
「ほう?お前もとうとうチームを組むのか。聞いた話だと色んな奴からのチームの誘いを全て袖にしてきたらしいお前が」
「僕みたいな未熟者を誘ってくれるのは素直に嬉しいんですけど、どうもどのチームも合わなくて……仮入隊してみて色々話したり連携してみたりしたんですけどね」
「ならいっそ自分でチームを組もう、と」
「まぁそんなところです。彼が今後どうなるかはわかりませんけど、せっかく有望な新人が現れたんだから声かけておくくらいした方がいいかなって思いまして」
そう言って笑う琲世は普段の落ち着いた青年のような雰囲気ではなく、年相応の少年のようだった。
「……お前も常人のような態度を持つようで安心した」
「二宮さんから見た僕はどんな人間なんですか」
「お人好し」
「えぇ〜」
それだけですかぁ、と言いながら琲世はラウンジの出口に向かって歩いて行った。
「あ」
ラウンジからでようとしたところでなにかに気づいたように立ち止まり、自販機横のゴミ箱の方向を見た。
「よっと」
そして空になった缶をゴミ箱に向かって軽く放り投げた。投げられた空き缶は綺麗に弧を描きゴミ箱に入った。
「よしっ。ではまた」
そう言って琲世は出て行った。
「……なにを考えている、佐々木」
残っていたジンジャエールを飲み干し、二宮も立ち上がった。手に持ったペットボトルはゴミ箱に捨てて琲世が出て行ったのと同じ出口から二宮もラウンジから出て行った。
*
二宮さんのポジションごとによる指導は約数日に及んだ。小町にボーダーに入っていることを隠している以上、毎日できるわけではなかったが、それでも基礎的なことは粗方抑えたと思っていいと言われた。
「……よし、いいだろう」
「……あ、ありがとうございました」
最後に二宮さんを相手に射手相手の立ち回りのテストをしたところでそう言われた。二宮さん相手である以上、もう何回死んだかわからない。数えてないだけってのもあるが、数える余裕なんぞかけらもなかったってのが主な理由だろう。もう立っているのもやっとレベルでやられた。死ねる。
「これでソロランク戦で誰が相手でも多少は対処できるだろう」
「う、うす」
「今日はここまでだ。これ以上追い込んでも時間の無駄だからな」
そう言って二宮さんは訓練室から出て行く。
「次はトリガーの性質について教えてやる。だが今日の復習は忘れるなよ」
「あ、はい」
そういえば、俺はバイパーをメインにセットしているのにトリガーセットのことについてはなにも言われなかったな。こういうのって最初の武器選びが肝心みたいなところがゲームではあったりするのだが、これは違うのだろうか。
「あの、質問いいすか?」
「なんだ」
「トリガーの性質を立ち回りの後にしたのはなんでですか?トリガーによって性質が違うなら動き方が変わると思うんですけど……」
「ああ、そうだな。射撃トリガーも一つ一つ性質が異なる。故に動き方も変わっては来るな」
「じゃあなんで……」
「お前がどのトリガーを使うにしても、今回までで教えたことで大体立ち回ることができるようになる。どのトリガーを使うにしても、誰を相手にするにしても今回までの動きが基礎になってくる。トリガーごとに変える立ち回りなんぞ基礎の動きの延長だ。なにをやるにしても基礎ができていなければ話にならん。だから先に立ち回りと動きを教えた」
なるほど、何事も基礎固めは大事だが、これでも同様なんだな。
「今後お前がどんなスタイルになるかはわからんが、教えた動きが最低限できれば無能になることはあるまい」
「はぁ…」
「お前はトリオンがでかい。それこそ俺に匹敵するほどにな。だからどこでもどんなスタイルでもゴリ押しで多少はどうにかなるだろうがな」
「………」
たしかに俺のキューブの大きさは二宮さんのと遜色ないほどの大きさだった。これだけ大きければ二宮さんみたいなゴリ押しスタイルもできたりするのだろうか。
「他に質問は」
「……あ、大丈夫です」
「そうか。なら帰れ」
「……はい」
そう言って二宮さんは帰っていった。
「……帰るか」
今日もボコボコにされて頭吹っ飛ばされまくって割と精神的にダメージも受けていたからさっさと帰って休むことにした。
荷物を回収し、訓練生用の通路へ向かって歩みを進める。
途中で自販機があった。なんとなく目に留まってそこにちょうどマッカンが売られていたからマッカンでメンタルを回復することを考えた俺は迷うことなくマッカンを購入した。
小銭を入れてボタンを押し、マッカンが落ちてくる。それを取ろうとした瞬間、声をかけられた。
「八幡、くん?」
割と聞き覚えのある声が聞こえそちらを向くと、そこには昔ながら見慣れた顔があった。
「綾辻……」
約半年前から疎遠になってきていた幼馴染、綾辻遥がそこにいた。
*
「久しぶりだね。ボーダーに入ったなら教えてくれたら良かったのに」
「……いや、だって綾辻がいるの知らなかったし」
目の前の少年、比企谷八幡は相変わらず無愛想な態度だった。昔から比企谷との関わりがある綾辻からしたら彼の態度は昔と比べて随分違う。昔はもっと笑う人だったのにな、と思いながらも綾辻は会話を進める。
「まぁ、私も入ったの割と最近だから知らなくても仕方ないかもね。最近は連絡も取ってなかったし」
「……そうだな」
「元気にしてた?」
「ああ。そっちは?」
「こっちもみんな元気だよ」
「そうか」
最低限のことしか言わない八幡に内心で少しだけ表情を沈めた。
(……もう、昔みたいにはなれないのかな)
お互い、というより比企谷の環境が昔とは違いすぎる。もともと人に弱みを見せることを嫌う性質だったが、両親が一年前の侵攻で亡くなって以来それに拍車がかかった。手伝いに行っている時も自分はいいからできるだけ妹の小町の方を見て欲しいと言うくらいだ。
「今帰り?」
「ああ、まぁ」
「それじゃ一緒に帰ろ?途中までだろうけど」
「……まぁいいけど」
「ありがと。じゃあ少し待ってて!」
そう言って綾辻はパタパタと走っていった。
その後ろ姿を懐かしいものを見るような目で比企谷は見ていた。
ーーー
「八幡くんは、どうしてボーダーに入ったの?」
二人で帰路につきながら綾辻はそう問う。
「なんだ藪から棒に」
「それは、気になったから?」
気になった、と聞き比企谷は考える。ボーダーとは三門市民にとっては少しずつ当たり前の存在となってきてはいるが他の市民にとってはそうではないだろう。
それに三門市民にとっても全員から当たり前だと思われているものではないだろう。身近に所属している人がいるならばともかく、そうでなければまだ慣れない存在だ。なにしろボーダーという組織ができてまだ一年だ。全員に存在が浸透しているはずがない。
(……逆の立場なら、俺も聞くだろうし当たり前か)
そう考え綾辻の問いに答える。
「……来年、というかもう今年から受験生だ」
「あー、そうだね」
「で、どこを受けるにしても金がいる。そして今後大学とかにいくならさらに必要になってくる」
「……」
「俺は社会に出るならばちゃんと大学に行っておきたい。そして小町にも大学を受けられるようにしてやりたい。今後社会がどうなるかはわからんが、いつかは手に職をつけて金を稼ぐ必要がある。ボーダーに入った以上ボーダーに就職ということもできるのかもしれないけど、俺はまだボーダーという組織を完全に信用したわけじゃない。ボーダーを辞めなきゃいけないやむを得ない事情が俺にできるかもしれない。そうなった時のためにちゃんとしたとこに就職できるようにちゃんとした教育を受けておきたいんだ。そのためには結局……」
「お金が、必要だもんね」
「ああ。結局金だ。補助金のおかげで今は特に不自由なく生活できるが、それに学費がかかるとなると話は別だ。奨学金もいいけど、あれは大学出た時点で借金してるのと同義だ。最小限の額にするためにもある程度の金が必要なんだ」
「……つまりお金が必要だからってことだね」
「そうなる」
「……ねぇ、少しだけ不躾なこと言ってもいい?」
「……ああ」
「八幡くんのご両親、どちらも亡くなったんだよね」
「ご存知の通りな」
「なら、その……ごめん。やっぱりいい」
「言いたいことはわかった。両親どっちも亡くなったならその遺産やら生命保険の金やらがあるのではないか、だろ?」
「……うん、ごめん」
「謝らなくていい」
そういうと比企谷は綾辻から視線を逸らし夕焼けに目を向けた。その光が眩しいのか、僅かに目を細める。
「金だけなら両親が遺してくれたものがある。だから、まともな教育を受けるだけならその金を使えばいい。普段の生活だけならボーダーからの補助金で生きていける。だからその金を教育費に回すこともできる。でも人生ってなにが起こるかわからないだろ?だからそのためにもできるだけその金に頼らず生きていきたいんだ」
そう語る比企谷は歳不相応な感情が込められていた。
簡単な話、無理して大人になろうとしているのだ。
「…………」
そしてそんな比企谷に綾辻はかける言葉が無かった。
「ま、俺がボーダーに入ったのはそんな感じ。A級になれなくても防衛任務につければ金は入るみたいだしな」
「……そっか」
「んじゃ、俺こっちだから」
「あ、うん。またね」
「ああ」
軽く挨拶を済ませて歩いていく比企谷の背中は、とても重いものを背負っているように見えた。今にも潰れてしまいそうなほどには見えないが、それがいつ潰れてしまってもおかしくはない。
「…………」
少年にかける言葉が見つからない己の無力を少女は呪った。
少年の後ろ姿が夕焼けに吸い込まれて消えていくまで、少女はその場でその背中を見送った。
少年を救う方法を、彼女はまだ持たない。
活動報告にアンケート的なのあるのでよければ見ていってください。
本編も(今月中は厳しいと思いますが)近いうちに出します。現在執筆中です。
次回もよろしくです。