やはり俺の青春ラブコメがゲームなのは間違っている。 作:Lチキ
光りがはれ、あたりを確認するが変化はない。
まずは自分の体を次に周囲の様子を見るが不自然な場所はない。
体の部位が欠損する事もなく誰かが死んだ様子もない。
気のせいか男が増えてる気がするしゲームのアバターにしてはひょろりとした冴えない男や顔が丸いデブが多い気がするが特に問題はないようだ。
他を見てもそれは変わらない。小学生くらいの小柄な少女やスカートをたなびかせた黒人の男。特に問題は・・・
‥‥
‥‥
‥‥今何か変なのいなかったか?
しかも良く見てみれば、黒人以外にも女物の服を身に着けた男が増えてる気がする。さらに6:4くらいの男女比だったのが今ではなぜか8:2くらいの比率で男が増え、女が減っているよ。
一体何か分からなかったが、その疑問は手鏡にうつりこんだ自分の顔を見たことで解決した。
自分の顔。
俺が数十分かけて作り上げたイケメンアバターの顔ではなく、顔は整っているが顔の一部が残念な事になっている17年間共に過ごしたおなじみの顔。
なるほど、考えてみれば簡単だ。
ファンタジー世界を現実に再現し、デスゲームに1万人を巻き込み、すでに213人の人間を死に追いやった茅場晶彦。
こいつの事なんて中二病を拗らせた狂気のマッドサイエンティストという印象しかないが、その性格の一端はこのゲームに集約されている。
肌を撫でる風が、ひんやりとした地面が、どこまでも遠い大空が彼の完璧主義者たるこだわりを体現している。
緻密に洗礼されたそれは、現実ではただの景色。しかし、人の手により作られたとしたらそれはもはや芸術に違いない。
ここまでの物を造った男が、仮想世界に現実を再現させた正真正銘の馬鹿が、自分の創りあげた舞台に仮面をつけた役者を登場させるわけがない。
こいつの求めてる世界は、空想の中の確固たる現実だ。
夢見る少年のような、思いを馳せる少女のような小奇麗な物語など求めていない。
もっと愚劣で、もっと悲惨で、それでいて儚い。そんな生々しい世界こそが茅場の求める本物なのだろう。
「‥‥俺の顔だ」
だからこそアバターなんて作りもを排除した。
性格が最悪的に悪い茅場という男はこういっているのだ。
『お前達は役者でもキャラクターでもないお前達自身だ。偽りは許さない、生きるも死ぬも1人の個としてまっとうせよ』
実に性格が悪い。作った顔も偽りの性別も捨ててゲームをプレイするとか個人情報の流失ってレベルじゃねぇぞ。
まぁ周りを見渡しても顔どころか年齢や性別すら嘘ついてる奴らがゴロゴロいるし気持ちが分からなくもないけどな。
「お前男だったのか!」
「20歳って嘘かよ!?」
「お前キリトか!」
「‥‥お前はクライン?」
虚像を暴かれた人々が口添えする。
なんか聞き覚えがある名前も聞こえたな。声がした方向を見ると野武士顔の男と中学生くらいの中性的な少年が見覚えのある装備を着ている。
多分キリトとクラインだ。
「でも、どうやって‥‥?」
ナーブギアは顔を覆い尽くす作りだから輪郭なんかは分かりそうだけど体はどうやってスキャンしたんだ。
「クソがっ!‥‥今はそんな事関係ないだろ」
疑問はある。でもそんなものいくら考えても仕方ないだろ。例えナーブギアに小型カメラでもつけられてて写真とったとか判明しても何にもなんねぇよ。
救われもしなければ解決もしない。考えるだけ無駄だ。
「諸君は今なぜと思っているだろう。なぜ、ソード・アート・オンライン及びナーブギアの開発者茅場晶彦がこんな事をしたのだろうと。私の目的はすでに達成させられている。この世界を造りだし、干渉するためだけに、私はソード・アート・オンラインを造った」
茅場の操る巨大なアバターはどこか遠くを見るように語りあるはずの無い顔が破顔した。
「そして全ては達せられた。以上でソード・アート・オンラインの正式サービスのチュートリアルを終わる。プレイヤー諸君健闘を祈ろう」
様式美的な定例文を最後に、茅場のアバターは赤黒い霧と化し彼方へと消えて行く。
まるで、どこぞの物語で魔王を倒した時のように真っ赤に染まっていた空も元通りとなった。このままハッピーエンドのエンドロールでも流れてくれればいいがそうもいかない。現実は甘くないのだ。
仮想世界で現実の辛辣さを知るとかどんな皮肉だよ。ちくしょうめ。
残されたプレイヤーたちに安堵も安息もない。何せこれは魔王を倒したのではなく、ただただ魔王が宣戦布告をしてきただけなのだから。
唖然と空を仰ぎ見るプレイヤーは1人また1人と思考の波に飲まれていた意識を現実へと戻していく。
彼ら彼女らは実感し体感した。頭のどこかで考えていた「大丈夫」「これはただのゲームだ」という安心には亀裂が入り滲み出る絶望を不安をもうせき止めるすべはない。
少女の絹を裂くような悲鳴から、嫌な沈黙を保った広場は阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わり果てた。
「いやああああああああああああ」
「どういうことだよ!なんだよこれ!」
「出せよ、出してくれよ!」
「俺はこれから約束があんだよ!お願いだから出してくれ!」
先ほどまでアバターが映し出された空に向かい吠える人々。例え届くことがなくとも叫ばずにはいられない。でも、叫んだところでなんになる。
茅場は言った。
この世界は現実であって遊びじゃないと。
これから先全ての蘇生法は機能せず、外からの救助も期待できない。
現実に戻るには100層あるゲームをクリアするしかないと。
HPが0になると現実で死ぬと‥‥
あくまで、あくまでも茅場の言葉を信じるのなら。恐らく多分絶対に真実なのだろうけど。
これから先現実世界に戻るにはいくつかの選択がある。
モンスターのいない安全な街で外から救助が来るのを延々と待ち続ける又はゲームクリアするのを待つ。
駄目だ。
端から救助が来る可能性なんてあってないようなものだ。そもそもいつ来るか分からない救助に自分の命を駆けるなんて俺ができる訳ない。ゲームクリアも同じ、他力本願をマニュフェストに掲げる俺だが命まで他人に任せるほど度胸はない。
いっそすべてを諦めて街の城壁から外に飛び降りるか。
ふざけんな。こちとら自己保身に定評がありゴキブリ並みに生に執着してる比企谷八幡だぞ。自殺とかありえん舐めんな。自殺する度胸もない。舐めんな。
ではどうする。
ゲームを攻略して現実世界にかえる。
これしかない。
飛躍してるかもしれない無謀かもしれない実は全然冷静じゃないかもしれない。それでもだ。俺はやらなくてはいけない。
義務感があるわけじゃないし何なら残りの9000人を見捨てて自分1人が助かっても罪悪感とか感じない。自分の身が大切だ。
なら、そんな俺が誰かに命を託すなんておこがましいにもほどがある。自分でできる事は自分でやる。それが俺の信条だしな。またの名をぼっちの心得ともいう。他人を信じるな自分も信じるな妹を信じろと。
小町お兄ちゃんはお前に再び会うためにやるぜ!
などと現実世界にいる妹に誓いを立てた。多分あいつは泣いている。妹を泣かせるとか本当にどうしようもない兄貴だ。
この埋め合わせは現実に戻ってしてやらねえとな。
それに他にも‥‥
覚悟を決め行動する目的を決めた所で俺はふとあの2人の事を想いだした。
キリトとクライン。
クラインはともあれキリトは元βテスター。ならテスター時の情報を持っており何なら一緒にいたほうが安心安全。
自分からあいつらと別行動を選び都合が悪くなると頼るなんて気が引ける‥‥気がしないでもないがそうでもない。
こんな場合にんなこと言ってられるか。
先ほど見たキリトぽい奴は見るからに年下だった。小町と同い年かそれより下。
年下に頭を下げるのはプライドが以外に高い俺には遺憾だが今はそんな事どうでもいい。泣けなしのプライドなんてフレンジ―ボアにでも食わしとけ。
生き残るためなら、現実に戻るためなら本気だしてやる。土下座でも靴舐めでも寄生プレイでも今の俺ならやれる。
せっぱつまった時の俺のなりふり構わない感は凄い。引くほど凄い。むしろ引く。
といってもそれはキリトがゲーム攻略に乗り出した時に限るんだけどな。
キリトが命惜しさに攻略を捨てたならそれも仕方ない。鬼畜外道の最低野郎と文化祭が終わったあたりからうそぶかれてる俺だが、嫌がる年下に無理矢理命を張れと言うほど腐ってはいない。
その時は情報だけ貰って1人でプレイしよう。
方針を決めさっそくさっき見つけた野武士顔と童顔の2人組と接触しようと試みるとそこにはすでに2人の姿はなかった。
「ッ、あいつら何処に‥‥!」
クソ、失念していた。年下であるキリトは当然の如く周りで今だ嘆き悲しむ人と同じようにこの場に留まるものだと思っていた。
だが違った。少なくともキリトは攻略に対し前向きであったようだ。それは喜ばしい事だ、腕のいいプレイヤーそれも元βテスターが攻略に参加してくれれば攻略が早く進む。
しかし、今はその正しい行動が恨めしい。
「いた!」
必死に周りを見渡すと特徴的な赤色の髪の男が広場から人気のない路地に行くのを発見した。
そこから俺の位置は優に50メートルほど離れている。今すぐ追わないと見失うだろう。
停滞する人々を押しのけながら彼らが抜けて行った路地に向け全力で走る。
誰かにぶつかる。普段なら自分が悪くなくとも頭を下げるが今はそれどころじゃない。
転んだ。すぐに立ち上がれ、まだ間に合う早く走れ。こんな時はゲームで良かったと思う。現実ならあんなに盛大にすっころべば悶絶してるところだ。
結局俺がクラインとキリトが消えていった路地までたどり着くのに3分ほどかかってしまった。
流石に泣き崩れてる人を蹴飛ばして進むわけにもいかず、途中ネカマ連中が集結してる地域に突入してしまいもみくちゃにされたりした結果だ。
念のために言っておくが別に海老名さん的な意味合いはない。ネカマはちやほやされたい楽したい男とも知らずにこいつら馬鹿じゃねと高笑いしたい奴らがなるものでありオカマではない。打算となんかこう男の汚い何かで構成されてる系の奴だ。
さて、2人の姿が消えた路地まで来た俺はさらに走る。思っていた以上に薄暗く少し狭い路地裏に消えて行った童顔の少年と野武士顔の男を追う。
念の為に言っておくが海老名さんの出番はない。
淑女じゃない淑女が好きそうな答えが導き出せない、導き出したくない掛け算とかクラ×キリとかないから。
どうやらキリトは1人で行きクラインはこの場に残るようだ。何かあったのか?
いや、今はそれよりすぐにでも走り出しそうな勢いのキリトを呼び止める方が先決だ。
「おい!キリ―――」
「キリト!‥‥っおめぇ、案外可愛い顔してるな。結構好みだぜ!」
「‥‥お前もその野武士顔の方が100倍にあってるぜクライン!」
「・・・・・・」
呼び止めようとした。だけれど俺が叫ぶと同時にクラインの発した言葉に遮られる。
というかなんだ今の。
え‥‥
まさかのキマシタワーなの。
海老名さんの大勝利なの。
‥‥‥
「ないわー‥‥」