やはり俺の青春ラブコメがゲームなのは間違っている。   作:Lチキ

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どう考えても茅場晶彦はクソ野郎だ。

草原から始まりの街。

 

俺は1人イノシシ狩りを切り上げ一旦街まで戻ってきた。

こういうRPGはフィールドでモンスターを狩りレベルを上げるのも醍醐味だがそれと同じように街や村でのイベントも重要となる。

 

タンスからアイテムを盗んだり人の所有物である壺を壊したり明らかに自然発生ではない道具や技マシーンを拾いねこばばしたり。

解釈に悪意があると思うかもしれないが大体あってると思う。悪意があるのは制作会社のほうだから。

他にもクエスト情報や隠しアイテムの存在なんかもNPCの聞き込みで判明するケースも多い。

それと攻略とかには直接関係ないがちょっとした小話とか壮大な伝説とか個人的に結構好きだ。ミアレシティの幽霊とかヒガナのレックウザ伝説とかお気に入り。軽くトラウマになるレベルの話の方が面白いよな。

 

なので、始まりの街で聞き込みと散策を開始する。

 

絶望的にコミュニケーション能力に障害を持つ俺でも流石にプログラムで構成されてるNPCに気後れすることもなく情報を集めていった。

何よりいくらキョドろうともどもろうともNPCは引いたり「うぇ…」みたいに思ってることが顔に出る事もないし。

人と話して心に傷を負わないとかまじ天国。

というか、NPC相手でもキョドるんだな俺。

 

街の裏路地や侵入可能な民家に正面から忍び込むこと数十分。

やけに時間が掛かると思うかもしれないが、それは街の面積がでかいからだ。

始めに言った通り始まりの街の面積は恐らくアインクラットでも随一。そこを目的もなく、家の扉が開くかどうかを確認し、NPCがいたら話しかけ(スキップはない)壺やタンスを発見したら物色する。そんな事を続けていれば時間もかかる。

 

マサラタウンとかなら1分あれば事足りるのに。というかあの研究所と主人公達の家が2,3軒しかないのにタウンを名乗っていいのだろうか。

まぁ、由来がまっさらだしある意味間違ってはいないけれどどうにも腑に落ちない。

ぶっちゃけどうでもいいな。ポケモンや道具もらうしかやることないしむしろごちゃごちゃしすぎてると萎える。

 

それに比べるとまだ街の半分も散策できていないこの現状は心がぽっきと折れそうだ。むしろもう折れてる。

手に入れた情報も使いようがあんまないし。

 

・宿屋より格安で泊まる事が出来る民家の情報(ログアウトすればいいので別にいらない)

 

・森の秘薬というクエストで強い片手剣が手に入る(曲刀なので必要ない)

 

・秘薬のクエストはホルンカという村で受けられる(上記と同じ必要ない)

 

こんな感じ。いらない。マジで徒労じゃん。

 

あまりの無駄骨に腕を投げ出し脱力していると視界の端にあるデジタル時計がもうすぐ17時30分になるところだった。

まだゲームを続けてもいいが今日1日プレイすることを考えると一旦ログアウトして腹になんか入れたほうがいいだろう。

 

両親はまだ仕事中だろうけどこの時間じゃ小町は帰ってるはずだし。何かの拍子にプレイ中小町がナーブギアの電源を切る事もありうる。

 

事情は知っているだろうけど、ある程度お願いをしておかないと本当にやるからな。

以前も俺が夕食時にマリオテニスをしていた時に夕飯ができたと呼びに来た小町に少し待ってと適当に返事を続けていたら半キレした小町にテレビを消されゲームの電源を消されついでに軽く蹴られた事がある。

最後の絶対いらないだろ。お兄ちゃん泣いちゃうよ?

 

ちょうど他のプレイヤーがいない民家の中だしここでログアウトして現実に帰る事にした俺は、右手をスライドさせ空中にメインメニューを表示する。

 

とりあえず飯を食い、小町と兄妹の触れ合いをして何なら風呂とかも入っちゃてまた19時くらいに再開しようなどと計画を立てているとそれは起こった。

 

日は傾き夕暮れの色に染まる始まりの街に一際大きない鐘の音が響き渡る。

 

もの哀しく感じる街の、それでいて静寂と呼ぶにははなはだ煩い街に響く音は静かに波紋を広げていく。

その発生元は分からないがただ言えるのはこの音は始まりの街のいや、アインクラット中にとどろきそれを聞いた者の心に一抹の不安を育んだ。

 

何事かと民家から出ようと扉の手すりに手をかけた時、扉に伸ばす俺の手が青いエフェクトに包まれた。

 

「え…?」

 

一体何が?ソードスキルを使った覚えはないしそもそも剣すら握っていない。それなのになぜと訳が分からなくなるがそれも一瞬の事。

考えがまとまらない間に気が付けば俺の体全体が青いエフェクトに包まれ。次の瞬間には俺はその場から姿を消失していた。

 

鈍い音を上げながらゆっくりと開かれる路地にある民家の扉。

しかし、開いた扉は内にも外にも誰もいない。

開け放たれた扉は役目を終える事もできず、吹き流れるそよ風によりパタンと閉まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前を覆い尽くす青いエフェクトがきえると、さっきまでいた場所とは違う所に俺は立っていた。

 

「ここは‥‥広場か?」

 

未だ鳴り続ける鐘の音の発信地と思われる始まりの街中央広場。

広場には目立つ時計塔があり、時計塔の上には大きな金鐘がある。どうやらこの音はあそこから流れてるようだ。

 

なにがなんだか分からずあたりを見渡すと俺と同じようにエフェクトに包まれ出現しているプレイヤー達が続々と現れている。

 

鐘が鳴るにつれその数は増えていき、驚愕と静寂に彩られた広場は瞬く間に騒音と混沌に染まってしまう。

 

周りから聞こえてくる声の中に、強制転移だのログアウトだのといった声がする。恐らくβやほかのゲームに詳しい連中だろう。

ログアウトがどうかしたのか分からないが、今起きた現象が何なのかは分かった。

どういう理由か知らんが俺達は強制転移させられたという事だろう。

 

でもなぜだ。

 

考えられる可能性としては、正式サービスを記念した運営の演出とか。あとは何かしらの不具合が発見された謝罪とか。

 

ネットゲームは、普通のゲームと違い初回のサービスからも不具合やバグが発生するケースが多いと材木座がぼやいていた気がするし。

 

額に汗を掻きあたりを見渡すプレイヤーや、イケメンのアバターの腕をつかみ怖いと肩を震わせる女性プレイヤー。

その他にもさまざまのプレイヤーたちがいるが、みんな一様に事態が把握できず不安に満ちた顔をしている。

だが、なんというか俺と彼ら彼女らでは少し違う気がする。緊張感がないというかどこか楽観的だ。

 

ネットゲームにそんなに詳しくない俺でもこれが異常であると思うのだが

所詮はゲームという認識があるのだろう。

だけれど、俺はなぜか安心も安堵もできない。夕暮れという背景が尚の事人の心を不安にさせるからだろうか。恵与しがたい不安がチクリと胸をさす。

 

なにかは分からないが、仮にもしもこれが運営とかが計画したサービス初めのイベントの類だとしたら考えた奴のセンスを疑う。

 

常日頃から妹に私服のセンスがないと罵られてる俺が太鼓判を押す。

‥‥千葉♡LOVEと書かれたTシャツ気に入ってるんだけどな。

ちなみにレベルで言うなら中学生の頃に俺が自分でコーディネートした私服レベルのセンスの無さ。

おいおい、それセンスがないというかただただ最悪だな。最悪過ぎてむしろ全裸の方がマシなほどだ。マジうける。受けすぎてなんだか涙が出ちゃう。男の子だもん。

 

運営の気味の悪い演出と黒歴史の中にいる中学生時代の俺の服のセンスに軽く絶望感を抱いていると、群衆の中1人の男性プレイヤーが天に指さし声を荒げた。

 

「おい!あれなんだ!」

 

空には赤いディスプレイが浮かんでいた。

俺達プレイヤーのメインメニューとはまた違う、6角形の横長いディスプレイ。遠すぎて見えないが英語で何かが書かれている。

 

男の声につられ空を見つめるプレイヤー達。

1つあったディスプレイは2つ3つと数を増やし、瞬く間に広場の空を埋め尽くす。

 

夕日により美しく不気味に照らされた始まりの街は一変、血の様に禍々しいただの不気味な情景へと変わる。

 

一瞬俺がプレイしてるこのゲームがホラーやバイオ系のゲームだっただろうかと不安になる。

この光景はそういった錯覚を起こすほど人の心理をいやらしくつく物だ。

何より、埋め尽くされたディスプレイから赤黒い液体。まんま人の血のようなものが出てきてうねうねと形を変えるとかただのホラー。

仮に今の俺が現実と同じ姿だったらゾンビが出たと討伐されるレベル。

 

空より滲み出る流血が形を作り赤黒いローブ姿の巨人が作り出された。仰々しい演出に明らかに他のモンスターとはかけてある容量が違うと分かる。

 

巨人というより空に映し出されたフォログラムという印象を受けるそれは巨大な手を広げ表情のない顔を覗かせ俺達に向け歓迎の言葉を送った。

 

「プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ」

 

私の世界。

 

言い方に違和感を感じるが、どうやらこの正体不明の巨人は今の所敵ではないようだ。少なくとも目があったらバトル!みたいな世紀末的なノリではない。そもそも目がない。

 

「私の名は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の存在だ」

 

その名前は聞いたことがある。むしろ今このゲームをプレイしてるなら少なかれず皆知っているだろう。俺でさえテレビや新聞、雑誌で見聞きした人物である。

このゲームSAOを作った天才茅場晶彦。

 

本人自らイベントのホストをするというのにも驚きだが、また違和感を感じる。

 

”世界をコントロールできる唯一の存在”

 

なんだその言い回しは、それではまるで――――――――

 

「プレイヤー諸君はすでにメインメニューからログアウトボタンがない事に気づいている事だろう。これはゲームの不具合ではない」

 

‥‥は?

ログアウトボタンがない?どういうことだ。

俺の、そしてここに集まるプレイヤーの動揺になど関せず否、知った上であえて無視をしているのだろう茅場は話を続ける。

そういえば、ログアウトがどうとかさっき言っていたがこれの事か。だが、不具合じゃないってなんだ。ログアウトできないのは明らかに不具合だろ。だってログアウトボタンがないとログアウトできないし、できないと現実に戻れない。それを不具合じゃないというのは普通に考え無理がある。

だけれど、ここでさっきから感じてた違和感が明確な形になっているのを俺は感じていた。

 

「繰り返そう、これは不具合ではない。ソード・アート・オンライン本来の仕様である。諸君は自発的なログアウトができず、また外部からの停止、解体はできない。仮にそれ等が試みられた場合、ナーブギアの信号阻止が発する高質力マイクロウェーブが諸君らの脳を破壊し、生命活動を停止させる」

 

‥‥

 

茅場晶彦の述べた突拍子のない宣言。先ほどまでただ動揺していたプレイヤーは、これがたちの悪い演出、イベントの類であると断じ不満を漏らす。他にもただただ不安に駆られ答えのない問答を叫ぶ者や広場から出ようとする者が現れる。なんならもうこんな茶番に付き合ってられないと帰ろうとするものもいる。

遠くの方から出られないと叫び声に似た怒声が聞こえたためそれもできないのだろうけど。

 

多くのプレイヤーは、普通の人間は突然目の前に現れた不条理にすぐに対応できるほどのメンタルを持っていない。当たり前だ。普段そんな事がないのにいきなり対応しろとかブラック企業でもなかなかねぇよ。

 

では、そんな人々はその時どうするのか。

それがこの目の前の光景だろう。

 

焦り不安である事から目を反らし虚栄の怒りをぶつける者。

 

意味が分からないと俯き嘆く者。

 

不安に押しつぶされ論理的であるように見えて非論理的な行動をとる者。

 

一番最後のはアレだ、「人殺しと同じ部屋にいてたまるか!」とか言って皆がいる部屋から抜け出し1人になる奴とかだ。

推理漫画とか読むと毎回思うけど人殺しが1人だけなら複数人で固まってた方が安全だと思う。

犯人が無謀な行動にでないように抑止力になるし、襲われても多勢に無勢でどうにかした方が生き残る確率が高いだろ。

 

「ふざけるな」「早く終われ」「頭おかしいんじゃないの?」などと言葉が飛び交う中、こんな時でもボッチな俺は周りに染まる事も流されることもなく奥歯を噛みしめ戦慄し必死に考える。

ぼっちの最大の武器であり唯一の武器を俺は人生最大のピンチにおくめもなく使用する。

 

思考の達人であるぼっちはどんな時でも考える事をやめはしない。

思考停止こそ本当の意味で人を殺してしまう愚行なのだ。

頭の中には言葉が何重にも飛び交い繰りかえされるが考えが纏まらない。そもそも情報が少なすぎる。この状況(ゲームの世界)で俺は場違いただのアウェーだ。

 

むしろホームとかないけどな。あったとしてもきっとホームですらアウェーなのだろう。

 

‥‥こんな時でもこんな口が利ける以外に冷静な自分に驚く。俺って結構メンタル強かったんだな。

 

だからこそ俺は集中し、全神経を総動員し目の前のマッドの言葉を一字一句聞き逃さないように耳を傾けた。

 

「残念ながら警告を聞き入れず、プレイヤーの家族、友人がナーブギアを強制的に解除しようとしたケースが少なかれずある。その結果、213人のプレイヤーがアインクラッド及び現実世界から永久ログアウトをしている」

 

永久ログアウト、それはつまり死んだという事だろう。茅場晶彦は、こいつは、この野郎は213人が死んだと感情のない無機質な声で淡々と告げたのだ。

 

見ず知らずの赤の他人。名前どころか顔を見た事すらない人の死に嘆く余裕はない。どんなに尊い命でも死んでしまった命より今を生きる命を優先させる。それは当り前の行動で人であるなら当然考えだ。そんな他人の為に今を生きる俺が、特にこんな緊迫した状況で何かを言う事はない。

 

だからあえて言っておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人の命をなんだと思ってやがんだこの野郎。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

茅場のアバターが手をスライドさせると複数のネットの記事、又はテレビのニュースが流れる。そのどれもが『オンラインゲーム事件』『デスゲーム』『被害者多数』と報じていた。

 

「ご覧のとおり、多数の死者が出た事により、あらゆるメディアが繰り返し報道している。したがって、すべにナーブギアが強制的に外される危険は限りなく低くなっていると言ってよかろう。諸君らは安心してゲーム攻略に励んでほしい」

 

安心?これのどこを安心しろというのか。

今の発言は安心させるためではない、プレイヤー全土に対するただの捻くれた宣戦布告だ。ふざけんな。

 

「しかし、十分に憂慮してほしい。これ以降いかなる蘇生法も機能せず、HPが0になった瞬間諸君らの脳はナーブギアにより破壊される」

 

「っ」

 

これまでの情報ログアウトできない事が仕様。蘇生法が機能しない。安心してプレイしろ。ゲーム攻略。

1つ1つのピースは輪郭を露わにし複雑なパズルを完成させる。だが、最後の1ピースが嵌らない。いや本当はそれすらも分かっている。

ただ単に俺がそれを分かりたくないのだ。

 

本気なのだろうか。本気なのだろう。

 

そんな事の為に人を殺したのか。現実に213人殺している。

 

狂っている。狂っている。

 

それが本当だとしたら茅場晶彦という人間はすでに、どうすることも出来ないほどどうしようもない。

 

馬鹿と天才は紙一重という言葉があるが、間違いなくこいつは馬鹿だ。天才的な才能を持ったただの馬鹿野郎だ。

 

「諸君らが解放される条件はただ一つ、このゲームをクリアする事だ。今君らがいるのはアインクラッド最下層第1層である。各フロアの迷宮句を攻略しフロアボスを倒せば次の階層に進める。第100層にいる最終ボスを倒せばクリアだ」

 

「どういうこと!?」

 

「100層クリア?」

 

「そんなことできる訳ないだろ!」

 

「βテストじゃ碌に上がれなかったんだろ!!」

 

群衆が騒ぎ立てる中俺は静かに自分の立てた推測が的中した事を嘆いた。

こいつは本物のファンタジー実現するために、俺達に自分の作ったゲームをクリアさせるためだけにこんな大それたことを仕出かしたのか。

 

213人を殺し、1万人近い人間を仮想世界に閉じ込めた。

 

多くのプレイヤーが騒ぎ立てるが今はそんな場合じゃない。そんな事は無事に生きて帰れた時にでもすればいい。

だけれど中には本当に数人だけれど周りに流されずに今の状況を正確に判断できる人間がいる。

大多数が状況を飲み込めていない中、これを理解できている奴がいる事に不謹慎ではあるがある種の安堵を覚える。

別に自分1人この混沌の中皆と違う思考をしてるから寂しさを覚えるとかじゃない。

集団の中、さらに集団から外れたアウトローの中でもボッチになれる俺が今更その程度の異端意識で寂しさを覚える事はない。

単純にゲーム攻略の成功率が思いのほか高い事に対する安堵だから。

すでにゲームは始まっている。

心臓を脳を握られてる俺達が何を言っても無駄だろう。圧倒的な弱者の声は絶対の強者に届かない。

カースト制度の底辺であり生まれながらの弱者が言うのだから間違いない。

現に茅場は、騒ぎたてるプレイヤーの声には何1つ答えずあくまで黙々と司会進行を続けている。

 

「それでは最後に、諸君のアイテムストレージに私からのプレゼントが送られている。確認してくれたまえ」

 

思考停止に陥っているプレイヤーは言われがままメインメニューの中にあるアイテムのボタンを押す。

すると、そこに1つのアイテム『手鏡』があった。

 

何だと覗き込めば突然光だし、本日2回目のエフェクトに包まれた。

 


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