十傑第二席の舎弟ですか?   作:実質勝ちは結局負け

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第十六話

 新幹線の車両内。

 二人席の窓際に斬島葵が、通路側に小林竜胆が座する。

 車窓の向こう側の景色を見つめていると、多くの割合で瞳に映り込んでくるのは田園風景だ。

 次々と変わっていく眺望には、移ろい行く季節の経過が伺える。

 晴れ渡る蒼穹。

 光の束が矢のように降り注いで、新緑の稲を煌めかせる。

 葵が所在なくそれを見つめていると、不意に左右が反転した自分が目を合わせてくる。別に驚くことではなくて、ただ列車がトンネルに入ったのだろう。

 仄暗(ほのぐら)い硝子の先、視線を少し横にずらすと竜胆が小さく欠伸をするのが見えた。

 白く長い指で口元を隠し、水晶のような瞳を細める。長い睫毛(まつげ)(まぶた)が重そうに垂れて、柔らかな細い影を作る。

 

「竜胆先輩、眠そうですね」

「んー、昨日あたし七時間しか寝れてないからなー」

「ちゃんと寝たほうがいいですよ……ん? 先輩もう一回言ってもらっていいですか?」

「昨日あたし七時間しか寝れてないからなー」

「ばっちり寝てますね」

 

 だけど眠くなるという気持ちは、何と無くだけど分かる。

 窓から降り注ぐ暖かな日差し、身体を包むシートの柔らかさ。

 新幹線という快適な空間の中で特にすることもないとなると、睡魔に負けてしまうのも道理だ。

 

「寝ててもいいですよ。京都に着く少し前に起こせばいいですか?」

「うん。じゃあ、おやすみー」

「おやすみなさい……え、ちょ」

 

 竜胆は座席の間にある肘掛けを無くして、さも当然といった感じで葵の肩にもたれ掛かる。

 (ほの)かな甘い匂いが(あけ)()す髪から漂ってきて、黒い瞳が散大する。

 何をされたのか一瞬分からなかったのは、葵の肩に寄り掛かる彼女の一連の動作があまりにも自然だったから。

 よほど眠かったのだろうか、少し声をかけても竜胆からの返事がない。まるでしかばねのようだ。

 スヤスヤと静かに寝息を立てる彼女の寝顔を見ると、無理に起こさないでもいいかな、と思ってくる。

 だから話しかけるではなく小さな声で。

 どうせ聞こえないから、今は旅行だから。

 普段なら絶対に言えないような事を、言ってみてもいいかもとか考えて、実際に口に出してみた。

 

「……ホントに黙ってたら、凄い綺麗なんだけどな」

 

 そう言って、窓の外を眺める。トンネルを抜けると見える景色は代わり映えのない田園風景で、何故だか煌めく緑がとても眩しかった。

 

 ──眠りについているはずの彼女は、耳が薄っすらと紅潮している。彼女は少しだけ身動(みじろ)ぎをした。

 

 ☆☆☆

 

 東京から京都まで、新幹線で二時間もかからない。

 京都駅へ降り立った葵は、東京駅とのギャップに驚いた。

 東京駅がホテルのような洒落た建築なのに対して、京都駅はとかく斬新なデザインが特徴的だ。

 中央コンコースのアトリウム。

 威圧感や不安感を覚えるほどの巨大空間の空中に、小さなステージがいくつかあって見る者の脳裏に広大なイメージを焼き付ける。

 無機質な近代技術の(すい)を集めたような空間にある、何処がマンガチックな舞台。

 まるで戯画の世界に迷いこんだ錯覚さえ覚えるほどに、不思議で劇的だと思う。

 何度も訪れているだろう竜胆に先導され、葵はふらふらと辺りを見回しながら歩く。

 大空間を実感しながら、エスカレーターを降りていく。葵は感心した様子で竜胆に話しかけた。

 

「竜胆先輩……京都駅ってかっこいいですね! 何というか男心をくすぐられませんかっ?」

「……いや、あたし女だからなー。まぁでも初めて来たときは結構ビックリしたかも」

「ですよね。ほら、改札から出ていく人がすっごく小さく見えます」

「人がゴミのようだなー」

 

 ……その表現は如何なものか。

 ごった返す人波を避けて、キャリーケースと共に改札をくぐる。

 京都駅の外に出て少し歩いていると、此方というか竜胆に向けて声をかけてくる人物が一人。

 

「久しぶりね、竜胆さん。待っていたわ」

「久しぶり、よろしくなー」

「此方こそ、よろしくね」

 

 気さくな雰囲気の若い女性。

 サラサラとした濡れ羽色のストレートロングを垂らし、艶やかな紫光りの黒を強める。そこから覗く顔立ちは端正で、人好きのする微笑みを浮かべていた。

 黒いジャケットに同じく黒のタイトスカートを身に纏って、それが実に様になっている。

 

「じゃあ竜胆さん、後ろの子を紹介してもらえるかしら?」

「えーと、名前は斬島葵。あたしの舎弟……いや奴隷みたいなものかなー」

「……間違った紹介をしないでください、竜胆先輩。普通に学校の後輩でいいですよね」

 

 あと言い直した意味は絶対にないと思う。

 葵と竜胆がいつものように軽口を叩きあっていると、タイトスカートの彼女がそれを艶然と見つめていた。

 視線に気づくと、彼女は緩やかに微笑む。

 

「私は篠原美月。短い間だけどよろしくね……奴隷さん」

「……先輩の戯言(ざれごと)は信じないで下さいよ。あと葵でいいです、周りからそう呼ばれているので」

「あら冗談よ、葵くん。それと私のことも美月でいいわ……じゃあ取り敢えず宿に向かいましょうか。あなた達の部屋は事前に予約してあるわ」

「はい、よろしくお願いします。美月さん」

「よろしくなー、美月」

 

 美月は後ろにある白塗りの車のトランクを開く。

 葵は自分と竜胆の分のキャリーケースを詰めて、後部座席に乗り込んだ。

 美月が慣れた動作で車を発進させる。

 加速は優しくブレーキは静かに、美月の運転はとても洗練されていた。

 赤信号で停車したのを契機に、葵は美月に話しかける。

 

「美月さんが、竜胆先輩に仕事を依頼したんですか?」

「ええそうよ。私、コンサルタントなの。竜胆さんとは、その関係で知り合ったわ」

「先輩と仕事……(にわ)かには信じられないですね」

「おいこら」

 

 美月の職種がコンサルタントと言われて、成る程と思う。

 彼女はユーモアを解する気質の中に、当人の能力の高さや凛とした雰囲気も感じられたからだ。

 コンサルタントは平均して高収入ではあるが、反面激務であり徹底して実力主義だ。

 そして様々な資質が求められる。

 プレゼンテーションに関する能力。論理能力。広範な知識。発想力や即応力。挙げればキリがない。

 (ちな)みにやるべき仕事を全部押し付けて京都に来ちゃった人の抗議の声を、葵は華麗にスルーした。

 そこからたわいもない話を三人でしていると、あっという間に宿へとついた。

 

「さ、着いたわ」

「やっと一息つけるなー」

「綺麗な旅館ですね」

 

 車を駐車場に止めて少し歩くと、整えられた庭園と何処か荘厳な印象を受ける旅館が姿を現した。

 中に入ると数人の女中が出迎えてくれて、美月が女将さんらしき人と何か話をしている。

 宿泊研修で数日間過ごした遠月離宮と同程度の絢爛さに、葵は少し圧倒されてしまう。

 もう話がついたのか、美月が目線でついてくるように促してくる。

 

「美月さんもここに泊まってるんですか?」

「ええそうよ。あなた達が京都にいる間だけね。じゃないと竜胆さんが仕事すっぽかすかもしれないし」

「ああ、確かに」

「おいこら」

 

 竜胆の抗議の声を、美月も華麗にスルー。

 そのままエレベーターで最上階まで上がり、廊下を少し歩いたところで美月が振り返った。

 

「あ、そういえば言い忘れていたんだけど」

「なんですか」

「葵って名前を聞いて、私は女の子だと思ったのよ。だから……」

 

 そこまで言って、美月な小悪魔のように微笑む。

 

 

「竜胆さんと葵くんの部屋、一緒にしちゃったっ!」

 

 

「え゛」


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