十傑第二席の舎弟ですか?   作:実質勝ちは結局負け

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第十二話

『試験終了! そこまでだ』

 

 堂島銀は自身の力強い洗練された低音を、A会場に響かせた。

 終了の合図を耳にした、会場内の学生たちの反応は二種類に分かれる。

 一つは頭角を現した者。

 彼等彼女等の表情には、安堵と歓喜の色が窺える。

 一つは落伍した者。

 彼等彼女等の表情には、絶望と悲嘆の色が窺えた。

 

「怒濤の勢い……でしたね」

 

 終了を告げた銀に話しかけてきたのは、瀬名 博巳。

 遠月リゾート副料理長であり、銀の右腕でもある男だ。

 薄桃色の長髪を後ろで緩く束ねた、爽やかな容姿。

 涼やかな双眸が見つめる先には、残り時間僅か三十分程度から凄絶なまでの追い上げを見せた赤髪の少年がいた。

 幸平 創真。

 創真の合宿での行動はあまりに印象深く、銀がこの宿泊研修の中で面白いと思った料理人の一人だ。

 

「うむ……ヤツはメニュー選びで大きなハンデを抱えた。しかし現場での対応力でそれを見事に覆した」

「荒削りですが、面白い素材のようですね。一方で、計四百七食……全生徒の中で唯一四百食の大台に到達した薙切えりな。そして数十分を残して三百八十食をさばいた薙切アリス。堂島さんは、誰か気になる生徒はいましたか?」

 

 博巳に問いかけられた銀の双眸には、藍色の着流しを身に纏った少年が映った。

 斬島 葵。

 銀が葵に興味を持ったのは、宿泊研修初日の夜。

 四ノ宮小次郎との会話だった。

 

『見込みはあると、そう思いますよ』

 

 あの四ノ宮小次郎をして、そう言わしめるほどの才能。

 葵がA会場、つまり自分の担当する会場に割り当てられてから、銀は注意深く彼を観察していた。

 葵が提供した料理は、イクラの卵巻き寿司。

 

 ──なるほど、確かに面白い。

 

 銀はそれを見た時、そう思った。

 イクラと言う魚卵を料理に用いることで、卵料理に驚きを加えている。更にイクラは見映えも良く、ビュッフェという形式でお客様の目も引くことができるからだ。

 

「斬島 葵。藍色の着流しを着た彼だよ」

「えーと、あの子ですか。斬島は三百五十食さばいてますね」

「ああ、四百食さばいた薙切えりながいるこのA会場で、彼は三百五十食だ」

「……もし薙切えりながいなければ、四百食に届いていたかもしれない、と堂島さんは言いたいのですか?」

「いや、どうかな? だが、彼もまた面白い素材だと、俺は思うよ」

 

 遠月学園では結果が全てだ。

 どれだけ研鑽を重ねようと、才能の無い者は淘汰され切り捨てられる。

 だから博巳のいうようなIFの話には、何の意味も無い。

 しかし葵がこの試験において、実力を示したこともまた一つの結果なのだ。

 

「例の選抜、非常に興味深いですね」

「あぁ……実に楽しみだ」

 

 ☆☆☆

 

『二百食を達成した者へ連絡だ。次の課題は四時間後、それまでは休憩時間とする』

 

 そう告げた銀は自らもまた、次の課題のために会場を後にした。

 エレベーターに乗るため、エントランスホールに向かうと一人の生徒が目に入った。

 藍色の着流しの少年、斬島 葵である。

 噂をすれば影がさすとは、よく言ったものだ。

 葵は膝を折り曲げて、二人の少女と会話をしていた。

 恐らくは審査をして下さった生産者の、ご家族だろう。

 少女たちは笑顔で葵に手を振り、パタパタと家族の元へ駆けていった。

 

 ──ふむ、丁度良い機会だ。

 

 そう思った銀は葵に近づき、声をかける。

 

「君が斬島だろう? 随分とモテるじゃないか」

「流石に一回りも年齢が下の異性は、恋愛対象に入りませんよ……って、堂島シェフっ?!」

 

 葵は銀を認識すると、仰け反るように身を引いた。

 ……少し驚かせてしまったかもしれない。

 

「成る程。斬島の好みのタイプは、一回り年齢が下の同性(・・)か……恐ろしいな」

「違うわっ!! 貴方の思考回路が恐ろしいですよ!」

「冗談だよ、斬島」

「……質の悪い冗談はやめてくださいよ」

 

 葵は黒曜石のように澄んだ瞳を半眼にして、目線で話を促してくる。

 銀にしても、ただからかうために声をかけたわけではない。

 コホンと咳払いをして、それを契機に真剣な表情を作った。

 

「だが子供に好かれるのは、一つの才能だよ」

「……どういうことですか?」

「彼等彼女等は、とても感受性が高い。こちらがどのような言葉を投げ掛けようとも、それが心からの言葉でなければ聞く耳を持ってはくれない。我々大人は理性で行動を起こすが、幼い彼等彼女等は本能で行動を起こすからだ」

 

 銀の視線の先、葵の頭上には疑問符が浮かんでいるようだ。

 性別を感じさせない中性的な容姿は、銀の言葉の意味を懸命に噛み砕こうとしているのが分かる。

 

 ──確かに突然こんな事を言われても、困惑してしまうかもしれないな。

 

 そこで銀はもう少し分かり易い言葉に、言い換えることにした。

 

「あの少女たちは、本当に嬉しそうに君と話していた。それは君の言葉が心からのモノだからだよ」

「……それほど大した事をしているつもりは無いですが」

 

 銀の突然の賛辞に、葵は当惑の表情だ。

 恐らく本人は、本当に大した事とは思っていないのだろう。

 だが心からの言葉を発することは、成長するにつれとても困難になってくる。

 大人になればなるほど、対人関係には利害が生じる。

 思考は打算的になり、相手の言葉には裏があるのではないかと考えるようになる。

 そして自らもまた、言葉の裏に意味を込めてしまうのだ。

 埋没しそうになる思考を停止させ、銀はそれを誤魔化すように言葉を口にした。

 

「とにかく、課題の突破おめでとう。次の課題も合格出来るよう、頑張ってくれ」

「……頑張ります」

 

 銀がそう言葉を投げ掛けると、葵は曖昧に微笑んだ。

 

 ☆☆☆

 

 宿泊研修最終日。

 遠月離宮大宴会。

 豪奢なシャンデリアが煌びやかな光を放ち、会場内を照らす。

 白を基調とした気品の漂う空間には、無数の円卓と椅子が等間隔に並べられている。

 慌ただしく動き回る遠月のスタッフ達が、これから行われる宴の準備に取り掛かっていた。

 壇上で指示を出す銀に、話しかけてくる人物が一人。

 凛とした雰囲気を持つ青年、四宮小次郎だ。

 

「まったく、堂島さんも人使いが荒い」

「……四宮か。ここに来たということは、準備は終わったんだな?」

「あと終わってないのは、日向子だけですよ……しかし物好きですね堂島さんは。こんな宴を企画するなんて」

「彼等彼女等は、厳しい課題を乗り越えてきたのだ。それを祝うことは、何ら可笑しなことではないさ」

 

 小次郎は銀の言葉にフッと笑うが、しかし否定はしない。

 宿泊研修にくる以前の彼ならば、くだらないと吐き捨てただろう。

 だが今の小次郎からは、ほんの少しだけではあるが柔らかな印象を感じる。

 それはこの宿泊研修を通して、過去に失ってしまった欠けてはならない大切なモノを取り戻したからだろう。

 たわいない会話を続ける銀と小次郎の元に、遠月のスタッフの一人がやってきて告げる。

 

「堂島シェフ、準備は完了しました」

「ふむ、ご苦労。……さて、そろそろ四時か。俺はロビーに行ってくるよ、生徒諸君が待っている筈だ」

 

 そして銀はマイクを片手に、ロビーへ移動する。

 集まっている生徒達の顔には憔悴の色が伺えて、さらには初日よりも随分と人数が減った。

 ざわめき立つ声音は何処か弱々しく、ロビーには鬱屈とした空気が漂っている。

 だかそんな生徒達も銀の姿を認識した瞬間に、水を打ったように静まり返った。

 そんな中場内に、銀のマイクを通した声が響き渡る。

 

「……本題に入る前に、一言。現時点で三百五十二名の学生が脱落し、残る人数は……六百二十八名。過酷なようだが、これは料理人という職の縮図だ。料理人として生き残るには、ありとあらゆる能力・心構えが必要となるーー」

 

 生徒達の視線を一身に受け、しかし銀は言葉を続ける。

 

 ──これから話すことは、とても大切な事だから。

 

 料理の道を歩むのは、果てしなく困難だ。

 未知の状況で冷静さを失わず、常に食材と対話する。

 シェフになれば重圧は尚のことだ。

 不安と逡巡に苛まれる夜を耐え抜き、多様な事態に対応し、立ち回っていかなければならない。

 

 ──無限の可能性を持つ君達へ、どうかこの言葉を心に刻んで欲しい。

 

「料理人として生きることは、嵐舞う荒野を一人きりで彷徨うことに等しい。(きわ)めれば究める程に、足は(もつ)れ目的地は霞む。気付いた時には(いただき)に立ち止まり、帰り道すら見失う者もあるかもしれん」

 

 だけど。

 

「どうか、忘れないでいて欲しい。この遠月という場所で、同じ荒野に足跡を刻む仲間と共に()ったことを。その事実こそが、やがて一人()く君を励ますだろう。君らの武運を……心より祈っている」

 

 現実はとても残酷だ。

 きっと彼等彼女等は、これから多くの困難に直面するだろう。

 果てのない(みち)を彷徨うなかで、涙を流し諦めてしまう者もいるだろう。

 それでも。

 ひとまずは試練を乗り越えた者たちへ、先導者から(はなむけ)を贈ろうと思うのだ。

 

「ここまで生き残った六百二十八名の諸君に告ぐ……宿泊研修の全課題クリアおめでとう!! 最後のプログラムとは、合宿終了を祝うささやかな宴の席だ。存分に楽しんでくれ……」

 

 歓声に包まれるロビーで、銀は嬉しそうに目を細めながら告げる。

 

「さぁ皆……(テーブル)へ! 今から君達には、卒業生達の料理で組んだフルコースを味わって頂く!」


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