踏み出す一歩   作:カシム0

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俺ガイル最終巻が発売になったようですが、まだ本屋に行けてません。
もっと続いてほしいとは思うものの、何事にも終わりはくるものです。
アニメ三期も決まっているようですが、13、14巻でワンクールやるんですかね。
色々と気になることがありつつも、記念ということで、どうぞ。


鶴見留美の朝は早い

 

 

 

 

 

 スポーツに燃える中学生の朝は早い。

 それが夏休み明けに新人戦が待っているとなればなおさらである。

 我々は、千葉県のある閑静な住宅街に住む、少女の一日を追った。

 

 

 

 

 

 時は午前五時を少し回ったところ。その少女はストレッチをして準備万端整えていた。

 朝、早いですね。

 

「……好きで始めたことだしね」

 

 そう語るのは、まさにこの秋に新人戦が控えている体操部期待の星、氷の妖精、天は二物を与えないのことわざ? 格言? どっちでもいいや。とにかく真っ向から反する、天然物の美少女中学生の鶴見留美さんです。お早うございます。

 

「……お早う。私って天然だったっけ?」

 

人工物には負けたくないのです。

 うっすらと明るくなり、人がまだ動き出す前から留美ちゃんは動き始める。

 

「けっこうトラックとか走ってるよ? それに始発電車に乗りそうな人とか」

 

 そう語る留美ちゃんの目は誰よりも真剣だ。プロに一切の妥協はない。

 

「私ってなんのプロなの?」

 

 これからランニングですか?

 

「うん。っていうか、一緒に走るでしょ」

 

 朝は入念なストレッチを含め、一時間河川敷を走る。これを夏休みが始まったときから続けているという。

 

「まだ七月だから、始めて一週間くらいしか経ってないけど」

 

 もう、留美ちゃんってば、ノリが悪いなあ。

 

「さっきからなんなの、それ?」

 

 なんとか職人の朝は早いっていう、ドキュメンタリー風。

 

「……」

 

 あ、留美ちゃんが呆れたような目でこっちを見てる。

 

「ような、じゃなくて呆れてるよ、真希ちゃん」

 

 我々は、少女の一日を追った。

 

「続けるんだ。そもそも我々って私が私を追うの?」

 

 

 

 

 

 ランニングを始めて目標の半分に到達したころ、我々はある一人の少女と出会う。

 

「あら鶴見さん、山北さん、おはよう」

「綾瀬さん、おはよう」

 

 おはよう。

 そしてすれ違う。

 

「綾瀬さんのランニングもずっと続いてるね」

 

 そだね。

多分、夏休み前に教室で私と留美ちゃんが朝から走ろうって話してたの聞いてたんじゃないかな。あの時近くにいたし、気にしてたし。ま、本当に走ろうと思ってたのかもだけど。

 

「時間も場所も被るのって、なかなかないよね」

 

 そだね。あっちは河川敷逆回りだけど。

綾瀬さん、一学期終わりくらいから留美ちゃんと仲良くなりたいオーラ出してたんだよね。あわよくば一緒に走ろうとか考えてたんじゃないかな。だからランニング始めたのかもだけど、コースが逆回りだったのは不運かな。

 私がそう思うのには理由がある。振り向くとやっぱり綾瀬さんもこっちを見ており、慌てて前を向いて走り出す。

同じ回りで走るとか、どっかで待ってて、あら奇遇ね、とかいって一緒に走ればいいのに。それとも留美ちゃんから一緒に走ろうって声かけられるの待ってるとか、はたまたすれ違う時に声をかけるだけで満足してるとか。

 意地っ張りだなあ。

 

「誰が?」

 

 ううん。こっちの話。

 

「そう?」

 

 

 

 

 

 午前六時三十分。

 クールダウンを兼ねて、ゴールに設定している公園に到着。近隣の小学生や保護者、ご老人たちまでもがすでに集まっている。そう、ラジオ体操を行っている公園である。

動的ストレッチはウォームアップに最適らしいので、本当は体操後に走るのがいいんだろうけど、時間の都合がね。ちなみに私はダンベルを持つだけなら十キロはいける。

 

「綾瀬さんもいるね」

 

 この近辺でラジオ体操をやっている公園だと、ここが一番近いからね。参加カードを持っていなくても誰でもウェルカムだし。

多分、私や留美ちゃんがいるのを知って来てるんじゃないかな。夏休み最初の頃はいなかったし。

 

「だろうね。……真希ちゃんはさ、綾瀬さんと一緒に走るのってどう思う?」

 

 あ、聞いちゃいます、そういうこと? 私はまあ、面倒くさいことにならなければいいかな。一番実害受けてる留美ちゃんがいいなら、いいんじゃないかな?

 

「そだね。言いたいことあるならすっぱり言ってもらった方がいいし。話しかけてくれないかなーって感じでずっと見られてるのも何だったし」

 

 やっぱり、気づいてた?

 

「うん」

 

 そう言ってどことなく居心地悪そうにしている綾瀬さんの元へ駆け寄る留美ちゃん。慌てる綾瀬さんに、淡々と留美ちゃんは一言二言話しかけ、そしてまた戻ってくる。

綾瀬さんは何て?

 

「あわあわしてたから、とりあえず一緒に走るつもりがあるか聞いて、集合時間と場所伝えてきた」

 

ふーん。留美ちゃん。その心は?

 

「言いたいことがあるなら聞くよ。あれこれをなあなあにするならそれはそれで、まあいいかなって」

 

けっこうドライだよね、留美ちゃんって。

 

「真希ちゃんほど、泣いてすがり付いてでも引き留めたい関係じゃないもん」

 

留美ちゃんは芯が強いからある程度敵視されても気にすることはなく、優しいけど誰にでもというわけではなく。でもやっぱり優しいから自分から手を差し伸べたりもする。

そんな留美ちゃんは私は大好きです。

 

「そう? 私も真希ちゃんのこと大好きだよ」

 

やーん。照れちゃうね。

 

 

 

 

 

午前九時。

ラジオ体操を終えて、身だしなみを整え、朝食をすませ、目的地に集合。準備運動を終えて整列する。

本日は、学校の体育館での練習ではなく、顧問の先生が手配してくれた付近の私立中学の体操場での練習である。

公立である我らが母校には設置されていない設備が充実しているので、みんな楽しみにしている練習日だ。

女子で言えば段違い平行棒、男子では鉄棒、つり輪など、普段できない種目の練習が本日の目的。

 

「整列! よろしくお願いします!」

 

男子体操部部長の号令で、一斉に挨拶をする。ずらりと並ぶ様はなかなかに体育会系。

私立の学校はうちよりも部員数が多く、設備の規模も大きい。名目上、技術交流だけど、明らかに格が違って私たちが教わるばかりな上、設備まで借りている。

おそらく普段でも器具を使った練習は混雑しているだろうに、そこに他校の私たちがお邪魔しているのだから、邪険にされても不思議ではないし、実際先輩たちが雑な扱いを受けたこともあるそうな。

ただ、今年はそうなってはいない。これが、ただみんなの物腰が丁寧になったというのであればいいことなのだけど、そうではなく、

 

「やあ鶴見さん。今日もよろしくね」

「……はい、よろしくお願いします」

 

あちらの男子体操部の部長が、留美ちゃんにやたらと絡んでくるからだ。

始めて遠征に来たのは一学期半ば。当初から留美ちゃんに目をつけていたらしく、回を重ねるごとに接近し出して、ここ最近は留美ちゃんにだけ話しかけてきて、女子の練習に口出ししてくる。

 

「蹴上がりは出来るようになったかな?

付きっきりで見て上げるよ」

 

そして今日、とうとう個人レッスンまで言い出す始末。

有力選手で大会に優勝しているだとか、将来のオリンピック候補だとか、家が金持ちだとか、一般的にはイケメンの部類に入るだろうお方。

そんな人が留美ちゃんを気にかけているものだから、部員の誰からもあまり触れないでおこうという意志が伝わってくる。

とはいえ、面白くないのも確か。男子部員は抜け駆けしやがって、女子部員も一般的イケメンにかまわれてるのが面白くない。

腫れ物のような扱いで、せっかくの交流だというのにお互いに話し合うことはほとんどなかった。

もちろん私だって、また留美ちゃんに迷惑かけるやつが現れたかと憤慨ものである。

正直なところ怒鳴り付けてやりたいけど、お世話になっている立場もあり、下手に大事にできなかった。

でも、それも前回までのこと。今回は強い味方がついている。

 

「はいはーい。鶴見ちゃんはあたしらが見るからね」

「さあ、練習の指示を頼むよ」

「え、あ、ちょっ」

 

我らが男子体操部部長とあちらの女子部長である。

あちらの女子部長とうちの女子部長は仲がよく、どちらも留美ちゃんを気にかけていてくれていたこともあり、相談したらすぐに対応をしてくれた。

その方法は、いつの間にか仲を深めていた我らが男子部長と連携しての留美ちゃんガード。今もアイコンタクトなんかしちゃったりして。

くそう、うまいことやりやがって、とは他の女子部員みんなの心の叫び。でもいい人だからみんなが祝福した。男子は妬んでいるらしい。

 

「本っとにごめんね鶴見ちゃん。以前はもうちょっとましな奴だったんだけど」

「いえ、こちらこそすいません」

 

さすがに今の状況はよくないと、前回の共同ミーティングで話し合いをし、色々とあった挙げ句、和解に成功。

うちの部員は普段の真面目で直向きな練習をしている留美ちゃんを見ているし、あちらの部員も共同練習の度に誰よりも練習したり率先して後片付けをする留美ちゃんを見ている。

そんな留美ちゃんに文句を言うのは筋違いだと本当は誰もがわかっていたんだと思う。

 

「さて! 鶴見ちゃんは蹴上がりが苦手だったね。補助するから、いってみようか!」

「よろしくお願いします」

 

そんなこともありつつ、練習開始である。

実は私は段違い平行棒は留美ちゃんよりも得意だったりする。追い抜かれないようにがんばるぞ!

 

 

 

 

 

午後三時。練習を終えた我々は帰路についていた。

 

「真希ちゃん、それまだやるの?」

 

今日一日くらいはやってみようかなって。

それにしても、中々にハードな練習でしたね。

 

「たまにしかできない練習だったとはいえ、はりきりすぎたかな」

 

なんと、留美ちゃんは今日の練習で苦手を克服し、段違い平行棒での蹴上がりを成功させていたのだ。

 

「真希ちゃんだって平均台の上で宙返り成功させたじゃない」

 

留美ちゃんみたいにクルクル回れないけどお互い頑張ったね。

 

「うん。でも、やっぱり小さい頃からやってる人は、技の完成度が違うね。」

 

最後に模範演技ということで男女とも全員で見学したのだけど、さすがオリンピック候補と言われるだけのことはある。見とれてしまった。

例の迷惑男も口だけではなく、女子の方ちもいたオリンピック候補もさすがの腕前。強豪校だけあり、小さい頃から体操をしている選手が数人いるのだけど一人桁違いにうまい人がいる。

その人は、今度私たち新人が出る秋大会には出ないけれども、よかったと言っていいのやら。

 

「とりあえず、素人同然の私たちは自分の演技を失敗しないでやりきることが第一の目標じゃないかな」

 

そうだね。まずはそこからだ。心配事なんていっぱいあるし。

 

「真希ちゃん、緊張するとすぐ演技に出るから、そこは一番心配かな」

 

うう。自覚しているメンタル面での弱さをつかれるのはきつい。

そういうの気にしないタイプだと思ってたんだけどな。

 

「真希ちゃんは気分が乗ってるときはすごいから、悪いことばかりじゃないと思うけどね」

 

座禅でもしてみようかな。

 

「付け焼き刃じゃ意味無いだろうし、すぐに飽きるんじゃない?」

 

だよねー。さすがわかってらっしゃる。

 

 

 

 

 

午後五時。

取材班は鶴見家にお邪魔することにした。

部活に燃える少女とはいえ、勉強もしなくてはならないのは世知辛いところ。ああ、頭から煙が出そう。

 

「まだ一時間もしてないのに、何言ってるの?」

 

部活を頑張った後に宿題やるって、なかなかハードだと思うんだ。

 

「目標のページまではやらないと。おばさんに聞いたよ? 小学校の頃、夏休み終わりくらいまでやらなかったって」

 

あの人何言ってくれてんの!?

 

「私も、真希ちゃんと一緒じゃないとさぼっちゃうかもしれないし」

 

留美ちゃんにかぎって、それはないんじゃないかと。

 

「私、けっこう適当だよ」

 

そう言う留美ちゃんだが、真偽ははなはだ疑問である。

 

「ほら、口より手を動かす」

 

スパルタだねえ。留美ちゃん、けっこう教育ママになるかもね。

 

「真希ちゃんみたいな娘だったらなるかもね」

 

さて。休憩終了。頑張りましょうか。

 

 

 

 

 

 

午後六時半。

実は、今日は鶴見家に初お泊まりの日だったりする。なので夕飯の時間までお邪魔しているのであった。

ピッと電話を切り、机に置く留美ちゃん。

 

「やっぱりお父さんもお母さんも二人とも帰り遅くなるって。ご飯作って食べちゃお」

 

言って机の上を片付け始める留美ちゃんと私。

いつもは何作ってるの?

 

「お母さんが作りおきしてるのレンチンしたりがいつもなんだけど、冷蔵庫の中身何使ってもいいって言ってたから、見て決めよう」

 

ってなわけでキッチンへ来たのだけど、留美ちゃん、一つ言っていい?

 

「どうしたの?」

 

写メ撮らせて。

 

「ダメ」

 

残念。留美ちゃんは、キッチンへ入ったとたん幼妻へと変貌を遂げた。

 

「真希ちゃんと同い年なんだけど」

 

ヘアゴムで髪を結い、エプロンを着けた留美ちゃんは……やっぱ写メ撮らせて。お玉咥えて振り向きながら、足をキャルンって感じに。

 

「ダメ。意味わかんないよ、なにキャルンって」

 

ちぇー。

さて、私もエプロンをお借りして冷蔵庫を覗きこんだところ、色々と出てくる。

留美ちゃんのお母さんが作りおきしてるっていうけど、火を通せば食べられるのばっかりだ。

 

「お母さんは手を抜いてるように見えないように手を抜くのが得意なんだって。週末にまとめて作ってるんだ」

 

なるほど。主婦の鑑ですな。

うーん、どれも美味しそうだけど。

 

「お野菜多いし、ミネストローネとかどう? お母さんに教わったけど、まだ作ったことないんだ」

 

おお、いいね。なら、メインはスパゲッティとして……玉ねぎとツナがあるから、何ちゃってクリームスパとかどう?

 

「何ちゃって?」

 

本格的に作ると生クリームとか使うらしいけど、牛乳とマヨネーズでそれっぽく。

 

「カロリーすごそう」

 

運動したんだし補充しないと。まあ、無くても作れるけど、ちょっと物足りない味になるんだよね。

 

「それじゃクリームスパで」

 

よーし。パッパと作っちゃおう。

 

 

 

 

 

午後九時。

食事を終え、お風呂に入り、まったりとした時間。

パッパとはいかず、手際悪いながらも美味しくできた料理は、途中で帰宅した留美ちゃんのご両親にも食べてもらった。頑張って作った甲斐あって、美味しいとの感想をもらえたのは嬉しいね。

それにしても、お母さんが美人でうらやましい。

 

「真希ちゃんのお母さんだって可愛らしいじゃない」

 

ほら、うちのはおばちゃんって感じだし。

さ、それはともかく、ストレッチしましょ。

 

「うん」

 

もはや習慣となっているストレッチ。続けた甲斐あって百八十度開脚ができるようになった。

 

「ん、ふっ」

 

続けないとまたすぐに固くなっちゃうから、継続が肝心。

 

「ぅ、んっ」

 

……お腹をぺったり床につけ、開脚で固定。今じゃこんなこともできちゃう。

 

「ふぅ、は、ぁ……ん、真希ちゃんどうしたの?」

 

ううん、何でもないよ。

 

「そう? ん、く」

 

何でもない普通のストレッチのはずなんだけど、留美ちゃんから漏れてくる声が、ね。

なんと言いますか、男の子に聞かせちゃまずそうな気がします。

学校じゃどうしてたっけ? あ、そっか。回りが騒がしいから聞こえなかったのか。

こう考えてしまうのは、私がピンクな脳ミソしてるからなんだろうな。

 

「どうしたの真希ちゃん? さっきから」

 

いやいや、何でもないよ。さ、続き続き。

煩悩退散、六根清浄、えーと南無三。

 

 

 

 

 

午後九時半。

ノルマのストレッチを終えて、後はパジャマパーティーかというと、そうではなく。

うーん、緊張する。

 

「しなくてもいいのに。八幡に電話するだけだよ?」

 

だから緊張するんだってば。もう夜遅いし、今度にしない?

 

「この時間に寝るの幼稚園児とかじゃないかな」

 

ああ、電話かけちゃった……あ、私、お花摘みに。

 

「真希ちゃん、座って」

 

……はい。

だけど、プルルプルルと鳴らしても応答はなく。八幡さん、寝ちゃってるのかな?

 

「多分、メールか何かと思って放置してるんじゃないかな。俺に電話かけてくる奴いないからとか言ってたし」

 

ああ、もう。なんで八幡さんはことごとく悲しいことを言うのやら。あ、つながった?

 

「もしもし八幡?」

『留美ちゃん? 小町だよ』

 

あら、なぜか小町さん。留美ちゃん、番号間違えた?

 

「ううん。こんばんは小町さん。八幡に電話したんですけど、出れない用事でも?」

『お兄ちゃんなら私の横で寝てるよ』

 

ああ、それで小町さんが……って、今の言葉おかしくないですか!?

 

『真希ちゃんもいたんだ。そうは言っても、本当にお兄ちゃん寝転がってるし。ほい、お兄ちゃん。電話だよ』

『わかったから、いい加減俺の上からどけって。重い』

『何てこというかね』

 

ビックリしたー。そんなタグついてる動画かと思った。

 

『相変わらず年齢制限かけた方が良さそうな知識を貯めてるな、真希は』

「八幡、私もいるよ」

『おう、留美。どした、二人して』

 

スピーカーにして話してみると、八幡さんが休憩でソファで寝っ転がっていたところ、小町さんが八幡さんのお腹を枕に乗っかってきたそうな。それで電話がかかってきて、手が届かない八幡さんに代わって小町さんが出たと。

確かに私の横で寝てるよ状態だけど、仲がいいというか、良すぎて心配になるというか。結衣さんが言ってたっけ。

 

「真希ちゃんが私の家に泊まってるから、八幡とお話ししようと思って」

『俺なんかと話しても楽しいことなかろうに』

「そんなことないよ。ねえ、真希ちゃん」

 

うえっ、そ、そうだね。うん。八幡さんとお話ししてると、笑顔になれますし。

 

『昔のクラスメイトも笑ってたな』

「女の人?」

『お兄ちゃんにそんな過去が? あったかな』

『罰ゲームで電話してきてな。狼狽えながらも話してたら受話器の向こうでキャーキャー笑ってて。そんで、あんたなんかと話したい奴いるわけないじゃないとか何とか』

『お兄ちゃん……』

 

か、悲しい……。っていうか、酷すぎる。

 

「八幡」

『お、おう。どうした、怖い声出して』

 

留美ちゃん、怒ってる? いや、確実に怒ってる。

 

「私と真希ちゃんが、そんな下らないことするように思える?」

 

髪を逆立てそうな気勢で声を荒立てることなく、だからこそ今の留美ちゃんは怖かった。

 

『いや、悪かった。留美と真希をそんなやつらと一緒に考えたらダメだよな』

「うん。だからさ、あんまり自分を卑下するのはやめてね」

『善処する』

「なんでそこでわかった、って言えないかな」

『卑下してたわけじゃないし、これが俺のデフォルトだからな』

「めんどくさいな、もう」

 

えーと、なんだか私と小町さんが若干空気。入り込めない雰囲気というか。

 

『えーと、それじゃ小町はこのへんで』

『ん、そうか?』

「小町さん。いてもらっても構わないですよ」

『いやいや、お兄ちゃん枕も寝心地悪くなってきたので。それじゃーね』

 

ああ、行ってしまった。私もフェードアウトしたかったのに。

留美ちゃん? 手を繋ぐのはかまわないけど、これって逃走防止だよね。

 

 

 

それからしばらくお話ししたけど、やっぱり八幡さんとのお話しは楽しい。普通の話題もひねくれた目線で話すと新鮮味があるというか。それにけっこう聞き上手だよね、八幡さんって。

「長く話しちゃったかな」

『そうだな。子供はそろそろ寝る時間だぞ』

 

受験生のお勉強の邪魔しちゃよくないけど、楽しい時間は早く過ぎるもの。長電話してしまった。

 

「子供扱いしないでよ」

『無理すんなよ。けっこうハードな一日だったんだろ? 眠さが隠しきれてないぞ』

 

むむ、鋭い。楽しかったのは間違いないけど、時々私も留美ちゃんもあくびを噛み殺していたんだ。

電話越しによく気づいたな、八幡さん。

 

『明日も練習あるんだろ? がんばれよ』

「むー、わかった」

 

むくれる留美ちゃんが、いつもより子供っぽくて可愛い。けど言うと怒られそうなので黙っておこう。

それじゃ、お休みなさい、八幡さん。

 

『ああ、お休み』

「またね、八幡」

 

ピッと電話を切る。はあ、と一息ついてしまう。

 

「電話でそんなに緊張してたら、会って話すとき疲れちゃわない?」

 

そんな気がする。

 

「真希ちゃんも八幡にレオタード見せに行ったら? 慣れるかも」

 

そんなことできません!

よく留美ちゃんできたよね。

 

「やる前はけっこう悩んだよ。真希ちゃんと一緒だったらもっと勢いでいけたかもだけど」

 

巻き込まないでよう。恥ずかしいってば。

 

「でも、八幡大会見に来てくれるよ」

 

そうなんだよねぇ。見られることの慣れって必要だとは思うんだけど。いざ試合の日となれば、大丈夫になってるかも。

 

「そうなるとは思えないよ」

 

全くもって言い返せない。

 

「今度のお泊まりの時、ビデオ通話してみる? パジャマ姿を見せてみるとか」

 

八幡さんも困っちゃうんじゃないかな、その光景。

 

 

 

 

部活に燃える少女の一日が終る。

しかし、明日には明日の、明後日には明後日の一日が始まる。

終ることの無い練習、迫る大会、気になる彼へのアプローチ。

取材班は引き続き少女を追う。

 

「もういいから、寝ようよ」

 

はーい。お休みなさい。

 

「うん。お休み」




いつも誤字報告してくださる方々、ありがとうございます。
いつも感想くださる方、ありごとうございます。
遅筆ですが、簡潔に向けて進めていきますので、これこらもご愛顧よろしくお願いします。
とは言っても、他の投稿作品に浮気するかもですが。
それじゃまた。

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