期待を裏切るのはよろしくないと思いつつ、遅筆なのでまた更新が遅くなるかとも思われます。
それもでいいと思ってくれる方がいらっしゃれば、これからもよろしくお願いします。
じゃあどうぞ。
「私、八幡のことが好きです」
顔を赤らめるでもなく、叫ぶでもなく、たんたんと留美ちゃんはその事実を口にした。
いきなりすぎて驚いたけど、留美ちゃんはいったい何をしたいのか。さっきまで楽しく話していたのが、一気に場の空気が凍ってしまったようだ。
っていうか、ここサイゼなんだけど。騒がしいから私たちを気にする人はいないだろうけどさ。
「あ、え、と……そう、お兄ちゃんぽいもんねヒッキー!」
「そ、そうね。彼の年下への対応を見るに、ある一定の好意を得るのは……まあ、わからないでもないわ」
「異性として、男の人として、です」
ちょっと頬を引きつらせ、あははと笑っていた結衣さんの、空気どころか笑顔が凍る。
雪乃さんの反応は今回はわかりやすく、結衣さんに便乗したのだから、同じ気持ちだと見ていいだろう。
いろはさんは言わずもがな。つまり、小町さんを除いて、除かなくてもいいかな? ともあれこの場にいる女の子全員に八幡さんは好かれている、と。うーん、世の中もの好きが多いなあ(自分のことは棚に上げて)。
「男の人って、そんな……だって留美ちゃん、ヒッキーだよ?」
「はい、八幡です。捻くれてて、面倒くさくって、目が腐ってて、わかりづらいけど優しい。そんな八幡が私は好きです」
「……そう、なのね」
わかりやすく慌てている結衣さんに、何かを悟ったかのような雪乃さん。そして最初は留美ちゃんの発言に驚いた様子だったけど、今じゃ二人を面白そうに見ているいろはさんと小町さん。
「いろはさんたちは驚いてないみたいですね」
「ん? そりゃ、今この場で言うとは思ってなかったからちょっとびっくりしたけどね」
「小町は留美ちゃんの気持ち知ってたし、いろはさんは留美ちゃんの気持ちに気づいていたから」
「え、そうなの!?」
むむ。小町さんは妹だからともかくとして、いろはさんのこの余裕は何だろう。さっきから留美ちゃんの攻めの姿勢に驚いていたのは間違いないけど。
「小町さんと初めて話した時、八幡のことを好きだってのは伝えてましたから」
「留美ちゃんの先輩好き好きオーラには、バレンタインのチョコを渡しに来た時には気づいてたよ。思いの外留美ちゃんが積極的だったのは予想外だったけど」
「えぅ、その……留美ちゃん、本気、なんだ」
「はい」
「考え直す気はないの? だって、比企谷くんよ? 一般的に見て彼に魅力的なところがあるとは思えないのだけれど。いくら優しくされたとは言え……」
「八幡はダメなところいっぱいありますけど、そんな八幡も好きです。いいところだってあります。雪乃さんだって、八幡のいいところ知ってますよね?」
「……まあ、わからないでもないけれど、欠点が覆って余りあるのではないかしら?」
「ていうか雪ノ下先輩。自分が一般的な男性の好みをしてないの承知で言ってます?」
「雪乃さん、逆説的に証明しちゃってますよ」
あー、やっぱりみんなも雪乃さんの八幡さんへのあたりがきついのは照れ隠し的なものだと気づいていたんだ。
いわゆるイケメンで優しい人だとか、面白かったり楽しい場所をいっぱい知っているとか、そういうもてそうな人とは八幡さんはほぼ真逆にいる。
そして、留美ちゃんはもちろん、短い間ながらも結衣さんもいろはさんも、そして雪乃さんだって表面的に好印象を与えるだけの人に惹かれる様には思えない。
八幡さんはわかりづらいし面倒くさいけど、知っちゃうと本当に魅力的に見えてくるんだ。私がちょろいだけなのかもだけど、私自身そうだし、ね。
「雪乃さんが素直じゃないのは、素直になれないのはなんとなくわかります。でも、私の八幡への気持ちを勘違いしているみたいに言うのはやめてください」
「……そうね。失言だったわ。ごめんなさい」
「いえ」
なんだろう。気丈でクールな大人っぽい人だと思ってたけど、今は雪乃さんが不安定というか、変な言い方だけど迷子の子供みたいというか? うまく表現できないけど。
「でさ、留美ちゃん、どうしていきなり言い出したの? 一応聞いておくけど、宣戦布告とかけん制だったりするの?」
「いろはさん、違うと分かってて聞くのはちょっと意地が悪いですよ」
「いやー、ちょっと女の戦い? みたいなのやってみようかと」
そんな雪乃さんや動揺している結衣さんとは裏腹に、ちょっと楽しそうにすらしているいろはさんと小町さん。やっぱりいろはさんの余裕が気になる。留美ちゃんをライバルだと思っていないわけじゃなさそうだけど。
「ただ、言っておきたかっただけですよ」
「言っておきたかった? 宣戦布告じゃなくて宣言ってこと?」
「はい。私、八幡が好きです。でも、今はほとんど妹扱いで、私が八幡にドキドキしてもその逆がないんです」
「あー、前の時もそんなこと言ってたけど、お兄ちゃんだしねー」
「妹扱いされて喜ぶ女の子はいないって、言ったのになー」
「それに私は八幡ともみんなとも違う学校で、接する機会が格段に少ないから積極的にいかないと足りないって思ったんです」
「か、かなーり積極的だよね。手を繋いだり、抱き着いたり」
「妹扱いされてる今なら八幡に接触しやすいので。小町さんに言われた作戦を実行中です」
「小町さんに? 何を吹き込んだのかしら?」
「『妹のように思ってたのに、ふとした拍子に女の子を感じてドッキドキ』作戦……って、ゆ、雪乃さん? 目が怖いです」
「あなたは……純真な留美さんを唆して、いったい何を企んでいるのかしら?」
うわあ。こめかみを抑えていた雪乃さんの目が氷点下。あれで直視されたら体感温度が下がりそうだ。
それにしても、小町さんの行動もよくわからないな。八幡さん争奪戦に留美ちゃんを参戦させたかった? いや、唆されなくても留美ちゃんは突貫してただろうし。激化させたかった、ならまだわかるかな。さっきもそんなこと言ってたし。
「いやあ、まあ……小町のお義姉ちゃん候補を増やすためではありますよ? 小町は年下でも全然大丈夫ですし」
「お、お義姉ちゃんって、小町ちゃん気が早すぎない?」
「そうですか? だってお兄ちゃんですよ? むしろゴミいちゃんですよ? 何事も早いうちから取り掛かるのは大切じゃないですか」
「仕事や課題ならそうだけれど、恋人選びにそれは適用されないのではないかしら?」
うーん。八幡さんの性格を考えるにいつか必ず恋人ができるとは言い難いような、これだけ八幡さんの魅力を知っている人がいるんだから気にしすぎなような。いやいや、そもそも八幡さんだからなんだかんだできなそうな感じも。そもそも人の恋路を後押しするには雑なような。
うーん。八幡さんだからこそ難しい。妹の立場からするとせっつきたくなるのかもしれない。
「小町は妹なのでこの件に関しては公平公正をモットーにしてます。ですけど、今は何というか……安定しちゃっているというか、変わり映えしないというか? そんな感じがしたので留美ちゃんに頑張ってもらおうかと思いまして、ちょっと口添えをしました」
「そのおかげか、少しは八幡を意識させることができたのかな、くらいにはなってると思います」
「えー、それはそれでどうなんだろう。先輩を年下好きにさせるのには都合いいけど、留美ちゃんの年までいくと下過ぎる……うーん」
「うー、あたしももうちょっとアピールした方がいいのかなぁ……でも恥ずかしいし」
「留美さん、さっきも言ったけれどもうちょっと自分を大事にね?」
「とりあえず、小町の目的はお兄ちゃんの恋人探しです。留美ちゃんには起爆剤を期待してましたけど、思いの外留美ちゃんがガッツリ行くので小町もちょっとビックリです」
今までのことはよく知らないけど、今日だけでいろはさんが隠すことなく、結衣さんが恥ずかしがりながら、雪乃さんは素直になれずに、八幡さんへの好意を示しているのはわかる。小町さんはこの状況に一石投じたかったのかな。ラブコメでもマンネリしたらテコ入れとして新キャラが出てくるし。この表現はみんなに失礼とは思うけど。
「私は、みんなに八幡が好きだってことを知っておいてもらいたかったんです。そうじゃないと、スタート地点にも立てていないような気がしたので」
「ふーん、そっか。うん、わかった!」
「いろはちゃん?」
いろはさんが嬉しそうに笑っていた。さっきまで考え込んでいるようだったけど、急な動きにみんながいろはさんに注目した。
「留美ちゃんがぶっちゃけてくれましたんで、私も言っておきます。私、先輩が好きです」
「うぇっ! い、いろはちゃん?」
「本当は先輩から私に告ってくるように仕向けたかったんですけど、可愛がられる年下ポジに留美ちゃんがついちゃったから、攻め方を変えようとは思っていましたしね」
「一色さん……」
「いろはさんはわかりやすくお兄ちゃんにアピールしてますよね。最近、お兄ちゃんが家でいろはさんの話をすること増えてますよ。小町が生徒会の話をすることが増えたってのもあるんでしょうけど」
「あ、ホントに? なかなか先輩なびいてくれないから、ちょっと心配だったんだよね」
「これまたお兄ちゃんですからね、なんとも申し訳ないです。さて小町のワンポイントアドバイス! いろはさんはちょっと葉山さんをダシにするのが多すぎるかもです」
「んー、でもそうしないと先輩と遊びに行くのも難しいしなー」
驚いている結衣さんと雪乃さんを尻目に、いろはさんと小町さんはガールズトークに花を咲かせている。わかってはいたけど、強力なライバル登場だね留美ちゃん。
「ちょちょちょ、いろはちゃん!? いろはちゃんて隼人くんが好きなんじゃなかったの!?」
「クリスマスの時に告って振られて、気持ち切り替えましたよ。ダメ元っていうか、区切りをつけるためだったんですけど。今となっては葉山先輩のこと、そんなに好きじゃなかったのかなとも思うほどです。それでもちょっときつかったですけど」
「ディスティニーから帰るとき、沈んでいたのはそのためだったのね」
「ていうか、それはそれで隼人くんに失礼じゃないかな」
「正直なところ、先輩はめんどくさいし、何を言っても裏を勘繰られるし、素直に受け取らないし、不器用だし、デート中に映画を見ようとしたら、じゃあ俺こっち見るから後で待ち合わせな、なんて言っちゃう、男性的な魅力に乏しい人ですけど」
「好きといったその口でよく言いますね」
「それでも優しかったり、何だかんだ真面目だったり、何でこんな人をって思わないでもないけど。それでも、好きになっちゃったんだからしょうがないかなって」
そう言って照れ笑いするいろはさんは、非常に可愛らしかった。
「そういうわけで留美ちゃん。わたし負ける気はないからね」
「はい。私もそのつもりです」
なんか、河原で殴り合った後に「やるな」「お前もな」的な状況になってる。せっかく仲良くなったのにギスギスしないのはいいことだけど、なんか変な状況。
「あ、あ、あたしも!」
「由比ヶ浜さん?」
「あ、あたしも、ヒッキーが好き!」
さっきまであーとかうーとか言っていた結衣さんがはっちゃけた。さらに混沌としてきた。
「そ、その……サブレが車に惹かれそうになってたのを助けてもらった時から気になってて、でもそれだけじゃなくて、ヒッキーはその、基本クズだけど優しくって。ヒッキーはゆきのんが好きなんじゃないかとか、ゆきのんがヒッキーを好きなんじゃないかとか、色々考えちゃって、このまま仲良く三人でいられたらとか思ってたけど……誰かにヒッキーとられたくない」
「えっと、私は別に……」
「おー、結衣先輩、やーっと素直になったんですね」
「うぇっ!? ばれてたの!?」
「むしろわからないと思ってた結衣さんにビックリですよ。ってか、小町はお兄ちゃんのお見舞いに結衣さんが来た時から目をつけてましたけどね」
「小町ちゃん、あたしのこと忘れてたじゃん!」
「その節は、お菓子美味しくいただきました」
「え? うん……もしかしてヒッキーにあげてないの!?」
「いやー、おいしそうだったんで」
「小町ちゃんひどい!」
何やら私や留美ちゃんの知らないことで盛り上がっている様子だけど、とうとう結衣さんも八幡さんへの好意を宣言した。
いや、まあ、うん……それはいいんだけどさ、私今日がみんなと初対面なんだよね。忘れてないかな、そこんとこ。私としては留美ちゃんのライバルが誰かはっきりするし、事情もある程度わかってるけどさ。
結衣さんと小町さんがわいわいした後、みんなの視線が雪乃さんへ向かう。
「……何かしら?」
「いやー、みんながぶっちゃけたじゃないですか。この流れで雪乃さんもいっちょどうです?」
「わたし、一番のライバルは雪ノ下先輩だと思うんですよね。先輩と一番相性がいいっていうか」
「わ、私と比企谷くんの相性がいいとか、そんなことあるわけないじゃない」
「そうですか? フリペのレイアウト決めるとき息ばっちりでしたよ」
「あ、情報誌の時もそうだったよ。あたし、まったく二人の間に入れなかったし」
「あれはただ、スムーズに事を運ぶためによ。由比ヶ浜さんとはああいう話できないし」
「うぅ、それはそうだけど……でもそれだけで言ってるんじゃないよ? 時々ヒッキーと仲良く口ゲンカしてるじゃん」
「……由比ヶ浜さん、さっきまで狼狽えていたのに、ずいぶんと余裕ね?」
「んぇ? へへ、ずっと言いたくても言う勇気でなかったから、すっきりしちゃった」
「というわけで、雪乃さんもすっきりしませんか?」
留美ちゃんが一番警戒しているのも実は雪乃さんらしい。雪乃さんをよく知らないとあの罵り方からして嫌っていると思うのだろうけど、照れ隠しとか素直になれないとか、色々重なってああなっているんだろう。
私も雪乃さんを知っているなんて、初対面だし言えないけど。でも、あらかじめ聞いていたから、なんとなくわかる。みんなして雪乃さんも八幡さんのことを好きだと思っているのは、共通認識なのだろう。一番怪しいと思っていることも。だって、みんな息ぴったりに雪乃さんを攻め立てて(?)いる。
「私は、別に……比企谷くんのことなんて、好きとかそういう対象として見ているなんてことはないのだけれど」
「テンプレなツンデレセリフかと思いきや、丁寧ですね」
「つん、でれ? どういう意味かしら、真希さん」
「初めはツンツン、仲良くなったらデレデレっていう、アニメとかに出てくるキャラクター性のことですよ。あんたのことなんかぜんぜん好きじゃないんだからね、って赤面しながら言う感じの」
「……私は当てはまらないのではないかしら? デレデレしたような記憶はないし、そんな頭の悪い台詞を言ったりもしないわよ」
「(いろはちゃん、最近のゆきのんって)」
「(そうですね。結構デレデレしてます)」
「何かしら? そこの二人は何が言いたいのかしら?」
「ゆきのんはツンデレだと思う」
「雪ノ下先輩はツンデレです」
二人にきっぱりと断言された雪乃さんは口をつぐませてしまった。
そして、またもやみんなの視線にさらされた雪乃さんは、はあとため息を一つ。
「……わかったわ。正直に思うところを述べます」
そう言って、五秒……十秒……三〇秒……まだ雪乃さんは口を開かない。どんだけ決心が必要なことを言うつもりなのか。
そろそろ結衣さんあたりが焦れだしてくるほどの時間が経ち、そして、
「わ、私は、その……比企谷くんのことを……いえ、その……こ、好意を抱いていることは、否定しないわ」
……どんだけ意地っ張りなんだろう、この人は。ここまで引っ張って、結局はっきりと断言しないとか。固唾を飲んで見守っていたのに、ガクッと力が抜けてしまう。
いや、多分、雪乃さんも私と同じでまだ気持ちが固まってないのかな。私もはっきりと言えるほど八幡さんのことが好き、とは言い切れないし、うん。
「えーっと、それはつまり……お兄ちゃんのことが好きだという意味で受け取っていいんですか?」
「……解釈は任せるわ。私の知っている男性の中で、という注釈は付けさせてもらうけれど」
「雪ノ下先輩の交友関係とかよく知りませんけど、学校で雪ノ下先輩の知ってる男性ってどんだけいるんです?」
「えーっと、先生は除くとして……ヒッキーと隼人くんくらい? あと戸部っち、はないだろうけど」
「戸部先輩はないでしょうけど、隼人先輩より好感度高いんですね、先輩って」
「その人たちのことよく知りませんけど、小町さんの言葉を否定しないあたり、ほぼ言ってません?」
「だよねー」
そうして雪乃さんを見ると、顔を真っ赤にしてそっぽ向いていた。……綺麗で可愛いとか卑怯だな。
それにしても、綺麗な人、スタイル抜群の人、可愛い(あざとい)人、綺麗で可愛くてけなげな超絶美少女に好かれてるとか、パッと見の印象をすっかり裏切る人だな、八幡さんは。
リア充とは正反対の立ち位置なのに、ある意味リア充。他にも八幡さんを好きらしい人がいるわけで、いやはや何とも。
状況がカオスすぎて、疲れたのでジュースを一口。すると、留美ちゃんが私の方を見ているのに気づく。
「真希ちゃん」
「ん、どしたの留美ちゃん?」
「真希ちゃんは言いたいことないの?」
え、この流れで私に話題を振る? そんなことしたら、私が八幡さんのことを好きだってことになってしまうじゃないのさ。決して間違いではないけど、間違いではないけども、今この状況でカミングアウトはちょっと難易度高いというか……。そもそも勝ち目とか、考えること自体間違ってるし。
「へー、真希ちゃんは何が言いたいのかな?」
「ほほー、小町も興味ありますねえ」
「んえっ!? 真希ちゃんもそうなの!?」
「比企谷くんとそれほど面識ない、はずよね?」
一気にみんなの視線が集中。圧がすごい。
なんで留美ちゃんそういうこと言っちゃうかなー、もー!
「留美ちゃん?」
「来るとき、覚悟しておいてって言ったじゃない」
「覚悟ってそのことだったの!?」
私はてっきり、美人で可愛い人たちと会うから驚かないでとか、そういう意味だと思ってたのに。私はまだ気持ちがわからないって、前に言ったのに。
いやいや、同調圧力に負けてなるものか。屈したりしないんだからね!
「え、と……私は、ですね」
「うん」
「私は……」
「真希ちゃんは?」
「……八幡さんのこと、いいなと思ってはいます」
うう、負けてしまった。
「ゆきのんみたい」
「……反論したいところだけれど、私もそう思ってしまったわ」
「これはちょっと……フォローができないかな」
「留美ちゃん。ひょっとして真希ちゃんって」
「多分、お察しの通りだと思います」
うう。何を察されてるかわかってしまう。どうせヘタレですよぅ。
だってさ、私の思うところを述べるとこうなってしまうんだから仕方ないじゃないか。私は悪くない。
「いや、えっと……雪乃さんの言う通り、八幡さんと会ったのって一回しかないし、あと電話で二回くらい話しただけなんですけど……」
「短っ。それだけの時間で真希ちゃんの心を奪った先輩が年下キラーなのか、真希ちゃんがチョロいのか」
「……多分、両方だと思います。いや、心奪われたっていうのはちょっと言いすぎかもですけど」
「先輩年下キラーだからなあ。あ、でも城廻先輩もちょっと怪しかったし、平塚先生もだし」
「あ、でも沙希もかなり怪しいよ? あと、昔ヒッキーが告白したことのある子も、久しぶりに会ってから考えが変わったみたいだし」
「八幡、全年齢にもててるんですか?」
「信じがたいけれど、どうやらそのようね。姉さんも比企谷くんのことは気に入っているようだし」
「お兄ちゃんを好きな人が増えるのは小町的には大賛成ですけど、これはちょっと予想外の展開ですねー」
「あたしはちょっと複雑なんだけど。ね、真希ちゃん。ヒッキーのどこが気に入ったの?」
「それは私も気になるわね。比企谷くんの初対面の印象は、どう贔屓目に見てもいいものではないでしょうし」
先ほどまで赤面していた雪乃さんがもう元に戻っている。メンタル強いなぁ。私も見習わなきゃ。
留美ちゃんの性格からして面白がってるとかは絶対ない。私の後押しのつもりなんだろう。私自身、もっとしっかりしろとは思うし。とはいえ、ホントによくわかってないしなあ。
「私が八幡さんと初めて会ったのは、留美ちゃんと一緒に帰ってる時で、先週のことです」
「つい最近だね」
「はい。そこで、留美ちゃんとのデート作戦のことをお願いして、八幡さんがどういう人なのか、ちょっとわかりました」
「あー、面倒だからヤダとか、俺じゃなくてもいいだろうとか、そういう?」
「はい。だけど、留美ちゃんが懐いてるのを見て、悪い人じゃないのもわかりました」
「ほほー、留美ちゃんが懐いていると」
「ええ、それはもう。普段の留美ちゃんと違って歳相応というか、新たな可愛い一面を見れました」
「真希ちゃん、そういうのいいから」
……恥ずかしがってる留美ちゃんも可愛い。この場には可愛い人しかいないのか。
ふーんだ。私をもてあそんだ罰だよーだ。もっと恥ずかしがるがよい。そしてもっと可愛くなってしまえー。
「それで、次の日だったかな? 例の勘違い男が留美ちゃんに迫って、留美ちゃんが落ち込んでたので八幡さんに励ましてもらおうと電話したんです」
「ん? 真希ちゃん、お兄ちゃんの電話番号知ってるの?」
「留美ちゃんに伝えてもらいました。そこでお話ししたんですけど」
「先輩のお兄ちゃん具合に真希ちゃんもやられちゃった、と?」
「う……まあ、そんな感じ、です」
改めて私チョロいな。だって、八幡さんと電話した時、胸キュンしちゃったんだから、仕方ない。私の胸が悪い。
「いや、でもですね。さっきも言ったようにいいなー、って思ってるだけですよ? まだ、はっきりと好きだと思ってるわけじゃなくて、ですね」
「留美ちゃんの見解は?」
「デレデレです。真希ちゃん家に泊まった時、八幡と電話したんですけど、真希ちゃんデレデレでした」
「ほほー」
ううぅ。また留美ちゃんに辱しめられた。そんなにデレデレしてたかな。……多分、してたな。名前で呼ばれて嬉しかったし。
あー、そっか。私結構、相当、八幡さんのこと好きなのかも、しれない。
「しっかし、先輩も罪作りですよねー。こんなに可愛くて美人な女の子たちに好かれてるなんて」
「自分で言っちゃうんだ……」
「そりゃそうですよ。私は自分が可愛いって思ってますし、もっと可愛くなるため頑張ってますもん。結衣先輩はそうじゃないんですか?」
「え、いや、その……頑張ってるけど」
「可愛い方は?」
「……それなりには」
自分で自分のことを可愛いって、たとえ自分でそう思っていてもよほどの自信がないと言えないよね。特に周りに自分より可愛いって思える子がいるときなんか。
結衣さんが可愛いのは誰の目にも明らかだと思うけど、もし私が結衣さんでも、雪乃さんやいろはさんがいたら自信無くすかも。
「先輩の好みって、実際どうなの小町ちゃん」
「んー、多分兄は見た目実はこだわりはないんじゃないかと思いますよ? 専業主夫が夢だって言ってるくらいだから、将来性豊かで、自分を養ってくれる人が好みだと思います。そんな人が外見でえり好みとかしないでしょうし」
それでいくと、この中では雪乃さん、かなぁ。頭いいみたいだし。ん? やっぱり雪乃さんが一番のライバルなのか。これはきつい戦いになりそうだ。
またもや、みんなの視線が雪乃さんに集中し、またもや雪乃さんは赤面するのだった。可愛いなあ。
そんなこんなでぶっちゃけ話が一通り終わった。
しかし、サイゼでこんな話をすることになろうとは、店員さんも予想外だろう。
「はー、なんかどっと疲れました」
「かなり濃い話しましたねー」
「かなり恋の話しましたね」
濃い恋バナだった、うん。なんでこんなことに、って原因はわかりきってるんだけども。
「予想外の人もいたけど、みんながお兄ちゃんを好きでいてくれて小町大満足です」
「あたしは複雑すぎて、頭がこんがらがってきちゃったよ」
「すいません、結衣さん」
「え、いやいや、留美ちゃんが悪いわけじゃ……あるようなないような。でも、気にしてないから。誰かを好きだって気持ちを、他の人がどうこうできないもんね」
結衣さんはホントにいい人で、可愛らしくて、乙女で、そして大人だ。私も留美ちゃんもそこがよくわかってなくて、ちょっとギクシャクしちゃったんだもんね。
「私は、コメントを差し控えさせていただくわ」
「ゆきのんも素直になっちゃえばいいのにねー」
「……ノーコメントよ」
結衣さんは雪乃さんが八幡さんを好きでも、雪乃さんとギクシャクしないんだろう。もしかしたらもうその段階は過ぎてるのかもしれない。素直じゃない雪乃さんは、どうなんだろう?
「さ、そろそろいい時間よ。帰る準備をしましょう?」
「はーい」
「あ、留美ちゃん真希ちゃん。もう遅いし送ろっか?」
「いえ、そんなに遠くないし」
「二人だし大丈夫です」
「先輩が同じこと言ってきたら?」
「送ってもらいます」
「正直だなぁ留美ちゃん」
「真希ちゃんは?」
「……送ってもらいます」
「ふふっ、それでは帰りましょうか」
穏やかに笑う雪乃さんからは読み取れないけど、もう心の整理はついたんだろうか。まあ、気にしても仕方のないことではあるんだけど。
「それじゃ、留美ちゃん真希ちゃん。私ん家こっちだから」
「今日はありがとうございました」
「気にしないの。友達と会うのにありがとうはおかしいでしょ?」
「ふふ、そうですね」
「今度遊びに来てねーっ!」
みんなと別れて帰り道を行く。小町さんとは、ちょっとだけ方向が同じだったので途中まで一緒に帰った。
つまり、八幡さんの家も近くということに。ひょっとして、歩いていけるくらいの距離だったりするのかも。まあ、それはともあれ。
小町さんは年下の私たちだけの時、一人称が私になる。そして、ちょっとお姉さんぽくなる。今日みんなと仲良くなれたけど、一番親しみやすいのは小町さんかも。年が近いというのもあるかもだけど。
そして、いつもの公園のベンチに座る。
「真希ちゃん、どうだった?」
「いい人たちだよね。色々と疲れたけど……いい一日だったかな。うん、楽しかったよ」
そこは全く否定する要素がない。留美ちゃん曰くすごくいい人たちと仲良くなれたし、お話も面白かったし。留美ちゃんに弄ばれた感はあるけども。
「留美ちゃんは、あの人たちに勝つつもりなんだね」
「うん。みんな優しくて面白くて、大好きな人たちだけど……負けたくはないかな」
「私にも?」
「うん」
留美ちゃんはもう決意を固めている。他にどんな要素があっても勝敗の行方は全く読めない。そもそも他の要素といっても、可愛さとか一途さとか好感度とか、それほどの差はないように思えるし。
だったら私は……断固たる決意、デターミネーションも可愛さも一途さも好感度も、他のみんなより高いなんて全く思えない。だけど……
「留美ちゃん」
「うん」
「私は……まだ八幡さんに対してはっきりと好きとは言えないけど。いや、好きなのは好きなんだけどさ」
「うん」
「早めに気持ちをはっきりさせるつもり」
「……うん」
あれ? なんか、留美ちゃんの目が冷たい。
あれあれ? 私結構重大発言をしたつもりなんだけど。
「真希ちゃん」
「う、うん」
「どんだけヘタレなの?」
「またヘタレって言ったーっ!」
わかってるよ。傍から見てたらまるわかりなのはわかってるけど! それでも、だって、その……わかんないんだから。
「でも、そうだね。あんまり横から言って真希ちゃんの気持ちが曲がってもよくないし。待つことにするよ」
「う、うん。そうしてもらえると」
「でも、好きだってはっきり言えるようになった時には、もう遅いかもしれないからね?」
「うん、わかってる」
あんまり自分以外の人から言われては、実はそうでもないのにそうだと勘違いしちゃうかもしれない。だけど、留美ちゃんもみんなも、これから八幡さんへのアピールを強くするかもしれない。
好きと気づいたときにはもうみんなと、もしくは知らない誰かと付き合っていてもおかしくはない。
だから、
「後悔しないように、よく考えるよ」
「うん。バイバイ」
そして留美ちゃんとも別れる。
一人、家への道を歩きながら考える。今日はいい日だった。
四人も友達が増えて、楽しい時間を送れた。
これからも友達でいたいから、みんなに失望されるようなことはしたくない。
だから、
「よく考えよう。自分の気持ちを」
また、留美ちゃんにジト目で見られちゃうかもしれないけど、ね。
「八幡は私のことを妹みたいなもん、って言ってそういう対応をしてます。私は妹扱いから脱却するために、真希ちゃんと二人で八幡に迫っていきます」
「私もなの!?」
「だって、私たち不利な状況だよ? タッグを組むくらいしないと」
「いや、そりゃそうかもしれないけど……」
「あ! じゃあ、あたしゆきのんと組む!」
「ちょ、由比ヶ浜さん? 私はそんなつもりは無いのだけれど」
「えー、それじゃあわたしは小町ちゃんと組みますかねえ」
「お、いいですねえ。生徒会チーム、奉仕部チーム、中学生チームの三つ巴! どうなるんでしょうねえ」
「っていうか小町ちゃんはダメでしょ!」
「禁断の愛、小町的にはそれもありかと。あ、小町的にポイント高いかも」
「社会的に低いってば!」
ってのを入れようかと思ったんですけど、これだと八幡と留美とのデートに真希ちゃんがいなきゃおかしくなっちゃうので、やめときました。
ちょっと面白いと思ったんですが、使えないネタというのはよくあるもので。
じゃあまた。