挿話をお送りします。まだ留美とのデートにたどり着けない。
じゃあどうぞ。
八幡とのデートが翌日に迫った朝。私は若干の憂鬱な気分を抱えていた。八幡とのデートとはすごく楽しみなんだけど。
昨夜八幡から電話があって、私は八幡に真希ちゃんへ電話をするようにお願いし、八幡は承諾してくれた。どんな話がされたのかわからないけど、友達同士が仲良くなることはとても嬉しいことだ。
ただ、私が真希ちゃんへ抱いてしまった、そして八幡へ抱いてしまった嫉妬が私の心を重くする。自分がこんなに嫉妬深かったとは思わなかった。
人の心は止められない。それは私自身がよくわかっている。
私は八幡が好きだ。だから八幡ともっと仲良くなりたい。
私は真希ちゃんが好きだ。だからずっと仲良くいたい。
私は二人とも好きだ。だから八幡に真希ちゃんを、真希ちゃんに八幡を、好きになってもらいたいのか、わからない。
仲が良くなるのはいいけど好きになってもらいたい、もらいたくないとか、私はいったい何様なのだろう。
真希ちゃんが八幡を好きになったとしても止める権利はない。まあ、そもそも真希ちゃんが八幡を好きになる、っていうのもただの想像でしかないんだけど。
ただ、昨日の様子からして真希ちゃんは八幡に興味を持っている。そして八幡は年下の女の子の扱いが、何と言うか、うまい。小町さんという妹がいるせいなのか、こちらのことをいつでも心配し、力になってくれようとする。不器用で不愛想ではあるんだけど、初見じゃわかりづらい八幡の優しさに気づいてしまうと、イメージがひっくり返ってしまう。
真希ちゃんは私と八幡が話しているところを見ていて、それが初対面だった。あの時の八幡を見て、人を外見や噂で判断する人じゃない真希ちゃんは八幡の内面に気づいているだろう。
私が好きになった人だから真希ちゃんも好きになる、なんて言い切れはしないけど、どうにも処理しきれないモヤモヤが胸にある。
登校中、はぁとため息をついた私の後ろから駆け寄ってくる音が聞こえた。
「おっはよー、留美ちゃん!」
「……おはよ、真希ちゃん」
真希ちゃんはいつものように元気だった。いつもなら自然と私も笑顔にしてくれる真希ちゃんだけど、今日はなんだか私の顔が引きつってる気がする。
「どうしたの、元気ないね?」
「う、ん……ちょっと寝不足、かな」
「大丈夫? 昨日のこともあるし、無理しちゃだめだよ」
「うん、ありがと」
真希ちゃんの笑顔がまぶしい。そうか、人ってやましいことがあると相手の顔を直視できなくなっちゃうんだ。去年ハブられていた子を見捨てた時もそうだったな。
真希ちゃんと並んで学校へ向かう。いつもなら楽しい時間なのに、なんだか気が晴れない。
「そうそう昨日八幡さんと電話した時のことなんだけど」
「……うん。八幡、変なこと言ってなかった?」
「え、ないよ! やっぱり八幡さんはいい人だなって思ったな。留美ちゃんのことすっごい大事にしてる」
「私のことを?」
「うん、お兄ちゃんとして心配してるとは言ってたけど、信頼もしてるって感じかな?」
「……そっか」
気は晴れないけど、晴れ間が見えてしまった。私って簡単なんだな。真希ちゃんの口から八幡を気にしてくれていると聞いただけで嬉しい。さっきまで鬱々としていたのに。
どうにもいつもの調子が出ないまま、真希ちゃんと並んで学校へ行き、部活の朝練に精を出すのだった。
朝起きて、昨日のことを思い出してみるとのたうち回りたい気持ちになるけど、それでも一時の気の迷いだったと思える。
うん。八幡さんは確かにいい人だけど、確かにちょっとときめいちゃったけど、そんな軽い女じゃないってことだよね。
顔を洗って制服に着替えて朝ご飯食べて、家を出ればいい天気! さあ今日も頑張ろう。
家を出る時間はいつもと同じだ。いつもと同じ速度で歩けばそろそろ……ほらいたっ!
「おっはよー、留美ちゃん!」
「……おはよ、真希ちゃん」
家を出て最初に会える子が留美ちゃんだとその日一日がいい日だって思える。元気よく留美ちゃんに挨拶するけど、振り返った留美ちゃんはどこか元気のない顔をしていた。
「どうしたの、元気ないね?」
「う、ん……ちょっと寝不足、かな」
「大丈夫? 昨日のこともあるし、無理しちゃだめだよ」
「うん、ありがと」
昨日、開成くんだっけ? その子が留美ちゃんに狼藉を働いたことで、留美ちゃんは肩を痛めたんだ。幸い大したことはなかったけど、留美ちゃんはそのせいで辛い思いをした。
思い返すに怒りが沸いてくるけど、そういう不埒者を成敗するのはマンガだと彼氏役の八幡さんなんだよね。ケンカされちゃ困るし八幡さん腕っぷしは強そうではないし、実際そういう場面になったら八幡さんはどうするんだろう。
っと、いけないいけない。何を考えているんだか。物騒なことはダメだって。
あ、昨日の電話のこと、留美ちゃんに話しておいた方がいいよね。
「そうそう昨日八幡さんと電話した時のことなんだけど」
「……うん。八幡、変なこと言ってなかった?」
「え、ないよ! やっぱり八幡さんはいい人だなって思ったな。留美ちゃんのことすっごい大事にしてる」
「私のことを?」
「うん、お兄ちゃんとして心配してるとは言ってたけど、信頼もしてるって感じかな?」
「……そっか」
ふふっ、やっぱり留美ちゃんはわかりやすいな。調子悪そうだったけど、今は嬉しそうだ。
……うん、留美ちゃんの笑顔を曇らせちゃいけないよ。世界の損失だ。
だから、うらやましいなんて思っちゃいけないし、八幡さんの話をしているときに胸が高鳴ったのは気のせいだ。
さあ、そんなことは気にしないで、登校してまずは朝練だ。
登校して朝練して、授業を受けてご飯食べて、午後の授業を受けて放課後になり、部活を頑張って帰宅する。今日一日の流れはこんな感じだった。
調子が出ないなりに勉強も練習もこなし、変に絡まれることもなく穏やかな一日だった。なのに、やっぱりどうにもすっきりしない。
その理由はわかっている。私と真希ちゃんが、お互いに気を使いあっているからだ。
私は真希ちゃんに嫉妬を感じてしまったことからうまく話すことができず、真希ちゃんはどこか恐る恐るというか、腫れ物に触るように接してくる。
多分、真希ちゃんにも何か後ろめたいことがあるのだろう。そしてそれは、おそらく八幡のことじゃないかと思う。
他に思い当たる節がないというのもあるけど、朝八幡との電話について話した時の真希ちゃんは私に気を使っていたように見えた。そして、それ以降八幡の話題に触れてこなかったし、明日の八幡とのデートのことについても話をしなかった。
全くの想像ではあるのだし、考えすぎなのかもしれない。だけど、私にはそう思えた。真希ちゃんは私はわかりやすいと言うけれど、真希ちゃんだってわかりやすいのだ。
私と真希ちゃんは帰宅する道が途中まで一緒だ。今日も一緒に帰っていたのだけど、いつも別れる場所で私は真希ちゃんを呼び止めて公園のベンチに誘った。真希ちゃんと、ちゃんとお話したかった。
「どうしたの、留美ちゃん」
「うん……」
とはいえ、何をどう話したものか。いきなりすぱっと、八幡のことを好きになったかと聞いてしまおうか?
いや、それはあまりにも直球すぎないかな。でも、探るようなことを真希ちゃんに言いたくない。それに、もし仮にそうだったとして、真希ちゃんだったらそんなわけないとかいうのじゃないだろうか。私に気を使って。
私は真希ちゃんが好きだし大事な友達と思っている。だから、気を使われるのは、嫌だ。
「真希ちゃん」
「ん?」
「昨日、八幡と話をして、どう思った?」
どう話すにせよ、まずは真希ちゃんの気持ちを確認しないといけない。私は隣に座る真希ちゃんに向き合った。
真希ちゃんは、一瞬頬を引きつらせていたけど、すぐに笑顔になった。……真希ちゃんがわかりやすいのか私が鋭いのか、どっちだろう。
「どうって……いい人だと思ったよ? いかにもお兄ちゃん! って感じだね。留美ちゃんが言ってた通りだったよ」
真希ちゃんはまくしたてるように話す。
「八幡さんを頼った留美ちゃんは間違ってない。八幡さんだったら留美ちゃんを助けてくれるって私も信じられる。なんか、人付き合い苦手な風なのに周りに気を使っているっていうか、よく見てるんだね」
私がネガティブになっているからそう思えるだけかもしれないけど、真希ちゃんは何かを誤魔化そうとしているように見える。
「ああいう優しいところとか、頼りになるところとか見せられたらコロッといっちゃう人多いんじゃないかな。留美ちゃんも気が気でないんじゃないの?」
お願いだから、誤魔化さないで。上っ面だけの関係なんて、嫌だ。
「だからさ……」
「真希ちゃん」
饒舌になっている真希ちゃんを遮る。息を呑むのがわかった。
「ごめん、聞き方が悪かったね」
「えっと……どういうことかな?」
やっぱり素直に聞くのが良かったのかな。どうするのが正しいのかなんてわからないけど。
「真希ちゃんは、八幡をどう思ってるの?」
「っ……」
またも真希ちゃんが息を呑む。なんか、詰問している感じになってしまっている。
「どうって、何回も言ってるけど、いい人だなって」
「真希ちゃん」
違うんだよ、真希ちゃん。そういうのじゃないんだ。誤魔化すようなことをしないで。
「こういう聞き方もどうかと思ったんだけど……真希ちゃん、八幡のこと、好き?」
「ん……そ、だね。好ましい人かな、とは思うよ」
「真希ちゃん」
こういう時、自分の人付き合いの経験値のなさが恨めしい。どういえばいいのか、わからない。私の聞き方は真希ちゃんを追い詰めてるのじゃないかな。
「……留美ちゃんが聞きたいのって、私が八幡さんを好きになったかって、ことだよね?」
「……うん」
「……それ、聞いて、留美ちゃんはどうしたいの?」
どうしたいか。それは私にもわからない。それでも真希ちゃんには聞いておきたかった。
聞いて、どうしたかったんだろう?
「……私、どうしたいんだろうね」
「そう言われても、私にはわからない、な」
「だよね……」
言いよどんでしまい、口を開くことができない。真希ちゃんも何も話すことなく、ただ二人してベンチに座っていた。
それから、しばらくして防災無線からチャイムが流れてきた。結構な時間、座っていたようだ。
「……それじゃ、留美ちゃん。私、帰るね」
「……うん」
隣に座っていた真希ちゃんが立ち上がる。
いつもなら元気に手を振ってお別れするのに、真希ちゃんはこちらを振り返ることなく駆けて行ってしまった。
私は……立ち上がる元気はなかった。
「いや、だなぁ……」
変なことを考えてしまう自分が。そして何より真希ちゃんに嫌われてしまうことが。
改めて思う。私は真希ちゃんが大好きだ。
以前なら別の人と仲良くなればいいとか思うところなんだろうけど、そんな考えは私にはもうない。
真希ちゃんがいい、真希ちゃんじゃなきゃ嫌だ。
でも、私は、私のしたことは、真希ちゃんを糾弾しているも同然だったのじゃないかな。
大切な人を、大好きな人を、自分勝手に思い込んで責めて、何が友達だ。自己嫌悪でつぶされそうだ。
帰宅する間、明日は八幡とのデートだと言うのに、気分は全く晴れなかった。
気づかれちゃった、な……。
公園から小走りで駆けた私は、少し離れたところで歩いていた。
まるで逃げるように公園から離れ、いや、実際のところ私は留美ちゃんから逃げていたのだ。
女の子にはセンサーが備わっている。恋する乙女はそのセンサーが敏感だ。そのときはまだ私は恋をしていなかったけど、留美ちゃんと八幡さんが話していたところを見ていた私は、留美ちゃんが八幡さんのことが好きなのは聞かなくてもわかっていた。
けん制するだとか釘を刺すだとか、そういった意味で話していたのではないのはわかる。だって、留美ちゃんだから。すっごいいい子で、私の大好きな友達だから。
でも、私は……大好きな友達が好きな人が気になっている。そうだよなぁ。私初恋すらまだしたことないんだった。私が八幡さんに感じているこの感情は、恋、なのかな。わからないや。
でも、もしそうなら表に出しちゃいけなかったのに……私そんなにわかりやすかったのかな。それか留美ちゃんが恋敵センサーをビンビンにしているか。どっちだろう。
私は留美ちゃんが大好きだ。中学校に入ってからだからまだ数か月の付き合いでしかないけれど、八幡さんに言った通り、ずっと友達でいたいと思う。
留美ちゃんが可愛いだとか、頭がいいだとか、体操がうまいだとか、それらも留美ちゃんの魅力の一つではあるのだろう。だけど、もし留美ちゃんにそういった要素がなくても好きになっていたのだと思う。
馬が合うっていうのだろうか。留美ちゃんは内面もすごくいい子で、一緒にいるとすごく楽しくもあり、安らげもする。これからの中学生活で留美ちゃんと一緒にいられないなんて、考えたくもない。
そのために私がすべきことは、いったいなんだろうか。
自宅までの道も、家に帰ってからも考えたけれど、名案がポンポン浮かんでくるわけはない。
考え込んでいるところをお母さんに見つかり、心配されてしまったのだった。心配してくれるのは嬉しいけど、あんたが悩むなんて珍しいとか、どういう意味だよう。
前回の挿話はほとんど感想が付きませんでした。
これはつまり、留美が出ていない話には読者の皆さんはあまり興味がないということだろうか。
とはいえ思いついたら書きたくなってしまうもので、書かないと気になってしまうし、書いたら見てもらいたい。
小説を書く人の性というもので、こりずにお付き合いいただけると幸いです。
次の話の骨組みはできていますが肉付けに手間取っている上、仕事が忙しくなってきたのでまた遅くなりますがご容赦いただきたい。
ではまた。