帰省していたり、急きょ仕事が入ったり、職場レクで筋肉痛になっていたりで、遅くなって申し訳ありませんでした。
一時この作品が日間ランキング二位になっていて、テンションは上がったものの物理的に筆を進めることができず悶々としておりました。
今年もよろしくお願いします。
ただ、前回と同じく、今回もつなぎの様なお話です。次こそは本編を進めます。
じゃあどうぞ。
小町と留美の出会い
夕食後、砂糖マシマシのコーヒーを胃に流し込んでいると、ふと思い出したことがある。
「なあ小町」
「んー、なにお兄ちゃん?」
ソファに寝転ぶ小町に声をかける。いつの間にやら俺のシャツに身を包み、カマクラを腹に乗せて実にのんびりとしている。
受験が終わった反動か、ここ最近の小町は実にのびのびとしている。総武高校に入学できたからといってさぼっていると、由比ヶ浜のようなアホの子にならないかお兄ちゃんは不安ですよ。
「お前と留美って、どこで知り合ったんだ?」
「んー、留美ちゃん?」
「お互いに 顔見知りではあったんだろうけど、会話をしたこともなかっただろ?」
俺の記憶では、小町と留美はほぼ面識はなかったはずだ。
去年の夏の林間学校で、小町は留美が孤立させられている状況をどうにかする俺たちに手を貸してはくれた。あの時の小町の役割は化け猫のコスプレで肝試しの司会をして、留美の所属するグループが最後になるように調節することだった。
小町は留美を知っていただろうが、留美が小町を知っているのはなぜだったのか、ふと気になった。
「ああ、ナンパしたんだよ」
「……あ?」
ナンパした? 小町が? 留美を? え、なに、俺の知らないうちに小町は女の子に手を出すようになっちゃったの?
そりゃ男漁りするようなビッチになっては困るが、かといって女の子同士だなんて……いやいや、それはそれでありだなんて思ってないぞ。キマシタワーとか考えてない。
ただでさえ雪ノ下と由比ヶ浜に加えて一色までもが最近怪しいのに、妹や妹的存在までもがそうなったら俺は身の置き所が無くなってしまう。ぼっちだからそもそも少ないんだが。そんなタワーはもういらない。
「なんかお兄ちゃん変なこと考えてるでしょ」
「お前が変なこと言いだしたからな」
「全くゴミいちゃんは……まあ、ナンパっていっても、街で留美ちゃんを見かけて声をかけて、一緒にお茶しただけなんだけどね。
「……ナンパかよ」
「ナンパしたって言ったじゃん」
思いの外ナンパだった。
留美ちゃんにあった日はね、まだ入学してそんなに経っていないころだった、かな。
学校から帰ってる途中で、どこかで飲み物でも飲もうかなーって思ってた時に、すっごい可愛い子を見つけたの。
まあ留美ちゃんだったんだけど。正直言うとうろ覚えだったんだけど、へへ、中々の記憶力でしょ?
何よその顔。
まあとにかく留美ちゃんに声をかけたのね。
「おーい留美ちゃん!」
振り返った留美ちゃんは、キョトンとしてたね。そりゃそうだよね、いきなり女子高校生に話しかけられたらビックリするよ。
「こんにちは、鶴見留美ちゃん、だよね?」
「え、ええ。そうですけど」
「そっかぁ! いやー、私の記憶力もたいしたもんだ」
「はあ……」
「あ、急にごめんね。私が一方的に知ってるだけなのに」
一年ぶりくらいだったけど、近くで見たら改めて思ったね。留美ちゃんの可愛さは、ヤバい。同級生にいたら絶対に友達になろうと頑張ってたよ。
まあ、この後仲良くなるんだけどさ。
「私は比企谷小町。比企谷八幡の妹だよ」
「八幡の……」
「うん、そう。実は私も去年の林間学校に行っていたんだけど、覚えていないかな?」
「あ……」
ちなみに私がお兄ちゃんの妹だって言ったとき、留美ちゃん嬉しそうな顔になってたんだけど……留美ちゃんに何をしたのかな? ん?
あいたっ、もう、何するの。
それでね、留美ちゃんの方も私のことを思い出してくれたみたいで。
「思い出してくれた?」
「はい。お久しぶり、です」
「うん。ちゃんと話すの始めてだね」
礼儀正しい子だよね。ペコリと頭下げてさ。なんか、お兄ちゃんから聞いた話じゃ小生意気だって言ってたけど、どこが? って感じ。
え? お兄ちゃんにだけ小生意気? へー、ほー、ん、何でもないよ。
「ところで、留美ちゃん。学校帰り? 時間ある?」
「え? はい、特に予定はないので」
「それじゃ、お姉さんとお茶しない?」
って感じで近くのカフェに行ったのね。
そこで話したことは、ちょっとした雑談だね。お互い一年生ってことと、留美ちゃんの部活のこと、小町が生徒会所属ってこと、とか久しぶりに会った友達と話すのと変わりないよ。
いくらお兄ちゃんが久しぶりに会う友達とかいなくても、想像くらいはつくでしょ?
あとは……女の子同士の秘密のお話。お兄ちゃんでも教えられないよ。
小町がウインクをしながら舌をペロッとだす微妙にイラつく仕草で話を締めた。
詳細はともかく小町と留美が知り合った経緯はわかったが、本当にうちの妹はコミュニケーション能力が高い。
留美は警戒心の強い猫のような部分がある。自分に害をなす存在かどうか、観察されているのだ。
俺の時には自分から近づいてきたが、それだって俺や雪ノ下にシンパシーを感じていたのだ。ふとした時に近づいて来たりもするが、かといってうかつに接近すれば離れてしまう。あいつもあいつで難儀でめんどくさい奴なのである。
そんな留美の懐に、よくも簡単に踏み込めたものだ。
「ん? そんなの簡単だよ」
「小町なら簡単だろうけどな」
「違う違う。小町が留美ちゃんと仲良くなれた理由はね……」
小町はまたさっきのようなニマニマ笑いをして、俺にこう言った。
「比企谷八幡の妹だから、だよ」
さて、俺はどう答えたものか。
とりあえず、小町の顔にむかついたから髪をぐちゃぐちゃにしてやろう。
「にゃーっ!」
「にゃーっ!」
小町とカマクラが似たような叫びをあげ、カマクラは逃げていった。
小町と生徒会
小町の隣に腰を下ろし、コーヒーを飲む。すると、小町は俺の腿に頭を預け俺を見上げてくる。
何となく、髪を撫でつけてやると小町は気持ちよさそうに目を細めた。
「そういや小町、なんで奉仕部に入らなかったんだ?」
「んー? 何、お兄ちゃん、小町に奉仕部に入ってもらいたかった?」
「……どうだろうな。小町の好きにしたらいいとは思うが、お前、雪ノ下も由比ヶ浜も好きだろう? そうするとばかり思っていたからな。由比ヶ浜なんか露骨に残念がってたぞ」
小町は、入学して早々に生徒会への所属を決めた。生徒会長は選挙で決められるが、書記や渉外といった役職は生徒会役員から選ばれる。そして、生徒会には部活と同じで誰でもが所属できるのだ。
去年の生徒会は生徒会長の一色、副会長の本牧、あと書記の三つ編み眼鏡の……藤沢?の三人でかつかつに回していた。ならば雑務をこなす人員が増えるのは、一色が奉仕部に頼ることが少なくなっていいことではあるのだが。
「小町はね、お兄ちゃんと雪乃さんと結衣さんの、三人の奉仕部が好きなの。外から見ているのは好きなんだけど、中に入りたいとは思ってないんだよ」
「そうか? お前なんだかんだで奉仕部の活動に参加していたよな」
「時々ならね」
留美と出会った林間学校しかり、嫁度対決しかり。自分から来たというより、平塚先生や雪ノ下に巻き込まれた感はあるが。
ただ、言わんとしていることはわかる。小説を読むのが好きな奴が書きたいと思わないように、ゲームをやるのが好きな奴が作りたいと思わないように、小町は傍観者であることを選んだのだろう。その割にやたらと口出ししてくるようではあるが。
「一色と一緒によく遊びに来るし」
「いやー、雪乃さんの紅茶とクッキーが美味しいからね」
雪ノ下は減りが激しいと嘆きつつも嬉しそうだし、由比ヶ浜も全力で歓迎する。たまに来ない日があるとソワソワしているのが伝わってくるのあたり、二人して相当に入り浸っているのは間違いない。
なのに外から見ているのが好き、と言われても説得力に欠けている。
「奉仕部女子会ってグループに入ってるし」
「結衣さんに誘われちゃあねえ。結構お話してるよ?」
あれが楽しめる奴はすごいよな。
一時俺と雪ノ下と由比ヶ浜で総武高校奉仕部というグループを作ったが(由比ヶ浜が)、俺や雪ノ下の参加率やトークの遅さもあり、現在はほぼ有名無実化している。
俺はいまだに雪ノ下の連絡先を知らないので雪ノ下と連絡を取るときには重宝するのだが、あいつに連絡すること自体そうそうないし。
「小町が中学校で生徒会に入っていたのはね、その学校をよく知るためなんだよ」
「あん?」
はて。以前には内申がどうのとか言っていた気がするが。照れ隠しにしては下衆な言い訳だ。
「生徒会って、生徒の代表で裏方でしょ? その学校の表も裏も把握できると、色々と便利なんだよ」
「お、おう……」
うちの妹が黒幕過ぎる。フフフと笑う小町が怖い。
「比企谷と言えば小町って言われるほど小町が有名になれば、お兄ちゃんの悪い噂をどうにかできたりするし」
今度はにっこりと笑う。やだ、この子可愛い。チョー可愛い。
「へへへ、今の小町的に超ポイント高い」
「そのセリフがなきゃ天井知らずに上がってたよ」
「ふふーん。小町の株価円安でしょ?」
ストップ高といいたいのだろうか。聞き知った言葉を意味が分からないまま使うおバカな妹だが、まったくもって可愛い以外の言葉が見つからない。
頭を撫でてやればカマクラのように目を細める。喉を撫でてやればゴロゴロ言うかもしれない。
「ま、小町が楽しい高校生活を送れるならそれでいいよ」
「お、珍しくお兄ちゃんがデレたね?」
「八幡的にポイント高いぞ」
頭を一撫でして立ち上がる。ポスンとソファに頭を落とした小町が恨めし気にこちらを見る。
「んじゃお休み。俺は勉強してから寝るけど、小町もあんまり油断していると由比ヶ浜みたいになるぞ」
「はーいお休み。あんまり結衣さんバカにしていると、泣いちゃうよ?」
小町はまだゆっくりしていく様子で、テレビのリモコンに手を伸ばしている。俺がいなくなってからカマクラが小町の元へ走っていくのが見えた。待っていたのかあんにゃろめ。
留美と作戦
自室で勉強することしばし、不意に携帯電話が震えた。どうせ広告メールだろうと思ったのだが、振動が収まらない。
珍しく電話のようだ。相手は……留美? 今日の昼に会ったばかりだったな、そういや。
「はいよ」
『八幡、遅い』
「すまんな。メールかと思ってた」
『……まあ、いいけど。出てくれたし』
「それで、どうした?」
『細かいことは後で、って自分で言ってたでしょ』
「ああ、作戦の話な」
昼に出会った留美は、面倒ごとを持ってきてくれた。なんだ、恋人役って。
マンガじゃ故郷から出てきた親を安心させるためだとか、彼氏がいると嘘をついていたのをごまかすためとか、結構使い古された設定だが、最近でもやってるのかそういうのって。
「で、俺は何をすりゃいいんだ?」
『とりあえずは、デート、かな』
「デート?」
『私が学校で恋人がいるって話をする。そして私と八幡がデートしているところを誰かが見る。そうしたら噂が補強される、って感じ』
「ほーん……」
留美の言葉を頭の中で反芻してみるが、若干人任せながらそれなりの効果は得られそうな策ではある。俺が絡まなければもっとよかったのだが。
『なに?』
「いや、いいんじゃねえの。人に見られなきゃいけないなら近くで遊んだほうがいいよな」
『……うん。そうだね』
「それじゃ前みたいに演劇見に行くよりか、街ぶらつく感じにしとくか」
『……』
「留美?」
『……八幡、デート慣れしてる?』
電話口の向こうから留美の不機嫌そうな声が聞こえてきた。こんな低い声出せたんだな。
しかし、何故不機嫌になる? 俺は協力的だと思うんだが。
「バカ言え。慣れるほどデートしたことなんかねえよ。ぼっちなめんな」
『慣れるほどじゃなくてもデートはしたことある、ってこと?』
ずいぶんしつこいな。そんなに気になること言ったか?
「精々由比ヶ浜と花火見に行ったり、一色に連れまわされたり、無理やり付き添わされたりしたくらいだ」
『雪乃さんとはしたことないの?』
「あいつとは由比ヶ浜の誕生日プレゼントを買いに行ったことはあるが……そんなもんか」
ちょいちょい二人きりになったことはあるんだがな。修学旅行で平塚先生とラーメン食べた帰りとか、ディスティニィーで他の連中とはぐれた時とか。小町の策略で買い物に行った時とか、今年の初詣の時もそうか。
あ、そういや、平塚先生がドレス姿で一緒にラーメン食ったこともあったな。
陽乃さんと出先でエンカウントしたことも何度か。
デートと言えないようなものまで合わせれば、女性と二人きりで行動することはけっこうあったんだな、俺。
『ふーん……』
留美はどこか納得のいってなさそうな雰囲気である。ジト目をしているのが目に浮かぶようだ。
「まあ、どこに行くかは考えておく。んで、いつだ?」
『うん……近いうちに恋人の話はするから、今週末とかで、いい?』
「今週は……土曜日の午前中に予備校の講義があるから、土曜の昼からか日曜だな」
『私も部活があるから、土曜の昼からがいいかな』
「あいよ」
『……』
これで留美が電話してきた理由は話し切ったわけだが、電話向こうでの留美は、何かを言いたげだ。人の機微に聡いのがぼっちの特殊能力である。それは対面していても電話越しでも変わらない。
「どうした?」
『えっ……?』
「何か言いたいことがあるんじゃないか?」
『……うん』
留美はしばし逡巡し、口を開いた。
『あの……迷惑かけて、ごめん』
「あん?」
『八幡には関係ないのに、私、迷惑ばっかりかけてるなって』
どことなく落ち込んだような声。これだから電話は苦手だ。
対面して話すのも苦手だが、相手の感情が目で見て類推できるだけ相対して話した方がいい。家にいても話ができるというのは優れた機能なのだが、グラハム・ベルはぼっちの気持ちをもっと鑑みるべきだったな。
「留美、忘れたか?」
『……なにを?』
「留美だから、だ。昼間は面倒だとは言ったが、困っているならいつでも来い。出来る限り何とかしてやる」
お兄ちゃんは妹が困っていればそれだけで動く理由になるのだ。
『……うん。ありがとう』
電話越しだから留美の顔はわからないが、笑っていればいいな、とは思った。
留美と体操部
「ところで、今日小町と話していてふと思ったんだけどな」
『うん?』
「どうして体操部に入ったんだ? 演劇部に入らなかったことに、何か理由でもあるのかと思ってな」
留美は小学生のころ演劇に興味を持っていた。一緒に演劇を見に行った時に感じでは興味は増しこそすれ、諦めるような雰囲気はなかったのだが。
『演劇は好きだよ? 春休みにも、部活体験の時にもよく考えたんだけど、面白そうって考えは変わっていない』
「ああ。それで?」
『……林間学校の時の子たち、覚えてる?』
「あー、なるほどな」
小学校が一緒なら中学校が一緒になることは珍しくない。演劇部に林間学校の時のあの四人の内の誰かが先に入部していれば、それは気まずいことになるだろう。
だからといって留美が演劇部を諦める必要もないとは思うが。
『それだけが原因じゃないんだけどね。真面目に練習している人といない人がいたりして、楽しめそうにないって思ったし』
「なるほどな。それで体操部は楽しめそうって思ったのか?」
『うん』
俺の問いに留美は即答した。だったら、心底そう思っている、と考えていいのだろうか。
『体験の時に二年の先輩がきれいな演技を見せてくれて、その人も中学入ってから始めたらしいの。一年頑張ればこんなことができるようになるんだ、って思ったらやってみたくなった』
「そうか。やりたいことがやれるならいいことだ」
『全身運動だから身体鍛えられるし、小柄な方がいい成績出せるらしいよ』
「ふーん。留美が大会に出られるのっていつ頃なんだ?」
『秋ごろが新人戦かな。八幡、見にきてくれる?』
「一日くらいなら大丈夫だろ。外せない予定がなけりゃ、な」
『うん……出られるように、がんばる』
聞くところによれば、留美はすでに期待の新人と呼ばれているらしい。真面目な留美がさぼるのは考えにくいだろうから、ほぼ間違いなく今年の秋は予定が一つ埋まることだろう。
『あの、ね……八幡』
「うん? どうした」
『試合に出るとき、レオタード着るの』
「レオタードって、あのレオタードか?」
体にぴったりと張り付く薄地の、服と言っていいのかわからんが、あれか。水着みたいな。
全く関係ないが壱岐島の八幡地区の海女さんはレオタードを着て漁をするそうな。
『他にレオタードがあるのか知らないけど、そのレオタード』
「はー、本格的なんだな。で、それがどうかしたか?」
『今度、業者さんが来て一年生用のレオタードを持ってきてくれるんだけど……』
留美がレオタードを着るわけか。全く想像もつかんが。
『一番先に見せてあげよっか?』
「……」
『……』
想像はつかんが、現物を見せてもらえるようだ。
電話は最高の発明だ。グラハム・ベルありがとう。今、留美が目の前にいたら俺はどういう反応をしていいのかわからなくなっていたところだ。
「あー、まあ、そのうちにな」
『……ばか。じゃあね』
声色からは今留美がどんな顔をしているかわからないが、赤くなっているのではなかろうか。
なぜわかるかって?
俺も今赤面しているからだ。
ツーッツーッと、途切れた電話をしばらく耳に当てている俺だった。
この話を書くために、レオタードや中学女子体操新人戦などを検索していました。
一人暮らしだと好き勝手出来ていいですねぇ。
そろそろゲームの情報が出てきてくれないかと思いつつ、また次回。