その横顔にキスをして   作:チョコましゅー

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ケイリが初登場。
彼女の言動が一番難しい気がします。それじゃない感があるかもしれません
この話の次くらいからシリアスにいきそうです。





日溜まりの中の影2

 

 

 いまでこそこのお嬢様学校である聖應女学院にいる私ですが、もともとは中流階級の出である。言ってしまえば下界で暮らしていたようなもので、だから口調も結構ざっくばらんで、趣味なんてたくさん持っている。

 

 だからこの学園にきてまずおどろいたのは、私の知ってる知識の中には、他人には通じないものも存在するということだった。そりゃ専門的なことやオタク的な趣味については知らない人だっているだろうけど、人によってはカップラーメンを知らないことだってあるんですよ。

 

 次に気づいたのはみんな結構おっとりしてる。

 

 外の人たちに比べると歩く速度も、喋る早さも非常にゆっくりだ。

 

 私はこういう漫画の中の世界に憧れていましたが、しかしいざ自分がこういう場所に来てしまうと、まるで世界が変わったようで戸惑いの連続でした。薫子お姉さまももともとは外の人なので、私の気持ちがわかる数少ない人でよく相談なんかにのってもらっていた。香織理お姉さまが言うには千早お姉さまもはじめは戸惑ってばかりだという話だったけれど、普段の千早お姉さまを見ている私にとってはこの学園でも屈指のお嬢様に見える。

 

 その千早お姉さまも、最近よく一緒にいるおかげか、なんとなくただのお嬢様ではないことがよくわかった。なんというか、みんな姫君というけれど私からしたら王子さまの方が近いと思う。一言で言えば格好いいのだ。あと言葉は悪いけれど結構腹黒い一面もあったりする。

 

 というわけで、何が言いたいかというと、最近千早お姉さまに対してうっかり見とれていたりする。香織理お姉さまが仰っていたとおりに、たぶん私は千早お姉さまに惹かれているのだと思う。

 

 そういう知識はあったし、実際香織理お姉さまはそういうことをしている人だから、そんな感情もあるとは思っていた。でもまさか自分が同性相手にこんな感情を持つなんて思いもしなかったわけで、私はいまこの学園に入学してきたとき以上に戸惑っているわけです。

 

 こんなこと話せる相手もいないー香織理お姉さまには釘を刺されているから相談できないーわけで、私はいま絶賛お悩み中である。

 

 こういう感情ははじめてなことで、だからか感情にたいしての耐性が皆無。つまり、顔に出てしまっているらしく友達にも少しばかり突っつかれたりした。でもなんとか誤魔化せたらしくそれ以上の詮索はされなかった。

 

 しかしこういうことに対して敏感な人が私の近く(香織里お姉さまではない。すでにばれているし)にいるのをすっかり忘れていた。

 

「陽向。最近ずいぶんと上機嫌ですね」

 

 水泳部-文芸部と掛け持ちしている部活-にでて、休憩中のことだった。すらりと延びた手足を惜しげもなくさらけ出し、その褐色の肌が美しい女性、ケイリ・グランセリウスお姉さまは同性であってもドキリとするような笑顔を浮かべてそう尋ねてきた。

 

「そうですか?私的にはいつも通りな感じですが」

 

 友人たちにいったようにケイリお姉さまに対しても同じ事を言う。しかし相手はあのケイリお姉さま。香織里お姉さまよりもこういう機微に聡い彼女には通用しないと言うことも私はどこかわかっていた。

 

「誤魔化す必要はないよ。相手が同性だからと遠慮することはない。私もそのくらいじゃ驚かないし、まして相手が千早なら頷ける話だ」

 

「ケイリお姉さまには筒抜けってわけですか?」

 

「最近の陽向は生き生きとしているから占ってみたのだけど、そういう結果が出たからね。それで陽向の周りにいる人で香織里を抜いた中なら千早しか該当しないからね」

 

 もはや言い訳のしようもない。いや、普通なら『占い』で出た結果に異を唱えてもいいのだけどケイリお姉さまに至ってはその占いの精度が、信頼度が高いせいでなにも言えなくなるのです。

 

「千早は実に興味深い人だ。星の巡りがあんなに神秘的な女性は他にいない。そんな千早に興味を持たない人はいないよね。だからこそエルダーにも選ばれたし、いろんな人を魅了しているのだと思う。だから陽向が好意的な感情を抱くのもそういう巡り合わせだったのさ」

 

「おかしいとは思わないのですか?」

 

 私の質問にケイリお姉さまはアルカイックスマイルを浮かべてから、しかし真剣な声色で語る。

 

「古来から愛というのは人に生まれたからには必ず生じるものだ。家族愛、親愛、恋愛。血が繋がっていなくとも家族愛は生まれるし、親しくないものが相手でも、付き合っていけば親愛するようになる。それと同じように恋愛だって相手が異性だから生まれるわけではない。たまたま愛してしまった相手が同性だっただけで、そこにおかしいことも、異端だということもない。だから陽向。貴女のそれは恥ずかしいことではないよ。貴女は貴女が愛すべき相手が千早という個人なだけで、女性だから愛しているわけではないのだから。胸を張って、とは言わないが、自分が愛した相手が女性だからという理由でに恥ずかしいと思うのは陽向、貴女自身に失礼だ」

 

「私自身に失礼、ですか」

 

「ええ。ある人の言葉ですが、『頑張った分、努力した分の報酬はもらわなければいけない。自ら否定してその報酬を貰わないと、釣り合いがとれなくなり、破綻する日が来てしまう』と。かなり省略している上に分かりやすい言葉に簡略化してるけど、これと同じで愛しているという感情を受け止めて、誰かを愛することを肯定しなくては、貴女自身が愛されることはなくなってしまいますよ」

 

「それは、『人は誰かに優しくされるから、誰かに対しても優しくなる。そうして優しさは巡るんだ』という言葉と同じようなことですか?」

 

 ケイリお姉さまが引用をしたので、私も私が知っている好きな言葉を引用する。

 

「そうだね」

 

 にっこりと微笑んで、ケイリお姉さまは頷く。

 

「なにか説教みたいな話になってしまったけれど、簡単な話、貴女は自分の感情に素直になるべきだということだね」

 

「そう、ですね。胸を張って言えることではなくても、その感情がある事実をうやむやにしてはいけないですよね」

 

 私はケイリお姉さまの言葉に、どこかすっと胸の中のつっかえがおちた感覚があった。それは自分の感情が間違いではないという背中を押してくれた言葉のお陰でもあるし、何より私は私を信じていいと教えてくれたからかもしれない。

 

「ふふ、どうやら自分の感情におとしどころがついたという感じですね。生き生きとした、といいましたがどこか表情に陰りがあるのも感じてたからね。さっきよりも晴々とした表情になってるよ」

 

 その言葉に私はケイリお姉さまに気を遣われたと改めて思った。なんだか申し訳ない気分だけど、でもここでいうのは謝罪の言葉ではないですよね。

 

「はい。ありがとうございます。私、頑張ってみようと思います」

 

 前向きに元気よく。他人に評価される私の性質を私は自覚している。だから私は私らしく前向きに考えて行動しよう。

 

 私が笑顔でケイリお姉さまに頭を下げると、お姉さまは少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべた。あ、この顔、千早お姉さまにそっくりだ。

 

「まあ相手がその愛を受け取ってくれるかは別問題なのだけどね」

 

 ……そのオチは要らなかったんじゃないんですかね。


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