前回の反省を活かし、間を空けないよう頑張りました。
が、結局2ヶ月。
自分の構成力のなさにげんなりします。
精進します。遅くなってすみませんでした!
千早が香織里に相談を持ちかけた翌日。
陽向と一緒にいるときに香織里に言われたことを意識してみると、それは確実に存在した。
あれは千早も体験したことのある、人を否定する目だ。
それが今、千早ではなくその隣にいる陽向に向けられている。
(これは香織里さんの言うとおりでしたね)
そう思うと千早の中に罪悪感が生まれる。陽向にとってこれは千早とともにいるせいで起きた諍いだ。もう少し自分の立ち位置を考えて行動すればこんなことにはならなかった。千早はすでに問題が起きていることを悔やんだ。
「…どうかしましたか?」
隣にいる陽向が不思議そうに千早の方を向いた。
千早は表情を変えたつもりはなかった。だが些細な雰囲気の変化はあっただろう。それを察することのできる洞察力のある陽向だ。いま自分の置かれている状況とその原因をわかっているのだろう。
「いえ、何でもありませんよ」
千早には何もできない。いや、何をすべきかわからない。
だから行動できない。
思考が悪循環に陥る前に千早は思考することをやめる。どんな理由があろうとも今は陽向と一緒にいるので、心配をかけてこれ以上の心労を増やすのは良くないだろう。
「それならいいんですけど。あ、そういえば千早お姉様。今度の休日ってお暇ですか?」
「休日ですか?…ええ、特に予定はないけれど、どこかに行くのかしら?」
「はい!とある映画が公開されているんですけど、どうかなと思って」
「構いませんよ」
「ありがとうございます!じゃあ詳しい時間は調べてから伝えますね」
「ええ、楽しみにしてるわね」
本当に楽しそうな顔をするな、と千早は思った。その顔からは誰かから何か嫌がらせをされているとは微塵も感じさせないものだったが、それゆえに香織里の言葉を思い出してしまう。
『あの子はそういうことを隠すことのには長けているのよ』
果たして隠しているのか、それともまだ何もされていないゆえのこの表情なのか、それは千早には判断できなかった。
「そのくらいのことなら私も把握してるわよ」
体育の授業のあとの更衣室で香織里に先ほどの件を伝えたところそう返ってきた。なら何故昨日、推測でしかないなどと言ったのかと千早は思ってしまったが口には出さない。
「陽向を疎ましく思ってる娘たちがいるのはここ1週間で分かっていたわ。でもそれが見ているだけなのか、それともすでに何か手を出しているかはまだ何もわからないのよ」
しかし香織里は千早の思考を読んだようにそう口にした。
「見ているだけの娘たちから嫉妬の心が浮かんでいるのは明らかだったわ。でもそれが陽向が千早と一緒にいるからという理由というには些か説得力に欠けるでしょ?だからあくまで推測」
まあ十中八九当たってるけれど、と香織里は続けた。
「私はどうすれば陽向ちゃんの力になれるのでしょうか」
香織里に聞いたわけではなく、心の中で思ったことが口から出てしまったという感じで千早はつぶやいた。
香織里はそれを聞いてため息を吐く。史も言っていたがいま千早は無意識に陽向のことを意識している。自分がどんな感情でそんなことを思ったかは千早自身わかってないだろう。
しかしそれを香織里が教えるのは筋違いだ。でも…。
「千早はなんで陽向の助けになりたいのかしら?」
「え…?あ、声に出ていましたか」
「無意識につぶやいちゃうんだから何かしらの感情があるのでしょう?」
「それは、どうなんでしょう。たしかに私はいま陽向ちゃんを助けたいと思っています。それが可愛い後輩だからか、親しい友人だからか、はたまたただの自己満足かわからないです」
でも、と顔を上げた千早の瞳には揺るぎない意志を感じた。
「この助けたいという気持ちは偽りない私の本音です」
「…そうね。野暮なことを聞いたわ」
ヒントを与えるくらいの手助けならしてあげても構わないわよね。そう香織里は小さくつぶやき微笑むのだった。
「ちはや、悩み事?」
今日は陽向との昼食の約束は特になく、あれやこれや考えていたら寮母さんにお弁当のことを伝え忘れてしまった千早はぶらりと食堂にやってきた。券売機に並んでいたら後ろから服を引っ張る感触があり、振り向くと優雨がいたので一緒に昼食をとることにした。すると向かいに座った優雨が千早にそんな質問を投げかけてきた。
「あら、顔に出てたかしら?」
「ううん。何となくそんな気がしたから。でもやっぱり悩んでたんだ」
優雨はいつものオムライスー今日はクリームチーズのソースがかけられているーを口に運びながら心配そうな目で見てくる。
どうやら墓穴を掘ってしまったらしいと千早は思ったが、そんなことは顔には出さずに優雨に笑いかける。
「悩んでいるというより、自分の不甲斐なさに落ち込んでいる感じね」
「不甲斐ない?ちはやが?」
「ええ」
優雨はどこかキョトンとした顔をすると、難しそうな顔をする。
「ちはやが不甲斐ないなんてあるの?」
優雨からしてみれば千早はなんでも出来る人で、そんなことを思うとは思っても見なかったのだろう。
「私も、まだまだ未熟ねって話」
「ちはやが未熟だったら、みんな未熟だね」
「そんなことないわ。私よりも優雨のほうがずっと優れているところだってあるのだから」
「でもちはやは何でも出来るから」
「ありがとう。でも何でも出来るからといって不甲斐ないと感じないわけではないの」
「そうなんだ。難しいね」
「そうね。難しいわね」
小首を傾げる優雨の姿を見て素直に可愛いと思いながら千早は自分のご飯に手をつける。
「ちはやって、ひなたのこと好き?」
「…え?」
優雨がオムライスを食べ終わるのを見計らって紅茶を貰ってくると、そんなことを言い出した。
「なぜそう思ったのかしら?」
「うーんとね」
ふーふーと紅茶に息を吹きかけてから一口飲み、少し悩みながら言葉を選びながら優雨は言った。
「ちはやがひなたと一緒にいるときの目が、なんか、優しい感じだったから」
「目が…」
「うん。ちはや、誰と話すときも優しい目をしてるけど、ひなたと話すときはどこか違うなって思ったの」
「……」
「だからちはやはひなたを特別な感じで見てるのかなって」
それは千早が自分では気がついていない事だった。もちろん香織理は気がついていたがこういうことは自分で気付くべきだと思って何も言わなかったが、優雨には単純な疑問だったのだ。
そしてその質問と優雨の思ったことを言われた千早は、自分の行動を振り返った。
陽向といるときの自分の言動や行動。陽向が困ってると感じてからなんとかしてあげたいという気持ち。そして香織理に言われたその気持ちの根源への質問の意味。
(ああ、そうだったのか)
それらが一つにつながった気がした。
しかし千早はすぐには納得しなかった。自分の気持ちだからこそ、その気持ちに疑問を持ってしまう。
自分は本当に陽向を好きなのかと。ただ単純に妹が出来たかのような気持ちで接していただけじゃないかとも思う。親しくなった年下の後輩を気遣っているだけではとも。
思慮深いというのは千早の長所でもあり短所でもある。今回は短所としてそれが出てしまったのだ。頭が硬いといってもいいし、頑固だと言ってもいい。
黙り込んだ千早を見て優雨はこんなことを口にした。
「わたしはちはやのこと好き。ずっと一緒にいたいし家族になれたらなって思う」
「優雨?」
「ちはやはわたしのこと好き?」
「もちろんです」
「じゃあひなたは?」
「陽向ちゃんのことも優雨のことも好きですよ?」
「それなら、一緒にいたいと思うのは?」
「それは…」
千早はそこで考えてしまう。優雨はそんな千早を見て明るく笑った。
その笑顔は、すでに千早がどちらと一緒にいたいかを、わかってるような、そんな思いを伝えるような顔だった。
千早は困惑したような顔をしてから、微笑む。
「優雨にはかなわないわね」
「えへへ」
「でもなんでこんなことを聞いたの?」
「ちはや、迷ってるみたいだったから。いつも助けて貰ってばっかだからその恩返しがしたいなって」
少し照れたように笑う優雨を見て、千早は笑顔で答える。
「ありがとう、優雨」
どこか心が軽くなった気がした。それは気のせいじゃなく、千早は自分が陽向を助けたいと思う気持ちが、その大本である気持ちが、自分でも感じられたから。曖昧に誤魔化してきた自分をもう騙せない、そう思ったから、認めたから、千早は前に進む決心をする。
「私は陽向ちゃんが好きだわ」
「うん」
「だから陽向ちゃんが困ってると私は助けたいと思うの」
それは同情とか親愛とかそんな気持ちではない。
これは、僕のエゴだ。
そう千早は認める。
「ふふ、ちはや、いつもの顔になった」
「そうかしら?なら優雨のおかげね」
ありがとう、と今度は心の中でもう一度その言葉を優雨に向ける。
感じて、認めて、決心をした。
ならあとは自分の思うままに行動してみればいい。それがいい結果になろうと悪い結果になろうとも、行動せずに後悔することだけはしないようにと、千早は前に進む。
なぜか優雨がすごい大人に…。
でも優雨って幼いように見えて、核心を突いてくるイメージありますよね?
…ないかなぁ?