キーノの旅   作:ヘトヘト

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アニメの円盤マラソンもゴールですね。
私は明日、予約していた店舗に受け取りに行く予定です。



【#15 キーノの旅】

アンデッドは食事を摂らないといっても、旅路で人里に辿りつく度、寄っては必要なものを補給する。

魔法の触媒や身の回りの消耗品。

道行きの地図や次の街への情報――――――そして、時には要らない知識も。

 

町で用事を済ませ出発した後、夜露をしのぐべく森の中で魔法のコテージを展開した時だった。

アンデッドであるサトルとキーノの夜は長い。

眠らないからこそ、語らう時間はたっぷりとある。

 

「あのね、話があるの」

 

神妙な様子でキーノが切り出した。

視線がチラチラとサトルの方に行ったり来たりしてたが、ようやく決心がついた感じだ。

それでも思い詰めたというか、ためらいが見え隠れしている。

なんとも不穏な雰囲気にサトルは「どうした?」と身構える。

 

「怒ったりしないから正直に答えてね」

 

ああ、この言葉は信用ならない。

『絶対に損はさせません』

『アットホームな会社です』

これらと同類で要注意な決まり文句。

だから、キーノが怒ることを覚悟しておいた方が良いかもしれない。

 

 

 

「……男の人は……お、大きいおっぱいが好きなんだって!」

「は?」

 

 

 

サトルの顔に血肉が付いていたら、何を言われたか分からないという表情を象っただろう。

幸いにして骸骨の顔は平静に見えた。

精神抑制が働いてスゥーと発光していたが。

 

 

「…………そのっ、ねっ、ねぇ? サトルも好きなの!?」

 

 

サトルの精神抑制がもう一回発動。

表情がないからこそ、憮然としていると勝手に思い込んだのだろう。

自身の発言を振り返り、少女は顔を伏せた。

 

(……あ、赤面したキーノも可愛い。

元が白い肌だけに、羞恥で赤く染まる様が際立っている。

自分の発言によるバック・ファイヤ。

うんうん、可愛いな。

おっと、こっちの視線から自身の赤面に気づき、さらにレッド・コンボ達成だ)

 

 

―――と、少女の観察による現実逃避は良くないなと直ぐに反省をし、サトルは少女に向き直った。

どこで耳にしたのかと相手に問いて、対応を考える時間を稼ぐ。

何でも買い出しで街を歩いていた際、井戸端会議でおかみさん連中が話していたのを耳にしたらしい。

 

「キーノ、いいか?」

「う、うん」

「アンデッドはおっぱいを飲まない」

 

よし、切り抜けた! とサトルは内心でガッツポーズを取った。

これはきっとアレだ。

子供が大人に聞く「赤ちゃんはどこから来るの?」と同レベルの質問だ。

深い意味など無く、好奇心や知識欲から発せられたもの。

こういうのは直球の正解でなく、広めに方向性を与え、本人を思考させることで結果として満足させれば良いのだ。

何から何まで答えては、自主性も成長も養われない。

あるいは時間が経てば、おのずと得られる答えもある。

 

 

「じゃあ、サトルは嫌いなの?」

「…………(スゥー)」

 

 

激しい動揺が強制的に鎮まる。

逃げられなかったか。

先日からキーノに伝授し始めた、ぷにっと萌えさん考案PK術の教えが発揮されているのかも。

獲物は逃げ切ったと安心した時に最大の隙を作る。

さっそく実践するとは……アンデッドの精神抑制が無かったら危なかったな。

 

しかし、これはどうしたものか。

彼女の質問は両刃の剣。

あるいは周囲が地雷だらけの罠だ。

身体の成長の止まった少女の姿を見て、サトルは深く考え込む。

 

好きと言えば、胸の無……つつましい彼女の尊厳を傷つけ、あるいはイヤラシイと軽蔑されるだろう。

嫌いと言えば、その理由を問われるのは必至。下手したらズルズルと質問が続き、泥沼化しかねない。

好きでも嫌いでもない……それは今後、何かの拍子で傷になる問題が起きそうだ。

キーノとの旅は続いていくのだから、彼女を傷つけるような不安要素の種は撒いておきたくない。

正解は何だ?

余りの窮地に思わず、答えは何処へー! と叫びたくなってしまうのは気のせいか?

スゥーーーー

ああ、精神抑制がまた発動。

いつの間にか、いっぱいになっていたらしい……おっぱいの問題だけに。

 

これは元の世界でも理不尽な選択だ。

小さいのが好きと言えば、ロリコンや変態の軽蔑にさらされ

大きいのが好きと言えば、マザコンや助平の叱責を受ける。

おっぱいが嫌いな男性がいないように、「おっぱいが好き」と主張する男に好感を抱く女性はいない。

 

いや、恋人や夫婦の間でならあり得るのかもしれないが、残念ながらサトルには無かった経験だ。

それに社会人だった時代は営業職として、普段からセクハラ発言を口にしないよう習慣づけていた為、普段から性的なことや下ネタをいう方ではなかった。

会社の同僚や顧客、ギルドにいた3人の女性メンバーに対してそうであったのに、目前にいるのは13歳くらいの姿をした少女。

はっきり言って、元の世界なら警察に通報されるレベルだ。

 

サトルは内心で頭を抱え込む。

キーノとこのような色めいた会話―――この時点で、そう意識しているのはサトルの方だけだ―――は初めての事態ゆえに。

彼は気づいていない。

この時点で少女を『子供』でなく、『女性』という視点で扱っていることを。

今の光景をサトルの友人であるギルドメンバーの姉弟――それぞれ、秘密ボイスとエロ画像をサトルに渡した二人――が見ていたら、こう思ったに違いない。

 

姉 「モモンガさんは紳士だからねえ」

弟 「モモンガさんは真摯だから」

 

 

姉弟 「「 だからみんな、いつだってモモンガさんを信頼する 」」

 

 

 

            ※  ※  ※

 

 

 

珍しくサトルが返事を詰まらせている。

彼を困らせるつもりはなかった。

ただ聞きたかったのだ。

 

『男の人は大きいおっぱいが好き』

 

人は自分に無いものを他人に求めるという。

そう考えると、胸の平らな男性が乳房を持つ女性に惹かれるのも解かる気がする。

一般的に大きい胸が好まれる傾向があるようだ。

もう成長することはない、平坦に近い自身の隆起。

 

サトルが大きい胸を好きでも構わなかった。

彼が私へ持つ感情は、私が抱くものと違うことに薄々気づいていたから。

だからそれ以前の問題。

 

自分を一人の異性として好きになって欲しい。

でも、どうやったら好きになってもらえるのか全く分らない。

手料理? サトルは食事不要だ。

お金? サトルは高価で貴重な品々をいっぱい持っている。

魔力も、魔法も、知識も、力も、サトルはすべて備えている。

うん、私とは正反対。

 

私はサトルに一つを除いて何もできない。

ただ、もらってばかり。

サトルにとって私は庇護の対象に過ぎないから、この後の展開も予想は着く。

何を言われるのか分からないけど、行動だけは予言できる。

 

()()()()()()()()私を抱きしめるか、頭を優しく撫でるのだ。

 

そうされるのは不満なくせに、私の心と身体は勝手に熱く高鳴って喜ぶ。

赤くなるな、視線よ下がるな、言う事を聞け私の身体!

そんな抵抗を見てサトルは喜ぶ―――たった一つだけ、私が彼にできること。

一方に大きく傾いた天秤に乗る大人と子供の関係。

出来るのなら、彼の余裕を崩したい。

至高に立ち向かうような諦観を抱きながら、私は彼が手を伸ばすのを待つ。

こちらの想いは届かないのに、彼の手は私へ気軽に届くことを理不尽に感じながら。

 

最初の頃は頭を撫でてもらえるのがただ嬉しかったのに、なんで不満に思うんだろう。

私は笑う。

アンデッドって身体は成長しないのに、精神(こころ)は変化するんだ。

私は嗤う。

いや、アンデッドに相応しく醜い精神(こころ)になっただけか。

 

サトルは私とは正反対。

アンデッドらしく精神(こころ)も出逢った時から変わりない。

常に落ち着いていて、頼れる大人の対応。

サトルは子供の私とは正反対。

心なしか私の目にはサトルの姿が輝いて見えた。

 

                       (スゥー)

 

 

 

            ※  ※  ※

 

 

 

決して相手が納得するような言葉ではないことは確かだ。

観念してサトルは口を開いた。

 

「……触ったことがないから解からない」

 

何を? と一瞬きょとんとした後、キーノの顔に理解の色が広がっていく。

ゆっくりと、じわりじわりと。

 

 

『怒ったりしないから()()()()()()()

 

 

こみ上げてくる感情に、ぴくぴくと震える小さな頬。

微かに上がる口の端。

緊張を軟化させるキーノに対し、硬直石化するサトル。

正直に答えるべきでなかったか?

思案顔で黙り込んだ彼女の反応が理解を超えるもので、サトルの不安と恐怖を煽る。

 

「サトル、手を出して」

「? こうか?」

「えいっ」

「!!??」

 

キーノがサトルの手首をつかんで引っ張った。

白骨の手のひらに押し当てられた、微かな膨らみ。

永遠に止められたつぼみは、不死者であるがゆえに鼓動が邪魔をすることなく純粋な胸の波を伝える、体温のない新雪の触れ合いだ。

変化が微かだからこそ、かえってサトルの感覚に刻まれた。

 

「えへへ、サトルの初めての相手は私だね」

「にゃ、にゃにをっ!?」

「サトルのえっち」

「手を引っ張ったのはキーノだろっ!?」

 

「うん、そうだよ」

 

悪びれずキーノが肯定する。

嬉しそうな様子に理解が追いつかない。

 

スゥーーーースゥーーーースゥーーーー!!!

 

精神抑制も追いつかない。

上から目線で笑う彼女は、幼い姿に反してドキリとする妖しさがあった。

いつもの陽の明るい笑顔でなく、月の光のような柔らかく闇に合う―――

恋する乙女ではなく、獲物を手中に収めた女狩人(アルテミス)のような―――

 

もしサトルがキーノに対し、そう見えると言ったら彼女は噴き出しただろう。

なぜなら精神抑制が連続するサトルの方こそ、燐光を放って満月のように輝いていたのだから。

 

 

            ※  ※  ※

 

 

かくして吸血姫は、望みどおりに至高の牙城を崩した。

堅く閉ざされていた精神の堤に蟻の穴ほどのほころびが生じる。

大きな喜びの影で、じわりじわりと流れ始めた。

 

 

あふれ出さんばかりの堰き止められていた想いが。

鈴木悟ではない。

今まで溜め込んでいたのは、キーノ・ファスリス・インベルンの方。

 

 

明確に示した好意。

ほころびの生じた歯止めに、彼女はこれから苦悶することになる。

血肉を持たない者に対する吸血衝動にも似て。

それは心身を焼く責苦に等しい、永劫たる至高との戦い。

 

成就しない愛は、目的地のない旅のようなもの。

歩いてきた足跡(かこ)すら見えず、─先(みらい)を見通せない霧に彷徨う『キーノの旅』。

 

彼女は初めて、己の『吸血姫』という状態を自覚することになる。

アンデッドに相応しく、満たされない欲求に飢えを抱いて。

 




アインズ様の精神抑制は喜怒哀楽の強い感情を抑え込みます。
ゆえに熱愛には発展しない予想。
キーノに傾いた天秤やシーソーのイメージがあって、そこから話を膨らませた次第です。

という訳で、次回が最終回の予定。
完成はちょっと遅れるかも。
先にふたばの方でアルベドさん関連のSS企画をするつもりです。

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