その時のものを加筆修正。
副題を変えました。
「私が今唱えられる魔法を教えたけど、そういえばサトルはどれくらい使えるの?」
「俺? 全部で718だぞ」
「なっ……!?」
ユグドラシルの総魔法数は軽く六千を超える。
サトルの中では自分の使用魔法は総数の約10%という感覚だが、通常100LVプレイヤーが習得できるのが300だから、はっきり言って数がおかしい。
プレイヤーでは上の下という自己評価も、実際は疑っても良い話だ。
上の上プレイヤーは約500人とも言われている。
死霊系の魔法職でごく少数しか就いていない希少クラス『エクリプス』を持ち、全魔法職でも5%しか使いこなせない魔法コンボを操る技量。
フル重度課金に加え、仲間にも恵まれたギルド長という立場もあり、全身を神器級アイテムで統一しながら世界級すらも装備。
神器級の装備を1つも持たない100LVプレイヤーは珍しくはない。
それだけ製作に労力が掛かるからだ。
さらにそれ以上に貴重な世界級アイテムの数は200―――個人装備として考えても、サトル以上のプレイヤーが約500人(さらに上の中も加わる)も居るわけがない。
(たっちさんやウルベルトさんに比べたら、俺なんて弱いからなぁ……)
たっち・みーは全プレイヤーで9人しかいない、戦士職最強クラスのワールド・チャンピオン。
ウルベルト・アレイン・オードルは『アインズ・ウール・ゴウン』において、魔法職最強のギルドメンバー。
そんな2人を平然と基準にする―――サトルの認識が異常にハイレベルなことこそ、上の上プレイヤーの証でないだろうか?
習得魔法数718。
この世界では1つの魔法を習得するのに3~5年かかることも珍しくはない。
仮に大天才で半年で1つを覚える計算でも三百年は超える。
寿命のないアンデッドだとしても、気の遠くなるような時間が必要だ。
「……凄すぎて、私じゃなかったら信じない数だよ」
「へぇ、キーノは俺のこと信じてくれるんだ?」
「うん。サトルのことなら信じられるよ」
ごく普通に何でもない事のように言われたから胸にズシンと来た。
卑怯だと思う。
金髪の綺麗な女の子が、見返りも保証もなく信頼を預けてくるなんて。
本当に卑怯だと思う。
うれしく思う以外に選択の余地が無くて、それに応えるしかないじゃないか。
今日は魔法の話はおしまい。
日も暮れてきたので、二人は協力して野営のテントを準備し始めた。
アンデッドは疲労や睡眠とは無縁で休まずに活動できるが、魔法詠唱者として精神力の回復は必要だ。
夜行性の多い野生のモンスター相手に魔法を使って消耗するより、安全に過ごす方が理に適っている。
もっとも、種族として二人は暗視スキルを持つゆえに明かりはなく、キーノが独りで食べることを嫌がるので温かな食事もない。
(飲食不要のアイテムのこと、話したのは失敗だったなぁ……)
出費が浮くし、サトル料理できるの? という質問に撃沈されたのもあるのだが。
食事もなく、灯りも暖もなく、睡眠もない。
ただ―――
「おいで、キーノ」
「お、おじゃまします……」
いつも畏まるキーノの返事を微笑ましく感じつつ、気持ち的にローブにくるまり、肩を並べるように寄り添うだけ。
万が一に備えて接触発動の魔法が使えるように。
緊急の空間転移も選択できるように。
誰かが側にいる実感を味わうように。
ぼんやりとキーノの耳赤いなと思いながら、サトルは彼女の頭に手を差し伸べた。
食事もなく、灯りも暖もなく、睡眠もない。
ただ―――
かみ砕くようにゆっくりと言葉を交わして
眩しい笑顔に温かくなりながら
夢のある話で夜を明かすことはできる。
二次元裏@ふたばのオーバーロードスレに投下した分は以上。
これ以降は新しく作っていきます。