キーノの旅   作:ヘトヘト

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【# 最終話 オーバーロード 後編】

扉を出たデミウルゴスは、同格の友人に気づき微笑んだ。

ライトブルーの蟲の姿をした武人。

蜥蜴人(リザードマン)の部族や水棲モンスターが集う大湿地と、それに隣接する霜の竜(フロスト・ドラゴン)の生息地、アゼリシア山脈を統治するコキュートスである。

 

「モモンガ様の警護かい? 君も大陸の統治者の一人なんだから、部下に任せて王の仕事をしたらどうだい?」

「オ前ニ言ワレタクナイゾ、デミウルゴス」

 

扉の前でお互いに苦笑する。

偉大なる御方の命で領土を治めているが、出来ることならナザリック地下大墳墓の各階層に戻りたい。

 

「最後まで我々を見捨てなかった慈悲深き御方とは存じていたが、たった一人の娘の為に、まさか異世界を陥落させるとは」

「ソレデ、例ノ娘ハ?」

「ああ、無事に目を覚ましたよ。それと彼女に関してだが、モモンガ様の深謀は流石と言うより他にない」

 

おそらく少女はナザリックの一員となるだろう。

しかし、ナザリックの住人は外界の者を軽視する傾向にある。

その点を考慮して、モモンガ様は真名と『物語』を授けたのだと、デミウルゴスは少女との会話で察知した。

 

至高の御方たちの過ごされた栄光の物語を知る少女。

特にNPC達にとっては自分達が創造される以前の話など、創世神話にも等しい垂涎の情報だ。

ナザリックの住人にとって、彼女の持つ価値は計り知れず、一目置かれることは間違いない。

 

地下大墳墓(ナザリック)ノ新タナ住人カ……」

「神聖なる地下大墳墓が騒々しくなるのは、歓迎すべからざる事態だがね。しかし、君の懸念はそこじゃないだろう? 新たな妃候補の誕生だね?」

 

二人とも最後の主人に後継者を望む立場にある。

特にコキュートスは守り役を夢想しては舞い上がるほどだ。

 

「私としてはモモンガ様の直系のお世継ぎであることが重要であって、母親は誰であろうと構わない。

それに王妃候補が増えることは純粋に喜ばしい。

候補者が増えることで『彼女たち』も本気になり、より妃に相応しくならんと邁進するだろうから」

 

アウラを除く二人は、自分達の内どちらかが第一妃に選ばれると慢心している節がある。

それは至高の御方を陰日向から支え、比翼として尽くす姿勢に相応しいとは言えない。

 

「モモンガ様ノ喜ビハ我々ノ喜ビ。アノ御方ニハ、幸セニナッテ頂キタイ」

「同感ではあるが、その言い方だとモモンガ様が花嫁のようだよ?」

「ムッ、不敬ナ発言デアッタカ」

「まぁ、あの御方がお喜びになるのであれば、多少の事は私も目をつぶろうじゃないか」

 

例えば様をつけ忘れた不敬だとか。

胸の中で独白しながら、デミウルゴスは同僚と共に片膝を突き、臣下の礼を取った。

彼らの主人の足音が耳に届いたのだ。

 

 

            ※  ※  ※

 

 

扉がノックされた瞬間、キーノは反対側を向いてシーツを被り横たわった。

後ろめたさ全開の反射的な寝たふりの姿勢で後悔する。

悪い事をしたと思っているのなら、この出迎えはない。

 

いっそのこと、再び『精神墳墓(ナザリック)』を発動―――無理、時間が圧倒的に足りない。

 

扉の開く音。

近づいてくる足音。

目を閉じて緊張で固まっている少女は、全身が耳になった。

 

頭に乗る優しい骨の手の感触。

あっ……と思った時は、閉じていた瞳が熱くなった。

身体が幸せを覚えている。

 

「―――声を聞かせてくれないか?」

 

一気に少女の涙腺は決壊。

涙をこぼしながら、起きて相手の首にすがりつく。

嗚咽で唇が震えて、ゴメンナサイが途切れ途切れになる。

 

「泣き虫なのは変わらないな」

 

それは泣かす方が悪いのだ。

叱責と罵倒を浴びせられても仕方ないのに、こんなに優しく声を掛けられるなんて。

 

「この日をずっと待っていたんだ、キーノ」

 

その口調は威厳のある支配者モモンガでなく、万感の思いを込めたサトルのもの。

壊れ物を扱うように、そっと相手の背中を両腕で包む。

優しく抱きしめられて、少女は眠っていた年月の分だけ、赤い瞳から涙を流し続けた。

 

 

            ※  ※  ※

 

 

「二百年かかったんだ」

 

泣き止んだキーノに乞われ、サトルが説明をする。

 

「吸血姫の衝動を解決するべく、キーノの吸血鬼化を一から洗い直し、その儀式の解明に五十年。

同時に眠っているキーノの身を置く、安全な場所が欲しかったからな。

色々と邪魔してくる法国を叩く為に対抗勢力を作り上げて、国を建ち上げて。

周辺国家を陥としたり同盟を組んで、対法国の包囲網を完成させてが五十年。

 

そうそう、俺ってアーグランド評議国の議員に籍を置いた時期もあったんだぞ?

カッツエ平野を平定させたり、亜人と異形種の大連合も結成したり。

残りの百年は統治の安定化と、キーノの解呪と研究に費やしていたな……」

 

凄まじ過ぎて言葉が出ない。

寿命がなく、不眠不休で働ける不死者だから―――という要素で片付く話ではない。

 

「解呪手段を探す為に世界を攻略したら、ナザリック統一王国が出来たってところか。

ナザリック地下大墳墓が二百年後に転移してくると知っていたら、もう少し楽を出来たんだが……」

 

サトルが何を言っているのか解からない。

七人の守護者が各大国を治めているというけど、それって大陸全土だろうか?

 

「人間も亜人も異形種も関係ない。すべて同じ国の民だぞ」

 

夢のような途方もない話だ。

私まだ眠っていて、夢でも見ているのかな。

夢―――そういえば、サトルは『精神墳墓(ナザリック)』を解いたようだけど、一体どうやって?

それにサトルを見て、話していても喉が乾かない。

吸血姫の吸愛は治まっているのだろうか?

 

「その解決にヒントとなったのは、二人の魔法詠唱者だ」

 

一人は優れた死霊使い、リグリット・ベルスー・カウラウ。

百五十年前に接触した()()彼女はサトルに言ったのだ。

吸血姫の眠りが呪いであるのなら、呪いを解くのでなく、より強い呪いを掛けて上書きすれば良いと。

 

「吸血姫が不死者ならば、あなたや私みたいな死霊系魔法詠唱者の得意分野でしょう?」

 

解呪ばかり考えていたサトルにとって、その発想が契機となった。

 

そして、いま一人は大魔法詠唱者フールーダ・パラダイン。

彼が<第六位階死者召喚(サモン・アンデッド・6th)>を改良して作った、アンデッドを支配するオリジナル魔法。

神官の領域である死者を縛る力を、魔法の力で再現したもの。

LV35の死の騎士(デス・ナイト)を支配できない魔法であったが、それを知ったサトルが応用して完成させた。

 

<不死者支配(ドミネイト・アンデッド)>

 

<第十位階死者召喚(サモン・アンデッド・10th)>をベースに、各種魔法で効果を上昇。

さらにサトルの種族としての特殊能力(スキル)で強化させてある死霊系魔法。

 

吸血鬼は自らが親となり、血を吸った犠牲者を子とするモンスターである。

その系譜は絶対的な主従。

()()()()()始祖(あるじ)()()()()とする吸血鬼はいない。

その状態を構築する為の魔法(のろい)

 

 

「魔法が完成した時、老婆になっていた死霊使いにはこう言われたよ。

吸血鬼の王侯(ヴァンパイア・ロード)の支配を可能とするとは。お前様は、まさに超越者(オーバーロード)じゃな』と」

「つまり、それって……」

「俺は謝らないからな。キーノ・ファスリス・インベルン。我が眷族(かぞく)として命令する―――」

 

 

従者となった吸血『姫』と、地下大墳墓の『王』が視線を合わせる。

目を逸らすことは許さない、耳を塞ぐことも許さない。

これから口にするのは、そんな絶対尊守の―――

 

 

「もう俺を独りにするなよ、頼むからさぁ……!」

「っ……!」

 

 

絶対なる支配者の切なる願いを受けて。

サトルが泣けない分、再びキーノが涙を流す。

 

人魚姫が声帯を失わないのは新たな分岐。

眠り姫が目覚めるのはハッピーエンドな証。

白雪姫のように七人の山小人(ドワーフ)はいないが、七人の戦闘メイド(プレイアデス)がいる王国に招かれて―――

 

吸血姫は新たな一歩を歩み出す。

 

『キーノの旅』は終わったのだ。

旅とは飛び出しても、最後に故郷や家に帰り着くものなのだから。

故郷が死都となり滅んだ少女と、異世界から故郷に帰れない男は、第二の故郷に帰還する。

 

その名をナザリックという。

 

 

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