文化祭も二日目を迎え、校内は昨日よりも更に人で溢れかえっていた。
そんな中俺はといえば、執行部でも文実でもないのにめぐりや執行部、そして文実が詰めている文化祭本部に居た。
逃げ出すつもりは毛頭ないのだが、例え逃げ出そうとしても奥の机で目を光らせている平塚先生と厚木先生に阻まれてしまうだろう。
まあ、陽乃さんのステージの時間には解放してくれるみたいだし、全く自由時間を与えてくれていないというわけでもないから問題はないんだけどね。
「あのー。失礼しますー」
「ん?君は……」
「あ、平塚先生!」
少し暇だった為、体育館で行われているステージ発表のプログラムを眺めていると、本部の扉が開く音と共に聞き慣れた声が耳に入る。
「あ!颯お兄ちゃーん!」
「おー小町か!一人で来たのか?」
元気な声を発しながら俺の元へ駆けてくる小町を出迎えながら問う。
「うん、そうだよ。さっきお兄ちゃんに会って、颯お兄ちゃんはここにいるだろうって」
「そっか、もう八幡には会ったのか」
「うん。仕事してて驚いた!あのお兄ちゃんが」
小町は心底驚いたような表情を浮かべる。
まあ、確かに八幡が働くなんて珍しいどころじゃないしな。でも、その言い方は少し八幡傷付いちゃうんじゃないかな、小町ちゃんや。
「そーくん、ただいまー」
「おう、おかえり。めぐり」
小町との会話を楽しんでいると、来賓の対応をしていた執行部の一部とめぐりが帰ってくる。
めぐりの表情は少し疲れているようにも見える。間延びした声で俺を呼んでいることから、その疲れは相当なもののようだ。確かに長い時間帰ってこなかったしな。
「疲れてるみたいだな」
「うん。来賓の人がなかなか離してくれなくてねー」
「ほいほい、お疲れさん」
「うん。ふふー」
俺の元へ寄ってきためぐりの頭を撫でてやると満足したように笑みを浮かべる。相当疲れていたようで、既に甘えモードに突入しているようだ。まあ、朝から大忙しだしこうなるのも仕方ないと言えば仕方ないか。
「ほぇー……。ふむふむ。ほほー!」
「小町。一人で納得して怪しげな笑みを浮かべるのはやめなさい」
俺達の黙ってみていた小町が何かを悟ったような笑みを浮かべる。
この顔はまたよからぬことを考えている顔だな。
「ふぇ?あれ?もしかして。颯君、この子って」
めぐりもようやく小町の存在に気付いたのか、目をぱちくりしながら小町を見つめる。
「おう。こいつは俺の妹で、俺が世界一愛してる存在の小町だ」
まあ、世界一位タイだけどな。
「どーも!小町は、そこの頭おかしい颯お兄ちゃんの妹です!気軽に小町と呼んでくださいね!」
「あ、これはこれはご丁寧に!えっと、私は城廻めぐり。総武高校の生徒会長で、颯君とは三年間同じクラスだよ!」
小町の自己紹介に続き、めぐりが応えるように自己紹介をしていく。
そういえば、俺はめぐりの家族とも仲がいいけど、めぐりはうちの家族と全く面識がないんだよな。うちにも遊びに来たことないし。
それより小町ちゃん?頭おかしいは酷いんじゃないかい?俺は純粋に小町への愛を語っただけなのだよ?
「それにしても良かったです!めぐりお義姉さんみたいなお友達がいてくれて。颯お兄ちゃんってば、そういう噂を一つも聞かないので心配してたんですよ!そっかそっか、なるほど。こんな可愛い人がそばにいたんですねー!」
小町ちゃん、お姉さんだよね?字、間違ってないよね!
「か、可愛い!?そ、颯君!可愛いって!こんなかわいい子に可愛いって言われちゃった!」
お、おう。落ち着けよめぐりさんや。可愛いがゲシュタルト崩壊しちゃうよ。
「まったく。颯お兄ちゃんも隅におけないなー。こんな可愛い人を小町に紹介してくれないなんてー」
「あのなぁ。めぐりが可愛いのは認めるけどさ、別にそういう関係じゃないぞ?」
『え?』
え?いや、なんでこの部屋の全員がこっちを向いて嘘だろ?みたいな顔してんだよ。厚木先生までぽかんとしちゃってるじゃんか!
「あー、えっと……」
「比企谷妹。それが事実なんだ。こいつらは付き合っていない」
「……颯ごみいちゃん!」
「いきなり過ぎる!」
なぜ俺はいきなり罵倒されないかんのだ!ごみいちゃんは八幡の専売特許じゃなかったのかよ!
「あははー……」
「めぐりお義姉さん、すみません。こんな兄で……」
「ううん。颯君はこれでいいんだよ。こんな颯君でも……」
そこから先は小町への耳打ちに変わり聞こえなかった。……俺は事実を言っただけなのに!
「はぁ……。颯ごみいちゃん!小町は結衣さん達に会いに行ってくるから!」
「えっと、付いていこうか?」
「必要なし!」
「あ、はい」
それだけ言い残すと小町は文化祭本部を出ていった。
颯ごみいちゃんは定着しちゃうのね……。
「あの、めぐり?」
「颯君は気にしないでいいんだよ。それでいいの。颯君の言ったことに嘘はないんだから」
その慈愛に満ちた表情を見るとなんか申し訳ないよ!執行部や文実の連中もそんな目で見るな!なんなんだよもー!
「ほんと、毎回毎回驚かされるよ。あの人には」
「そうだねー。ああいうのをカリスマっていうんだろうねー」
俺とめぐりは体育館の一番後ろに立ち、高校の文化祭ではめったに見られないだろうオーケストラの演奏を聴いている。
音を奏でるのは我が校のOB、OG達であり、その中心に立ち、絶対的オーラでオーケストラを率いているのが雪ノ下陽乃だ。
「まあ、陽乃さんも凄いけど……」
「あはは、双葉さんだよね」
「ああ、あの人も相変わらずだよ」
俺達から見て陽乃さんの左側に座るヴァイオリンを持つ女性。彼女こそ、一の姉であり、俺達の直接の先輩である
陽乃さんと並んでも劣ることのないオーラは流石と言わざるを得ない。
「終わったか」
「凄かったねー」
やがて、陽乃さん達の演奏が終了し、陽乃さん達は次の演者と入れ替わるように舞台袖へはけていった。その最中でも観客からの拍手は収まることがなかったことは言うまでもないだろう。
「会いに行く?」
「そうだな。双葉さんと話すのも久しぶりだし」
「そうだね。じゃ、行こっか」
「おう」
俺とめぐりは陽乃さん達に会いに舞台袖へと向かった。
「どもー」
「お疲れ様でーす」
「あ!颯太ー!めぐりー!こっちこっちー」
舞台袖へ到着すると、そこに陽乃さん達の姿はすでになく、体育館裏へと移動したと聞いた為、俺達は体育館裏へとやってきた。
到着すると、一番に俺を見つけた陽乃さんが大きな声を上げながら手を振る。
「ねーねー。どうだった?凄かったでしょ?」
陽乃さんの元へたどり着くと、陽乃さんがニヤニヤしながら絡んでくる。
この人、自分が凄いことくらい分かっているくせに聞いてくるからうざいんだよなぁ……。こういう時は無視だ。今日は幸いなことにそうできる口実もいるしな。
「お久しぶりです、双葉さん」
「おや?陽乃を無視してもいいのかな?顔がみるみる膨らんでいくよー?」
「いいんですよ。無視してもしなくても絡まれるのは同じなんですから」
「颯太君も大変だねー」
「慣れましたよ」
こんな会話も久しぶりだ。
そんな懐かしい会話と共に改めて綺麗な人だと感じる。
陽乃さんと同じくらいか少し低めの身長に長い黒髪、圧倒的なスタイルに親しみやすい言動。本当に非のつけどころが全くない。一が惚れ込むのも仕方がないな。
「めぐりんとは仲良くやってるみたいだね!」
「まあ、仲はいいと思いますよ。大事ですし」
「言うねぇ。格好良いぞ、少年!うちの一と良い勝負だ!」
「双葉さんに言われると悪い気はしませんね。でもまあ、一には負けると思いますよ」
あいつの格好良さは半端じゃないからな。男の俺が何度惚れかけたか解らない位だぞ。あれじゃ、女の子が惚れるのも仕方ないよ。
「双葉さんこそ、彼氏さんとは上手く行ってるみたいじゃないですか」
「ふふ、一から聞いた?」
「ええ、婚約までしたって聞きましたよ」
「まあね。今は口約束でしかないけど。それでも、私達にとっては大事な約束だから」
そう語る双葉さんの表情は本当に幸せそうなもので、辺りを通りかかる男子生徒が思わず見惚れてしまう程だ。こんな表情をさせることのできる彼氏さんは、相当周りからうらやましがられるだろうな。
「一も認めてくれてるし、問題はないかな」
「ですね」
双葉さん達が婚約するにあたって、一番の懸念事項が一だったらしい。いくら彼氏さんとの仲に問題がないと言っても、婚約となると話が別と考えていたらしい。
しかし、ふたを開けて見れば、一も最初から二人が結婚するものだと考えていたらしく、あっさり祝福されてしまったらしい。一らしいと言われればそうだが、心配していた二人からしてみれば大分肩透かしを食らったようだ。
「……あはは。そろそろ颯太君を返してあげないと、二人に恨み殺されちゃうよ」
「あー……」
「相変わらずモテモテだねー」
「そんなんじゃないですよ……」
俺は溜息を吐きながら頬を膨らませながらこちらを見る陽乃さんと、苦笑いを浮かべてはいるが、明らかに寂しそうにしているめぐりの元へと戻っていった。
長いようで短かった文化祭も大詰め。そろそろ閉会式が近づいていた舞台袖では、ちょっとした……いや、大分大きなトラブルが起こっていた。
こうなることは容易に予想できた。
そう、委員長ちゃんが姿を消したのだ。
既に執行部は委員長ちゃんを探しに出張っており、葉山君達はSNSなどを通して情報を集めている。更に、時間稼ぎとして葉山君達がもう一曲演奏することを申し出てくれた。
しかし、それでも足りない。
そう思ったところで雪ノ下さんが口を開く。
「もう十分あれば見つけ出すことが出来る?」
それは八幡に向けた言葉。
それに対して八幡は『わからない』と答える。そりゃそうだ。目撃情報がない今、委員長ちゃんを見つけることが出来る可能性は未知数。文字通りわからないのだ。
だが、それを聞いて雪ノ下さんは満足したように頷き、ある人へと電話を掛ける。
結果として、雪ノ下さんが呼び出したのは自分の姉だった。
いつもの飄々とした態度で現れた陽乃さんは、その態度を崩さないまま文句を垂れる。しかし、そんなものは気にしないとばかりに、雪ノ下さんは単刀直入に要件を伝える。
「姉さん、手伝って」
普段の雪ノ下さんなら絶対に言わない言葉だろう。それが、陽乃さん相手ならば尚更だ。
そんな雪ノ下さんを見て、陽乃さんは案外すんなりと承諾する。雪乃ちゃんのお願いなら……と。しかし、雪ノ下さんはそれを否定した。
これはお願いではなく、命令だと。命令に従ったことで生まれるメリットも合わせて述べた。
そして、陽乃さんはそれも承諾した。
結果として、雪ノ下さん、陽乃さん、平塚先生、めぐり、そしてサポートヴォーカルとしてガハマちゃんとでバンドをすることになった。
なったのだが……なーんかつまんねえなー。
こんな面白そうなことに俺が何もすることが出来ないなんてつまらなすぎる。こういうところは陽乃さんに影響されたんだろうなー。
しゃあねえ、ここは横槍を入れさせてもらうとしましょうか。
「ちょっといいかな?」
「先輩?どうしたのかしら」
俺の突然の横槍に雪ノ下さんが反応する。
「八幡。もう五分あれば見つけられる可能性は上がるな?」
「は?……いやまあ、そりゃ上がるだろうけど」
「そっか」
「どうするつもり?」
雪ノ下さんは俺が何かをしようとしていることに気付いたのだろう。何か怪しむような顔で尋ねてくる。
「雪ノ下さんとやることは変わらないよ。めぐり、陽乃さん、平塚先生、できますよね?」
「もう、颯君はいつも首を突っ込みたがるんだから」
「仲間はずれが嫌なだけだよねー」
「私は構わん」
俺が三人に問いかけると、三人とも苦笑いを浮かべながら頷いてくれる。
やろうとしていることは簡単だ。雪ノ下さんと同じく、バンド演奏をすること。
「兄貴、楽器は……ってそうか。兄貴はギター弾けるんだったな」
「おうよ。誰かさんにみっちりしごかれたからな」
まあ、魔王だが。
「でも、歌は……」
「はっはっは!二年前、雪ノ下陽乃バンドのギター&ヴォーカルを務めたのは誰だと思ってるんだよ」
「まさか、あの時の男子は……」
「そう。俺だよ」
雪ノ下さんはあの時のバンドを見てるから男子がいたことも知っているのだろう。そう、二年前、雪ノ下陽乃、平塚静、城廻めぐりが参加したバンドには、ギター&ヴォーカルとして俺も参加していたのだ。
「……任せたわ」
「任された」
それを確認した八幡は静かに行動を開始していく。
それを目敏く確認した雪ノ下さんとガハマちゃんは八幡に向け、信頼のこもった言葉を投げかけた。そして、応えるように手を上げる八幡を見たとき俺は確信した。
八幡が自分で傷つけた傷を癒す存在。それは彼女達なのだと。
ステージでは現在雪ノ下さん達が準備をしている。
その様子を眺めていた俺の元へ葉山君が近づいてくる。
「どした、イケメン」
「いえ……」
歯切れの悪い返事を返す葉山君はそれっきり黙ってしまう。
「……委員長ちゃんの取り巻き二人を連れて、屋上へ行け」
「え?」
「多分、委員長ちゃんはそこにいる。八幡も一緒だろ」
「でも」
「行けって言ってるんだよ」
「……わかりました」
少々語気を強めて言うと、葉山君は足早に舞台袖を後にした。
「……もしもし、材木座君?うん、ありがと。じゃ。……ふぅ」
電話を切ると、小さく溜息を吐く。
居場所を知っているなら自分が向かえばいいと、葉山君はそう思ったのだろう。しかし、それじゃだめなんだ。八幡のすべてを肯定できる、そんな性格をしている俺が委員長ちゃんをここへ戻すことなんてできないのだ。
頼んだぞ。イケメン。
この舞台に立つのは二年ぶりだ。
後ろにはあの時と同じメンバー。目の前にはあの時の俺達を知る三年生の姿も多くある。
えっと、その、まあ、すっげえ緊張するんだけど。
「まあ、こういう場に出てきたのはいいんだけど、緊張して言葉が出てきません。どうしたらいい?」
マイクの前で棒立ちする俺に皆は爆笑。後ろの陽乃さんなんてお腹を抱えて笑いこけている。
「二年前、覚えてる三年生は忘れてくれ。一言目で噛んだ俺のことは忘れてくれ。あれ以来、人前で歌うのが凄く嫌になったんだ」
『みんなー!もりあがってりゅかー!』
「やめろと言っているのがわからんのかー!」
そんな俺の言葉により一層笑いが大きくなる。
実はこれ、本当にあった話で、本当にあれ以来人前で歌うのが嫌になったのだ。その為、以前カラオケに行った時も断固として歌わなかった。
「とまあ、そんなこと言ってても時間が経つばかりなんで、さっさといきますよー!んじゃ、聞いてくれ!『本物と歩む道を』」
俺は、舞台袖で目を赤く腫らした委員長ちゃんがいることを確認すると、声高らかに歌いだした。
よくやった、八幡。
短かったはずなのにとてつもなく長く感じた文化祭がすべて終了した。
帰ってきた委員長ちゃんの挨拶はハッキリ言って最悪。まるで聞けたものではなかった。だが、挨拶をしたことには変わりない。これにて、雪ノ下雪乃……いや、奉仕部が請け負った依頼は完遂された。八幡という犠牲を伴って。
しかし、俺は心配していない。あいつには、支えようとしてくれる者がいるのだから。
「お疲れ様」
「おう。めぐりもな」
先程まで八幡と言葉を交わしていためぐりが隣に立つ。
「やっぱり、素直に褒められないかなー」
「それが普通なんだよ。例え事情を知っていたとしても、八幡のやったことは決して褒められることじゃないんだ」
「そうだね。でも、素直に怒れないのも事実なんだよね」
「めぐりの責任じゃないぞ」
「うん。でも、やっぱりそういう風に考えちゃうんだよね」
それは仕方のないことだ。でも、どうすることもできなかったのも事実である。だから、俺はめぐりに対してそう言うことしかできない。
「颯君。頭、撫でて」
「おう」
俺は言われるがままにめぐりの頭を優しく撫で続ける。
「よし。元気でた!颯君」
「ああ、行ってくる」
「八幡」
「兄貴か」
陽乃さんと平塚先生が去ったあと、俺は静かに八幡の後ろに立つ。
「こっちを向かなくてもいいよ」
「……」
こちらを向こうとする八幡を手で押さえ、そのまま手を頭へと移動させる。
「よくやった」
「平塚先生には説教されたよ」
「説教にもいろんな種類があるだろ?」
おそらく、平塚先生も八幡を責めるような説教はしていないはずだ。あの先生はそういう先生じゃないからな。
「俺はお前の味方だ。お前をどこまでも支えてやる。愛してるぞ、八幡」
「……きめぇよ」
俺は体育館にめぐりしか残っていないことを確認すると、そっと八幡の頭を抱き寄せた。
そして、区切りをつけるように八幡の背中を押し、笑顔と共に八幡が動き出すのを見守り、見えなくなるまでそれを崩さなかった。
「あとは、頼んだよ」
どうもりょうさんでございます!
今回はなんとも文字数が多いでございます!ということで、文化祭編終了でございます!これからも読んでいただけると嬉しいです!
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