艦娘哀歌   作:絶命火力

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幕間篇 黒潮との約束
COG.1 -「赤い休暇」


 陽光が照らすリノリウムの床にポトリ、と灰が落ちる。灰からは僅かに煙が上がるが、すぐに止んだ。

 落ちたことに気付いたのか、誰かが覗き込み、影が灰に覆いかぶさる。暫くすると上から小さな箒と塵取りを持った手が伸びてきて、灰は僅かに鈍色の痕を床に残して消え去った。

 

「おっと……しもたな。おおきに、ありがとうな」

「いえ、()()では無理でしょうから」

「せやなあ。いやあ、また怒られてまうわ、『ちゃんと灰皿に落としてください』って。ホンマは煙草(コレ)もアカンらしいんやけど多目に見てもらっとるさかい、きちっと自分でやらなアカンのやけど……ホンマ、不便でしゃあないわ」

 

 黒潮は煙草をふかしつつ、愚痴を込めて自らの足を眺めた。ベッドに座る黒潮、その病衣から伸びる脚は片方が脛から下、もう片方が太腿の中間近くから先が無くなっていた。加えて言えば、黒潮の頭部には裂傷の痕跡が、その部分だけ抜け落ちた髪の毛の筋として残っていた。とはいえ裂傷自体は完治していて、身体の他の部分にもほぼ全く――脚を除いて――目立った戦傷の跡はなかった。

 ベッドの脇には『医務室03』と黒字に黄色のテープが貼られた車椅子と銀色の点滴スタンドが置いてある。今この時も、黒潮は左腕に点滴を受けていた。

 

「片足は一度(いっぺん)やったことあるんやけど、今回は両方やからなあ、初めてで(なん)もできへん。まあ、とりあえず左足治るまではちょっとの辛抱やわ」

 

 そう言って笑うと、黒潮は左脚をプラプラと振った。反動でベッドが軋み、ギイギイと音を立てた。男はふと、点滴スタンドに掛かっている点滴バッグに視線を向けた。『修復液』という素っ気ない名前と『桜に錨』のマークが印字された点滴バッグには、まだ半分ほど無色透明の液体が入っていた。

 

「これが例の修復剤ですか」

「せや。これぞ人類の科学と叡智の結晶! ……ちゅうよりかはオカルトSFオーパーツやな。まあ信じられへんわなあ、つい三日前までボロ布みたいやったのがここまで()()んやからなあ。何かしらやらかす度に毎度毎度世話になっとるけど、つくづく()()()代物(しろもん)やとウチも思うわ」

 

 黒潮は感慨深げに左腕を眺める。黒潮の体内には一滴一滴、ゆっくりと修復剤が流れ込んでいる。

 

「話には聞いていましたが、こうも現実の光景で見るとなると驚きですね。やはり……かなり痛みますか?」

「そら痛いんは痛いけど、まあこんなん慣れっこやで。どうってことあらへん。なんぼ痛い()うても土手っ腹に五インチ喰らうよりか、魚雷で足吹っ飛ばされるよりかは()()()()マシやわ」

 

 ふてぶてしく黒潮は笑う。再び咥えていた煙草から灰が零れ落ちそうになって、黒潮は慌てて灰皿を下に持って行った。灰は無事に灰皿に落ちた。安堵の溜息を吐いた。

 

「まあ、お蔭でこの通り快調なんや、修復剤サマサマちゅうこっちゃ」

「お元気で何よりです」

「せやろ。アンタも焦ったやろうなあ、ウチのこと聞いた時は。『それが彼女の最後の言葉だった』なんてなるかと思ったんちゃう? 何ちゅうんやっけ……せや、死亡フラグ、ちゅうやつやな」

 

 黒潮は冗談めかして笑った。男も困ったような顔をして笑った。

 

「ええ、それはもう……」

 

 男は三日前のことを思い返す。あれは確か、別口の仕事の為の取材を終えた時のことだった――

 

 

――――――――

 

 

「――以上で本日の取材は終了です。また明日、よろしくお願いします」

 

 男はそう言うと目の前の、制服に白衣を来た医官に礼をした。医官――歳の程は三〇といったところの小柄な女性医官――は微笑む。

 

「ええ、こちらこそよろしくお願いしますね」

 

 それでは、と男は座っていた丸椅子から腰を上げた。ちょうどその瞬間、医務室の電話が鳴る。

 

「はい、基地医務室。屋城(やしろ)です」

 

 電話を取った医官は、すぐに目を開けて少し驚いたような表情をした。ちらり、と男の方を見る。

 

「――はい。了解です。こちらでも準備をしておきます。場所は――第三ヘリポートですね? はい――はい。容体は? 乙液の塗布は……完了済みですか。はい――」

 

 医官は受話器を肩で挟み、デスクからメモを取り出して何やらメモを取り始めた。ただの線にしか見えない、走り書きの文字が見える。

 男が察するに、怪我人が出たようだった。浮かした腰を下ろし、その様子を眺める。

 医官は一度受話器を置くと、再び受話器を上げ、どこかに連絡を入れていた。何かの指示を出しているようだった。それはそこまで長くなく、すぐに終わった。そして医官は溜息を吐くと男に向き直った。

 

「急患ですか?」

「ええ……船舶護衛中の第三艦隊が襲撃されたみたいです。潜水艦の雷撃で大破した艦が出た、と。今から回収部隊が出るようです」

 

 言いながら医官は白衣の胸ポケットから緑色のヘアゴムを取り出し、セミロングの栗毛の髪を一つに結んだ。そのままデスクに置いてあったキャップを被り、髪を後ろに通す。青色のキャップと白衣は何ともちぐはぐは見た目だった。

 

「第三艦隊?」

 

 男は思わず声に出した。第三艦隊、それは黒潮が所属している艦隊だったはずだ。まさか、と男は思った。

 

「その、大破した艦というのは……?」

「黒潮です。小破ならよくありますが、大破なんて最近では珍しいことですね」

 

 悪い予感ほどよく当たるものだった。

 黒潮! その言葉を聞いた途端、男の表情が強張った。無意識にペンを強く握っていた。

 そんな男をよそに、独り言のように「何か不測の事態があったのでしょうか……」と医官は呟く。

 そのまま双方とも黙ってしまい、医務室には空調の雑音しか聞こえなくなった。固まったように、どちらも動かなかった。

 最初に動き出したのは医官だった。

 

「おっと……こうしちゃいられない。それでは、私は受け入れ準備に行きます、ではこれで」

 

 そう言うと医官は席を立った。

 男はそれを呼び止めた。「あの、屋城一尉――」

 

「ご同行しても構いませんか?」

「……まあ、よいですよ。ついて来てください、急ぎますから。あと、血とかは大丈夫ですよね?」

 

 

――――――――

 

 

 少し暗い空色のUH-60Jが誘導員の手信号の下、ヘリポートへ降りてくる。ダウンウォッシュが近くで待機する男たちに振りかかる。

 やがて無事に着陸したヘリコプターから、寝袋のような袋に包まれた黒潮が運び出された。ストレッチャーへの載せ替えの為に、袋が開け放たれ、黒潮の身体が曝される。載せ替えられると、医官が近付き、ヘリの救護員に敬礼し、黒潮の状態を確認し始めた。

 

 黒潮の全容が目に入った時、男は思わず一瞬目を逸らした。黒潮は満身創痍だった。頭を切ったのか顔は血が固着していて、爆炎に晒されたのか髪が焼け焦げている。一つ結びにしていたはずの髪は解けていた。制服や皮膚も同様で、焦げて穴が空いた制服の先には真っ赤になった肌が見える。そして最も目立つのは、脚だった。

 

 ストレッチャーに横たわる黒潮。焼け焦げ、また血で染まったのか所々変色している制服のスカート先に、本来ならあるはずの脚がなかった。今は出血はしていないようだったが、男には見ていて――たとえその部位は見えずとも――痛々しく感じられた。

 

救急車(アンビ)へ」

 

 確認を終えた医官が看護官へ指示を出す。ストレッチャーが動き出し、待機していた救急車へと向かう。男もそれに続いた。

 

 

 医官によって黒潮になされた処置自体は、負傷内容からすると極めて簡素で、門外漢の男には不安に感じられた。

 今は黒潮は頭には包帯を巻かれ、焼けた皮膚には大きな絆創膏が貼られていた。とはいえ、なされた処置といえばそれだけだった。制服は病衣へと着替えさせられ、脚部が――実際は大腿部の付け根が――露わになっている。そのせいでより一層失われた脚が目立った。

 医務室の入院ベッドに移された黒潮は眠りこけていた。その前に、男と医官が――既にキャップを脱ぎ、髪型も元に戻っている――立っている。男は不安げに黒潮を見つめた。

 

「これで大丈夫なんですか?」

「ええ、大丈夫です。じきに回復しますよ」

「浅学で失礼なのですが、脚は……?」

 

 恐る恐る、男は尋ねる。もう戦場に立てないのでは、という思いが脳裡にあった。

 

「ああ、ご存知ないですか。治りますよ、完全に」

 

 医官の言葉はあっさりとしていて、何でもないという風な言い様だった。

 対する男は驚きの表情を見せる。

 

「治る……?」

 

 全くもって信じられない、と言外に――そして表情に――溢れ出ていた。

 そんな反応は慣れているのか、医官は苦笑しつつ説明する。

 

「はい。まあ有り体に言えば、生える、ですかね。甲液の――あ、修復液の部内名称なんですけど――その効果です。とはいってもあそこまで派手に脚をやったので前線復帰には二週間ほどかかるとは思いますけども」

「二週間ですか」

「ええ、本来なら甲液の投与で三日四日もすれば復帰できるんですが、投与量の基準がかなり古い時期のものでして。その基準だと現在では艦体への負担が大きいので、ここでは甲液の投与を通常よりゆっくり目にしているんです。何と言っても薬も毒ですからね」

 

 まあ、この基地はそこまで逼迫していませんから多少は余裕がありますし、と医官は笑う。

 ()()()()()()、という意味合いで男は言ったが、医官はどうやら男の言葉を()()()()、という意味合いで捉えたようだった。

 いずれにせよ、男には信じ難い話には変わりなかった。確かに、男はこれまで修復剤の話をいくつか聞いていたが、こうして現に傷ついた艦娘を前に、果たしてその話は本当なのかと思わずにはいられなかった。

 男は再度、黒潮を見つめた。黒潮はまだ深い眠りにあった。

 

「確か、黒潮と約束していたんでしたっけ? とりあえず、いくらか回復したら連絡しますから、心配しないでください」

 

 病室から出ようとしていた医官が振り返り、男に向かって声を掛ける。このまま放っておくとずっと男がこの場に留まるんじゃないか、と思ったのかもしれない。

 

「ええ、お願いします」

 

 男は医官に頭を下げた。

 

 

――――――――

 

 

 男は黒潮の脚を見つめる。こうして現に“生えて”きているとはいえ、未だ現実のものとは思えなかった。

 

「しかし、どうしてまたここまで重傷を?」

「まあ、()うてしもたらアレやな、不注意や。魚雷に、そもそも敵潜に気ぃ付いたんが遅かった。気ぃ付いた時にはもう直撃コース、このままやったら貨物船轟沈まっしぐらや。ほなどないするか? 貨物船はもうしゃあないから、とりあえず敵潜だけでも沈めるか? いや、(ちゃ)う。魚雷を誰かが止めるしかあらへん。一番(いっちゃん)最初に気ぃ付いたんがウチで、ウチが一番(いっちゃん)近かった」

「その、つまりは……盾、ということですか」

 

 男は何とも言いづらそうに「盾」という言葉を発した。

 黒潮は男の言葉に一瞬驚いたような表情をした。黒潮は首を左右に振る。「いやいや――」

 

「それは(ちゃ)う。最初からそんな自己犠牲に打って出はせえへん。まだ魚雷到達までちょっとやけど余裕があった。やれることはやる。ギリギリまで深度調節した爆雷を――殆ど着発レベルや――進路に()って、衝撃波とバブルパルスで魚雷を狂わす、あわよくば爆発させるんや」

 

 まああくまで理想や、あくまでな、と黒潮は付け加えた。

 

「それで上手いこと行かんかったら、後は神様仏様に祈って主砲弾――時限信管にセットしたやつ――と機銃を海ん中に撃ち込む。やらんよりはマシやし、たまーにそれで上手いこと爆ぜることもある。それでもダメやったら……駆逐艦一つで物品仰山積んだ船守れるんやったら御の字やな。まあこれは最後の最後、もうどないしょうもあらへん、って時の手段や」

「爆雷で魚雷を……そんなこと、できるんですか?」

「できひんことはあらへん。実際、びっくりするくらい綺麗に上手いこと行った。魚雷四本、オールクリアーや」

 

 せやけど、と言うと黒潮は煙草を灰皿に押し付けた。煙草を新しく取り出して、再び吸い始める。煙草は男が差し入れたものだった。

 

「油断した。完全にウチの落ち度や。遅れてもう一発、魚雷が来とったんや。気ぃ付いた時には遅かった、他の艦は撃ってきた敵潜の攻撃(キリング)群狼戦術(ウルフパック)を警戒して敵潜捜索(ハンティング)しとって間に合わん、ウチしか無理や。せやけど装填したある爆雷は即応用だけやったから、もう残り一個しかあらへんかったんや」

 

 黒潮は強調するように、人差し指で「一」のサインを作った。「一個、たった一個や」

 

「こうなったら絶対に爆雷は外されへん、しかも気ぃ付いたんが遅かったせいでいっこも余裕があらへんかった。せやから、主砲や機銃だのはもう諦めて、魚雷の進路に突っ込んで……最後の手段や、前方ほぼ真下に爆雷落っことした。タイミングはバッチシや。まあ、結果はご覧の通り、ちゅう訳や」

 

 黒潮はパンパン、と左手の甲で太腿を叩いた。点滴器具がそれにつられて揺れた。

 

「あん時は、まあ手前やし直撃やないから何とかなるやろ、と思っとったんやけど、どうも前線で報告のあった新型の魚雷みたいやったわ。そんでこのザマや。先に爆破した時も何か変やなと思ったんやけど、炸薬量がえらい多い魚雷やったんや。もしちょっとでも遅れてウチに直撃しとったら……と考えたら怖気(おぞけ)が走るわ」

 

 言葉とは裏腹に黒潮は笑っていた。「運が良かったわ」

 その言葉に、ふと男は以前黒潮が語った言葉を思い出した。

 

「何だかんだ()うても、まあこれで晴れて休暇、ちゅう訳や。なあーんもでけへんけどな。まあ、アンタとお喋りするくらいやったらできるな」

 

 ほな、と言うと黒潮は車椅子を引き寄せた。「前に約束した、あの話の続きをやろか」

 黒潮は男に向かって笑う。明るい笑顔だった。

 

「ちょっと日程早まったけど、どうせアンタ暇やろ? わざわざウチを見舞いに来るくらいなんやからな」

 

 黒潮の言葉に男はええ、まあ、と苦笑いする。現状、これといって優先的に消化する仕事はない、図星だった。

 サイドボードに置いてあったヘアゴムを取ると、黒潮は髪を――黒潮の髪は少し短くなっていたが――一つ結びにした。「だいたいそんなとこやろうと思ったわ」

 そのまま黒潮は器用に車椅子に一人で座ると、点滴バッグを移し替え、車輪を握る。ゆっくりと、漕ぎ始めた。

 

「ずっとここでベッドの上なんかに居ったら干物になってカラッカラに乾いてまうわ、外で話そか。ちょっと、潮風に当たりたいわ」

「車椅子、押しますよ」

「いらへん、これもリハビリや。だいたい押してもらうなんて情けなあてしゃあない、そんな、病気やあれへんのやから」

「いや、黒潮さん、怪我ではあると――」

 

 男の申し出をあっさりと断ると、黒潮はさっさと病室を出て行った。意外にも移動速度は早い。男は慌てて後を追った。

 

 

――――――――

 

 

 医務室では穏やかに感じられた陽光も、いざ窓ガラスと空調を取っ払ってしまえば元の姿に、厳しい日差しに戻ってしまっていた。

 急な温度変化に、一気に汗が吹き出てくるように感じられた。男は額を拭う。

 黒潮は埠頭の方へ車椅子を漕ぎ出していた。埠頭には一隻の貨物船が停泊し、今も貨物の積み下ろしが行われていた。

 

「あれが――」

 

 ようやく追い付いた男が貨物船を見つつ言った。

 黒潮はやはり煙草を咥えていた。車椅子を漕ぎながら、時たまいつの間にか持っていた携帯灰皿に手を戻して灰を落としていた。

 

「黒潮さんが守った貨物船ですか」

「せや、ご覧の通り物資満載しとる、確かこの後にヤップにも行くはずや、こっちはまあ寄り道みたいなもんやな。積み荷は――あら(あれは)長良型の艤装やな、向こうのは……何やあのデカブツ、ヘリのローターブレードやろか――まあ、色々あるな」

「駆逐艦一つで……」

 

 男は独り言のように呟く。小さな艦娘と巨大な貨物船を無意識の内に見比べていた。本当にそうかもしれない、と一瞬思ってしまうほど、その差はあまりに大きかった。

 

「ウチが居らん間、色々話聞いて回ったんやろ? 何か、わかったかいな。アンタも前とはちょっと(ちゃ)う感じやな、その感じは何か、掴んだんかな」

 

 黒潮は男の顔を見上げ、じっと見つめた。

 男は首を左右に振る。「いえ。色々と皆さんからお話は伺いましたが……更によく、わからなくなりました」

 黒潮は破顔する。煙草を咥えたままだったので、抑え気味の笑いだった。

 

「そらぁ……せやろうなあ。ウチ含め、色んな連中が好き放題に()うんやからなあ。何や、どこがわからんかったん?」

「何もかも、でしょうか。皆さんの行動というか、心、というか……」

「『心』ねえ」

 

 心、と黒潮は再度呟いた。「ウチらにあるんかな、それは」

 黒潮の言葉は自問自答するような、それでいて男に問いかけるような響きを持っていた。

 

「そりゃあ、あると思いますよ。現に皆さん、笑ったり、怒ったり……泣いたりしている。『心』がないと、そんなのできないと私は思いますよ」

「えらい安請け合いやな。そら『志願』の連中やったらまああるやろう、元はアンタと同じやさかいな。せやけどウチら『建造』の連中に、それがホンマにある、ちゅう()えるやろか」

 

 ウチの()()()を聞いても、ホンマに言えるか、と黒潮は男に鋭い視線を投げかけた。

 

「満潮さんの話、ですか」

「せや、ウチらはな、何もかもがどうにでもなるんや。この身体だけやない、アンタの()う『心』もな。そんなんがホンマに『ある』ちゅう()えるか? どうや?」

 

 半ば詰問するかのような調子の黒潮に、男は言葉に詰まる。

 黒潮は溜息を吐いた。

 

「まあ、この話には終わりはあらへん、延々いつまでも堂々巡りや。この辺でヤメにしとこか……よし、あっこでええやろ」

 

 黒潮は一方的に話を打ち切った。いつの間にか、工廠の近くまで来ていた。

 そのまま黒潮は工廠の脇へと向かう。あの先は確か、と男は記憶を掘り返す。名無しの『艦娘』慰霊碑があったはずだった。

 予想通り、向かった先には小さな慰霊碑が立っていた。慰霊碑の向こうには海が見える。

 男の記憶には全くなかったが、慰霊碑の近くには工廠で出た廃材で作られたらしきベンチが置いてあった。慰霊碑のある場所自体が工廠の陰になっているせいか、それともどこからか冷気が漏れているのか、吹いてくる風に意外な程涼しさを感じた。

 

「ま、座りぃや。話はゆっくり聞かさしたるさかいな」

 

 車椅子をベンチの横に器用に止めると、黒潮はベンチを手でコンコン、と叩いた。


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