艦娘哀歌   作:絶命火力

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COG.2 -「同期の艦」

 ウチが『建造』されたんは昭和十五年、場所は大阪の……と、ジョークやジョーク、ホンマは八年前に『建造』されたんや。現行の陽炎型駆逐艦の初期先行量産型としてや。

 場所は一応軍事機密やから言われへんよ……まあ、昔と(おんな)じで大阪、とだけ()うとこか。他にも色々あるんやけど全部ひっくるめて機密やから前に同じやな。

 『建造』されてからは半年は訓練所で――これも場所は機密やけど――訓練して、そっからまず最初は北へ行かされた。

 幌筵(ぱらむしる)……? ああ、違う違う(ちゃうちゃう)千島列島(北の果て)の最前線やのうて大湊の基地や。まあ大湊(あっこ)も前線()うたら前線やけども。

 八年前、正確には七年半前か、そん時は北の方の戦線は落ち着いとった。深海棲艦(あいつら)も散発的にしか出て()えへんかったんや。南方は激戦地やったのは知っとるやろ。

 大湊にはウチと同じ時に『建造』されて訓練所でも一緒やった同期の満潮と村雨も行った。そや、どっちも当時の現行型の駆逐艦や。お上もアタマ逝かれてもうたんか知らんけど、そうや、お察しの通り全て藤永田造船所建造の艦(かの時代と一緒の揃い)ちゅう訳や。『建造』した場所が一緒やったからか、そういう命名基準やか何やか知らんけど、ノスタルジーもエエ加減にせい、てとこやなあホンマに。態々一緒にせんでもよかったやろうになあ……。まあ、それ()うてしもたら()()昔の駆逐隊と一緒の艦隊なんかはどないやねん、って話もあるんやけどな。

 

 ……早速話が逸れてもうたな、まあそういう訳で、ウチは大湊へ配属された。知っとるとは思うけど大湊は津軽海峡を管轄する大きい基地やから、ここより大きい規模で、艦の数もかなりのもんやった。

 そこでウチ、それと満潮が所属したのは周辺海域の哨戒、特に青函トンネルの破壊工作に来よるかもしれんと考えられとった敵潜水艦の哨戒を担当しとった第八艦隊やった。村雨は生憎別の所属になってしもた。

 今でこそ八戸の哨戒機が飛び回っとるけども、あん時はまだ敵潜の発見方法は艦娘の持っとるソナーだけやったからなあ。()るか()らんかもわからん敵潜を探しては一日中駆けまわって、訓練して、また敵潜探索(ハンティング)しての繰り返しや。思えばホンマにご苦労様やったなあ。

 敵潜に遭うんわ週に三遍くらいやった。回数で見たらまあまあの頻度やけど、()うたところで確実に撃沈出来る訳でもなかった。追い払うのが精一杯、てこともようあった。

 何でか()うたら探索(ハンティング)は主に旗艦と二番艦がやって、攻撃(キリング)は三番艦以下がやるんが通常で、このキリングが曲者やった。攻撃手段が爆雷の一斉投下しかなかったもんやから難儀したんや……いくら爆雷の『妖精』が熟達しとるからって、ヘッジホッグには負けるちゅうもんや、なかなか攻撃が上手いこと行かんこともようあった。こんなとこまで昔をなぞらんでもええのになあ……。

 

 スマン、また脱線してもうたな……こんな調子やと日暮れてまうなあ……。えーとそんでや、満潮とは訓練所では特別仲良しやった、ちゅう訳やあらへんけども、まあ同じ艦隊に()って毎日毎日一緒に()ったら仲も良うなるってもんや、サシで酒飲み交わしたりもしとった。

 アイツは酒癖が悪うてなあ……ただでさえ『記憶』に引っ張られやすい奴やったから、酒が入ると偶にそれが更に酷うなって、よう泣きながら酔い潰れたのを介抱して部屋に放り込んだもんやった。

 村雨とも仲が良うなった。一緒の基地で新入りでしかも同期や、艦隊が(ちご)うても同期の誼でよう満潮と一緒に飲んだもんや。

 

 ……飲んでばっかしやって? 今も昔も兵隊は飯・酒・煙草・女が生活の全てやで、まあウチらには最後のは関係あらへんけどな。だいたい集まって飯食おか、てなったら普通は酒も煙草も入るってもんや……ウチは煙草のが後やったけどな。

 煙草は村雨から(もろ)たのが最初やったなあ。アイツはウチと(ちご)うて津軽海峡周辺の商船護衛担当の艦隊に配属されたから、多少外の世界と触れ合いがあったからなあ、まあちょっとばかし()()()()()のもあるやろうけど、煙草の味を一番(いっちゃん)早う覚えとった。第八艦隊には一人も煙草呑みが()らんかった、てのも大きかったんやろうけど。

 

 

――――――――

 

 

 大湊の冬は寒い。

 

 大湊基地があるのは青森県むつ市。厳冬期には気温が零下十度を下回ることもしばしばあり、特別豪雪地帯の青森市や弘前市よりは多くはないものの、降雪量は決して少なくはない。

 前日に予報にはなかったこの冬一番という大雪が深夜に降った大湊では、護衛艦も基地も街も雪に埋まり、突然の大雪に慌てたように、未だちらつく雪の中朝から除雪車から人間まで総出の除雪が行われていた。

 勿論艦娘とて例外ではなく、海峡哨戒や商船護衛の任に入っていない艦娘は全員駆り出されていた。

 黒潮と満潮の所属する第八艦隊も非番であったためにショベルやスノーダンプを片手に宿舎の雪かきを割り振られていた。

 

(さぶ)いなあ……今何度や? こんなに降るとはビックリしたわ」

「マイナス十一度よ、今年に入って一番寒いわね。いくら慣れたとはいえちょっと堪えるわ……」

 

 倉庫から第八艦隊全員分のスノーダンプを――スノーダンプは先に売り切れてしまうからだ――取り出した黒潮と満潮は、ゴム長靴を履き外套を羽織り、宿舎の風除室で他の第八艦隊の面々を待ちつつ自分たちの非番をフイにした雪を嘆いていた。

 

「たまの休みやちゅうのに、ホンマ運のないことや、昼までに終わるやろか……。折角昼から村雨とアンタと三艦で飲もか()うとったのになあ」

「さあね。でもこんな具合だと村雨の方も何かあるんじゃないの? 帰投予定は昼前だけども、この天候だと予定より遅れるかも」

「せやなあ、下手したらこれはお流れになってまうかもせえへんなあ。冬将軍も堪忍してほしいわ」

 

 黒潮は至極残念だ、とばかりに苦々しい顔をする。哨戒と訓練の繰り返しの緊張の日々の中で、古今東西の新兵がそうであるように、同期の艦娘と友誼を深めることが一種の心のオアシスとなっていた黒潮にとっては、想定外の大雪をもたらした冬将軍には恨み千般といったところだった。

 一方満潮の方は一見は平然としていたものの、お流れ、という言葉に一瞬憮然とした表情を見せた辺り、心の裡は黒潮と同様のようである。

 

「ここまで降るとは驚いたな」

「そうね、こんな大雪は去年はなかったわ」

 

 それから更に冬将軍へ届かぬ恨み言を放っていたところで、同じように防寒装備を着込んだ第八艦隊三番艦の駆逐艦若葉と四番艦の駆逐艦初霜が揃って登場し、少し遅れて旗艦の軽巡洋艦五十鈴と二番艦の駆逐艦叢雲が到着して全員が揃った第八艦隊は古参のある睦月型駆逐艦の艦娘をして「訓練よりも辛い」と言わしめる雪かきを開始した。

 

 結局、朝から始まった雪かきは場所を変えつつ正午まで続き、第八艦隊は皆貴重な非番を冬将軍に召し上げられてしまったのだった。

 

 

――――――――

 

 

 太陽光を反射し、グラスに注がれた黄金色の液体が燦々と輝く。

 黒潮は恵比寿顔でそれを一気に飲み干し、ぷはあ、と息を吐き出した。それを見る満潮と村雨は少し呆れ顔である。

 

「相変わらずいい飲みっぷりね」

「明日は哨戒でしょ? あんまり飲み過ぎると響くわよ」

 

 とはいえ満潮は片手に同じくビールの入ったグラスを持ち、村雨もグラスに入れたワインを飲みながらの言である。

 そんな言葉はどこ吹く風、とばかりに黒潮は、いやあよかったよかった、と恵比寿顔のまま独りごちた。

 何とか正午で雪かきを終えた黒潮たちは、こちらも大雪で予定が遅れつつも昼過ぎに帰投した村雨と合流することが出来た。

 三人は食堂で昼食を済ませるやいなや酒保へ――艦娘各々の個室での飲酒は厳禁である――集まり、予定よりも少し遅れたものの、こうして昼下がりから机を囲み酒を飲んでいる。

 

「しかしまあ恨めしいこっちゃなあ、今になって晴れよるなんて」

 

 黒潮は再び瓶からビールをグラスに注ぎ、太陽光に透かしながら言った。先程の恵比寿顔から苦笑いに変わっている。

 雪かきを開始した朝には空は鈍色の雲に覆われていたが、雪かきの終了を待っていたかのように昼過ぎに急速に雲が晴れ、今は空には雲一つなく、冬の穏やかな太陽光が窓を通して酒保に入ってきている。

 娯楽室を兼ねる酒保では他にも艦娘が各々自由に――大半は酒を飲んでいたが――過ごしていた。設置されているテレビからは突然の大雪に首都圏の交通が麻痺している旨を伝えるニュースが流れている。どうやら全国的に雪に見舞われたようである。

 黒潮たちはそれを見つつ、最近の自分の任務や艦娘の間で流布しているジョークや噂話といった他愛のない話を一時間ほど楽しんでいた。

 

 

「そうそう、今回はいいものを貰ってきたわよ」

 

 そう村雨が言ったのは黒潮が五本目の瓶ビール――中瓶ではなく大瓶――の栓を開けた時である。

 ええもんて何や一体、と黒潮がビールを注ぎながら言う。ほぼ同じタイミングで満潮も、いいものって何よ、と言う。

 二人の期待の目に村雨は得意気に、じゃーん、と効果音を言いながらポケットから何かの箱を取り出した。

 

「これは……煙草……か?」

「煙草ね……えーっと、中南海(ちゅうなんかい)……って読むのかしら?」

「それでも合ってるけど、正式にはジョンナンハイ(Zhōngnánhǎi)って読むらしいよ」

 

 村雨が取り出したのは白のパッケージに『中南海』と商品名が書かれた煙草だった。パッケージイラストとして『中南海』と達筆な文字、恐らくはタールの含有量である20mgという数値、加えてパッケージ下部に小さく短文で書かれた喫煙の健康被害についての簡体字の警告文らしきもの以外はロゴもなく、質素な見た目をしている。

 

「これ、どこで貰ってきたの」

「見たところ大陸の煙草みたいやけど、どないしたんやこれ」

 

 黒潮と満潮は興味津々、という様子で口々に問いかける。

 それを見て村雨は得意げな様子である。

 

「今回の護衛対象はロシアの船だったのだけど、船員さんに日本語が多少話せるのが居てね、物々交換で貰ったのよ」

「物々交換て、何と交換したんやそれ。それにロシアの船やのに何で中国の煙草なんや」

「対等に、煙草よ」

 

 何で中国の煙草かというとね、と村雨が言いかけたところで、満潮と黒潮の、え、という素っ頓狂な声がそれを遮った。

 

「た、煙草って、いつの間にそんなの覚えたのよ」

「おお村雨ちゃん、ウチの知らん間にワルになってしもうてからに……」

 

 少し酔いが回っていたからか、満潮は困惑に多少の怒りが入り混じったような表情を隠さずに、椅子から身を乗り出さんばかりの勢いで村雨に詰め寄る。

 黒潮は満潮とは逆に椅子の背もたれに深く寄りかかり、成り行きを見守る態勢に入る。

 思えば第八艦隊には喫煙者が誰もいない、他の艦隊には大なり小なり喫煙者がいることを考えれば珍しい。第八艦隊には煙草に最も親しい名を持つ艦娘(わかば)がいるというのに。

 

「あれ? 知らなかったかしら。そういえば……ここでは吸ったことなかったっけね」

 

 村雨は二人の反応にきょとんとした顔をした。えーっとね、と少し上を見上げながら続ける。

 

「一ヶ月くらい前だったかな、それまで全然知らなかったんだけど、第七艦隊(ウチ)の旗艦の瑞鳳が吸ってるのを――後々聞いてみたら他にも吸ってる艦がいたのだけどね――偶然見てね。何かすっごく意外だったけど、すっごく格好良くてね、ちょっと憧れってやつかな? その時に煙草を貰ったんだけど、それから買ったり貰ったり交換したりして色々吸ってたのよ」

 

 実はこれもね、と村雨が『中南海』の箱を開けた。中には長さや色が不揃いな煙草が十五本近く入っている。どうやら中身はパッケージとは違うようだ。

 

「満潮、これが煙草産業とお国の策略にまんまと乗せられてもうた高額納税者の姿やで。恐ろしや恐ろしや」

「安直よ、安直。『格好良い』からだなんて本当に安直ね」

 

 黒潮は冗談めいた口調で、満潮は冗談半分本音半分といった口調で言う。とはいえどちらも煙草から目を離せてはいない。興味を隠せてはいなかった。

 村雨はそれを見て微笑した。少し前の自分を見たかのような気分になったのかもしれない。

 

「吸う?」

 

 村雨はライターを取り出し、机の端に除けてあった灰皿――分煙化の推進に逆行するかのように、酒保では全席で喫煙が可能であった――を中央に持ってくると、にこやかに二人に問いかけた。

 

 

――――――――

 

 

 あん時は何の銘柄吸ったんやったかなあ、味も何も全然覚えてへんわ。初めての煙草やったのになあ。まあ多分口に合わんかったんやろ。

 覚えとるんはただ、紫煙の向こうで村雨が少し大人の顔――いや背伸びした子供の顔かな、どっちやろか――そんな顔しとった、てことだけや。

 そっから村雨に色々煙草のこと聞いたりしとったんやけども、最終的に満潮がこてん、と寝てもうたからお開きになったんや。

「次はもっと色々持ってくるから期待してね」って満潮を部屋に放り込んでから別れ際に村雨が言うとったなあ。

 せやけど、『次』は来えへんかった。

 

 村雨が轟沈したのはそっから四日後のことやった。




ところで白露型の制服にポケットはあるのでしょうか。
陽炎型は一応ありますよね。

ちなみに中南海にはタール含有量20mgの銘柄は恐らくありません。
一体村雨はどんな銘柄を吸っていたのでしょうか。

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