艦娘哀歌   作:絶命火力

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COG.3 -「決戦の大海原へ」

 基地の会議室に何十という艦娘、そして司令部や輸送、補給整備の要員たちが整列している。あまり広いとは言い難い会議室は静まり返ってはいたが、幾らか混雑の様を呈していた。そこに「司令官訓示!」という鋭い、よく通る声が響く。瞬間、会議室に張り詰めた空気が漂った。

 それを待っていたというように、臨時に前に設置された演台に左手から男が向かった。向かう途中で眼鏡に手を掛け、神経質そうに掛け直した。男の真っ白な第一種夏服の肩には海将の肩章が装着されている。蟀谷(こめかみ)の周辺の髪の根本が薄っすらと白くなっており、顔も少しやつれ、頬が痩けているように見えた。それが生来のものなのか今回の作戦での――まだ始まってもいないが――疲労によるものなのかはわからなかった。

 

「敬礼!」

 

 一糸乱れぬ敬礼が行われる。緊張が最高潮に達し、誰も微動だにしない。マイクの電源が入り、数秒、キーン、というハウリング音が会議室を覆う。

 

『本作戦の開始にあたり、派遣艦隊司令官として一言申し述べる』

 

 司令官は演台に手を置き、周囲をおもむろに見回した。

 意外に低い声だと何となしに川内は頭の隅で考えた。

 

『我々がこの南太平洋に派遣されてもうそろそろ十年を迎えようとしている。派遣以来、我々は多くの海を、島を、解放してきた。しかし、この広大な海は未だ我々の手中にはない。未だに数え切れない海が我々の敵の手の中にある。あまつさえ、敵は我々が解放してきた海を再び己の手にせんと、執拗に攻撃を繰り返してきている。我々はそれに対し断固として対処し、この海を守り続けてきた。我々の最終目標、全ての海を我々に取り戻すために、我々は今も尚、歩みを止めることはない』

 

 一旦間を置いた司令官の眼鏡の奥で、目がぎらり、と光ったように見えた。

 

『そんな中で、一つ、直視せねばならない事実がある。諸君らも知っての通り、我々だけでなく、敵も進化しているということだ。年を経るごとに、敵の数は増し、敵艦一体一体がより強力になってきている。そして遂に今年になり、とてつもない脅威が現れた。そう、本作戦の主目標である特定有力敵戦力M及び不特定敵有力艦隊Pである。この二つの目標は南太平洋を跳梁跋扈し、我々に対し甚大なる損害を与えてきた。そして……未だに損害を与え続けている』

 

 最初は演台にしっかりと両手を置いて静かなトーンで話していた司令官も、段々と演台から手を離し言葉の端に感情が見え隠れしていた。

 

『このような脅威を我々は座視し、見逃すことは、のさばらせることは絶対にできない! 今すぐに叩かねば、やがてはより強大な脅威となるだろう。今時の奴らによる攻撃で志半ばで海に斃れた百余の艦、そして祖国から遠く海中に没した船乗りたちの犠牲を忘れては、無駄にしてはならない。海の防人の誇りに懸けて、絶対に排除しなければならない、絶対にだ』

 

 整列する艦娘の間に緊張とはまた異なる空気が流れた。そういえば今回召集された艦は僚艦を失った艦が大半だということを川内は思い出した。

 

『本作戦の成否はこの南太平洋の全体の安全のみならず、ひいてはこの地域の全人類の未来に直結している。どうかそのことを胸に留めておいて欲しい。そして、今一度自覚してほしい。この作戦を成し遂げ得るのは我々のみである。他の誰でもない、我々が、我々がその任務を果たさなければならない。……今回、本作戦に召集された諸君らにおいては、非常に危険な、大変な労力を必要とする任務となることが予想される。それでも尚、その命に応え、作戦に臨む諸君らを私は誇りに思う。作戦における諸君ら各人、各艦の一層の奮闘努力を切に願い、短いながら訓示とする――』

 

 

――――――――

 

 

『バスターズ一四(ヒトヨン)より司令部(HQ)。海域五四(ゴーヨン)PXT、区域二四(フタヨン)二三(フタサン)において敵艦隊を発見。強行偵察部隊と思われる。現在攻撃を受け交戦中。敵の戦力はハ級軽巡洋艦(CL)三、イ級駆逐艦(DD)三。現在ハ級(ヒト)及びイ級(フタ)を撃破。イ級については先日から出現の情報があった新型と思われる。送レ』

『HQより一四(ヒトヨン)。敵に撤退する様子は見られるか。送レ』

『現在のところその徴候ナシ。……訂正、敵艦がこちらに雷撃、及び撤退行動を開始。敵艦隊の針路は(ヒト)(マル)(マル)。送レ』

『HQより一四。敵艦隊を追撃せよ。撃破は不要。追撃に際し目標M及び目標Pの出現の可能性がある、異変があった場合は即座に後退せよ。一二(ヒトフタ)航空母艦(CV)より直掩機及び偵察機を送る。以後一二とも連絡を密にせよ』

『一四了解。追撃に移行する』

 

 

『バスターズ一二(ヒトフタ)よりHQ。一四直掩機部隊より報告。一四上空に到着、現在より援護及び観測を開始。現在のところ目標M及び目標Pの出現の兆候は見られず。一四は依然敵艦隊を追撃中。針路は(ヒト)(マル)(マル)、変更なし。現在の敵戦力はイ級……イ級(ヒト)が反転し攻撃に転じたため一四はこれを撃沈、現在の敵戦力はハ級(フタ)。援護及び観測を続行する。送レ』

『HQより一二。先行しての航空偵察は可能か。送レ』

『偵察機(ヒト)の分派が可能、送レ』

『HQより一二。直掩機部隊から偵察機を抽出、敵艦隊の針路に対し先行し航空偵察を実施せよ』

『一二了解』

 

『HQより一四。一二の偵察機からそちらの敵の撃破報告が入った、詳細を報告されたし。送レ』

『一四よりHQ。追撃中に敵艦隊最後尾のイ級DDが反転、こちらに接近しつつ砲撃及び雷撃を開始、追撃の妨害を図ったものとみられる。一番艦木曽がこれを撃破。艦隊に損害なし。追撃に支障なし。送レ』

『HQ了解。追撃を続行せよ』

『一四了解』

 

 

 スピーカーからはひっきりなしに各所からの無線が流れている。川内と加古をはじめとした多数の艦娘がその音に耳を傾けていた。換気と涼を取るために大型の扇風機が回っていたが、お世辞にも静かとは言い難い風切音が無線の邪魔と思った艦娘が止めたのか、いつの間にかその仕事を放棄していた。

 加古は設置されたパイプ椅子に座り、川内は立ち上がって壁にもたれ掛かり、というように艦娘は各々自由な姿勢で出撃の時を待っていた。

 

「掛かったかな」

 

 それまで眠っているかのように目を瞑って俯いていた加古が片目を開けて言った。

 

「まだわからないよ、空振りかもしれない」

 

 作戦開始から三日目の朝、川内たちは臨時の待機場所として充てがわれた基地の体育館で待機していた。これまで三日間、川内たちは同じ場所で待機を続けていた。窓の外、体育館の隣にあるグラウンドではいつでも出撃ができるような態勢が二四時間体制で整えられていた。

 

「しかしまあ、よくもまあこんな無茶やったよねえ……」

 

 川内は窓の外を見て、誰に言うでもなく呟いた。

 

「そうね、でも、それだけ無茶をしてでも倒すべき敵、ってことは間違いないわ」

 

 振り向けば、後ろに霧島が立っていた。川内の方に寄って来て、同じく窓を覗き込む。

 

「ま、それでもとんだ力技だけどね。CH-47J(チヌーク)UH-60J(ロクマル)まではまだいいとして、S-61A(シーキング)まで引っ張ってくるとはね、正直に言って驚きよ。これにMH-53E(ドラゴン)や、果ては∨-107(バートル)まで持ってこようなんて話もあったみたい、ナシになっちゃたけどもね」

 

 霧島の言う通り、外のグラウンドに駐機してあるヘリコプターは門外漢から見ても方々から無理矢理掻き集めてきたことが一目でわかる代物だった。洋上には向かない白と緑をベースとした迷彩のタンデムローターが特徴的な大型ヘリコプターや、黒をベースに機体の前後が明るいオレンジで塗られたずんぐりとした胴長の大型ヘリコプターなど、あまり南洋の風景には似つかわしくないヘリコプターが多数駐機されていた。機体に書かれた文字を見れば、所属違いの機体もいくつか混ざっている。

 

「ま、それだけ本気、ってことよ。気を引き締めなさい、()()()な気がするわ……勘だけどね」

「勘……ねぇ」

「『疑わしい』って顔に書いてるわよ……意外と当たったりするのよ、こういう時は特にね」

 

 霧島はそう言って笑うと川内の元を離れ、体育館の外へ出て行った。扇風機が止まったままの体育館は、段々と蒸し暑くなってきていた。

 

 

――――――――

 

 

『一二よりHQ! 緊急! 緊急! 緊急! 先行して派遣した偵察機が海域五四(ゴーヨン)PZS、区域〇五八(マルゴーハチ)七一四(ナナヒトヨン)において敵の航空機群及び艦船群の大部隊を発見。敵戦力は航空機多数、恐らく直掩の戦闘機、正確な数及び種類は不明。艦船は百、一〇〇(ヒトマルマル)以上確実、正確な数及び種類は同様に不明なるも多数のCVが含まれると思われる。偵察機との通信途絶によりこれ以上の情報は取得不可能、撃墜されたと推定。送レ』

『HQ了解。一四の現在の状況を報告せよ』

『前回報告から針路に変更なし、現在位置は海域同じ、区域九四九(キュウヨンキュウ)〇五六(マルゴーロク)。依然として追撃中。送レ』

『HQ了解。注意して偵察を続行せよ。……待て、HQより一二。先程からこちらより一四に後退を命じているが、応答がない。現在こちらと一四との交信が不能と判断、一二より命令伝達を求む――』

 

 

 ジリリリリ、と非常呼集のベルが鳴り響く。基地中が一気に色めき立ち、そして慌ただしくなった。昼食を取っていた隊員や艦娘が食堂から勢い良く飛び出して行ったのを始めとして、基地全体が戦闘準備へと向かう。

 三日間ひたすら待機していたヘリコプターは息を吹き返し、いくつものターボシャフトエンジンの始動音、続いてローターブレードの回転音が合わさり、甲高い轟音が辺りを包む。離陸までの最終チェックを驚異的な早さで済ませたヘリコプターは、今か今かと乗客を待ち、その横っ腹を開いていた。

 

「急げ急げ急げ! 待ち焦がれた出番よ! 早くしなさい!」

 

 こちらも三日間出撃もなくじっと待機し続けていた艦娘たちが一斉に艤装を装着し、小走りで各自に割り当てられたヘリコプターへ向かう。いの一番に艤装を――ヘリコプターに乗るために完全装備ではないものの――装着し、早々にヘリコプターに乗り込んだ霧島がキャビンから轟音に負けないくらいの大声を張り上げた。

 

「姉御、張り切ってるなあ……やっぱり根っからの武闘派は違うねえ」

「あんたもでしょ、加古。目がもう燦々としてるよ」

「そりゃ、よく寝たからさ」

「いつもでしょ、それは」

「いつも以上だよ、暇で暇でしょうがなかったからね、いやーこんな目が冴えたの久しぶりだわ」

 

 軽口を叩きつつ加古と川内がヘリコプターへ走る。その後から飛行甲板を小脇に抱えた加賀などの他の艦娘も続いた。

 川内たちに割り当てられていたのは濃紺の迷彩を纏った、スリムな形をしたヘリコプターだった。キャビンはバスターズ〇二(マルフタ)で満員になっていた。

 乗員が全員揃ったことを確認すると、ヘリコプターたちは次々と離陸を始める。川内たちのヘリコプターは早番だった。

 離陸していくヘリコプターのサイドガラスの向こうに、手を振る基地の隊員たちの姿が見えた。それはすぐに小さくなり、やがてヘリコプターの針路変更と共に視界から消えていった。

 

 

 離陸してから約一時間、川内たちは床に座って――霧島と加賀以外は完全装備の艤装を装着しており、その状態では座席に座れないせいでもあり、そもそもキャビンから座席がすっかり取り払われていた――黙々と目標地点への到着を待ち続けていた。順調に行けば空の旅も残り三〇分といったところだった。

 無線からは今も味方の戦況が報告されている。バスターズ一四は何とか命令を受け取ったようで、先行して追撃してきた敵を背に、今は退却の途にあった。そして出現した敵の大部隊は、バスターズ一四の直掩から離れた戦闘機と偵察機が今も必死の偵察を行い、捕捉し続けていた。

 

『滅多にない空の旅の気分はどうかしら……と、そろそろ降下が近いから、ちょっとしたブリーフィングをするわ』

 

 耳に装着したインカムを通して霧島の声が流れる。全員が霧島の方を向いた。各々バラバラに座っていたのを車座になって、ブリーフィングの態勢を整える。

 

『ま、ただの再確認よ、そんな気負った顔をしなくてもいいわ。手筈は会議の時とさっき離陸後に説明した通り。まず、攻撃開始までは無線封鎖を徹底して。絶対よ。……とはいっても、そもそも通じるかどうかは怪しいものね、艦隊同士の距離ならまだしもHQとはね。今も一四が無事なのは確かだけども、一切通信がないみたいね』

 

 今はブリーフィングのために音量を下げていたが、きっと今も無線からはバスターズ一四が敵艦隊から逃げて――そして作戦通りに引き付けて――いる様子が報告されているのだろう。それに全員が思いを馳せたのか、一瞬だけ沈黙に包まれた。

 

『それで、降下後はまず他の艦隊と一緒に後ろのチヌークから降ろされる私の艤装の回収。加賀は艤装の準備を整え次第、先に艦載機を放って一四と一二の援護に向かわせて。何を送るかは任せるわ。ただし、言った通り接敵はダメよ、いつでも突入して掩護できる準備だけ。艤装を回収したら一旦私、加古、川内のアルファと加賀、望月、朧のブラボーの二つに分かれる。アルファは合流した艦隊と共同で敵艦隊を挟撃、ブラボーは同じく合流した他の空母と共同で攻撃直前に敵艦隊上空のお掃除と撹乱をお願いするわ。一応、離れているとはいってもくれぐれも敵艦には気をつけて、どこから何が来るかわからないから』

 

 加賀が「了解」と短く返事をする。望月と朧もその後に続いて返事をした。全員、緊張した面持ちだった。

 

『お掃除の時点で無線封鎖は解除、後は空と海で連絡を取り合って、お掃除が終わった後は楽しい十字砲火、囲んで叩く時間よ。皆の恨みが積もり積もった(くだん)の『百鬼夜行』に“バケモノ”を思う存分料理するだけ、食べ放題よ、勿論空からもね。全部終わったらアルファとブラボーは合流、注意しつつ帰投する。良い子にしてたら豪華なお迎え(ヘリコプター)が来てくれるかもしれないわ……オーケイ?』

 

 霧島なりに緊張を解そうとしたのか、霧島は笑顔を作った。残念ながら顔に張り付いたような笑顔はとんだ悪人面だった。もしかしたら霧島も緊張してるのかもしれない、と川内はそれを見て思った。

 

『オーケイ』

 

 加古が笑った。こちらも同じような笑顔――半分狙って作ったのかもしれない――だった。向かいに座っていた加賀が吹き出した。『あなたたち、面白いわね』

 

『了解』

 

 川内は努めて冷静に、そして面白くなさそうに返事をした。また加賀が笑った。今度は望月も朧も笑った。

 

「お嬢さん方、和気藹々としてる中すまんがそろそろお時間だ。準備を頼む」

 

 唯一残された座席に座って周辺の警戒を行っていたドアガンナーが轟音に負けない大声で叫ぶ。いつの間にか、旅の終わりが迫っていた。

 

 

――――――――

 

 

 間近にある海が白くぼやけている。細かい水滴となった海水が全身をじんわりと濡らしていくのがわかる。

 ヘリコプターが起こす強烈なダウンウォッシュで、周囲は海霧のような白い靄が立ち込めていた。

 

「さあどんどん出て! 出て!」

 

 今度は霧島が全員を追い立てる番だった。川内たちは開け放たれたサイドドアの向こう、二メートルもない高さから――今更ながら、パイロットの技量に川内は舌を巻いた――海へと蹴りだされるように降り立った。最後に霧島が飛び降り、着“水”した。恐らく意味はないはずだが、霧島が眼鏡を掛け直すのが見えた。

 霧島が降りたのを確認し、ヘリコプターは上昇してゆく。ドアガンナーが何か言いながら親指を上げているのが見えた。

 

「『健闘を祈る』……かな? よく聞こえなかったけど」

 

 見えなくなってゆくヘリコプターを見上げつつ川内が言った。

 

「『どうぞご武運を』じゃないかしら、ま、私も聞こえなかったわ。帰ったら聞いてみるのもいいわね」

 

 加賀は飛行甲板を肩に装着し、航空機の発艦準備をしつつそれに応じた。意外なところから返事が来たので川内は少し驚いて加賀を見つめていた。視線を感じたのか加賀は川内の方へ顔を向けた。

 

「何か、私の顔に?」

「いや……別に、何でもないよ」

 

 そう、と素っ気なく言うと、加賀は発艦準備に――続いて弦や矢の点検に――戻った。

 既にヘリコプターは見えなくなっていたが、暫くはローターブレードの鈍い回転音が周囲に響き、やがて新たな回転音がいくつも重なって近付いてきた。

 

「さあ、作戦開始よ」

 

 霧島は腰に両手を当て、仁王立ちになって全員に向かって言った。今度は悪人面とは無縁の笑顔だった。霧島の後、遠方から後続のヘリコプターが連なってやって来るのが見えた。

 

 

――――――――

 

 

 蛍光灯が数本、チカチカと細かい点滅を繰り返している。元々そうだったのか、停電の影響なのかはわからなかった。

 

 電気が一応は復旧した酒保で、男と川内は話を続けていた。今も時たま僅かな時間、明かりが落ちていた。もしかしたら応急用の電源に余裕がなく、優先度の低そうな酒保はこのまま点いたり消えたりするのかもしれない、と男は思った。宿の部屋に置いてきたノートパソコンの無事を今更ながら心配し始めた。

 ともあれ、男はそんな不安懸案はおくびにも出さず、質問を続けた。

 

「かなりの規模の作戦ですね、とても短期間の突貫工事とは思えないくらいです」

「ま、派遣艦隊として面子(メンツ)ってのもあったしね。むざむざと尻尾巻いて嵐が去るのを待ってるわけにはいかなかったって訳」

 

 こんな調子の酒保では非番もままならないとばかりに他の艦娘は酒保から出て行っていた、もしかしたら停電の復旧の応援に行ったのかもしれない。酒保の職員も仕事が回らないと職場放棄したのか、はたまた停電関連で何か確認事があるのか、いつの間にかいなくなっており、今は男と川内のみがそこそこ広い酒保の中、ぽつんと取り残され、会話を続けている。

 

「それにしても海上でヘリボーンとは、中々無茶をやりますね」

「といってもロープで降りるんじゃなかっただけマシだったかなあ、まあヘリパイの人たちの気苦労の方はとんでもなかったと思うよ、ちょっとでも気を抜けば鉄のゆりかごで水底まで一直線だからね、すっごい技量だなあって思ったよ。特にチヌークのヘリパイなんかは――」

「もしかして、ロープでの降下(ファストロープ)もやったことが?」

「あ、おっとしまった……今のは聞かなかったことで、ね? ()()やったことないよ。だいたい、ロープ使ってたら、ほら、『BHD(ブラックホーク・ダウン)! BHD(ブラックホーク・ダウン)!』ってなりそうじゃない? ちょうど乗ってたのはロクマルだったしね。それに――というかこれが一番だけど――あんな重たい艤装背負ってちゃ無理があるよ、手足が擦り切れて血塗れになるよ?」

 

 川内が身振り手振りを交えて今までになく饒舌に話すのを見て、男は少し笑った。

 

「海面ギリギリまでヘリを下ろすよりは簡単かとは思いますけど……ま、そこは別にいいです」

「あはは、有り難いね、助かるよ」

 

 川内がウィンクを作った。そこにもう何度目か何十度目かになる停電が起き、またすぐに明かりが戻った。

 

「ところでさ」

 

 何かしら口を滑らしてしまったことの誤魔化し半分なのか、川内が笑顔を作る。口先の煙草が上下に揺れた。

 

「政治的なアレコレで立てられた計画なり作戦なりって、だいたい碌でも無い終わりを迎えるよね。さっきのブラックホークのアレ然り」

「まあ、確かにそうですね、古今東西、色々とそういうのはあります、とはいえどんな作戦にもだいたい政治なり何なりが付き物ですからね。……しかし、その作戦、別に政治的事情はなかったようですが……少なくとも、お話を聞く限りでは」

 

 男の言葉を、川内は首を上下に振り、肯定する。「確かにそう、ただし――」

 

「私たちがあの時知り得た範囲では、ね」

 

 


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