「楽しきと思うが楽しきの基なり」
by.ドストエフスキー
うぉぉぉおおおおおおおおお!!
「・・・ッ!!来るぞ!!」
「ふざけんな!絶対守り抜くぞ!!ここは俺たちの居場所なんだ!あいつらに奪われてたまるか!」
海上に響くはボロボロになったガレオン船で息を吹き返した海賊たち。船長であるクリークを筆頭にして船員は戦意を高めていく。
そしてそれを迎撃すべく立ち上がるは海上コック。各自がそれぞれの武器を手に取り、いつでも戦闘できるように構えていた。
ハシゴを滑り降りるように姿を現す海賊達は鼓舞しきった状態で一気にレストランを襲う手筈であった。しかしそれは瞬時に不可能に終わることになる。彼らが根城としていたガレオン船。それは人が紙を裂くように、綺麗に真っ二つにされたからだ。
「・・・!??な、何が起きたぁ!??」
「“
「斬られただと!?俺が誇るこのガレオン船が斬られただとォ!?バカな話があるかぁ!!」
巨大なガレオン船が真っ二つになるという奇天烈な出来事に驚愕したのは海賊だけではない。撃退すべく構えていたコックたちも騒然としている。
巨大ゆえに誇る質量が海へと沈み、海上レストランすらも飲み込もうと迫っていたがオーナー ゼフの判断により錨が上げられたことで巻き込まれて沈没することはなかった。
ルフィ達もガレオン船が斬られてからすぐ、メリー号の安全を確認するために瞬時に動く。
勇儀が船に乗っているが、あれに巻き込まれて船が沈んでしまっている可能性も当然存在している。安否の確認に動くのは当然のことだった。
だがルフィたちの視界に入ったのは荒れた海原と溺れないように必死になって泳いでいるヨサクとジョニーのみ。彼らを引き上げて話を聞くと、ナミが船と宝を盗ってそのまま逃げてしまったということだった。
「あの女・・・最近自重していると思ったらこのタイミングで事を起こしやがって・・・!油断も隙もねぇ!!」
「・・・!ちょっと待てよ!船には勇儀が乗ってたはずだろ!?どうしたんだ!?」
「「!!」」
ウソップの言葉でルフィとゾロは我に返る。
勇儀自身言っていたが悪魔の実の能力者だ。悪魔の実を食べたものは総じてカナヅチになってしまい、泳ぐことは出来ずに力が抜けて溺れてしまう。船に勇儀がいないのだとしたら彼女はすでに海の底にいる可能性もあるのだ。
「!そ、それが・・・勇儀の姉御が・・・!!」
「そうっす!まずいんですよ!アニキ!!」
「このままだと勇儀の姐さんが死んじまう!」
「っ!?どういうことだ!状況を教えろ!!」
ヨサクとジョニーは勇儀の事を思い出して慌てだした。
その慌てようにルフィ達は最悪の事態を想定しただろう。だがヨサクの口から出た言葉にゾロは頭を打たれたような衝撃を襲った。
「勇儀の姐さんが
ヨサク達がガレオン船を指さして言った言葉を聞いて、そしてガレオン船で起こっている出来事を見て、唖然とするのだった。
「あはっはっはっははは!!!良いねぇ!最高だよ!!」
「・・・なんという剛力の持ち主よ」
互いに譲らず、一進一退の攻防を繰り広げる鷹の目の男と一角の女。
斬撃を躱し、拳撃を往なす。
刀と拳という近接戦闘を主とする戦い方のはずなのだが、互いの間合いが接近させることすら許さない。
素人が見れば明らかに離れた場所で素振りをしているように見えるだろうが、そこから生み出される結果は幾多の水柱が立ち上がり、船の残骸を切り刻んでいる。当然船に乗っていた海賊たちがそれに巻き込まれているが、二人にはそんなこと気にも止めることはなかった。
「まさかこんなにでっかい船を真っ二つにするとは思わなかったよ!世界最強の剣士の名は伊達じゃないってことだね!」
「・・・それを平然と
「活動し始めたのは最近だからねぇ。名が広まってないのは、当然だよッ!!」
「――ッ!!」
―――力業『大江山嵐』
―――開斬“海割り”
拳から放たれるは膨大な衝撃破。大きさにして人などを軽く飲み込む大きさのソレをミホークへ叩きつけようとするがミホークは黒刀でそれを切り裂いた。
斬り裂いたことで拡散した攻撃が辺りに風を発生。それに伴って波が発生し、壊れた船の残骸が攫われて移動を開始する。
「実に強力な“覇気”よ。俺の刀を素手で受け止めるだけでなく、衣服にまで覇気を纏わせるか」
「流石にアンタの攻撃を素で受けるのはやばそうだからね。守りに関しては私も努力したんだ。服が破れるのは嫌だからね。これぐらいできなきゃこっちが困るってもんだ」
―――黒刀“斬”
―――鬼刀『禊太刀』
ギィィイイン!!
互いに残骸を足場にしながら飛ぶように移動し、勇儀の跳躍からの手刀にミホークは刀を合わせる。黒刀と黒腕が重なりあうたびに金属音が鳴り響く。
手刀で黒刀と張り合うという明らかに異常な行為を平然とやってのける勇儀にミホークは関心と呆れが半々と言ったところか。足場としている残骸が壊れるまで剣戟を続ける。
遠すぎる。
超人二人の戦いを見ていたゾロが始めに思った感想はそれだった。
不安定な足場を跳びはねながらぶつけ合う攻撃はどれも必殺になりうる一撃。間合いを離したと思ったら衝撃波で対抗し、瞬時に間合いを詰めたと思えば一撃必殺と言ってもよい攻撃を何度も繰り出す。
そこから生み出される影響は周りの被害をみれば一目瞭然だ。迎撃しようとしていたコックは疎か、襲撃しようとしていた海賊たちすら、まるで夢を見ている様に二人の戦いから目を離すことが出来ない。
ミホークは迫りくる攻撃を剛で斬り伏せ、時に柔で外す。
勇儀は切り裂きにくる斬撃を叩き落とし、時に避けながら攻撃を繰り出す。
もし自分がミホークと戦う時、勇儀のように善戦出来るだろうか?
いつ無くなってもおかしくない不安定すぎる足場を跳躍しながら最強の剣士が繰り出す斬撃を往なせるのだろうか。
ゾロは自分が勇儀の立場になった時、ミホークと互角に戦えている自分を想像することが出来ない。
手を伸ばせば届くどころか、姿を見ることすらできない。
それほど自分が目指す場所が遠いのだと確信させられた。
「・・・力もある。“覇気”も申し分ない・・・が、如何せん経験不足か」
「ッが!?」
幾多の剣戟を制したのはミホークだった。
黒刀の剣先ではなく、柄を使って勇儀の頬を殴りつけたのだ。
黒刀を前にして、刀は刃で攻撃するという先入観があるが故に予測することが出来なかった勇儀はその攻撃を受けはしたがすぐに体制を立て直す。数分は疎か、数秒で意識外の攻撃から回復しただけでも十分褒められるであろう。だがその数秒がこの戦いで致命的な隙を生む。
「・・・まだやる気か?」
「・・・あぁー。今のは流石に致命的だったか。流石に背を取られて刃を添えられたとなればぐぅの音も出ない。私の負けだ」
勇儀の首筋に添えられるはミホークの愛刀である黒刀『夜』。
それも背後を取られての結果に勇儀は素直に負けを認め、戦意はもうないと両手を上げた。
「・・・どうかね?あんたから見て、私は
「申し分ない。ただ経験が能力に対して追いついていないな。それが補完されれば十分だろう」
「そうかい。そりゃあよかった」
力はあるが経験不足。そうバッサリと言われた勇儀は負けたことに少々残念そうであったが、ミホークに対して礼を述べる。
勇儀がミホークに対して持ちかけたのは手合わせ。それも完全な自己満足を求めての行動だ。
その際に威圧されたことで傍に居たヨサクとジョニーは気を失いかけていたのだが、勇儀はそれを楽しそうに笑い飛ばした後にヨサク達の船へと乗り込んだ。
近づいた後に何度か言葉を交わした後、クリークの一味が騒ぎだしたことに対してミホークが不愉快そうに船を叩き切った後、勇儀にも同じ攻撃を繰り出したのだがそれを相殺。相殺されるとは思っていなかったミホークが勇儀のポテンシャルに興味を持ったことで今回の手合わせが実現した。
そしてその結果は勇儀の降参。人外との戦闘経験はあっても、対人戦の経験が不足していたことによる差が決着を分けたと言っていいだろう。
「負けはしたがいい経験になった。感謝するよ」
「こちらも楽しめた。貴様の名はなんという?」
「勇儀。星熊 勇儀だ」
「勇儀か。憶えておく」
互いに楽しめたと言葉を交わし合う。
ミホークはそのまま自分の船に乗り込もうとしていたのだが・・・
「待て!!」
「・・・・・・」
「ゾロ?」
ゾロがこちらに近づいてきたのだ。
よく見れば手が少し震えている。こちらに近づいてきてどうするつもりなのかと勇儀は思っていたのだが、あろうことか勇儀が行ったことと似て似つかない勝負を申し込んだ。
「哀れな・・・弱き者よ。貴様もいっぱしの剣士であれば剣を交えるまでもなく、おれとの実力の差がわかるはず。それも先ほどの
「おれの野望のため。そして親友との約束のためだ」
腕につけたバンダナを頭に移し、ゾロは刀を抜いた。
船を軽々と廃材にしたあの戦いをじゃれあいと言い切るミホークの言い分にクリーク一味の
だがそれを理解していながらも、ゾロはこの場で何もしなければ自分の中で決定的な何かが崩れると確信していた。
「力の差を知りつつもおれに挑みに来る武勇・・・それは褒められたものではない」
「・・・ゾロ、やめときな。わかってるんだろう?」
「黙ってろ勇儀。・・・わかってる。だが、奴と、追い求めた奴と!出会ちまったからには・・・動かねきゃいけねぇだろうが!!」
ミホークと対峙している男が“海賊狩り”だと気づいたクリーク一味にコックたちはざわつきだす。
世界最強の剣士と海賊狩り。
一体どちらが強いのかと再び二人の場を見つめ始める。
ミホークは勇儀との戦いで使っていた刀を背に戻し、首にかけていた十字架を手に取った。
それは単なるアクセサリーではなく、十字架の形をしたナイフだ。ミホークはそれを武器としてゾロと対峙する。
ゾロはそれを見て、何も言わない。
力の差はこれでもかと見せつけられた。そしてミホークに敵わなかった勇儀にも一度も勝てていない自分が勝てる道理などあるわけがない。
故に黒刀でなく、ナイフに持ち替えられたことに屈辱を覚えはすれども激高することなどしなかった。
先に攻撃を仕掛けたのはロロノア・ゾロ。
得意の三刀流を構え、技を放つ。
「三刀流“鬼斬り”!!」
「――・・・」
「ゾロ・・・?」
「アニキの“鬼斬り”が止まった!!?」
「出せば100%相手が吹き飛ぶ大技なのに!?」
ミホークは一歩も動かずに、ナイフでそれを制した。微動だにせず、ゾロを見据える。
すぐに身を引き、再び技を放つも結果は同じ。三本の刀で攻撃しようとも全てナイフでいなされている。
「~~ッ!!うおぉおおぉおおっ!!」
「・・・なんとも凶暴な剣よ・・・・・・」
ミホークに全ての攻撃をいなされながらも思うは親友との約束。
一人旅を始めてここまでの記憶。
「貴様は何を背負う。強さの果てに何を望む?・・・弱き者よ」
「!!アニキが弱ぇだとこのバッテン野郎!!」
「てめぇ思い知らせてやる!その人は・・・」
「やめろ手を出すな!・・・ちゃんと我慢しろ・・・!!」
「ルフィ・・・」
ゾロが弱いと言い切ったことで激高したヨサクとジョニーをその場で抑えつけるルフィ。すぐにでも手を出しに行きたいであろう気持ちを抑え、ゾロの戦いを見届ける。
相手は長年追い続けてきた男 鷹の目のミホーク。
この戦いを邪魔することはゾロの思いや生き様を全てヘシ折ってしまうことをルフィは理解していた。ゾロと始めに出会ったときに約束したことを忘れるルフィではない。勇儀も男の戦いに一切手を出すことも、助言するようなこともせずに見届ける姿勢だ。
(遠い・・・遠すぎる・・・だからと言って・・・退いていい理由にはならねぇだろうがぁ・・・ッ!!!)
―――三刀流“虎狩り”
ズバン!!!
「・・・・・・・・・!!」
「「アニギぃぃぃぃいいっ!!」」
ゾロが放つは“鬼斬り”と並びにゾロが誇る大技。
刀を背に構え、力と共に一気に振り下ろす大技は受けた相手を確実に吹き飛ばすほどの威力を有する。しかしその攻撃を見切られ、ミホークが操るナイフが逆にゾロの心臓部へと突き刺さった。
刺されたことで叫ぶヨサクとジョニーの声が、ゾロの耳には遠く聞こえた気がした・・・。
―――
「相当な力だね。その力で刀を振ってよく駄目にならないものだよ」
ここに来るまでの航海中、勇儀と手合わせをしていたゾロはそういわれた。
「攻撃を受けていて思ったがあんたは力に頼りすぎなんじゃあないかい?叩き切る剣じゃなく、切り裂く刀を使ってるんだ。もうちっと力の流し方を覚えたがいいと思うよ。力だけに頼るのは愚策じゃないか?」
「叩き切るんじゃなく、切り裂く・・・」
「なんていうんだったか・・・柔の剣と剛の剣だっけ?あんたはちと剛に頼りすぎている気がするね。柔も極めたほうが効率よく斬れるんじゃないかい?」
「別に柔の剣が使えねぇってわけじゃねぇよ。ただこっちのほうがおれに合ってるから使ってたってだけだ」
「そうかい。使えるならそれを私に見せてみなよ。正面から叩きつぶすからね」
勇儀にそう言うと勇儀は楽しみを見つけたような表情になり、ならそれを使ってみろと言ってくる。
ゾロはその挑発に乗り、勇儀に斬りかかった。
―――
(なんで今そんなことを思い出してんだ・・・刺されたってのに・・・)
ミホークに刺され、いつでも殺されるという状況であるにも関わらず、走馬灯のように頭に浮かんだのは勇儀との手合わせする場面だった。
剛で敵わないなら柔で抗う。そんなことを思いながら斬りかかったあの時は結局勇儀にかすり傷すら負わせられずにゾロの負けになったのだが、いずれ追いつき、抜かすと誓った場面。
斬れると信じ、刀を己の一部として扱えるようになればいいのではないかと言った勇儀の言葉が頭に残る。忘れてはいけないような気がしたからだ。
「・・・このまま心臓を貫かれたいか?何故退かん」
「わからねぇ。ここを一歩でも退いちまったら、おれの中で、大事なもんが全部ヘシ折れて、この場所に二度と返ってこれねぇ気がする・・・」
「そう。それが敗北だ」
ゾロの考えを肯定するミホークを見て、ゾロは己の中で何かがかみ合った。自然と口から笑いが出てくる。
自分が頭に浮かべていた疑問を
「なら猶更退けねぇ…ここで退いて、今まで生きてきたおれの人生全て否定して、帰ってこれなくなるぐらいなら・・・死んだ方がマシだ!!」
「!」
ゾロの覚悟を聞いて、ミホークはナイフをゾロから引き抜いた。
(強き心力よ。敗北よりも死を選ぶか)
敗北して助かるよりも、死んで勝負に逃げないほうを選んだゾロにミホークは敬意を評した。
世界最強の名は伊達ではない。ミホークはその名を冠するまでに数多の剣士と切り結んできた。その際に情けない姿を晒す者や、勘違いで死んでいく者、慢心で志半ばで折れる者などをこれでもかと見てきたのだ。
もしゾロがここで折れていればミホークは完全に興味を失い、そしてナイフを突き刺していただろう。だがゾロが選んだのは敗北よりも死。己の道・己の心が折れない強靭な精神力を前にして、先ほどの考えを改めた。
「・・・・・・小僧。名乗ってみよ」
「・・・ロロノア・ゾロ」
「ゾロか。憶えておく。久しく見ぬ“
ミホークがナイフを仕舞って背の黒刀を抜いた。
それはミホークが抜くほどの相手だと認めた証。圧倒的な実力差はあれどもミホークに認められた決定的な瞬間であった。
(これが最後の一撃か・・・外したら死ぬな・・・世界一か死ってか・・・いや、違う・・・外したら死ぬ?ちげぇだろ・・・
最後に構えたゾロは一矢報いるという弱気な考えを切り捨てた。
勇儀との手合わせで言われた事が頭に残る。そしてこれは大切なことだ。斬れるからこその刀。使い手がそれを信じれずにどうするのだと。
弱気で挑むのは己を認めてくれたミホークに対する無礼でもある。胸部を刺され、血もかなり失っている。そんな状態であっても、弱気で向かい合うのはあってはいけない。後ろ向きになっていた自分に喝を入れ、刀を握る手に力を込める。
(ここで勝つ。・・・野望を叶えるためにも・・・くいなとの約束を果たすためにも・・・!!おれが信じねぇで何を斬れる!ぜってぇ勝つッ!!)
「強き者、ロロノア・ゾロよ。ここで散れ!!」
「はァ・・・はァ・・・ッッ!!己の
「ッ!!」
狙うは最強。最強であると疑わず、慢心せずに風車のように刀を回す。
対するミホーク。何かに気づき、瞬時に構えを変えた。
「三刀流奥義!!!」
「・・・―――黒刀・・・」
溜を終えたゾロは一気に飛び出し、間合いを詰める。
ミホークはその場で迎撃の構える。
刀を振るうのは互いに同じ。
「 “ 三・千・世・界 ” !! 」
「“月影”」
瞬時に斬り抜け、背を向け合う。
両者の間に鮮血と砕けた刀が飛び散る。
「・・・・・・つえぇな・・・最強の壁は・・・」
両手に持っていた砕けた刀を一瞥し、ゾロは意識を手放した。
Q.
何でミホークと勇儀の戦いでは斬らなかったのにゾロは斬ったの?
A.
勇儀のは手合わせというじゃれあいであってミホークを殺す気が全くなかったため。それに対してゾロは完全にミホークを斬って越えるために挑んだことでミホークもそれに乗った感じ。