「マイナスをプラスに変えることができるのは、人間だけが持っている能力だ」
by.アルフレッド・アドラー
どうやらウチらの船長は砲弾を真正面から跳ね返してなぜかレストランに直撃させたらしい。そしてそれを海軍のせいにせず、現場へと直行して謝りに行っているとのこと。
ナミは海軍のせいにすればいいのにと嘆いていたが、素直で悪く言えば馬鹿正直な所がルフィの魅力である。素直で嘘をつかないのはいいことだ。
「謝りに行ってから結構経つが遅せぇなルフィの奴・・・」
「海軍のせいにして責任を全部押し付ければいいでしょうに・・・ホントにバカ正直なんだから・・・」
「雑用でもさせられてんじゃねぇのか?一ヶ月くらいよ。てかこのまま待っているってのもあれだしよ!もうおれ達だけでレストランに行かねぇか?」
「そうだねぇ。ルフィがいつ戻ってくるのかもわからないし、ホントに雑用してるかもしれないねぇ。様子見がてら行くとしようか」
このまま待つのも退屈だというウソップと勇儀の案に乗っかったゾロとナミ。船長以外の4人は一般の客としてレストランの扉をくぐる。
中は海上レストランに相応しい装飾が施された立派なものだ。予想以上のテーブルが並び、どの机にもお客が座って食事を楽しんでいる。
レストランにしては少々騒がしい気もするが海賊や海軍、そして一般市民が入り乱れて利用する場所だ。このぐらいは普通なのだろう。
こちらに気づいた店員に4人だと告げ、席へ通される。運ばれてきた食事を軽く嗜んだ後に麦わら帽子の男について聞いてみた。
「麦わら帽子・・・?ああ、あいつか。あいつはここで1年雑用として働くんだってさ」
「オーナーもよくそのレベルで許したもんだよ。砲弾充てられたんだぜ?」
「そうだよな」
そんな会話を聞いているがゾロ達は特に深刻な表情でもなく、楽しそうな顔つきだ。
砲弾を跳ね返したのはともかくレストランに直撃させたのはルフィの落ち度。誰も気にすることはなかったし、何よりも料理がおいしくてそんなことはどうでもよくなっていた。
「げっ!お前ら!!」
出された料理を楽しんでいるところに聞きなれた声が耳に入る。
雑用として職場に放り込まれた男。噂のルフィその人だ。
「よっ雑用君。ここで一年も働くんだってね」
「ぷくく。エプロン似合わねぇなルフィ」
「流石に一年は待てねぇな。船の旗描き直していいか?」
「無事なようだね。・・・むっ、この料理は私の好みだ」
自分を置いて食事を楽しんでいる4人にルフィは怒るが勇儀たちはただ笑うばかり。
ゾロがウソップに話しかけている最中、ルフィがコップの中にハナクソを投入していたが見事にバレて飲まされることになった。それを見ていたゾロ以外の3人は机を叩いて大笑いしていたのだがおいておこう。
「ああ海よ!今日という出会いをありがとう。ああ恋よ!この楽しみに耐えきれぬ僕を笑うがいい!」
突然ルフィの背後からポエムを言いながら近づいてくる男が一人。実際に出てはいないが背後にいくつものハートが見える。どう見てもナミ目当てだろうか。
「僕は君達となら海賊にでも悪魔にでも成り下がれる覚悟が出来ている!しかしなんという悲劇!君達と僕らにはあまりにも大きな障害が存在してしまっている!」
「障害ってのは大方おれのことだろうサンジ」
「げっクソジジイ!」
サンジと呼ばれた男がクソジジイと呼ぶコックスーツを身につけた義足の男。長いひげを三つ編みにしているところに深いこだわりを感じる存在だ。
「・・・ふん。そんなにそいつらと行きたいならいい機会じゃねぇか。さっさとここ辞めて海賊になっちまえ。お前はもうこの店には要らねぇ。そのほうがこの店はうまく回るからよ」
「・・・おいクソジジイ。おれはここの副料理長やってんだぞ。おれがこの店に要らねぇとはどういうこった!」
「真面目に動いたと思えば客とすぐに面倒起こし、相手が女とみりゃすぐに鼻の穴膨らまして口説きにかかる・・・ろくな料理も作れやしねぇし、この店にとって重荷でしかないと言ったんだ。てめぇはここのコックどもからもケムたがられてる始末。そんな奴をこの店に置いてギクシャクするぐれぇなら海賊にでもなんにでもなって早くこの店から出てっちまえ。そっちのほうがこちらとしてもありがてぇよ」
「・・・んだとォ!?」
自分が貶されたことよりも料理を貶されたことに激怒するサンジはここの店のオーナー ゼフに掴みかかる。しかしそのままゼフはサンジの腕を掴んでテーブルに投げた。
料理は全て神がかった早業で頭の上や両手に確保できていたのだが、ここのコックたちはとても血気盛んな様子だ。ヨサクとジョニーもここの店は騒がしいと言ってはいたがここまでとは思わなかった。
「・・・っ・・・てめぇがおれを追い出そうとしても、おれはこの店でずっとコックを続けるぞ!!てめぇが死ぬまでな!!」
「てめぇに心配されずとも俺は死なん。あと100年生きる」
「けっ・・・口の減らねぇジジイだぜ・・・!」
「・・・うんよかった。おっさんの許しが出たな。これで海賊に・・・」
「なるか!!」
「なんだよ。さっき海賊にでもなるとか言ってただろ」
「言葉のあやってもんを知らねぇのか雑用!」
ゼフとサンジの会話を聞いてルフィは何の問題もないと笑顔で声をかけるが当然サンジはそれに反発。少しの間言い合いになったものの、周りの迷惑だと勇儀が告げるとサンジはすぐに姿勢を正してそれに答えた。
壊された席から移動してサンジからデザートの提供があったのだが、それは勇儀とナミだけであった。
「おい!ナミ達には詫びがあっておれ達には何もなしかよ!男女差別だ!訴えるぞこのラブコック!!」
「てめぇらには粗茶出してやってんだろうが!文句垂れる前にまず礼の一つでも言いやがれ長鼻野郎!」
「お!?やんのかコラ、手加減はしねぇぞ!やっちまえゾロ!」
「いや、てめぇでやれよ・・・」
最もなことを言うウソップに対して男であるからなのか対応が厳しいサンジ。
ナミはサンジが提供した“フルーツのマチュドニア”とワインを嗜んでいる。それをルフィが大口を開けて割り込もうとしたところをナミに叩き落とされていた。
「サンジと言ったかい?」
「はい。なんでしょう麗しきマドモアゼル」
「流石に対応の差が大きすぎるよ。こいつらにも何か出してやってほしいんだが・・・ダメかい?」
「いえお任せを!すぐにご用意いたします!」
勇儀の珍しい悲しむような表情にサンジは瞬時に行動を開始。目に見えぬ速さでデザートをウソップとゾロの前に並べていく。女性が普段見せない表情というのはとても破壊力があるというもの。
男の頼みは一切聞かないが、女の頼みならば即座に行動するサンジの人間性がよくわかる場面だ。
素早く行動に移してくれたサンジに勇儀がお礼を込めた行動をするとサンジは鼻の下を伸ばし、鼻血を垂らしそうになりながらそのまま去って行った。
「勇儀も優しいのねー。こいつらのためにそんなことしてあげるなんて」
「流石に女という理由だけでここまでの差がでると罪悪感が湧くんだよ」
「ずりぃぞお前ら!おれには何もないのかよ!!」
「おい雑用!!てめぇはいつまで油売ってやがる!さっさと仕事しやがれ!!」
再び現れたサンジにルフィは連れていかれるのを眺めつつ、食事を終えた一同はルフィを置いて船へと戻ったのだが、海に異常が現れたのはそれから少ししての事。
メリー号の比ではなく、海上レストランのバラティエもはるかに勝る超大型船。
それが見るも無残な姿で眼前に現れたのだ。
ガレオン船のシンボルはドクロの両脇に敵への脅迫を示す砂時計が描かれた海賊旗。
段々と近づいてくる大型ガレオン船の持ち主は
懸賞金1700万ベリー “
少し前に
当然この出来事にレストラン内部は大混乱。
一部の客はすでに船へと乗り込んでいつでも逃げる準備を整えている。
「おい!これはやべぇぞゾロ!勇儀!さっさと船出して逃げたほうがよくねぇか!!?」
「今すぐ船を出してくれぇ!」
「アニキぃ!おれ達ァ死にたくねぇ!!」
「ちょいと静かにしてな。判断を急ぐのは良くないよ」
「ちょっと勇儀!ゾロ!あんた等はなんでそんなに冷静なのよ!」
初めて見るその巨大さとボロボロであることでの不気味さにウソップ達は慌てるがゾロは片手を刀に添えて無言を貫き、勇儀はリラックスしながら盃を傾ける。逃走を諦めている訳ではない。ただ船員たちが自身等の船をここまでボロボロにされたことで、戦意が残っているとは思えなかったからだ。
「おい勇儀。お前はどうする?」
「あんたは行くつもりかい?そうさねぇ・・・私はここで船番をしておくよ。
「そうか、わかった。おいウソップ。行くぞ」
「お、おおおおれかよ!!?」
「怪我しないように踏ん張るんだよ」
「お前は止めねぇのかよぉ!?」
ゾロに引っ張られて連れていかれるウソップにエールを送りつつ勇儀はボロボロになったガレオン船を眺める。その後ろ姿を訝しげにみるナミの姿があったのだが、勇儀が気づくことはなかった。
ゾロとウソップが艦内へと入った時、親玉と思わしき金色の鎧に身を包んだ男と自分たちの船長が相対していた。
50もの戦艦を保有しながらも渡ることの出来なかった力なきものを阻む境界線“
「今から戦闘かルフィ。手を貸そうか?」
言い合いが少し長かったため、空いていた席に座って待っていたゾロは収まってきたところに声をかける。が、ルフィは一人で戦うと言って座ったままでいることを促した。
「ハッハッハッハ!!そいつらはお前の仲間か!随分とささやかなメンバーだな!!」
「何言ってんだ、あと3人いる!!」
「おい、お前今のに俺をいれただろ」
何の問題があるのかと自信をもって言い切るルフィにクリークは反論。兵力5千の艦隊を持っていながら壊滅に追い込まれたクリークとしては嘗めきっているとしか思えなかった。
だがルフィはそんなクリークの怒りなんぞに気にも留めない。
「その5千の奴らが弱いだけだろ」
はっきりと言い切ったのだ。
それを聞いていた周りのシェフや市民たちは青ざめていき、クリークも怒りで血管が浮き上がる。
「・・・・・・いいか貴様らに猶予をやろう。おれはこの食料を船に運んだ後、部下共に食わせてここへ戻ってくる。死にたくねぇ奴はその間にこの店を捨てて逃げるといい。おれの目的は航海日誌とこの船だけだからな。俺のありがたい助言を無視してまで死にたいというなら、俺が直々に葬ってやる。だが麦わらの小僧。てめぇはちゃんと、確実におれが殺してやる。逃げるなよ?」
クリークは眼前の男を始末することよりも、部下に食料を持っていくことを優先した。袋に入れられた食料を担ぎ、ボロボロになったガレオン船へと戻っていく。
クリークがいなくなったことで台風の目に入った時のように静かになった船内はクリーク海賊艦隊に所属する男 ギン から謝罪の言葉が響いた。
クリークにはこの船には手を出さないことを条件として連れてきたとのことだが、結果は見てのとおりで裏切られた。もしこの場に勇儀がいたらクリークは即海に身を投げ出されることになっていただろう。悪運が強い男である。
「サンジさんすまねぇ!こんなことになっちまうなんて思ってもいなかったんだ・・・!!」
「おいてめぇが謝ることじゃねぇぞ下ッ端。この店のコックがそれぞれ自分の思うままに動いた、ただそれだけの事だ。てめぇがとやかく言うことじゃねぇ」
「オーナー!!あんたまでサンジの肩を持つような真似をするとはどういうことですか!?」
「そうですよ!事の原因はメシを恵んだあの野郎にあるんですよ!!」
「オーナーの大切な店をあいつは潰す気なんだ!!」
「 黙れボケナス共!! 」
「「「「!!!」」」」
オーナーのゼフがギンを責めないことに異を唱えるコックたち。日頃から溜まっていた鬱憤も含めて騒ぎ立てていたところにゼフの喝が飛ばされた。
オーナーとして、かつて“赤足”と呼ばれたゼフ。彼とサンジがこのレストランを作り上げる前に出会った壮絶な過去。それが2人の深層に存在している。
餓死寸前まで追い込まれた状況、広大な海の一部の岩山に取り残され、食料と水を日に日に失っていく恐怖。それを経験しているがためにサンジがギンやクリークに食事を提供したことにゼフは何も言わない。それどころか内心褒めてすらいた。
そんな過去を知らないコックたちであるが二人の姿勢に感化され、各々が武器を手に来る時に向けて備えていく。海上レストランで働くコック全員、誰一人として逃げようとしない様子に慌てたのはギンだ。
「な・・・何やってんだあんた達!
「おいギン勘違いしてるんじゃねぇぞ。腹を空かせた奴にメシを食わせる
「・・・・・・!!」
止めようとするギンにサンジは警告を飛ばす。相手がどんな存在であれども容赦はしないと言い切ったサンジにギンは唾を飲み込む。そんなやり取りを見ていたルフィはやはりサンジを引き込みたいらしく、提案してくるがウソップはクリーク海賊艦隊が攻めてくることに対して逃げようと提案していた。
ルフィ達もいずれは“
「そういえばギン。お前“
「・・・・・・わからねぇのは事実。信じきれねぇ・・・いや信じたくねぇ。あの海での出来事が本当に現実だってことが・・・七日目に突然現れた・・・
「はぁ!?」
「ばかな!」
「たった一人に50もの艦隊が壊滅に追い込まれただと!?」
ギンの口からでた言葉は一同に驚愕をもたらすのに十分だった。
戦艦1隻や2隻であれば
「あの時に嵐が来なかったら、おれ達の本船も完全にやられていた。本船がそんなザマなのに仲間の船が何隻も残っていると思えねぇ・・・ただただ恐ろしくて現実だと受け止めたくねぇんだ・・・!あの男の人をにらみ殺すかと思うほどの・・・
「何だと!??」
その言葉に一番反応したのはゾロ。
同じ剣士として、高見を目指すために越えると誓った存在だ。
世界最強の剣士の称号を冠する存在
“鷹の目のミホーク”
それがクリーク海賊艦隊を潰した男であった。
「・・・・・・ん?なにかこっちに近づいてきますよ勇儀の姉御」
「なんだ?小舟に誰か乗ってる・・・?」
船番を任されていたヨサクとジョニーはメリー号・・・というよりは海上レストランへと向かってくる存在に気づいた。船と言うよりも棺を改良して作ったと言っても問題がないだろう。船の外側の角には点々と蝋燭が灯され、外装は漆黒でコーティングされている。帆も真っ黒なこともあって明らかに異質な存在感を放っていた。
「・・・・・・」
ある程度近づいてきたことで船に乗っていた男の姿を視界に収められるようになった。
勇儀もその姿を確認。そして瞬時に
「・・・・・・!!!あ、ああああいつは!?」
「た・・・鷹の目の男・・・!!」
「知っているのかい?」
賞金稼ぎユニットであるヨサクとジョニーはその存在を理解して震えあがった。なぜこんな海にいるのかと叫びだすほどだ。それほどの人物なのだろう。
「当然です!奴は王下“七武海”の一角を担う男“鷹の目のミホーク”!!世界政府公認の奴らは当然強い!めちゃくちゃ強いんです!!」
「・・・へぇ。気になるね」
ヨサクはあまりの衝撃で言ったのだが、これは今の勇儀に言ってはいけない言葉だ。
強い
バギーやクロとは違う政府公認の海賊の一角。当然弱いわけがない。
彼らと互角に戦えることが証明できれば
「“鷹の目のミホーク”っていうあんた!」
「!?ちょっ!姐さん!」
「何声をかけちゃってるんすか!?」
「・・・・・・何だ?」
剣士でもない、それどころか男ですらない存在に声をかけられるとは思っていなかったのだろう。言葉は少ないが要件を言えと目で伝えてくる。
世界が認める圧倒的強者を眼前に収めて勇儀は豪勢な料理を目にしたかのような輝きを笑みに収めて言い放つ。
「私と手合わせ願おうか」