ストライク・ザ・ブラッド~赤き弓兵の戦記~   作:シュトレンベルク

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戦王の使者編
弓兵とクラスメイト


 本島ではもう秋だとは到底思えないほどに暑い絃神島。学生たちは今日もひいこら言いながら学校に通っている。そんないつも通りと言えばいつも通りな生活だが、目の前にはいつも通りとは言えない光景が広がっていた。

 

────俺と大河を除いたクラスの男子全員が姫柊さんに土下座していた。

 

 驚愕とかそれらの感情を通り越して呆れていた。恥も何もあったもんじゃないな、と思いながら自分の机に向かおうとした。だが、隣を抜けようとした瞬間に足を掴まれた。

 

「……なんだよ?」

 

「なんだよ、じゃねえよ!お前も手伝えって!」

 

「はぁ?嫌だよ。大体、なんでお前らは土下座してんだよ。姫柊さんも戸惑ってるだろ」

 

「お前、今月何があるのか忘れたのかよ?」

 

「今月?……ああ、球技大会の話か。それで?だからどうしたって言うんだよ」

 

「姫柊さんにチアをやって貰いたいんだってさ。やってくれるなら全力を尽くすんだって。皆、必死だよね」

 

 自分の席に座っていた大河がそう言った。この光景はそんな理由で出来ていたのか、と思うとなんとも言えなくなってしまう。もはや必死すぎて引くレベルだ。こんな連中の相手をしなくてはならないとは姫柊さんには心の底から同情する。

 

「彼女持ちだからって余裕見せてないで付き合えよ!お前だって見たいだろ?」

 

「彼女持ちだって分かってるならそんな事言うなよ。彼女にバレたら面倒な事になるだろ」

 

 別に大河の彼女はそんな事に何か言うタイプではないが、そこは男としてやりたくないのだろう。大河とは違うが、俺もそんな理由のために土下座なんてしたくない。姫柊さんにも迷惑がかかるような事を頼みこむなんて良心にも反するしな。

 

「衛宮はなんでしないんだよ!?姫のチア姿を見たくないのか?」

 

「はぁ?そりゃあ、お前……見たいか見たくないかって言われれば、見たいけれども。俺は球技大会に参加できないし、やって貰ってもしょうがないだろ」

 

「あ……」

 

「衛宮くん、参加できないんですか?」

 

 男子はしまった、という顔をしていた。姫柊さんは逆に不思議そうな表情をしながら俺に訊いてきた。正直、この話はあんまりしたくないんだよな。俺がそう思っているのに気付いたからか、大河が代わりに説明してくれた。

 

「士郎は先生から出場停止をくらってるんだよ。なにせ、士郎の運動能力は他の生徒と比べても別格だからな。士郎が出場した競技って全部士郎が優勝しちゃうんだよ」

 

「それは衛宮くんが努力してるからなんじゃないですか?なのに、出場停止というのは……」

 

「ああ、いや、そうじゃないんだ」

 

「え?」

 

「そこは別に重要じゃないんだよ。去年、クラスの男子が悪ノリして全部の競技に士郎を参加させたんだ。そしたら士郎が全部優勝掻っ攫っちゃってさ。それで出場停止になっちゃったんだ」

 

「そんなに運動が大好きだった訳じゃないし、俺は全然構わないんだけどな。ただ、その日は暇になるから学校に行く気ないんだ。だから、俺は姫柊さんのチア姿を見れない。それに無理に頼んでも姫柊さんに悪いしな」

 

 俺がそう言うと、姫柊さんも残念そうにしていた。しかし、俺も行ってもしょうがない場所にわざわざ行きたくない。そんな物は時間の無駄だと思っているし、野郎が応援に行ったって男は嬉しくないしそもそも女子の応援をするのもどうかと思う。だが、そんな俺の心境を知ってか知らずか大河はニヤニヤしていた。

 

「でもさぁ、参加しなくても登校する義務はあるよな?」

 

「俺は無駄な時間を過ごすのが嫌いなんだ。お前も知ってるだろ」

 

「そりゃあ、知ってるけど?でもさ、姫柊さんだって士郎が応援に来てくれた方が嬉しいよな?」

 

「え?ま、まぁ、それはそうですね。衛宮君だけ混ざれないって言うのは変だと思いますし……」

 

「大河……お前、一体何を考えてる?」

 

 俺の問いにまだニヤニヤしている大河にイラッとしたので頭を叩いてやった。その一撃で呻いている大河を見下ろしていると、姫柊さんが俺の肩を叩いてきた。

 

「あの……衛宮くん、私のチア姿見たいんですか?」

 

「そりゃあ、どっちかって訊かれればね。でも、姫柊さんが無理をする必要はないんだし断っても良いんだよ?そんなご褒美はそもそもある方が変なんだからさ」

 

「いえ、別に嫌ということはないです。ただ、やる代わりに衛宮くんも学校に来てください。この約束を守ってくれるならやってもいいです」

 

「え?姫柊さん、その言い方だと……」

 

 俺が口を挟もうとした瞬間、急に立ちあがったクラスメートが俺に掴みかかってきた。その眼は若干血走っており、ぶっちやけ怖かった。夜道であったら躊躇なく1発殴っているレベルだ。

 

「任せてください、姫!」

 

「首に縄をかけてでも連れてきます!」

 

「チア、よろしくお願いします!」

 

「お前ら、何を勝手に……」

 

「うるせえ!このリア充が!少しは俺らに協力しろよ!」

 

 だから、怖いって。もう抗う事すら面倒になった俺は諦めた。ため息をつきながら頷いた。その反応に男子連中はガッツポーズをして、大河はニヤニヤしていた。ムカついたのでもう一回ドツキまわした。

 

「ねぇ、雪菜ちゃん」

 

「どうしたの?凪沙ちゃん」

 

「さっきの言い方だと……まるで告白みたいだよ?」

 

「え?……ち、違うの!私はただ衛宮君だけ混ざれないのはおかしいと思っただけでね!他意はないんだよ!?」

 

「うん、雪菜ちゃんの事だからそうだとは思ってるけどね。でも、士郎くんって結構競争率高いから気をつけた方がいいよ?」

 

「だから、違うの!凪沙ちゃん、本当に分かってる!?」

 

「分かってる分かってる。凪沙は邪魔しないから、頑張ってね!雪菜ちゃん!」

 

「分かってない!全然分かってないよ、凪沙ちゃん!」

 

 顔を真っ赤にして叫ぶ姫柊さんとそれを弄る女子。この場は中々に混沌と化していた。一体誰が収拾つけるんだよ、これ……と思っていたら、結局笹崎先生が静かにしなさいと怒鳴りつけて終わった。本当に何なんだ、このオチ。

 

 それから数時間後、俺はまたもや仕事という事で呼び出されていた。今回の仕事はとある兵器を密輸していた研究員、そして密輸された兵器の押収。本来は俺が出る必要も無いような仕事なんだが、後詰めという事で南宮先生に呼び出された。研究所から逃げ出す者がいないか監視する仕事なんだが……

 

「正直な話、俺って必要ないよな……」

 

 用意しておいた武器を片手に見下ろしているが、はっきり言って逃亡できるような人間がいるとは思えない。なにせ相手は欧州で恐れられた空隙の魔女。高度の空間操作技術を持っている魔女の中でも屈指の存在だ。そんな相手を前に、逃げ出せる人間などいる訳がない。

 

 だからこそ。彼女から一度とはいえ逃げ出せる者がいたとしたら――――その者は決して人間ではないだろう。実際、今俺の眼下にいる男は獣人だった。そしてその足を止めるべく、手に持つ武器――――拳銃の引鉄を引いた。

 

「っ!誰だ!?」

 

「やれやれ……私は後詰めで仕事はないだろうと言われていたのだがね。空隙の魔女も手を抜いたのかな?」

 

「貴様……アーチャーか。弓兵如きが、私の足を止められると思うのか!?」

 

「さてね。しかし、テロリストの、それも下っ端如きに負けると思うほどとぼけてはおらんよ。君は少々、私のことを侮り過ぎだ。何故、私のような脆弱である筈の人間が世界にその名が知れているのか。その意味を身をもって知るがいいさ」

 

 そう、俺は伊達や酔狂でアーチャーとして知られている訳ではない。それだけの実力があるから、アーチャー()(アーチャー)として知られている。それは結局の所、それだけの実力が俺にあるからだ。

 

 獣人は身体を低くしながら、俺に突っ込んできた。その行動は正解だろう。拳銃という物は面積が広ければ、それだけ当たりやすくなる。それは当然のことで、だからこそその行動は俺にとっては何の意味も無してはいなかった。

 

 銃声が響く。敵を殺そうとする意志が、しかし意志に反して獣人の太ももを貫く。そして勢いのまま倒れようとする獣人を踏み潰す。魔力によって強化された一撃だったせいか、獣人が悲鳴を上げる。それを黙って見下ろしながら、手元にある銃を見る。

 

「近接戦闘も重視した拳銃、ね。確かに中々頑強みたいだな。身体がそれなりに丈夫な獣人を殴っても特に壊れてもいないみたいだ。後でレポートを纏めておくか」

 

 今の交錯の瞬間、拳銃の銃床を相手の額に思いきり叩きつける事で顔を強制的に上げさせることで体勢を崩し、すぐさま太ももを撃ち抜いた。そして少し跳躍し、獣人の勢いを利用して背中に足をつけ蹴り倒したのだ。

 

 そしてまだ暴れている獣人をもう一度踏みつけ、意識を奪う。獣人の背中から降りてそれを確認し、ちょうど現れた南宮先生に視線を向ける。

 

「困るな。こんな程度の雑魚を逃がして、一体どうするつもりだったんです?」

 

「総てを私がする訳にはいかんからな。そいつを逃がしたのは特区警備隊(アイランド・ガード)の連中だ。私に文句を言われても仕方がないぞ」

 

「そうですか。まったく、もうちょっとどうにかならないんですか?なんだか最近、特区警備隊(アイランド・ガード)の連中がやられ役のモブみたいに感じるんですが」

 

「お前がそう感じるのだとしたら、それは相手が強いだけだ。あいつらはそれなりの技術を持っているし、これまでは普通に対処出来ていただろう?」

 

「それはそうなんですけどね……前回の一件、もうちょっとどうにかならなかったかと思うんですよね。人数が多いんだから、正面から仕掛けなくても包囲して潰すことだってできたでしょうに」

 

「その辺は仕方があるまい。この島にいて、そんな大規模な戦闘が起こる事はそうないからな。起こっても人数で何とか出来る事が多いからな」

 

「数は力って言いますけど、それに甘えていても仕方がないのでは?」

 

「それはそうなのだろうがな。特区警備隊(アイランド・ガード)の連中の指針に何かを言うような資格は私にはない。それはお前もそうだろう?」

 

「そりゃあ、そうですけど。はぁ……まぁ、これ以上言ってもしょうがないか。俺はこの辺で失礼します。明日の授業の用意もしなくちゃいけませんからね。南宮先生も頑張ってください」

 

「……おい、待て。この男はどうするつもりだ?」

 

「え?そんなの決まってるじゃないですか。南宮先生にお任せしますよ。先生が処理するなり、特区警備隊(アイランド・ガード)の連中に渡すなり、ご自由に」

 

 こんな奴の相手なんてしていられるか。もう気絶してるし、俺が何かをする必要なんてない。今日の騒ぎももう終わりだろうし、これ以上いる必要なんてない。俺も学生の身分だしな。普通に労働基準法違反だ。

 

「それじゃ、失礼します」

 

「おい、ちょっと待て。待てと言っているだろう、アーチャー!」

 

「もう就業終了したんで。それじゃ」

 

 俺はそれだけ言うと、その場を離れたのだった。


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