ストライク・ザ・ブラッド~赤き弓兵の戦記~   作:シュトレンベルク

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弓兵と殲教師3

 双剣と眷獣の肉体が衝突する。その間を掻い潜って襲ってくる戦斧を俺の足が弾き飛ばす。その場は一種の膠着状態を形成しながらも、俺は少しずつ後退を余儀なくされていた。

 

 二対一という状況ではなく、眷獣の能力が厄介だった。魔力の無効化能力はこちらの攻撃を一切遮断し、反射してくる。それを何とか抑えながら押し返すのはかなり厳しい。自然と後退させられていく。

 

 やはり狙うべきは眷獣ではなく、それの主である殲教師の方。そちらを抑えれば、命令する者のいなくなったホムンクルスは動きを止める。それは分かっている。だが、その隙を的確に潰してくるあたり、とてつもなく鬱陶しい。

 

「流石は獅子王機関の秘奥たる七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)神格振動波駆動術式(DOE)の術式を取り込んだだけあるな!実に鬱陶しい!」

 

「ほう、剣巫から訊きましたか。ならば分かるでしょう?たとえあなたがどれだけ抗おうと、薔薇の指先(ロドダクテュロス)の防御を突破する事は出来ない!」

 

「分かっているさ。だからこそ、俺が取るべき選択も決まってくる!」

 

 眷獣の一撃を掻い潜り、オイスタッハの方に向かって駆ける。そして剣を振るう。オイスタッハもそれを防ぐべく、戦斧を剣にぶつける。その瞬間、ぶつかり合った戦斧と剣がギリギリと火花を散らす。

 

「ぬっ!?」

 

「ちぃっ!」

 

 オイスタッハが力を込めて、俺を吹き飛ばした。その衝撃に抗うことなく、俺は身体を回転させながら後ろに下がった。そして何事もなかったかのように立ち上がった。

 

「……岩を泥のように斬る剣といえども、流石に対魔族用にコーティングされた戦斧までは斬り裂けないか。まぁ、仕方がない。所詮、これも幻想でしかないんだからな」

 

 俺は剣を掲げながらそう呟き、そして構えなおす。オイスタッハも躊躇うことなく、戦斧を向ける。そして眷獣もまた豪快な拳を振るう。それらの攻撃を躱しながら、捌きながら攻撃を繰り返す。

 

 相手も歴戦の戦士と言うだけあって、中々攻撃に移る事が出来ない。だが、それもこれも眷獣の存在があってこそだ。こちらの攻撃を一切無効化する移動要塞など反則すぎる。

 

 眷獣の存在がなければ、今頃オイスタッハを斃せている。まったく、仕方がないとはいえ姫柊さんは厄介な事をしてくれたものだ。今更愚痴ったところで仕方がないとはいえ、愚痴らずにはいられない。

 

 眷獣を操っているアスタルテの技術はまだ稚拙。さすがに鍛練してきた俺やオイスタッハに及ぶものではない。だからこそ、オイスタッハの行動の邪魔になったりして俺に明確なダメージを与えることは出来ずにいた。

 

 それでも最終的に、キーンストーンゲートの最下層である部分に到着してしまった。眷獣に殴り飛ばされ、部屋に入って行く。着地した後、その後ろに存在を目にする。そこに存在していたのは――――半透明な小僧物の中にある右腕の骨だった。

 

「やはり、聖人の遺骸か……」

 

「ほう?あなたは気付いていたのですか、アーチャー」

 

「剣巫からあんたが至宝を取り戻そうとしていると聞いてな。宗教家が至宝と謳う物など限られている。それこそ――――聖遺物なんかそれの最たるものだろう」

 

 聖遺物。前世で言えば、キリストを射抜いたとされるロンギヌスの槍。それにキリストの遺骸を包んだとされる聖骸布。そして最後の晩餐に使われたとされる聖杯なんかが挙げられるだろう。

 

 今回で言えば、西欧教会に仕えていたとされる聖人の右腕。長い間、《神》に仕えていた聖人であった所為か、その遺骸は聖遺物として機能していた。そう、神の奇跡に相応しい力の籠った聖遺物として。そしてだからこそ、ここにはこの聖遺物が存在する。

 

「この絃神島は四十年前に設計された。その目的は、龍脈が通る《海洋上》に、人工の浮島を建設して、新たな都市を築く事。それは当時の人間からすれば、相当画期的な物だったんだろうな」

 

「そうですね。レイライン……龍脈が流し込む霊力は住民の活力へとつながり、都市を繁栄へと導くだろうと誰もが考えた。しかし、建設は難航しました。海洋を流れる剥き出しの龍脈の力は、人々の予想を遥かに超えていたからです」

 

 そう言いながら、オイスタッハは置かれている聖人の右腕に視線を向けた。苦々しげな表情を浮かべながら、誰かを呪うように。きっとその想いの丈は既に没したとされる絃神千羅に向いているのだろう。

 

「実際、都市の設計者である絃神千羅はよくやったと言えるでしょう。東西南北……四つに分割した人工島を風水でいうところの四神に見立て、それらを有機的に結合することで龍脈を制御しようとした。しかし、それでも解決できない問題がひとつだけ残っていたのです」

 

「それが、要石の強度。当時の技術力で、剥き出しの龍脈を抑えきれるほど強力な要石が作れる筈がない」

 

「そう……あなたの言う通りです。絃神千羅の設計では、島の中央に四神の長たる黄龍が……連結部の要諦となる要石が必要でした。しかし当時の技術では、それに耐えうる強度の建材を作り出すことができなかったのです。故に、彼は忌まわしき邪法に手を染めた……」

 

「それが、供犠建材……」

 

 この島は剥き出しの龍脈の上にある。そんな物を受け止めるという事は、黄龍――――つまり中心部には途方もない負担がかかる。それに耐えられる要石を当時の技術では作れなかった。

 

 ならば、どうしたのか?技術的な物で埋められる物ではないと知った絃神千羅。どうするべきなのか、相当迷ったはずだ。悩んだ結果、彼は呪術的な要素に頼る事にした。

 

 それこそが供犠建材。アステカ地方などで行われていたとされる、人を生贄にする手法。しかし、生贄にするとしても、ただの人間では意味がない。それこそ自然の龍脈に耐えられるほどの物――――神の奇跡が宿った聖遺物でもなければ。

 

「彼が都市を支える贄として選んだのは、我らの聖堂より簒奪した尊き聖人の遺体でした。魔族共が跳梁跋扈する島の土台として、我等の信仰を踏みにじる所業……決して許せるものではありません!」

 

「ああ、それはそうだろう。絃神千羅がした事は許されべからざる事なんだろう。死体を利用するなんて唾棄すべき行いだ。ああ、認めよう。お前は確かに正しい」

 

「おお、あなたにも分かりますか。ならば、そこを退いて下さい。私は、実力をもって我らの聖遺物を奪還しなければなりません。これは我等と、この都市との聖戦なのです。たとえあなたといえども、邪魔は許さぬ!」

 

 オイスタッハはそう言いながら、戦斧を構えた。しかし、俺はオイスタッハの行動に異を唱えた。いくらなんでも、オイスタッハの言はあちらに都合が良すぎる。

 

「聖遺物の簒奪など出来る筈がない。お前がそれを知っているという事は、それを教えた誰かがいる筈だ。絃神千羅に聖遺物を明け渡した誰かが。それから眼を逸らし、自分に都合の良い言葉を吐くのは納得できないな」

 

「それは……」

 

「なにせ、聖人の遺体だ。それを右腕だけとはいえ、明け渡せるとすれば当時既に枢機卿クラスの人間だったんだろう。どうせ、良心の呵責でその事をお前に話したんだろう?お前はその人物の名誉を守るため、その事実から眼を逸らした。だが、そんな弁で俺が納得すると思うか?」

 

 そう言いながら、俺は右腕にある剣をオイスタッハとアスタルテに向ける。真実を口にすることなく、自分が正義であるなどと語るその口調は認められない。

 

「大体、絃神千羅のやった事が間違っていようと、今を生きている者たちには関係ない。こんな事をせずにきちんと告げれば良かった。お前のやっている事がどれだけ正しくとも、それは関係のない他人を巻き込んでいい理由にはならない」

 

「ならば!ならばあなたは、このまま至宝を放っておけと言うのですか!?」

 

「そうだ」

 

「………………」

 

 俺の言葉に、オイスタッハは絶句していた。まぁ、当然だろう。オイスタッハの言いたい事を理解している俺がオイスタッハの行動を否定し、あまつさえそのまま放っておけと言うのだから。

 

「あんたの言う事も分かるんだよ。確かに、死体はゆったりと寝かせてやるべきだろう。だけど、それが役に立っているのなら。今を生きる人を助けているのなら、それは誇るべき事だ。死して尚、生者を救う聖人。それでこそ、聖人と言うべきなんじゃないのか?」

 

 人を救ってこそ、聖人だ。誰も救ってくれない《神》に代わって人を救う。だからこそ、彼らは聖人として崇め奉られる。それでこそ、聖人の本懐なのではないだろうか?俺はそう思う。

 

「あなたは……歪んでいる」

 

「ああ、俺は歪んでいる。両親から捨てられ、正義の味方の生き方を見てきた俺の在り方は歪んでいる。だが、これこそが俺だ。大切な人々を守る。それを守れるのなら、どんな物だって利用するさ」

 

 たとえ、死者の尊厳を踏みにじっても。俺は大切な人々を守る。切嗣が死んだとき、俺はそう誓ったんだ。多くの人々を守った結果、あんな死を迎えるぐらいなら俺は大切な人を守って死ぬと決めた。

 

「……これ以上あなたと話しても無駄でしょう。アスタルテ!もはや、我らの行く手を阻む者はアーチャーのみ!彼を打倒しあの忌まわしき楔を引き抜いて、退廃の島に裁きを下しなさい!」

 

命令認識(リシーブド)。ただし、前提条件に誤謬があります。ゆえに、命令の再選択を要求します」

 

「なに……?」

 

 俺が誰かが飛び降りてくる気配を感じ、振り返るとそこには斬り裂かれたパーカーを纏う暁古城(第四真祖)と槍を手に持つ姫柊雪菜(剣巫)の姿があった。先ほどの会話を聞いていたのか、浮かぶ聖人の遺体に対して驚いていなかった。

 

「……邪魔をするか、第四真祖!私は我らが至宝を取り戻す義務がある!邪魔をするというのなら、排除するまでの事だ!アスタルテ!彼らを諸共に排除し、我らが至宝を奪還せよ!」

 

「……命令受諾(アクセプト)執行せよ(エクスキュート)薔薇の指先(ロドダクテュロス)

 

 オイスタッハが命じると、それまで沈黙していたアスタルテは微かに悲しみを滲ませた声で答えた。すると、眷獣の輝きが増して、それに比例して撒き散らされていた魔力が勢いを増した。

 

「問答無用かよ……けどさ、忘れてないか?俺はアンタに胴体をぶった斬られた借りがあるんだぜ?とっくの昔に死んだ設計者に対する復讐よりも、その決着をつけようぜ」

 

 そう告げると、暁先輩の腕から雷光が溢れた。その雷光は明らかに眷獣の暴走による物ではなく、眷獣を確実に操作できるようになった証だった。

 

「まさか、眷獣を掌握したのか?しかし、何故……」

 

 先ほど死んだ時まで、暁先輩は眷獣を掌握できていなかったはずだ。それがこの短時間でどうやって掌握したんだ?まさか、誰かの血を吸ったのか?しかし、一体誰の……まさか!

 

 俺は思わず姫柊さんに視線を向けた。俺の視線に気付いたのかそうでないのか、頑として視線を合わせようとしなかった。おそらくだが、彼女は暁先輩に血を提供したんだろう。

 

「さあ、始めようか、オッサン……ここから先は、第四真祖(オレ)戦争(ケンカ)だ!」

 

 その言葉に雪菜が寄り添うように雪霞狼を構えて、悪戯っぽく微笑みながら宣言する。

 

「いいえ、先輩。『わたしたちの聖戦(ケンカ)』、です!」

 

 そんな余りにも勝手な二人に嘆息しつつも、俺もまた並び立つ。

 

「まったく、勝手な事だ。これは俺の戦い(ケンカ)でもあるってのに。まぁ、いいさ。ルードルフ・オイスタッハ、そういう訳だ。お前の理想を否定する気はないが――――」

 

 そう言いながら、双剣を振るう。まったく、俺も焼きがまわったものだ。まさか、こんな素人の二人と組む事になるとは。だが――――悪くないな、こうして誰かと肩を並べるという事も。

 

「俺の理想の為に、お前を斃そう。覚悟しろ、正義の執行者(ヒーロー)――――!」

 

 ここに世界最強の真祖とその監視者。そして赤い弓兵が肩を並べる。


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