ストライク・ザ・ブラッド~赤き弓兵の戦記~   作:シュトレンベルク

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弓兵と殲教師2

 しばらくすると、姫柊さんは泣き止み俺は彼女から離れた。そして彼女が恥ずかしげに頬を赤らめていた。彼女から距離をとった俺は背を向けたまま、ここを離れようとした。

 

「ま、待ってください!」

 

「……まだ何かあるのか?」

 

「あの、私もお手伝いを……」

 

「何を言っている。君にはそこの吸血鬼を見守っていてもらわなければ困る。眷獣の制御もままならない真祖を放置などされてはそちらの方が大変だ」

 

「それは、そうかもしれませんが……」

 

「心配せずとも、そこの吸血鬼は直に目を覚ます。それまで休んでいろ。精神的にはスッキリしたかもしれんが、そこの吸血鬼が起き上がるまでろくに動けないだろう」

 

 それだけ、心の痛みというのは動作に作用する。そんな状態で動かれても、正直困るというしかない。それだったら居ないほうがまだマシだ。

 

「それよりは何が起きたのかを訊いておきたい。君は獅子王機関から秘奥である七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)を受け取っているはずだ。そんな君が一方的に負けたとは思いがたい。一体、何があった?」

 

「それは……」

 

 姫柊さんの話を聞いて、俺は頭が痛くなるような想いを味わっていた。相手の目的はまだ分からないが、魔力無効化の能力を持った眷獣など、面倒極まりない。それは眷獣に対して使用できるほとんどの対策が取れないのと同義なのだから。

 

 そう思った瞬間、ポケットに入っていた携帯が鳴り始めた。

 

「もしもし?」

 

『唐突で悪いんだが、キーストーンゲートに向かってくれないか!?それも早急に』

 

「待て。唐突過ぎて何がなんだか分からん。簡潔に説明しろ」

 

 

『あの殲教師とホムンクルスがキーストーンゲートを襲撃してきたんだ』

 

 

「……どこに向かってる?上か、それとも下か?」

 

 俺は姫柊さんに視線を向けることもなく、その場を離れた。どうも大河の口ぶりから鑑みて、のんびりしている暇はないらしい。すぐにバイクのほうに向かって走り始めた。

 

『下だ!上層のほうでも被害が出始めてるみたいで……どれぐらいで着く!?』

 

「落ち着け……というのも無理か。特区警備隊(アイランド・ガード)の応援は?」

 

『空隙の魔女にはさっき応援の申請をしておいた。でも、すぐに来れるとは思えない。ここは普段でも百五十人以上の隊員が待機してるけど、それも何時まで持つか……』

 

「二十……いや、十五分持たせろ。法定速度違反になってでも到着する。警備ロボを全部起動させて、遠距離から撃ちまくって足を止めろ」

 

『分かった!』

 

 通話を切ると、俺はバイクに乗り込む。そして一気にアクセルを限界まで回す。非常時用に改造してあるため、バイクは一気に限界速度を叩き出した。そして信号をすべて無視しながら突き進む。

 

 目の前にあるすべての車を避けながら、ただひたすらにキーストーンゲートへ向かう。

 

士郎side out

 

大河side

 

 士郎との通話が切れ、俺はすぐさまキーストーンゲートにあるすべての警備ロボを侵入者に向かわせる。そう、今俺はちょうど侵入者のいるキーストーンゲートに居た。

 

 ちょうど俺の先輩の藍羽先輩の愚痴を聞いていた時に、いきなり報告が来たんで慌てて電話をかけちまった。今更だが、これは失敗だと思っていた。

 

「モグワイ!警備ロボの制御をこっちに渡せ!」

 

『ケケッ、了解だぜ』

 

 専用のディスプレイを起動させ、ゴーグルをかける。そして一体の警備ロボをトップにおいて、次々と警備ロボの制御をオートからセミオートに変更する。

 

「ちょ、ちょっと鳴神くん!?一体何を……」

 

「すいません、藍羽先輩。少し静かにしていてください……!」

 

 倒すのではなく、時間を稼ぐことに終始する。人に向かって撃たなくても良いなら、俺にだってどうにかできるはずだ。さすがに士郎みたいに躊躇なく人を撃つ事は俺には出来ない。

 

 思惑通り、殲教師の足元と眷獣に向かって撃ちまくる。両方とも大きな意味はないが、それでも時間稼ぎには十分すぎる。実際、両方とも二の足を踏んでいた。

 

 士郎曰く、効かないからと言って止める事は愚策。たとえ効果がなくても、攻撃されることはストレスがかかる。それを受け続ければ、相手も失敗をすることが起こりうると。

 

『くっ……鬱陶しい!』

 

 だが、相手も歴戦の兵士。戦いにおいては向こうの方が得意だ。俺が勝てるはずがない。だけど、それでも十五分持たせるぐらいは俺にだって――――!

 

『――――見事。私を十分以上釘付けにするような者が、このような穢れた島に居るとは』

 

 しかし、俺の願いは叶わず。十二分しか足止めできず、警備ロボは全機破壊された。あと士郎が来るまで三分はかかる。そして三分もあれば、あいつが俺を殺すのは容易だろう。

 

「すいません……藍羽先輩。失敗したみたいです。先輩はここで隠れていてください」

 

「何言ってるのよ!鳴神くんも隠れてたら良いじゃない!」

 

「駄目ですよ。対魔族戦闘のスペシャリストであるあのオッサンを十分以上足止めした俺が、見逃してもらえるとは思えないし……これは俺が始めたことです。先輩を巻き込むわけにはいきません」

 

「ああ、もう!どうして男ってそう勝手なの!?」

 

「それが男ってもんですよ。それじゃあ、生きてたらまた会いましょう。失礼します」

 

 俺は部屋を出て、あのオッサンが通るであろう通路に向かう。せめて先輩ぐらいは守らないと、俺も士郎に顔向けできない。それに約束したんだ。十五分は時間稼ぎをするって。それを止めるわけにはいかない。

 

 魔族を襲ってまでしようとする事が、生半可な事であるはずがない。この島を沈めるような事をしでかしたとしても、おかしいとは思わない。だったら、俺はそれを阻まなきゃいけない。

 

 俺が通路に出て暫くすると、オッサンとホムンクルスの子がやってきた。立ちふさがる俺を見て、訝しげな表情を浮かべたオッサンだったが、すぐに表情を改めた。

 

「問いましょう、少年。あの警備ロボを操っていたのはあなたですか?」

 

「そうだ、って言ったらどうするんだ?」

 

「まずは賛辞を送りましょう。ロタリンギア正教会所属の殲教師である私を十分以上足止めする――――この島にいるほとんどの魔族でも出来なかった事をなしたあなたを素直に褒めましょう」

 

「それはどうも。……次は?」

 

「あなたの命をいただきます――――とでも言うと思いましたか?私も無益な殺生は好みません。あなたが何もしないというのなら、このまま放置しましょう」

 

 それはありがたい提案だ。もう十五分ほど経っている。士郎もこの建物に到着している頃合だろう。俺がこれ以上時間稼ぎをする意味なんてない――――訳がない。

 

「それは出来ない。あんたが何をしにきたのか知らないけど、それでもあんたの行動でこの島は被害を被るんだろ?」

 

「……否定はしません。しかし、だからと言って何だというんです?今から逃げれば、あなたと家族の命ぐらいは助かるでしょう?」

 

「俺は……アーチャーの相棒だ」

 

「ほう……真祖殺しの」

 

「そうだ。そして俺たちはこれだけは決めてるんだ。大切な人たちだけは守るって」

 

 俺たちは正義の味方じゃない。人を数で見ることはできない。だから、大切な人たちは是が非でも守りたいと思う。その想いだけは嘘じゃないんだ。

 

「あんたにこの道を譲るわけにはいかない。その結果、大切な人たちに危害が及ぶなら……俺は死んでもあんたを止める!」

 

「……怖くないのですか?誰でも命を失うのは怖いはず。それがあなたのような一般人なら尚更でしょう」

 

「ああ、怖い、怖いね。でも、ここで命を落とすことよりも、あんたを野放しにして大切な人たちを失うほうが怖いんだよ!」

 

「……見事です。その心意気に免じて、せめて痛みなく一瞬で殺して差し上げましょう」

 

 そう言って男はオッサンが戦斧を掲げる。

 

「何か言い残すことは?」

 

「……この先に俺の先輩がいる。その人には手を出すな」

 

「良いでしょう。我が主の名にかけて、危害を加えないことを約束しましょう」

 

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

 

 

「なっ……先輩、どうして!?」

 

 俺が振り返ると、そこにはノートパソコンを抱えた藍羽先輩が立っていた。隠れているように言ったのに、どうして……

 

「どうして!?ふざけるんじゃないわよ!なんで鳴神くんがそんな危険な目に遭わなきゃいけないのよ!それに、私が君を見捨てられる訳ないでしょ!私は……君の先輩なんだから!」

 

「先輩……」

 

「……ならば二人共々、散るが良いでしょう」

 

 

「さすがにそれを見逃すわけにはいかないな」

 

 

 そんな言葉と共に、動かないはずのエレベーターの扉が吹き飛んだ(・・・・・)。扉は塵屑のように吹き飛び、そこからは赤いマフラーと外套を身に纏った男が立っていた。

 

「貴様……アーチャー!」

 

「ああ、そうだ。さて、殲教師ルードルフ・オイスタッハ。ならびにホムンクルス。ここからの相手は俺だ。覚悟はできているか?」

 

 そう大胆不敵に告げる、俺にとっての英雄(士郎)の姿がそこにはあった。

 

大河side out

 

士郎side

 

 さて、時間稼ぎは頼んでおきながら時間がかかっちまった。階段を使ってたら間に合いそうになかったから、エレベーターをフリーフォールしなくちゃいけなくなった。

 

「アーチャー……まさかそんな場所から現れるとは思いませんでしたよ」

 

「どこから現れようが俺の自由だろう。それより、貴様は自分自身の心配をしたほうが良いんじゃないのか?」

 

「なんですって?」

 

「下がってろ、二人とも」

 

「ああ、分かった!行きましょう、先輩」

 

「え、でも……」

 

「心配は無用だよ、電子の女帝。これぐらいじゃ俺はやられはしない。だけど、あなたたちまで守っているほどの余裕もないんでね。ここは大人しく従ってくれ」

 

「わ、分かりました……」

 

 大河が藍羽先輩を連れて行くのを確認した後、俺は改めて殲教師――――ルードルフ・オイスタッハの方を向く。そこには油断なく戦斧を構えたオイスタッハがいた。

 

「そこまでして我々の悲願を阻みますか……ならば、こちらも手加減は無用。アスタルテ!」

 

「――――命令受諾(アクセプト)執行せよ(エクスキュート)薔薇の指先(ロドダクテュロス)

 

 ホムンクルスの少女――――アスタルテの言葉と共に、アスタルテの背中から一対の翼、否腕が出現する。そして瞬く間にアスタルテの身体が眷獣に取り込まれていく。最後には二メートル近い半透明な巨人が現れた。

 

「それがご自慢の切り札か」

 

「そう、これこそがわれらの切り札!さぁ、大人しくそこを退きなさい。このような狭い場所ではご自慢の弓も満足に引けないでしょう?」

 

「余計なお世話だ。そんな心配をしているぐらいなら、さっさと向かって来い」

 

「良い度胸ですね……その度胸をへし折って差し上げましょう!」

 

 巨人が腕を振り上げ、その攻撃を紙一重で躱す。そして腕に魔力を流す。

 

Set(構築)On(開始)

 

 そして俺の腕に一対の魔力の塊によって眷獣を押し返した。そして次にオイスタッハが俺を見た時、俺の手の中に合ったのは一対の短剣だった。

 

「馬鹿な……なんだ、なんなんだそれは!?」

 

「知らないのか?中国で有名なとある剣さ。まぁ、魔力で編まれているせいか流石に魔力無効化能力を持つ眷獣は突破できないみたいだがな」

 

「くっ……貴様の得手は弓である筈!」

 

「確かに俺は弓を引く方が得意だけど。だからって俺が剣を振るう事が出来ない、なんて言った覚えはないぞ」

 

「くっ……」

 

 オイスタッハが歯噛みしながらこちらを睨んできた。まぁ、俺自身も剣を使った事なんてほとんどないけど。基本的には弓や銃器の遠距離系武器ばっかり使ってるし。

 

 だが、切嗣から徹底的に叩き込まれたからな。いつも遠距離攻撃で相手を仕留められる訳ではない。それに自衛的な意味でも、近距離での戦闘手段を身に着けて置く事は決して無駄ではない。

 

 だからこそ、俺は近距離での戦闘手段を身に着けている。こういう不測の事態に陥った時、最も信用できるのは自分の腕だと教わった。実際、そうなのだと俺も理解している。

 

 俺がアーチャーであると知る奴は、大体が俺が近接も出来ると思わない。一点特化の才能であると思いこみ、だからこそ俺の名前が知れ渡っていると思っている。まぁ、俺が近接戦も出来る事を知ってる奴は大体がやられてるけど。

 

「さぁ、どうした?お前らの実力はこんな物か?こっちはまだ序の口だぞ?」

 

 俺がそう言って挑発するように指を動かすと、オイスタッハも戦斧を構えた。巨人もまた拳を構え、俺は双剣を改めて構え直して戦いを仕切り直しを始めるのだった。

 


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