ストライク・ザ・ブラッド~赤き弓兵の戦記~   作:シュトレンベルク

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弓兵と相棒

 結局、情報をあちらに伝えて整理する頃には夜が明けていた。その代わり、情報を何とかまとめる事が出来た。そして早めに学校に集まって大河と二人で情報を共有した。

 

「ロタリンギア正教会所属の殲教師、ルードルフ・オイスタッハか」

 

「ホムンクルスの方は分からなかったのか?」

 

「それは分からなかったらしい。おそらく教会の方にも情報を秘匿していたんだろうな。眷獣を宿したホムンクルス……危険に過ぎる」

 

 能力が、ではなくホムンクルスの命が。眷獣を宿せるのが吸血鬼だけであるのにはきちんとした理由がある。それは眷獣という物が生命力を消費する事でこの世界に姿を現すからだ。吸血鬼が何事もなく召喚する事が出来るのも、吸血鬼が負の生命力を無尽蔵に有しているからに過ぎない。

 

「起こってる事件も全部魔力を吸い取られた、って話なんだろ?これなら決まりだろうな」

 

「まぁな。だが、そこまでして事件を起こす理由が分からん。それ以上に、たった二人で絃神島を相手にして勝てると思っているのか?疑問は尽きないな」

 

 たとえ、俺の存在を知らなかったとしても。この島には空隙の魔女や多くの魔族が暮らしている。特区警備隊(アイランド・ガード)だっているのだ。油断して良い理由には決してなりえない。どういうつもりなのだろうか。

 

「それにしても、装備の方も厄介だな。対魔族用鎧『要塞の衣(アルバサダ)』とか魔族には面倒な相手だよな。上級の殲教師にしか与えられない、っていうぐらいの話だし結構な物なんだろ?」

 

「あんなの人間からすれば、ただ眩しいだけの代物だ。大体、あれだけあったって古参の長老には敵わないさ。そもそも、あのおっさん自体がそれほど恐ろしい相手じゃないけどな」

 

「なんでだよ?」

 

「上級の殲教師って言うけど、殲教師は団体行動が基本なんだ。つまり、ツーマンセル以上の戦略によって魔族に対抗してるんだ。そうでもなきゃ魔族にたった一人で戦える訳ないだろ」

 

「いや、それが出来る奴に言われても説得力ないんだけど……」

 

「俺と比べるのが間違ってるんだよ。切嗣は俺を一人でも魔族と対抗できるように育てたんだ。初めから基本的な思想が異なってるんだよ。そもそも、俺は真っ向から戦うタイプじゃないし」

 

「でも、真っ向から戦えるんだろ?」

 

「出来るかどうかとするかどうかは別の話だろうが。俺だって仕方がなければするけど、基本的には遠距離だよ。そうでもなけりゃ、魔族に勝てる訳ないだろ」

 

「そうは言うけどさ、お前の依頼達成率は八割以上じゃねぇか。それも勝てるからじゃねぇのか?」

 

「……あのな。前に説明しただろ?百発百中の射手がいたとしたら、それはなんでだと思う?」

 

「当たる時にしか撃たないから……」

 

「そうだ。俺だって俺に出来る事しかやってないさ。失敗した奴だって俺の身の丈以上の奴を俺が選んじまっただけさ」

 

 いつだって俺は俺に出来る事しか出来ない。俺は皆を救おうとする正義の味方じゃない。俺は俺が守りたい人しか守れない。一を救うためには九を捨てるしかない。

 

「まぁ、そんな話は良いだろ。俺は俺がやれることしかやれない。それだけだ。それより、昼休みになったら南宮先生の所に行くから付き合ってくれよ」

 

「ええ~……お前だけ行けば良いじゃん。俺、なんとなくあの先生苦手なんだけど」

 

「先生から直接言われたんで無理。一般人(お前)から見た意見も訊きたいんじゃないかと思うんだ。悪いけど、我慢して付き合ってくれよ」

 

「しょうがないな……」

 

 大河はなんだかんだで付き合いは良い方なのだ。それは俺の仕事に付き合っている辺りからも察せる。とはいえ、嫌な事からは俺を置いてでも本気で逃げようとするが。

 

「お前、昨日はどれだけ構築したんだ?」

 

「弓を一つと矢を二本だけ。そんな心配される様な事はしてないさ。少なくとも、あの殲教師に後れを取ったりするような事はないさ」

 

「それは心配してねぇよ」

 

 大河は俺の仕事を間近で見た事は一度もない。だが、俺の評判は知っていたらしい。まぁ、我ながら目立つ格好をしているし、何よりも経歴も相当な物だ。そして俺と接触した後も、俺の戦いを見た事が無いのは変わらなかった。

 

「そういえば、今日転校生が来るって話だよな。お前は何か知ってんの?」

 

「うん?知らない事もない……かもしれないな。その人が俺の知っている人であるとは限らないし」

 

「おいおい、何とも微妙な事を言うじゃないか。お前の隣に来るかもしれないってのに」

 

 そう言いながら大河が視線を横に向けると、そこには真新しい机と椅子が置かれていた。その姿は明らかに誰か新しい人が来ると言うのをありありと主張していた。しかし、俺にはどうでも良かった。

 

「そうであっても、態度が変わる訳じゃないさ。相手がどんな人間であっても、関わるかどうかは分からないんだから。大体、そうであってもお前にはそんなに関係ないだろ?」

 

「まぁな。でもさ、なんでも凄い美少女って話だ。お前に限ってないとは思うけど、もしかしたら一目惚れなんて事も……」

 

「勘ぐりしすぎだろ。大体、俺がそういう感情がよく分からん。一目惚れとかなんとか、そんなのは俺には縁遠い感情さ」

 

 ぶっちゃけ、よく分からないんだよな。一度見た瞬間から人を好きになる、という事が。いや、そもそも人を好きになるという感情がいまいちよく分からん。経験がないからかもしれないが。

 

「お前ってさ、ホントに堅物だよな。一回誰かと付き合ってみろって。そしたら何か変わるかもしれないだろ?」

 

「そんなお遊びみたいな真似が出来るか。相手にも失礼だし、何より俺も真面目に付き合えるとは思えん」

 

「そりゃあ、そうかもしれないけどさ……」

 

 大河は言い足りないのか、まだ何か言おうとしていた。だけど、これは俺の信念に関わってくるからおいそれと頷く訳にはいかないんだよな。それに簡単に頷くと問題もあった。

 

「その話はもう良いだろ?俺だって怖い気持ちはあるんだぜ?」

 

「怖い?それって何が……ああ、そうだったな」

 

 大河も思い出したのか、何とも言えない表情を浮かべていた。俺が誰かと付き合えない理由に心当たりがあるからだ。そう、俺としてもあの問題をどうにかしなければ誰かと付き合うなんて選択肢は生まれない。

 

「そ、そうだな。この話題はここまでにしとこうか。本島ではどんな物があったんだ?」

 

「う~ん……そうだな。俺が特に何か見てきた訳じゃないけど、観光施設とかはいろいろ発展してたよ。某ネズミを主役にした遊園地のパチモンとかな」

 

「ああ、あれな。つっても、俺は前世でも行った事ないんだよな。だから、変わってても特にわからねぇんだよな」

 

「分からなくても良いだろ。あんなのはその場その場で楽しめればいいんだよ。俺も遊園地に行く事はあんまりないな。前世はガキの頃だけだったし、今世は一回も行った事ない」

 

「お前、ホントに寂しいな。まぁ、精神年齢的にそんなに行きたいとは思わねぇもんな」

 

「行く事もなかったよ。そもそも、都会に行く事もなかったしな。その代わりに語学は堪能だけどな」

 

「確かにお前、英語とか得意だもんな」

 

「と言っても、会話だけで筆記の方はそうでもないさ。会話と筆記が違うなんて事はよくあるからさ。最初はほんとに苦労したぜ」

 

「そうは言うけど、今となってはそれなりに点数取れてんだろ?だったら問題ないじゃん」

 

「勉強の賜物さ。お前だって、もっとどうにかしたらどうだ?体育とか補修ギリギリだったんだろ?」

 

「俺は頭脳労働だからいいんだよ。お前みたいに運動できなくても。大体、ここの体育の授業は厳しすぎるんだよ。だから俺は悪くない」

 

「自信満々に言うな」

 

 確かに、この学校は中学校にしては授業はそれなりに厳しい。それは事実なんだが、それにしてもこいつの運動不足はどうにかならないかと思う。

 

「そうは言うけどさ、笹崎先生ってとんでもない攻魔官なんだろ?なんか俺たちにだけ厳しくないか?」

 

「さあ?俺は別にきついとは思わないし。たまに鍛練に付き合って貰ってるしな。それに比べれば、普段の授業なんてどうって事ないさ」

 

「……その所為じゃね?」

 

「俺に対する扱いがキツイならそうかもしれんが……お前にまできついとは思わないけど?」

 

「お前と一緒にすんなよ……」

 

 大河は肩を落としながらそう呟いていた。本気でそんなにひどいとは思わないんだがな。俺が首を傾げていると、クラスメートも現れ始めた。そこで仕事側からの話を終わりにして挨拶を交わしだした。

 

 そして暫くすると、担任である笹崎先生と転校生である――――予想通りと言えば予想通りの――――姫柊さんがいた。急に現れた美少女に男子連中はどよめいていた。

 

「それじゃあ、姫柊ちゃん。あそこ、衛宮くんの隣の席ね。衛宮君も姫柊ちゃんに教科書見せてあげたりとかよろしくだったり?」

 

「分かりました」

 

「分かってますよ、笹崎先生」

 

 姫柊さんが隣の席に座ると、声をかけてきた。

 

「おはよう、姫柊さん。一昨日ぶり」

 

 仕事のアーチャー()は衛宮士郎じゃない。だから、今姫柊さんと会っている俺は一般人だからこそ一昨日ぶりが合っている。

 

「おはようございます、衛宮君。まさか同じクラスになるとは思っていませんでした」

 

「それは俺だってそうだよ。まぁ、これも縁だし困った事があったら頼ってくれて良いよ」

 

「はい。よろしくお願いしますね」

 

 姫柊さんがそう言ったのを頷くと、何やら殺気めいた者を感じて視線を向けると男連中がこっちを睨んでいた。大河は唯一、同情めいた視線を向けていた。

 

 そして、割と退屈な授業を終えて昼休み。昼食を取り終えた俺たちは南宮先生のいる部屋に向かった。南宮先生は何故か学校に自分専用の部屋を持っている。攻魔官な上に教師もやっているなど、色々と謎な部分が多い先生だと思っている。

 

 ノックをして部屋に入ると、そこには暁先輩と姫柊さんがいた。入ってきた俺たちに驚いていたが、これ以上話す事もなかったのか出て行った。俺はカモフラージュ用に持って来ていた英語のノートを机に置いた。

 

「来たか。それで、情報はそろったのか?」

 

「ええ、まあ。どうにかこうにか、ってところですね。そのせいで大河も俺も眠いですけど」

 

「仕方があるまい。これは早急にどうにかしなければならないからな。そろそろ被害者の数も面倒な事になってきたしな。それで、どいつがこんな事をしでかしたんだ?」

 

「犯人はロタリンギアの上位殲教師のルードルフ・オイスタッハ。そして奴が連れているホムンクルスの少女です」

 

「ロタリンギアの殲教師だと?何故そんな連中が……」

 

「何の目的かまでは分かりませんが、魔族の事件は大体把握しました。ホムンクルスの少女は眷獣を宿しているらしく、彼女を生かすために魔族から魔力を奪っているのではないかと思います」

 

「チッ……人道に反しすぎている。そんな物が認められる訳がないだろうに」

 

「こんな事件を起こすような奴がそんな事を気にするとは思えません。それで、奴が潜伏しているであろう施設ですが……」

 

「はいはい、調べといたよ。つっても、絃神島にはもうロタリンギア関連の企業は残ってないんだけどな」

 

「どういう事だ?」

 

「業績不振で撤退しちまったんだよ。んで、とりあえず今も残ってるロタリンギア関連の企業の建物をピックアップしておいた。ここだな」

 

「ホムンクルスによる新薬実験か……確かに条件としてはピッタリだな」

 

特区警備隊(アイランド・ガード)を派遣するか?」

 

「いえ、後で俺が調査に向かいます。なので、特区警備隊(アイランド・ガード)はいつでも動かせるように待機しておいてください」

 

「……大丈夫なのか?お前の実力を疑うわけではないが、数の上でも二対一。貴様が向かう必要はないと思うが」

 

「数だけいたってどうにもなりませんよ。腐っても相手は対魔族用に鍛え上げられた殲教師。特区警備隊(アイランド・ガード)が遅れをとっているとは思いませんが、見劣りするのは事実。最初の一当ては俺が勤めますよ」

 

「いつ目的を達成するか分かりませんしね。俺もまだ情報を集めておきます」

 

「……分かった。それでは任せたぞ」

 

「お任せを。オーダーには応えますよ。なにせ、仕事なんで」

 

 俺はノートを取ると、部屋から出て行った。そして教室に戻ると、姫柊さんの姿と鞄が消えていた。それを見た瞬間、俺の脳裏にまずいと言わざるを得ない予想がよぎった。

 

 彼女は昨日の事件の関係者。彼女の性格からして、あの殲教師を放っておけるはずがない。独断行動に走ってもおかしくはない。そしてそれは暁先輩も同じことだ。

 

「……大河、お前のバイト先の先輩って確か凄腕のハッカーって話だよな?」

 

「え?ああ、藍羽先輩か?確かその筈だけど……まさか」

 

「チッ……大河、先生には仕事だって言っといてくれ!」

 

「あ、おい、士郎!」

 

 鞄を取ると、階段を下りる手間を惜しんで窓から飛び降りる。もちろん、下に誰も居ないのを確認した上で。すぐさま靴を履き替えて自宅に向かった。

 

 俺が仕事をする上で、あの格好をしているのは必要だからだ。俺が術を使うためにも、敵からの攻撃から守るための防御手段としてもあの格好が必要なのだ。

 

 すぐさま外套とマフラーを纏った俺はすぐさまバイクに乗り込んだ。そして記憶にあった場所に向かった。適当な場所でバイクを止めると、すぐさま施設の中に入っていった。

 

 そこには、もはや肉片という表現がふさわしい暁先輩とその血を浴びた姫柊さんの姿があった。その光景に眉をしかめたものの、すぐに近づいた。こちらの姿に気づいたのか、姫柊さんも視線を向けた。

 

「アーチャー……さん」

 

「先走ったか、剣巫。そこの吸血鬼といい、未熟な身で勝手なことをするからだ」

 

「………………」

 

「何も言わないんだな」

 

「言えることなんてありませんから……」

 

「……はぁ。調子が狂うな。貴様には他に出来ることがあるんじゃないのか?」

 

「それは……なっ!?」

 

 姫柊さんが何か言おうとした瞬間、暁先輩の体が急に元に戻り始めた。瞬く間にその姿は元に戻り、傷の痕など一片も残っていなかった。その光景を俺は一度見たことがあった。

 

「……剣巫、一つだけ訊いておく。そこの吸血鬼は、真祖か?」

 

「え?あ、はい。この人は、暁先輩は第四真祖です」

 

「……そうか。心配して損した気分だ」

 

「ど、どういう事ですか?」

 

「真祖は死なない。正確に言うと、真祖にとって死とは滅びではない。ただ意識が途切れるだけだ。暫くすれば目も覚めるだろう」

 

「そう、ですか……」

 

「移動しよう。ここにこれ以上いるのは危険でしかないからな」

 

 俺は意識のない暁先輩の身体を背負うと、近くの公園の所まで連れていった。そして暁先輩を地面に横たえて置いた。そして姫柊さんの方を向くと――――

 

「……そんなに泣くな。剣巫」

 

「え……?」

 

 姫柊さんが自分でも気づかない内に涙を流している姿に、俺は何も言えなかった。何か言えるほど気取った性格でもないし、そんな言葉がパッと浮かぶほど器用ではない。

 

 俺に出来る事と言えば、抱きしめて頭をポンポンと叩いてやるぐらいだった。すると、完全に泣き始めた。せめて泣き止むまで傍にいてやろうと、抱きしめたまま静かに背中を叩いてやるのだった。


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