ストライク・ザ・ブラッド~赤き弓兵の戦記~   作:シュトレンベルク

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弓兵と殲教師

 美遊ちゃんとの一件に片がついたと思った瞬間、大河から連絡が来た。仕事用の番号で。

 

「もしもし」

 

『さっそくで悪いんだが、仕事の依頼だぜ。絃神島南島(アイランド・サウス)の方で長老(ワイズマン)クラスの眷獣が暴れてるらしい。それの確保だとさ』

 

「分かった。一分で準備を済ませるから、それまで情報を集めといてくれ」

 

『了解。つっても、一分じゃ大して変わらないんだがなぁ……』

 

 そう文句を言いながら、大河は電話を切った。俺は自分の部屋に戻り、ケースに入っている赤い外套とマフラーを身に纏う。そして、おじさんに声をかける。

 

「おじさん、悪いんだけど頼んだよ」

 

「分かった。早く行きなさい。急な仕事なんだろう?」

 

「ああ、それじゃあ任せたよ」

 

 ガレージのシャッターを開けて、そこからバイクを取り出す。絃神島の中を移動するならこっちの方が早い。本来なら免許なんて持てないんだけど、その気になればCカードで通せる。その辺りは便利だと思ってる。バイクを走らせながら現場に向かう。少しすると、俺の方からも眷獣の姿が見えた。だが、少しおかしな事があった。

 

「眷獣が小さくなっていっている?」

 

 そう、眷獣のサイズが急速に小さくなっているのだ。それは宿主が消そうとしているのではなく、まるで何かを吸われていっているかのようで────

 

「魔力を吸われてるのか?だけど、一体何のために……?」

 

 膨大な量の魔力を保有しているのが眷獣だ。それから魔力を吸い取るのは選択としては間違っていない。だが、そんな非効率的な事を何故する必要がある?

 

 眷獣というのは、吸血鬼にとって最大の防衛力にして最強の戦闘力だ。そんな存在から魔力を搾り取るなんて、焼けたばかりの焼き芋に直に触れるような物だ。つまり、危険に過ぎる。

 

「何にしても早く現場に向かわないとどうにもならんな……」

 

 バイクをそのまま走らせると、特区警備隊(アイランド・ガード)の車両が止まっていた。俺を見て1人が近づいてきた。

 

「お待ちしておりました。アーチャー殿」

 

「現在の状況は?」

 

「眷獣の攻撃によって起きた火の消火作業中です。ここまで御足労いただき申し訳ないのですが、アーチャー殿の手を借りるまでもないかと」

 

「空隙の魔女は?彼女は今何処に?」

 

「南宮教官でしたら……」

 

「私がどうかしたのか?」

 

 そこに現れたのはゴスロリ姿の幼女が現れた。一見、幼女にしか見えないが少なくとも二十歳を越えている彼女────南宮那月は慌てている俺に視線を向けた。

 

「空隙の魔女、今すぐに俺を事件現場に運んでほしい」

 

「……やはり、お前にも分かったか」

 

「ちらっと見たが、眷獣の消え方がおかしい。眷獣のは出現するのも消えるのも一瞬だ。あんな萎んでいくような消え方をする筈がない。それにあの眷獣の暴れ方、ああいう時は────」

 

「宿主が危険に陥っている、か。よく見ているな」

 

「そんな事を言っている場合か。あなたは現場指揮が残っているから動けない。だったら、俺が行く。それが最善の策だろう」

 

「……良いだろう。ならば、早くこの騒動を起こした蝙蝠を連れて来い。準備は?」

 

「いつでも」

 

 俺がそう言った瞬間、周囲の景色が変わった。これが空隙の魔女、南宮那月の転移能力。まあ、転移能力って言ってもそんな簡単な物じゃないんだが。

 

 彼女の能力の詳細を説明するのは後回しにするとして、俺は移動し始めた。火が鬱陶しいが躱しながら人の気配がする方に向けて進む。その時、視界の端でありえない人物を見つけた。

 

「暁先輩……?馬鹿な、一般人が何でこんな所に――――」

 

 いくら、吸血鬼(・・・)であっても危険である事に変わりはない。だと言うのに、彼が突っ込む理由があるとすれば。そんな理由は限られている。

 

「チィッ……まったく面倒な事になってるな」

 

 とにかく行かなければ。これ以上面倒な事態になる前に、この状態を何とか収拾しなければならない。先輩も吸血鬼であるのなら、眷獣の暴走はあり得る。

 

 長老クラスの吸血鬼が眷獣を使わされるほどの事態。そんな事態に高々十数年程度の吸血鬼が対応出来る筈がない。厄介な事態になる前に終わらせる。それが最善の一手だ。

 

Set(構築)On(開始)

 

 大河は語った。俺と同じ名前の青年が得意としたのは、世界を侵食する大禁呪。剣に特化した世界を創りあげる彼は特異な存在だったと言う。

 

 俺にはそんな大それた物はない。俺に出来るのは、ただ想像する事だけだ。心からの想いが世界を侵食する。大河は俺の能力を知った時、俺の事をこう言った。――――お前も十分チート野郎だよ、と。

 

 魔力が形を創り始め、俺の左手には黒塗りの弓が現れた。右手には鏃が薄らと赤く光る矢が現れた。

 

 想像した物を創造する力。無から有を生み出す力と言い換えても良いだろう。神の所業の如き能力だが、もちろん制約は存在する。というか、ない訳がない。

 

 第一に、俺の想像力(イマジネーション)にかかっているため、俺の想像できない物は創れない。分かりやすく言うと、剣や矢などの内部構造を理解している類なら創れる。しかし、飛行機などの内部構造が分からない物は創れない。という事だ。

 

 第二に、俺の魔力が尽きたらそれ以上は創れない。どれだけ俺の想像通りに創れても、材料である魔力が尽きれば何も出来ない。神ではないのだから、当たり前だ。

 

 第三に、直接肉体に作用させることは出来ない。つまり、傷を治したりすることは出来ない。その代わり、傷を治す道具を創りだしたりする事は出来る。

 

 更に言えば、創る物によって魔力の消費量も変化する。無名な何の特徴もないただの剣にかかる魔力を一だとすれば、有名な伝承に残る程の武具を創ろうと思ったらその知名度によって十にも二十にもなる。ちなみに上限は百計算だ。昔、最高で八割がたの魔力を消費して創った事がある。あの時は死ぬかと思った。

 

 俺の役割は弓兵だ。基本的に仲間なんていない。単独行動が当たり前である以上、膨大な魔力を消費する訳にはいかない。それが許されるのは後を考えなくても良い時と、後先考えている暇がない時だけだ。だからこそ、魔力を何とかやりくりしなければならない。

 

 ただし、想像するのが慣れていればそれだけ魔力消費は減る。今の構築も昔だったら一割ほど消費していたが、今では2%程度の消費で済んでいる。その分、魔力を肉体強化に回す事が出来る。

 

 そして辺り一帯を見渡せる高台に立った時、俺の視界に移ったのは眷獣の攻撃を防いでいる暁古城(吸血鬼)の姿と眷獣のもう片方の腕を振るおうとしている人工生命(ホムンクルス)だった。もし、彼があの攻撃を受ければどうなるか――――想像に難くない。

 

 それを見た瞬間、俺は矢を弓の弦にかけて引く。そして眷獣の腕が動こうとした瞬間、手を離し矢を放つ。放たれた矢は暁古城(吸血鬼)に迫る拳に向かって突き刺さる。

 

 突き刺さった瞬間、矢が炸裂した。その爆風によって眷獣は怯み、古城は吹き飛ばされた。その光景にその場にいた全員が眼を見張っている間に、俺は高台から飛び降りて現場のすぐ近くに着地した。

 

「そこまでだ。すぐに戦闘を停止しろ」

 

「……アーチャーさん!」

 

「アーチャー?真祖殺しのアーチャーですか!?」

 

「……殲教師か。何故ここにいる?いや、今は良い」

 

 俺は新たに矢を創り、弓に番える。そして弦を引き、まっすぐに殲教師に向ける。それに対して、眷獣を連れたホムンクルスが立ちはだかる。

 

「選べ、殲教師。この場は去るか、それとも俺と一戦交えるか。個人的には前者を推す」

 

「真祖殺しともあろう者がこの汚らわしき島の走狗とは……嘆かわしい事です」

 

「お前の意見なんてどうでも良いんだよ。それと、俺は仕事だからここにいる。そうでもなければ、俺はここにはいなかった。それより、どうするんだ?俺は別に戦っても構わんが……?」

 

 弓を引く力が更に強まる。それと同時に、鏃から感じられる魔力が目に見えて強くなる。これが放たれ、当たれば先ほどの比ではない爆発が起こる。そう確信できるほどに。

 

「――――良いでしょう。こちらもこれ以上戦闘する必要はありませんからね。今回はあなたの顔に免じて、退かせて戴くとしましょう。行きますよ、アスタルテ」

 

 そう言うと、殲教師はその場を立ち去ろうとした。姫柊さんと暁先輩がそれを止めようとしたので、俺はそちらに矢を向けた。すると、二人は動きを止めてこちらを睨んだ。

 

「どうして止めるんですか!?彼らの行動は裁かれるべき物です!」

 

「俺はあいつらに退けと言った。その行動の邪魔をしようとするお前たちを放置することは出来ない。一般人はさっさと家に帰れ」

 

「それは……!」

 

「たかが吸血鬼と剣巫が、魔族退治のエキスパートである殲教師と眷獣を連れたホムンクルス相手にどう立ち向かう気だ?どちらにせよ、これはお前たちの領分を超えている。一般人は大人しく家で引き籠っていろ。――――殺されたくなければな」

 

 敵うはずがない。そもそも、経験が違いすぎるのだ。両方とも動きからして実戦経験はない。この二人があのタッグに勝てるとは到底思えない。ここから先はプロの仕事なのだ。

 

「さっさと帰れ。もうすぐ、ここには特区警備隊(アイランド・ガード)がやってくる。そうなったらまずいんじゃないのか?」

 

 俺は弓と矢を消すと地面に倒れていた吸血鬼を拾い上げ、肩に担いだ。と言っても、赤いマフラーが男に絡みついて持ち上げているので、それほど重くはない。これも大河から教えてもらった情報で創った物だ。

 

「今回の一件で君たちが出来る事なんてない。だから、大人しくしていれば良い。後はプロの仕事だ」

 

 厳しいかもしれないが、事実だ。あの連中がやろうとしている事は犯罪に当たる。少なくとも、この吸血鬼の傷害罪で訴えることは出来る。犯罪を犯している以上、後は攻魔官の仕事だ。

 

 俺は吸血鬼の男の身柄を抱えて、特区警備隊(アイランド・ガード)が待っている所まで運んだ。男は魔力を吸われた危篤状態だったので、すぐさま救急車によって病院に搬送された。

 

「ご苦労だったな、アーチャー」

 

「そちらこそ、現場指揮お疲れさまでした。明日に控えない範囲で頑張ってください、南宮先生?」

 

「それはお前も同じだろう。明日の学校に遅刻しないようにしろよ、衛宮」

 

 俺と南宮先生は学校にいる攻魔官として、それぞれ面識を持っている。まぁ、初めはうちの担任経由だったんだけど。ともかく、仕事用とプライベート用で呼び名をそれぞれ分けているのだ。特に意味はない。強いて言うなら、お互いそれほど親しくないというのをアピールしているだけだ。

 

「まったく……今回で何件目だ?被害者ばかり集まって、犯人の素性がまったく分からん。そろそろ手を打ちたいところだが、手掛かりが何もない。腹立たしいな」

 

「……そんなに被害者が?」

 

「ああ。既に何件かな。今回と同じように魔力を吸われた魔族共が病院に搬送されている。一人の例外もなく、意識を取り戻さない程の重体でな」

 

「魔力を吸われた?D種も?」

 

「ああ。吸血鬼も獣人も例外なく、だ」

 

「魔族は人間に比べて圧倒的と表現しても良い程に魔力を持っている。それだけの魔力を枯渇させる。それは並大抵な事ではない。それだけの魔力を集めて、あの殲教師は一体何をしてようとしている?」

 

「殲教師だと?おい、衛宮。貴様、一体何を知っている?」

 

「え?……俺、口に出してました?」

 

「ああ。殲教師がどうのこうのと言っていたぞ」

 

「……その件についてはまた明日でも良いですかね?こっちでもある程度、情報を纏めてからにしたいんで」

 

「……仕方あるまい。貴様に話す気がない事を無理に訊いても仕方がない。だが、明日には報告に来い。お前の相方も連れてな。どうせ情報収集をするのはそちらだろうしな」

 

「失敬な。俺だって情報収集ぐらいしますよ。……まぁ、あいつに比べれば少ないでしょうけど」

 

 俺はそう言いながら、その場を離れた。そして大河に電話をして、殲教師の件について相談した。

 

『殲教師っつーと、ロタリンギアか?』

 

「あそこが殲教師共の総本山だし、間違いないだろうな。悪いんだが、あいつが何者か。せめて名前だけでも調べられないか?」

 

『お前、俺にハッキングでもしろってのか?出来なくはないけど。それで、どこを調べりゃいいんだ?』

 

「航空記録だ。それが無理なら、監視カメラから顔写真だけでも入手してくれ。俺が直接ロタリンギアの教会に調べてもらう。あと、ロタリンギア関連の企業についても調べてくれ」

 

『なんで……ははぁ、そいつらの潜伏場所としてか。確かにロタリンギア関連の企業ならいてもおかしくねぇな。分かった。こっちの方で調べといてやるよ』

 

「任せた。名前の方は分かり次第、俺にメールで連絡してくれ。時差の関係もあるから、出来る限りこっちが夜の段階で済ませておきたい。頼めるか?」

 

『まぁ、何とかしてやるさ。言っとくけど、寝たりして連絡できなかった、なんてオチは止めてくれよ?』

 

「そんな事してたまるか。それじゃあ、任せたぞ」

 

『オーライ。それじゃあ、やってみるか』

 

 俺は携帯を切ると、バイクに鍵を挿して乗り込んだのだった。


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