ストライク・ザ・ブラッド~赤き弓兵の戦記~   作:シュトレンベルク

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魔女と槍兵

「……んで、ここまでは契約者(マスター)としては意向通りなのか?」

 

「まぁね。僕としてはあの空港で姿を晒されたときはどうしようかと思ったけど、アーチャーもセイバーも僕にはそこまで頓着しなかったようで助かったよ」

 

「まぁ、あいつらも令呪の共鳴であんたのことは分かっているだろうがよ。戦闘以外であんたをどうこうしようとは考えてねぇだろうよ。そんな事しなくても勝てると思ってるだろうしな」

 

「う~ん、なんて言ったらいいんだろうね?そりゃそうだと同意するべき?それとも馬鹿にするなって憤慨するべきかな?」

 

「さぁな。どっちを選ぶべきかなんて、あんた自身が一番よく分かってるだろ」

 

 仙都木優麻(キャスター)とランサーは顔を合わせながら、そんな会話をしていた。ランサーは今回限り、キャスターを同盟者であり契約者として扱うことでバックアップと報酬を受けることを約束していた。つまり、今回だけは傭兵としてこの戦争に参加していた。

 キャスター自身もまた今回の作戦に全力を賭ける覚悟を決めていた。彼女自身は聖杯戦争には一切の興味を持っておらず、また報酬にも興味がない。だからこそ、今回の作戦さえ成功すればそのまま聖杯戦争から降りようとさえ考えているのだ。

 

「ちなみに、ランサーとしてはどう?あの二人相手に勝てると思うかい?」

 

「二人同時に相手どれば、さしもの俺でも負けるだろうよ。無論、ただで負けるつもりはねぇ。セイバーが落とせずとも、アーチャーは落とす。絶対にな」

 

「……この間のメイヤー姉妹の救出を頼んだ時もそうだけど、随分アーチャーにこだわるんだね」

 

「悪いかよ?」

 

「いや。ただ、少し意外だっただけだよ。君という人間はもっとサバサバしていて、そこまで強いこだわりを持っていないと思っていたんだ。だからこそ、そんなに強く執着する君の姿が意外だった。それだけだよ」

 

「ふん……まぁ、否定はしねぇがな。俺はあいつに執着している」

 

「ちなみに、なんでか聞いても?」

 

「構いやしねぇよ……単純なことだ。あいつは自分のことを絶対に英雄だと認めはしない。どれだけ自分がそれに相応しい結果を積み上げているとしてもだ。俺やセイバーや周りの人間がいくら言おうが、あいつは絶対に自分のことだけは認めない。

 

じゃあ、あいつ以下の戦果しか挙げられねぇ奴はどうする?あいつは間違いなく、弓兵としては一流で戦士としても一流だ。だが、それには及ばずとも英雄と呼ぶに足る奴はいる。そいつらはどう呼べばいいんだよ?認められない事がどれほど辛い事か、あいつは分かってねぇんだ。

 

だから、むかつくんだ。世界に名立たる弓兵……そんな風に呼ばれる奴が、何を意固地になってんのか。そう思わずにはいられねぇだろ。あいつは間違いなく、歴戦の英雄だ。どんだけあいつ自身が否定しようとも、その事実は覆らねぇ」

 

 だからこそ、気に入らない。先祖から引き継いだ名前ではなく、世界中の者たちから英雄として認められたアーチャー(あいつ)が。自分のことに関しては徹底的に否定的なあいつのことが気に入るわけがないのだ。英雄たるが故に、同じく英雄としての器を持ちながら、それを否定するアーチャーのことは認められない。もちろん、理由はそれだけではないが、最たるものはソレだ。

 

「いずれ、決着をつけなくちゃならねぇ。それがこの戦争の最後になるか、道中になるのかは知らねぇがな」

 

「それだけ執着する相手がいる、ってことは幸せなことだろうね」

 

「はっ。あんただって、自分の母親に……いや、違うか。その体の持ち主に執着してるんじゃねぇのか?元々、人間だった頃からの付き合いなんだろ?第四真祖とはよ」

 

「そうだね。古城が第四真祖に至るとは、僕も予想外そのものだったよ。でも、逆に言えば、古城が第四真祖になってくれたおかげで膨大な犠牲を払わずに済んだ。これは喜ぶべきことじゃないかな?」

 

「まっ、元々の計画通りだったなら、俺も協力なんてしなかったからな。むしろ、組織ごとあんたらのことを潰しにかかってたろうな。俺だって、伊達に英雄なんて呼ばれてる訳じゃねぇからな」

 

 元々の計画――――絃神島にいる住民十万人を生贄に監獄結界への道を開くというものだった。そんな計画をランサーが認められる訳がない。英雄として認められる存在ならば、看過できる訳がない。たとえ、自らを英雄ではないと豪語するアーチャーであってもそれは変わらない。

 英雄とは弱者を救うものだ。その行動に己の意志があるかどうかはさておき、力なき者たちを救うものだ。だからこそ、弱者が危険にさらされると分かっていながら、それを放置するのは英雄ではない。そういう判断を強いられる者がいるとするなら、それは王を始めとした率いる者たちだろう。

 

「そういう意味じゃ、セイバーはあんま英雄とは言いにくいよな」

 

「あの姫騎士王が?」

 

「おう。あいつは自国がどれだけ被害を被らず、かつ多大なる成果を上げられるかを第一に置く。この島で起こるいざこざに関しても、きっとあいつは何も言わないだろうぜ」

 

「十万人もの住民が死ぬかもしれなくても?」

 

「極端に言えばな。自国に影響がない以上、あいつは許容するだろうさ。……内心でそれを看過できるかどうかはさておきな」

 

「……どういうこと?」

 

「看過できることと納得できることはまた別の話、ってわけさ。あいつだって根は善良だからな。止められなかったことで胸を痛めるだろうが、決してそれを表に出したりはしねぇ。何故なら、あいつの一挙手一投足に自国民の命がかかってるんだからな」

 

 ランサーやアーチャー(俺ら)とは違う。ランサーはそう言った。セイバーの背負わなければならない重圧を知っているから、セイバーが全面的に悪い訳じゃないと分かっている。それでも、ただの一個人としての立ち位置的にはあいつの取る政策を認めることは難しくなると。

 聖王国はアルディギアと仲が悪くなったことで共同戦線の構築が難しくなった。現存の円卓の騎士たちがいる以上、他の国も早々気安く攻められる訳ではないが、国防的な観点で見ればかなり厳しい。そうなった時、セイバーはおそらく数よりも個を重視するようになる。

 

 本人はそのような事をしたくなくとも、そうせざるを得ない場面というのは必ず存在するからだ。セイバーがアーチャーを求める理由の一端にはそういった理由もあるのだろうと。アーチャーほど一体多数に適した存在はいないのだと。

 こと、殲滅速度という観点で言えば、アーチャーを上回る参加者――――サーヴァントは存在しない。ランサーはそう断言した。短い付き合いではあるが、彼がかなりの負けず嫌いであることは承知している。そんな彼が素直にそのことを認めたことは驚嘆に値した。

 

 万能性ではセイバーに軍配が上がり、継続性ではランサーに軍配が上がり、殲滅速度ではアーチャーに軍配が上がる。それぞれに突出した性質を持ち、それ故に彼らは英雄と呼ばれるようになったのだ。その一点に関しては、誰もが認めているのだと。

 

「俺は最後には必ず勝つ。だが、自分以下の相手をどれだけ素早くかつ確実に殺せるかをアーチャーと競えば確実に負けるだろうな。まぁ、聖杯戦争にはまったく意味のなさない項目だがな」

 

「それはそうだろうけどね……やっぱり恐ろしいと言わざるを得ないよ」

 

「まぁ、お世辞にもあんたはあいつよりも強いとは言えねぇしな。それに、あいつも令呪を使って自分の能力の底上げをしてる。少なくとも、あの時俺が、とっさに令呪を切らなければと思わせるほどには、あいつは強くなってた」

 

「今回の計画の障害になると?」

 

「この島で計画を立ててる時点で、障害になるのは確定的に明らかだろうが。寧ろ、俺に同盟を提案して正解だったぜ。さもなきゃ、思惑の途中でお前ら全滅してたぜ?」

 

「そういう意味では、僕は賭けに勝った……と言ったところかな?」

 

「おう、そうだな。報酬をふんぎらずにいて正解だったな。生半可な報酬じゃあ、協力する気なんて欠片も起らなかっただろうしな」

 

「令呪の譲渡と敗北の宣言……本当にそんな物でよかったのかな?」

 

「戦わずに一人が自分から脱落してくれて、なおかつ令呪の補填もしてくれる。これ以上の成果があるかよ。俺はあんたのことをなめてはかからねぇ。アーチャーが俺に令呪一角を切らせたように、あんたが同じことをできないとは限らねぇからな。俺はあんたのことを舐めてはいねぇよ」

 

 聖杯戦争に参加を義務付けられる子孫たちは、聖杯戦争を降りる権利も与えられている。聖杯戦争に適性のある子孫が必ずしも生まれるとは限らないからだ。だからこそ、そうなった時は命を守るために権利を手放すことが認められているのだ。

 そもそも、聖杯戦争において捧げられるのは子孫の命ではない。あくまでも先祖と呼ばれる初代使徒の魂であり力だ。子孫はその器として選ばれているだけに過ぎない。絶対に、命を賭して戦わなければならない訳ではない。単純に、参加者の多くが自分の命を賭けても叶えたい願いを持っているだけに過ぎない。

 

 そうではない者には令呪の放棄権が与えられている。ランサーはその権利の行使と令呪の補填をキャスターの契約の代価とした。優麻はそもそもとして聖杯戦争に興味がなかったし、元々プログラミングされていた命令を達成すること以上に重要視している物はない。

 元々不要だったものを手放すだけで、ランサーの力を借りられるというのなら言う事はない。そう判断したのはごくごく当然のことだともいえるだろう。ランサーもキャスターがそう思っていることを織り込み済みでこの提案を持ちかけたのだが。

 

「アーチャーの奴は格下だったはずのバーサーカー相手に令呪を一角切らされてる。聞いた話じゃ、それだけしても傷を負うことになったらしい。舐めてかかるのは三下のやる事だろうさ」

 

「だから、勝手に脱落してくれるには大歓迎と?」

 

「そこまでは言わねぇよ。俺だって、個人的には戦って落としたかった。だが、あんたは戦士じゃねぇ。戦いの血脈をもって生まれたかもしれんが、戦う者としての使命を背負っているわけじゃない。そんなあんたが聖杯戦争に興味ないってんなら、穏便に済ませる事に協力するのはやぶさかじゃねぇ」

 

「戦士じゃない……?戦う力なら持っているけど」

 

「持ってるだけだろ。あんたは出来る事なら戦いたくないと思ってる。母親を脱獄させようとしてんのだって、あんたの意志じゃなくてそういうプログラミングされてるからだろ。主体的な行動理念を持たない相手に殺し合いを挑むほど、俺たちも暇じゃねえ」

 

 ランサーにも戦士としての意地がある。誰彼構わず戦う戦闘狂ではない。戦うのならば、それぞれの意志のぶつかり合いが相応しい。譲れない何かを奪い合うために死力を尽くす。それが戦士としての本懐だとランサーは思っている。

 

「だからよ、あんまり敵意をぶつけんのは止めてくれねぇか?今言った通り、俺らも暇じゃねぇんだよ。俺の言ってること分かるか?<蛇遣い>」

 

「おやおや、これは驚いたね。できる限り、気配を殺してきたつもりなんだけどなぁ。流石はランサー。第二真祖のお気に入り、と言うべきかな?」

 

 

「――――黙れ。俺の前で二度とその単語を口にするな。さもなくば、その胴体に綺麗な風穴開けてやるぞ、<蛇遣い>」

 

 

 ランサーの本気の怒りの発露。先日、アーチャーとの間に交わされた戦意など児戯だと言わんばかりの圧力がヴァトラーを襲う。絶対に殺すという意志の塊を浴びせられ、ヴァトラーは歓喜の極みに達していた。アーチャーとは全く違うその在り方は、ヴァトラーを大きく刺激する。

 

「……ランサー、ここでアルデアル公と矛を交えるのは得策じゃない。彼と戦えば、この後の作戦に支障が出ることは間違いないだろう?」

 

「……そうだろうな。だが、これは俺の誇りの問題だ。それに口を出すなら、あんたであろうと許さねぇ。俺は戦士として自分の誇りを何よりも大事にしてるんだ。それを汚す奴は誰であろうと殺す。それだけの話だ」

 

「……アルデアル公。私は<書庫(ノタリア)の魔女>仙都木阿弥阿夜の娘、<蒼の魔女>仙都木優麻と申します。私からあなたに申し上げたい提案がございます」

 

「へぇ、あの<図書館>の『総帥(ジェネラル)』の。それにしては、君のその姿は僕の愛する人の姿にそっくりなようだけれど?」

 

「古城……第四真祖の体は今回の作戦に必要なため、間借りさせていただいているだけです。終わり次第、彼に返すつもりですので」

 

「そうなのかい?それは一安心……だけれど。ランサー()との戦いを遮ってまで言いたい提案とは何なのかな?」

 

「今宵、一つ大きな催しごとを執り行わせていただきます。どうか今暫く、私共に猶予をいただきたいのです。そうしましたら、閣下の望む戦乱が待っているものと存じ上げます」

 

「催しごと。中々、興味深いね。一体、何をするつもりなのカナ?」

 

「『魔族特区』に秘匿されし大監獄『監獄結界』から我が母を解放いたします。鍵付きの扉が壊されれば、ほかの者たちもそれに便乗しようとするでしょう。しかし、その者どもは私どもにとっては意図せぬ客人に相違ありません。如何様に調理されようとも、私どもは関知いたしません」

 

「ほう。それはとても興味深く……心躍る展開だネ」

 

 『監獄結界』の囚人。それは世界中の魔導収容所が諦めざるを得ないほどの重犯罪者の群れだ。一人一人が大きな犯罪記録を持っている者たちなのだ。強者との戦いを欲するヴァトラーとしては、願ってもない相手ともいえるだろう。しかし――――

 

「でも、それは今ここでランサーとの戦いを逃してまでしたいこととは思えないね」

 

「では、これはどうでしょう?彼はこの後、セイバー・アーチャー陣営との戦いに身を投じることとなるでしょう。その際、特等席でそれをご観覧いただく、というのは?」

 

「それはそれはとても面白そうなカードだね……そう言っているけど、良いのかいランサー?君の意志はまったくもって無視されているようだけど?」

 

「構いやしねぇよ。本気の装備でもないセイバーに比較的相性のいいアーチャー。俺が負ける要素はどこにもねぇんだからな。見たければ勝手に見てろ」

 

「なるほど。そういう事なら、待ってみようじゃないか。楽しい出し物を期待させてもらうヨ?」

 

「御身のご期待に応えられるよう、尽力させていただきましょう。では、私どもはこれにて」

 

 その言葉と共に、ランサーと共にその場を立ち去った。そして、確実に監獄結界に近づきつつある事を確信していた優麻は足を止めて振り返った。その行動にどういう意味があるのか、ランサーはなんとなく気づいていた。

 

「……やはり凄いね。三騎士と呼ばれる者というのは。監獄結界を露出させるための装置を次々と破壊されていってるね」

 

「その手管から見るにアーチャーか。セイバーはそんな小細工はしないだろうからな」

 

 セイバーにはそんな事をする理由がない。セイバーは直接牙をむいた相手を圧倒して叩き潰して見せるだけの力があり、ランサーにはキャスターを裏切らなければならない理由がない。だが、短時間でダミーも含めて多くの魔道具を破壊できる者がいるとすれば、アーチャーが上がるだろう。

 ランサーも認める殲滅能力をフルに発揮してコレなのであれば、確かに厄介な事この上ないというべきだろう。しかし、逆に言えば、この程度であれば自分たちに追いつくなど夢のまた夢と言うべきだ。そういう意味で心のどこかで安堵の感情――――否、欠片程度とはいえ満身の感情を露わにした瞬間。

 

「なっ、殲滅速度がまた上がった?術式の規則性を見抜いたとでも言うのか……?いや、それ以上にこの不安定な空間をこんな速度で駆け抜ければ、どこか別の空間に跳ばされるのは必定なのに……どこに現れるのか分かっているのか?」

 

 この時、アーチャーの能力は間違いなく引き上げられていた。キャスターの用意したトラップ群やアーチャーを強制的に転移させようとする空間のひずみを、第六感と最高潮まで高められた『鷹の瞳』スキルによって見抜いていた。正確に言えば、第六感で何かが来ることを察知し、『鷹の瞳』でその前兆を感知して回避・迎撃しているのだ。

 

「アーチャーの奴、全力でやってるみてぇだな。脂がのりまくってるあいつを見ると、普段のあいつが手を抜いているんじゃないかって思えてくるんだよな……」

 

 むろん、そんな事はない。というか、要所要所で必要なだけの力を発揮しているアーチャーがその集中力を全開にして対処しなければならない場面というのが、そもそもとして尋常な戦いではない。物事を多角的に判断することが得意なアーチャーにとって、高速で物事を処理していかなければならない一対一での戦闘は得意ではないというだけの話だ。

 

「それにしても、このまま放置しておくと儀式開始前に僕たちまでたどり着いてしまうかもしれない……任せてもいいかな?」

 

「応とも。なんだったら、アーチャーの首をあんたの眼下に持って行ってやるよ」

 

 そう告げると、ランサーは片手に朱槍をもう片手には薄く輝きを放つ長剣を握っていた。空間転移の術を行使することも許さない速度で、ランサーはアーチャーのもとへ向かっていった。そして程なくすると、装置などが壊されることはなくなった。

 その代わり、空中を光弾が駆け、立て続けに散らされている光景が遠めに見えた。まだまだ様子見程度ではあるが、アーチャーの足はこれで完全に止められた。優麻は儀式に専念することができる余裕ができた。彼女の悲願までもう少しなのだから――――

 

「優麻――――!」

 

「ああ、古城。どうして君は……」

 

 どうして君はそんなにタイミングよく間に合ってしまうのか。その言葉を呑みこみながら、魔女は対峙する。ただ、その場の選択で自分が良しとする物を選び続けた少年と、その傍らで共に進む少女と。


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