ストライク・ザ・ブラッド~赤き弓兵の戦記~   作:シュトレンベルク

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弓兵と姫騎士王と槍兵の忠告

 ランサーとの戦いから数日後、俺はアーチャーの格好をして空港を訪れていた。ガウェインたちから連絡を受け、セイバーが今日空港に到着するから迎えに来るように、というお達しだった。態々、俺に来させる辺り、どちらが同盟上での上なのか教えこみたいと見える。

 

「そんな事、教えられるまでもないんだがな」

 

「どうしたの?お兄ちゃん」

 

「うん?いや、何でもないよ。それより疲れてないか?美遊まで来る必要はなかったんだから」

 

「でも、お兄ちゃんのお友達だったら会ってみたいし……」

 

「友達、か……あれは別に友達じゃないよ。腐れ縁と言うほどでもない。因縁みたいな物はあるが、それだけだしな」

 

 俺の言葉に混乱したのか、美遊は首を傾げる。俺はそんな美遊の頭を撫でながら、じっと待っていた。すると、スーツを身に纏ったガウェインとトリスタンがやってきた。知らない人間の登場に、美遊が俺の後ろに隠れた。どうでも良いけど、なんでこいつらがスーツを着ると若干ホストっぽいんだろうな。

 

「アーチャー、お待たせしてしまい申し訳ありません」

 

「別に。気にする必要もないだろう。俺がしたいから先に待っていただけだ。それ以上でも、それ以下でもない。お前たちの主様と俺は同盟を結んだ。そんな相手を無碍にする気はないよ」

 

「……アーチャー殿、僭越ながらお伺いしたい。我らが姫とはいかなる同盟を?」

 

「……そう難しい話でもないさ。少なくとも、俺たちが知らない相手がいなくなるまでは協力関係を構築しよう。そういうお話さ。俺たちはあまりにも名を売りすぎたからな。対策はどこまででも立てられる。俺もあいつもランサーも、有名税が過ぎるんだよ」

 

「戦うなら万全の状態を期したいと?」

 

「そういう事かもな。お前らの姫様は俺やランサーと違って、国ぐるみの力がある。だから、そこまで気にする必要もない。今回の同盟の件も、どちらかと言えば俺に対する配慮の面が強いんだろう。真面目な事だよ、本当に」

 

 放っておいて、俺が脱落するのを見過ごしていればいいのに。純粋にそう思わざるを得ない。もちろん、俺もそう簡単に脱落するつもりはない。だが、勝負ごとに絶対という存在はいない。限りなく、そこに近づけることはできても、完全にそうする事はできないのだ。

 だが、俺も伊達に三騎士などと呼ばれている訳ではない。相手の手札を限界まで曝け出させようとするだろう。そうすれば、俺が勝者になれずとも、他の物を勝者にすることが出来る。今回の魔術儀式に、俺が絶対勝者とならなければならない理由などないのだから。

 

 だが、俺がそう思っていることがセイバーは気に食わないのだろう。俺は自分をそうたいした人間とは思っていないが、どうもそれが気に入らないらしい。セイバーは俺を自分の手で打倒するに値する相手だと認識している節がある。

 まぁ、それを言ったら、三騎士(俺たち)は互いに意識しあっている。互いに自分が打倒しなければならない相手だと思っているのだ。基本的に、俺個人には自分の手で、というこだわりがある訳ではない。だが、もし戦うのであれば、あいつらは俺が仕留めたいという思いがある事は否定できない。

 

 そんな事を考えていると、少し離れた場所で騒ぎが起こっていた。何かと思って視線を向けると、そこには第四真祖とその他一行が集まっていた。何をしているんだと思っていると、そこに近づいていく人物の存在に頬がひきつる。あいつは何をしているんだ?

 すぐにそちらに向かうと、第四真祖は困惑しており姫柊さんは絶句していた。そりゃあ、一国の姫(・・・・)が目の前にいきなり現れればそういう対応も自然だろう。あいつもそれは織り込み済みで接触したんだろうしな。

 

「何をしているんだ、セイバー」

 

「えみ……アーチャーさん」

 

「申し訳ないな。そいつはこちらの客だ。祭りに参加したいというから、態々来たというのに……よそ様に迷惑をかけるのはやめろ」

 

「こんにちは。お久しぶりです、アーチャー。しばらく見ない間に背が伸びましたね」

 

「そういうお前はあまり変わらんな。いや、変わってはいるか」

 

 金髪碧眼の美少女と呼ぶに相応しい容姿。以前会った時は少年と遜色ないぐらいの体つきだったが、間違いなく女性と呼ぶに値する物に変わりつつあった。だが、それ以上に大きな変化として挙げられるのは、王気とでも呼ぶべきものだろう。

 間違いなく、セイバーは王と呼ぶに値する者に近づきつつある。それこそ、国の守護者たる円卓をまとめ上げられるだろうと確信を得られるほどに。だが、昔の姿を知っている身からすれば、背伸びをしているようにも感じられてしまう。

 

「……アーチャーさん?」

 

「……失敬。こちらの客人が迷惑をかけたようで申し訳ない。一銭の得にもならないから知れないが、こちらの謝罪を受け入れてもらえるだろうか?」

 

「お、おう。いや、こっちは別に迷惑してねぇし大丈夫だよ。それより、なんでそんな堅苦しい口調を……」

 

「ほう?普段通りの口調で喋ってもいいと?それはそちらにとって不利益にしかなりえないだろう、と言うこちら側からの配慮なのだがね。それとそちらの方も……!?」

 

 右手の令呪が反応する。これはセイバーの令呪に反応している訳ではない。間違いなく、もう一人令呪を持っている存在がいる。俺たち聖杯戦争の参加者は互いの存在を認識できる。少なくとも、近くにいるのかそうでないかぐらいは分かる。

 そして、俺の令呪は間違いなく目の前の女性に反応している。これは間違いなく、目の前の女性が参加者であることを証明している。そして、目の前の女性の気配に俺は――――というより、俺に宿る霊基に覚えがあった。この霊基は――――

 

「……よろしければ、名前をお伺いできるだろうか?機会があれば、こちらからまた改めて償い、とも言えないぐらいささやかな物だろうがお返しをさせていただこう」

 

「優麻。仙都木優麻だよ。まぁ、僕はそれほど迷惑を被ってないし、気にしなくてもいいよ」

 

「いやいや、中々そういう訳にもいかないさ。このお転婆さんにも後で言っておくが、迷惑をかけた以上はそのお返しはしなくてはいけないだろう。なに、これは俺の個人的な意思の話だ。ちょっとした借りとでも思っていてくれ」

 

 この霊基は――――キャスターのソレだ。間違いなく、聖杯戦争は加速の一途をたどっている。しかし、それを無関係な相手に知らせる意味がない。それを分かっているからこそ、仙都木優麻――――キャスターもそれ以上話を広げようとはしなかった。

 聖杯戦争の戦いは夜または人目のつかない場所で行われる。俺たちのような使徒の末裔は基本的に他者にその存在を知らせてはならない。一般人に違和感を抱かせてはならない、という事で設定されているルールだ。俺たちは基本的にそれを順守する。そうでなくとも、こんな場所で暴れだす気はない。

 

「……で、いつまでそうしているつもりだ?ランサー」

 

「けっ、やっぱり分かってやがったのか。そういう陰険なところは相変わらずだな、アーチャー」

 

「分からない訳があるか。お前ほど獣性を持った人間が、そうそういてたまるものか」

 

「現代の三英雄が勢ぞろい。贅沢な舞台ですね、ここは」

 

 セイバー、アーチャー、ランサー。滅多に介することのない者たちが揃っているのなら、確かにそれは贅沢な場所と呼ぶのだろう。それが聖杯戦争に参加している者でもない限りは。俺とランサーが互いに戦意をぶつけ合う。俺たちは端から戦いあう定めなのだから当然だ。

 

「……って、なんだよセイバー。お前、得物は持ってこなかったのか?」

 

「アレは我らブリテンの秘奥。私の享楽に合わせて持ち込むことなど出来ませんよ。それに、必要ないとも思いました。私はアーチャーと同盟を結びましたから」

 

「はっ、なるほど?『万能』なら、お前さんの守りに相応しいってか?」

 

 『万能』。それは俺の能力に対する呼称だ。俺は自らが持つ神力をその場その場に応じて作り替えることが出来る。故に、万能。もちろん、どんな事態に対応できたとしても、その道のプロには劣る。だからこそ、俺はアーチャーなのだ。

 

「まぁ、それはそれで別に構わねぇさ。それよりも、だ。じきにこの町は争いに巻き込まれる。だからその時は――――この間の続きと行こうぜ、アーチャー」

 

「やってみろ。今度は潰してやる。――――首を洗って待っていろ。キャスター諸共、滅ぼしてくれる」

 

 敵ならば刈り取るのみ。俺もランサーも基本的なスタンスは変わらない。戦場に立つ相手を補足したのなら、その戦いが終わるまでその相手を討ち取る事に注力する。聖杯戦争に限らず、総ての戦場が俺にとってはそういう場所なのだ。

 だから、必要ならば剣も使うし槍も使う。如何なる武器でもある程度は使うことが出来る。必要であれば銃器の類でも使う。超一流という領域には遠く及ばないが、何でも一定以上の領域で使う事ができる。ただ、その中でも他の連中にも通用したのが弓だけだった、と言うだけの話である。

 

「はぁ、やはり男の子ですね。すぐに熱くなる」

 

「アル様、止めなくてもよろしいのですか?」

 

「放っておけばいいと思いますけど、それも迷惑ですか。すいませんね、第四真祖と監視役の剣巫」

 

「第四真祖?」

 

「い、いやいや!俺そんなんじゃんないから!ちょっとした間違いだろ!?なぁっ!?」

 

「……?ですが、あなたは……」

 

「姫様、彼も個人的なプライバシーがあるのでしょう。あまりそうした詮索をするのはよろしくないかと」

 

「そういう物ですか?まぁ、良いでしょう。確か、暁古城さんと姫柊雪菜さんでしたね。またお会いした際にはよろしくお願いいたします。それに、矢瀬基樹さん、でしたか?お父様によろしくお伝えください」

 

「あんた、親父の……いや、当然か」

 

「ええ。継承が確定していますので、以前に挨拶をさせていただきました。そうでなくとも、この絃神島は我々にとって大事なものですから。我がブリテンもこの島の設立には協力しているのですよ?」

 

「なんだと?」

 

 ブリテン聖王国。魔族たちが跳梁跋扈するこの世界で人間だけの国家というほぼ見れない特殊な国家。ラ・フォリアの生家であるアルディギア王国もそうだが、普通は人間と魔族双方が共存している国家の方が多い。つまり、それだけセイバーの生家の強さが秀でていることを意味する。

 そして、この絃神島は俺たちにとって因縁のある島でもある。俺たちの有する歴史を正しく継承しているブリテン聖王家はこの島の設立に関わった。無論、この島の建設を行った絃神千羅もその目論見があったからこそ、接触を図ったんだろうが。

 

「そんな話、親父からは聞いてねぇぞ」

 

「まぁ、態々語るような話ではありませんから。それに、知らないなら知らないままの方が幸せだ。私たちの意味など聞いても仕方ないでしょう?それより、彼らを止めてきてもらえますか?ガレス」

 

「むぅ、私は小間使いではないんですよ姫様?良いですけど」

 

 セイバーから言われてこちらに来たのは、子犬の印象を受ける金髪の少女。渋々こちらに近づいている少女に俺もランサーも挙げかけた拳を止める。子犬のように見えても、彼女もまた次期円卓の騎士の一員。侮ってはならない相手なのだ。

 

「さぁ、お二人ともいい加減にしてください。いい男は喧嘩などしないものですよ」

 

「良い男などという物に興味はない。だが、敵対していることが分かり切っている相手に油断するなど、俺には到底選べない選択だな」

 

「まぁ、今は戦場じゃねぇがよ。元々、俺とアーチャーは反りが合わねぇ。戦いを楽しみたい俺と、戦いを効率化したいアーチャー。まぁ、気が合う訳がねぇ。だからよ、無駄な事はやめときな嬢ちゃん」

 

 次期円卓の騎士の中でガレスは唯一、姫騎士王たるセイバーを除く女性の騎士だ。その意味を深く考えず、俺とランサーは彼女の申し出を拒絶する。彼女の方に顔すら向けようとしなかった俺たちだが、次の瞬間に背中に鋼の塊を押し当てられたような寒気を感じた。

 

「――――お二人とも?私は止めるように言いましたよ?」

 

 体格、特に筋肉や耐久に劣る女性の身で数多いる騎士の中から名立たる円卓の騎士に選ばれる。それがどれほどの難行で、そこに至る過程にいかほどの努力があったのか。そして、それ以上に彼女が円卓の騎士に選ばれたる由縁を俺たちは確かに目にしていた。

 勝てない相手ではなかった。時に相手の力量を図る事もできる俺の眼力でそれは明らかだった。それはランサーも経験から感じていたのだろう。だから、先ほどまで俺たちは彼女に対してぞんざいに接していた。しかし、その行動は明らかな悪手だったという事を理解した。

 

 子犬?とんでもない勘違いだ。彼女は性質的に言えばシベリアンハスキーのようだ。一見すれば友好的で主に対する忠誠心が高い。しかし、敵に回せば捕食本能を見せつける。この姿を見せつける事は早々ないのだろうが、その姿を見せた時の彼女は厄介と言わざるを得ないだろう。

 

「……チッ、白けたな。お嬢ちゃんとは楽しく戦えそうだが、そうすると後ろの怖い兄さんたちやセイバーとアーチャーを同時に相手取る事になる。それはそれで楽しそうだが、俺も今回は仕事でな。趣味に興じすぎるなというお達しが出てんだ。もう行くわ」

 

「おい、ランサー」

 

「なんだよ、アーチャー。お前、セイバーと同盟関係になったばっかだってのに、もう翻すのか?」

 

「お前……何を企んでる?この土地は俺の守るべき場所だ。それを害しようっていうんなら、覚悟はできてるんだろうな?」

 

 身体から戦意と共に魔力を放出させながら、ランサーを睨みつける。俺のその対応にランサーは――――笑みを浮かべていた。俺を侮っている訳ではなく、単純に興奮しているだけだろう。戦いが基本的に作業である俺と違って、ランサーはその行為を楽しんでいるからな。

 

「心配すんなよ。俺も雇い主も、この島の住人を害する事は望んじゃいねぇ。雇い主はともかく、俺はこれでも英雄だからな。弱い奴をいたぶる趣味はねぇよ。ただ、そう、強いて言うなら――――」

 

「………………」

 

 

「――――祭りの日には気をつけな。ハロウィンってのは本来、死者が冥界から出てくる日だからな。俺らはともかく、死者が何をするかまでは分からねぇからな」

 

 

「お前ら、まさか……!」

 

「じゃあな、アーチャー。なに、今回は久しぶりに顔を合わせようと思っただけだ。なにせ、俺たちは数少ない同胞なんだからな」

 

 そう言うと、ランサーは姿を消した。向上した身体能力は、まるで瞬間移動のような移動すら可能にしている。特に敏捷というジャンルでは俺もセイバーも奴には及ばない。眼の良さを自負している俺ですら、あいつの初動を完全に見切る事はできないだろう。総ての令呪を切れば可能かもしれないが――――

 

「――――こんな序盤にそんな選択がとれるか」

 

「まったくもう、アーチャー様ったら。冷静沈着があなたの売りでしょうに。なんでランサー様相手にはそう熱くなられるのですか?」

 

「さてね。ただ、俺はあいつの事が気に入らないだけだよ。あいつも言っていただろう?俺とあいつは反りが合わないと。それが全てさ」

 

 嘘だ。本当はもっとちゃんとした理由がある。だが、それを語るつもりはない。それは俺とあいつの間だけの秘密だ。他人に大っぴらに語るような事ではない。きっと、自分が死ぬその瞬間まで誰にも語ることなく胸の内に抱えていく。これはそういう秘密だ。

 

「……それで、この後のご予定は?非公式の訪問とはいえ、ちゃんとした拠点を確保するんだろう?それとも観光がてらこの土地を把握するか?そんな事しなくても分かってるか。どうした。何故そこで苦笑いをする?」

 

「えっと、それが実は……」

 

 

「では、しばらくお世話になりますね。アーチャー」

 

 

「はぁ?お前は何を言っているんだ?」

 

「おや、聞こえなかったのですか?ダメですよ、その年で痴呆など患わっては」

 

「煩っとらんわ。お前が意味不明なことを言い出すからだろうが」

 

 いや、本当にこいつは何を言っているのだろうか?ブリテンの次期騎士王にこう言うのもあれだが、世界に名高いアーチャーの家など狙われるに決まっている。だからこそ、俺はアーチャーとしてのダミーハウスと衛宮士郎としての持ち家を持っている。

 だが、こいつの口ぶりからして持ち家の方に来るつもりだ。俺の家は本当に一般家庭が暮らす程度の家で、姫様やら騎士様やらをもてなすようにはできていない。その辺りをこいつは理解できているんだろうか?

 

「大丈夫です。お世話になるのは私とガレスだけで、他の円卓の騎士たちは別の拠点に待機させますから」

 

「なら、お前もそっち行けよ」

 

「何を言うのです。私とあなたは互いに同盟相手。互いに近くにいた方が様々な事が便利になる。そうは思いませんか?」

 

「思わないし、不要だろ。有事の際には手を貸すし借りるだろうが、基本的には不干渉。不戦こそがあの同盟の本質だろうが」

 

 俺がそう言うと、セイバーが唐突に俺の顔をつかんできた。そして、俺の瞳をまじまじと見つめながら、まるでこのままキスでもするんじゃないかという距離まで顔を近づけてくる。

 

「アーチャー。あまり私を侮ってはいけませんよ。あのアルディギアの第一王女とキスをしたのだとか?あなたは私との約束を反故にする気ですか?」

 

「お前こそ正気か。あんなガキの頃に結んだ約束をいつまで蒸し返すつもりだ」

 

「いつまででも。あなたが私の物になるとそう宣言するその時まで。以前にも言ったでしょう?

――――あなたは私の物だと」

 

「そんなこと言ってるから、お前とラ・フォリアの国の関係は若干冷え込んでるんだろうが。あと、何度も言ってるが俺の身の振り方は俺が決める。外野が口出しするな」

 

 聖王国とアルディギアは若干関係が冷え込んでいる。現王の関係はそうではないが、次期王であるセイバーと有力候補であるラ・フォリアの仲が悪いからだ。俺の話を抜きにしても仲が悪い。趣味趣向が似ているから、そういう面で喧嘩をしているのだ。まるでガキみたいだ、と言った時には本気で殺されかけた。

 

「……あなたも強情ですね。何が気に入らないというのです?褒賞はたんと与えましょう。名誉も与えましょう。権力を与えましょう。気に入りませんが、欲しいという女性がいるのならその者も与えましょう。それでも私の言葉には乗れませんか?」

 

「乗るか、バカ。確かに多くを持つお前の下でなら、多くの物を望めるのだろう。だが、俺はお前にそんな物を求めたりはしない。俺はただ俺の進むべき道を、自分の意思で選び進んでいく。それだけだ。そこに、お前らの意図は関係ない」

 

 自分の道は自分で選ぶ。俺の何を売り渡したとしても、俺は最後までこの意志だけは捨てたくないと思っている。だって、それは俺がこれまで生き抜いてきた証明なんだから。切嗣の正義を否定した俺は、これがなければ生きていけないのだ。

 この聖杯戦争に参加するという運命を除いて、俺は俺の意志で戦ってきた。誰かの言葉があったかもしれない。誰かの意図があったかもしれない。でも、最後に選んだのは俺なんだ。だったら、それは俺の意志だ。何者も関係ない俺だけの物なんだ。だから、譲れないんだ。

 

「分かりました。あなたの言葉はもっともだ。私も些か狭量にすぎました。ですが、理由はそれだけではないのですよ。士郎、あなたの傍らにいたあの少女。アレは我らの悲願だ。放置する事はできない」

 

「お前……」

 

「口にするつもりはありません。態度に示すつもりも。ですが、彼女の重要性はあなたも理解している筈だ」

 

「それは……」

 

「そうでなくとも、身内なのでしょう?でしたら、守れる者は多い方が良いのではないですか?円卓の騎士たちは確かに私の守護が最重要課題ですが、一人の少女くらい守るのは容易い。ギャラハッドでなくとも、ね」

 

「……分かった。だが、もてなしが貧相でも文句は言うな。あと、お前のその外見を何とかしろ。姫騎士王様が島内にいる、なんてのがバレれば面倒なことになるのは必至だからな」

 

「分かっています。あなたのここでの生活に迷惑はかけませんよ」

 

 そう言うと、セイバーはガレスを伴ってどこかに立ち去った。俺は美遊を守ってくれていたもう一人の近衛であるベディヴィエールに礼を言った。そして美遊に途中で買ってきたジュースをあげた。それを美味しそうに飲んでいる美遊を見ながら、ランサーの忠言を思い出していた。

 

「“冥界の使者は何をするか分からない”、か……厄介なことになりそうだな」

 

「お兄ちゃん、どうかしたの?」

 

「大丈夫だよ、美遊。明日はお友達と遊ぶんだろう?なら、今日はしっかりと英気を養え。あと、門限は守ること。帰るのが遅れそうなら、大河の家に行くように。俺も明日はどうなるか分からんからな。あっちには伝えてあるし、迷惑はかけないように――――ってのは余計なお世話か。美遊は良い子だものな」

 

 俺はそう言いながら、美遊の頭を撫でる。それに嬉しそうな表情を浮かべる美遊を見ながら、俺は空港の外に広がる快晴の空を見上げるのだった。


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