ストライク・ザ・ブラッド~赤き弓兵の戦記~ 作:シュトレンベルク
港で行われた戦闘の一端。ある意味において、聖杯戦争の戦闘と呼ぶに相応しい被害を齎した一戦。それを生き延びた俺は改めて、戦闘に現れた二人の騎士――――ブリテンを守る赤き龍の加護を受けた
「それで、どういうつもりだ?俺はあんたたちがこの島にやってくる、なんて話は聞いていなかったが。あんたらの王の名代として来たというのなら、事前の連絡が必要なんじゃないのか?」
「それは確かに。この度は我が王からの書状を持って参りました。誰かの手を煩わせる訳にはまいりません故、次代の我らがこうして馳せ参じた次第。どうか我が王を責める事のなきように」
「……次代?まだ継承していないのか、『
「はっ、その通りです。ランサー殿も勘違いされていたようですが、我が王――――我らが姫騎士王は未だ冠帯の議を済ませておりません。なればこそ、我らが勝手に騎士位を受け継ぐなどあってはなりますまい」
「ふ~ん……その割に、神話武装はきっちり持ってきてるんだな?」
神話武装――――世界に名高き『アーサー王伝説』に記される円卓の騎士たちが有した武具。ブリテンを守る守護騎士たる当代の円卓の騎士のみが振るう事を許される至高の武具。彼らをまとめる王と共に立つことで、第一真祖の介入を防いできた武具。それが眼前にはあった。
「非公式であるとはいえ、この島は第四真祖殿の支配領域。何の備えもなくこの島に来る方が問題があろうというものでしょう。それに、我々が来たことで助かったのですし、その点はお見逃しを」
「……変わらないな、
「それはこちらに」
ガウェインの差し出す手紙を受け取り、その封を切る。そこに記されているのは目の前の男たち、そしてブリテン本国にいる他の
達筆でしたためられた正直読みにくい書状の内容に、若干目を細めながら読み進めていく。この辺りはわざとやっている嫌がらせだろう。だから、そこまで気を配ることはなく読み進めていくが、正直に言ってその内容は頭を抱えたくなる内容だった。しかし、納得できない訳ではなかったのでため息交じりに書状を畳み、封書に入れなおした。
「……ふん、なるほどな」
「それで、我らが姫騎士王様はなんと?」
「なんで知らんのだ。中身を知った上でこれを届けに来たわけじゃないのか?」
「いいえ、私どもが受けた命はあなたにその書状をお届けするという事のみ。その中身自体は把握しておりません。姫騎士王様も
「……なるほどな。確かにこの内容ならば、お前たちが反対したであろうことは読めていただろう。道理でお前たちを先に派遣するわけだ」
ほとほと呆れるしかない。だが、同時にこの入れ知恵はあの女自らが思いついた物ではないという事も同時に理解した。確かに、あの女は悪戯好きな一面もあるが、それとは別に公正明大にして真面目な気質だ。ここまで周囲をしっちゃかめっちゃかにかき回す人物など一人ぐらいしか浮かばない。
「お前たちも大変だな。
「なんですって?マーリンがどうしたというのですか?」
「今度この島で行われる祭り――――波朧院フェスタの時にこの島に来るんだと。非公式的な物ではあるし、第四真祖の領土を見ておきたいというのもあるんだろうが……振り回されそうだな?」
「なっ……姫騎士王様を?そのような事が出来る筈が」
「できる、というよりはする、んだろうさ。花の魔術師と新たな騎士王様が手を組んだ以上、出来ないなんて事はないんだろうさ。自分たちが望む物のために全員を振り回すだろうさ」
少なくとも、俺はこれまであの女と魔術師が手を組んで何かをした時に、出来なかった場面など見たことがない。あの生真面目女と愉快犯的魔術師が手を取り合う場面など早々ない、という前提があったとしても。あの二人が手を組んだ時に、こちらが何をしても意味がない。
「まぁ、知らされたからどう、という話ではあるが。あの魔術師が何かを見たのか、それともあの女の直感が何かを囁いたのか……俺にはどうしようもなかろうに」
「そのような気弱な……姫騎士王様と同格であらせられるのはあなたやランサーぐらいでしょうに」
「その言い方……やはり出たのか、あいつにも」
「はい。聖杯戦争の参加資格たる令呪の発現をこちらでも確認しています。それに伴い、他の守護騎士たちの所在の確認も」
「まぁ、俺やランサーの所在など把握する必要もあるまいが。他の面子の確認も終わったのか?」
「いいえ。ライダー、キャスター、アサシンの所在はまだ。バーサーカーはかろうじて、というところでしたが、あなたが倒されてしまったのでしょう?」
「そうか……その言い方だと、彼女が何者なのか把握しているんだろうが、余計な手出しをするなよ。そうなれば、俺はお前たちに弓引くことを躊躇いはしないぞ」
「力なき者の味方というところですか?やはり、あなたは正義の……いえ、弱者の守護者を名乗るに相応しい英雄ですね」
「くだらん。俺の手が伸ばせる範囲などたかが知れている。それに俺が弱者の守護者?笑わせるな。そいつの人生を背負える訳でもない癖に、勝手にそいつの命を助けているだけの俺が、守護者であるわけがない。ましてや英雄などと。どの口で言えるというのか」
「では、あなたは自分をどう称するのでしょうか?」
「決まっている。俺はどこまで行こうとも、誰かの命を奪う事でしか結果を残せないただの人殺しであり、守護者になりきれないただの弓兵だよ」
そう吐き捨てるように告げると、俺はその場を立ち去った。正真正銘、英雄としての資格を有する連中と顔を合わせると、どうしても俺の心がささくれ立つ。なんて事はない、ただの八つ当たりに過ぎないと分かっていても、いや、分かっているからこそやるせない。
切嗣は英雄になりたかった訳ではない。それでも、力のない大勢を守るために戦った切嗣は俺にとっては紛れもない英雄だ。たとえ、それが取捨選択を繰り返すだけの存在だったとしても。確かに、救われた命はあるのだから。それらの功績を無視して、切嗣は悪と定められた。
分かっている。誰かの犠牲を容認している以上、それを自分から率先して斬り捨てている以上、切嗣は決して英雄足りえないことを。大量殺人者と呼ばれても差し支えのない事は、重々承知しているのだ。だが、だとするのならば何故。
「なんで、俺の事を英雄と呼ぶんだ?」
俺も同じ穴の狢だろうが。大勢殺してきたし、これからも殺し続ける事に変わりはない。それを皆、分かっている筈だろうに。俺の力など所詮、そういう風にしか使えない力だ。俺の根源からしてそれは疑うべくもなく、明白な事だろう。
俺は
何もかもが中途半端なのだ。他の連中のように、今の立場に関して何かを思う事が出来ない。そんな俺が、守護者だの英雄だのちゃんちゃらおかしいとしか言いようがないのだ。周りの連中がどうして俺の事をそこまで高評価をつけるのか、俺には皆目見当がつかない。
「何かを守るというなら、お前らほど英雄らしい奴はいないだろう。目的のためなら何でもできるのなら、お前らほどの逸材はいないだろう。何故、俺なんだ。なんで、俺を参加者に選んだんだ……■■■」
そう呟かざるを得ない。この尋常ならざる戦いのただ中に俺を放り込んだ存在を、そしてこんな破綻しきっている俺をこの世に誕生させた原初を恨まない日はない。
何故、俺なのだ。何故、俺のような破綻者を英雄なぞに選んだ。それならば、嘆かわしくはあるがあの第四真祖の方が幾分か向いているだろう。自らの強大な力に振り回されながらも、周りの者たちと共に立ち上がり、誰かを救える奴の方が。
対して俺は殺す事しかできない。殺す事でしか結果を残せない。正義の味方?弱者の守護者?笑わせるな。俺がそんな大層な者であるものか。誰かが俺の事をそう称する時、俺の足元には何時だって死体が転がっていた。生者にしか意識を向けず、死者には何の感慨も持っていない。
敵だったから、殺さざるを得なかったから、だから殺した。そこに、強者と弱者の別はない。結局、必要であれば殺すのだ。それが、何者であれ、俺が俺にとって必要な事だと思ったのなら、俺は簡単に殺してしまうだろう。それが、たとえクラスメイトであったとしても。
「呪わしき業だ。結局、俺は何も変われちゃいない」
『そりゃそうだろ。お前さんが、心の底から変わろうとしてねぇんだから。そんな奴がどれだけ行こうが、変われる訳がねぇよ』
俺の独白にクロが口を挟んできた。まぁ、俺のネガティブさ加減に呆れてつい口を挟んだっていう感じだったが、俺としてもちょうど良かったのでそのまま話を続けることにした。
「だったら……なんで俺は英雄なんて呼ばれるんだ?」
『何をセンチメンタルに浸ってやがる。そんなの決まってんだろ?お前が
「そんなの、大量虐殺者と同じだろうに。なら、何か?大勢の人間を殺すように指示した政治家も、後世では英雄になるってか?」
『なるんじゃねぇの?そいつが最後まで勝っていれば、の話だがな』
「なんだと?」
『勘違いすんなよ。歴史は勝者が作るんだ。いつだって、敗残者の躯によって歴史という物は編まれているんだ。お前がどんな戦場でも生き残って、戦い抜いてきたからこそ、今のお前は英雄と呼ばれるんだ』
「それは……そうだろう。俺は、生き残らなくてはならなかったんだから」
『お前の事情は関係ねぇよ。勝者が歴史を編む者である以上、勝者であるお前は弱者たちにとっての英雄だろう。それはセイバーも、ランサーも変わりやしない。あいつらは絶対的な勝者として君臨し、故に英雄と呼ばれるんだ』
「そして、敗れた者は化け物ってか?」
『それもまた事実だ。だって、当然だろ?お前の異能も、ランサーの身体能力も、セイバーの生体も、ただの人間から見りゃ化け物と同じだ。化け物と英雄はいつだって不可分な物だ。そうじゃなきゃ、英雄譚なぞ語れる物かよ』
確かに極論、そういう物なのだろう。俺たちは良くも悪くも勝ってきたから。
『まぁ、諦めるしかねぇさ。それはお前さんがずっと背負い続けなきゃならん輝きだ。お前さんがどこかで負けてそれを誰かに背負わせるまで、決して消えぬ重みって奴だ。最後まで生き残ったのなら、別の形にはなるだろうがな。なるようになるしかねぇさ』
そう言い残すと、クロは引っ込んでいった。これ以上は語るだけ無駄だと言わんばかりの態度だった。俺としてもその考えに否やはない。しかし、それにしても面倒くささ全開という感じだ。あいつが何を考えてるかなんて知らないが……まずは目の前の事に専念すべきなのはその通りだ。
「相手はランサーに
俺は再び胸元に納まっていた手紙を開く。そこには先ほど、ガウェインとトリスタンに語ったように彼らの主たるセイバーが絃神島に訪れる旨と――――同盟の申し出が記されてきた。そして、俺の返事を待っていたかのように文字が光り、次の瞬間には手紙は花となって散っていった。
「手の込んだ仕込みをするな、花の魔術師。それだけ重要視している、という事なんだろうが……さて、これは今回も穏当には済みそうにないな」
この戦いに身を投じている以上、穏便とか穏当とかそういう物からは遠ざかっていると理解している。それはどうしようもない程に必要な事であるから。でも、それを理解していても尚、こうぼやくのを止める事は出来なかった。
「不幸だ……」