ストライク・ザ・ブラッド~赤き弓兵の戦記~   作:シュトレンベルク

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蒼の魔女の迷宮編
弓兵と槍使いと魔女と騎士


 深夜の港。

 普段であれば閑散とし、誰もいないであろう状況(シチュエーション)。しかし、そんな本来ありえたであろう光景とは裏腹に、港はとても騒がしかった。

 

 しかし、それも当然だろう。なにせ、世界的に見ても大規模な犯罪者である『メイヤー姉妹』が現れたというのだから。特区警備隊(アイランド・ガード)の猛攻と言っても差し支えないほどの攻撃を前にしてもなお、メイヤー姉妹は涼しげな顔をしていた。

 

「ふふっ、見てお姉さま。あんなに必死になって頑張っちゃって。面白いとは思わない?」

 

「ええ、そうねオクタヴィア。どれだけ頑張っても届かない癖に虚しい努力なんかしちゃって……可哀そうよねぇ?ふふふっ」

 

 

『虚しい努力か……そういう言葉はこれを防ぎきってからほざけよ』

 

 

「「っ!?」」

 

 メイヤー姉妹が誇る圧倒的な防御を――――木々の壁を突き破って姉であるエマの右腕、オクタヴィアの左足に一本ずつ矢が突き刺さっていた。悲鳴を上げなかったのは一流の魔女としてのプライドか、それは分からない。しかし、この瞬間確かにメイヤー姉妹が絶対ではないことが証明された。

 

「くっ、この痴れ者がぁ……!」

 

「痴れ者?馬鹿な犯罪者風情が何を言うかと思えば……愚か者に言われたとて何も響きはしないな」

 

 メイヤー姉妹の視線の先にいたのは黒い弓を片手に持った男――――衛宮士郎(アーチャー)だった。三騎士の一角と称される男の出現に、メイヤー姉妹は忌々しげな表情を浮かべ、特区警備隊の面々は希望を感じていた。

 

「こちらとしても長々と続けるつもりはない。……さっさと終わらせるとしよう」

 

 そう告げると、俺は弓を下ろして片腕を振ると周囲に様々な剣が出現した。そのすべての切っ先がメイヤー姉妹に向けられると、メイヤー姉妹は恐怖の表情を浮かべた。

 だが、メイヤー姉妹は何も剣を向けられたことを恐れたわけではないだろう。向けられた全ての剣に籠められた魔力の大きさに恐れていたのだ。それは過去に存在したとされる、魔剣や聖剣と呼ぶに相応しいだけの力の塊なのだから無理もないが。

 

「俺としても長々と貴様らみたいな阿婆擦れの相手なんてしたくないんだよ。どうせ、この後にビッグイベントでも控えているんだろうしな……だから、ここで倒れろ」

 

『……いいや、そういう訳にはいかねぇな。アーチャー』

 

「チッ。そういう事か」

 

 その声を聴くと同時に、メイヤー姉妹に向けていた剣群の切っ先を一斉に別の方向へと向けて射出した。虚空を射抜くはずの剣群はしかし、俺以外の者たちの予想に反して全てが砕かれた。剣群を砕いた相手は朱い槍を振り回しながら楽しげな笑みを浮かべて、俺を見ていた。

 

「予想外だな、ランサー(・・・・)。お前がこんな馬鹿どもと絡むなんてな」

 

「なぁに、あの嬢ちゃん(・・・・・・)には多少の恩義と縁があってな。その関係であって、あいつらとは全く関係ねぇよ」

 

「なるほど……この地で聖杯戦争をやろうという訳だ。事態は一気に変化すると」

 

「そういう事になるんかねぇ……まっ、あの嬢ちゃんにはそんなこと関係なさそうだけど、な」

 

「ふぅん……?まぁ、何でもいいさ。こちらが確認したいのは一つだけだからな――――お前は俺の敵か?」

 

「この場に限って言えばその通りだな。――――俺はお前の敵だよ」

 

「そうか――――なら、殺すだけだ」

 

「やってみろぉ!アーチャー!」

 

 俺の手に白と黒の双剣が現れ、朱い槍を持つ男――――ランサーとぶつかり合う。暗い闇の中で二人の攻撃がぶつかり合い、閃光のようにぶつかる二人の攻防に誰の視線も追いついていなかった。それほどまでに両者の実力は逼迫していた。

 しかし、それは逆に言えば。目の前の相手以外の存在に気を配っている余裕がないという意味でもある。それは同時にメイヤー姉妹に向けられる攻撃の手が緩むという事でもあった。そして、それが致命的な隙を生むという事もまた、自明の利であった。

 

「くっ、鬱陶しい!」

 

「そう言うなよ、アーチャー!前哨戦としてはらしいだろ?」

 

「黙れ、戦闘狂が。殺すことしか頭にない奴が守るために戦う奴の邪魔をするな!」

 

「耳が痛いね、まったく……だがよ、あの阿婆擦れはまだしも本来の雇い主は助けるために戦おうとしてる。たとえ、それが犯罪だとしても、俺はその意思を守ってやるだけだ」

 

「らしくもない事を口にするじゃないか、ランサー。お前がそんな事を言う性質ではなかったろう」

 

「まぁな。俺も我ながららしくもねぇことを言ってるな、とは思ってるさ。まぁ、なんにしても……俺のすることは変わらねぇさ。おい!さっさと撤退しろ!これ以上は面倒見切れねぇぞ!」

 

 ランサーは俺と鍔迫り合いながら、メイヤー姉妹に声をかける。しかし、ランサーの言葉がメイヤー姉妹には理解しきれなかった。メイヤー姉妹にとって、特区警備隊(アイランド・ガード)は敵ではない。唯一、敵足りうるアーチャーはランサーが抑えている。この状態で、何故撤退しなければならないのか?

 

「寝ぼけんな!お前らはまだ(・・・・・・)アーチャーの(・・・・・)射程圏内にいるんだぞ(・・・・・・・・・・)!」

 

 ランサーのその言葉と共に、ランサーから大きく距離を取ったアーチャー()の背から膨大な量の剣が射出された。確かに、俺だけではランサーの相手で手一杯だった。しかし、それは武器を用意できないという意味ではなかった。令呪を使用したことで飛躍的に上昇したアーチャー()の能力は、聖杯戦争開始前はギリギリ互角というレベルの相手であるランサーを相手に余裕を生んでいた。

 

「流石、の一言だが……ここでは俺が勝利を戴かせてもらうぞ、ランサー!」

 

 アーチャー()の言葉と共にメイヤー姉妹に降りかかる剣群。俺はランサーと闘いながらも、自身の勝利条件をはき違えてはいない。メイヤー姉妹の逮捕もしくは撃退。要するに、メイヤー姉妹が絃神島へ足を踏み入れなければそれで構わないのだ。

 ランサーに勝つことは、聖杯戦争の最後までに成し遂げればいい事だ。今の段階で潰しておいた方が後々楽かもしれないが、今すぐにこだわらなければならないような話ではない。俺は決して優先するべき目的を違えず、そちらを優先する。

 

 放たれた剣群によってメイヤー姉妹が貫かれる寸前。駿足を誇るランサーでさえも間に合わない、その場にいたほぼ(・・)全員が必殺を確信した。剣群を叩きこまれるのと同時に剣群が次々と爆発し、土煙が生まれた。土煙が消えた先にはメイヤー姉妹の姿はなくなっていた。しかし、俺は苦々しげな表情をしながら、ランサーの方に視線を向けた。

 

「空間転移か?」

 

「さぁな……と、言いたいところだが。まぁ、そうなんだろうさ。俺と嬢ちゃんの魔術体系は違うからどうなのかは俺には分からんがな」

 

「白々しい……お前の同盟相手はキャスターという訳か」

 

「それ、態々言う必要あるのか?」

 

「別に。確認のために聞いただけだからな。それよりも……だ。この事態、俺はどう収拾を吐ければいいのかね?」

 

「それこそ知るかよ。少なくとも、俺はお前の相手なんてしてらんねぇからな」

 

 ランサーはそう言いながら、左手に刻まれた令呪を見せつけるように左手を掲げる。そして、令呪は赤い輝きを放つ。その輝きが消えると三つあった令呪は二画に減っていた。それはつまり――――令呪の魔力リソースを自身の強化に使ったという事だ。

 

「これで、俺とお前の間にあった差は奇麗さっぱり無くなった訳だ。さて、仕切り直しと行くか?アーチャー」

 

 ランサーがそう言った瞬間、俺は胸元に強い衝撃を受けてコンテナにぶつかった。前後から強力な衝撃にサンドイッチされ、血を吐いた。しかし、それに気を配ることなく両手に握っていた双剣を前に突き出した。振り下ろされた朱い槍を受け止め、自分の甘さに舌打ちをした。

 

 令呪による強化。言葉にすれば、たったそれだけの事でも実際に目にするとやはり違う。少なくとも、俺は今ランサーの上昇した速度を読み違えた。先ほどまでなら見切るとまではいかなくとも、少なくとも視界に捉えられないほどではなかった。いや、捉えられない訳ではない。ただ予想外なほど速かった。ただそれだけの話なのだ。

 

「海獣の骨でできた鎧による瞬時加速か……」

 

「よく知ってんな……と言いてぇが。そういえば、お前さんの特色と言えばその眼だったな」

 

「攻撃性に特化した鎧とは厄介な……下手すれば、いや下手せずとも風穴があくか」

 

「見えないなりに勘で躱したってか?運のいい奴だぜ」

 

 俺がランサーの速度を読み違えた最大の理由。ランサーの最大の武器である朱槍を鎧にした外装をブースターとして稼働させ、俺の反応速度を超えた速度で蹴りを叩きこんできた。といったところだろう。おそらく、令呪による強化によって発動させられるようになった宝具なんだろう。

 このまま戦うこと自体は不可能ではない。しかし、今の強化されたランサーと対等に戦えるか、と訊かれれば無理だろう。先ほどの不意打ちで肋骨が折れてしまった所為で、呼吸しているだけで熱い。この熱を抑えながら戦うというのは正直、難しいと言わざるを得ない。

 

「さて、このまま聖杯戦争を進めるってのも手か?なぁ、アーチャー」

 

「やってみろ、ランサー。たとえ手負いの身であろうと、お前に譲ることなどないと思え」

 

 俺の周囲に大量の剣が浮かび、ランサーは獣のような笑みを浮かべながら槍を構える。三騎士と称される世界でも有数の戦士は古老の吸血鬼と変わらぬ危険性を持つ。少なくとも、人工島の港など簡単に崩壊させることが可能なぐらいには。

 もはや、二人の頭の中に特区警備隊(アイランド・ガード)の存在はなく、お互いの存在に全神経を集中させる。それほどまでに互いの能力を認めていて、それほどまでに互いの存在を厄介だと思っている。互いの魔力が高まり、もはや臨界ギリギリとなった瞬間――――竪琴の音が響いた。

 

「――――私は悲しい」

 

「「っ!?」」

 

 俺もランサーも同時に声のした方に視線を向けた。今響いた竪琴の音も、聞こえてきた声にも聞き覚えがあったからだ。そして、視線を向けた先には――――弓をその手に携えた赤い長髪の男性と長剣の先を地面に宛てて構えている金髪の男性がいた。

 

円卓の騎士(サークル・オブ・オーダー)……トリスタンにガウェインか。こんな場所で会うとは奇遇じゃねぇか」

 

「確かに、我々としても予想外も良いところです。我が王はまだいらっしゃいませんが、それで良かったのかもしれませんね。同胞を自らの手で討つなど、我が王にそのような想いをさせるのは本意ではありませんから」

 

「ハッ!言うじゃねぇか、今代の太陽!セイバーの騎士風情が図に乗るんじゃねぇぞ!」

 

「無論、この夜半に私一人ではあなたには届かないでしょう。しかし、今の私は一人ではない――――でしょう?トリスタン、アーチャー殿」

 

「ああ、私は悲しい――――このような名誉も何もない場所で、我が王の同輩を討たねばならぬこの悲劇を。名誉ある決闘ではなく、純粋な殺し合いをしなければならぬことを。しかし、それが必要な事であるのならば為しましょう。それが我が王の騎士である私の役割であるがゆえに」

 

 現れた男たち――――ガウェインとトリスタンが武器を構える。俺もまた無言で武器を精製していく。再び高まり始めていく戦闘の意思にランサーが笑みを浮かべ、しかし次の瞬間には気分を害したかのように表情を歪ませた。

 

「あ?なんだよ、嬢ちゃん。良いところだってのに……ああ、分かった分かった。依頼主はあんただ。あんたの命令(オーダー)には従うさ」

 

 ランサーがここにはいない誰かに告げるように、そう言うと踵を返すように俺たちから背を向けた。おそらく、キャスターがランサーに戻ってくるように告げたのだろう。キャスターが既にメイヤー姉妹を回収した以上、ランサーがここでこれ以上戦闘することにメリットはない。

 メリットのない事を態々させる意味はない。普通の人間ならばそう考えるだろうし、キャスターもそう思ったのだろう。負傷しているとはいえ、アーチャー()と世界に名高い円卓の騎士が二人。三対一の戦いともなれば、ランサーであっても軽傷では済まない。場合によっては、誰も落とせず脱落する可能性もある。それは看過できない、といったところだろう。

 

 ランサーとしても、不満はあれど分からなくはないといったところだろう。いや、奴だけならばこの逆境すらも乗り越えようと燃え上がるかもしれない。しかし、キャスターの手先である現状、同盟相手(クライアント)の意向に逆らうのは得策ではない。

 それに何より――――聖杯戦争の役者は(・・・・・・・・)まだ出揃っていない(・・・・・・・・・)。こんな中途半端な状態で脱落の危険のある賭けに出るほど、ランサーも酔っていない。

 

「……ま、てなわけでだ。俺はここで帰らせてもらうわ。この決着はまたいずれつけさせてもらう。それまで首を洗って待ってろ」

 

「……はっ、ほざけよ。お前にはいつか後悔させてやるよ。ああ、この時に討っておけば良かったな……ってな」

 

「テメェらしい言い草だ。だが、まぁ、それぐらい意気が良い方が俺もやりがいがある。そんじゃ、また戦場で相まみえるまで落ちんなよ、アーチャー。お前を殺すのは俺なんだからな」

 

 そう言い放ちながらこの場から離れたランサーのその背は、紛れもなく俺のような紛い物とは違う本物の英雄(・・・・・)のようだった。




どうも皆様、おはこんばんちは。
失踪したとかしてないとか噂されているとかいないとか。
シュトレンベルグです。

約一年ぶりの更新でこんな感じだっけ?とか思いながら執筆していました。面白いと思っていただければ幸いです。これからもぼちぼちと更新していくつもりではありますので、これからも何卒よろしくお願いいたします。

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