ストライク・ザ・ブラッド~赤き弓兵の戦記~   作:シュトレンベルク

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弓兵と決着と

「待っていたよ、士郎君」

 

 氷の道の先で先生が待ち構えていたかのように立っていた。いや、実際待っていたのだろう。そもそも先生の目的は叶瀬さんを本物の天使にする事。先生からすれば、俺はその為に必要なピースなのだ。それだけ、叶瀬さんが天使になるために必要な物は大きいのだ。

 

「お待たせしてしまったようですいませんね、先生。……この情景を見ても、あなたの心は変わらないんですね」

 

「変わらないとも。寧ろ、決心は強まったよ。やはり、夏音は天使になるべきだとね」

 

 先生は信じている。人間を超越した存在に、天使となる事が叶瀬さんにとっての幸せなのだと。叶瀬さんは数奇な生まれである事は知っている。いや、そもそも『七使徒』に選ばれる人間というのは真っ当な生まれや生き方をしていない。誰もが運命という渦に翻弄されている。

 

「……俺は言葉が多い方ではないですし、未来を見通す魔眼を持っている訳でもない。俺にできる事は何時だって暴力装置としての役割でしかない。でも、そんな俺でも言えますよ。――――このままじゃ叶瀬さんは幸せになれないって」

 

「……何?」

 

「当然でしょう?あなたは神やら天使やら、そういった物を神聖視しすぎなんですよ。そういう特殊な存在は、所詮暴力装置にしかなり得ない。助けてくれなどしないし、救ってくれなどしない。それは、先生だって知っているでしょう?」

 

「それでも、だ。今のままこの世界で生き続けることが、夏音を幸せにする訳がない。夏音が幸せになるには、この世界にはあまりにも危険が多すぎる!」

 

「それはそうでしょう。でも、なればこそ、あなたは利用できる者を利用するべきだった。妹さんの望みを裏切ってでも、アルディギア王家に協力を申し出るべきだった。自分の手から遠く離れた場所に行かせる事が正解だなんて……そんな訳がないんだから」

 

 それでは置いていった者も置いていかれた者も後悔する事になる。それを()は知っているのだから―――――その選択を肯定する事などできない。どんな道を選んだとしても後悔する事は決まりきっている。それでも、どうせ後悔するのなら可能性のある方を選びたい。

 俺がそう言った瞬間、頭上の氷柱が砕け散った。そこから叶瀬さんが飛び出し、俺たちを見下ろしていた。その瞳は俺たちを見ているようで、きっと何も見ていないのだろう。その事が俺には何となく伝わってきた。

 

「与太話は終わった?なら、こっちも時間がない訳だし……さっさと進めさせてもらおうじゃないの!」

 

 そう言いながら、女吸血鬼はリモコンを操作した。すると、乗ってきたであろう船のコンテナの上部が吹き飛び、中から叶瀬さんと同じ改造を施されたであろう少女が二人現れた。リモコンを片手に意気揚々としている女吸血鬼は語り始めた。

 

「こちとらサービス残業なんてしたくないのよ。分かったらさっさと……」

 

 そこまで語った瞬間、俺が生み出した光剣の一本を弓に番え、少女たちの一人を地面に縫い付けたが。態々、敵の話に付き合う義理はないし、こっちだって急いでいるのだ。さっさと終わらせたいなら、黙って仕掛けてくれば良いのにあの女は馬鹿なんだろうか?

 

「なっ……」

 

「目障りだよ、年増。お前の話に付き合っている暇なんて生憎こちらは持ち合わせちゃいない。分かったら黙ってろ」

 

「この、クソガキがぁ……!」

 

「……剣巫、悪いがあの年増の相手は任せるよ。俺は俺でしなきゃならん事があるしな」

 

 少女の霊基は叶瀬さん程ではなくとも、かなり高い。恐らく、この場所とは違う場所で模造天使(エンジェル・フォウ)の施術を受け、実験も行われていたのだろう。文字通り、彼女も被害者というべきだ。ならば、俺は見捨てたくないと思う。

 俺は正義の味方じゃない。切嗣のように、顔も知らない誰かのために戦う事なんて絶対に出来ないだろう。でも、それでも、顔の見える被害者に手を差し伸べられない程、薄情な人間になった覚えもない。だったら、俺も出来る事をしなければ。

 

「第四真祖」

 

「なんだよ?」

 

「……彼女の事を、任せたぞ。今の俺では、彼女を絶対に助ける保証などできない。それでも、お前の力があればきっと助けられる筈だ」

 

「何言ってんだ。俺だけじゃない。姫柊やラ・フォリア、それにお前と俺で叶瀬を助けるんだ。俺だけじゃ、叶瀬を助ける事なんて出来ない。だから、俺に力を貸してくれよ。アーチャー」

 

「……ふっ。ああ、そうだな。お前の言う通りだ。では、最初は任せたぞ」

 

「ああ、任せろ!」

 

 驚いた。純粋にそう言って構わないだろう。今の俺では十全の力を揮うことは出来ないだろう。そんな状態で彼女と戦う事はかなりの自殺行為だ。たとえ、彼女が宝具を展開した事で大量の魔力を消費しているとしても、俺と彼女では基礎スペックが違う。到底、勝ち目などない。

 考えられるヴィジョンとしては、第四真祖が神気を削って姫柊さんが術式を消すぐらいだろう。俺が介入する余地など何処にもない。だというのに、本当にこの男はなんと言うか……お人好しだ。だが、今はそのお人好しさ加減が何とも心地よく感じてくる。

 

「さて、じゃあ……始めるか」

 

 俺は残された模造天使の少女からの攻撃を躱し、第四真祖から距離を取った。ないとは思うが、こちらの攻撃が第四真祖の戦いの邪魔をする可能性は高い。ならば、どちらにとっても安全に行動できる距離を保つべきだ。それに何より、俺も試したい事がある(・・・・・・・・・・)

 

投影(トレース)開始(オン)

 

 右腕から魔力光が迸る。それは俺が本来使うべき物で、けれど決して使う事のなかった文言。俺は違うのだと普段は主張しているんだが、少なくとも今はこの力に頼るべきだと判断した。魔力回路を全開で動かし、俺の心象とはまったく違う世界――――無限に剣を内包する世界を見る。

 どれもこれも俺が見た事のない剣だ。しかし、それはそうだろう。神話や伝説に名前を連ねる英雄たちが使っていた剣なのだ。今の時代には残っていないような代物だ。俺が見た事のないのは当然という物だ。それでも、今はその力が必要だ。

 

 創造の理念を鑑定し、基本となる骨子を想定し、構成された材質を複製し、製作に及ぶ技術を模倣し、成長に至る経験に共感し、蓄積された年月を再現し、あらゆる工程を凌駕しつくす。そして、今ここに――――

 

「幻想を結び、剣と成す――――!」

 

 白と黒の短剣――――干将(かんしょう)莫耶(ばくや)が俺の手には握られていた。俺はすぐさま投影した宝具(・・・・・・)を投げた。いきなり武器を投げ捨てた俺の姿に少女は怪訝にとられ、俺はその間に再び同じ物を投影して投げた。

 ブーメランなどの例外を除き、一度投げてしまえば戻ってこないのが武器という物の道理。しかし、だからこそ、少女は驚かざるを得なかった。しかし、それも当然という物だろう。なにせ、少女の周囲を俺が投げた短剣がグルグルと回っているのだから。

 

 これが干将・莫耶の特性。雌雄一対の双剣であるこの宝具は互いに引き合う性質を持っている。例えるなら、磁石のN極とS極のように。その特性を利用して作られた剣の結界。模造天使であれば抜ける事は造作もないだろう。しかし、人としての本能が危険な物に触れる事を避けようとする。

 たとえ意味がなくても。たとえ効果がないと分かっていたとしても。本能が刃を避けようとする。俺の攻撃が模造天使に通用するという事も、ひょっとしたら分かっているのかもしれない。まぁ、実際この宝具にも俺の神気が混ざっているから当たればダメージにはなるだろう。

 

「山を貫き、水を割り、なお墜ちることなきその両翼――――落ちろ、鶴翼三連!」

 

 再び宝具を投影し、今度は宝具を巨大化――――オーバーエッジ状態に改造した。そして、刃が少女に命中するタイミングに合わせて近付き、飛び回るものと合わせて六連撃を叩きこんだ。とはいえ、四本は少女が動けなくなるようにする為の物なので、峰を四肢に。刃も肉体ではなく、改変された霊基を斬り裂いた。それによって高位次元からの神気の流入が止まった。それを目視すると、次に叶瀬さんの方に視線を向けた。

 

「クソッ!どうして止まらないんだよ……叶瀬!」

 

 身体から神気の大半を喰われ、姫柊さんが術式を解いたにも関わらず、叶瀬さんは止まる事がなかった。しかし、それは当然だろう。なにせ、彼女はただの模造天使ではない。令呪の力で限りなく天使に近付いている存在なのだ。今更、模造天使の力を消されても彼女にとっては終わりではない。

 

投影(トレース)――――過改造(オーバーエッジ)

 

 しかし、あの二人は十分なお膳立てをしてくれた。ならば、後は俺の仕事だ。なにより、これ以上彼女があの牢獄に閉じ込められっぱなしのは不憫だろう。彼女には戦場などよりも平穏な場所こそがお似合いだ。だからこそ、俺が終わらせなければならない。

 

「……アーチャー!」

 

「任せろ、第四真祖。この後は俺の仕事だ」

 

「RRRyyyyyyyyiiiiiiiiiiiiiii――――!」

 

「留まるな、バーサーカー!お前の仕事は終わったんだ。後は……俺たちがやるから」

 

 優しい少女だ。悲しい時間を歩いてきた筈なのに、それでも他人に対する優しさを捨てる事のない強い子だ。彼女が命を捨てる事は何よりの損失だと思う。ならば、この手を血に汚したとしても後悔などするものか。そう決めた。そう思った。

 

「だからこそ――――もうお休み、バーサーカー。俺たちがこれからを背負うから、どうかその少女だけは日常(陽だまり)に帰してあげてくれ」

 

「……ごめんなさい、■■■■■。私は……」

 

「気にするな、■■■■■■。そして、さらば我が同胞。これからはどうか幸せに――――」

 

 その言葉と共に刃を振り下ろす。その刃は決して叶瀬さん(少女)を傷つけず、ただバーサーカー(同胞)の霊基だけを斬り裂いた。それと同時に叶瀬さんの身体から削り取られたとはいえ、膨大な量の神気が溢れ出した。その神気は宿主である叶瀬さんを離すまいと手を伸ばしてきた。

 

「それを、俺が許す訳がないだろうが――――!投影開始(トレース・オン)――停止解凍(フリーズ・アウト)全投影連続層写(ソードバレル・フルオープン)!」

 

 叶瀬さんを抱き留め、目についた宝具を片っ端から投影していく。無論、その総てが神気を内包している。その剣群を一斉に神気の塊へ叩きこむ。そして、その総てが突き刺さった瞬間に宝具を砕いて爆発させる。その爆発によって無理矢理距離を作る。

 

「第四真祖――――!」

 

「食い尽くせ、〝龍蛇の水銀(アル・メイサ・メルクーリ)〟――――!」

 

 第四真祖の眷獣が神気の塊を食い尽くし、跡形も無く消え去っていた。残されたのは満身創痍と言って相違ない女吸血鬼と獣人、無傷の先生。それに疲労感を残しながらも満足げな表情を浮かべる第四真祖と姫柊さんにラ・フォリア。そして、俺の腕の中で何もなかったように眠っている叶瀬さん。そんな叶瀬さんの額から令呪の跡が消え、どことなく安心している俺だけだった。

 

 それから幾らかした後、俺たちは助けに来ていた南宮先生や舞威姫の用意していた船に乗り込んだ。流石に、激闘だったと言わざるを得ない。相手を殺さずに霊基だけを斬り裂くなんていう荒業を連発しただけに、普通に戦うよりも何倍も疲れた。俺の心眼はそんなに便利な物じゃないしな。

 

「今良いか?」

 

「どうした、第四真祖。何かあったのか?」

 

「そうじゃねぇよ。ただ、俺以外の同性ってお前ぐらいしかいないからな。気が休まらせねぇんだよ。分かるだろ?」

 

「……そうか。別に構わんが、それだけじゃないんだろう?」

 

「分かるか?」

 

「分かるさ。何か用事でもなければ、俺と話す事などないだろうしな」

 

「……ラ・フォリアが言ってたんだけどさ。聖杯って何なんだ?」

 

「チッ、あの女は余計な事を……」

 

「お前ってラ・フォリアに関してはかなりの辛口だよな」

 

「当たり前だろう。こっちとしては別に知ってほしくもない事を他人に教えたりするからな。それに、あいつはあいつで面倒だが、あいつの親父は尚の事面倒くさい。なにせ、親バカでラ・フォリアの事が大のお気に入りだからな」

 

 こっちが何を言っても聞こうとしない。その癖、娘は渡さん!とか言って攻撃仕掛けてくる。アーチャーとして活動し始めた時に絡まれた。相手は国王だから殺す訳にもいかないし、かと言って手加減できるほど弱い訳でもない。面倒くさい事この上ない相手だ。

 

「それで、聖杯だったか?そんな事を知ってどうしようって言うんだ?」

 

「いや、別にどうしようって話じゃねぇよ。単純に気になった、っていうだけさ」

 

「興味本位なら止めておけ。どうせお前は何かしらの事件に巻き込まれるんだから不要な争いの種に首を突っ込むのは止めておいた方が自分のためだぞ。主に精神的な意味でな」

 

「俺だってそれは嫌だけどさ。もしかしたら、その聖杯関連で何かしらに巻き込まれちまうかもしれないだろ?知っておいた方が良い事もあるだろ?」

 

「口達者な事だ。……聖杯は万能の願望機の事さ」

 

「万能の願望機?なんでも叶えられるって事か?」

 

「おおよそ世界で可能な事は叶えられるだろうさ。だから、例えばお前さんの真祖の呪いを解くなんて事は出来んだろう。しかし、金が欲しいとかそういう俗物的な物を始め、できる事は非常に多い」

 

「へぇ~……凄い物なんだな」

 

「そこでそういう反応が出来る辺り、お前は大物だよ。それで話というのはそれだけか?」

 

「……お前は聖杯に何を願うんだ?」

 

「お前が知る必要はない。どうせ、お前は聖杯に関わる資格自体がないんだからな」

 

 俺はそう言うと立ち上がった。これ以上話をする必要もないし、質問された事には答えた。態々聖杯戦争について教える必要はないし、やる事は変わらない。変わらないなら教えても仕方がないんだから。

 数時間もすると、船は絃神島に辿り着いた。時間としては1日かそこらしか経っていないのに、どうも懐かしく感じた。そして船が停泊すると、ラ・フォリアは第四真祖と姫柊さんと話していた。ある程度話が済んだのか、頬にキスしていた。

 

「シロウ、それではまた一度の別れですね」

 

「俺としては今生の別れであってほしいんだがね。お前と俺では生きている世界が違いすぎるんだからな。お前みたいな美しい奴が、俺みたいな汚れてる奴に近付くべきじゃないんだ」

 

「またあなたはそうやって自分を卑下するのですね。そうやって自分を下に見るのはよくないと思いますよ?」

 

「知るか。それこそ俺の性分だ。嫌ならさっさと諦めた方が良いぞ」

 

「いいえ。あなたのそのへそ曲がりな所も、何だかんだと言っても最終的には助けてくれる所も、私は好きですよ。……シロウ、夏音の事本当にありがとうございました」

 

「お前のためじゃない。俺は俺の相方の依頼を受けただけに過ぎないんだからな。だから、お礼を言いたかったら相方の方に言ってやってくれ。俺は相方の気持ちに応えただけなんだからな」

 

「その方にはまた別の機会に。今はあなたにお礼を言っておきたいのです」

 

「そうか。なら、大人しく受け取っておくとしよう。じゃあ、用件はそれだけだな?じゃあな」

 

「待ちなさい。別れの挨拶ぐらいはしっかりしなさい」

 

「ハァ……はいはい」

 

 俺はそう言うと、ラ・フォリアの肩を掴んで額にキスした。唖然としているラ・フォリアを他所に俺は船の甲板から飛び降りる形で船を降りた。すると、そこには相棒(大河)が待っていた。

 

「ありがとな、士郎。おかげで助かったよ」

 

「今度飯を奢れ。そうしたら勘弁してやるよ」

 

「ハハハッ、分かったよ。今度焼肉でも奢ってやる」

 

「そうしてくれ。んじゃ、帰るとしましょうかね」

 

 俺はマフラーを外して、首にかけて歩き始めたのだった。

 

三人称side

 

 士郎が傍目からは逃げ出したとも言えるような去り方をした後、その場にいた者たちはまるで空気が凍り付いたとも思えるような状況にあった。そんな中、額にキスされたラ・フォリアはそのほっそりとした指で額を撫でた後、クスクスと笑い始めた。

 

「あ、あの~……王女?」

 

「嫌がっていても、彼も変わったのですね。昔なら絶対にこんな事はしなかったのに……ますます欲しくなってきますね」

 

「王女!?」

 

「分かっています、紗矢華。今はまず病院へ。シロウの事に関しては何時でも出来るでしょうから」

 

 その時、彼女が浮かべていた笑みはまるで長年求め続けた物を見つけた子供のように無邪気なのにどこか艶美な雰囲気を醸し出していたという……。




天使炎上編完結。約二年越しの完結という作者としてどうなのコレ?という感じではありますが、楽しんでいただけると幸いです。

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