ストライク・ザ・ブラッド~赤き弓兵の戦記~   作:シュトレンベルク

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弓兵と始まり

 あれから少しした後、第四真祖が吸血を済ませるまで俺は自分の中に意識を埋没させていた。他人の情事まがいなことになど興味はないし、それ以上にしておかなければならない事があったからだ。

 

「……魔術回路はクリア。神経回路は……次の戦闘では役に立たないな。こっちは問題だらけだな。神力での干渉を行われるとは思っていなかったからな」

 

『そりゃあ、お前さんの想定力不足っていう奴だろ?』

 

「そう言われるとそうなんだがな。お前も多少はダメージを受けてるんじゃないのか?クロ」

 

 肩越しに振り返ると、そこには腕を組みながらこちらを眺めている俺そっくりな奴――――クロがいた。名前は特に考えた訳ではなく、俺が『シロ(・・)ウ』だからクロにしただけだ。クロも別に気にしていないようなので、そのままクロで通している。

 

『そりゃ、そうだ。俺とお前は同じだからな。ただ表層かそうでないかの違いしかない。俺はお前だ』

 

「そうだな。それで?態々俺に何の用だ」

 

『何の用、とはまたご挨拶だな。お前さんが珍しく此処(・・)まで下りてきてるから会いに来ただけじゃねぇか』

 

「お前は普段からこんな処にいるのか?こんな、地獄みたいな場所に(・・・・・・・・・)

 

 俺たちは雪が降り積もった大地、焔に焼かれる家々、そして斃れ伏す死体に(・・・・・・・)突き刺さる剣の群れ(・・・・・・・・・)。その中心に俺たちは立っていた。凄惨と評するに相応しい光景は俺たちにとっては始原の光景だ。この地こそが、俺たちの―――――アーチャーの始まりだ。

 

『地獄ねぇ……そこまで酷いもんか?この光景が』

 

「地獄だろう。たとえ、これが俺たちにとっての始まりなのだとしても。総ての血族が血だまりの中で始まる存在だったとしても。ここは……地獄その物だ。あらゆる者が地に斃れる。血に濡れ、無慈悲に、凄惨に、抵抗をする事も出来ずに死んでいった。それを地獄と呼ばずに何という?」

 

『こんな光景、何処にだって転がっているだろうに。今までだって何度も見てきたじゃないか』

 

「コレは別だ。どれだけ地獄を作り出したとしても消え褪せる事のない俺の心象風景だ。俺たちを形作っている物の中で、この光景だけは決して消える事はない」

 

 そう、コレだけは違うのだ。コレだけは絶対に消え褪せる事のない物だ。それはクロも感じているのだろう。口では大した事ではないと言っていても、本心では違う。この光景の重要性を認識しているのだ。しかし、その話は今は重要ではない。

 

「……とはいえ、今はそれどころじゃない。今はバーサーカーとの戦いが控えているからな」

 

『今のお前さんじゃどうにもならないだろ。それを分かっているから、第四真祖に投げたんじゃないのか?』

 

「……確かに、お前の言う通りだよ。負傷した今の俺ではバーサーカーを相手取れるほどの余裕はない。それでも何も出来ずに見ているだけで良い訳がない。いざという時には俺も何とかする必要がある。違うか?」

 

『違わねぇな。でも、そんな事態に今のお前で対応できると思っているのかよ?そんな訳ねぇよな。なんてったって、お前さんは現実主義者(リアリスト)だ。希望的観測で動いたりする事はねぇ。だったらよ……するべき事は決まってるよな?』

 

黙れ(・・)。前にも言った筈だ。その選択はしないと。話はそこで終わっただろうが。また話をひっくり返してくるとか、どういうつもりだ」

 

『必要な事だろうが。これからの戦いは厳しい物になっていく。出来るうちに戦力を整えておくのは重要な事だろうが』

 

「重要な事だとしてもだ。俺は騎士なんて呼ばれるような存在じゃないが、それでも最低限の矜持ってもんがある。やりたくない事はやりたくないんだよ」

 

 俺がそう言った瞬間、空間が振動した。それと同時に風景の総てが掻き消え、俺たちは真っ暗な空間に立っていた。これは外部から何かしら……まぁ、ラ・フォリア辺りが俺の肩を叩いたんだろう。それで集中が切れた、という事だ。

 

『その言葉がどこまで通じるか見物だな。……分かった。今回は諦めてやる。だけど、忘れんなよ。お前が本当の意味で(・・・・・・)アーチャーになるには(・・・・・・・・・・)絶対に必要なんだ(・・・・・・・・)って事をな』

 

「……分かっているさ。そんな事はな」

 

 その言葉と共に、俺の意識が身体に戻ってくる。眼を開くと、そこにはこちらにキスでもしようとしているのではないかと思えるほど顔を近づけているラ・フォリア。そんなラ・フォリアの奇行を何とか止めようとしている姫柊さんと目を閉じて耳を塞いでいる第四真祖(暁先輩)の姿があった。

 

「……何をしているんだ?」

 

「シロウが目を覚まさないようでしたので、目覚めのキスでもと思いまして。まぁ、雪菜に阻止されてしまいましたが」

 

「当たり前です!ラ・フォリアは第一王女なのですよ!?もっと御身を大事にして下さい!」

 

「それだけする価値が、シロウにはあるという事なのですよ。彼の存在はあなたが思っているよりも、もっと大きな存在なのですから」

 

「言い過ぎだ、ラ・フォリア。俺はお前が思っている程、大した存在じゃないさ」

 

「……と、本人は言いますが。この本人の批評は当てになりません。彼は日本よりも欧州の方が恐れられていますし、人間の国家からすれば彼の存在は希望そのものなのです。何故なら、彼は三騎士の中でも唯一と言って良い『人間』側の守護者だからです」

 

「……他の連中だって人間を守るぐらいするだろ」

 

「いいえ。他の二人とあなたは明確に違います。剣騎士(セイバー)は自らの治める『国』を守る存在であり、槍騎士(ランサー)は『自由』を守る存在です。彼らは人間と魔族両方を、場合によっては魔族を人間から守る。それが悪い事とは言いません。けれど、彼らは人間からすれば味方とは言い切れないんです」

 

「俺だって、人間は殺してきた。魔族も人間も殺すことに躊躇った事はない。人間だけの味方をしたことなんてないよ」

 

「あなたが殺してきたのは犯罪者でしょう?もちろん、依頼によっては無辜の民も殺してきたでしょう。それでも、率先してあなたが『人間』と敵対した事はない筈です。……違いますか?」

 

「率先して動いてないから、それが味方だって?関係ないよ、そんな事は。罪人だろうが、敵だろうが……そこで生きている。生きている奴を殺している奴が正しい訳ないだろう」

 

 罪人だから殺しても仕方ない。敵だから殺しても仕方ない。それは俺が納得する理由にはなっても、俺が『人間』の味方だと主張できる理由にはならない。俺はどこまで行っても人殺しだし、どこまで行っても正義の味方になんてなれない。

 

「本当にそうなれる奴がいるとしたら、ガンディーみたいな人の事さ。誰かのために立ち上がり、けれど決して拳を振り下ろす事はなかった。そんな人間こそがそう呼ばれるに相応しい人間なんだよ」

 

 そう、こんな人殺しにには似つかわしいくない称号だ。あの二人も、他の連中だって決してそんな存在ではない。俺たちの血統はどんな言い逃れをしたとしても、その生涯を戦いから切り離すことは出来ない。その命はどこまで行ったとしても血と闘争の渦中にある。

 そんな連中が『人間』の味方だなんて、冗談にも程がある。俺たちは何も守ってなんていない。ただ必要な事をしているだけなのだ。ただ一つの願望を胸に、俺たちは一つの聖杯を求めあっている。もし、もしも俺たちを誰かの味方だと定義するのなら。それはきっと――――

 

「いや、詮無い事だ。それより、第四真祖。眷獣の掌握は終わっているのか?」

 

「ああ。ラ・フォリアと姫柊のおかげでな。こいつなら、きっと叶瀬を止めてやれる筈だ」

 

「そうだと良いがな。俺の手間も減るし……彼女を解放してやることが出来る。こんな戦いの場に、彼女のような存在は似つかわしくない」

 

「……俺はお前の事、もっと冷たい奴だと思ってたけどよ。お前、実は結構良い奴なんだな」

 

「はっ。何を急に言い出すのかと思えば……お前は俺の事をよく知らないからそういう事が言えるんだ。俺の手はお前が考えている以上に汚れている。いや、俺だけじゃない。『七使徒』の血統にいる誰もが、その身を血に汚している。その中でも、俺は一際だ。我が足元には血と屍で出来た山があるんだからな」

 

 手元に剣を生み出し、それを弓に番え強く引き絞る。聖杯を、その果てを求める俺たちは等しく罪人だから。己の欲のために世界を変えようと願う……儘ならない現実を超常の力によって塗り替える。その為なら、俺たちは多くの屍で山を作り上げたとしても後悔はない。

 

「俺は、聖杯を手に入れる。この戦いもその一部でしかない。その為なら、どんな敵と相対したとしても後悔なんてある訳がない。それだけの話なんだよ。ラ・フォリア」

 

 それが連綿と紡がれてきた血の運命であり、俺たちの願いを叶えるために必要な事だから。俺たちを取り巻く運命の総てが、終局へと至るために求められた物。だからこそ、俺たちは往くのだ。総ては、俺たちの願いのために。

 

士郎side out

 

雪菜side

 

 アーチャーさん……いいえ、衛宮君が力を緩めると番えられていた螺旋状の剣は真っ直ぐ貫くように進んでいきました。籠められていた魔力が途方もないのか、魔力で構築されている氷を容易く穿ち、徐々に融け始めて人が通れるほどの広さになりました。

 衛宮君はそれを確認すると、こちらを一瞥する事もなく進み始めました。まるで何も話す事はないと言わんばかりに。事実、それはその通りなんだと思います。衛宮君からは話しかけるな、と言わんばかりのオーラが出ていました。そんな衛宮君を見ていたラ・フォリアは……ため息を吐いていました。

 

 ラ・フォリアは衛宮君を善い人だ、と言いました。きっと、ラ・フォリアは私の知らない衛宮君の事をたくさん知っているんだと思います。衛宮君のお父さんが存命だった頃から……小さい頃からの付き合いだという話ですから、それはそうなのだと思います。その事を考えると何故か胸が痛みますが……今は無視します。

 

「ラ・フォリア、あの……」

 

「……相変わらず仕方のない人ですね」

 

「えっ?」

 

「雪菜、古城。彼はどうしても自分が善い人間だと思わないんです。それは彼の養父……キリツグが影響しているんでしょう。彼は全体正義の体現者で、そのやり方は正しい事だったんです。少なくとも、関係ない大多数の人間にとっては」

 

「……どういう意味だよ?あいつの親父さんのしてきた事が、あいつがあそこまで卑屈になっちまう理由だってのか?」

 

「ええ。キリツグは九のために一を斬り捨てる人間でした。いわば、汚れ役。それが間違っていると知りつつも、同時に正しい事だと知っていた。だからこそ、その道を捨てて別の道を選んだことは彼にとって、文字通り『悪』なのです」

 

「父親が行った『正義』ではないから『悪』……?それは」

 

 間違っている、というよりは極端すぎる。正義ではない=悪であるというのは余りにも極端すぎる考え方だ。多くの人々を殺してきた事が正しいとは言わない。けれど、結果として多くの人々の命を助けたのなら、それは間違ってはいない筈だ。

 

「シロウにとっては許せないのでしょう。父親の正義を否定した以上、自分が正義でいられる道理など存在しない。ましてや、尊敬していた父親は自らの正義を為す度に否定された。なのに、それと同じような事をしている自分が『正義の味方』などと呼ばれている事が許せない……そんな所なのでしょう」

 

「でも、それは……衛宮君が頑張ったからで!」

 

「止めとけ、姫柊」

 

「先輩?でも」

 

「こういうのってさ、きっと自分が納得できるかできないかの問題なんだよ。他人から見てどうこうじゃないんだよ。自分が納得できない事を他人にとやかく言われても、納得できる訳ねぇんだよ。俺だったら尊敬する人が知らねぇ奴に侮辱されたら殴りたいと思うしな」

 

「それは……」

 

 私でもきっとそう思う。師家様が誰かに侮辱されたり、紗矢華さんが誰かに罵倒されている姿を見れば、きっと許せないと思ってしまう。でも、だからって、他人からの評価を否定し続ける事が正しい事だとは思えない。だって、それはその人が努力し続けてきた証拠なんだから。

 

「ところで、あいつは聖杯がどうとか言ってたけどよ。それって一体何の話なんだ?」

 

「それは古城からシロウに訊いてみて下さい。きっと面倒くさがりながらも応えてくれるでしょうから。ただ、言える事があるとすれば……きっとあなたもそれに巻き込まれる事になるんでしょうね」

 

「……マジかよ。俺としてはもうこういう面倒くさい事は御免なんだが……」

 

「あら、そうなのですか?」

 

「そうだよ!誰が好き好んで面倒な事に首を突っ込みたいと思うか!」

 

「古城は本当に冗談が上手なのですね」

 

「冗談じゃねーって!」

 

 ラ・フォリアは先輩を揶揄いながら衛宮君の後をついて行き、先輩もその後に続いた。私もその後に続きましたが、その先には空に浮かんでいる叶瀬さんを見つめている衛宮君の姿があった。その姿がどうしても物寂しげに見えて心苦しかった。

 

雪菜side out


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