ストライク・ザ・ブラッド~赤き弓兵の戦記~ 作:シュトレンベルク
とりあえず場所を移動する事になり、ラ・フォリアが使っていた救難艇の傍に戻ってきた。そしてお互い、ある程度の自己紹介とかしていた。それを離れた所で眺めていると、ラ・フォリアが良い笑みを浮かべながら手を振ってきた。ため息混じりに巻いていたマフラーを外すと、姫柊さんはとても驚いていた。まぁ、仕事中にこのマフラー外した事、ほとんどないからな。特区警備隊の連中でも、俺の素顔は知らないだろうし。
「本当に衛宮君……なんですか?」
「そうだよ。このマフラーには認識阻害の術式が刻まれている。だからこそ、特徴的な外套とマフラーしか伝わっていないんだよ。そこのお姫様みたいに、俺の素顔を知っている者以外にはね」
外套は大河から教えて貰った聖骸布をモチーフに作成したが、このマフラーはそのための備えだ。俺は昔から切嗣にいろんな場所に連れられた。その中で、俺の弱さを悟った。日常のいたる場所で、死ぬ可能性がある。そんな危険に満ちた人生は御免被る。だからこそ、対魔力を持った外套に認識阻害のマフラーを使う事で、俺という存在を秘匿する事にした。
「じゃあ、今までずっと……」
「そう。俺はいろんな連中を殺してきた。魔族も人も、一切区別する事なく。俺が殺すべきだと思った者、いろんな事情から殺さざるを得なかった者。その総てを俺は殺してきた。それは否定しない」
「そんな……」
「……姫柊さんがどう思おうと構わないけど、これは事実だ。俺は魔族も人もお構いなしで殺し、その名を世界に轟かせる『アーチャー』だ。君がそうやって行動している限り、こうなるのは時間の問題とは思っていたけど……まぁ、仕方がないな」
そう、仕方ない。いつかはこうなっていた。第四真祖が己の感情で動いている限り、こうなるのは自明の理だった。ある意味で、これだけ早期に明らかになったのは良かったのかもしれない。俺も下手な誤魔化しはしないで済んだしな。
「士郎、そうやって自己完結する物ではありませんよ」
「ラ・フォリア……?」
「あなたに自分を卑下する癖があるのは知っていますが、それだけではないでしょう?ただ殺すだけの存在が、『三騎士』の一人に数えられる筈がない」
「……俺はその名前が嫌いなんだ。あまり口にするな」
「お断りします。そうでもしないと、あなたはどんどん暗くなっていきますから。士郎、あなたはもう少し自分に自信を持つべきです。世界中の人々が、あなたの事を騎士と称するのはおふざけではないのですよ?」
「俺みたいな奴には不似合いだよ。どう言ったって、俺が大量虐殺者である事実は覆せない。俺はそれを自覚してるし、否定する気もない。そもそも、お前はどうしてそんなに俺の事を信用できるんだ?」
「決まっています。私にとって、士郎は『正義の味方』ですから」
「……まだ言ってるのか。俺はもうそんなもんじゃない。切嗣の跡を継ぐような事はしない。俺はそう決めたんだ。そうでなくても、俺はそんな高尚なもんじゃない」
「なんでだよ。お前は今までいろんな人を救ってきたんだろ?だったら、そう言われたっていいじゃねぇか。どうして、そこまで頑ななんだ?」
「……お前には分かるまい、第四真祖。正義とは、視点によって変化する物だ。そして、大衆の正義とは、一を犠牲にして九を救う物だ。そこにはどうしても取り溢さざるを得ない犠牲が生まれる。そして、取り溢した一の関係者から言われるんだ。――――『お前は何をしていたんだ』とな」
下らない。余りにも下らない。切嗣は必死にやっていた。少しでも多くの人々を救いたいと願い、その為に切り捨てなければならない犠牲を、身を切る想いで容認した。自分にはまったく関係なかったのに、それでも必死になって。
「馬鹿らしい。力があるから、大衆の正義を実行しなければならないのか?そんな訳がない。誰を守るのかは、力を持つ者の意思によって決められるべきだ。切嗣は――――切嗣の『正義』を貫いた。それを責められる謂れはない。それでも尚、責める者がいるのなら。『正義』なんて物は糞だ」
「そんな事はありません!」
「だが、それこそが真実だ。どれだけ祈っても願っても、人は変わらない。その身勝手さを払拭することは出来ない。だから、俺は『正義』が嫌いだ。それがどれだけ正しくとも、俺は『自分の願い』にしか従わない」
だからこそ、決めたのだ。『大衆の正義』なんて物が汚れ仕事の代行者たる『正義の味方』をこき下ろす事しかしないなら――――そんな物に従う事だけはすまい、と。それこそが、切嗣の跡を継ぐ事を拒否した理由。
「分からないか?俺は自分という主体失くして動かない。俺に割り振られた依頼にしても、そうだ。相棒任せの部分もあるが、受けると決めるのも、動くと決めるのも俺だ。だから、俺は他人の意思では動かない」
大衆の感情では動かない。それがどれだけ正しい物であるとしても、俺が受け入れられないなら受け入れない。それこそが、俺の心に刻みつけた誓いだ。だからこそ、正義なんて物に従うことは出来ない。
「ラ・フォリア、お前が何と言おうと、俺は変わらない。俺がするべき事をするだけだ」
「えぇ、分かっています。それでも、私はあなたを止めますよ。それが私のしたい事ですからね」
「ハッ……ならば勝手にしろ。これ以上は何も言うまい。そもそも、他人に何か言われた程度でどうこうするような女ではなかったしな。こんな事を忘れているとは、俺らしくもない」
我が侭と言うよりは奔放で、傲慢と言うよりは気高くて。こいつほど訳の分からん奴を俺は知らない。だからこそ、これ以上とやかく言っても仕方がないだろう。俺自身、どれだけひどい目に遭おうとも、こいつの事を嫌いにはなれないしな。
「……それに、今はそれ以上に重要な問題がある。叶瀬さんの事を放っておくことは出来ないしな」
「お前も叶瀬の事を?」
「相棒からの依頼だからな。そうでなくても、放っておく気はないが。俺自身の事情にも関係があるからな」
「なんだよ、お前自身の事情って」
「少なくとも、貴様に語るような事ではないのは確かだな。それより……来たようだぞ」
感じた覚えのある魔力が近付いてきている。それに、さっきから手の令呪が疼いている。この反応を見るに、まず間違いないと言って良いだろう。叶瀬さんは今、この島に向かっている。先ほど破壊した船があった地点まで行くと、見覚えのある三人が立っていた。
「よう、カップルにアーチャーさんよ。この島での生活は楽しかったか?」
「テメェ、よくも呑気に顔出せたもんだな!」
「おいおい、あれはBBの指示であって、俺の意図した事じゃないんだぜ?つっても、お前さんにはそんな事関係ないか」
「……久しぶりだな。アーチャー……いや、士郎君」
「そうですね。お久しぶりです、先生」
『えっ!?』
その場にいたラ・フォリアを除いた殆どの者が驚きの声を挙げていた。俺が切嗣と共にアルディギアを訪れた時、少しの間ではあったが先生に教えを受けた。それ以来、連絡を取ることはなかった。それでも、俺が先生を尊敬している事に変わりはない。
「先生、今更何故なんてことは言いません。俺はただ、叶瀬さんを元の場所に戻してやる事しか出来ませんから。それがたとえ……あなたの思惑に反する事であったとしても――――」
「分かっていたのかね?」
「あの霊基を見れば、大体わかりますよ。まぁ、彼女はそれ以上になっているかもしれませんが……その辺りはどうなっているんですか?」
「ふむ、やはり君は今まで教えてきた者たちの中でも、目を見張るものがあるな。ご明察だ」
「そうですか。それなら、俺がやる事は一つしかない。あなたもそれが目的なんでしょう?」
「よく分かっている。そう、君には夏音と戦ってもらう。既に夏音は
「簡単に言ってくれますね。まぁ、彼女の相手なら喜んでさせて貰いますよ。あなたの思惑通りに運ばなかったとしても、勘弁して下さいね――――!」
「それは勘弁願いたいな。では、あの子の幸せのための礎になり給え」
先生のその言葉と共に、乗ってきた船から白銀の翼を背中に生やしている叶瀬さんが現れた。余りにも変わり果てた姿に、暁先輩も姫柊さんもラ・フォリアも心を痛めていた。しかし、俺の視線は彼女の額に刻まれた令呪に向けられていた。
先日戦った時、彼女の額に刻まれた令呪は煌々と輝いていた。しかし、今の彼女の令呪からはまったくそんな光を放っていない。それがどういう意味なのか、分からない訳ではない。だが、本音を言えば、こうなる前に何とかしたかったんだけどな。
「こういうのは好きじゃないんだけどさ。それでも、俺たちはこうしなくちゃいけない。まさか俺が先陣を切る事になるとは思わなかったけど、これも運命なんだろうな。
――――さぁ、始めよう叶瀬さん。
俺は両手に光の剣を創りだし、叶瀬さんは光の槍を創りだす。そうして暫く向かい合った後、同時に動き出した。剣と槍はぶつかり合い、俺たちは戦闘を開始するのだった。
士郎side out
三人称side
「くそっ……俺たちは何も出来ないのかよ!」
「ちょっと、賢生。どういう事なのよ?なんで、あのアーチャーは
「……夏音は
「それなら……「だが」」
「彼は別だ。私はアルディギアにいた際、彼に教えを説いた。だが、私とてアルディギアお抱えの技師だ。高々、一子供に教えを無償で説くような事はしない。そんな私を動かした理由が――――」
「――――アレ、ってわけね。それで?結局、あれは一体何なのよ?」
そう、結局疑問はそこに収束する事になる。アーチャーが何故、まともな攻撃では傷一つ付けることの出来ない夏音と戦えているのか?それこそが、最大の疑問なのだ。
「決まっているだろう?――――
「なっ……」
神気――――それは神が持つ力であり、同時に天使が持つ事を許された力。
「ば、馬鹿な事を言わないでよ!?じゃあ、何!あの娘でも、アーチャーには勝てないって事なの!?」
「そうは言っておらん。今の夏音は想定していた完成型の
「勝算があるって言うの……?」
「分からん。だが、今の夏音を凌駕するには単純な技術だけでは意味がない。少なくとも、前回の戦闘で得られたアーチャーの戦闘データならば、夏音に負ける要素はないだろう」
しかし、アーチャーと夏音の戦力は拮抗している。夏音が距離を取れば、アーチャーは光の剣を複数出現させ、同時に射出する。そうする事で行動の自由を奪い、距離を詰める。そんな戦いが続いている。少なくとも、賢生が言ったように『夏音がアーチャーを圧倒する』という事態には至っていない。
「あちらは私が見ているから、お前たちはお前たちの目的を果たしたらどうだ?貴様のやる事に一々文句を言いはせんが、自分の目的ぐらい自分たちで何とかするのだな」
「分かってるっての。さて、こっちもお仕事よ。あんたもちゃんと仕事しなさいよ、ロウ」
「へぇへぇ、分かってるっての。まぁ、そういう訳だ。悪くは思うなよ、バカップル」
天使と弓兵が舞う戦場は苛烈さを増し、もう一つの戦場もまた戦端が開かれようとしているのだった。