ストライク・ザ・ブラッド~赤き弓兵の戦記~ 作:シュトレンベルク
「おい、こら待てよ!おっさん!」
「誰がおっさんだ!俺はまだ二十代だっての!」
飛行機で絃神島の外にある島に着いた俺たちは、ロウとかいう操縦士に置いていかれていた。それに対して、暁古城が文句を言っている。態々その悪態に返事をする辺り、あいつも付き合いが良いんだな。
「君たちは本当に間抜けなんだな。明らかに怪しいとは思わなかったのか?」
「……どういう意味ですか?」
「
「じゃ、じゃあ、お前はこうなるって分かってたのかよ!?」
「当たり前だろう。同時に、これが叶瀬賢生と会うために手っ取り早い手段であるという事もな」
「どういう事だよ?これは罠だったんだろ?なのに、どうして叶瀬の親父さんと会う手っ取り早い手段なんだ?」
「……貴様は、あの娘を見てどう思った?人柄の事ではなく、性質の話だ」
「それは……まぁ、変だとは思ったけど。俺の眷獣が叶瀬には通じなかった。まるですり抜けているみたいに、届かなかったんだ」
「ふん……そのぐらいは分かるか。そう、貴様の言う通りだ。あの娘に貴様の攻撃は届いていない。それはあの娘に施された術式が原因だろう」
「お前には分かるって言うのかよ」
「……不本意ながらな。優れた霊媒資質を持った娘――――まぁ、いわゆる巫女だな――――にしか施せない術式だ。対魔族を想定している兵器を生み出す術式。それがあの術式だ」
「兵器って……叶瀬の事を何だと思ってんだよ!?」
「そんな事を俺に言われても困る。あの親はまだしも、企業の連中にとっては都合の良いサンプルだろう、という事は想像できるがな」
そう、あの連中にとってはその程度の価値しかない。だが、叶瀬さんの価値がその程度ではない事は分かっている。そして同時に、彼女がこちら側にいるという事がどれだけ不似合いであるのかも。
「なんだよ……なんなんだよ、それは!」
「……まぁ、そういう事だ。近日中には顔を合わせられるだろう。その間、食事はそちらで何とかしろ。私はこの島の探索をしてくる。手頃な動物でもいれば、狩って持って来よう」
「あ、はい。お願いします」
まぁ、動物なんていないだろうけど。ここはおそらく、あいつらの実験場。動物なんていれば、最初に駆除されているだろう。そうでなくても、ここは動物の気配がとても少ない。まぁ、見つかる事はないだろう。
となれば、まずは真水の確保を優先させるべきだろう。川か泉、或いは湖を見つけておきたい。とはいえ、上空から見たこの島の規模的に湖はないだろうが。それでも、探しておくに越した事はないだろう。
それから暫く歩きまわり、中天にあった太陽が沈みかける頃に漸く川を見つけた。さしもの俺でもここまで時間がかかるとは思わなかった。とはいえ、時間をかけただけあって、水質に関してはほぼ問題なかった。煮沸を済ませれば、十分飲める水だ。それよりも問題は――――
「――――あんたがここにいる事だよな……」
「そのような言い方をしなくても良いではないですか。私も望んでここにいる訳ではないのですから」
目の前にいるのは絶世の美女と言うに相応しい美貌を持った女。俺にとっては、この世で五指に入る程顔を合わせたくない女だ。顔を合わせた瞬間はさしもの俺でも、驚愕の表情を浮かべた。
「そんな事は分かっている。あなたが望んでいるなど誰も思わないから安心しろ」
「そんな心配はしていませんよ。それで、士郎?あなたがどうしてこんな島にいるのか。私はまだ答えを聞いていませんが?」
「……あなたに言う必要があるのか?それはこちらも問いたい事であるのだから、それでお相子にはならないか?ラ・フォリア」
「ふふっ、なりません」
「そうかい……」
ラ・フォリア・リハヴァイン。アルディギア王国の第一王女であり、俺を何とかアルディギア王国に引き込もうとしているお姫様だ。アーチャーが衛宮士郎である事を知っている、数少ない人物だ。
「……あんたは知ってるだろ?コレが一体何なのか」
「それは……そういう事なんですね。始まってしまった、と言うべきなのでしょうね」
「こんな事に彼女は巻き込まれてしまった。そんな馬鹿な事があって良い訳がないだろうに。彼女はこんな戦争には不似合いだ。早急に脱させた方が良い。それ以降はそちらで何とかしろよ」
「えぇ……分かっていますよ。それにしても、夏音の事を知っていたんですね」
「そんだけ顔が似ていれば分かるだろう。まぁ、家族関係で色々あるんだろうが、何とか収拾付けてくれ。そういう部分は俺にはどうする事も出来ない部分だからな」
「……はい」
俺には出来ない事が、ラ・フォリアには出来る。というより、ラ・フォリアは俺と立場が違う。だからこそ、俺は彼女と噛み合わないのかもしれない。俺は彼女の元にいたいとは思わない。
「さて、それでは話を戻しましょう」
「メイガスクラフトは一体何をしたいのかは分からんが……確実にお前は狙われているだろう。
「それは……」
「
本当に馬鹿みたいな話だ。確かに、本来あるべき形に戻るだけかもしれない。それでも、
その身に抱いた後悔は、決して消える事がない。それを彼女に植え付けてしまった事、それは苦しく思う。それでも、俺たちにはやらなければならない事があるから――――その役目を放棄することは出来ない。それが今を生きる俺がなさなければならない運命だ。
「総て仕組まれているかのように、世界は廻っていく。その残酷さを目の当たりにしているような気分だ」
「それでも、あなたは抗うんでしょう?運命に」
「ハッ、そんな訳がない。俺ほど運命に従順な奴なんてそうはいない。だからこそ、俺はこんな所にいるんだろうしな。切嗣と一緒にいた時から、俺は抗ってなんていない。ただ運命の隙間でもがいていただけ。だから、俺はそんな高尚な存在じゃないよ」
「あなたはそうやって自分の事を否定するんですね。そういう点は相変わらずです」
「肯定できる点が一つもないからな。人殺しをしている時点で、俺という存在は悪だ。悪に肯定できる物があると思うか?」
悪を肯定する事ができない、という訳ではない。それは俺が殺してきた連中に悪しかいなかった訳ではないからだ。善の範疇に入る奴だって殺してきた。ただ俺の敵だったから殺してきた。
この世界に善も悪もないという事を知っている。だから、殺してきた事に悪いと思った事はない。それでも、俺という存在は自分の事を悪だと思っている。少なくとも、善だと思った事は一度もない。
「えぇ、思っています。どんな人間であろうとも、肯定できないという事はないでしょう?」
「……そうだった。あんたはそういう奴だったな」
「ふふっ、今更ですね」
「ああ、確かに今更な話だ。直接会うのが数年ぶりとはいえ、そんな事を忘れているとは俺も大概間抜けだな」
ああ、本当に間抜けな話だ。このお姫様が俺の事を否定しようとしない事なんて、それこそ初めて会った時から知っていたのに。分かっている問いを態々投げかけるとは、俺も本当にどうしようもない。
「さて、私は水浴びでもしてきますね。なんでしたら、一緒に如何ですか?」
「そうやって、俺を取り込もうとするの止めろ。そんな見え透いた誘いに態々乗るアホがいるか」
「あらあら、世の中にはいると思いますよ?私を欲しがる殿方も多いでしょうしね」
「はっ、勝手にやっていろ。俺にもやっておかなければならない事はある」
「あら、それは残念。それでは失礼しますね」
「グダグダ言ってないで、さっさと行け」
涼しげな笑みを浮かべながら、泉に向かって行った。その背をしばらく見た後、手元の令呪に視線を向けた。そして瞳を閉じて、意識を埋没させた。
今の状態では令呪から力を取り出している叶瀬さんには届かない。俺は令呪から力を取りだす事を控えている。その副作用を抑えるためだ。とはいえ、もうそんな事を言っていられる場合ではない。抑えていたら、俺がやられてしまう。
「我が令呪に請い、願い奉る――――汝の一部を我に与えたまえ」
掌に浮かぶ令呪が紅く光り始め、力と何処かも分からない映像、そして――――
「はぁ……はぁ……これが……令呪のバックアップか。事前に訊いてなかったら……叫んでたかもしれないな」
令呪というのは、一種のサポートアイテムだ。その中に宿る物を己の身体の中に受け入れる事で、自身の身体能力と異能力を飛躍的に上昇させる。無論、そんな事をして何もない訳がない。
まず、さっきも言った激痛。まぁ、自分の身体の中に異物を取り込んで身体強化するんだから、それぐらいは当然なんだが。要するに、能力拡張を時間を短縮して無理矢理行っているという事だからな。
そしてもう一つが、朝に見たあの夢。見た事もない物、行った事もない場所、聞いた事もない言葉。総てが俺に関係無い筈なのに、まるで俺が見て、行って、聞いて、触ったかのような記憶の群れ。それを無理矢理頭に叩きこまれる。まるで――――
「話には聞いていたが……ここまで強烈だったとはな」
暫く地面に座り込んでいると、汗も引き、漸く動ける程度には体力も回復した。そうして、立ち上がって砂埃を払っていると、ラ・フォリアが戻ってきた。ある意味でタイミングが良いな、と思っていると急に俺の手を掴んできた。
「おい、急にどうした?」
「メイガスクラフトの
「なるほど。第四真祖が全力を振るうにはこの島は少し狭すぎるからな」
真祖の眷獣はその気になれば、大都市を一撃で粉砕する事ができる。この島が小さい訳ではないが、眷獣はそれ以上の破壊力を誇るという話だ。真祖単体ならまだしも、今は姫柊さんもいるからな。力を抑えているんだろう。
「そういう話なら、こうした方が早いだろう」
ラ・フォリアをお姫様抱っこで抱え、森をひた走る。こちらの首に腕を回し、完全にこの状況を楽しんでいる。しかし、それに対してグダグダ言っている時間はない。
しかし、こうして走ってみると令呪の効果の高さを実感できる。先ほどまでとは身体能力が段違いだ。構築能力に関してはまだ分からないが、それでも先日の戦いよりはよっぽどマシな戦いができるだろう。
「ラ・フォリア、二人がどこにいるか分かるか?」
「はい。もう少し行ったところに二人はいる筈です」
「了解。強行突破するから、しっかり捕まっていろ……!」
ラ・フォリアが俺の身体にしがみつき、俺は地面を蹴る。空中に跳んだ俺は
「
今までとは格段に違う魔力の流れに驚きつつも、武器を創りあげる。眼下にいる
それを確認しながら着地し、ラ・フォリアを降ろした。そうして立ち上がり、後ろを振り返った。二人とも特に怪我はないようだし、その点は安心だろう。まぁ、
「二人とも、問題はないな」
「あ、あぁ……って、いやいや、それどころじゃないだろ!こいつらは……」
「……?こいつらは
「え……?」
「分かっていなかったのか……こいつらは自動操作の機械人形だ。ここはその実験場ってところだろうな。どうも、術式を弄っているようだからな。それが正常に動作するかの動作確認と言ったところだろう」
「そ、そうだったのか……」
「こいつらが降りてきた船はどうした?沈めたのか?」
「いや、それどころではありませんでしたので……」
「そうか。まぁ、別に沈めても良いんだがな。どうせ、遠隔操作されている船だからこちらの操作は受け付けない。どうせ運転する事もないし、破壊しておいた方が良いだろう」
「えっと、運転できるんですか?」
「そりゃあ、出来るが。その為には改造を施さなければならないし、時間もかかる。それ以上に、俺はこの島を動く気がない。あっても邪魔なだけだぞ」
「なっ!折角脱出できるチャンスだってのに、何言ってんだよ!」
「言っただろう。この島にいる事は叶瀬賢生と会うために手っ取り早い手段だと。こいつらも精々威力偵察のつもりで送ってきたんだろう。この次には本人も来るだろう。確実性を求めるなら、あれも一緒に破壊しておいた方が良い。貴様がやらないなら、こちらでやるが?」
「……いや、そういう事なら俺がやる。こっちもストレスたまってるからな」
そう言うと、右手を無人船に向けた。それと同時に魔力が迸り、雷の眷獣が現れた。世界最強の吸血鬼が操る十二体の眷獣の一体――――
無人船を木っ端微塵に破壊すると、なんだかちょっとスッキリしていた。そんなに苛々していたんだろうか?そう思っていると、ラ・フォリアが拍手していた。
「流石は第四真祖。世界最強の真祖という肩書も本当の様ですね」
「えっと……俺の事を知ってるのか?」
「もちろんです。第四真祖である暁古城、そしてその監視役である姫柊雪菜でしょう?」
「私のことまで……」
「あなた達は有名ですから。知らない方がおかしいです」
「そ、そうか……それで、あんたはなんでそんなに叶瀬に似ているんだ?」
「士郎も言っていましたが、私と彼女はそんなに似ていますか?」
あ、こいつ勝手に俺の名前言いやがった。しかも、この顔は絶対にわざとだ。
「ああ、そりゃあもうそっくりってレベルじゃ……なんだって?」
「どうかしましたか?」
「今、誰って言った?なんか聞き覚えのない名前が聞こえてきたんだけど……」
「ああ、彼ですよ。アーチャーまたの名を――――衛宮士郎」
「……え?」
「……はぁ。ラ・フォリア、詳しい話は別の場所でしよう。どうせ立ち話するような話じゃないだろう」
「それもそうですね。では、まず軽く自己紹介を。
私はラ・フォリア。ラ・フォリア・リハヴァイン。北欧アルディギア王国の第一王女です。以後、よろしくお願いしますね」
さて、俺はどうした物かね。まさか、こんな形で身バレするとは思わなかったが……でも、まぁ、何とかするしかないんだろうな。それでも、これだけは言わせてもらいたい。
「なんでさ……」