ストライク・ザ・ブラッド~赤き弓兵の戦記~ 作:シュトレンベルク
あれから数日後、大規模な花火大会が開かれる事になった。それは最近噂になっていた魔族――――『仮面憑き』と呼ばれる存在の捕縛作戦。それに俺も動員されていた。
『聞こえるか、アーチャー?』
「こちらアーチャー。どうかしたか?」
『準備はできているな?こちらは準備完了している』
「了解。こちらは何時でも動ける。連中が動き出し次第、作戦開始で合っていたな?」
『ああ。作戦開始と同時に動け』
そう言うと、南宮先生は通信を切った。俺も立ち上がり、汚れを払った。そして手に持っていた弓に矢を番えた。その矢は真っ白な光その物で、弓に番えられているからこそ矢と分かるような代物だった。他人が見てもこれが何かは分からないだろう。
「……始まったか」
眼下で広がる光景――――高速機動によるソニックブームによって建物が次々と壊れていく。二人の『仮面憑き』の衝突によって、それだけの破壊が齎されている。そしてその片方の気配には、見覚えがあった。
「やはり……こういう事だったか。だが、こちらも仕事だ。墜とさせてもらう……!」
真祖の眷獣も、神々すら縛る鎖も、あの者たちには届かない。だが、だからこそアレは俺が撃ち落とす。これ以上、苦しむ必要などどこにもないのだから。そう思いながら、弦から指を離そうとした――――次の瞬間、右手に痛みが奔った。
違和感を感じて確認してみると、そこに浮かんでいたのは三角の紋様だった。それが何であるのか理解した瞬間、二体の『仮面憑き』の方に視線を移した。一体が動きを乱していた。そこにもう一体が襲いかかっている。
「そんな……そりゃあ、ないだろう?」
あまりにも残酷だ。彼女は巻き込まれただけだろうに、こんな残酷な運命があって良いのか?いや、あって良いはずがない。彼女は俺たちとは違うのだから。
「くそがっ!」
矢を射放ち、すぐさま弓を放置して接近する。戦ってはいけない。これ以上戦えば、取り返しのつかない事になってしまうだろう。だから――――止まってくれ。
アーチャーside end
古城side
「くそっ、なんで当たらねぇんだ!?」
那月ちゃんからの依頼で『仮面憑き』とかいう奴の捕縛に来たけど、こっちの攻撃が当たらねぇ。まるですり抜けてるみたいに、こっちの攻撃が届かねぇ。一体、どうなってるんだ?
「なっ、あれは!?」
「なんだと!?」
急に飛んできた光の矢(?)みたいな物を見た『仮面憑き』が急に回避した。そして片方の『仮面憑き』に向かていたのは――――赤い外套を身に纏ったアーチャーだった。アーチャーは手に持っている光の棒を振り下ろした。
「kyriiiiiiiiiiiiii―――――!」
『仮面憑き』もその手に光の棒を出現させ、アーチャーの物と衝突する。ただ、二人が持っている物は長さが違っていた。アーチャーは剣ぐらいの長さの物を二つ、『仮面憑き』は槍ぐらいの長さの物を一つ持っていた。
それを二人は高速でぶつけあっていた。そこにもう片方の『仮面憑き』も混じり、戦場はまるで三つ巴みたいになっていた。これじゃあ、俺も碌に眷獣を使う事ができない。
「南宮先生、あれは……」
「どうなっている?何故、アーチャーはまともに戦えている?」
「どういう事だよ、那月ちゃん」
「分からないのか、暁。あの『仮面憑き』はお前の攻撃すら無効化したような奴らだぞ?そんな奴らに対して、アーチャーは戦えている。それが何故なのか、お前に分かるか?」
「いや、分かんねぇけど……」
でも、そう言われると確かに気になる。多分、アーチャーの持っている武器のせいなんだろうけど、その武器が何なのか分かんないだもんな。どうなってんだ?
「チィ……ッ」
吹き飛ばされたアーチャーがこっちに吹っ飛んできた。受け止めようとした瞬間、那月ちゃんの出していた鎖を掴み、再び戻って行った。その姿はどことなく必死な物があった。
「なんだかアーチャーの奴、焦ってねぇか?」
「なに……?」
姫柊がアーチャーの剣技はどことなく硬派なイメージがあると言っていた。何かを攻撃する、というよりは何かから守るというイメージ。つまり、防衛的な剣術だと言っていた。
だが、今のアーチャーの剣術は攻撃的な物だった。早く戦闘を終わらせようとしているような、そんな気すらしてくる。だけど、どうして……?
「南宮先生……『仮面憑き』の力が最初に戦った時よりも上がっていませんか?」
「……確かに上がっているな。そうか、だからアーチャーは」
これ以上力が上がらないように、短期決戦で終わらせようとしている。それはそうなのかもしれない。でもそれ以外にも何か理由があるような……そんな気がする。
「kyriiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii!!!」
そんな考えが浮かんだ瞬間、一体の『仮面憑き』の仮面に罅が入った。その罅は徐々に広がり、ついに完全に割れた。その仮面の下にあった顔は――――つい最近知り合ったばかりの少女の顔だった。
「そんな……」
「なんで……どうしてなんだよ、叶瀬!」
叶瀬夏音――――絃神島で捨てられた猫を世話し続けてきた心優しき少女。こんな事件に関係ない存在だと、思っていた彼女が何でこんな事に巻き込まれてるんだ?分からない事だらけだが、今は――――。
「止めろ……止めてくれ、アーチャー!」
仮面が割れた叶瀬に攻撃しているアーチャーを止める。どんな理由があるのか分からないが、それでも止めないと。このままだと……アーチャーは叶瀬を殺してしまいかねない。
アーチャーは持っていた光の剣を『仮面憑き』に投げると、叶瀬に体当たりを仕掛けた。そして顔を叶瀬に近付けた。何かを確認しているかのようなその行動に疑問を覚えたが、叶瀬から放たれた衝撃波に吹き飛ばされて俺たちの所まで飛んできた。
「クソが……令呪で強化されているのか。しかもあの令呪の形――――クラスは
「令呪?お前は何を言っているんだ?」
「ふん……お前には関係ない事さ。空隙の魔女、アレを落とす。協力してくれ」
「アレはうちの生徒だ。殺してもらっては困るのだが?」
「殺すつもりはない。ただ、あの『仮面憑き』を落とされる前に落とす。これ以上強化されたのでは、生きたまま捕縛するという手段が取りにくくなる。最悪の場合、殺す必要すら出てきてしまうだろう。それが嫌なら、手を貸せ。彼女を――――あのまま放っておく訳にはいかない」
そう言いながら腕を振ると、アーチャーの周囲に数本の光の剣が現れた。そしてその総てが複雑な軌道を描きながら叶瀬に向かって行った。叶瀬はそれを真っ向から迎撃した。
「本能で迎撃する事を選択したか。そう易々とは終われんようだな」
「待てよ、アーチャー!何か、何か俺にできる事はないのか?」
「――――ない。ことここに限って言えば、お前にできる事はない。ただ破壊するだけの眷獣しか扱えない今のお前に、出来る事など何もない。分かったら、そこで黙って見ていろ」
屈辱、というより力のない自分に怒りが湧いてくる。第四真祖なんて、世界最強の吸血鬼なんて呼ばれてるくせに一人の女の子を救う事すらできない。何も出来ない事なんて分かっているくせに、他人に指摘させるなんて馬鹿か俺は。
「なんで、俺はこんな時に限って何も出来ないんだ……!」
「先輩……」
アーチャーの剣が叶瀬にぶつかる。しかし、叶瀬はまるで何の痛みも感じていないかのように攻撃していく。それはまるで狂戦士のような戦いぶりだった。
「叶瀬……」
古城side out
アーチャーside
「くっ、硬い……」
身体から溢れ出るほどの魔力が肉体を次々と回復させて行っている。その所為で、こっちの攻撃が全然届かない。決定打になる攻撃が俺では出せない。癪ではあるが、俺には第四真祖ほどの攻撃力はない。
それだけに、今の第四真祖に彼女を御すほどの力がない事が惜しまれる。
「叶瀬さん……聞こえているなら止まってくれ!これ以上は、取り返しのつかない事になってしまう!その令呪に、身を委ねてはいけない――――!」
「kyriiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii!!」
「……もう聞こえてないか。仕方がない」
剣を思いっきり叩きつけると、右腕に神経を集中させる。それと同時に魔力を剣に注ぎ込む。右手に刻まれた令呪が輝き、それと同時に力が増していく。
「落ちろぉぉぉぉぉぉっ!」
これ以上、呑まれてしまう前に。これ以上、侵されてしまう前に。これ以上、失くしてしまう前に。取り返しのつかない所まで行ってしまう前に――――落とす。
「……なぁっ!?」
もう少しで押しきれそうなところで、『仮面憑き』が殴り掛かってきた。突然の事態の前に、身体は勝手に動き防御した。――――攻撃を完全に中断して。
「しまっ……ガハッ!」
そんなあからさまな隙を見逃すはずがなく、叶瀬さんは俺を殴り飛ばした。何とか鎖を掴んで耐えたが、それでも距離を離されてしまった。そして、俺が距離を詰めるより叶瀬さんが『仮面憑き』を落とす方が圧倒的に早い。
「させるか……
構築した光剣を連続で放つ。『仮面憑き』との距離を無理矢理創りだす。この『仮面憑き』にしても、無理矢理巻き込まれたような存在だろう。知った事じゃないが、心優しい彼女に傷つけさせる訳にはいかない。『仮面憑き』を壁に叩きつけ、腕と足を鎖で縛りつける。
「さぁ、再開しよう。俺は絶対に君を止めてみせるから」
再び手元に剣を創りだし、叶瀬さんと向かい合う。叶瀬さんが槍を構え、再び激突しようとした瞬間の事だった。急に首を動かし、俺から視線を外したのだ。その突然の行動に訝しげな表情を浮かべていると、一気に戦場から離脱した。
おそらく、叶瀬さんが目的の段階に達したからだろう。叶瀬さんを巻き込んだ、この計画の規定の数値に。それが何故起こったのか理解できなくても、相手には関係ないのだろう。
ああ、でも。ここで彼女を逃してしまった事は最大の過失だろう。出来うる事なら、いや確実にここで何とかしておくべきだった。そうでなければ、次に会った時に対処しきれるかどうか分からない。
ならば、どうする。決まっているだろう、そんな事は。短期決戦で事を終わらせる。必要以上に時間をかける訳にはいかない。そう決心すると、俺は早速動き始める事にした。
「待て、アーチャー。どこかに行く前に、自分の役目を果たせ」
そう言って俺を呼び止めた南宮先生は、俺の後ろを指差した。そこには――――俺と叶瀬さん、そして『仮面憑き』の戦闘によって生まれた瓦礫の山が散乱していたのだった。