ストライク・ザ・ブラッド~赤き弓兵の戦記~   作:シュトレンベルク

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弓兵と作戦当日

 翌日、俺は早速動き始めた。元々、今日は黒死皇派の残党共の処理が予定されていたからだ。ヴァトラーの件がなくても、結局動かなければならなかったので渡りに船と言ったところだろうか。

 

 まぁ、それを教えられたのも今朝の事なんだが。急遽、笹崎先生に連絡を取って病欠扱いにして貰った。出席日数はまだ大丈夫だが、これからもこういう事が増えると正直困るんだよな。

 

「まぁ、そんな事を気にしていても仕方がないか」

 

 美遊を見送った後、用意を整えた。と言っても、普段通りの格好なんだけどな。用意を整えた後は特区警備隊(アイランド・ガード)が集合している場所に向かった。

 

「おはようございます、アーチャーさん」

 

「おはよう。来るのが早かったみたいだが、準備の方は順調か?」

 

 多くの隊員が行き交う場所を訪れると、そこでは既に大量の弾薬や装備が配備されていた。傍で確認していた女性の手元を見ると、大半の箇所にチェックが入っていた。

 

「はい。とはいえ、今回はテロリストの捕り物です。警戒するとしたら自爆テロぐらいでしょう?ここまで必要になるとは思えませんが……」

 

「用意しておいて損はない。甘く見て代価に自分の命を払うよりは何倍もマシだ。テロリストだからと甘く見ていると、痛い目を見るぞ。ああいう連中でもシンパは幾らでもいるからな」

 

 現体制に不満を持つ奴など、数えるのもアホらしくなるほどに存在している。その点を一々突っ込むのは時間の無駄という物だろう。不満など持っていては尽きないだろうに……。

 

「アーチャーさんは今回、どれぐらいの脅威だと思いますか?」

 

「……何故、態々そんな事を訊いてくる?」

 

「いえ、今回の対象は黒死皇派の残党です。関係のあるアーチャーさんから見て、どれほどの相手かと思いまして」

 

「……皮肉のつもりか?」

 

「い、いえ、そんなつもりは!」

 

「まぁ、良いが。人数で押し潰せる範囲だろう。クリストフ・ガルドシュも残りの構成員も、神獣化できる奴は一人もいない。これだけの人数と武装があれば、斃せない範囲ではない。……通常はな(・・・・)

 

 そう、通常は。しかし、相手もそんな事はお見通しの筈だ。テロリストとはいえ、クリストフ・ガルドシュは元軍人。そんな事も分からない程アホではない筈だ。ならば、何かがあると見るのが正しい。

 

 それこそ、昨夜ヴァトラーが言っていたナラクヴェーラなどのような切り札が。流石にナラクヴェーラのような骨董品を使ってくるような事はないと思う。学者連中がどれだけ首を捻っても、解読できなかった代物だ。動かせなくても、何もおかしくはない。

 

 何にしても、相手も無策ではない筈だ。用心しておくのは当然だし、当たり前の事だ。何をしてくるか分からない相手ほど怖い物はない。なにせ何をしてくるか分からないのだから。

 

「それよりも準備を急がせろ。テロリストがいるのだ。その対処を急ぐ必要があるのは俺ではなく、貴様らだろう」

 

 誰にも言えないが、こんな大規模な部隊を引き連れる必要はない。俺なり、南宮先生なりが単騎で突っ込んで行っても問題は解決する。その方が安上がりだし、効率的だ。

 

 しかし、今回の大規模行軍にも意味がある。あくまでもこの島の治安を守るのは特区警備隊(アイランド・ガード)でなくてはならない。俺や南宮先生のような部外者が軽はずみな事をしてはいけない。

 

 要するに、実績作りだ。俺や南宮先生がいなくても、これぐらいの事態には対処できるという事を証明しなくてはならない。たとえ、俺や南宮先生が後詰めで控えていようとも、だ。

 

 とはいえ、普段から精力的に行動しているアイランド・ガードが疑われる事はないと思うが。こういうのは周囲がどう思うかが重要になってくるので何とも言えない。今回の事も、前回のルードルフ・オイスタッハの行動が関与しているらしい。

 

 たった一組の殲教師とホムンクルス相手になす術もなく負けた。(アーチャー)という部外者に尻拭いされて問題を解決した、という事が上層部は気に入らないのだろう。信頼を幾らか失っていてもおかしくはないが、これは責められるような事ではないだろう。

 

 魔族退治のプロフェッショナル殲教師と島の治安維持を目的としているアイランド・ガードでは、求められている身体能力が違いすぎる。そもそも求められている目的が違うのだから当然なのだが。

 

 殲教師が眷獣を使用する吸血鬼や本来の力を発揮する獣人など、魔族を退治する事が仕事だ。即ち、戦闘状態に入った者と戦う事が殆どだ。そんな連中を殺すために戦うため、身体能力は人間の中でもトップクラスだろう。そんな連中が二人掛かりでもなければ、『旧い世代』と呼ばれる相手とは戦えない。

 

 逆にアイランド・ガードは一般的な魔族を捕まえ、絃神島の治安を維持する事が役目だ。『旧い世代』と戦う必要もないし、何より相手を殺す必要も存在しない。島民の安全を守る事こそが、彼らの仕事なのだから。

 

 彼らは俺とは違う。殺す者ではなく、守る者。そんな彼らに対して、俺や南宮先生のような役回りを押し付けるのは間違っているとは思う。だからと言って、何かを言う事もないだろうが。

 

 効率を重視するなら、もっと簡単な策など幾らでもある。テロリスト共の拠点は人工島(ギガフロート)。その気になれば、切り離す事も選択肢には入れられる。

 

 効率こそを重視する俺からすれば、今回の作戦は無駄が多い。それでもしなければならない辺り、宮仕えという物は面倒くさい。まぁ、俺は仕事をこなして報酬をもらうだけだが。

 

「それにしても……よくもまぁ、これだけの資材と人を集めた物だ」

 

 これだけの資材や人を目の前にすると、本当にそう思う。少なくとも、俺だけでこれだけの資材を用意するのは相当苦労するだろう。金銭的な意味でも、魔力的な意味でも。まぁ、こんなに必要だったこともないんだが。

 

 銃は使えない事はないが、積極的には使わない。銃はいろんな事に金がかかるからな。誰にでも使える代わりに、負担を掛け続ける武器が銃器だ。俺はその点を鑑みて、弓を使うようになった。

 

 切嗣は銃を使っていたが、俺は弓を使っている。切嗣のような経済力もなかったし、銃というのがどうも手慣れなかったからだ。それよりは弓の方が何倍も合っていた。俺の実力的にも、能力的にも合致していた。

 

 その能力を使って、何人も殺してきた。数えるのもアホらしくなるほどの数の命を、奪ってきた。そんな俺が帰る場所は平和な家ではなく、やはり闘争に満ちた戦場なのだろうと心底思う。

 

 切嗣の死後、俺の保護者となってくれたおじさんには悪いが、相変わらずそう思っている。普段の姿は偽りで、この姿でいる時の方が本当の姿なのではないか?そう思えてしまうほどに、俺は戦いという物に捕らわれている。

 

 異能を持っているからかは分からない。それでも、戦いの中で生きる事しか出来ない。それは俺以外の三騎士と呼ばれる連中もそうだ。ランサーも俺と同年代の時期には戦いに明け暮れていた。セイバーの奴も学校になんて通っていない。

 

 ある意味で、俺という存在は最も異質な存在だ。おじさんという存在があったが、それでも普通なら態々こんな場所にはいない。前世の記憶によって培われた常識がなければ、ここにはいなかっただろう。

 

 といっても、前世の記憶などほとんど残っていない。自分がどんな人間で、家族構成がどうだったか。覚えている事と言えば、大体それぐらいの物だ。役にも立たないような情報しか残されていない。

 

 前世の記憶が完全に無くなった時、俺は戦場に戻っているだろう。その時が何時かは分からないが、それでも俺がそういう存在になるという事は分かっている。英雄と呼ばれるような存在は、何時だってそういう存在だ。

 

 戦場に立ち、多くの者の羨望を集める。そして戦場でその命を散らす事を運命づけられている。しかし、それは当然なのだ。英雄譚の終わりは、いつだって英雄の死によって与えられるのだから。

 

「さてはて、俺の終焉(ヴォルスング・サガ)は何時になるのやら」

 

 準備が整ったアイランド・ガードと共に移動しながら、そう呟いた。はっきり言って、致命的な発言に首を振る。これではまるで、俺が死を望んでいる(・・・・・・・・・)かのようじゃないか。

 

 前世も含めれば半世紀も生きていないような若造が、何を偉そうに言っているのか。そんな事を考えるにはまだまだ早すぎる。そんな事はもっと老いてから考えるような事だろうに。

 

 その時、俺は完全に忘れていた。英雄は基本的に短命に終わる。当然だ。戦場でしか輝けないような存在が、長命で終われる筈がない。それと同時に、英雄は基本的にその命を狙われるのが常だ。戦闘にしろ――――暗殺にしろ。

 

 悪寒に襲われた俺は乗っていたバイクを蹴り飛ばして宙に舞った。すると、バイクのエンジンに何かが命中した。いや、着弾した(・・・・)。着弾したエンジンはすぐに火を放ち始め、爆発しそうになった。そこにすぐさま以前、報酬でもらった術符で結界を張った。

 

 一回こっきりの代わりに、衝撃も熱波も総てを遮断する結界を展開する術符。そう言われていただけあり、爆発して四散する筈だったバイクによる被害はなかった。その代わり、続けざまに攻撃されたが。

 

 狙撃とはいえ、これだけ精密に俺を狙ってくるとは――――迂闊だな(・・・・)

 

構築(セット)開始(オン)

 

 手元には一組の弓と矢が出現した。すぐさま矢を番える。もちろん、その間も射撃は続いている。周辺の住民も立て続けに襲ってくる破壊音から普通ではない事を察知して逃げ始めた。

 

 少々周りはうるさいが、何も問題はない。風もなく、障害物の類も存在しない。まぁ、存在していようがいまいが、俺がやる事は変わらないんだが。

 

 弦を引き、矢を目標に向ける。後は、ただその弦を離して矢を飛ばすだけで良い。そもそも、態々目標を見据えるという行為は無駄でしかない。何故なら、矢とは離せば目標に当たる他ない(・・・・・・・・・・・・・・・)代物だからだ(・・・・・・)

 

 まぁ、この理論に関しては弓道部の連中に大バッシングをくらったのだが。そんな簡単に的に当たるなら、態々練習などしていないと。それはそうなのかもしれないが、少なくとも俺にはそうだったのだ。

 

 当たると思えば、当たるのは当然。何故なら、それは己にとって『当たれ』と願う祈りではなく、『当たる』という確信だったのだから。逆に言えば、当たらないと思った物は当たらないのだが。

 

『アーチャー殿、ご無事ですか!?』

 

「ああ。こちらは問題ない――――いや、足が潰された。こちらはこれから徒歩で移動する事になるが、そちらは先に準備を整えておけ」

 

『分かりました。こちらは先に失礼します』

 

「それと俺を狙ってきた奴の死体の確保と退去をしておくように、待機しているアイランド・ガードを送っておいてくれ」

 

『分かりました。そちらもこちらで済ませておきます』

 

「ああ、任せた」

 

 耳につけている通信機の電源を切り、徒歩で移動し始める。その時何か違和感を感じたが、次の瞬間には何も感じなくなったので考えない事にした。


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